ウマ娘と呪術廻戦のクロスオーバーです。
呪術世界にウマ娘がいるって世界です。

東堂葵は、ある日、高田ちゃんの番組を見た後、偶然目にしたウマ娘のレースで、第二の女神を目にする。
彼女に会うため、トレセン学園の聖蹄祭へと虎杖を半ば強引に連れ出して、ファンとして参加しに行くのであった。



補足。
何故、作中で非術師が呪霊を殴れているのかについて。

原作の設定で、等級の高い呪いは、壁などの障壁といった物理法則の影響を受けるようになるとなっていること。
そして、原作第一話で虎杖がまだ呪力を扱えない段階で二級呪霊をぶん殴っていた描写。
この二つから、等級の高い呪霊に限り、非術師でも呪霊を視認さえ出来ていれば効果はなくとも、殴ることが出来る。と判断したためです。



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ウマ娘。
彼女達は、走るために生まれてきた。
誰よりも速く走りたい。
ただ、思い切り走りたい。
勝ちたい。
欲求は様々。

しかし、彼女達も人間である。
感情の徒なのだ。
負ければ悔しいと感じることもある。
勝てないことに、焦りもする。
レースに挑む者達も、その時間は、人生の極一部、将来への不安を抱く者だっている。

例えば、三年で芽が出なければ、家に戻るよう言われている娘。

「まだ、帰りたくない...」

例えば、もう、ピークは過ぎ去ろうという時に、未だ、一度も勝てていない娘。

「終わりたくない...」

中央のトレセン学園は、日本中から才能のある娘達が集う。
それ故、地元で負け知らず、といった娘達でも、一切勝てない、なんてことはザラだ。

「どうして...勝てないの..!」
「負けたくない..!」

故障をして、引退してしまう娘もいる。
夢だったレースの直前に、ケガをすることも、ままあることだ。

「足...痛いな..」 

自らの身体の限界を知る娘も、いる。
例え、その選択肢が、納得して選んだものであったとしても。
覚悟を持って挑んだのだとしても。
それでも、一切合切、すっきりと切り替えられる筈もない。

「もっと、走りたかったな..」

誰にも聞かせたくない。聞かせられない。
そんな、悔恨の、妬みの、悲しみの、憤りの籠った"想い"を、ただ静かに受け止める穴が、トレセン学園には存在する。
かつては大木だったであろう、切り株がそのままくり貫かれたような、ウロ。
そこは、ウマ娘達の、幾つもの想いを、ただ黙って闇に、包んでいるのだ。



東堂葵、トレセン学園へ行く

 

 

9月の終わり

京都

 

とても高校生には見えない筋肉質のゴツイ身体にちょんまげのような髪型をした男が、畳張りの和室、その隅に設置されたテレビにかぶり付くような視線を送っている。

呪術高等専門学校京都校三年、東堂葵は、この日も推し、何よりも愛している高身長アイドル、東堂にとっての女神、高田ちゃんの出演する番組を視聴していた。

 

「やはり、高田ちゃんは最高だ...同じくゲストである芸人が発した、司会も反応に困ってしまうボケにも的確なコメントを...完全に場を盛り返している..」

 

感動の独り言を呟きながら、神の神託でも受けているのかという程に、静かに高田ちゃんの姿を目に焼き付けている。

 

だが、当然テレビ番組には終わりがあるものだ。

数十分も経つと、その番組はエンディングに入っていた。

 

「番宣コメントも相変わらず面白い...さて、録画も出来ているか確認しないとな」

 

エンディングが終わり、CMが流れ始めると同時に、東堂は側に置いていたリモコンを取ろうと手を伸ばす。

しかし、うっかり手が滑り、リモコンを取り落としてしまった。

 

「おっと。俺としたことが..」

 

偶然、押されたボタンによってチャンネルが切り替わる。

だが、東堂は録画チェックが第一であるため、切り替わった画面に興味は示さず、リモコンを手に取った。

だが、リモコンを画面に向け、偶然その瞳に写した映像に、彼の目は、釘付けになってしまうのだった。

 

そこにいたのはもう一人の、女神。

 

『さあ、スプリンターズステークス!コースを回って最終直線!大外からヒシアケボノ。ビコーペガサス並んで追い込んでくる!残り200mを切って、激戦を制するのは━━━』

『勝ったのはヒシアケボノ!ヒシアケボノです!今年のスプリンターの頂点に輝いたのは、ヒシアケボノ!』

 

「ヒシ...アケボノ..」

 

彼は、繰り返される彼女の名を、無意識に唱える。

脳裏から、ゴール板を駆け抜ける彼女の姿が、離れなくなっていたのだ。

 

そして、翌週。

 

「待っていたぞ、虎杖(ブラザー)。さあ、共に行くぞ!」

「うわあああ?!おま、何でいるんだよ?!」

 

その日、東京高専に響いたのは、虎杖悠仁の悲鳴だった。

 

釘崎野薔薇、伏黒恵と今日は休日だし何処かへ出かけようと、朝の軽い訓練を終え寮へと戻りがてら喋っていた所、その寮の前で、京都の生徒であるはずの東堂が待ち構えていたからだ。

 

「重要な用事が出来たからだ。さあ、付いてこい、虎杖(ブラザー)!」

「何処に?!てか、俺これから伏黒達と..」

 

虎杖が言い終えるよりも前に、東堂がニッコリと笑う。

 

「トレセン学園に、だ。出かける予定があったのなら、お友達も一緒に来ると良い。さあ、来い!!」

「いやいやいや、何でいきなりトレセン学園?!そこ確かウマ娘の学校だろ!」

「今日はファンも入れる聖蹄祭、つまり文化祭の日だからだ!」

「いや知らんけども。だから俺は..」

 

助けを求めるように伏黒と釘崎の方を振り返った虎杖だったが、期待は打ち砕かれることになる。

 

「..じゃ、あたしらはショッピング行くから。ごゆっくり。行きましょ。伏黒」

「..ああ」

 

二人とも東堂には関わりたくないのだろう、数秒の逡巡こそあったものの、虎杖は哀れにも見捨てられるのだった。

 

トレセン学園。

日本ウマ娘トレーニングセンター学園の略称。

勝利。活躍。切磋琢磨。レースにその身を捧げるウマ娘達が通う、トレセン学園。

その中でも最高峰の学園である。

この学園では、一年の間に、幾つものイベントが企画、実行されており、その中にはウマ娘を応援するファンも参加出来るイベントも多くある。

聖蹄祭は、秋のファン感謝祭とも言われ、ファンをも交えた、文化祭のような祭りなのだ。

 

「そう、つまりはウマ娘達と直接交流出来る千載一遇の機会、というわけだ」

 

道すがら東堂から説明を受ける虎杖であったが、なおもその表情は釈然としなさそうなままであった。

 

「それは分かったけどよ。何でまた任務でもなくそこに行くことになってんだ」

「彼女に会いに行くのさ」

 

東堂にスマホの画面を押し付けられるようにされた虎杖の目には、青と白の縞模様をベースとした調理服のようにも見えるカラフルな衣装に身を包むウマ娘、それもかなり身長が高そうな。が写された。

 

「ヒシアケボノちゃんだ。先日、運命的な出会いを果たしてな」

「待て。俺はお前のおっかけに付き合わされてんのか?」

虎杖(ブラザー)も好きだろう?こういう娘は。どうだ?この身長。がっしりとした身体!そしてこの天使のような微笑みは!」

「いや、確かに好みっちゃ好みだけど..高田ちゃんはどうしたんだよ」

 

呆れつつ突っ込みを入れた虎杖だったが、東堂は意に介する様子がない。

 

「当然。高田ちゃんが最推しであることに変わりはない」

「浮気って奴じゃねえの」

「フッ。虎杖(ブラザー)よ。かのマハトマ・ガンディーも言っていた。推しは多い方が良い、とな」

「言ってねえよ!?てか誰の言葉だよ!」

「それに、だ。高田ちゃんも、推し活を特集した番組で言っていたことがある。"私も推している人は沢山いますよー"とな」

「そっちだけで良かったくないか..?」

「その高田ちゃんの出演する番組の後!偶然にも見かけたレース番組!そこで俺とアケボノちゃんは出会ったのさ。正に、運命という他あるまい!」

「中継見ただけじゃん!」

「故に、俺は調べた。この一週間、アケボノちゃんのデビューからの軌跡、その全てを」

 

既にかなり自分の世界にひたりつつある東堂に、何を言っても無駄だと虎杖は諦めつつあった。

 

「で、結局何で俺まで着いてくことになったんだ」

「他校の文化祭だぞ。こういうのは恋人か親友と回るものだろう」

「はあ....分かったよ。何か奢れよな」

「そう来なくてはな。勿論さ。超親友(マイベストフレンド)

 

-トレセン学園-

 

開始から既にそれなりに時間が経っているにも関わらず入口である校門付近は多くの人でごった返していた。

 

「いらっしゃいませー!1-Cでカフェやってます!」

「二階渡り廊下で高知物産展やってるよー」

「生徒会の執事カフェ、一階食堂でやってまーす」

 

客引きの娘達がその人々を出迎え、祭りと呼ぶにふさわしい活気を、到着した二人も浴びていた。

 

「...ん?」

 

門を通る瞬間、一瞬、東堂が眉を潜めた。

 

「どした?」

「..いや、何でもない。恐らく気のせいだ」

「そうなん?━━にしても、すげえ人だな」

 

東堂はその虎杖の言葉に、目を輝かせ、解説を始める。

 

「それはそうさ。ウマ娘レースは一大興業。全国のファンの数は一道府県の人口をゆうに越える、下手をすれば何倍もの数いるのだからな。ここにいるのはその極一部に過ぎない」

「ほー。しかし、これだと目当ての娘を見つけるの、大変じゃね?」

「無問題だ。虎杖(ブラザー)。これを見ろ」

 

東堂はそう言って、ピラリ、と懐からビラを自慢気に取り出した。

 

「なになに..えーと」

 

"ボーノの特別料理教室"

 

そのビラには、カラフルな図柄と共に、そう書かれていた。

 

「次の部は三時間と二十五分後だ」

「めっちゃ調べてきてるじゃん」

「当然だろう。アケボノちゃんと共に料理をする機会、その上、アケボノちゃんの得意、ちゃんこ鍋を共に食することも出来るそうだ。行かない訳にはいくまい」

「でも三時間半って、結構あるな。こんな速くなくても良かったんじゃ」

「何を言う。これからアケボノちゃんの通う学園を見て回るんだよ。この目に、彼女の学舎を焼き付けねばな」

「なるほどね」

 

大分適当な相槌を打ちつつ、虎杖は東堂と共に歩き出すのだった。

 

一時間後。

 

「学生の出店だってのにすっげえ本格的だったな、あのラーメン。めちゃくちゃ旨かった」

「ああ。あのスープは素人のモノではない。トレセン学園生は行事にも本気で取り組むとは聞いていたが、俺達の中学時代の出店とは悔しいが比較にならんレベルだったな」

「ん?」

「懐かしいな。やる気のないクラスメイト達を叱咤し、共に学校一の出店を出そうと奮闘したあの文化祭..」

「だから同中じゃねえって!」

 

東堂の存在しない記憶に突っ込みを入れ、溜め息をつく虎杖。

しかし、彼もなんだかんだ楽しんでいた。

 

「む?」

 

廊下を歩いていると、東堂が突然足を止めた。

 

「どした?」

「あれは?!」

 

人混みの先、頭一つ飛び抜けたウマ娘の姿を目敏く見つけ、彼は其方へと飛び込むように向かった。

 

「東堂?!」

 

虎杖が慌てて追いかけると、東堂はデレデレな顔でウマ娘、先程彼が虎杖に写真を見せた、ヒシアケボノと握手をしていた。

 

「同じ制服?お友達~?」

 

虎杖の存在にも気が付いたヒシアケボノは、言いながら虎杖にも手を伸ばした。

 

「ヒシアケボノです。よろしくね~」

「あ、うす。虎杖です。よろしくす」 

「虎杖くんって言うんだ~今日は来てくれてありがとう。えーと貴方は~」

 

どうやら真っ先に握手を所望していたらしい東堂は少し格好を付けながら、自己紹介をする。

 

「東堂葵。運命に導かれ、貴方のファンになりました」

「本当ー!?嬉しいな。じゃあじゃあ、是非、この後でやる料理教室にも参加してね!」

「勿論。必ず行かせて貰う」 

「あ、でも~ちゃ~んと、お腹減らしてきてね」

 

ヒシアケボノの言葉に、東堂はパッと口元を手で隠した。

 

「失礼。匂いが残っていたか」

「あはは。気にしなくて良いよ~。ファインさんのラーメン、美味しいもんね~。でも、お腹いっぱいにはならないようにね!」

「ああ。約束しよう」

 

そんなこんな話していると、ヒシアケボノとは対照的な程に小柄なウマ娘が小走りでやってきた。

 

「いたいた~おーいボノー!..って、ファンの人と話してたのか」

「む?ビコーペガサスちゃんじゃないか」

 

小柄なウマ娘、ビコーペガサスに反応した東堂に、虎杖は驚きの目を向けていた。

 

「お前、大柄な娘以外にも興味あったんだな..」

「ビコーちゃんはアケボノちゃんの無二のライバルにして親友。つまり、俺達と同じというわけだ。知らない筈があるまい」

「おおー。東堂くんたちもライバルなんだ」

 

「いつの間にライバルになったんだ」という虎杖の突っ込みをかきけすように、東堂は深く頷き、断言する。

 

「ああ、俺達は親友でライバル(ベストフレンド)なのさ。懐かしいな、超親友(マイベストフレンド)。卓球台という一枚の板を挟み、熱くぶつかりあったあの日々」

「前は野球って言ってなかったか?」

「ああ。すまないなビコーちゃん。アケボノちゃんに用件があったのだろう」

 

虎杖の突っ込みを受け流しながら、東堂はビコーペガサスに視線を向けた。

 

「ん?ああ。そうだった。チラシ配り終わったって言いに来ただけなんだ」

「もう?!速いね~。ビコーちゃん!手伝ってくれてありがとう」

「礼はいらないぞ!ボノはアタシのヒーローショーを手伝ってくれるんだから、あたしもボーノを手伝うのは当たり前だ」

 

胸を張り、笑顔で言うビコーペガサスにヒシアケボノも微笑みで返す。

 

「ほう。ヒーローショー。アケボノちゃんも出るのか?」

「うん!怪人役で出るんだ~」

「ならば其方も見に行かねばならないな」

「見に来てくれるのか?!アタシのショーは、ボーノの料理教室やってから一時間後にやるから、絶対来てくれ!」

「ああ、必ず見る。それでは、邪魔をしてしまったな。次は料理教室で会おう。それと、レースも、応援している」

 

周辺に他のファンらしき人達がいることに気が付いた東堂は、そこで会話を引き上げることとした。

 

「...うん。ありがとう。待ってるね~!」

「アタシも料理教室で助手やるから、よろしくな!」

 

手を振る二人に東堂はフッ。と手を振り返し、人混みに消えるのだった。

 

「ファンサ精神が最高過ぎる...さすがは俺の第二の女神(アフロディーテ)

 

虎杖は少しというかかなり、突っ込む気力が失せており、既に次に回る店を探してマップに目を落としていた。

 

そして、一時間後。

 

中庭に繋がる渡り廊下を歩いていると、二人は少し慌てた様子のビコーペガサスと鉢合わせた。

 

「ビコーちゃん?何かあったのか?」

「あ、さっきの...。な、何でもないぞ。大丈夫だ」

「そうか..」

 

傍目にも作っていると分かる笑顔で応え、ビコーペガサスはそのまま走り去っていった。

 

「何かあったんかな?」

「そのようだな...しかし、俺達は一介の参加者。彼女が大丈夫と言った以上、無理に深入りすべきではないだろう」

「そだな。でも、まだ時間あるな。どうする?」

「ふむ。そうだな..」

 

そこから更に二十分後。

 

「おっと!すまねえ!」

 

廊下の角を曲がろうとしたところで、慌てて駆けてきたウマ娘と東堂があわや衝突しかけてしまう。

 

「此方こそ。ケガはないか?」

「ああ。悪い。急いでたから」

 

そのウマ娘は、両手を顔の前に合わせて謝罪する。

 

「問題ない」

「...っとそうだ。あんたら、アケボノ。ヒシアケボノ見なかったか?それかビコーペガサスか」

「...アケボノちゃんかビコーちゃん?何かあったのか?」

「いや...ちょっと約束があったんだけどよ。時間になっても来ねえから。あいつら、約束破る様な奴らじゃねえし、何かトラブルでもあったんじゃねえかと思って探してるんだ」

「電話とかしたのか?」

「ん?ああ。一応何回かかけてみたんだけど、出なくってさ」

 

虎杖の質問に対する彼女の返答を聞いた東堂は何やら神妙な顔付きになりながら、「ふむ」と唸る。

 

「悪いが、ビコーちゃんと二十分程前に会って以来、見ていないな」

「そっかぁ...。ありがとな!」

 

そう笑顔で去ろうとする彼女を呼び止め、東堂は言う。

 

「俺達にも手伝わせてくれないか?」

「いやいや!あんたらはお客さんなんだ。気にせず楽しんでてくれ」

「俺達はアケボノちゃんの料理教室に参加する予定でな。何かあって無くなってしまっても困る。是非、手伝わせてくれ」

「あー。ファンの人らだったのか。う~ん。分かった、そういうことなら、お願いするよ」

「任せろ!」

「応!」

 

二人の首肯に、彼女は「ありがとな」と笑みを浮かべ、再び走り出す。

 

「あ、もし見つけたら、カツラギエースが探してたって電話するよう言っといてくれ!」

「了解した!」

 

そのウマ娘、カツラギエースが去った後、虎杖が不思議そうに東堂に問いかける。

 

「俺は別にいいんだけどさ、さっきは手伝わない感じだったのに、どうしたんだ?」

「...どうも、妙な予感がしてな」

「予感?」

「ああ。杞憂なら良いんだが、"俺達"が必要になるかもしれん」

「呪霊か?!」

「まだ分からん。だが、学園に足を踏み入れた瞬間、強い呪力を、一瞬だけだが感じたんだ。瞬きの暇もなく、消え去ったから気のせいだと思っていたんだが」

「俺は気付かんかったな..。それが、二人が見つからねえってのに関係してるってことか?」

「あれが気のせいでないとすれば、だ。とりあえず、学園内を探してみるぞ」

「分かった」

 

十分程前。

ビコーペガサスは、学園を一周し、再び中庭の辺りへと戻ってきていた。

 

「ボノ...どこに行ったんだ?おかしいな..そろそろエース先輩が次の部用の追加食材搬入してくれる時間なのに」

 

この時から20分程前、つまり東堂らがカツラギエースとぶつかりそうになる30分前に、ヒシアケボノと音信不通になってしまっていたのだ。

祭りの場、20分程度、本来はどうということはない。

しかし、お互いの出し物において重要な役割を担い合う二人は、様々な面で協力しあい、詰まっている予定の中で密に連絡を取り合っていた。

そして、もう2分もしない内に、カツラギエースとの約束の時間。

15分前に集まって諸々の準備をして待っておこう、と言っていたにも関わらず連絡が取れなくなっているのだ。

異常、と感じる他ないだろう。

 

(保健室にもいなかったし...先生か生徒会に連絡した方が良いかなあ...とりあえずエース先輩には連絡しなきゃな..)

 

そんなことを考えながら、巨大な大樹のウロのある庭で息を整える。

 

「━━━━」

「ん?」

 

ウマ娘の聴覚は鋭い。

普通のヒトには聞き分けられないような音も、聞くことが出来る。

そんな彼女の耳は、か細い、消え入りそうな声を捉えていた。

 

「誰だ?」

「━━━」

「こっちの方..?」

 

大樹のウロの方向へと徐々に寄っていくビコーペガサス。

 

「いたい」

 

近付いていくと、彼女の耳には確かにそう聞こえた。

 

「まさか!ウロに誰か落ちたのか?!」

 

駆け寄り、声を駆ける。

 

「おーい!誰かいるのか?!大丈夫か?!」

 

言いながら、ウロを覗き込もうとするビコーペガサス。

 

そこに。

ヌルッ。と何か、黒い影のようなモノが飛び出した。

 

「え..」

 

その影は、ビコーペガサスに声を挙げる暇さえ与えず、彼女の身体を包み込んでいく。

だが、彼女は、影を払い除けようと抵抗する。

腕を振り上げ、どうにか抜け出そうとするが、全て、掴む感触こそあるが、通り抜けるようにして手は空振る。

抵抗が無意味と悟ったビコーペガサスは、咄嗟に、頭の方に手を伸ばした。

だが、影は無情にも身体を包み込み終えると、そのまま、ウロの闇へと、同化していくのだった。

コツリ、と何かの落ちる音だけを残して。

 

そしてそこから30分後、カツラギエースと東堂らが話してから20分後、つまり現在。

そのウロのある庭に、東堂達はやって来ていた。

 

「いねえなあ..」

「ああ」

「てかこれ誘拐とかじゃねえよな?」

 

呪霊の仕業に確証がない現況ではより現実的な可能性を虎杖は呟く。

 

「仮にそうだとしたら、ウマ娘の膂力を誰にも見られない場所で一瞬にして無力化する必要がある。

それに、だ。俺達は少し前にビコーちゃんと会っている。あの時、彼女は慌てている様子だった。

つまり、これまでの状況から導き出される仮説は一つ」

「!...あの時点で、アケボノちゃんは行方不明だった...」

「先程会ったカツラギエースというウマ娘の話も考えると、俺達がビコーちゃんに会った時点でアケボノちゃんは行方知れずで、ビコーちゃんは無事だった、と考えるのが自然だろう」

 

そして、と東堂は続ける。

 

「ウマ娘を二人、時間を置いて、別々に無力化して拐う。それも人がこれだけいる学園で、見つかることなく。そんな芸当、それこそ複数のウマ娘か、呪詛師でもないと難しい。

そしてもし、呪詛師ならば、俺達の領分だ」

「確かに。呪霊じゃなくても、呪いが絡んでる可能性は高そうだな」

 

虎杖の言に、東堂は頷く。

 

「俺が感じた呪力は、気のせいなどではなかった、ということだろう」

「..とりあえず、何か手掛かりを見つけないとな」

「ああ..」

 

と言った東堂は視線の先に、あるモノを捉えた。

 

「これは..!」

「どした..って、それ!」

 

東堂が拾い上げたモノを見て、虎杖も眉を吊り上げる。

 

「ビコーちゃんの髪飾りだ..」

「なんでここに...やっぱ拐われたんじゃ..」

「いや、格闘の形跡も、芝生の乱れもない...!」

「!」

 

東堂と虎杖は、同時に気が付いていた。

二人の直ぐ近くにある大樹のウロ、そこから、僅かに負のエネルギーが漏れ出ていることに。

格闘の形跡も、芝生の乱れもなかった。

しかし、残穢は、あったのだ。

大樹のウロの縁に、極僅かに。

 

 

真夜中のように、闇に包まれた空間。

僅かに入る光によって見える景色は、この世のモノとは思えなかった。

 

空、いや天井だろうか、からは、逆さまになった、明かり等一切ついていない学園の校舎が伸びており、その天蓋には学園の敷地を思わせる石畳や芝生が見える。

そして、その中心部には、"彼女達"が落ちてきた、大樹のウロ。

反対に、地面の方は、何も写さない、深い、深い闇であった。

まるで、ウロを起点に反転した世界が作られているかのようなその空間には、ヒシアケボノとビコーペガサス、そして幾人かのウマ娘も混じった子供達が倒れていた。

 

「ハッ...ハッ..」

 

二人は、荒い息をしていた。

意識のない子供達を中央に纏め、ヒシアケボノとビコーペガサスは、子供達を守るようにして立つ。

だが、ヒシアケボノの方は、足から少し、出血をしていた。

 

「ふザけナイでェエー」

 

思わず嫌悪感を催す、人語に聞こえる鳴き声のような音を発しながら、黒く、丸い影が

彼女らに襲いかかる。

 

「はあっ!!」

 

ビコーペガサスがパンチを繰り出すと、その影は霧散し、風に流れるようにモヤとなって離れ、距離を置いて再び再生した。

 

「一体..何なんだ..ここは..」

 

彼女がここに来た段階で、既にヒシアケボノの方は満身創痍であった。

僅か10分程度の違いであったが、何故、ウマ娘である彼女がそこまで追い詰められることになったのかは、ビコーペガサスも数分と経たずに理解させられることとなった。

襲い来る影は、幾ら攻撃しようとも、直ぐに再生してしまう。

しかも、数十の影がおり、それら全てに対処せねばならない。

此方の攻撃は当たらないのに、影は自分達を攻撃することが出来る。

そんな、絶望的な状況だからだ。

ヒシアケボノは、一人で10分近く、そこで子供達を守りながら戦っていたのだ。

 

彼女がここにいるのは、たまたま中庭を通りかかった時、子供達数人が、妙な黒いモヤのようなモノに腕や身体を包まれている瞬間を目にしたからだ。

咄嗟に駆け出した彼女の身体も、子供達と共に包まれ、ここに落ちてきたのである。

 

出口があるのかも分からない。

探しに行こうにも、子供達を連れ、守りながらではまともに動くことは叶わない。

だからといって、このままではジリ貧だ。

 

「ビコーちゃん..」

「ボノ。どうした?」

「あたしを囮にして、皆を連れて逃げて」

「なっ..何言ってるんだ!」

「あたしは足ケガしちゃったから..足手纏いになっちゃうし...一旦離れなきゃ。..出口があるかは分からないけど...このままだと..皆」

「...嫌だ!」

 

叫ぶようにしてビコーペガサスは言う。

 

「アタシは、絶対ボノを見捨てたりなんかしないからな!」

「でも..皆が...」

「ヒーローは、誰かを見捨てたりなんて、しない!」

 

再び迫ってきた影を叩きながら、彼女は言う。

 

「皆で助かる方法を考えるんだ!囮になるとか、そんなこと言うな!」

 

不安に押し潰されそうな様相ながらも、彼女は、強い意志で、言い切った。

 

「ごめん..。そうだね。皆で...っ。ビコーちゃん!」

 

ビコーペガサスに目を向けたヒシアケボノは、その背後に迫る影に気付き、声を張り上げる。

 

「おねガイしマスウぅう」

 

だが、ビコーペガサスの反応は、間に合わない。

彼女が振り返った時には、既に眼前に、影が迫っていた。

 

「ビコーちゃん!!」

 

パァン。

ヒシアケボノの叫びに被せるようにして、空気を切り裂くような、鋭く、乾いた音が響く。

 

ビコーペガサスの視界から、一瞬にして影が消え去った。

代わりに、彼女の身体は宙空へと移動しており、自由落下を始める。

 

「え?」

 

その彼女の身体を抱き抱える人影が一つ。

そして。

 

「でえりゃあああ!!」

 

ビコーペガサスを襲おうとしていた影は、砲弾よりも協力な拳を、そのモヤのような体躯に浴びせられていた。

影は、霧散し、二度と形を戻すことはない。

 

「え...」

 

ヒシアケボノは、その影を吹き飛ばした男の姿に、驚愕を隠せなかった。

 

「虎杖くん..?どうして、ここに...」

 

虎杖が何か言うよりも先に、もう一つの人影がビコーペガサスを抱え、降り立った。

 

「東堂くんも?!」

「遅くなってすまないな。降りられるか?ビコーちゃん」

「お、おう。ありがとう...でも今のって..」

 

再び向かってくる幾つかの影、それらは、虎杖が素早く叩いていく。

 

「二人共、ケガは...っ!」

 

尋ねた東堂だったが、ヒシアケボノの足の出血に気が付き、色をなした。

 

「あ、大丈夫。ちょっとケガさせられただけだから」

「...そうか」

 

ヒシアケボノが誤魔化すように笑う姿に、東堂は静かに応える。

そんなヒシアケボノに、一際大きな影が、虎杖の死角を付き、襲ってくる。

 

パァン。

再び音が響く。

東堂の両手の平が放つ、拍手の音だ。

瞬間、ヒシアケボノと東堂の位置が入れ替わる。

 

「ふんっ!」

 

ドゴ!と東堂の拳をぶつけられた影は、霧散し、消滅した。

 

 

「凄い...アタシ達じゃあ、いくら叩いてもダメだったのに..」

「再生、しないね..それに、今の入れ替わりは..」

 

唖然とした様子でヒシアケボノらは二人を見守っていた。

 

「そこの子供達は、大丈夫なのか?」

 

影をある程度祓い、余裕を持った虎杖が尋ねる。

 

「大丈夫。気を失ってるだけ。ここに連れてこられた時に、多分怖くて気絶しちゃったんだと思う...。その後は、影を近付けさせてないから」

「なるほど。さすがはアケボノちゃん達だ。子供らを守りながら数十分も耐えていたのか」

 

どこか誇らしげに東堂は言い、再び拍手をする。

 

「ふん!」

 

蹴りを受けた影は、霧散する。

 

「二人は、何か知ってるのか..?ここが何処かとか..」

「それに、どうして分かったの?あたし達がここにいるって」

 

躊躇うことなく戦い、自身らでは倒すことの出来なかった影を消し去る東堂らに、当然の疑問を二人は口にする。

 

「ふむ...虎杖(ブラザー)!影の数はもう後少しだ!任せても良いな?アケボノちゃんの止血もせねばならん!」

「応!任せろ!」

 

虎杖の返答が聞こえるが早いか東堂はヒシアケボノに駆け寄り、持っていたハンカチを足に当てた。

 

「こんなものしかなくてすまないな」

「ありがとう..」

「...奴等、影達は、呪霊と言ってな。人の負の感情が集積して産まれる、化物のようなものだ」

 

処置をしながら、東堂は説明を始めた。

 

「俺達は、人間も持っている呪力、呪いの力を使って呪霊を祓う呪術師なんだ。だから、あの影を祓うことが出来ている」

「そっか。だから...」

「その呪力っていうのは、アタシ達には使えないのか?」

「原則として産まれ持った才能がなければ無理だ。例外もあるが、死にかけでもしない限り、後天的に会得出来るものではない」

 

にわかには信じがたい話であるが、眼前に広がる、異様な現実を思えば、信じる以外の選択肢等、産まれよう筈がなかった。

 

「でも、なんでここが分かったの?ウロの中って」

 

ヒシアケボノの質問に、東堂はフッと笑った。

 

「これが落ちていたのでな」

 

取り出したのは、ビコーペガサスの髪飾りである。

 

「あ!気付いてくれたのか?!」

 

その言葉に、東堂は「ほう?」と感心した顔になる。

 

「と、いうことは、わざと落としていたのか?誰かに気付かれるように」

「うん。キャロットマンにそういうシーンがあったんだ。捕まりそうになった時に、目印になるものを遺すって..それで咄嗟に」

「さすがはビコーちゃんだ。おかげで呪霊が遺した僅かな残穢も発見することが出来た。これはお返ししよう」

「ありがとう」

 

髪飾りを受け取ったビコーペガサスは、きゅっと唇を噛みしめてから再び口を開いた。

 

「アタシに、手伝えることはないか?」

「あ、あたしも何か..」

「二人の気持ちは嬉しいが、生憎、呪具の類いも持ち合わせていなくてな...それに」

 

東堂は、チラリと後背を振り返る。

 

「どうやら、終わったようだ」

 

影は全て虎杖が祓い切ったようで、最後の影が霧散しているところだった。

 

「え...すご..」

 

ヒシアケボノとビコーペガサスは完全に呆気に取られていた。

 

「さすがだな超親友(マイベストフレンド)。お疲れ..」

「いや、何かおかしい」

 

虎杖は険しい顔のままであった。

 

「どういうことだ?」

「弱すぎる」

「ふむ...この広大な領域を維持することに力を使って、本体は弱かった、そんなところじゃないか?」

「前、伏黒達と任務に行ったときに似たようなことがあったんだよ。弱いと思ってたら実際は特級だったらしくて」

「何?...!..どうやら、お前の勘があたっているようだな」

 

東堂も異変に身構える。

 

「領域が、崩壊しない..!」

 

祓った筈であるのに、領域が崩れることはなく、維持され続けている。

これは、つまるところ、未だ呪霊は健在である、ということの証明だ。

 

「!」

 

パァンと拍手をし、東堂は、"それ"と自身の位置を入れ換えた。

 

「なんだ?!」

 

"それ"は、刺のように伸びる影。

皆の背後から、飛んできたものだった。

 

「..どオシテええェ」

 

先程祓った影とは比較にならない程のそれらが、領域の床面から、気泡のようにして現れ、一つに纏まっていく。

 

「なるほど。さっきまでのは前座でしかなかったわけだ」

「ドオしテェええ」

 

そして、集まった影は、ウマ娘の中でもトップクラスにビッグなヒシアケボノよりも一回り大きい位のサイズで、ウマ娘のような形状へと変化した。

 

「カてナイのオおおォ~!!!」

 

不気味な叫び声を挙げながら、呪霊は、東堂や虎杖らを無視し、ヒシアケボノとビコーペガサスを狙った。

だが、当然、拍手によって阻まれる。

 

「はっ!」

 

東堂は、位置の入れ替えと同時にハンマーナックルを呪霊におみまいする。

 

「おいおい。酷いじゃないか俺達を無視するとはな」

「ガ、ガ、がンばレえエェ」

 

ぐるり、と首、らしき部位を東堂に向ける。

 

「ガンばレえエ!ワたシいィい」

 

再び拍手。

 

「どこを見ている?」

 

呪霊と東堂の位置が入れ替わり、呪霊の背後を、東堂は蹴り上げた。

 

呪霊の身体から、ポコポコと影の塊が溢れるようにして落ちる。

 

「うん?」

「マけタクなイぃ..」

「イヤだいやダ」

 

そして、それらは断末魔のように声を挙げ、霧散する。

 

「なるほどな...」

 

言いながら、東堂は拍手をし、今度は虎杖と入れ替わる。

東堂の背後を狙っていた筈の呪霊は、既に拳を振りかぶっていた虎杖と向き合う形となった。

 

「はあっ!」

「イタいイたい...いタイイぃぃ!」

 

再び影が溢れ落ち、消えていく。

 

「何か分かったのか?東堂」

「ああ。この呪霊の正体がな」

「正体?」

「恐らく、こいつは、トレセンウマ娘達の怨念が集積したものだ」

「どういうことだ?」

「それは..」

 

話ながらパァンと拍手をし、位置を入れ換え、呪霊に攻撃を加える。

会話の合間も、二人は、呪霊との戦闘を中断することはない。

呪霊は完全に、彼の術式、不義遊戯に翻弄されていた。

 

「俺達が入ってきたウロ、あれはウマ娘達が、レースで敗北を喫した時等に誰にも言えぬ想いを叫ぶ場所だと聞いている」

「うん...皆、色々と..負けた時とかだけじゃなくても悩みとかも」

 

不義遊戯で呪霊を翻弄こそしているが、速度は中々に速く、ヒシアケボノらから距離を取って戦う隙はなく、彼女らの近くで戦っていたため、東堂の話が聞こえていたようで、ヒシアケボノは、そう補足した。

 

「そう。それら一つ一つは小さなモノだ。しかし、何年、何十年と、小さな想い、悔恨や妬み、怒り、悲しみが、累積し続け、巨大な"呪い"となってしまったんだ」

 

 

「つまり」と、東堂の拳が衝突した場所から、また影が溢れる。

 

「マぁだだあ..カえリタくナイいィ!」

 

霧散。

 

「先程から攻撃を加える度に出てくるこれは、ウマ娘達、一人一人の"呪い(想い)"なのだろう」

 

東堂の分析はほぼ正しい。

この呪霊は、ウロに叫ばれたウマ娘達の負の感情の集積体だ。

小さな積み重ねが、連なり続け、長い時間をかけて、呪霊として形を成したのだ。

だが、この呪霊は、例えば大地、例えばバッタ。そうした、特定の事物に対する怨念の集積によって産まれたモノではない。

一つの場所に、小さな穴の中に幾つもの雑多な呪いが重なり産まれた、特殊な呪霊である。

それ故に、この呪霊は生得領域こそ有するが、術式と呼べるモノは持ち合わせていない。

だが、一つ一つは別の呪いであるが故に、分裂と個別行動が可能となっているのだ。

それが、最初にヒシアケボノらが戦っていた影の正体である。

そして、東堂らの攻撃によって溢れる影も、同様だ。

 

「だが、これ程の呪霊。知能を持っていてもおかしくはないが、そんなモノはなさそうだ」

「だな。さっきから、適当に言葉を再現してるだけだ」

「こいつは産まれたばかりなのかもしれんな...アケボノちゃん!」

「は、はい?!」

「最近、トレセン内で行方不明事件等はあったりしたか?噂でも構わん」

「え...と。ううん。どっちも聞いてないよ」

「アタシもだ」

「ビンゴ、だな」

 

ヒシアケボノとビコーペガサスの返答に東堂は頷く。

 

「どういうことなんだ?」

「簡単なことだ。もっと前に産まれていたのなら、とっくに今回のような事件が起きているだろう。産まれたのは極々最近で、活動を始めたのも、正に今日だった、というわけだ」

「すげえ偶然だな..まあ、おかげで助かったんだろうけど」

「いや、偶然ではない。恐らく、トリガーを踏んだんだ」

「トリガー?..正か俺達が?!」

「全く無関係というわけではないだろうが...この呪霊が呪いの積み重ねによって産まれたことを考慮するならば、大勢の人間が学園に集まったこと、が要因と考えるのが一番あり得る選択肢だ」

 

攻撃を仕掛けながら東堂は続ける。

 

「要するに、呪力を有したモノが大量に付近に現れたことが、こいつを刺激したんだろうな」

「そっか。今日はファンの人も集まるから」

「ああ。だから、今日だったのだろう」

 

そう、呪霊は、2ヶ月程前には産まれていた。

だが、非活性の状態であった。

しかし、今日、大量の呪力が学園に集ったことで、目覚めてしまったのだ。

 

「むしろ、俺達がいて良かった。大きな被害を産む前に、祓うことが出来る」

「...だな!」

「ギアを上げていくぞ!虎杖(ブラザー)!」

「応!」

 

次々と位置を入れ替えて、呪霊の隙を付き、攻撃を喰らわせていく。

 

「まダぁマダあ」

「オわりタくないィ」

 

二人の連撃を受け続けた呪霊は、がっくりと膝を落とし、項垂れる。

 

「さあ、止めと行こう!」

 

だが、瞬間。

呪霊は小さな影へと分裂してしまう。

 

「?!」

 

半分程は、東堂らから距離を取った位置で再び地面から影を吐き出させて補充し、巨体を形成していく。

それは、最早ウマ娘の形をしておらず、獣のような見目へとなり、5mはあろうかという巨躯へと変化した。

もう半分は、ヒシアケボノ達に、小さな影の塊のまま、数十に分裂して、襲いかかった。

 

虎杖(ブラザー)!」

 

詳しく言わずとも、お互い目線だけで、全てを理解していた。

虎杖が巨体へと向かい、東堂がヒシアケボノらの方へと駆ける。

 

「せいっ!」

「だりゃあああ!」

 

両者ほぼ同時に拳を振るう。

虎杖のそれは、巨体にも堪える様で、悶えるような動きを見せた。

 

「数が多いな」

 

不義遊戯によって、どうにか誰にも傷を付けずにラッシュを凌いだ東堂だったが、自身は僅かに傷を受けていた。

 

「まだまだ余力があるようだな」

 

再び地面からポコポコと影が産まれつつあり、数秒もしない内に再び襲撃をかけてくるだろう。

 

「あの、東堂くん」

 

ヒシアケボノが、ビコーペガサスと隣り合って、東堂に声をかける。

 

「どうした?」

「あたし達にも、協力させて」

「さっきも言ったが、俺達でなければ攻撃に意味がない。危険だ」

「それでもだ。さっきの、アタシらを守ったから、あれに噛みつかれたんだろ..?」

「ああ、これか。気にするな。かすり傷だ」

 

ヒシアケボノ達は、引き下がらない。

 

「お願い。あたし達にも、出来ることをさせて欲しいの。...ファンの人が傷付くのを見ているだけなんて、したくないから」

「アケボノちゃん...だが...っ!」

 

東堂が言い終えるより早く、補充の終わった影が再びラッシュを仕掛けに向かってくる。

 

「はあっ!」

 

次々と影を叩き落としていくが、数十体が同時に多方向から襲ってきたので捌ききれず、二体、取り零してしまう。

 

「しまった!」

「せいっ!」

「やあっ!」

 

だが、その二体は、未だ気絶したままの子供達にたどり着く前に、ヒシアケボノとビコーペガサスの拳によって、動きを阻まれた。

 

「!!」

 

二人のパンチを受けた影は、一瞬形を崩し、再び形成していくが、その隙に東堂によって祓われる。

 

「ね?一瞬ならあたし達も動きを止めれるの」

「さっきまでは戦ってたからな!」

「...そうだったな。俺達が来るまでは、二人で戦っていたんだったな...すまない。どうやら、固く考えすぎていたようだ」

 

東堂はそう微笑する。

一般人を戦闘に巻き込む等、本来はあり得ない。

しかし、彼女らはウマ娘。

一般人の何倍もの膂力があり、呪力を操れずとも触れられる程に強力な呪霊ならば、むしろその膂力の影響を受ける。

つまり、時間稼ぎ程度は可能なのだ。

とはいっても、特級相手ともなれば、普通は危険以外の何物でもない。

だが、この呪霊は特殊だ。

それ故、奇跡的に互いの特性が噛み合っている。

それに、彼女達の想いを無下にも出来ない。

彼はそう、考えていた。

 

「では、もし、また俺が取り零してしまったらそれを叩いてくれ!他を落として、直ぐにそれも祓う!!」

「「了解!」」

 

まだまだ"呪い"は尽きぬようで次々影は沸いて出てくるのだった。

 

 

「はああっ!」

 

虎杖は一人、少し離れた位置で、巨大な獣のようになった呪霊と戦っていた。

 

「っそ!手応えが全然ねえ!」

 

手応えはないが、視覚的にダメージが入っていることは理解出来る。

影が次々溢れ、消えているからだ。

しかし、それと同じくらいに、新たな影が呪霊に補充されていく。

 

「無限ってことはないだろうけど...!」

 

呪霊は、地を蹴り上げ、高速度で虎杖へと向かってくる。

 

「ふっ」

 

虎杖は、上へと飛び上がり、そのまま、自由落下を利用した踵落としをきめる。

 

「く、く、クやししイィ!!」

 

叫ぶ呪霊に、虎杖は、三段蹴りで追い討ちをかけた。

 

「はあああっ!」

 

最後に、拳を一発、全力で振り抜いた。

呪霊は、バランスを崩したようで、その場に倒れる。

だが、影が蠢き、直ぐ様立ち上がった状態へと身体を変形させてしまう。

 

「...ズリぃ」

 

どうやら体勢を崩して隙を作る、ということはかなり難しいことが分かり、虎杖は攻め方を変えることにした。

 

「正面から!」

 

呪霊の数メートルある巨体の顔に近い部位、その真正面に飛び上がり、鼻柱に全力の一撃を入れる。

 

「叩き込む!」

 

先程までよりも大量の影が溢れていく。

 

「よし!」

 

着実に削れている、と虎杖が実感すると同時、呪霊は、それまでの影の数倍、バレーボール大はありそうな影を分裂させ、其方を東堂達の方へと向かわせた。

 

「なっ!東堂!」

 

「!」

 

東堂は瞬時に察知、不義遊戯で、別の小型の影と位置を入れ替え、蹴りを浴びせる。

だが、タイミングとしては最悪であった。

正に、ラッシュを処理している時だったのだ。

 

(こいつ...考えているな?!)

 

呪霊は、人語こそ介さないが、かなり高度な知能を有しているようだ。

 

「すまん!取り零した!無理はするな!」

 

端的に、後ろで、子供らを守るように立ちはだかるヒシアケボノとビコーペガサスに伝える。

 

「任せて!」「任せろ!」

 

二人は拳を構え、影にぶつけようとする。

 

「もモおっトおォハしりたたかっ」

 

影の呻いたそれに、ヒシアケボノの動きが止まってしまう。

 

「ボノ?!」

「アケボノちゃん?!」

 

すんでのところで、東堂がどうにか影を落とし終えたので、不義遊戯で入れ替わったため、ヒシアケボノに傷は付かなかった。

 

「あ...!」

 

だが、東堂は腹の辺りを、影に噛みつかれてしまっていた。

 

「っ!」

 

一瞬にしてその影も、ビコーペガサスが殴り、時間を稼いだ影も、祓われる。

 

「ご、ごめんなさい!あたしのせいで..」

「いや、気にするな。こうなったのは俺の判断だ。それよりも、大丈夫か?」

「...うん。大丈夫。ただ..」

「ただ?」

「あの影達は、あたし達なんだなあって..思っちゃって...さっき言ってたでしょ?あれは、学園の皆が、あたし達がウロに叫んだ想いなんだって」

「ボノ..」

「それを、実感しちゃって..ごめんなさい。あたしのせいで、貴方が傷を..」

 

呑み込んだ筈の、いや、確かに呑み込み、折り合いを付けた、感情。

例え選手生命が短くなろうとも、と選んだ道。

皆に喜んで欲しかったから。

選ぶと決めた、儚い道。

だが、過去の"想い"は消えておらず、今になって、彼女を襲った。

それ故に、彼女は、罪悪感に、苛ま━━

 

「...君のせいじゃあない」

 

東堂は立ち上がり、再びやって来た影をはたき落とす。

そして、ゆっくり、口を開いた。

 

「俺は、アケボノちゃん達を尊敬している」

「へ?」

「俺達と同い年か年下の娘達が、全てを賭けて、走っている。そして、例え敗北しようとも、どれだけ勝ちたいと願ったレースだろうとも、笑顔でライブを踊る!」

 

戦いながら、東堂は話続ける。

 

「ファンに、その全てを見せることはないし、見せない。

思春期の、青春真っ盛りの娘達が、だ。

そんな、プロのアスリートとしての振る舞いを求められるアケボノちゃん達が、誰にも聞かれないよう穴に、独り、思いの丈をぶちまけることを、誰が責めようか!

尊敬こそすれ、それを批判するようなこと、間違ってもあり得ない。

そして、そんなモノ"俺達"が許さない」

「...!」

 

ヒシアケボノは顔を上げた。

 

フッ。と笑う東堂の顔を視界に写す。

 

「ビコーちゃん!アケボノちゃんと子供達を頼む!影は、今のでもうほぼ沸かなくなった!」

 

東堂の言葉通り、つい数秒前までは、無限かと思える程に沸いていた影が、姿を消していた。

 

「恐らく本体の維持に回すだけしか残っていないのだろう!もし、またそっちに来るのがあれば、言ってくれ。直ぐに戻る!」

「了解だ!」

「ブラザー!」

 

東堂は叫ぶと同時に、不義遊戯を発動させる。

 

「せいやあっ!」

 

虎杖と呪霊の位置を入れ替え、蹴りを叩き込む。

 

「アいつっバばっかりりぃ」

 

呪霊は苦し気に呻く。

溢れた影も、最早、補充されなくなりつつあった。

 

「はああっ!」

 

呪霊の背後から、位置を入れ替えられていた虎杖もパンチを入れる。

 

「イやあァアぁ!」

「仕留めるぞ!ブラザー!」

「応!」

 

二人が駆け出すと同時、呪霊は、姿を、ウマ娘の形に戻した。

 

「なっ!」

「狙いが!」

 

形状が突然変わったことで、狙いが外れ、二人の拳は空を切る。

その隙を付き、呪霊は身体をヒシアケボノらの方へ180度反転させた。

ついでとばかりに、二人を妨害する影を分裂もさせる。

 

「...っ!ビコーちゃん!そのままジャンプしてくれ!」

「分かった!」

 

ビコーペガサスは東堂の言葉を信じ、遥か高くへ飛び上がる。

言うと同時に、拍手。

瞬間。

呪霊は、身体の向きを反転させ、身体の側に浮かしていた影を刺状に伸ばした。

 

「やはり、入れ替わりに慣れつつあったか」

 

だが、と刺となった影を破壊しながら、東堂は不敵に笑う。

 

「手を叩いたからといって入れ替わるとは限らない」

「ビコーちゃん!そのまま踵落としだ!」

 

言いながら、再び拍手し、今度は不義遊戯を発動させる。

 

ほぼ同時に、虎杖とビコーペガサスが入れ替わり、後ろを取られた呪霊に、飛び蹴りが炸裂する。

ビコーペガサスも、入れ替わった位置から踵落としで、虎杖が殆ど破壊していた影の残りを蹴り付けた。

その影は、ビコーペガサスの蹴りにより生み出された隙に、東堂が祓い切る。

 

「ありがとう。ビコーちゃん」

 

ニッと親指を立てるビコーペガサスに東堂も笑みを返した。

 

「アケボノちゃん!入れ替えるぞ!」

 

手を叩き、ヒシアケボノと入れ替わり、虎杖と合流する。

そして。

 

虎杖(ブラザー)!」

 

虎杖の蹴りを食らった後、体勢を立て直し、虎杖らに目標を戻した呪霊と向き合う。

 

「わワたシだっテ...勝ちたい...!」

 

呪霊の戯言。

しかしそれは、ウマ娘達の、"願い"の残滓。

ただの、"呪い"と付すには、余りに━━。

 

「...ごめん。それは、させてやれない」

「せめて、その"呪い(願い)"の主らの想いが叶うことを、祈っている」

 

呪霊は、腹に二人の拳を受け、僅かに身体を浮かせられる。 

 

呪霊が、地に再び足を付ける前に二人は、呪霊に集中し直す。

そして、構えた拳を、同時に、振るう。

 

黒い火花が、呪いの体躯を迸った。

 

 "黒    閃"(こくせん)

 

閃光に包まれた呪霊は、「うオえウあ」と呻き声を挙げたのを最後に、その身体を、霧散させるのだった。

 

「倒した...の?」

「終わったのか..?」

 

ヒシアケボノとビコーペガサスが駆け寄る。

 

「どうやら、そのようだ」

 

空を見上げる東堂につられ、二人も上を見る。

 

領域の天涯がひび割れたように崩れていき、その隙間から光が差し込む光景が、目に入ってくるのだった。

 

「ここって...」

 

四人と倒れた子供達は、いつの間にかウロの側、芝生の上に立っていた。

 

(ウロの中に出たらどうするかと考えていたが、杞憂だったようだな)

「さて、子供達を保健室に運ぼうか。外傷はないし、直ぐに目は覚ますだろうがな」

「そうだな」

 

東堂と虎杖は軽々と子供らを抱えていく。

 

「あ、あたし達も手伝うよ」

「アケボノちゃんは無理をしないでくれ。君もケガをしているんだ」

「..あ、そだね..ありがとう」

 

そうして、全員を保健室に運び終え、ヒシアケボノも、ちゃんとした処置を受けることが出来たのだった。

そして、子供達も目覚め、四人は子供達の見たものは夢だったんじゃないか、と納得させ、見送った後のこと。

 

「って。もう始まってる時間だあ~!」

 

時計は既に、ヒシアケボノの料理教室の開始時刻を過ぎていた。

 

「足ケガしてるんだろ?無理しない方が..」

 

虎杖は、立ち上がるヒシアケボノを引き留めようとする。

 

「大丈夫。ちゃんと処置もしてもらったし、本当に軽いケガだから!」

「だけど..」

「それに、二人とも楽しみにしてくれてたんでしょ?きっと、もっと沢山の人が、同じように楽しみにしてくれてる」

 

だから、行きたいの。と、ヒシアケボノは、真っ直ぐに、虎杖と東堂を見据え、言った。

 

「...そうか。ならば、虎杖。共に行こう。これ以上引き留めることも出来ないだろう」

「...そだな」

「だが、無理はしないで欲しい」

「うん。ありがとう。じゃあ、行こっか。ビコーちゃんも大丈夫そう?」

「アタシは無傷だし、平気だけど..」

「よ~し!じゃあ頑張ろう!ファンの人達に楽しんで貰わなくちゃ」

 

料理教室の会場、家庭科実習室の扉の前についた一行は、笑い声が響いているのを聞いた。

 

「ごめんなさ~い。遅れちゃいました..」

 

ヒシアケボノが状況を呑み込めぬままひょこりと顔を出すと、会場の注目が彼女に集った。

 

「アケボノちゃんだー!」

「ボーノちゃん!体調は大丈夫なの?!」

「無理しないでね!」

 

口々にファン達からの声が届く。

そして、一番前の教壇に立っていたウマ娘が、彼女に気付き駆け寄ってきた。

そのウマ娘は、黒い、特攻服モチーフの勝負服に身を包んだ、カツラギエースであった。

 

「お、アケボノ。大丈夫なのか?」

「エースさん?!どうして..」

「ああ。事情は後だ。それより、このまま行けそうか?無理してないか?」

「う、うん。大丈夫..」

「そうか!ならアケボノに返すよ。アタシは、ビコーと一緒に助手をさせてもらっても良いか?」

「も、勿論良いよ!ありがとう」

 

それを聞き、カツラギエースはファン達の方へと向き直った。

 

「よーし!じゃ、アタシの前座は終わりだ。お待たせしちまったな。アケボノに返すぜ」

 

沸き上がるファン達、虎杖と東堂は目立たぬようにちゃっかりその中に収まっていた。

 

そこから、料理教室は問題もなく、進行していき、ヒシアケボノの鍋や他の料理にファン達、勿論東堂らも舌鼓を打つことが出来たのだった。

 

「ありがとうございました!また来てね~」

 

しれっと居残る東堂と虎杖を除き、最後のファンが退出したのを見届け、ヒシアケボノは扉を閉めた。

 

「ふーっ。皆ありがとう!皆のおかげでファンの人達もとーっても楽しんでくれてた」

「いいってことよ!」

「そうだぞ!気にするな!...でも、何でエース先輩はさっきここに?」

 

そうだ、とビコーペガサスが尋ねる。

 

「ん?ああ。そこのファンの人達と一回会ったとき、二人を探すのに協力してくれたんだけどさ。その後この人らからの伝言を貰ったんだ」

 

少し前。

中庭。

 

「恐らく、このウロの中にビコーちゃん達がいるようだな」

「ああ。早く行こうぜ。一刻を争う」

「勿論だ...が、少し待ってくれ」

 

言いながら、東堂は駆けていき、少し離れた場所にいた学園のウマ娘に近付いた。

 

「すまない。カツラギエースという娘に伝言を頼めるだろうか。アケボノちゃんは少し体調不良らしく、休んでいて、ビコーちゃんは付き添っている、と」

「えーと..」

「いや、彼女に頼まれていたんだ。話してくれれば分かる。それと、少ししたら戻るだろうとも伝えておいてくれ!」

「はあ...」

 

そして、東堂は再びウロへと駆け戻り、そのウマ娘や周囲から死角になる位置から、ウロへと虎杖と共に飛び込むのであった。

 

「あの娘。伝えていてくれたのか」

「不審者じゃないかってちょっと怖がってたけどな。アタシが連絡手段教えてなかったのがミスだった。すまねえ」

「いや、当然のことだろう。それで、前座を?」

「ああ。直ぐに戻るってんなら、それまで繋いどかないとなって」

「エースさん、ありがとう~!」

 

ヒシアケボノがカツラギエースに抱きつかん

かりの勢いで礼を述べる。

 

「へへっ。気にすんな。こういう時はお互い様だろ?あ、だけど、無理はするなよ?この後はちゃんと大人しくするんだぞ」

「あははっ。大丈夫だよ。もう元気だから」

「本当かあ?まあ、何にせよ、無事で良かった」

 

そうして、カツラギエースは「それじゃあな!」と気持ちの良い笑顔で、去っていくのであった。

 

「エースさん。クラスの出し物だってあるのに..本当にありがたいなあ」

「しかし、無事に終わって良かった」

「ああ。ちゃんこ鍋、めっちゃ旨かったよ!」

 

東堂と虎杖の言葉に、ヒシアケボノは笑顔を向けた。

 

「嬉しいな。二人のおかげだよ。あたし達を守ってくれたから、こうして料理教室も出来た。本当に、ありがとうございました」

「アタシからも、ありがとうございました」

 

ヒシアケボノとビコーペガサスは深々と頭を下げた。

 

「よしてくれ。俺達は俺達の義務を果たしただけだ」

「それでも、だよ。本当にありがとね」

「何か照れ臭いな。真正面からお礼言われるなんてあんまねえし」

「何かお礼させて欲しいな」

 

ヒシアケボノの申し出に、東堂はフッと笑い、こう言った。

 

「礼は既に貰っているさ。握手もしてもらったし、サインも貰った」

「いつの間に?!」

 

最初にヒシアケボノを見つけた時、虎杖が合流する前に、サインもどうやら貰っていたようだった。

 

「ブラザーの分も貰っているぞ」

「あ、ありがとう?」

「ふふっ。でも本当にこんなので良いの?命を救ってもらった訳だし..」

「これが何よりのお礼さ。

そうだな、強いて言うなら..今度は生でレースを見たいのでな。君の力強い走りを、もっと沢山、見てみたい」

 

東堂の言葉に、ヒシアケボノは一瞬、固まったように感じられた。

 

「もっと...か。それは、約束出来ないかもしれないな」

 

ポツリと、溢れたようなヒシアケボノの言葉に、東堂は驚いたようだった。

 

「どういうことだ?」

「あっ。ううん!何でもないの!是非、次のレース、見に来てね!」

「アケボノちゃん?」

 

横で、ビコーペガサスが、少し悲しそうな顔をしていた。

 

「まさか、何処か身体を..?」

「ううん。身体は元気だよ。

...ただ、アタシは、細く長くより、太く短くを選んだの。それだけ」 

「...」

 

ヒシアケボノは申し訳なさそうに笑った後、ビコーペガサスに視線を向けた。

 

「ヒーローショーの時間近いし、行こっか」

「あ、うん。そうだな」

 

二人が言葉を交わす間、東堂の脳内CPUは、点と点を、繋いでいっていた。

 

「レースも、応援している」と言った時のヒシアケボノは、あの時は気に止めていなかったが、一瞬、返答が遅れていた。

 

呪霊の影が発した「もっと走りたかった」という言葉に固まっていた。

 

ヒシアケボノはその大きな体格からくる力強い走りが売りだが、身体への負担は大きいという噂。

 

そして、「細く長くより、太く短くを選んだ」。

 

東堂は、もしや、と顔を上げた。

 

「アケボノちゃん。君は...」

「まだ、秘密にしててね。もう少しだけ、走るつもりだから」

 

「ごめんね。こんなこと」とぎこちなく笑った後、ヒシアケボノは続ける。

 

「でも、だから、レースも、是非来てね。それに、学園ではイベントも一杯やってるから、良ければまた来て欲しいな。歓迎するよ!」

「ああ、必ず..」

「改めて、本当にありがとう。東堂くん、虎杖くん」

「ありがとな」

 

そうして、東堂と虎杖は、「またね~」と手を振るヒシアケボノと、ビコーペガサスを見送る。

 

「なあ、俺には何のことかよく分からんかったんだけどさ。何か言っときたいことあるんじゃねえの?」

 

虎杖が、東堂に目を向け、言う。

 

「いや、彼女はもう、覚悟を決めているんだ。一般人(一介のファン)に、口を挟む資格も、権利もない」

「でも、ファンなんだろ」

「..だからこそ、だ」

「分かんねえな。お前らしくねえぞ、東堂。いつもみたいにぶつけろよ。お前の想いを。

資格とか権利とか、そんなのファンってだけで、応援しているってだけで、十分だろ!

お前は、呑み込むだけで、本当に良いのかよ?!」

「!....」

 

虎杖の言葉に背を押され、東堂は意を決したように、口を開いた。

 

「アケボノちゃん!!」

 

声に、既に距離の離れていたヒシアケボノが振り返る。

 

「俺は、君のレースに惚れた!だが、それは走りに、というだけではなかった。

君の想いが、画面越しにも伝わってきたからだ!

君の走る姿が、美しかった!

だから、どうか、無理をしなくてもいい。だが、また、何度でも、見せて欲しい」

 

東堂の言葉に、ヒシアケボノは驚いた顔になってから、次いで、困ったように微笑んだ。

 

「━━━━」

 

彼女の発した言葉は、東堂にも、虎杖にも聞き取れなかったが、その口は、「ありがとう」とも「ごめんね」とも言っているように見えたのだった。

 

「━━どうする?ヒーローショーも見てくか?」

「.......ああ、約束したからな」

 

物悲しげな雰囲気で、東堂は小さく答えた。

そうして、二人はビコーペガサスのヒーローショーも観覧し、それが終わると、静かに会場を去るのであった。

既に夕焼けに包まれつつある空の下、ファン達も三々五々帰りつつある。

虎杖と東堂も、ゆっくりと、正門の方へと向かっていた。

 

「...最後に、もう一回、さっきのラーメンでも食って帰るか」

「ああ。そうだな。...虎杖(いたどり)

 

「ん?」と虎杖は振り返った。

 

「今日はお前と来れて良かった。俺だけでは、踏み切れなかっただろうから」

「余計なお世話だったかもだけどな」

「ああ。それ故に、だ。ありがとう。虎杖(マイベストフレンド)

 

フッと虎杖は笑い、東堂の背に手を置いて、歩を進めるのだった。

 

「行こうぜ。奢ってやるよ」

 

 

 







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