晩夏一香   作:悲しみ

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投稿日の数千倍の人々に読んでいただいており困惑しています。評価、感想等とても嬉しいです。前話あとがきの弱音は見なかったことにしてくださると助かります…



一章
1.イカロ


 

 

「どうぞ、こちらです!」

「あ、ありがとう」

「このくらいでお礼なんて畏れ多い! 自分の家だと思ってくつろいでくださったら嬉しいです。あ、俺が邪魔なら出ていきますので」

「ここ君の家なんだよね!?」

 

俺が住むアパートの一室。彼女は謙虚にも俺を家主として扱ってくれている。その厚意を頂戴して、俺は彼女を客人としてもてなす事にする。

ソファーなんて物はこの部屋に存在しない。テーブルの側に据えていたシンプルな椅子。二つの内まだ綺麗な方に座ってもらった。

 

(腰の低い人だなあ)

 

そわそわしながら視線を彷徨わせる彼女を傍目にして、俺はキッチンの保管庫を漁る。もう夕食にしては遅い時間だ、あまり調理に手間はかけられない。

 

「パスタでいいですか?」

「ぱす…? えっと、じゃあそれで」

 

少し首を傾げながらも、俺に何かを尋ねる事なく控えめに頷いた。もしや食べたことが無いのだろうか。それならば説明するのが筋だろうが、驚かせたいという悪戯心が湧く。勤務しているレストランでパスタは何度も作ってきた。ここで彼女に好印象を与えたい。

 

せっかく家まで来てくれたのだ。このチャンスを決して逃すわけにはいくまい。

 

やる気満々で意気込んだ。…正確には、来てくれたというより俺の押しに折れたと言った方がいいかもしれないが。

 

話は数刻前に遡る。

 

 

 

ーー

 

 

 

 

「弟子にしてください」

 

プロポーズもかくやといった気迫で放った言葉は、気の抜けた驚きで返された。じっとその目を見つめると、彼女は耐えかねたように目を逸らす。

纏う雰囲気が優しくなった…というか、弱々しくなっていた。だがそれどころではない俺は構わず言葉を続ける。

 

「貴女が放った突き。俺が(こいねが)っていた技そのものです」

 

ぴく、と彼女の耳が動いた。彼女は握った手をやんわりと払うと、俺の顔に視線を戻し、観察するように眺めている。先ほど俺が見とれた理知の瞳に戻っていて、何故だかぞくりとした。

 

「…技、と君は言ったが。この突きは私の我流(オリジナル)だ。君が知りようもない、ね」

「昔、俺も同じ突きを放ったんです」

「!」

 

客観視してみると、今の俺は妄言を吐く変な男そのものだ。訝しむ視線は至極真っ当なもので、普通なら「嘘をつくな」と一蹴されて終わり。

しかし眼前、女は左右色違いの瞳をぐるりと動かし、俺の全身を見定める。

そしてゆっくりと手を伸ばし、俺の胸に指を当てた。

 

「君は———」

 

 

その時、可愛らしいとは言いがたいお腹の音が目の前で鳴り響いた。自身の腹の虫に言葉を遮られた彼女の頬が、みるみる林檎色に染まっていく。

伸ばした手を引っ込めて、俯いたままお腹を抑える。

ちらと俺を見上げた。一連の様子をじっと見つめてしまっていた俺とバッチリ目が合う。唇を噛んでぷるぷる震えている。

 

「…立ち話も何ですし、よければ家に来ませんか?」

 

英国紳士ならば上手く話題を逸らして気をつかう場面。ここで敢えて俺は攻めた。言外に「腹減ってんだろ」と言われた彼女はびくりと肩を跳ねさせると、顔をますます赤くする。すごい悪いことをしている気分。いや、これはむしろチャンスなんだ。追って言葉を重ねる。

 

「突きが俺の生きる意味です。貴女は俺の夢だ。どうか俺に、貴女を招待する(ほま)れをください」

 

振り返れば、歯が浮くような台詞を言ったなと思う。でもそれは紛れもない本心だ。その気魄に当てられたのか、彼女は諦めたようにこくりと頷いた。

 

 

 

 

ーー

 

 

 

「召し上がってください」

 

彼女はテーブルに置かれた料理に釘付けになりながら、小さく礼を告げた。器用に服を汚さずちゅる、と麺を啜る。分かりやすく目が輝いた。

 

「…うま」

「良かったです。ごゆっくりどうぞ」

 

よし。なんなら仕事中より気合いを入れて作った料理はお気に召したようだ。バレないように小さくガッツポーズ。

口いっぱいに頬張る様子が子供らしくて、つい笑みがこぼれた。改めて見てみると、彼女の見た目は幼い少女と言った方が正しく、先ほどまで纏っていた雰囲気とのギャップが凄まじい。

 

 

彼女はイカロと名乗った。人非人(マラグマ)との戦闘を眺めていた時は気にならなかったが、その体は俺より頭一つ分小さく、とても戦闘向きとは思えない。どこか感じる神秘的な気配も相まって、()()と言った方がしっくりくる様相だった。

 

「…えっと、マノ。私の顔に何か付いてるかい?」

 

 

イカロさんは頬をほんのり染めて、気まずそうに尋ねてくる。気づけば皿は空になっていた。

しまった、初対面の女性が食事している様子なんてじろじろと見るもんじゃない。俺だってそのくらいの礼儀は分かってる。…まぁ、分かってるんなら実行するなって話だが。言い返す言葉もありません。

誤魔化すために、冷静を装って話題転換。

 

「セルフィエ…イカロさんが助けた人はどうしてるかな、と思いまして」

 

イカロさんを連れて帰宅する前。奇跡の生還を果たしたセルフィエは、塔がパトロンをしている病院へ運んだ。擬き(イミタリ)に飲み込まれて無事だった、なんておとぎ話を伝える勇気は俺に無く。「もう問題ない」というイカロさんの進言もあって、とりあえず病院に丸投げした。

だって早くイカロさんに突きの話を聞きたかったし。割と冗談抜きで死んでも弟子入りしたいし。

 

「あぁ、あの子か。明日には目を覚まして、後遺症もなく復帰できると思うよ。早くに駆けつけることができて幸運だった」

()()です」

 

真面目な話と分かったからか、イカロさんは落ち着いた声でそう話す。

今だ、と思って踏み込んだ。途端に大人びた雰囲気を醸し出した彼女は、俺の言葉にきょとんとしない。まるで俺の思考を全て見通しているかのように、澄んだ瞳で俺を見据えている。

息を深く吸い込んで、言った。

 

「イカロさん。貴女は飲み込まれた生者を救い出した。それすなわち、擬き(イミタリ)()()()。間違いありませんね?」

「あぁ」

「イミタリは不死身の怪物です。…いえ、そのはずです。それにイカロさんが使っていた武器。あの突き以外、貴女の全てが「初めまして」だ」

 

ふむ、と顎に手を当ててイカロさんは考え込む。きっと検分しているのだろう。俺が、語るに値する人物であるかを。

結果的にその予想は外れることになる。

 

 

「私の目的は()()()()()()だ」

「——ッ!?」

 

あまりにも淡々と、天気の話でもするかのように彼女は言った。

 

不逝(イモータル)

一国の王、巨大宗教の神、厄災の象徴。人間を超越した世界の支配者を、殺すだって?

何を言われても怯まないつもりだった。それでも彼女の口から出た言葉は衝撃的では済まないほどに大それた異常発言で。

 

「……せっかく家に招いてもらって悪いが、そういうことだ。私と君は———」

「殺せるんですかっ!?」

 

無意識的にイカロさんの手を掴んでいた。前触れなく興奮した俺に面食らう彼女。それに対する気づかいなど出来ない。そんな余裕なんて無い。

 

開口一番に言うのだから、その「不死の殺害」にあの突きが絡んでいると考えるのは的外れではないだろう。と、なるとだ。俺はあの突きに比喩無く命をかけている。本気であの突きは全てを貫くと信じている。それを、眼前の実力者が認めてくれたようなものなのだ。

目指す頂がこの世で一番美しいと保証されて、喜ばない者が何処にいるだろうか。

 

テンションが上がりすぎて、俺はちょっぴり泣いていた。

 

「何度でも言います、何でもします。どうか貴女を師にしたい! それが駄目でも、せめてもう一度、あの突きを!!」

 

絶対にみっともない表情をしているであろう俺をイカロさんは目を丸くして見つめると。

 

彼女は(せき)を切ったように快活に笑った。楽しくて仕方がないと言うように。

今度は俺が面食らう番だった。

 

ひとしきり笑った後、イカロさんは目を擦りながら身長を超す大きさの箱を俺の前に持ってくる。家に来るまで彼女が背負っていたもの。

 

「!」

 

スッとその箱を開けると、中には無数の緑青(ろくしょう)色の棒。彼女が人非人(マラグマ)を下した()()だった。

 

「棍香、と私は呼んでいる。私が独自に調合したものだ。「目的」と言っただろう? 擬き(イミタリ)を成仏させることまでは成功した。しかしこれは不逝(イモータル)の命には届かない。加えて技は香の効果を底上げする。正直に言うとまだどちらも発展途上なんだ」

「…え。イカロさん、何を」

 

勢いよくこちらを向いた。赤褐色の右眼と黒色の左目。明度の低い燻んだ色は、今まで見たどの瞳よりも深くて美しい。恋をするなら、こんな瞳に惚れてみたいと思った。

 

「突きのために不逝を殺す覚悟があると。そう君は言うんだね?」

「勿論」

 

何を当たり前のことを。しかし即答した俺にイカロさんは再び目を丸くする。今度は子供っぽい可愛らしい笑みを浮かべた。

 

「弟子を取るのは初めてだ。お手柔らかに頼むよ?」

「………し」

「し?」

「師匠っっ!!!」

 

頭を床に擦り付けるほど深く、その場で臣下の礼をした。途端に焦ったような声を出す彼女。そういう時の雰囲気は見た目相応だな、と思いながら、俺は頑なに顔を上げなかった。

 

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