モンスターハンター ≪新世界≫   作:南波 四十一

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 ゲーム内の設定やストーリーにそって描かれるモンハンではなく、ゆうきりん先生がお書きになられたモンハン小説第一作目のような、そこから少し外れたモンハンストーリー(王国兵ともめたり、特殊な大砲を作り、それでリオレウスを一撃で撃ち落としたり等)が描けたらと思っています。
 オリジナル設定のものがほとんどになってしまいますので、イメージの合わない方もいらっしゃるかとは思いますが、大目に見ていただけると幸いです。


プロローグ

 カーシュナーは見上げた。そこには新しい空が広がっていた。青く、高く、輝きながら。

 

 カーシュナーは飛び込んだ。そこには新しい海が広がっていた。碧く、深く、ゆらめきながら。

 

 カーシュナーは泳いだ。その先には新しい砂浜が広がっていた。白く、熱く、焼けつきながら。

 

 カーシュナーは踏みしめた。まっさらな砂に足跡を刻む。一歩、一歩、確かめながら。

 

 カーシュナーは深呼吸した。大気が肺を満たす。吸って、吐く、大気を味わいながら。

 

 カーシュナーは振り返った。自分を追いかけて来てくれた仲間たちがいる。一人、一人が、期待に眼を輝かせながら。

 

 カーシュナーは微笑んだ。追いついた仲間たちが笑顔を返してくれる。こぶしと、こぶしを合わせながら。

 

 カーシュナーは両手を上げ、叫んだ。

 

「新世界だあぁぁぁ!」

 

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「勝手なことするんじゃないよ!」

 雄たけびをあげる少年の後ろ頭を、ペシッ!、と仲間の一人が軽く叩く。

「ごめん。姉さん」

 姉に叱られた少年は素直に謝った。上陸間近の船の甲板から、いきなり海に飛び込んだのだから怒られて当然である。甲板上から見た限りでは周辺にルドロスなどの水生獣の姿は見当たらなかったが、安全の確認ができていない海へ、まだ12歳になったばかりの少年が飛び込むのは無茶を通り越して無謀と言えた。

 少年の名前は、カーシュナー。同年代の少年と比べると小柄だが、手足が長く、顔が小さいため、隣りに並ぶまでわからない。癖の強い髪は濃い茶色をしており、今は濡れて重そうに顔や首に張り付いているが、普段は海の湿気のせいもあって、ところどころクルクルとはねている。大きな瞳は陽に映える若葉のような美しい緑色をしており、少し下がった目尻が優しげな印象を与える。すっと通った鼻筋と、薄く小さな唇は型良く整い、細い顎も相まって、少女と間違えられることが多い。

「ごめんじゃない! こうしてやる!」

 そう言うと姉は、カーシュナーのびしょ濡れの髪の毛に手を突っ込み、グシャグシャとかき回した。弟と同じ色をした瞳には、あふれんばかりの愛情が満ちている。

 姉の名はハンナマリー。4歳年上の16歳で、カーシュナーとは反対に同年代の少女どころか、並の大人よりも頭一つ大きい大女だった。だが、カーシュナー同様長い手足に小さな顔のおかげで、一人で立っているとその大きさがわかりずらく、言い寄ろうと近づいてきた大抵の男たちが、凄味の効いた笑顔に見下ろされて呆気にとられるのが定番であった。髪は癖のない真っ直ぐな金髪で、無造作に肩口辺りまで伸ばしてある。瞳の色はカーシューナーと同じだが、目尻は対照的に切れ上がり、鋭くすらある。鼻筋、唇、顎の形は瓜二つと言っていいほどよく似ており、二人から受ける印象はまったく似ていないのだが、二人が姉弟なのだと感じさせる。

 じゃれあって、と言うより姉が弟に一方的にじゃれついていたのがピタリと止まる。ハンナマリーは眉間にしわを寄せ、救いを求める視線を仲間の一人に向けた。

「リド…。手が抜けない…」

「またかよ! カーシュがハゲるからやめろって言ってるだろ!」

 リドと呼ばれた少年が大げさに嘆く。

 彼の名は、リドリー。歳は17歳。ハンナマリーに劣らぬ長身の持ち主で、無駄のない引き締まった身体をしているが、常に猫背で歩くため、引き締まっているのではなく、ヒョロヒョロとやせ細っているように見られ、侮られることが多い。艶のない黒髪は毛量が多く、顔の半分が隠れるほどボサボサに伸ばしているため、目が全く見えない。これでは本人も目が見えないのではないかと思われるのだが、まったく不自由していないらしい。鼻は竜人族のように高く、ボサボサの前髪の中から突然ニョキリと現れており、大きく常にニヤケている口元と顎髭のせいで、その顔は犬のように見える。

「いいから早く取ってくれ!」

 ハンナマリーがカーシュナーの頭を鷲掴みにして左右に振りながら催促する。いくら小柄とはいえ、少年一人を楽々とぶら下げている。宙吊りにされているカーシュナーも慣れたもので、下手に逆らうとかえって首を痛めるのでおとなしくブラブラと揺れている。

「切るか?」

 見かねたのか、それまで黙って様子を見ていたもう一人の仲間が剥ぎ取り用のナイフを取り出しながら尋ねる。

「お願~い」

 ブラブラと揺られながら、軽~い感じでカーシュナーが答える。

「ふざけんな! 絶対ダメだ! そのナイフしまえ、ジュザ!! カーシュも、お願~いじゃない!!」

 怒られて渋々ナイフを鞘に納めた彼の名は、ジュザ。歳は17歳。平均的な身長にリドリー同様引き締まった身体をしており、一見さして目立たない印象を受けるが、インナー姿の剥き出しになっている手足には、いくつもの刀傷が見られ、潜ってきた修羅場の数をうかがわせる。鋼のような光沢を持つ髪は長く、飾り紐を使って後頭部で一つにまとめられている。細く切れ上がった眉に、切れ長の目は閉じているのか開けているのかわからないほど細く、不機嫌そうに見える。鼻筋は細く通り、口は真一文字に結ばれている。ハンナマリーが「ジュザの顔は棒6本で画ける!」と、ふざけて似顔絵をいたずら書きするが、他の誰にも真似できない空気を纏っている。

「切るのは最後にしようぜ」

 そう言ってニヤリと笑うと、リドリーはハンナマリーの指に絡まった髪の毛を、驚くほどの速さと正確さで解いて見せた。

「助かった~。ありがとう。リドって本当に器用だね」

 宙吊りから解放されたカーシュナーが笑顔で礼を言う。カーシュナーは信頼に値する人間にしか笑顔を向けない。そしてその笑顔には、狩猟笛の演奏効果のような不思議な力があり、向けられた者の心に癒しと誇りをもたらしてくれる。普段は皮肉っぽく歪んでいるリドリーの口元に、素直な笑みが広がる。

「しかも速い」

 ジュザもリドリーの手際を褒める。基本口数が少なく、お世辞などまったく言えない不器用な性格の上に、手先も不器用なジュザは、リドリーの神業とも言える器用さに、崇拝に近い敬意を持っていた。

「やめろよ、二人とも! ケツが痒くなるじゃねぇか!」

 照れ隠しにリドリーが派手に尻をかいてみせる。その姿を見てカーシュナーが大笑いする。

「あんたら、はしゃぐのはその辺にしておきな。じーさん達が降りてくるみたいだから、周辺の警戒をするよ!」

 4人が後にしてきた巨大な外洋型撃龍船から小船が降ろされ、揺れる縄梯子を猿のようにスルスルと、危なげなく数人の小柄な人影が伝い降りて乗り移る。何か叫んでいるようだが、滑舌が悪くてさっぱり聞き取れない。とりあえず、かなり怒っていることだけは伝わってくる。

「おじいちゃんたち怒ってるねぇ…」

 カーシュナーがぼやく。

「お前が怒らせたんだけどな」

 リドリーが追い打ちをかける。

「無駄口たたいてないで、気を引き締めな!」

 ハンナマリーの一言で、全員が周辺警戒に集中する。一見すると特にモンスターの姿は見当たらないが、甲殻種は砂の中に身を潜めて獲物が近づいて来るのをジッと待つことがあり、小型の鳥竜種は周囲の背景に溶け込むような体色をしていることが多いので、油断していると不意を突かれることになる。

「わかっていると思うけど、あたしら全員手ぶらのインナー姿で来ちまったんだから、油断するんじゃないよ! あたしとジュザは砂浜と海で甲殻種と水獣類の確認! カーシュは目がいいからリドと二人でその辺の茂みに保護色で紛れている鳥竜種と、擬態している甲虫種がいないか確認しな! 未開の土地だから、それ以外の得体のしれないモンスターもいるかもしれない。もう一度言う! 油断するんじゃないよ!」

「おお!」

 ハンナマリーの激に、男どもが答える。このメンバーのリーダーは、年上のリドリーやジュザではなく、ハンナマリーなのだ。

 

 岸を目指して漕ぎ進む小船のなかで、小柄な老人が満足げに頷く。まだそれなりに距離があるにもかかわらず、カーシュナーたちの会話を聞き、その状況判断に満足したのだ。常人離れした聴覚だが、それもそのはずで、小船に乗っているのは全員竜人族だったのだ。小船には5人の竜人族の老人が乗り込んでおり、1人が舵を操り、残りの4人が櫂を漕いで進んでいる。他の船員が心配して止めるのも聞かずに漕ぎ出したが、小さな子供ほどの背丈しかない背中の曲がった老人達が、普段「いつ、お迎えが来てもおかしくない老人じゃぞ! もっと敬わんか!」と、二言目には口にする、面倒くさい老人とは思えない漕ぎっぷりで岸に向かって行く。

「うんむ。やはりあやつらは拾い物じゃったのう」

 自分の背丈の倍以上ある櫂を、全身を使って漕ぎながら、老人の一人が言った。

「ほんに、見所のあるええ子達じゃて」

 舵をとっていた老人が答える。しわくちゃ過ぎて外見では分かり辛いが、舵をとっている老人だけは女性のようである。

「じゃからと言って、こんな安全の確認も出来ておらん海に、いきなり飛び込むのはけしからんわい!」

 小船が降ろされる際に叫んでいた老人が、カリカリしながら言う。

「誰か、ちゃんと叱らにゃいかんぞい!」

 先ほどの老人が言う。

「自分で言えばよかろう! わしは嫌じゃからな! カーシュちゃんに嫌われとうないからのう」

 別の老人が答える。

「ずるいぞお前さん! わしだっていやじゃ!」

「みんな嫌に決まっておろうが!」

「わしゃ、絶対お断りじゃからな!」

 櫂を猛烈な勢いで回しながら、口々に責任転嫁し合う。

「そんなに心配せんでも大丈夫ですよ。賢い子じゃ。わたしらがいちいち叱らんでも、もう二度とこんな危ない真似はしまんせよ。あの子は同じ失敗をしたことがありませんからねぇ」

 舵をとっていた老婆が仲裁する。

 老婆の言葉に、他の4人の老人が顔を見合わせる。

「それもそうじゃの! では、誰も小言は言わんでええということで良しとしようかの!」

 最初に叱ると言い出した老人が、あっさりと手のひらを反して言う。

「お前さんが言い出したくせに、何を上手くまとめておるんじゃ!」

「調子良過ぎるぞい!」

 他の老人たちが次々と文句を言う。

「し、仕方なかろうが! 心配し過ぎて、ちぃとばかり興奮してしもうたんじゃ!」

「もうその辺にしなさい! あの子達に聞こえてしまいますよ! カーシュちゃんに格好悪い所見られますよ!」

 老婆のこの一言に全員がピタリと黙る。

「みなの衆、ここは一致団結して、カーシュちゃんに格好良いとこ見せるぞい!」

「猛スピードで浜に乗りつけるんじゃな!」

「そして颯爽と飛び降りて!」

「ポーズじゃな!」

「おお!」

 この様子に、老婆は大きなため息を吐いた。

 

 カーシュナーたちは拍手喝采していた。

 予想以上のクオリティで、上陸、着地、ポーズ、が決まったためである。先程は一人大きなため息を吐いていた老婆が、ちゃっかりセンターでポーズを決めている。

「…勝手なことをして、ごめんなさい」

 5人がポーズを解いたのに合わせて、カーシュナーが頭を下げる。

「あのさ、カーシュのことはあたしらがちゃんと怒っておいたからさ。本人も反省してるし、勘弁してやってくれよ!」

「無事だったんだしさ! じっちゃん達のために先行偵察に出たと思ってさ!」

「頼む」

 ハンナマリー、リドリー、ジュザのそれぞれがカーシュナーを弁護する。

「うんむ。反省しておるならもうええわい」

 嫌われたくなくて始めから怒る気などなかった老人たちは、ハンナマリーたちの弁護にこれ幸いと頷いてみせた。当然態度だけは厳しいふりをしている。

「普段は大人よりも冷静なカーシュちゃんが、いきなり無茶をしよったから肝が冷えたわい。じゃが、ハンターになろうと志す者が、未知の領域を前にして高ぶるのは至極当然。素質がある証拠じゃ!」

「うんむ。腰が引けているようでは、この先は無いからのう」

「おぬしら3人もたいしたもんじゃ! 正式な狩猟はまだじゃというのに、周囲に対する警戒と、連携しての偵察は様にやっておったぞい!」

 老人たちは他の3人にも労いの言葉をかける。

「スラムで生きるには、必要なスキルだったからね」

 ハンナマリーが答える。その声にはどこか自嘲めいた響きがあった。

「生きるために懸命に身につけたものは、お前さんの味方じゃ。大事にせい」

 老人は、しわの中から小さな目を光らせてハンナマリーを見つめる。人間よりも遥かに長い寿命を持つ竜人族の老人は、人の身ではけして蓄えられない多くの物事を見てきた。その目が認め、後押ししてくれていた。

「…ありがとな。じっちゃん」

 言葉ではない肯定が、ハンナマリーにはかえってありがたかった。

「さて、無事も確認出来たことじゃし、船に戻るぞい!」

「このまま上陸しないんですかい?」

 リドリーが疑問を口にする。

「そうしたいのはやまやまなんじゃが、いかんせんこの辺は浅すぎる。下手に近づくと船底が海底に乗り上げて、海の中で立ち往生しかねんからな。船の修理もせねばいかんから、上手いこと嵐や高波を防げる入り江を探しておかんと、船を失う危険があるんじゃよ」

 カーシュナーは、右の海岸線を見て、次に左の海岸線を見た。どちらも白く美しい砂浜が続いている。

「どっちに行こうか迷うね」

 そこは未知の大陸。誰も正しい行先を知らない。船の物資は底を尽きかけている。特に水が限界に近い。ここでの判断が、航海の成否を分けかねないのだが、非常に判断が難しい場所についてしまったのだ。せめて河口でも確認できれば真水が確保出来るのだが、竜人族特製の望遠鏡でも、この長い海岸線の果てを確認することは出来なかった。

「今は海も穏やかじゃが、いつ荒れださんとも限らん。とにかく早く船に戻って進路を決めねば身動きが取れん。じゃからお前さんたち、早う小船に乗れ!」

 老人たちに急かされて、カーシュナーは小船に乗り込んだ。ジュザが舵をとり、ハンナマリーとリドリーが小船を海に押し出し乗り込む。行きは4人の竜人族の手で運ばれた小船を、ハンナマリーが一人で漕ぎ進む。漕ぎ進む力が強すぎて、櫂は折れそうなくらいにしなり、小船もきしんで異様な音を立てる。

「ハ、ハンナや! そこまで急がなくていいよ! 小船がバラバラになってしまうよ!」

 老婆が慌てて止める。

「ん? 速かったかい? 普通に漕いでたつもりだったんだけどね」

 鼻歌交じりに漕いでいたハンナマリーが、漕ぐのをやめて問い返す。

「その力、頼もしい限りだけれど、今は必要ないから後にとっておいておくれ。リド、ジュザ。二人で漕いでおくれ。舵はあたしがとるから。ハンナは念のために舳先でモンスターがいないか警戒していておくれ」

 3人は素直に指示に従い移動する。ハンナマリーはそこまで力を入れた自覚がないらしく、小首をかしげながら、力試しに小船の縁を握ってみた。ミシッ! と、嫌な音がして小船の縁にひびが入る。

「最近一段とパワーアップしておるのう」

「ほんに先が楽しみじゃて」

 慌てて縁から手を放すハンナマリーを見ながら、老人たちが頬を緩める。カーシュのことは特別に可愛いが、他の3人もずば抜けた才能を持っており、自慢の孫のように可愛く思っている。

「止まって!」

 漕ぎ手を交代してしばらく進んだとき、カーシュナーが不意に声を上げた。その目は、かなり遠くなった海岸の、さらにその先に注がれている。全員がカーシュナーの視線を追ったが、砂浜の先に広がる乾いて干上がった大地に立ち上る蜃気楼が揺れているだけだった。

「…呼んでる」

 一点を見つめながら、呟く。

「リド、ジュザ! 引き返すよ!」

「了解!」

 何が起きたかわからずに戸惑う老人たちを尻目に、リドとジュザは巧みに櫂を操て、船を回す。そしてハンナマリーと瞬時に場所を入れ替わり、代わったハンナマリーが、岸を目掛けて漕ぎ進む。

「な、何事だい! ハンナや!」

 舵をジュザに預けて老婆が尋ねる。

「あたしもわからない! でも、カーシュが何か見つけた! こういう時は何かある!」

「何かとは、なんじゃい!」

「だから! あたしにもわかんないってば! でも、カーシュを信じて!」

 ハンナマリーの、根拠もなければ、説明にもなっていないこの言葉を、老人たちは信じた。カーシュナーには、なんの担保もなしに信じさせる不思議な何かがあった。

 猛スピードで砂浜に乗り上げると同時に、カーシュナーが飛び降りる。それを護るようにハンナマリーが前に立ち、リドリーとジュザが左右を固める。さらにその両側に老人たちがさり気なく立ち、何かを待つ。

 太陽に焼かれた大地の上を、地熱によって歪められた大気がゆれる。焼けた大地が延々と続いているため、今見ている景色が、すぐ目の前のものなのか、それとも遥か先の歪められた景色を見ているのか判断できない。全員が息を殺して待つなか、それは不意に目の前に現れた。

 まるで、揺らめく陽炎を、布でもめくるように、何もない空間から、2メートルを遥かに上回る白い巨体がゆっくりと近づいて来る。

 カーシュナー以外の全員が、驚愕に身を震わせる。特に竜人族の老人の反応は顕著だった。老いたりとはいえ、五感の鋭さは人間の比ではない。その竜人族を持ってしても、その存在を感知できなかったのだ。緊張は瞬時に頂点に達し、殺気が満たされる。

 白い巨体は歩みを止めると、ジッとカーシュナーを見つめ、そのまま静かに佇んだ。カーシュナーも無言で見つめ返す。両者は周囲の緊張にも気づかないほどの集中力で互いを量り続けた。

「あ~びっくりした~!」

 白い巨体が不意に集中を解き、言った。すると、それまで白い巨大なシルエットのようだった姿が、細部まではっきりと窺えるようになり、これまでに見たこともない種族が姿を現した。

 それは明らかに獣人族の姿だった。全身を白く長い毛が覆い、簡素な作りの白い長衣を身に着け、長く尖った耳を持っている。例えるなら、純白のアイルーの毛足を長くし、その身長を2メートル以上に引き延ばしたかのような印象だ。だが、その骨格は人のそれに近く、手足の指も5本あり、全身の毛がなければ竜人族よりも遥かに人間に似いているだろう。だが、頭部だけが明らかに異なる。竜人族と違い、長く尖った耳は側頭部ではなく、アイルーやメラルーと同様の位置にある。鼻と顎は前に突き出しており、アイルーたちによく似ているが、横に広く、力強い形をしている。長い毛に覆われて隠れがちな目は、黄金に輝き、穏やかな知性を感じさせた。

「僕も驚きました!」

 白い獣人に答えると、カーシュナーは満面に笑みを浮かべた。

 カーシュナーの笑顔と、白い獣人の目を見て、ハンナマリーたちと老人たちが緊張を解く。

「間に合ってよかった~。みんなすぐに帰っちゃうんだも~ん。あせっちゃったよ~」

 威圧とは異なる圧倒的な存在感を放つ白い獣人は、見た目とまったく釣り合わない話し方で言葉を続けた。2メートルをはるかに超す巨体が、真っ直ぐに背筋を伸ばし、直立不動の体制で、若干頭が悪そうに話す姿のあまりの異様さに、竜人族の老人たちは思考停止状態に陥り、言葉が出なくなっている。

「すみません。もともと上陸する予定じゃなかったんです。ぼくが勝手に海に飛び込んでしまったので、やむなく上陸しただけなので、すぐに引き返してしまったんです」

 ただ一人、まったく動じていないカーシュナーが対応する。

「そうなんだ~。確かにこの辺りは大きい船が上陸するのにはあんまり向かない場所だからね~。チ~ちゃん別の場所で待ってたから変だと思ったんだ~」

 白い獣人はそういうと、穏やかに笑った。話し言葉と貫録のある笑い方のギャップが激しすぎる。

「待っていてくださったんですか? 僕たちのことを?」

「そうだよ~。前に来てくれた子たちがねぇ。また来るねぇって言ってたからさ~。待ってたの~」

 白い獣人の話に一人納得したカーシュナーが、老人たちに言う。

「おじいちゃん達! たぶんこの人が船長さんを助けてくれた人じゃないかな?」

「!!!!!!」

 彼らがここまでの航海で乗船してきた外洋型撃龍船の船長は、別の撃龍船でこの大陸に流れ着き、一人の現地の住民に助けられ、奇跡的に生還したのだ。船長の話では、「なんか~。でっかくて~。白い~。神様みたいなおじいちゃんだったよぉ~」 と言う、なんともイライラさせられる説明しか受けていなかったので、老人たちはまったく思いつかなかったのである。

「同族をお助けいただいた御仁に、何のあいさつもなく、失礼をいたした。わしらは今回の遠征調査を取りまとめておる者ですじゃ。竜人族を代表して、ご助力頂いたことに感謝を申し上げますじゃ」

「オッケ~。気にしなくていいよ~」

 あまりに軽い返答に、カーシュナー以外の全員がこける。

「…つ、つかぬ事を伺いますが、こちらでは、みな、そのような話し方をされるのじゃろうか?」

「ちがうよ~。前に来た子にぃ。教えてもらったの!」

「船長さんと同じしゃべり方だね」

 カーシュナーの指摘に、老人たちは眉間に寄ったしわを摘まんで頭痛に耐える。

「…あの馬鹿娘。帰ったら説教じゃ!」

 老人の一人が呻くように言った。

「お会いして早々申し訳ないのですが、僕たちの船は食料と水が不足してるんです。特に水がほとんどなくて困っています。どこかで補給できる場所があれば教えてもらえませんか?」

 白い獣人に対して抵抗なく馴染んでいるカーシュナーが、老人たちに代わって尋ねる。先程の無言の量り合いで、直感的に信頼できると判断したらしい。カーシュナーの人を見抜く目は確かで、ハンナマリーたちも白い獣人に対しては、もはや何の警戒も示していない。今は念のため、周囲に気を配りながらカーシュナーの会話に耳を傾けていた。

「オッケ~。案内してあげる~。そのために待ってたしぃ~」

 老人たちは、同族の若者による大いなる過ちに、ただただ首を振るだけだった。

 

 こうして一行は、人類未踏の大陸に到着早々、僅か12歳の少年の才覚に助けられ、強力な助力を得た。この後、白い獣人への対応を、結果としてカーシュナーに任せきりにしてしまったことに対して、竜人族の老人たちはひどく落ち込んだが、それをカーシュナーが何とも思わず、今まで通りに老人たちを慕ったことで、老人たちのカーシュナーに対する溺愛ぶりは、さらに深まったのであった。

 

「あのね~。そろそろね~。見えてくるよ~!」

「ええ~! ホントに~! どこどこ~!」

 若干頭の悪そうな会話が甲板上に響く。

 外洋型撃龍船に戻った一行は、白い獣人の案内により、水と食料の補給が可能で、なおかつ船を安全に停泊しておける場所に向かっていた。白い獣人が乗船してからというもの、船長は白い獣人にべったりで、この大陸に流れ着いてから、奇跡的に故郷に帰りつき、再びここまで引き返して来るまでの出来事を話し続けていた。誰もが辟易としている船長のおしゃべりに、白い獣人は嫌な顔をすることもなく、嬉しそうに耳を傾け、船長と同じ少し頭の悪そうな口調で返していた。白い獣人の迷惑を考えた老人たちが、たまに船長を注意したが、再開の喜びにテンションがハイになってしまった船長の暴走を止めることは出来なかった。

 最初の上陸地点からここまで、丸1日船を走らせてきた。初めのうちは、植物は乏しいが、白く美しい砂浜が緩やかな曲線を描きながら続いていた。だが、ある地点を境に海岸線は急激に折れ曲がり、砂浜は切り立った崖に代わった。それに伴って、徐々に草木が増え始め、生命の気配を色濃く感じさせはじめた。

「あ~。見えてきたよ~」

 白い獣人が言葉とともに前方を指さす。そこは大きな入り江になっており、その奥に、遠目からでは分かりずらいが、明らかに人の手によって作り出された港の跡があった。大半が自然に飲まれてしまっているが、陸地間際までの水深も十分あり、機能としては申し分ない。

「チ~ちゃん、ここ初めて~! 前来た時に教えてくれればよかったのに~」

 船長が、ふざけ半分に頬を膨らませて抗議する。ちなみに、船長の名はチヅルといい、自分のことをチ~ちゃんと言うのだが、それが自分を指す言葉と勘違いした白い獣人が、自分のことをチ~ちゃんと呼ぶようになったことを知った老人たちが、船長を叱りつけたのがつい先程のことである。

「前はね~。もっと南の~。隣りの大陸に来たんだよ~。だから教えなかったの~」

 白い獣人の何気ない説明に、甲板上がざわつく。

「なんと! 大陸は一つではなく、二つあるのですか!」

 老人の一人が興奮して尋ねる。

「二つじゃないよ~。三つだよ~」

「!!!!!!」

 白い獣人の答えに、甲板上のざわめきは、爆発的な興奮に変わる。そんな中、カーシュナーが冷静に指摘する。

「それは、どれくらいの規模の大陸なんですか?」

 白い獣人が高い知能を持ち、言葉使いこそ変だが、問題なく意志の疎通が出来ることから、誰も気づいていなかったのだが、白い獣人は、竜人族の歴史にも僅かしか登場しない未知の大陸の住人なのだ。こちらの常識と、白い獣人の常識は違って当然であり、彼が島を大陸と表現している可能性を考えて、カーシュナーは質問したのだ。

 カーシュナーの質問で初めてその事実に気付いた老人たちは、互いに顔を見合わせた。年甲斐もなく興奮し、本来もっとも冷静であることを求められている立場にありながら、冷静に状況分析することが出来なかった自分たちを恥じ入るとともに、改めて、僅か12歳の少年の利発さに、これから先の成長を夢見たのであった。

「そうだね~。チ~ちゃんに見せてもらった地図を参考に説明すると~。三つ全部合わせるとね~。カーシュ君たちが来た大陸より少し小さいくらいかな~」

「失礼じゃが、わしらの地図の縮尺が理解出来るのですか? わしらの大陸の者でも、地図と言うものを正確に理解できている者は少ないのですが?」

 老人の問いに、白い獣人は目だけで柔らかく微笑むと、隣りにいる船長の肩に大きな手を置いた。

「先生が~。超優秀だったから~。大丈夫~」

 しゃべり方のせいで頭が弱く見られがちだが、船長の航海術、知識、判断力は飛び抜けて高く、彼女の実力に並ぶ程の船乗りは、人間の中にはいなかった。とてもそうは見えない船長は今、白い獣人に褒められて、後ろ頭をかいて照れていた。

「もしや、こちらの大陸の地図など……」

 老人がさらに質問をしようとしたところを、白い獣人が片手を上げて途中で遮る。先程までは柔らかく微笑んでいた目が、厳しく前方を凝視している。

 何事かと白い獣人の視線を追いながらも、老人を含む何人かのハンターたちは、空気が変化したことを本能で感じ取っていた。

 興奮状態だった甲板上が、老人やハンターたちの発する気配に気づき、不意に静まり返る。

「ごめんね~。ちょっと予定外のお客さんがいるみたい~」

 まだ目視では何も確認できていないが、白い獣人はそれの存在を確信していた。狩場の空気をよく知るハンターたちも、それぞれが武器を身構えて警戒態勢に入り、警備担当以外のハンターたちが、暑さのせいで外していた装備類を身に着けるため、慌てて船室に飛び込んで行く。

「ハンター及び戦闘要員以外の船員は、ただちに船内に戻るのじゃ! 相手の様子が知れん! 許可があるまで決して船室から出るでないぞ!」

 老人から指示が飛び、甲板上には大砲が引き出され、大砲やバリスタの弾が戦闘要員らの手によって準備される。船室にとって返し、身支度を終えたハンターたちが次々と甲板に飛び出し、戦闘態勢が整う。

 カーシュナーたちも、インナー姿から一変、頭の上から足の先まで装備に包まれて甲板に飛び出す。もっとも、老人たちから贈られた初期装備なので、上から下まで全て足しても、その防御力はたったの5しかない。なので、見た目こそかなり変わったが、身の安全性では、インナー姿とさして変わらなかった。

「カーシュちゃん、その装備では不測の事態に対応できんから、手出しするでないぞ! ハンナたちはカーシュちゃんの護衛をしつつ、先輩ハンターたちの活躍から、見て学ぶんじゃ!」

 老人の言葉に4人は素直に頷く。これまでの航海の中でも何度か海竜などの水生モンスターに襲われることがあったが、今回の調査遠征には特別腕の立つハンターが乗り込んでいるので、4人が実戦に参加することはなく、甲板中央の比較的安全な場所からG級ハンターたちの実戦の技術を見て学んでいた。

「来るぞ!」

 一人のハンターが警告の声をあげる。その直後、船底に下から突き上げるような衝撃が走る。そして、左右の手すりを越えて、5本の甲殻種とも甲虫種の脚ともとれる、先端が鋭く湾曲した

脚が現れ、抱き着くように甲板に叩きつけられた。その1本ずつが剥ぎ取り用のナイフ程もある棘を無数に持ち、それらが深く甲板に食い込み、とても振りほどけそうになかった。

 数人のハンターが手すりを飛び越え海中に身を躍らせる。カーシュナーたちが慌てて手すりに駆け寄ろうとするのを老人が制する。

「心配せんでもええ! 一人一人が英雄と謳われる程のハンターじゃ! 中でも今飛び込んで行った連中は水中戦の達人じゃ! モガ村や水没林で鍛え上げておる! ここは陸に近いから、万が一この船にもしものことがあっても、自力でなんとかするわい!」

 水中での狩猟は話には聞いていたが、これまで水生モンスターに襲われた際には甲板上からの迎撃及び撃退が主で、モンスターを追って水中に潜り、討伐するといったことはしてこなかった。そのため、今現在モンスターに襲われている中、そのモンスターがいる海中に飛び込んで行くという行為は、狩猟経験のないカーシュナーたちには恐怖に近い光景だったのだ。

 甲板上に残ったハンターたちが、脚に取り付き攻撃を加える。それぞれが手にしているのは、火もしくは雷属性の武器で、大半の水生モンスターが苦手としているものだ。

「今回は撃退ではなく、討伐じゃ! この港跡をしばらく拠点に調査をせにゃならん! 下手に逃がして仕返しに来られては厄介じゃ! みんな頼むぞい!」

 老人の激にハンターたちが吠えるように答える。せっかく用意したバリスタと大砲だが、バリスタは外向きに固定してしまっているため回頭してもモンスターの脚に照準が絞れず、大砲は脚が甲板に密着しているため、船を傷つける危険性が高いので使用出来ないでいた。大ダメージが期待できる撃龍船の装備が使用できないので、ハンターたちは各自の武器を必死に振るっている。

 そこに、海中に飛び込んだハンターの一人が、梯子を伝って戻ってきた。

「報告します! モンスター本体は脚と比較するほど大きくはありません! おそらくは甲虫種と思われます。巨大なオルタロスのような顎を持ち、現在船底に食いついています。なんとかこれを引き剥がそうとしておりますが、思いのほか手強く、苦戦中です!」

「船底に穴を開けられてはかなわん! なんとか怯ませるなりして船から引き剥がすのじゃ!」

「脚へのダメージでは怯みませんか?」

「うんむ! ダメージは通っておるようなのじゃが、脚の形状のせいで甲板に引っかかって滑り落ちはせんじゃろう! なんとか自分から脚を放させにゃあならん!」

 老人の言葉に、甲板上の戦況を見て取ったハンターは頷くと、再び海に飛び込もうとした。

「待ってください!」

 飛び込む寸前の背に、カーシュナーが声を掛けて呼び止める。

「このモンスター少し変だと思うんです!」

「どう変なんだ? 変と言うか、まったく初めて見るモンスターだぞ? どんな違いがわかるんだ?」

 呼び止められたハンターが問い返す。普通なら、たった12歳の新人ハンターの言葉など捨て置かれるところだが、老人たちと同様、このハンターもカーシュナーの才能に一目置いているため聞くことにしたのだ。

「まず、脚が5本しかありません! 手足の数が奇数のモンスターはいません。未知のモンスターですが、その巨大な身体を支えるのに5本脚ではバランスが悪く、本来5本脚とは考えられません! その5本の脚ですが、無数にある棘の多くが、攻撃前からかなりの数折れていました! おそらく、ここでぼくたちと遭遇する前に、何らかの戦闘か、自然災害に遭い、脚を1本失う程のダメージを、すでに受けているのではないでしょうか?」

「確かに、その考えは理に適っている」

 話を聞いたハンターは、改めてモンスターの状態を確認する。甲板上のハンターたちは、モンスターを船体から引き剥がすために、甲板に食い込んでいる脚の先端部に攻撃を集中している。だが、カーシュナーの指摘通り、攻撃を受けていない部分の棘もかなり折れている。そして、カーシュナーには気づけなかった事実に、狩猟経験豊富な目が気づく。

「あの棘の折れ方は、間違いなく爪や牙による攻撃を受けた後に違いない!」

「大型のモンスターは、飛竜種に限らず、巣などに戻って睡眠をとると、かなりの傷が超回復するんですよね?」

「そうだ! だが、このモンスターは、比較的浅い傷がふさがっていない! つまり、ダメージが蓄積されたまま、この船を襲っていることになる!」

 カーシュナーは頷くと、戦闘の邪魔にならないように避難していた白い獣人に尋ねた。

「このモンスターは、この辺りを縄張りにしているのですか?」

「違うよ~。この辺りの海には~。エサになる草食の水生獣がいないから~。本当は~。こんなに大きなモンスターはいないの~」

 カーシュナーは、やはりと頷く。

「これはぼくの推測ですが、このモンスターは縄張り争いに敗れて、自分の縄張りから逃げてきたのではないでしょうか?」

「その可能性は高いな。そうでなければ、捕食されかけて逃げてきたかだが、ダメージを負っていることに変わりはない。あの脚が攻撃に使われないのなら、本体に集中攻撃して一気に討伐してしまった方がいいかもしれんな」

「一つ、試してみたいことがあるんです」

「なんだ? 手負いとはいえ、大型モンスターだ。のんびり実験している暇はないぞ?」

 ハンターの言葉に、カーシュナーは笑顔でペイントボールを取り出すと、脚の1本に投げつけた。そして、じっとモンスターに視線を合わせる。

 カーシュナーの行動の意味に気づいたハンターが、あっ! と、声を上げる。

「お前、まさか…!」

「はい! じつは、以前頂いた観察眼+10の護石を装備しているんです!」

 防具や装飾品には、スキル値と言うものがあり、それらの数値が一定値に達すると、スキルと呼ばれる、狩猟を有利に進めるために不可欠な特殊技能が使えるようになる。スキルには豊富な種類があり、誰が使うのか首をひねりたくなるようなものもあれば、大半のハンターが発動させる有効なものもある。

 ≪観察眼≫もスキルの一つで、ペイントボールや別のスキル≪千里眼≫と併用することで、モンスターの体力が一定値以下になり、捕獲が可能になると、それを見極められるようになるのである。

 ただ、特に捕獲指定されたクエストでない限り、モンスターは討伐されることが多く、古竜種などの強力なモンスターは、そもそも捕獲することが不可能なので、あまり好んで使われるスキルではない。まして、一流と言われるハンターたちは、長年の経験による勘で、≪観察眼≫に頼らずとも、捕獲タイミングを見極めてしまうため、装備するだけで≪観察眼≫のスキルが発動する護石も、使用する機会はないのである。

 必要ないが、装備するだけでスキルが一つ発動する護石を、ただ捨ててしまうのがもったいなくて、新人には便利だろうと、カーシュナーは目の前にいるハンターから誕生日にもらっていたのだ。

「やっぱり! このモンスター捕獲可能です!」

 カーシュナーが嬉しそうに報告する。

 使い道がないと見切りをつけて気まぐれに贈った護石を身に着け、それを活用して未知のモンスターの捕獲を見極めてしまった少年に、ハンターは自分が忘れてしまっていたものを見た。

「カーシュナー! お前は最高だ!」

 ハンターは片腕でカーシュナーを抱き寄せると、大声で吠えた。いらないと切り捨てたものが、自分では思いつけなかった活路をひらく。英雄などと言われて持ち上げられて、いつの間にか天狗になっていたことが恥ずかしく、また、未知の新大陸を前にして、己の驕りを払うことが出来たのが無性に嬉しかった。初心に帰るというよりも、ハンターであることに慣れきってしまっていた自分が、新たなハンターとして生まれ変わったような、そんな清々しさがハンターを満たしていた。

「でも、他の誰かじゃダメだったな! お前だから気づけたんだろうな!」

 ハンターのこの言葉は、カーシュナーにはわからなかったが、二人のそばでやり取りを聞いていた竜人族の老人たちには、ハンターの気持ちが理解できた。カーシュナーの心には曇りがない。その晴れやかな心が、周囲の人の心を照らすのだ。

「後はシビレ罠と捕獲用麻酔玉が効くかどうかです!」

 ハンターに締めつけられながら、カーシュナーが叫ぶ。

「そうだな! 捕らぬケルビの何とやらだ! すぐに試してくる!」

 カーシュナーを放してシビレ罠と捕獲用麻酔玉を取りに行こうとしたハンターの前に、カーシュナーがシビレ罠と捕獲用麻酔玉を差し出す。ハンターはニヤリと笑うとシビレ罠と捕獲用麻酔玉を受け取り、ポーチに押し込んだ。そして、こぶしをカーシュナーに突き出す。

 英雄と称えられる程の男が、僅か12歳の少年を同格と認め、こぶしを求めていた。その意味の深さをまだ理解できないまま、少年は笑顔でこぶしを合わせた。

「行ってくる!」

 力強い言葉を残して、ハンターは海へ戻って行った。

 その後、すぐにモンスターは長い足を痙攣させ、船底を打つ衝撃が止まるとともに、全身から力を失った。捕獲成功である。

 甲板が歓声で満たされる。特に未知のモンスターの捕獲に、王立古生物書士隊や古龍観測所から参加していた竜人族の老人二人は、互いに手を取り合って小躍りし、早速甲板に引っ掛かっているモンスターの脚を観察を始めた。

 捕獲を成功させたハンターが海中から戻り、他のハンターたちから取り囲まれる。咄嗟の機転を褒め称えられていたが、そんなハンターたちを押し退けると、老人たちと一緒にモンスターの脚を観察していたカーシュナーを捕まえ、ことの顛末を他のハンターたちに語ってきかせた。

 名立たるハンターたちの間から感心の声が上がり、先程のハンターと同様に、力押しにばかり頭がいき、柔軟な発想が出来なくなっていることを反省する声も少なくなかった。

 そんなハンターたちの様子を見て、老人たちは満足気に微笑む。未知の世界に飛び込む上で、ハンターたちの人選は、腕前はもとより、人間性を重視して厳選してきた。このハンターたちの中に、プライドは高くとも、驕りが高い者は一人もいなかった。より高みを目指すために、目を、心を、しっかり開いた者たちばかりだ。だから反省できる。だから成長できる。

 竜人族が、その優れた知識と能力で人間を支配するのではなく、常に導いてきたのは、人間の可能性の輝きに魅かれたからだ。多くの愚かな者の中から、どれ程貴重な鉱物、レア素材などよりも価値ある成長を遂げる人間に出会い、導き、その才能を開花させたときに、彼らは言葉では決して言い表せない幸福を得られるのだ。

 竜人族にとっての宝の山が目の前にいる。新たに人類の前に開かれた新大陸の調査は、竜人族にとって、神話と呼ばれる程の太古から求めて続けてきた謎に対する答えを得られる可能性を秘めていた。だが、その知的好奇心を魅了する謎さえも、今、目の前に広がる可能性の輝きには敵わなかった。

「新大陸で何が手に入るかわからんが、今すでに目の前におるこのお宝ちゃんたち以上に価値あるもんは手に入らんじゃろうなぁ」

 老人たちが愛おしげに見つめるハンターたちの中心で、誰よりも大きな可能性を持つ少年は、もみくちゃにされながら笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




まだ始めたばかりなので、未完で投げ出さずになんとか最後まで書き上げたいと思います。
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