晩夏一香   作:悲しみ

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序の後

 

 

時計塔が正午の鐘を鳴らす。

勤務先のレストラン、『ブリギッド』は今日も今日とて満席である。

大衆食堂を名乗るには少々値の張るメニューが並ぶこの店。にも関わらずブリギットがここまで盛況を見せるのは、ウチが栄養価を売りにした街では珍しいレストランだから。

バランス重視の健康的な食事が、身体が資本の塔士たちの需要と見事に合致したのだ。そういうわけで、席を埋めるおよそ半数、彼らの腰や背中にはいかつい武器がぎらりと光っている。

食事中くらい下ろせばいいものを…と思う時点で、やはり俺に塔士は向いてないのだろう。

余計な思考を打ち切って業務に集中する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、マノ」

「はいよ。注文か?」

「えっと、その。また、稽古つけてほしいんだけど」

「稽古? 俺にか? 俺より強い塔士なんてごまんと居るんだから、その人たちに頼んだ方がいいと思うぞ」

「オレに槍を薦めてくれたのはマノじゃん。こんなに武器が自分に合ってるなんて思えたの初めてでさ。やっぱり他の人じゃ、なんか噛み合わないんだ。…駄目、かな?」

「…そこまで言われちゃ責任重大だな。次の休日は空いてるか?」

「——! ありがとうっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よォ坊主。最近塔でお前を見かけないが、何かあったのか?」

「いやぁ、はは。俺、よく修練用模型を壊しちゃうんで。訓練は時間をずらしてるんです」

「止めたワケじゃあ無いんだな?」

「それは勿論!」

「そいつは重畳。俺の教えを受けたんだから、簡単にくたばったら承知しねえからな」

「まさか。諦められないですよ。……諦めたくても

「ん? すまん聞き逃した」

「いえ、ただの独り言です。気にしないでください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

「いつもの、で良いんですよね?」

こくり。

「ちょっと少しくらい喋りなよ!マノ、いつもこの子がごめんね?」

「もう常連さんですから。なんなら表情だけでもある程度分かります」

「……!」

「これは私でも喜んでるって分かるな。って、それより!私、今度の対人戦で双剣持ちと戦うんだけど」

「双剣ですか。ここではあまり見ない武器ですね」

「そうなんだよ…私、双剣との戦闘は未経験でね。マノって前に双剣使ってた時あるよね? できたら何かアドバイス貰えないかなーって」

「確かに昔齧ってましたね。よければ模擬戦のお手伝いでもしましょうか?」

「…………え、マジ? 模擬戦?いいの?」

「以前のお礼に、と思いまして。まぁ、所詮は専門外です。やった所でかもしれませんが——」

「いやいやすごく助かるよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…まだ、塔士を続けているのか?」

「はい」

「…そうか。…余計な世話だと思うが、武器を次々に取り替えるのは良くない。…いや、悪いと言っていい。中途半端な技は、太刀筋を濁らせる。…自覚しているんじゃないか?」

「ゔっ。耳の痛い話で… でも、まだしっくりくる武器が無くて、ですね」

「…武器が馴染む感覚は、成長と共に育まれるものだと俺は思っている」

「…」

「…諦めろとは言わない。そんな権利は俺には無い。…だが、それ程までの執念を抱え続けることは苦痛であると、分かっているだろう?」

「…忠言、感謝します」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最後の客を見送ったときには、日はすでに地平線の下に潜っていた。

このレストランは朝食と昼食の営業だ。さして終業は遅くない、が。今日は客足が伸びたためか、後処理にいつも以上の時間がかかってしまった。

 

焦りというか、そわそわした感情が心をくすぐってくる。

 

「…よし、完璧だな。じゃあお前ら——」

「お疲れ様でしたまた明日!」

 

店長の音頭を聞くや否や、俺はすぐさま店から飛び出した。

外へ出る寸前に店長があげた静止の声は聞こえないふり。おおかた内容は分かってる。「休憩しろ」と「無理するな」のダブルコンボだ。

 

休憩時間にこっそり行っていた特訓を見られて以来、店長は少々俺に過保護である。

集中した時に視野が狭くならないようにと、「大量のでっかい石を上空に投げて全てを避ける」という迷走した訓練をしていた俺にも非があるとは思うが。それでも過剰に心配されると反応に困るというもの。

 

ちなみにその時の訓練は普通に失敗し、背中は全治2週間だった。

あ、腕は守ったぞ? 店にも迷惑だし、訓練もできなくなるからね。

 

 

ギリギリ走らないくらいの早歩きで人波を縫って歩く。「塔」へ一目散、と言いたい所だが、敢えて遠回りとなる別の道へ。

進む内に見慣れたアパート群は姿を消してゆき、道に沿って立ち並ぶは豪邸の数々。明らかに自分の身分に合わないこの通りに、俺は一つ目当てがあった。

 

「…ちょうど今から始まる所か? 運が良いな」

 

厳重な警備が施された住宅街で異質に目立つ、柵すら無い拓けた土地。そこで、二人の女性が剣を握って向き合っていた。

 

 

 

 

 

ゼルフォード家。

先代で大英国(ブライテン)に移住してきた新参でありながら、擬き(イミタリ)の討伐において多大な成果を挙げて国内での貴族位を下賜された武の家系。

 

ゼルフォードの剣は、実戦のためだけに最適化されている。攻防を同時にこなす隙の少ない戦闘の運びは崩すことが非常に困難で、「安定」の一点において、決して他の追随を許さない騎士の戦闘術。

 

その美も剛も余す事なく取り込んで、自分の剣へと昇華させたのが、

同家自慢の一人娘、ライズ・ゼルフォードその人である。

 

 

 

 

 

眼前、俺の足音が合図になったかのように紺の髪を束ねた少女———ライズが動く。

 

凄まじい衝撃と共に、白い火花が眼前で爆ぜた。

 

ライズの逆袈裟の切り上げと相手の振り下ろしが激しくぶつかり合う。

始まった迫り合い。有利であるのは重力を味方につけた後者のはずだ。

 

しかしライズの間合いは、もう半歩を踏み込んでいる。

 

じりじりと拮抗を崩していくライズの圧。たまらず相手は後ろへ飛び退く。迫り合いを避けようとした後ろ向きの行動。

その退避をライズは決して逃さない。強く踏み込んで瞬く間に間合いを詰める。応戦して剣を振るう相手、鈍色(にびいろ)の光が再度ぶつかり合う———その瞬間、

 

「ッ!?」

 

ライズは刃を傾けた。舌を巻くほどに絶妙な角度は刀身を軌条(レール)へと変え、相手の剣を滑らせる。息を呑む相手、その切先が向かうは見当はずれの軌道、たった一瞬晒された(ふところ)

 

「——セァッ!!」

 

ライズが吼えた。空気を(えぐ)る戦意の横薙ぎ、苦し紛れに構えられた相手の剣。凄まじい衝撃に、時計塔の鐘を凌ぐ甲高い音が鳴く。

豪剣に、相手の重心は完全に崩れ去った。身体を傾けながらもなお、構えを解かない姿勢は驚嘆に尽きる。が、もう勝敗は喫していた。

切先は相手の首のど真ん中、ライズは鋭く地を蹴り飛ばす。零距離の間合いを埋める真に研ぎ澄まされた空気、矢を引き絞るかのごとき集中。

 

民の国(デウツ) 剣術が一つ、『貫通(シュテイヒ)』。

 

以前ライズが教えてくれた名を思い出す。傲慢にも、俺に見せるための刺突だと、そう感じた。

 

 

 

「…参りました」

 

切先は首に触れる間際で静止し、相手は観念して白旗をあげる。ライズは息を一つ吐いて構えを解いた。そして相手——ゼルフォード家の部下に手を差し出している。

 

 

 

俺より遥かに優れた突きだ。ライズの潜り込むような深い間合いは何回観察しても全貌が知れない。でもそれは、俺に必要な力だと確信している。

先の一戦を脳内で反芻する。やはり、優れている。

彼女の刺突は俺の目標とするものとは違う。しかしライズの動きには一切の無駄はなく、これはこれで一つの完成系といえるだろう。

 

しかし俺の心は、よく言えば冷静で。…あけすけに言ってしまえば、退屈している。

凪いだ感情の正体を俺はまだ明かせていない。

 

「——また来たの?アンタも飽きないわね」

 

はっとして顔をあげる。手甲と脚絆だけの最低限の装甲に、際立った特徴の無い無骨(シンプル)な剣。服装と瞳に宿す気迫にさえ目をつぶれば、良家の箱入り娘と言った方がしっくりくる様相。

 

いつのまにか目の前まで来ていたライズが、眉をひそめてこちらを見上げていた。

 

「飽きるはずが無いさ。ライズほど地に足がついた剣士はいないと思ってる。何回見学しても学ぶことが多くて、自分の未熟さを実感すると同時に洗練された動きに対する感動が——」

「ちょっとストップ!急にそんなに褒めないで!!」

「す、すまん」

 

「まったくもう…」と小さく呟きながら、自分の頬をほぐすように揉んでいる。ライズの頬が形を変えるのと同時に、サイドテール気味の紺のお団子もぽふぽふ揺れる。

なんとなくそれを目で追っていると、ライズは気を取り直したかのようにコホンと咳払い。

 

「…そこまで言ってくれるのに、マノは我流にこだわるのよね」

「ゔっ」

「何「図星つかれた」みたいな顔してんのよ…本当にその点だけはワケわかんない。———技だけ掠め取ろうっていうことがどれだけ非効率で、どれだけ厚顔なのかなんて貴方なら知ってるでしょうに」

 

鋭い眼が俺を睨む。

ライズは自分の剣に、歴史に誇りを持っている。「ゼルフォードの剣が至高である」という矜持が。

初めて彼女に教えを乞うた時、ライズは吐き捨てるような顔で俺の頼みを切り捨てた。決まった武器を選ばず、決まった流派に属さず。ふらふらと他人の技を掠め取ろうとする俺を、彼女は許せなかったのだ。

 

ライズの言い分は全くもって正当で、それでも俺はあの日から何も変わっていない。ここまで関係が修復したのも奇跡と言っていいほどだ。

 

「…どうしても、やりたいことがあるんだ」

 

でも、譲れない。何を言われても、強くなれなくても。俺の人生はあの一撃だけのためだから。

目を合わせる。するとライズは疲れたように、大きくため息をついた。

 

「マノが中途半端に我流にこだわってるんじゃないことも、どれだけ本気なのかも痛いくらいに伝わってるわ。…だからこそ、貴方とは絶対に分かり合えない」

 

かと思うと、ライズはピンと人差し指を立てて声を張る。

 

「あえてこう言うわ。()()()()()を張るのを止めて自分に合った流派に属せば、貴方の努力はきっと日の目を見る」

 

優しくて、それでいて残酷な言葉が俺を刺す。ライズの言葉はいつも正しい。…だけど、

 

「俺が欲しいのは、一つだけだから」

「…頑固ね。本当に」

「いいだろ、俺がライズに勝ってる所なんてそれくらいしか無いんだし」

「ほんと、そういう所は一丁前」

 

時計塔の鐘が鳴る。見上げると、もうすっかり空は藍色だ。先ほどの熱い模擬戦のおかげで俺のやる気は最高潮まで届きつつあった。

 

「それじゃあ訓練に行ってくる」

「もう行くの?」

「ああ。ライズ、今日もありがとな」

 

次回はいつもの見学のお礼に菓子折りでも持っていきたい所だが、ライズは貴族である。菓子は少々俗かもしれない。何を礼にするかはおいおい考えよう。

日が落ちて人通りの少なくなった道を見据え、塔に向かって一目散に、

 

「マノ」

 

駆けようとする裾が掴まれた。振り向いた先、淡黄の瞳と紺のお団子髪が、迷うように揺れている。

 

「どうした?」

「…ううん、何でもないわ。くれぐれも無理しないでね」

 

無理せず。その言葉につい苦笑してしまった。今日だけで何回言われたことだろうか。

怪訝そうに首を傾げるライズになんでもないと手を振って、今度こそ別れる。目指すは塔の訓練所だ。

 

 

 

ーー

 

 

 

呼吸と力の緩急は密接な関係を持っている、と思う。「点」を貫く突きにおいて、その微妙な間隔は斬撃よりもはるかにシビアだ。

 

()()()の相手を脳裏に映し出す。奴は脱力したように両手を垂らして俺の前に立っていた。構えと呼べないような構えは行動の機敏が読みにくい。ならば意識する所を変えれば良い。

肺に深く空気を取り込む。奴の呼吸に同化する。それによって穿つべきその一点に、寸分狂わない全力を

 

「——っ()ね!!」

 

手からすっぽ抜けた剣がまっすぐ地面に突き刺さった。低い音を鳴らしてたわむ剣身を眺めながら、力なく地面に座り込む。ぽたり。額から垂れた汗が再び手を濡らした。

 

…けっこう惜しかった、気がする。

俺は集中すると視野が狭くなる。それを補うためにライズの踏み込みを参考にして、普段の距離感よりもさらに間合いを詰めようとしているのだが。

なまじ良い踏み込みをしてしまったがために、汗で手が滑るなんてミスをしてしまったことが悔やまれる。

 

「もう一回」

 

身体が覚えているうちに、今の感覚を叩き込みたい。刺さった剣を引き抜いて、もう一度呼吸に集中する。騒ぐ自分の心を落ち着かせて、自分の鼓動が聞こえるくらいまで、静かに、研ぎ澄ます。

 

 

 

 

「あ、薄っぺら(チープ)

 

おかげさまで、背後の呟きがよく聞こえた。

 

塔士にとって、武器はその者の信念を表す。時には自身の体の一部として、時には命を任せる相棒として、塔士は武器と向き合っている。そんな大切な半身を愛すことなく中途半端に取っ替え引っ替えしている男に、付いた徒名(あだな)は『薄っぺら(チープ)』。

 

 

後ろから聞こえた他の塔士の声は、俺を嘲るような色をしていなかった。言外に聞こえる「まだやってたんだ」という言葉。それも俺を馬鹿にするための発言では無くて、本当に驚いているだけなのだろう。

 

図らずも、呼吸音がくっきり聞こえるほどに静寂に満ちた場。漏らした呟きが俺に聞かれたことに気づいたのか、その塔士は足早に訓練所を去っていく。

 

「…何も、言い返せないんだよなぁ」

 

やめたらどうか。無意味じゃないか。

 

たくさん言われた。善意100%でだったり、嘲笑しながらだったり。道理を考えると、笑えるくらいぐうの音も出ない「助言」だと思う。

 

()()()()()()()

 

 

そうだとしても、たとえ何が起こっても。

身を焦がし続ける熱い燻りは決して消えない。この剣もまた、俺には馴染まない。苦しい。底の見えない水中に潜り続けてるみたいだ。

 

「はは。誰か、助けてくれよ」

 

そんなことをほざきながら笑みを抑えられない俺は結局、武器を握るのが好きなのだろう。

深く息を吸って、肺を夜の空気で埋めて。気づけば時刻は午前0時、月は天高くで輝いて刀身をきらりと照らす。

確かめるように、一歩地面を踏みしめて、

 

体を支えきれずにぶっ()けた。

 

「…はっ?」

 

すぐさま襲いくる猛烈な眠気。

……まぶたが、鉛かと思うくらい重い。待て待て待て、まだ今日は全然満足していない。まだ休むには早いって、頑張れ俺、あと2時間だけ! 起きろ! できるって、いけるいける!それじゃあ合図で起き上がるぞ、一、二の、

 

 

 

ぐぅ。

 

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