「わああぁっ!! また、やっちゃったー!!」
頭脳明晰、冷静沈着、優秀を絵に描いたようなカーシュナーとはとても思えない叫びが、豊かな流れをたたえる≪大河≫を中心とした狩場に響いた。
陸に上がった大型水生甲虫種モンスターに乗り攻撃を決め、転倒させたまでは良かったのだが、この隙に乱打を叩きこもうとして棍を変形二分割した際に、誤って片方の棍を掴み損ねて放り投げてしまったのだ。
間の悪いことに、放り投げた片方の棍が走り込んできたジュザの顔面に飛び、当たりこそしなかったものの、回避行動を1回はさんでしまったため、せっかく転倒させたモンスターにとりつくのが遅れてしまい、乱舞を決める隙を逃してしまった。当然片方の棍を失ったカーシュナーに乱打を叩き込むことなど出来る訳もなく、やむなく棍の回収に走ることになった。
棍を拾い上げた時には大型水生甲虫種モンスターはすでに起き上がる体制に入っており、いまから駆けつけたのでは反撃を受けに行くようなものなので、カーシュナーは効果の切れていた硬化マウスピースを取り出し、鬼人マウスピースと付け替えて吹き鳴らした。
狩場にいた全員の防御力が上がる。
起き上がった大型水棲甲虫種モンスターが怒り状態になる。
「みんな! 一旦退こう!」
カーシュナーは叫ぶとペイントボールを投げつけ、続いて閃光玉を投げつけて撤退の隙を作りだした。
隣りのエリアに避難すると、カーシュナーはジュザに頭をさげた。
「気にするな、これで改善点確定だ」
ジュザは気にした風もなく、肩をすくめてみせた。
「もっと武器熟練度を上げれば解消出来るかもしれないけど、この変形二分割からのすっぽ抜けは、武器選択の大きなハードルになりかねないね」
珍しく同じ失敗を繰り返したカーシュナーが眉をしかめる。
「オレなんか、もう3回もやらかしてるぜ」
演舞棍(エンブコン)を使用しているリドリーがぼやく。
「リド! ウソはだめだよ! ボクはちゃんと見ていたからね! 本当は5回でしょ!」
ファーメイが勝ち誇ったように指摘する。
「余計なとこ見てんじゃねえよ! ちゃんとモンスターの観察していろ!」
リドリーがわずかに露出している頬を赤くして言い返す。
「いつ5回も失敗したんだい? 私が見ていた限りじゃ3回しか失敗してなかったと思うんだけどね」
ハンナマリーが片方の眉だけをきれいに釣り上げて尋ねる。
「ジャンプ攻撃しようとしたら、エリア移動されてしまったんで双棍(ソウコン)タイプに戻そうとしたときに、地味に失敗していたのニャン」
「その後に腹を立ててかっこいい感じにやり直して、また失敗してたモ~ン!」
ヂヴァとモモンモが告口をする。
「お前らもそんなとこばっか見てんじゃねえよ!」
告口されて怒ったリドリーが二人を追い回す。
「リド、ダサ」
そんなリドリーをジュザがバッサリ切り捨てる。
「なんだと! お前だってこの前の狩猟の時に失敗していただろ!」
「失敗の事じゃない」
「失敗をごまかそうとしたことがダサい」
「ぐあぁ!」
返す言葉のないリドリーがうめき声をあげる。
そんなやり取りを見ながら、カーシュナーは苦笑しつつフォローを入れる。
「すっぽ抜けは仕方がないよ。扱いに慣れていないこともあるしね。すっぽ抜けの対策が確立されるまでは、一旦性能テストは中止にしよう。今回は前回と違って大型モンスターの討伐依頼だからね。些細なミスが大惨事につながりかねないから、討伐に集中して、双棍と長棍(チョウコン)の可変操作は控えよう」
「そうだな。補助機能とメインの攻撃性能は優秀なんだから、基本双棍状態で立ち回って、ジャンプ攻撃は飛ばれた時だけに限定して立ち回るか」
リドリーが毛量の多すぎる頭髪をかき回しながら提案する。
「そうだね。その場合もジャンプ攻撃が得意なリドだけに限定して、ボクはこの狩猟中は双棍状態で立ち回ることにするよ」
カーシュナーの提案にリドリーもうなずく。
「性能テストの件はそれでいいとして、立ち回り方を考えよう。ファー、モンスターの確認は出来たかい?」
ハンナマリーがファーメイに尋ねる。
「ばっちりッスよ! でも、この狩場≪大河≫は似たような大型水棲甲虫種モンスターが多くて、見分けるのが一苦労ッス!」
「今回遭遇したのはどんなタイプだい?」
「今回の大型水生甲虫種モンスターは、一番発見例の多いタイプで、名前は≪潜影虫≫(センエイチュウ)に決まったッス。薄曇りの日に出来る影のような、微妙な色をしてるッス。その微妙な色のおかげで、水中の暗がりの中に見事に溶け込むッス。主に水中に身を潜め、近づいた水生草食種等を鎌状になった前脚で捕獲し、口針で消化液を注入して体外消化して吸収するッス。でも、口針とは異なる強力なアゴも持っていて、固い殻を持つ甲殻類や小型の甲虫種をかみ砕いて捕食することもあるッス。どちらもハンターに対する攻撃にも使用され、アゴは当然強力な物理ダメージを与えて来るし、消化液は防御力ダウンの効果があるッス」
「まいったな。忍耐の種なんて持ってきてないぞ」
リドリーがぼやく。
「ボクはアイテムポーチがいっぱいで持ってこれなかったよ」
「カーシュはマウスピース持ってきすぎなんだよ。性能テストをする必要があるからって全種類持って来ることないだろ」
ハンナマリーが指摘する。
「プラス、カートリッジ」
ジュザも口をはさむ。
「そうなんだよ。奏双棍≪ソウソウコン≫は機能をフル活用しようとすると、アイテムポーチが半分埋まるんだよな~」
奏双棍の使用経験があるリドリーが思い出してぼやく。
カーシュナーたちが使用している新武器種の試作品は、当初性能確認を目的になぞの骨を使って生産されていたため、攻撃力、切れ味ともに実戦での使用のたえるレベルではなかったので強化することになった。その際に故障や破損を考慮して、予備をもう一組生産していた。前回は大量発生している小型甲虫種を討伐するという難易度が低いクエストだったので、思い切ってカーシュナーとリドリーとジュザの三人で新武器種を狩猟に持ち込んだのだ。その際、素材採取の調子が良かったリドリーは、途中でアイテムポーチがいっぱいになってしまうアクシデントに見舞われた。運よく数少ないタル配便のスタッフがクエストに同行してくれていたおかげでモモンモにブチ切れられずに済んだが、アイテムポーチの圧迫は頭の痛い問題だった。
「そこ! ごちゃごちゃ言うのは後にするッス! いまはモンスターの説明を聞くッス!」
ファーメイに注意され、全員静かになる。
「水中での活動がメインみたいッスけど、飛行能力にも優れていて、アルセルタス並の動きをみせるそうッス! お尻に細長い呼吸器があるッスけど、陸上と飛行中はこの呼吸器を飛竜の尻尾のように振り回して攻撃してくるそうなんで気をつけてほしいッス! まれに水ブレスで攻撃してくるそうなんで、油断しないでくださいッス!」
「動きは全体的に遅いよね? 水中での突進攻撃も、前に撃退した両生種の方が速かったと思うんだけど…」
「そうッスね! 捕食自体がじっと待ち構えるタイプッスからね。脚も泳ぐよりもつかむことに重点を置いた構造になっているッスから、水中と陸上ではそれほど速くはないッスね。ただ、さっきも言ったッスけど、飛行能力が高くて、ショウグンギザミみたいに前脚の鎌を大きく広げて突っ込んでくる広範囲攻撃は、回避が難しいうえに威力も高そうなんで、ガードが出来るハンナ以外は特に気をつけてほしいッス! ちなみに、この攻撃は怒り状態にならないと出さないそうなんで、怒り状態になったら要注意ッス!」
「ありがとな。ファーメイ。みんな立ち回りの確認をするけど、基本正面には立たない。身体の割に頭部が小さいし、甲虫種には飛竜種みたいな首もないから、思い切って気絶は捨てる。だから、火属性がついているカーシュとリドは後脚に攻撃を集中させてモンスターをコケさせることに専念して。私とジュザは部位破壊。優先順位はぶん回しが厄介なケツの呼吸器の破壊からで、次が前脚の鎌。翅(はね)も壊せるらしいけど、攻撃出来る隙が少ないから、無理に部位破壊を狙うと狩猟時間が長引いて私たちがやられる危険性が増すから、翅に関しては壊せたらもうけものくらいの認識で行こう」
「おいらたちは何をすればいいモン?」
「モモンモとヂヴァは、変わらずファーメイの護衛。小型甲虫種が集まってきたら、出来るだけ注意を引きつけて≪潜影虫≫と合流しないようにしてくれ」
「承知したニャン」
「任せるモン! なんなら全部狩りつくしてやるモン!」
ヂヴァとモモンモが、ドン! と胸を叩いて請け負う。
「やりすぎて≪潜影虫≫の注意をまで引くなよ」
モモンモの意気込みを、ハンナマリーが苦笑交じりにたしなめる。
「正直水中の方が狩りやすいから、水中へ移動しようとしたら攻撃を中断すること。ファーメイたちは水中での行動にはくれぐれも注意すること。じゃあ、みんな行くよ!」
ハンナマリーの号令に、全員気合のこもった声で応えた。
カーシュナーたちのエリア移動の間、≪潜影虫≫の怒りは静まったらしく、静かにたたずんでいた。もっとも、警戒を解いたわけではないので、カーシュナーたちがエリアに戻って来たとほぼ同時に、身体ごとカーシュナーたちに向き直り、前脚の鎌を広げて威嚇してきた。
カーシュナーたちは作戦通り正面は避け、左右に展開して≪潜影虫≫の側面と背後を取りに行く。
おそらく右利きなのだろう。左の前脚より若干大きい右の鎌を、丈の高い草でも刈るように振り回してくる。
≪潜影虫≫の右側面を狙って移動していたハンナマリーとリドリーが、慌てて緊急回避で身をかわす。全体的な動きはそれほど速くはないのだが、鎌を振り回す速度だけは段違いに速かった。加えて、ショウグンギザミのように縦方向の攻撃ではなく、攻撃範囲が広い横方向に攻撃してくるので回避が難しく、ガードが可能な武器種でない限り、武器をかまえた状態で接近するのは非常に危険だった。
左の鎌での攻撃が飛んでくる前に攻撃範囲を突破したカーシュナーとジュザだったが、≪潜影虫≫が細かく左右に移動を繰り返すため、武器のリーチが短い二人はなかなか≪潜影虫≫に取りつけないでいた。
状況を判断したジュザが、あえて≪潜影虫≫の左の鎌の攻撃範囲ギリギリに移動し、囮役を買って出る。この隙に右の鎌の攻撃範囲を潜り抜けたハンナマリーが、武器出し攻撃を胴体に叩き込み、すかさず前転して納刀するとその場を離れた。
側面に取りつかれて苛立った≪潜影虫≫が一瞬力を溜めてから、一気に身体を半回転させ、尻から長く伸びている呼吸器を振り回した。内部が中空になっているため、野太い悲鳴のような音が辺りに鳴り響く。
溜め時間と呼吸器の向きから攻撃を予測したカーシュナーたちは、≪潜影虫≫の胴体の下を前転で通り抜けると、呼吸器のぶん回し攻撃の範囲外に脱出し、ぶん回しの反動で硬直している≪潜影虫≫に、一気にダメージを叩き込んだ。カーシュナーとリドリーの集中攻撃を受けた脚が力を失い、≪潜影虫≫は大勢を崩して倒れ込む。
カーシュナーは鬼人化すると乱打(らんだ)を別の脚に叩き込み、リドリーは演舞棍を攻撃力強化の型で舞いながら叩き込んで全員の攻撃力を底上げする。呼吸器に近い位置にいたハンナマリーが溜め攻撃を叩き込み、左前脚近くにいたジュザは、無理に呼吸器の方には回り込まずに目の前の鎌に乱舞を叩き込んでいった。
もがいていた≪潜影虫≫が大勢を立て直して起き上がる。起き上がり際に照準をしぼって長棍(チョウコン)をかまえていたリドリーがジャンプ攻撃を叩き込み、そのまま乗り状態になる。
≪潜影虫≫は乗られると鎌と呼吸器を振り回して暴れるので、リドリー以外のメンバーは≪潜影虫≫の動きを見つつ、攻撃範囲のギリギリに位置取り、転倒と同時に攻撃出来るように待ち構えた。リドリーが乗り攻撃に失敗することなどまったく考えていない。それもそのはずで、新人ハンターであるにもかかわらず、勘の良いカーシュナーたちは乗り攻撃のコツを瞬時にマスターしてしまい、これまで一度も振り落とされたことがなかったからだ。
しばらくの間≪潜影虫≫とリドリーの一騎打ちが続き、リドリーが余裕で勝負を制して見事な受け身を決める。
「ハンナ! いまの乗り攻撃で甲殻が破壊出来た! 上手く翅まで破壊出来れば飛ぶ前に飛行攻撃を封じられるぞ!」
「いい判断だよ、リド! 翅は任せな!」
「呼吸器オレ行く!」
「リド! ボクたちは脚に攻撃しよう!」
「おうよ! コケさせてやろうぜ!」
全員が的確に状況判断が出来ているため、攻撃が流れるように決まって行く。≪潜影虫≫は始めに右の鎌での攻撃でハンナマリーとリドリーを慌てさせて以降、有効な反撃が出来ないままカーシュナーたちに押し込まれていた。
それぞれの攻撃が決まり、≪潜影虫≫は高い飛行性能を生かす間もなく半死半生の体にまで追い込まれてしまった。呼吸器は根元から切断され、鎌はカーシュナーとリドリーの集中攻撃で再び転倒させられた際に破壊されている。もう一押しで討伐完了である。
傷ついた身体を引きずり、≪大河≫へと向かう≪潜影虫≫追おうとしたとき、突然河原が弾け飛び、石つぶてがカーシュナーたちを襲った。
石つぶてからファーメイをかばったヂヴァとモモンモが、めまいを起こしてふらついている。
「ぎぃやああぁぁ!!! ら、乱入ッス!」
それは≪潜影虫≫によく似た大型甲虫種だった。身体自体は≪潜影虫≫よりも小柄だが、脚は太く頑丈で、特徴的な尻の呼吸器が極端に短くなっている。その代わりなのか、左右の鎌は背にあたる部分が非常に分厚く、左右非対称になっており、この大型甲虫種もおそらく右利きなのだろう、右の鎌が左の鎌の3倍近い大きさを持っていた。
突如乱入してきた大型甲虫種は、めまいを起こしているヂヴァとモモンモに狙いを定め突進を開始した。≪潜影虫≫とは比べ物にならないスピードで距離を詰めていく。
「ファー! 離れろ!」
ハンナマリーの絶叫が狩場に響く。しかし、ハンナマリーの声は大型甲虫種の立てる地響きに飲み込まれ、ファーメイの耳には届かなかった。
ファーメイがその場を離れず、めまい状態のヂヴァとモモンモに蹴りを入れる姿を確認したジュザが、大型甲虫種を引きつけるために飛び出した。
大型甲虫種の視界にジュザの姿が入る。大型甲虫種は脚を止め、ジュザに向き直った。
注意を引きつけ、足止めすることに成功したジュザが、距離を取ろうとした瞬間、身体の前で、まるで腕組みでもしているかのように組み合わされていた鎌が、とんでもない速度で外側に向かって開いた。
後退しようとして足を止めた最悪のタイミングで、乱入してきた大型甲虫種の巨大な右の鎌がジュザに襲い掛かる。
誰も、カーシュナーですらも、一言も発する間もなく、ジュザの身体が弾け飛ぶ。
ジュザの身体は、一度河原に叩きつけられ、そのまま≪大河≫に飛び出し、まるで小石で水切り遊びでもするかのように水面を二度跳ね上がり、三度目に水面に叩きつけられてゆっくりと沈んでいった。
防具をまとった一人の人間が、放物線を描いて飛ばされるのではなく、撃ち出されたボウガンの弾の様に真っ直ぐに吹き飛ばされたのである。その攻撃の尋常ならざる威力がうかがえる。
「リド! ジュザをお願い! 姉さんはファーメイたちを逃がして!」
叫ぶが早いか、カーシュナーはアイテムポーチの底から虎の子の≪爆裂投げナイフ≫取り出し、乱入してきた大型甲虫種に突進して行く。
突っ込んでくるカーシュナーを狙って、ジュザを弾き飛ばした右の鎌が返ってくる。
「カーシュ!!」
ハンナマリーが悲鳴に近い絶叫をあげる。
カーシュナーの胴体を刈り取るかに思えた攻撃は、しかし、何もつかむことなく空を切った。カーシュナーが右の鎌による攻撃のリーチを完璧に見切り、攻撃の間合いに入る寸前に、大型甲虫種の左側に突進の向きを変えたからだ。
鎌による攻撃が空振りに終わると同時にカーシュナーの右腕が振りぬかれる。カーシュナーの右手を離れた≪爆裂投げナイフ≫が狙いはあやまたずに頭部をとらえる。
爆音と爆炎が≪潜影虫≫の頭部を包み、舞い上がった黒煙が晴れる前に、さらにもう一発≪爆裂投げナイフ≫が頭部に突き刺さる。
再度の爆発に大型甲虫種が怒り状態になり、口から蒸気のようなものを吹き始め、後脚で地面を引っかき身を沈めた。そして、カーシュナー目掛けて突進しようとしたが、カーシュナーが横移動しているため突進のコースから逸れてしまい、苛立たしげに体の向きを変えた瞬間、前脚の鎌の隙間からのぞいた頭部に、3本目の≪爆裂投げナイフ≫が突き刺さった。
爆音とともに大型甲虫種の巨体が崩れ落ちる。立て続けに頭部に爆発を受け、気絶してしまったのだ。
カーシュナーは大型甲虫種が倒れるのを確認するとすぐさま大河へと走り、ジュザを救出したリドリーの手伝いに向かった。
「撤退!!」
ヂヴァとモモンモを両脇に抱えたハンナマリーが、口惜しさと怒りのにじんだ号令を狩場に響かせた。
ベースキャンプまで引き返してきた一行は、ジュザの身体を簡易ベッドに横たえると、新調したばかりのアロイメイルを外した。≪潜影虫≫と対峙していたときは傷一つなく磨き上げられていたアロイメイルが、いまでは外すのにも苦労するほどに変形している。
途中で目を覚ましていたジュザが、自分のアイテムポーチを指さす。
カーシュナーがジュザの元まで運んでポーチの口を開けてやると、ジュザは以前に王立古生物書士隊の元隊長からもらった秘薬を取り出し、ゆっくりと飲み干した。紙のように白かった頬にうっすらと赤みが戻る。
一同の間に張りつめていた緊張の糸がゆるみ、それぞれがホッと息を漏らした。
秘薬を飲み終ったジュザの身体をカーシュナーがそっと押してベットに戻す。一瞬だけジュザはカーシュナーの手に逆らったが、カーシュナーの瞳を正面からとらえると、悔しさを押し殺して従った。ジュザの受けたダメージは、もはやベースキャンプの簡易ベットで一度休んだくらいではとても狩猟に復帰できるようなものではなかった。
「あばらと胸骨をやられている。残念だけどジュザはここでリタイアだよ」
カーシュナーの言葉に、リドリーが鼻息荒く答える。
「ジュザの敵だ! あの乱入野郎、どこの誰に絡んだか骨の髄まで思い知らせてやる!」
「待て」
右のあばらと胸骨を痛めたため、右腕を胸の前で折りたたんでファーメイに固定してもらっていたジュザがリドリーをいさめる。
「待っていられるか! お前を痛めつけてくれたあのバカを放っておけるかよ!」
「準備が足りていない」
今回の狩猟はけして不安定な環境での依頼ではなかった。狩猟対象が未確認ではあったが、確認数の多い大型水生甲虫種一匹であり、それは≪潜影虫≫の近縁種で、より水深の深い場所を主な生息域にしている≪深潜虫≫(シンセンチュウ)か、≪潜影虫≫のどちらかはっきりしていない程度の問題でしかなかった。この2種は生態が非常によく似ており、外見こそ≪深潜虫≫の方が細長く、≪潜影虫≫が薄平べったい身体をしているが、行動パターン、弱点属性及び弱点部位は同様で、狩猟に際して特別な準備を必要としないため、装備、アイテムともに特化した内容になっており、汎用性の高い装備やアイテムの持ち込みはしていなかったのだ。
「いつだって準備万端で狩猟に行けるわけじゃないだろ!」
「リド! あんまりジュザにしゃべらせるな! 胸の骨がいってるんだぞ…」
ハンナマリーがたしなめる。
「…わりぃ。でもよ、ハンナだってこのまま黙っているつもりはねえんだろ!」
「当たり前だ」
リドリーと違い、反応が静かな分、ハンナマリーの怒りの方がより深いことがわかる。
「カーシュ、止めろ」
頭に血がのぼっている二人に話しても意味がないと理解したジュザが、カーシュナーに話を振る。
「二人ともボクの話を聞いて」
「つまんねえ説得なら、聞くつも…」
「黙って聞け!!」
素直にカーシュナーの話を聞こうとしないリドリーを、ジュザが一喝する。普段声を荒げることなどないジュザの言葉に、頭に血が上っていたリドリーもさすがに押し黙る。
大声が響いたのだろう。ジュザは身体を折り曲げてうめき声を漏らす。
「リド、姉さん。ジュザがここまでして止める理由がわからないわけではないでしょ? ジュザはあの一撃で、あのモンスターがいまのボクたちの手には負えないことを悟ったから止めてるんだよ」
カーシュナーの言葉に、ハンナマリーとリドリーが悔しげにうつむく。
「…でもよ。このままおめおめと引き返すなんて情けねえだろ」
「ボクも引き返すつもりはないよ。でも、いまの状態であのモンスターを討伐出来ないことは、事実として認めなきゃいけない」
リドリーが怪訝そうに眉をしかめて尋ねる。
「引き返さないで何をするんだよ?」
「依頼を達成する」
「依頼?」
「そう。今回ボクたちが引き受けたのは、大型水生甲虫種1匹の討伐依頼なんだよ。あの乱入してきた大型甲虫種は依頼の対象外なんだ。あのモンスターをかわして、なんとか≪潜影虫≫を討伐する」
腕組をして考え込んでいたハンナマリーが、苛立たしげに髪をかき回す。
「確かに依頼そのものをあのバカのせいで失敗するのは、他のハンターたちに余計な負担をかけることになる。でもな、依頼を達成出来てもあのバカに借りを返したことにはならないんだぜ」
「依頼も達成できなくて逃げ帰るよりはいい」
ジュザが苦しげにカーシュナーの意見に補足する。
「私はあのバカに一泡吹かせてやりたいんだよ!」
「諦めろ。時間も足りない」
ジュザの言葉に、ハンナマリーは返す言葉もなく、ただ呻いた。
「一泡は吹かせるよ。そのために、まず≪潜影虫≫を狩るんだよ」
「どういうことだ!」
予想外のカーシュナーの言葉に、リドリーが食いつく。
「今回狩場の環境は不安定じゃなかった。でも、実際にはモンスターの乱入を許して、ジュザがリタイアに追い込まれている。もともと、ここ≪大河≫は、北の大陸の狩場と違って、まだまだ情報が不足しているんだよ。本当なら環境不安定として発注されなければいけなかったクエストが、ノーマルのクエストとしてボクたちのもとへ来てしまった。なら、今回のクエストを、これから環境不安定のクエストとして処理すればいいのさ」
「そんなこと許されるのか?」
リドリーの疑問に、ファーメイが答える。
「危険すぎると判断されない限りは許されると思うッス。そもそも、ここ≪大河≫は狩場としてどこのギルドにも属していないッス。元ギルドマスターさんがクエストの管理、決定をしているッスけど、実はルールなんかの細かいことはまだ何も決まっていないのが現状ッス。乱入に関しても、モガ村近辺だと、メインのクエスト内で狩れる様なら狩っていいッスけど、クエストの時間が乱入モンスターの狩猟のために延長されることはないッス。これがユクモ村近辺になると、乱入クエストとして新たにクエストが追加発注されるッス。もちろん別クエスト扱いなので時間は始めからになるッス。ただし、力尽きた回数は引き継がれるので、前の狩猟で2回力尽きていれば、乱入クエストで1回力尽きた時点でクエスト失敗ッス。これはハンターが無理をして命を落としたりしないための処置なので仕方ないッス。その救済処置として、もともと一つのクエストが終了した直後に準備もなく始まるクエストなので、無理だと思ったら途中で引き返すことが出来るッス。その場合、クエストはリタイア扱いにはならず、乱入モンスターの部位破壊に成功していればちゃんと報酬がもらえるッス。正直言って今回のケースがどの事例に属するのか元ギルドマスターさんにもわからないと思うので、無茶をし過ぎなければ、現場の判断で処理できると思うッス」
「無茶ではない範囲ってどこまでになるんだい?」
ハンナマリーが当然の疑問を口にする。
「どうなんッスかね? 本来なら皆さん新人ハンターなので、クエストを中断してギルドに報告し、クエスト自体を取り下げるべきなんでしょうけど、そんなつもりはまったくないわけッスから、これ以上大きなケガをしないようにするしかないんじゃないッスかね?」
ファーメイも、断言出来る問題ではないので難しい顔で首をひねる。
自然と全員の視線がカーシュナーに集中する。
「討伐出来ないことはわかっている。その上で無茶ではない範囲で出来ることと言えば、部位破壊しかない。あのバカでかい右前脚の鎌をへし折ってやろう。ジュザにこれだけのことをしてくれたんだ。落とし前として、腕の1本は置いていってもらう」
全員の視線に、カーシュナーは翡翠色をした瞳に普段とは違う冷徹な光を込めて返した。
カーシュナーの厳しさを初めて目の当たりにしたファーメイ、ヂヴァ、モモンモの三人は、思わずのけ反ってしまう。
「作戦を立てよう」
いつもの笑顔に戻ったカーシュナーに、吸い寄せられるように全員がカーシュナーの周りに集まった。
≪大河≫の一角にあるモンスターの休息場所で、カーシュナーたちは傷を癒すために眠っていた≪潜影虫≫を発見し、これを八つ当たり気味に討伐してのけた。剥ぎ取りも無事終わり、驚いたことに剥ぎ取りをするためだけに、採取の鬼モモンモとヂヴァの即席担架で強引に連れてこられたジュザが、つい先程剥ぎ取り終わってベースキャンプに戻って行ったところであった。
残ったメンバーは、作戦会議の際に受けた乱入モンスターの説明を改めて思い出す。
「さっきの乱入モンスターは、おそらく≪潜影虫≫の亜種もしくは希少種にあたるモンスターだと思うッス。確認例が、まだ、たったの1件しかないので、亜種なのか希少種なのか、その認定はまだ下されていないッス。そのため、仮称としてなぜか≪潜影虫・姫≫(センエイチュウ・ヒメ)と呼ばれているッス」
空白ページだらけの真新しいモンスター図鑑を開きながらファーメイが説明する。
「行動の特徴として、≪潜影虫≫とは真逆の陸戦型で、水に潜ることはないそうッス。その証拠にお尻の呼吸器が極端に短くなっており、当然呼吸器のぶん回し攻撃もないッス。加えて、翅はあるんッスけど、退化してしまったのか、まったく飛ばないッス。空も海も捨て、完全に陸上使用になっており、特化した分手強くなっているッス。攻撃の特徴としては、片側の巨大化した鎌を攻撃の主軸に、突進及び周囲を薙ぎ払う回転攻撃もよく使ってくるらしいッス。それと、水ブレスの代わりに泥団子を吐き出してくるので注意が必要ッス」
ファーメイの補足では、攻撃のパターンはゲネル・セルタスに似ているらしいが、航海中にギルドマスターから知識として教えられたゲネル・セルタスしか知らないので、あまり参考にはならなかった。
カーシュナーたちは≪大河≫を泳いで横切ると、≪潜影虫・姫≫の捜索を開始した。気絶させた際にペイントボールをぶつけておけばよかったのだが、いまさら後悔しても意味はない。
「そういえば、カーシュは狩猟中に≪潜影虫・姫≫の気配とか感じたか? オレは全然気がつかなかったんだけどよう」
リドリーが不意に問いかける。
「気がつかなかった。違和感もなかったよ。姉さんは?」
「私もまったく気がつかなかったよ。いつから河原に潜んでいたんだろうね?」
「これって結構重要なんじゃないか? 完全に不意を突かれたせいで対応が後手に回ってやられちまったけど、ほんの少しでも警戒出来ていたら、あそこまで一気にやり込められることはなかったはずだ」
「そうだね。ファー。その辺のことは何かわからいかな?」
問われて再びモンスター図鑑を開いてみたが、ファーメイは首を横に振った。
「唯一の発見例では、フィールドを移動中にばったり遭遇していて、そのまますぐに戦闘になり、フィールド条件の悪さもあって撤退出来なくて、やむなく討伐しているんッス。なので、通常時の行動についてのデ-タは全くないんッスよ」
この答えに、カーシュナーは何の不満も示さずうなずいた。
「そのくらい難しい相手じゃないとね。ジュザがやられた相手がたいしたことなかったりするのは、矛盾しているかもしれないけど嫌だからね」
カーシュナーの言葉にリドリーとハンナマリーが思わず苦笑する。言われてみれば確かにその通りだと思ったからだ。
「今回は討伐は諦める。でも、いつか討伐するために、出来る限りのデータを集めよう」
「そのためにも、まずは見つけないとね」
ハンナマリーの言葉に、一同はうなずいた。
カーシュナーたちは、遭遇した河原から上流に向かって捜索を始めた。
どうやら移動の基本は地上を歩いて行うらしく、わかりやすい痕跡が上流に向かって残されていた。これが飛行能力に優れたモンスターや地中を移動するタイプのモンスターだったら捜索は難航した可能性が高かった。
しばらく進むと、後方からモモンモが勢いよく駆けてきた。ジュザをベースキャンプに送り届けた後、ジュザの面倒をヂヴァに押しつけて戻ってきたのだ。
「お~い! モモンモ様が駆けつけて来てやったモ~ン! これで…」
最後にどんな言葉をつけ足そうとしたのか定かではないが、それは途中で遮られ、本人は空高くへ吹き飛ばされてしまった。つい先程通り過ぎた場所から、≪潜影虫・姫≫が突き上げ攻撃をモモンモにぶちかましたのだ。
「なっ!!」
これにはさすがのカーシュナーも言葉が続かなかった。他の3人も同様で、思わず硬直し、クルクルと宙を舞うモモンモの姿を茫然と目で追っていた。
「散って!」
いち早く正気に戻ったカーシュナーが、≪潜影虫・姫≫の左側面に向かいながら声を掛ける。
事前の打ち合わせ通りに、ガードが出来るハンナマリーが右側面に向かう。リドリーは乗り攻撃を狙うため、大きく迂回して≪潜影虫・姫≫の背後に向かう。ファーメイは吹き飛んでいったモモンモの回収に向かった。
「姉さん! デコピンに気をつけて!」
カーシュナーが反対側にいるハンナマリーに向かって声を掛ける。
「あいよ!」
威勢のいい答えが返ってくる。
デコピンとは、ジュザが一撃でリタイアに追い込まれた攻撃のことで、この攻撃は巨大な右前脚の鎌を左前脚の鎌で押さえて力を溜め、それを一気に解放することで爆発的な攻撃力を得るものだった。原理がデコピンと同じことからカーシュナーたちはこの攻撃をデコピンと呼んでいた。
≪潜影虫・姫≫は、モモンモを吹き飛ばして地上に姿を現してからすぐに、右前脚に力を溜めこんでいたので、いつデコピンが飛んで来てもおかしくないのだ。
カーシュナーは他の攻撃も警戒しつつ、奏双棍で防御力強化効果のある音色を吹き鳴らした。そして2本の棍を頭上で交差させると、鬼人化状態になり、一気に≪潜影虫・姫≫の懐へと潜り込んだ。
「姉さんいくよ!」
カーシュナーは姉に一声掛けると、大胆にも左の前脚に近づき、右前脚の鎌を抱え込んでいる部分に奏双棍を叩き込んだ。
カーシュナーの見切りは完璧で、右と左の力のバランスを崩された≪潜影虫・姫≫は、右前脚に溜め込んでいた力を暴発させ、誰もいない空間を薙ぎ払った。
カーシュナーは素早く鬼人化を解除すると、自らの力の反動で足元をグラつかせている≪潜影虫・姫≫の懐から脱出し、≪潜影虫・姫≫の動きに合わせて立ち位置を調整しつつ、鬼人化で削られたスタミナの回復をはかった。
≪潜影虫・姫≫の右側面に移動していたハンナマリーは、右前脚のつけ根付近に位置取ることで暴発によって振り回された右前脚の鎌によるダメージを回避し、限界以上に伸ばされて悲鳴を上げている鎌の関節部分に強烈な武器出し攻撃を入れた。
カウンターで叩き込まれたハンナマリーの大剣≪ブレイズブレイド改≫が、関節を保護していた甲殻に、一撃で亀裂を発生させる。タイミングと攻撃を叩き込んだ位置、このどちらかでもずれていたら、ハンナマリーの攻撃は弾き返されていただろう。≪潜影虫・姫≫の甲殻はそれだけの強度を誇っていたのだが、ハンナマリーの力量が、その上を行ったのだ。
それ以上を欲張らずに前転回避からの納刀でその場を離れたハンナマリーに続いて、カーシュナーが残り2本となった≪爆裂投げナイフ≫を投げつける。頭部を爆炎に包まれた≪潜影虫・姫≫が怒り状態に突入した瞬間、背後に回り込んでいたリドリーがジャンプ攻撃を叩き込み、そのまま乗り状態に突入する。
怒りに任せてリドリーを振りほどこうとする≪潜影虫・姫≫の暴れっぷりは尋常ではなく、さすがのリドリーも今回は振りほどかれるかと思われたが、最後は片手でしがみつき、なんとか転倒させることに成功した。
≪潜影虫・姫≫が大暴れしている間も立ち位置の調整をしっかり行っていたカーシュナーとハンナマリーは、転倒するとほぼ同時に、カーシュナーは頭部の左前に、ハンナマリーは右前脚の鎌の関節部に取りつき、カーシュナーが気絶を狙って鬼人化からの乱打を叩き込むと、ハンナマリーは渾身の溜め攻撃を叩き込んでいった。
≪潜影虫・姫≫の転倒の際に放り出されたリドリーが、わずかに遅れてカーシュナーに合流し、右頭部に乱打を叩き込んでいった。カーシュナーとリドリ-は互いの攻撃が干渉し合うのもかまわず、力押しで気絶を取りに行く。
互いの身を削り合いながらの攻撃が功を奏し、≪潜影虫・姫≫は転倒から起き上がる間もなく気絶に追いやらる。スタミナ切れで鬼人化が解除されてしまったカーシュナーとリドリーは、通常攻撃でさらにダメージを追加し、≪演舞棍≫による強走効果のある型を舞いつつリドリーが攻撃を行ったおかげで、カーシュナーたちは≪潜影虫・姫≫の気絶が解ける前に強走効果を得ることに成功した。この間ハンナマリーの溜め斬りを幾度となく受けた右前脚の関節はズタボロになっていたが、破壊するまでには至らなかった。
起き上がってからの≪潜影虫・姫≫の反撃は常軌を逸していた。ダメージの深い右前脚の鎌を容赦なく振り回し、距離を取るために離れようとすればすかさず突進で距離を詰められ、近づきすぎると大木のような脚で繰り出される回し蹴りのような回転攻撃が襲い掛かってくる。特別クセのある攻撃ではないのだが、それだけに攻撃性能が高く、1ランク上のモンスターであることを感じさせられる。
完全に回避に専念していても、わずかに引っ掛けられただけで回復薬が必要なほどのダメージを受ける。それでも辛抱強くかわし続けていると、さしもの≪潜影虫・姫≫も体力の限界に達したのだろう。疲労状態に陥り、極端に動きが悪くなる。怒りにまかせて振り回されていた巨大な右前脚の鎌も、疲労のためか、はたまた痛みのためか、力なく地面に投げ出されている。
「一気に攻めるか?」
リドリーが確認してくる。
「いや、もう一度デコピンを打たせよう!」
カーシュナーが≪潜影虫・姫≫から一瞬も視線を逸らせることなく答える。
「使うか?」
地面に投げ出されている右前脚の鎌を見ながらハンナマリーが疑問を口にする。
「使わせるしかない。どうも怒り状態ではデコピンは使わないみたいだからね。チャンスはここしかないよ!」
「そうだな。次の怒り状態をかわしきれるか、正直言って自信ねえよ!」
リドリーが苦笑しつつ答える。
「でも、どうやって使わせるんだい?」
ハンナマリーが尋ねる。
「疲労状態のいまなら、むしろ使わせやすいと思う。足が止まっているからね。右前脚の鎌が届くギリギリの距離から挑発すれば、おそらく使ってくると思う」
「なるほどな。歩けばいいのに、横着して離れたところにある物に無理矢理手を伸ばすみたいなもんか! よし、まかせとけ! オレがバッチリ挑発してやるよ!」
意気込むリドリーにカーシュナーは首を横に振ってみせた。
「ボクがやる」
「危険すぎる!!」
ハンナマリーとリドリーが、声をそろえて抗議する。
「この挑発を成功させるには、デコピンの間合いにかならず一歩踏み込む必要がある。その一歩が深ければ、誘ったデコピンに引っ掛けられるし、浅ければ無視して回復に専念される。ギリギリの見極めが必要なんだよ」
「なんとかしてみせる!」
リドリーが食い下がる。
「これがボクらが強引に始めた乱入クエストじゃなければまかせるよ。仮に失敗しても次を狙えばいいんだからね。でも、このクエストは大きなケガは許されない。大ケガをしたらその時点でクエスト失敗になる。デコピンを一度も間近で見ていないリドには絶対の見切りは出来ないよ」
カーシュナーの言葉に、リドリーは何も反論出来なかった。
「それとも、ここまでやったけれど諦める?」
カーシュナーはリーダーである姉に確認する。
「ここで諦めてもペナルティは受けないと思う。姉さんがボクには無理だと思うなら諦めよう」
ハンナマリーは一瞬も迷わなかった。
「カーシュがやれると思うんならやろう!」
カーシュナーはいつもの抜群の笑顔でうなずいた。
「リド。左前脚の鎌を叩く位置の見極めに気を付けて! 姉さんは最後の仕上げをお願い! 成功してもしなくても、この勝負で拠点に引き返そう!」
「なら、成功させようぜ!」
リドリーはそう言うと、≪潜影虫・姫≫の左側面に向かって移動を始めた。
「ほんの少しでも迷いが生じたら中断するんだよ!」
ハンナマリーが、カーシュナーを信頼しつつも身の危険を心配するあまり、払拭しきれない不安のこもった声を掛ける。
「姉さんこそ迷わないで。相手は格上だよ。全神経を集中して」
「わかった」
ハンナマリーは答えると、≪潜影虫・姫≫の右側面へと向かった。急ぎつつも≪潜影虫・姫≫の注意を引き過ぎないように移動する。
二人が離れると、カーシュナーは無造作に≪潜影虫・姫≫との距離を詰める。はたから見ているハンナマリーとリドリーの方が冷や汗をかく程の大胆な動きだった。当然≪潜影虫・姫≫の意識がカーシュナーに集注する。
カーシュナーはアイテムポーチに手を突っ込むと、ペイントボールを取り出し、≪潜影虫・姫≫に投げつけた。見事なコントロールで頭部に命中する。始めは疲労のためか意に介さなかった≪潜影虫・姫≫だが、続けて2発、3発と命中すると、苛立ちをあらわにする。
カーシュナーはデコピンのギリギリ外にあった足を、一歩前へと踏み出した。
途端に投げ出されていた右前脚を引きつけると左前脚で抱え込み、巨大な鎌に力を溜め込んでいく。ハンナマリーに傷つけられた関節部分がギシギシと嫌な音を立てるが構わず力を溜め続けていく。
力が満ちる寸前。それを気配で感じ取ったリドリーが気合いと共に左前脚の鎌に演舞棍を叩き込んだ。
ストッパーになっていた左前脚の鎌から解き放たれた巨大な右前脚の鎌が、力を暴発させて振り抜かれる。
尋常ならざる速度で振り抜かれた鎌が、カーシュナーに襲い掛かる。暴発の瞬間にバックステップを踏んだが、ギリギリのタイミングだ。
離れた位置から全体を観察していたファーメイの目には、カーシュナーの頭が吹き飛ぶかに見えた。モンスターの注意を引かないために、狩猟中に声をあげない訓練を積んできたファーメイだが、思わず悲鳴が漏れる。
巨大な右前脚の鎌の先端が、唸りをあげて近づくが、カーシュナーの目にはコマ送りのように見える。自身の動きも時間の流れ方が変わってしまったかのようにゆっくりと流れ、一瞬のはずの恐怖にさらされ続ける。カーシュナーはそれでも目を閉じず、鎌の先端を翡翠色の瞳で追い続けた。
紙一重の差で、巨大な鎌の先端が、カーシュナーの目の前を通過し、一拍遅れて突風が襲い掛かってくる。役目を果たし終えたカーシュナーは、ここでようやく目を閉じた。
リドリーが、可愛い弟が、見事な仕事で自分に繋いでくれた。ハンナマリーの集中力は極限まで高まり、カーシュナー同様時間の流れを置き去りにする。
絶妙な位置取りに成功していたハンナマリーが、そこからさらに一歩踏み出し、コマ送りのように近づいてくる巨大な鎌の関節部分を目掛けて≪ブレイズブレイド改≫を振り下ろした。
途方もない力の攻防が一瞬だけ行われる。ハンナマリーは全身の骨に深く響くような衝撃を受けたがなんとか耐え抜き、人の身の丈ほどもある巨大な剣を振り抜く。
≪ブレイズブレイド改≫が大きく大地を穿った時、≪潜影虫・姫≫の巨大な右前脚の鎌は持ち主を離れ、宙を切り裂いて飛び去って行った。
部位破壊を通り越して、部位切断をやってのけたのだ。
まるで帰ってこないブーメランのように空を飛んだ巨大な鎌が、派手な水飛沫を上げて河面に沈む。
前脚を切り飛ばされて激痛にのたうち回る≪潜影虫・姫≫をしり目に、カーシュナーたちは≪大河≫へと身を躍らせた。そして沈んで行く巨大な鎌を引き上げる。
「取ったモ~ン!!」
不意打ちを食らい吹き飛ばされただけのモモンモが、巨大な鎌の上に登り、美味しいとこ取りの雄たけびをあげる。
始めはツッコもうとしたリドリーも、得意げに鎌の上で奇妙なダンスを踊るモモンモにバカ負けして大笑いする。それにつられてカーシュナーたちも笑いの発作に飲み込まれていく。
一行は笑い声を≪大河≫に響かせながら、文字通りの大きな成果を手に、ジュザとヂヴァの待つベースキャンプへと引き上げたのであった。