シルヴァリオラグナロク Flowers on the Asgard   作:ズレス

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かなり間隔が空きましたが、続きです。

……すいません、仕事関係で、不可抗力ながら大きめのトラブルがあり、時間を取れない日がメチャクチャ続きました……。


第二使徒《Brother of light》3

 大きなシャンデリアが、床の紅色のカーペットを美しく照らし出す。その上を歩くのは、身なりのいい男女たち。

 そんな絢爛なパーティー会場で、九条榛人はエドワードに困惑しながら耳打ちした。

「……本当に、俺まで来る必要があったのか……?」

「当然だ。日本のクジョウ家の嫡男である貴様は有名だからな。それに、兄者とのこともある」

「いやまあ、確かに俺はアレックスの友達だけどな……」

 困惑する榛人。

 彼は今、エドワード・ヘイルウッドに連れられ、同僚の皇悠也ともども政府筋の主催するパーティに来ていた。

 世界が一変し、各地が地獄に包まれる中こんなことをしているのは呑気すぎやしないかと思わないでもなかったが、同時にこういうことが社交界には必要なのだろうという気持ちもある。少なくともエドワードはこのパーティーを辞退しようとはしなかった。友人の弟がそう判断するならば、榛人にもまたそう判断する以外の選択肢はなかった。

「おお、エドワードくんにユウヤくん!! 元気にしていたか!!」

 と、そんな榛人の耳を、男の声が打つ。

 その声の主は、でっぷりと太った中年の男だ。彼の方を見て、エドワードは返事をする。

「トーマス社長。貴方も来ていたのか」

「ああ。君と同じく政府の者に呼ばれてね。さっきまで別室で今後の話をさせてもらっていた」

 と、そこでその男……トーマスは視線をエドワードのほうから、下におろす。彼の足元にいる少年を見下ろす。

「君とまたあえて嬉しいよ、ユウヤくん。()()()はどうも」

「トーマス社長。またお会いできて嬉しいです」

 静かな声でそう言うスメラギ。表情はやや硬いながらも笑顔を浮かべている。緊張しながらも、知り合いに会えて嬉しい……そう()()()()()な顔だ。

「困ったことがあればどんなことでも言いなさい。力になってあげるよ?」

 ニッコリと、大きな顔に笑みを浮かべるトーマス。続いて彼は、エドワードの傍らに立つ榛人へと視線を向ける。

「こちらは?」

「彼はハルト・クジョウ。兄の、()()()()()()()()ということになる」

 エドワードは簡潔に、その事実を告げた。ブラフではない、本当の話。

 ーーそう。アレックス・ヘイルウッドと九条榛人は、幼馴染である。

「なんと!! アレックスくんの!!」

 それに驚いた声を上げるトーマス。エドワードの説明の後を継ぎ、榛人は語った。

「子供の頃、英国で過ごしていた時期があるんです。彼には……妹ともども、とても世話になりました」

 そして、頭を下げる。ーー打ち合わせのとおりに。

「貴方のことも伺っています、はじめましてトーマス社長。彼とエドワードの父親、つまりNVG前会長の親友であると聞き及んでおります」

「ああ……そのとおりだよ。チャールズのバカめ。自分の子供達がまだまだ幼いという時に、天の上に逝ってしまうなど。今だってそうだ。子どもたちがこんなに困っているのに……」

 親愛と苛立ちを混ぜた声で、トーマスはつぶやく。

 トーマス・クラウン。クラウン子爵家の現当主にして、宝石等の貴金属取扱会社の社長。NVG前会長チャールズ・ヘイルウッドの友人。そして、そのチャールズ同様に後ろ暗い部分の多い人物……端的に言うなら()()だと、榛人はエドワードから聞かされていた。

 更に、知っていることはもう一つあった。

「ところで、クジョウということは日本人だね? ……ユウヤくんと()()……ということかな?」

 伺うような視線が榛人に突き刺さる。同じ、という単語には妙に重いニュアンスがある。

 ちらりと横を見る榛人。エドワードは頷いた。それをうけ、榛人は対応を決める。

「え……ええ。()()()()です」

「そうか。そうか」

 にんまりと、トーマスはこれまでより深い、そう、遥かに深い笑みを見せた。

「……では、これからも仲良くしてくれたまえ」

 そう言って、彼はその場を後にした。足取りは明らかに軽い様子だった。その背中を見て、榛人はエドワードに言う。

「……あんな男に、本当にユウヤの能力を施す必要があったのか? いかにもな悪党だろ、あいつ」

「やむを得ん。恩を売っておかねば、勝手な暴走を始めるやもしれんかったからな。あいつにはそれだけの金と人脈がある。だからこそ親父はコネクションを作り、そして兄者に引き継がせたのだ」

 重い口調で言うエドワード。

 そう、トーマスは、スメラギの能力ーーその()()を受けていた。

 と言っても、それはエドワードのものとは違う。エドワードが宿すのは完全なものだが、トーマスのはそうではない。格落ちさせた、いわば()()()()()()だ。完全なものを宿している、というか、宿せているのはエドワードだけだし、そもそもそんなものが存在すること自体からして誰にも言っていない。

 仮に今後スメラギの洗礼をうけた者が現れるにしても、()()()はエドワードなのだ。これは、揺るぎようがない。

 そんなスメラギの真の能力を知るのは、後に神祖と呼ばれる者たちと、エドワードとアレックス、そして彼らが信頼するごく一部ののものだけなのだ。そしてそのスメラギは、エドワードを見上げて言った。

「でも、やっぱり僕も反対だよエドワード。あのひとの評判、ずっと前にネットで見たことがある。凄い酷い内容だった。……あんな人を頼って、文明の再建なんて出来るの?」

「答えは変わらんよ。……やむを得ん」

 少年のか細い声にも同じ答えを返すエドワード。

 ーーその後、何人かの要人と接触。幾らかの言葉を交わし、彼らはパーティー会場から外に出た。幸いにして、日はまだ高い。本来ならこういうことは夕刻に行うのが通例なのだろうが、今は世界の状態が尋常ではない。強引に予定を合わせた結果か、時間帯が早まる結果になっていた。

 そして、外に待っていたディーゼル車……これもNVGの製品である……へと歩いていく。

 と、その時だ。彼らが出てきたパーティー会場の方から、誰かが足早に掛けてきた。

「エドワード社長、クジョウ殿。アレックス会長のことについて、一報が」

「ん、何だ?」

 その人物から何やら声をかけられるエドワード。そちらを、振り向く。

 ーーその刹那。コロン、コロン、と、丸いものが転がってくる。それが何か。スメラギは、知識としては知っていた。

 ーー破片手榴弾(グレネード)

「!!?」

 刹那。 

 爆発の衝撃と手榴弾の破片が、車と、エドワードと、ハルトと、そして哀れな伝言係(ぎせいしゃ)を包み込んだ。

 びちゃり。

 血と、肉と、骨の混合物が、スメラギの顔面に飛来し。

「ーーーーーぁ、え?」

 刹那。彼は自失した。

 斯くして、後の神祖の一角は、あまりにも簡単にその場に隙だらけの姿を晒し、それと同時に現れた人影によって連れ去られた。建物の物陰に隠れていた、四人の人間……軍属の部隊の服装をした者たちの手で。

 そして、その場には同時に急速に接近する影が一つ。四つの足を高速で動かすそれは、まるで歩行する巨大なテーブル。

 それは、四脚歩行型の大型無人兵器(ドローン)だった。多人数搭乗を前提とした隠密仕様の陸戦型軍用ドローン。全てが生物(バイオ)素材で構成されており、機体の皮膚に人間が指先で指示を書き込むことでそのとおりに行動するタイプの、半導体を排除した完全なるバイオ個体。それ故の隠密行動と柔軟な運動が可能な機体。それが現場へと駆けつけーー犯人たちが、そのテーブルのようなドローンの天板(・・)へ乗り込む。その天板にはーーすでに、別な何人かの人影。幾人かは襲撃犯と同じ服を着、もう幾人かは瀟洒な服装。まるで、パーティーにでも出席していたかのような。

「ーーーー!!!」

 後者のうちの、一人。太った男……トーマスは、猿轡を噛み締めながら、スメラギの方に何事か叫ぶ。だが、その声が届くことはなかった。そのまま、ドローンは高速で走り去っていく。サラブレッドの競走馬を、大きく上回るほどの速度で。

 それは、あまりにも速やかな犯行だった。彼らの再生(・・)が、追いつかないほど。

「な……に、が……!!?」

 呻きながら再生していく金髪の青年……ハルト。

 モウモウと煙を上げる車の残骸の傍らで、ピキピキと翠の結晶が二つ蠢き、人影を形作る。幸いというべきか、周囲に人影はなかった。故にこそ、二人の不死者の再生は、その場では誰にも露呈しない。爆発の音は轟いたが、犯行のスピードがあまりにも速やかで、また彼らが再生したのが煙の中だったからこそ、余人がそれを目にするタイミングもまたなかったのだ。

 だが、同時に爆発からの再生で足止めを食らわされた彼らは、そのドローンがスメラギと彼を抱え込んだ他数人を乗せ、天板の角度を微調整することで搭乗員の落下を防ぎつつ付近の建造物の壁を高速で駆け上がり、何処へともなく姿を晦ますのを止めることも出来なかった。

「ハルト。……敵襲だ。ユウヤが、攫われた……!」

「て、敵襲って……。え……!?」

 その言葉の意味も、何が起きたかも、ハルトにはすぐに飲み込めなかった。当然だ。如何に敵国の破壊工作によって融合炉が暴走する、という事故に巻き込まれたとて、たかが一回大事故に巻き込まれて家族を喪ってしまった程度で、人間は唐突に成長できない。

 彼は今も、一般人に毛の生えた程度。ただの一介の科学者であって、戦士でもなければ武人でもなかった。眼の前で手榴弾が放り込まれて仲間が拉致された、という現実を正確には咀嚼できない。奇襲攻撃などという、さっきまで想定してなかった現象がいきなり発生したことへ対応できない。

 だから狼狽するしかなく。故にエドワードは、彼を無理やりにでも促すべく肩を思い切り掴んで大声を出した。

「分からんか! 敵がッ! 襲ってきたのだッ!!」

「ッ……!」

 思わず息を呑む九条榛士に、エドワードは続けた。

「恐らくはユウヤやお前の身体の情報(こと)が、どこかから漏れたのだッ!! それがどこからなのか、誰からなのか分からん以上は下手に人を頼れん! が、それでも大至急対応せねばならん!! お前が今すぐこのことを兄者に伝えてくれ!!! 本社はここから近い!! 頼むぞッッ!!!」

 バンっとハルトの背中を押し、エドワードは踵を返した。彼は、彼にしか出来ない仕事をしに向かったのだ。

 

 第五次世界大戦。

 現在の世界を大幅に変貌させた次元間相転移式核融合炉一番機の暴走事件を引き起こした、間接的な原因だ。この戦争において日本と敵対していた大国の工作員によって、融合炉は暴走させられたのだから。

 その戦争の詳細については、ここでは語らない。ただ唯一言えるのは、戦争というのは往々にして、様々な強引極まる技術革新を国家に要求するものだということである。

 なぜなら、そうせねば()()()()から。そして戦争で負けるというのは、多くの人々にとっての想像を大きく越える損害を国家に齎す。領土の割譲、主権の喪失、莫大な賠償金に支払いによるインフラや資源の圧迫、()()()()

 ーーそして最悪の場合では、そこに住んでいる者たちに対する、歪んだ価値観や再教育や間違った歴史観の矯正という名の、()()()()()

 負けても良い戦争などというものは、今も昔も世界には存在しない。勝利(ヒカリ)敗北(ヤミ)というのは、いつだって途方もなく重くて、苦しくて、そして正しい(ゆるぎない)ものだから。

 だからこそーー彼らは、生まれたのだ。

 米国軍人体拡張技術特任推進チームーーU.S. Military Human Augmentation Technology Special Advancement Team。略称、HAT-SAT。第二次世界大戦時に実在していた、旧日本軍の731部隊の米国版とでも言うべき組織である。任務は明白。手段を問わず、人体を強化する技術を開発・推進し、それらの成果を報告せよ。それのみだ。要は、汚れ仕事専門の人体改造集団である。

 そして、汚れ仕事というものの常として……そこには常識的な判断基準というものが存在していない。そもそも、汚れ仕事というのを平然と行える人材というのは往々にして人格的にまっとうではない者が多いからだ。その部隊は、そんな連中の集合体だった。

 そういう組織が、例えばいきなり()()()()()()()()()()とか()()()()()()()()使()()()()()()()とかで、急に大本との連携を絶たれたらどうなるのか。

 

 答えは明白ーー()()であった。

 その部隊のうちの一つの班が、独断で行動。イギリス国内の一部で噂となっている、人間に常人離れした再生力を与える少年をターゲットとした。その能力の内容を解明、可能ならばアジア人の子供等という信頼できない存在からこれを接収し、より信頼が置ける人員すなわち部隊の隊員にその能力を収容することを目的として、戦闘行動を開始した。

 

「そんな連中が、ユウヤを攫ったと!?」

「そのとおりです、会長。しかもそれだけでなく、何人かのパーティー出席者も拉致されたと。・…社長は先行して、彼らのアジトに潜入しています」

 車道を爆走する車の車内で、アレックスは運転席の女ーーカトレア・テイラーへと声を掛けた。彼女はエドワードの部下であり、スメラギや他の者たちの事情を知る数少ない人間のひとりだ。エドワードからの信頼が厚い女、ということである。

「あいつ……。自分も不死身になってるからって……」

「ええ。不死身です。だから問題はありません。危険があるとすればそれは会長、貴方の方です」

 言って、カトレアはアレックスの方を見る。

「貴方はユウヤ少年の能力による加護を受けているとは言え、社長と違って完全なものではない。つまり再生力が高いだけで、不死ならざる身。社長は貴方を来させる様にと言ってはおりましたが……正直、私は今も反対です。貴方の身に万が一があれば、今後のこの国にとって大きな痛手にもなりかねません」

「じゃあ他の奴らにやらせろと? 馬鹿を言うな」

 アレックスは、深刻な顔つきで言う。車の左右を木々が囲う。森に、入ったようだ。

「今でさえこうやって、何処かから情報が漏れた挙げ句ユウヤが被害に遭ってるんだ! ……このうえ更に、この件を知る者の人数を増やしてみろ。誰が何処まで暴走するか分からない! ていうか、外国の部隊にまで情報が漏れている時点で相当マズい!! 下手をしたら国外に本格的に情報が漏れて、そこから彼らの不死とNVG(うち)の技術を寄越せと挙兵してくる馬鹿が来て侵略戦争までおっ始まるぞ!!」

「確かに。NVGの製品と不死者。これらの両者をここが抱えていることが公となればーー例の事故そのものまでが、英国の陰謀だと主張する者まで出るやも」

「そうさ。特にこの手の荒事に慣れた連中……つまりは武力、暴力を抱えている連中を巻き込むのは、極力避けたい」

 森のなかを走り抜けていく車。アレックスは、懐へと手を伸ばしーー()()の感触を確かめる。

「……これが一部隊の暴走に過ぎず、かつ、彼らに他の部隊との通信手段がない状態なら。今なら何とか出来る可能性はある。……俺が行くしかないんだ」

「そういうことであれば」

 言って、カトレアは無言となる。沈黙に包まれる車内。それと同時ーー車の姿が、()()()

 否、消えたのではない。車の表面の、カメレオンやタコの皮膚の機能を参考に作られた迷彩装置が作動し、姿を消したのだ。更に音も消える。21世紀のイヤホンにも使われた、ノイズキャンセリング機能の延長による消音である。

 ……と、そこで、視界が開けてくる。車の向かう先、そこには、錆に覆われた大きな煙突を伴う建造物……廃工場の姿があった。そして、その正門前に屯し、工場の入口付近を固める人影たちの姿と……その手に握られた、銃器の数々があった。

(……だが……果たして……)

 近づいてくる敵のアジトを睨みながら、アレックスは心の中で苦々しげな声を出していた。

(今の俺で、()()()を操りきれるのか?)

 

 ぐちゅちゅちゅちゅちゅと音を立てて、スメラギの心臓の真上からハンドドリルが侵入して彼の心筋細胞を破壊した。

「ーーーーーッッッッッ!!!!」

 それに悲鳴をあげることは、手術台の上で鉄輪で四肢を拘束された少年には出来なかった。第二次性徴期前の少年にしては尋常ならざる胆力が備わっていたからーーではない。特殊合金製の鉄棒で、猿轡をされていたからだ。物理的に叫べなかっただけだ。そして四肢を縛り付けている鉄輪もまた、正確には()輪ではない。

 大破壊発生の直前に鍛造されていた特殊合金。

 分子レベルでの冶金技術が生み出した、タングステンを遥かに超える硬度と剛性を誇る一品だ。それは融合炉の事故にともなって超人的な肉体を与えられたスメラギの腕力でさえ、破壊することが困難な代物であった。

 そんな超合金によって拘束されている少年に与えられた致命傷は、ドリルが抜かれたあと一瞬にして消滅する。翠色の結晶が胸にあいた穴周辺の一帯の体表を覆い、そして砕け散る。そこにあったのは無傷の柔肌。胸に空いた大穴は、跡形もなくなっていた。

「心臓の回復を確認。続いて、眼球を破壊します」

 言うが早いが、手術台の傍らに立つ男は脇に置かれたドライバーを手に取ると、それをスメラギの眼球に向かって突きこむ。まるで善男善女がたこ焼きに爪楊枝を突き刺すがごとく、自然体の動き。ぶちゅっと音がして視覚器官は全損する。ぱきりと音が立って、翠の水晶がそこに現れる。無傷の眼球が顕現した。

「ーーーーーーー!!!!!」

 声にならない絶叫を上げるスメラギ。例え傷が消えようと、痛みや恐怖が消えるわけではない。エドワードからの格闘技の軽い手ほどきを除けば喧嘩さえろくにやったことがない少年の心に、その実験という名の拷問はあまりにも凄絶な経験だった。

「眼球の破壊を確認。視界が復活しているかを確認します」

 そして更にもう一度眼球へと目掛け、振り下ろされるドライバー。それにきゅっとスメラギは目をつむる。

「反射行動を確認。どうやら視覚は完全に復元している模様」

 そんな光景を見てーー壁際に佇む、その少女は一つうなずいた。

「へぇー。面白そうじゃん?」

「銃撃、切断、殴打、毒物、高温、呼吸器水没、頸部圧迫。一通りの刺激は行いましたが、やはり全てで同様の現象が確認されました。再生しています。しかし、驚くべき現象です。こんなもの、これまでのインプラント技術では到底考えられなかった。人間の進化系……そうとさえ呼べるかもしれないですね、班長」

 実行者の男は、事務的な口調でそう伝える。

「ふぅ〜〜〜〜〜ん?」

 そして、班長と呼ばれた少女はスメラギをジロジロと見つめ、言った。

「うっし。ちょっと遊ぶわ」

「班長。本部へと速やかな移送を行う必要があります。いま、時間がかかるようなことは」

 どぉおん。

 突如として響いた轟音。風穴が、男の足元の床に空いていた。開けたのは弾丸。少女の手に握られている銃から放たれた、弾丸だった。

 硝煙をあげる拳銃をしまいつつ、少女は目から流れる涙を拭う。ストレスによって流れた涙だった。

「あたしのジャマをするのはイジメだ。……イジメっ子は殺すぞ。愛の名のもとに」

「失礼しました」

 男はそれだけ言い、部屋の中から立ち去った。それを見てから、少女はスメラギを見下ろす。

「おっす少年! さっそく殴るぞ!! 気持ちよさそうだからァッ!!!」

 そしてそう言って、スメラギの腹部に拳を落とした。めご、という鈍い音が響く。

「ーーーーーー!!!!!」

「どうだ! 愛を感じるだろう! 君よりも私のほうが愛が強いから、拳が強いん、だッッ!!!」

 更にもう一撃。より鈍い音が響く。

 更に、もう一撃。もう一撃。もう一撃、もう一撃。何発も何発も、拳が少年の腹部に叩き込まれる。未熟な身体がそれだけの暴力を受ければ、良くて怪我。悪ければ内臓破裂もありえた。ーーしかし。

 少年の腹部は、何度となく翠色に輝き結晶化し、そしてパリンと音を立てては、傷どころか汚れ一つない姿を見せるばかり。

「きゃははははは!! ウケるねマジ! ほんっとーに死なないんだぁ!! 今のお気持ち聞こうかな! そら!」

 言って、少女は鉄棒を外し、スメラギの口を開放する。スメラギは荒い呼吸を繰り返し、その中で、気力を振り絞るようにして言った。

「や、め、て……」

「んー」

 それを聞いて少女は。

 スメラギの手を取り。

 指をーー本来の可動域とは逆に、180°折り曲げた。

「ぁ゛あ゛あああああああああああ!?????」

「ダァメー♪」

 おられた指が再生する中、少女はスメラギの頬に手を添える。

「つか坊やさあ、かなりイケメンじゃない? へえ、研究者の天才少年とか言うからどんなモヤシかなとか、はたまた糖分とりすぎてぶくぶくになった豚かなとか思ってたけど、こんな美少年なんだぁ?」

 にんまりと笑う。そして。

「ねえボクぅ? お股の間の奴ってさぁ、使い物(・・・)になったりするゥ?」

「……、え……?」

「白いの出んのかって聞いてんの!!!! えじゃねえよ、えじゃァ!!!!!!!!」

 ゴキリ。

 鈍い音が響き、スメラギの腕があらぬ方向へと捻じ曲がった。

「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」

 翠色に輝く再生が起きると同時、少年は叫ぶ。それを見て、少女は笑う。

「きゃはははは!! あたしの握力どうよ!!? 両腕に人工筋肉を追加増設(インプラント)してんの!!!」

 更に。懐へと収めていた、先程床に穴を開けた銃を取り出し。

「そんで! これがァ!!」

 引き金が轢かれーー無抵抗の人質の心臓のある箇所に、穴を開ける。

「あたしの愛銃ブラックマンバちゃん♡ 人体を脳天からお尻までぶち抜く威力♡ こういうクラシックな半導体(コンピュータ)不使用の拳銃って最近の流行ってるよねー」

「ぁ……ぁっ……」

 再生しながら、スメラギは完全に憔悴し、涙を流していた。恐怖に支配されていた。たとえ身体が再生しようとも、死に至らぬことがわかりきっていようとも、無抵抗な状態で振るわれる暴力は否応なく人間の心を蝕むのである。

「……おい聞いてんのかコラ」

 そんな少年の頬をべしべしと音を立てて、少女はたたき。思案する。

「さてそれじゃあ、今度は……」

 その時だった。

 彼女の声に、妙な轟音が聞こえてきたのは。

 

 まるで銃声のような。或いは、鳥……それも普通の鳥ではなく神話の怪物、すなわち()()の嘶き声のような。そんな、音が。

 

 トーマスらは、その廃工場の、いくつかの椅子とテーブルが散らばるガラガラとした大部屋……食堂だった場所だろうか?……の中に放り込まれていた。両手両足は縛られている。猿轡も解かれていない。脱走も抵抗も不可能だった。

 このまま、自分たちはどうなるのだろう? 殺されるのか? 身代金と引き換えに返還されるのか? それすら明白ではない。

(私なら、死ぬことはないと思うが……)

 自分の身に宿る奇跡を、トーマスは思い返す。彼には日本人の少年から施された祝福の力がある。これさえあれば、とりあえず銃弾を一発や二発喰らっても死ぬことはない。そうだからこそ、彼はヘイルウッド兄弟の話に乗ったのだ。時代は混迷を極めている。半導体の消滅は、彼の企業にも甚大な被害を与えた。だが、同じだけの被害が何処にもかしこにも出ている。自分だけが不利になったわけではない。ならば、勝者になれる可能性はまだまだ十分残っている。

(しかし、一体何者なのだこいつら? ……何故こんな真似を? こんな強硬手段をやって、一体どうなるというのだ……?)

 つくづく、テロリストの考えることはわからない。企業経営者はそう思った。

 と、その時だ。

 施錠されているはずの部屋の扉が……開く。

 果たして、そこには。

「大丈夫か。救出に来た」

 パーティ会場で会った男が、居た。

「口を自由にする。叫ぶなよ、敵にバレる」

 エドワードは部屋に入ると、懐から取り出したナイフで、迅速に人質たちの拘束を解放していく。

「エドワードくん、ありがとう。もうだめかと思ったよ」

「脱出しよう。付いてこい」

「付いてこい? ……敵がまだいるのでは?」

 別な人質が、エドワードへと横合いから声を掛ける。その言葉に、エドワードは笑う。

「問題はない。すでに、手を打った」

 そして、彼は自分の手首を掲げてそこへ目を落とす。いや、正確には手首にある腕時計にだ。その秒針が、56から、57、58、59……00となる。その時、彼は呟いた。

「兄者。頼むぞ」

 

「ああーー任せとけ」

 刹那。

 四方一帯の地域全てにくまなく響き渡るほどの圧倒的な、超絶爆音が轟いた。

 全ての者の意識が、その音に持っていかれる。

 それは、さながら、神話に出てくる怪獣……或いは、怪鳥の叫び声だった。

 そして、その音が響いた次の瞬間、廃工場の煙突が倒れ込んできた。

 エドワード以外の誰も、目視できなかったが。その煙突の根本には……一つの、銃痕が刻まれていた。その倒壊は、ただの一発の銃弾で引き起こされたのだ。21世紀の基準では考えられない圧倒的威力ーーそしてそれは、西暦が終わる間際であっても、ハンドガンとしては間違いなく最強格の武器が起こした現象。

「聞こえるか。この英国の安寧を脅かす悪党ども」

 その破壊を起こした武具を。

「全てが変貌した世界に残る、微かな平和と幸福を奪うなど……我らの目が黒いうちには許しはしない!」

 長い銃身と、そこに刻み込まれた、Gullinkambi(グリンカムビ)という刻銘を持つーー銀色の拳銃(ハンドガン)を。

「勧告する。降伏しろ。しないならーー撃たれる覚悟のあるやつだけ、撃ってこい」

 握りながら、アレックスは、工場の正門前……多数の敵の兵隊たちが佇む方に、堂々と正面から歩いてきた。

「総員、斉射ぁああああああ!!!」

 一斉に火を噴く敵兵の銃器。

 そうして、戦闘が始まった。




「少女」は、ヴァーミリのケイトリンをイメージしていただければ幸いです。
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