≪潜影虫≫(センエイチュウ)討伐のクエストから拠点へと帰還したカーシュナーたち一行は、当然ながら、成功報酬を受け取り、何事もなくそのまま放免とはいかなかった。
クエスト中にファーメイが指摘していたが、前回の狩猟は、依頼で提示されたクエスト内容と実際のクエスト内容があまりにも食い違っていたため、本来ならばクエストは一時中断し、実態の報告を行い、発注されたクエストそのものを取り下げてもらうのが常識的な対応であった。これは発注を行ったギルドマスター側の完全な落ち度であり、それによって発生した被害については全て補償されるものであったので、カーシュナーたちは無理をせずにクエストを中断すべきであったのだ。
だが、カーシュナーたちは想定外のトラブルを乗り越えて正規の依頼内容をクリアした後に、認証されてもいない乱入を独断で乱入クエストとして対応、処理してしまった。
これが、ベテランのG級ハンターのしたことならば、臨機応変な対応として、成功報酬を実際のクエスト内容に訂正して支払い、発注上の手落ちの埋め合わせをして終わりだったであろう。
しかし、カーシュナーたちは下位の新人ハンターであり、その装備もキャリアに見合ったものしか身につけていない。むしろ、装備は実力に比するとかなりランクの劣るものになるだろう。本来ならば避けるべき格上の相手を、そのセンスだけで退けているような状態だった。それはけして評価すべきことではない。カーシュナーたちの行動は、あえて薄氷の上を歩いているようなもので、クエストの失敗がそのまま死につながる危険性が高かった。
事実、今回ジュザが大けがを負い、1ヶ月は狩猟から離れなくてはならない状況になっている。
「受けたのが身体の強いジュザではなく、カーシュちゃんじゃったらどうなっていたと思うとるんじゃ!」
と、元ギルドマスターに言われた時は一言も返せなかった。
「今回の件はこちらの手落ちじゃし、その上で≪潜影虫≫を討伐してくれたことには感謝しておる。≪潜影虫・姫≫(センエイチュウ・ヒメ)に関しても、貴重な情報と素材を持ち帰ってくれたことも高く評価するし、独断で乱入クエストを処理してしもうたことについては問わん」
ギルドマスターは疲れたように言うと、カーシュナーたちを拝み倒しにかかった。
「じゃから、頼むからもう少しマシな防具を装備してくれんか?」
もはや土下座せんばかりの勢いである。
その言葉の全てが自分たち(と言っても主にカーシュナーのことだが)を心配してのものであるとわかっているカーシュナーたちは、素直に装備の強化が図られるまでは上位クラスの強力なモンスターには挑まないことを約束した。
そんな理由もあって、カーシュナーたちはジュザの傷が癒えるまでの間、のんびりと採取に専念することになった。
南の大陸に上陸して以降、全速力で駆けるように生きてきた彼らに、ようやく中休み的な時間が訪れた。
「お~い! 待ってくれだモ~ン! ヂヴァ~!」
レノに作成してもらったばかりの演舞棍(エンブコン)もどきの武器を振り回しながらモモンモが追いかけてくる。いつでもどこでも騒々しいヤツだ。
「隙あり、だモ~ン!」
そう言って打ち込んできた演舞棍もどきを、オレは白羽取りで受け止めてやった。かぼちゃのお面越しでもモモンモがひどく驚いているのがわかる。わざわざ呼び止め、その上で正面から打ち込んできておいて、どこに隙が出来るというのか、相変わらずわけのわからないヤツだ。
「危ないニャン!」
抗議するオレに対し、モモンモは偉そうに答える。
「試し斬りだモン!」
「ふざけるニャ!」
オレはモモンモの手から演舞棍もどきを奪い取ると、ハンマー投げの要領で思い切り遠くへ投げ飛ばしてやった。演舞棍をもとにして作成されてるだけあって、意外ときれいな音色を奏でて回転しながら飛んで行く。それを見たモモンモが慌てて全速力で追いかける。
木の枝に当たり落下地点が変わった演舞棍もどきが、ものの見事にモモンモに直撃する。良くも悪くも何かを持っているヤツだ。
「ひどいことをするなモン!」
まるでオレが悪いかのように抗議してくる。正論で言い合うとこちらがバカ負けするので、オレはさっさと話題を逸らせることにした。
「いったいなんの用だニャン? しばらくは自由行動と決まったはずだニャン」
演舞棍もどきについた泥を払いながら、まだ若干恨めし気にこちらを見ながらも、モモンモは用件を切り出した。
「オトモアイルーには、モンニャン隊とかいうのがあって、ハンターと一緒じゃなくてもクエストに行けるって聞いたモン!」
「確かに行けるニャン。でも、ハンターたちと同じクエストじゃなく、モンニャン隊専用のクエストになるニャン」
「ハンターと同じじゃなくても、素材の採取は出来るかモン?」
興奮してきたらしく、やたらと近づいて来る。距離感がおかしいのか、異様にでかいかぼちゃのお面がオレの顔をグイグイと押してくる。
「お面が邪魔ニャ! ぶつかってることに気づくニャン!」
オレはなかなか離れないモモンモを張り倒して押し退ける。うっかりしていた。このお面はかぼちゃとは思えない程の防御力があったのだ。張り倒した手がジンジンと痛む。
それを見たモモンモが声を殺して震えながら笑っている。心底おかしいと声も出ない程の激しい笑いの発作に襲われるようだが、笑われるこっちは腹が立つ。
オレは腹いせに、かぼちゃのお面の目の辺りに思い切り息を吹きかけてやった。
「ぎゃああぁぁ!! め、目が~! 目が~! 乾くモ~~ン!」
何故かはよくわからないのだが、モモンモはこの攻撃がひどく苦手らしく、目を抑えて転げまわっている。オレはうっとうしいので、かぼちゃのお面に腰を下ろして転げまわるのを阻止した。
「だ、誰だモン! オイラのお面に座る不届き者は!」
オレ以外に誰がいる? オレはお面から腰を上げると少し距離を取り、モモンモが起き上がるのを待って声を掛けた。
「モモンモがもたもたしているから、犯人が逃げてしまったニャン」
「くぅ~~! 悔しいモン! いつか絶対に見つけてやるんだモン! ヂヴァは犯人を見たかモン?」
「真っ黒い塊みたいなヤツだったニャ」
「ま、真っ黒いカタマリ!! お、恐ろしいモン! やっぱりこの大陸には何か得体の知れないものが潜んでいるモン!」
「絶対に見つけるんだニャ?」
「…執念深いのも男らしくない気がするモン。ここはオイラの広い心で許してやるモン」
「モモンモって男だったのかニャ?」
「ええぇっ!!」
「ええぇっ!! って、驚く意味がわからないニャ!」
このまま会話を続けると頭が悪くなりそうなので、オレは話を本筋に戻すことにした。
「それよりも、モンニャン隊がどうしたのニャ? 何を知りたいのニャ? ちなみに素材の採取ならちゃんと出来るニャン」
「オイラも行きたいモン!」
「モモンモはオトモアイルーじゃないニャン。無理言うなニャン」
「アイルーだけずるいモン! 差別だモン!」
「仕方ないニャン。もともとハンターと奇面族のつながりは薄くて、アイルーみたいに組織もしっかりしていないから無理なのニャン」
「ヂヴァがリーダーになって、奇面族とアイルーのモンニャン隊を作ればいいモン!」
「なんでそんなにモンニャン隊にこだわるニャン?」
「カーシュにすんごい素材を見つけてきてやりたいんだモン!」
無茶苦茶で意味不明なところがほとんどなのだが、基本いいヤツなのだ。迷惑なことの方が多いが。
「そういうことならギルドマスターに相談してみるニャン」
「相談するモ~ン!」
「5人集められれば、≪大河≫になら行ってもいいぞい」
ギルドマスターが、草団子をもぐもぐしながらあっさり許可を出す。もの欲しそうにモモンモが見ていると、モモンモとオレに一つずつ勧めてくれた。
二つある草団子に両手を伸ばすモモンモの手をピシッと叩き、オレは自分の草団子を死守した。基本行動が本能の赴くままのモモンモに、食べ物のことで隙を見せたら確実にやられるのだ。
「カーシュちゃんたちとは上手くいっておるか?」
シワシワの顔をさらにくしゃくしゃにして尋ねてくる。たぶん笑っているのだろうが、人間や竜人族の老人の顔はシワだらけなのでわかりにくい。
「上々だモ~ン!」
食べかけの草団子を高々とかかげて答える。いつも思うのだが、相変わらず奇面族のお面を外さずにものを食べる技術はたいしたものだ。アゴすら見ることが出来ない。
「そうか! 上々かっ!」
モモンモの言葉の選び方がおかしかったのか、「カッカッカッ」と笑い声を上げる。
「どうしても5人いないとダメかニャン?」
「危ないからのう」
確かに、この前のクエストでも想定外の乱入でジュザがケガをしたばかりだ。ギルドマスターが慎重になるのも無理はない。
「手の空いているオトモが3人もいるかニャア?」
オレはつい、グチをこぼしてしまった。この南の大陸までやってきたオトモアイルーの大半が、旅立つご主人と離れたくなくて参加してきた者がほとんどで、オレのようにフリーのアイルーの参加者は少ないのだ。
「あと一人いれば充分だモン!」
「えっ!」
モモンモの予想外の一言に、オレは思わず聞き返してしまった。
「モモンモ! オレの他にアイルーの知り合いがいるのかニャン?」
「アイルーじゃないモン。奇面族の友達だモン!」
「モモンモって友達いたのかニャン!!」
「失礼だモン! 友達くらいいるモン!」
早くも草団子を食べ終えて、プリプリと怒っている。
「あの二人なら、お面の材料が手に入ったとかで、伝説の鍛冶職人のところに行っておるぞい」
どうやらギルドマスターはモモンモの友人を知っているようで、居場所を教えてくれた。
「ギルドマスター。平八がどこにいるか知っているかニャ?」
オレは心当たりのあるフリーのアイルーの居場所を尋ねてみた。
「そういえばさっき、調合師の長に頼まれたとかで、近くに採取に出かけて行ったぞい。しばらくすれば戻ってくるじゃろう」
オレはギルドマスターにことづてを頼むと、一人で勝手に行ってしまったモモンモを追いかけた。
モモンモは移動の基本が「走る」なので、追いつくために四足歩行で走らなければならない。本当に面倒くさいヤツだ。
「鍛冶屋ってどっちだったかモン?」
追いついたオレに尋ねてくる。よくわからないまま走り回っていたのか。付き合わされるこっちの身にもなってほしい。
「連れてってやるから、おとなしくついて来いニャ」
「わかったモ~ン」
言うが早いか一人で走って行ってしまう。何もわかってないじゃないか!
オレはモモンモを無視して伝説の鍛冶職人の元へ向かった。
「おう! ヂヴァじゃねえか! こないだ作ってやった新しい装備はどうだった?」
歩いてくるオレに気がついた伝説の鍛冶職人が、気軽に声を掛けてくる。伝説と謳われる割に、偉そうなところがなく、実に付き合いやすい人物だ。オレは手を振りつつ答える。
「防御力がかなりあが……」
オレは最後まで答えることなく、背後から体当たりを受けて顔から地面に突っ込んだ。
オレは擦りむいた鼻の頭をさすりながら抗議する。
「いきなり何するニャ!!」
振り向いたオレの、瞳孔が縦長になっている瞳に異様な姿が飛び込んでくる。
それは頭一つに身体が二つの化け物だった。
「ニャニャニャニャニャア~~~!!!」
悲鳴を上げて怯えるオレに、化け物はその魔手を伸ばしてくる。
「見つけたモン!」
そこに、陽気な声と共にモモンモが現れ、化け物に体当たりをする。
その結果、モモンモに押された化け物が、オレに覆いかぶさってくる。
「押すなッチー!」
「危ないッチョ!」
化け物がオレの上からもたもたと起き上がりながら抗議する。
「ホヘ? そんなところにひっくり返って何してるモン、ヂヴァ?」
そう言いながらオレが起き上がるのを手伝ってくれる。
「紹介するモン。オイラの友達で、双子の家来、チッチキとチョロンボだモン」
「誰が家来だッチー!」
「調子に乗るなッチョ!」
化け物が二つの声で言い返してくる。冷静になってよく見ると、それは巨大なひょうたんをお面に改造して被っている二人の奇面族だった。
二人三脚が足を結ぶとしたら、こちらは頭を結んでいるような状態だ。何の利点があるのだろうか?
「その新しいお面イケてるモン!」
オレにはその価値観がさっぱりわからないが、モモンモにはいいものに見えるらしい。
「でも、動きにくいッチー!」
「いまもそこでアイルーに思いっきりぶつかってしまったッチョ!」
何の利点もなかったのか!
「そのぶつかったアイルーがオレだニャン! ちゃんと謝るニャン!」
オレの言葉に二人は素直に頭を下げようとしたのだが、動きが合わず、互いの動きで首を痛めてしまう。ついには二人とも怒り出し、ケンカになってしまった。
「もういいニャン! 怒ってないからケンカはやめるニャン!」
オレは慌てて止めたが、お面が邪魔をして、二人が振り回す腕は互いに届かず、結局ケンカにならなかった。
「なんなのニャ、こいつらは…」
「ただのバカだモン!」
モモンモに言われてはお終いだ。
おそらく何も考えていないのだろう。チッチキとチョロンボはモモンモの誘いを二つ返事で引き受けた。
これで残すは一人である。オレは心当たりのあるフリーのアイルー、平八を探すために調合師の長の元へと向かった。モモンモたちはついてくると言いつつ、それぞれ勝手にどこかへ行ってしまった。もう、好きにすればいい。
「久しぶりニャン!」
オレはよく働く丸まった背中に声を掛けた。フラスコを両手に調合師の長が振り返る。
「おう! ヂヴァじゃないか! 久しぶりじゃのう! 元気にしておったか?」
「身体は元気ニャン! でも、気苦労でハゲそうだニャン」
主にモモンモのおかげで!
「お前さんはやさしいからのう。自分の事より人の心配をし過ぎなんじゃよ」
「そ、そんなことないニャ…」
褒められるのは苦手だ。どうにも照れくさい。
「そ、それより、平八はまだ戻っていないかニャ?」
「おっ? ついさっき戻って来たはずじゃが…」
調合師の長が周囲を見回すが、どこにも見当たらない。
「変じゃのう?」
平八をよく知るオレは驚かなかった。むしろ溜息が出る。
オレは足元の小石を素早く拾い上げると、真新しい調合所の天井目掛けて投げつけた。
「あいたっ!!」
天井から悲鳴が降り、続いて悲鳴の主も降ってくる。
ドサッ!
アイルーのくせに背中から落ちやがった…。
受け身に失敗した平八に、調合師の長が、手にしていたフラスコの中身を飲ませてやる。薬草を煎じている途中のものらしく、背中の痛みがやわらいだ平八がなんとか立ち上がる。
「久しいニャ、ヂヴァ」
そして、何事もなかったようにあいさつをしてくる。かわいそうなので、なかったことにしてやろう。
「久しぶりニャン! シノビの平八!」
オレのあいさつに、平八が嬉しさを押し殺そうとして上手くいかず、気持ちの悪い顔でにやける。東方の隠密集団、シノビに憧れている変わり者で、機嫌を取りたいときは名前に”シノビの”を付けてやると、ウソ臭く感じるくらい喜ぶ。
「ヂヴァ。拙者がシノビであることは秘密なのニャン。あまり大きな声で呼んでくれるなニャン」
シノビとは常に冷静で、感情を表に表わさないものらしく、平八自身もそれに倣い冷静な態度でかっこつけているつもりでいるようだが、嬉しさがダダ漏れで、まったくかっこついていなかった。
「平八。採取から戻って来て早々申し訳ないのニャけれど、モンニャン隊を結成するためにメンバーを集めているんだニャン。”助っ人”に来てほしいニャン」
平八は”助っ人”という言葉にも弱い。
「そんなにも頼られては断るわけにもいかないニャン。ブシの情け、協力してやるニャン」
お前は、シノビじゃないのか? オレは心の声は表に出さず、素直に感謝する。平八は東方の文化がごちゃごちゃになっているので、下手に指摘せず、こちらで上手く理解してやらないとすねるので面倒くさいのだ。
「して、拙者で何人目でござるかニャン?」
「5人目ニャン」
「おおっ! よく集まったニャ!」
「半分以上は奇面族だがニャ」
「なんと!! そんなことが許されるでござるかニャン?」
「ギルドマスターの許可は、もう、もらっているのニャ」
オレたちは調合師の長に別れを告げると、ギルドマスターの元へと向かった。道々、平八に事情を説明する。
「ヂヴァよ。苦労が目に見える面子ばかり、よう集めたのう」
ギルドマスターが同情口調で言う。
「その辺は考えないようにしていたニャン。現実に引き戻さないでほしいニャン」
オレも疲れた声で返す。
「ギルマスじいちゃん! これで、行っていいかモン? オイラ早く出発したいモン!」
意味もなく演舞棍もどきを振り回しながら、モモンモがギルドマスターに迫る。近づきすぎてカボチャのお面でギルドマスターの顔をグイグイと押している。
「うんむ。気をつけて行くとええわい」
オレのようにムキになって押し返したりせず、顔をグリグリされてもまったく意に介さずにギルドマスターは答えた。オレもまだまだ修行が足りないようだ。
ギルドマスターの許可を得たオレたちは、拠点の船着き場に係留してあるモンニャン隊専用のタルいかだを目指した。ここには狩場≪大河≫へと向かうためのハンター用のいかだも数多く係留されている。
カーシュたちとクエストに出発するときは、桟橋の一番手前にあるいかだにすぐ乗ってしまうため気がつかなかったが、桟橋の一番端に、モンニャン隊専用のタルいかだが揺れていた。
桟橋からいかだに乗り移る際、そのわずかな隙間に、それが当たり前のようにモモンモたち奇面族の3人がハマる。もはや慌てる気にもならない。
オレはバシャバシャと水を跳ね散らかすモモンモたちを無視していかだに飛び乗ると、見送りに来てくれたギルドマスターに手を振り、緩やかな河の流れにいかだを漕ぎ出した。ちなみに、平八はスイトンとかいう術を使ってついてくるらしい。
泳ぎの達者な奇面族の3人は、いかだの後ろに取りつくと乗り込まず、そのままバタ足でいかだを押し始めてくれた。水面に突き出た竹筒も、ヒューヒューいいながらついてくる。
「ターボ全開だモ~ン!」
「了解だッチー!」
「了解だッチョ!」
「お、おい! お前たち余計なこと…」
オレは嫌な予感に襲われて、慌ててモモンモたちを止めようとしたが間に合わなかった。
猛烈な勢いで進みだしたいかだにオレはしがみついた。そして、拠点がかなり小さく見える辺りまで来たときに、オレは一人宙を舞わされ、派手な水柱を上げていた。
水浸しで重い身体を、なんとかベースキャンプまで運び上げると、オレは全身を激しく振って水を振り飛ばした。幸先の悪いスタートだ。
「とりあえず、採取優先で全エリアを回るかニャン?」
オレは、今回のアイルー・奇面族混成隊を発案したモモンモに尋ねてみる。
「採取もするけど、一番の目的はモンスターのレア素材だモン!」
「強気だッチー! モモンモ!」
「これは負けてられないッチョ!」
チッチキとチョロンボが、モモンモの言葉に興奮する。ちなみに、ひょうたんのお面は動きにくいということで、チッチキがテカテカに磨き上げられた巨大な栗を加工して作られたテカ栗のお面を被り、チョロンボはピスタチという木の実の殻を加工して作ったピスタチのお面を被って来ている。
「じゃあ、まずは大型モンスターを探すんだニャ?」
「そうだモン! できればこの前逃がした激強モンスターがいいモン!」
「…それは強気が過ぎるニャン。クエスト失敗になったら、ろくな素材が持ち帰れないニャン」
「男なら志は高く持つモン!」
士気が高いのは結構だが、実力と現実の見極めが出来ていないところが問題だ。
「激強のモンスターとはどんなモンスターなのでござるかニャン?」
それまで、木の模様が描かれた布の後ろに隠れていた平八が尋ねてくる。シノビの術らしいが、ベースキャンプでやることか?
「前回カーシュたちのクエストに乱入してきたモンスターニャ。オレは負傷したジュザの面倒をみていたからほとんど知らないのニャ。モモンモ、平八に教えてやってくれニャン」
「平八がいまやってたみたいに、地面に化けて隠れる名人だモン! 見た目も気配も完全に消すから、攻撃されるまでわからないモン!」
「なんと! 隠密モンスターでござるかニャン! それはぜひ拙者も手合せ願いたいでござるニャ!」
「前脚の巨大鎌をハンナがぶった切ってやったから、たぶんこの辺りにはもういないニャン」
「じゃあ、仕方ないモン」
あっさり諦める。こだわっていたのではないのか?
「それよりも、さっさと出発するモン!」
モモンモの一声で、オレたちは狩場へ飛び出していった。
狩場≪大河≫は変化の少ない狩場だった。
定期的に増水するのだろう。流れの両側にはかなり広めの河原があり、そこからさらに森林へとつながっている。河原と水中、左右の森の何か所かの開けた場所が、ここ≪大河≫の各エリアとなっている。
モンスターのレア素材が目的と言いつつ、モモンモは手近にあった薬草などの採取箇所に座り込んでいる。チッチキとチョロンボもそれぞれ採取可能カ所をみつけて採取に励んでいた。
オレは採取をモモンモたちに任せて水中を覗き込んでみた。≪大河≫は≪水没林≫程度の透明度なので、擬態している大型モンスターの見極めは正直難しい。それでも、水面に長い呼吸器の先端を出しているので、それを見つけられればなんとかなる。
オレは平八と手分けしてエリア1内の川面を慎重に確認したが、呼吸器らしきものは確認できなかった。≪大河≫の怖いところは、水生大型モンスターのほとんどが、全エリアに出没するところにある。ベースキャンプを一歩出た瞬間に遭遇することもあるのだ。
「お~い、モモンモ。そろそろ移動す…」
振り返ったオレは、エリア内のどこにもモモンモたちの姿がないことに気がついた。
「先程となりのエリアに移動して行ったでござるニャ」
驚くオレに平八が教えてくれる。出来ればそのときに声を掛けてほしかった。
オレは大きなため息を吐くと、エリア2へと向かった。
モモンモたちの姿は、エリア2にもなかった。ここから森の中にエリア3へと続く道もあるので、完全にはぐれてしまったことになる。
「奇面族とはいつもこんな感じでござるかニャ?」
平八が面白そうに尋ねてくる。振り回されるこっちは少しも面白くない。
「こんなもんニャ。心根はいいヤツニャンだが、本能で生きる自由人だから行動が読めないのニャ」
オレは平八に答えつつ、エリア内を見渡してみた。モモンモたちが素通りするくらいだから、おそらく大型モンスターはいないだろう。
「オレたちはとりあえず水生大型モンスターを探すから、このまま川沿いを進むニャ」
「心得たニャン」
オレたち二人は、エリア2を素通りし、エリア4へと向かうことにした。だが、そのとき、不意にエリア境の川面が波立ち割れると、チッチキとチョロンボが飛び出し、続いて大型水生甲虫種が飛び出して来た。大型水生甲虫種はすでに怒り状態になっている。
こんな短時間で何をやらかしたんだ!
河原に泳ぎ着いたチッチキとチョロンボに状況を尋ねようとしたが、二人共怒り狂っていて話にならない。
理由はどうあれ、探していた大型モンスターに遭遇できたのだから良しとしよう。
チッチキとチョロンボを追いかけて、大型水生甲虫種も河原に上がってくる。どうやらこのモンスターは、前回討伐した大型水生甲虫種≪潜影虫≫とよく似た生態を持つ、≪深潜虫≫(シンセンチュウ)のようだ。
行動はよく似ているらしいが、外見はまったく違う。≪潜影虫≫を木の葉に例えるなら、≪深潜虫≫は小枝のような体型をしている。鎌の動きもかなり違い、≪潜影虫≫は横方向に攻撃してくるが、≪深潜虫≫は縦に鎌を振るってくる。
平八がペイントボールを取り出し、”シュリケン”の要領で投げつける。そんな変な投げ方では当然命中しないので、オレが代わりにペイントボールを投げつける。平八はこういうところで手のかかるヤツなのだ。
陸では速く動けない≪深潜虫≫は、ハンターよりも小柄で素早いオレたちに手を焼いていた。≪潜影虫≫の様に横方向からの攻撃だったらオレたちも苦戦したかのしれないが、相手を点でとらえなければならない攻撃では、的の小さいオレたちをとらえることは早々できない。
防御を無視した怒り任せのチッチキとチョロンボの攻撃が功を奏し、怯んだ≪深潜虫≫の怒りが解ける。
冷静になったおかげか、オレたちの相手をまともにすることがバカバカしくなったようで、≪深潜虫≫は大きく翅(ハネ)を広げると、エリア移動するために飛び立った。その脚に、こちらはまだ怒りが治まらないチッチキとチョロンボがしがみつき、一緒に飛び去ってしまった。
「…マジでかニャン」
オレは、5人全員で拠点に帰る苦労を思い、ため息をこぼした。もちろんチッチキとチョロンボの心配などしていない。どうせ奇面族の連中は、何があってもケロッとした様子で帰ってくるのだ。
「そういえば、モモンモの姿が見当たらないが、どうしたのかニャ?」
平八が当然の疑問を口にする。
「わからんニャ!」
オレは半分キレ気味に答えた。
オレたちはペイントボールの臭いを追って、≪深潜虫≫の後を追っていた。いまのところチッチキとチョロンボの二人はころがっていないので、まだ≪深潜虫≫にしがみついているのだろう。
「たぶんモモンモはチッチキとチョロンボとはとっくにはぐれていたんだニャ」
「大丈夫でござろうかニャン?」
「気にするだけ無駄ニャン!」
そう! 気にするだけ損なのだ!
「…なにやら遠方で大きなもの音がしているようでござるがニャ~」
言われて耳を澄ましてみると、確かに遠方で樹木の折れるような音が微かに響いてくる。身体にも時折振動が伝わってくる。
「ま、まあ、大丈夫ニャン。…多分」
オレは一抹の不安を感じつつも、そう思うことにした。
オレたちがチッチキとチョロンボに合流した時には、≪深潜虫≫は再び怒り状態で暴れまわっていた。あれだけしつこくまとわりつかれれば当然だ。
逆に怒りの解けたチッチキとチョロンボは、≪深潜虫≫の足元をちょこまかと移動しながら、振り下ろされる鎌の鋭い先端をかわしては、逆に鋭い攻撃を入れていた。
「これはなかなかの腕前ニャ! 拙者たちも負けてはおれんニャ!」
言うが早いか、平八は背負っていた十字に交差させたブーメランを手にすると射程距離まで近づき、”シュリケン”投げでブーメランを放った。
そんな投げ方では当然当たらない上に、ブーメランをおかしな形に加工してしまったため、戻ってすらこなかった。
「…ああっ」
平八の口から、悲しげな吐息が漏れる。
「あの武器を使いこなすには、まだまだ修行不足ニャ! 通常のブーメランでさらに腕を磨くニャン!」
オレは平八のノリに合わせて、上手く行動を誘導した。普通にダメ出しをするとスネて使い物にならなくなるのだ。取扱注意物件なのである。
「生涯これ修行なり。と、どこかのなんとなく偉そうなシノビっぽい人が言ってたのニャ! 拙者も修行あるのみニャ!」
気を取り直した平八が、明後日の方向に飛んで行ってしまったブーメランを拾いに走る。意気込みに反比例して引用した言葉の出所がうろ覚えなところが平八らしい。本人は無自覚なのだが、本当は大体なんとなくそんな感じで生きているヤツなのだ。
オレは平八の背中を見送ると、出来立てのアイアンネコソード≪影≫を構え、戦いの輪の中に飛び込んで行った。
始めの内は4人による攻撃は連携こそなかったものの、効果的にダメージを与えていった。大型モンスターを相手にほぼ一方的な展開になったが、≪深潜虫≫がその薄い翅を使いだしてからは状況が一変した。ファーメイの話していた通り飛行能力が極めて高く、なかなか攻撃するチャンスが訪れず、今度はこちらが一方的に体力を削られ番になった。
それぞれ何度か地中に逃げ込み体力の回復を迫られる展開になったが、粘り強く耐え抜き、一度も全員が落とされることなく切り抜けた結果、平八の投じたブーメランが会心の当たりを見せて≪深潜虫≫を叩き落とすことに成功した。チョロンボを狙って急降下して来ていたタイミングだったため、落下のダメージは大きく、片方の鎌に亀裂が入り、≪深潜虫≫自身も頭部を強打して目を回している。
オレたちはここぞとばかりに攻め込み、≪深潜虫≫が立ち上がるまでの間に鎌と頭部の部位破壊を成功させた。
立ち上がった≪深潜虫≫が水ブレスを吐き出してオレたちとの間に距離を作る。下手に鎌で攻撃されるよりも狙いが正確な分はるかに厄介な攻撃だ。
≪深潜虫≫は充分な距離を稼ぐと翅を広げ、大空へと舞い上がって行った。それはエリア移動時の高度よりもはるかに高く、ペイントボールの臭気も届かない距離だった。
≪深潜虫≫は、ここ≪大河≫そのものから移動したのだ。
撃退成功である。
「もう少し追い込みたかったでござるニャ~」
平八が残念そうに唸る。
「充分だッチー!」
チッチキがニヒッと笑う。
「そうだッチョ!」
チョロンボもニヒッと笑う。
オレも平八もニヒッと笑い、戦いの最中にぶんどった獲物を掲げてみせた。
「なかなかの成果だッチー!」
「ヂヴァも平八もやるッチョ!」
「いやいや、お主らの獲物もたいしたものでござるニャ」
全員ニヤニヤ笑いが止まらない。
「褒めあうのは一旦後回しにして、落とし物を拾うニャン! 万が一にも拾いそびれたりしたら、後でモモンモに何を言われるかわかったもんじゃないニャン!」
オレの一言に、チッチキとチョロンボが慌てて落とし物集めに走る。その姿を見て平八がオレに尋ねてきた。
「そんなに厳しいのかニャ?」
「採取の鬼ニャ」
オレは平八に答えると、急いで落とし物を集めに走った。
一拍遅れて平八も慌てて落とし物集めに走った。
「お~い! モモンモ~! どこにいるニャ~!」
≪大河≫の奥へと向かいながら、オレは呼びかけ続けていた。≪深潜虫≫との戦闘の前まで聞こえていた遠方の物騒な物音は、もう響いていなかった。
≪深潜虫≫を撃退した喜びは消え失せ、不安が胸中に広がる。
≪大河≫の最奥部。エリア12へと続くエリア10にさしかかったとき、エリアの反対端に、小さな影が確認できた。モモンモである。
オレは大きく膨らんだアイテムポーチを背負い直すと、急いでモモンモに駆け寄った。
「返事くらいするニャ! 心配したんだニャ!」
こちらに気づいたモモンモは、わずかに視線を上げただけで、また、うつむいてしまう。
よく見るとモモンモは全身傷だらけで、ボロボロの状態だった。
「あの強いヤツ、やってやったモン…」
力のない声でモモンモが言う。体力が限界なのだ。
「≪潜影虫・姫≫をかニャ!! ……お前、無茶し過ぎニャ!!」
オレは心配のあまり、つい怒鳴りつけてしまった。
「これを見るモン」
オレの声などまるで無視して、引きずっているアイテムポーチの中から、琥珀色の結晶を取り出してみせた。それは明らかにレア素材であった。
「…カーシュに良い土産が出来たモン」
「そうだニャ。大手柄ニャ。ちょっと待っていろニャン。さっき採取した薬草を出してやるニャン」
「出すなモン」
「何言っているニャ! つまらない意地を張るニャ! ボロボロなんだニャン!」
「その薬草はカーシュたちに持っていってやるモン」
「…………」
「こんなダメージは寝て起きればすぐに治るモン」
「…ケチもほどほどにするニャン」
「オイラをそこら辺のケチと一緒にするなモン。オイラは使いどころを心得たケチだモン」
「…薬草をケチるなら、せめてベースキャンプに着くまではゆっくり眠るニャ」
オレは自分のアイテムポーチを平八に頼むと、モモンモの前に片膝をついて背を向けた。
「荷車がないからおぶって行ってやるニャン」
「報酬が三分の一減るのは勘弁してほしいモン」
オレは思わず苦笑いした。
「特別サービスニャン。だから、さっさとおぶさるニャン」
「…ありがとうだモン。お言葉に甘えるモン」
モモンモはオレの背に寄りかかった途端に意識を失ってしまった。引きずっていたアイテムポーチのヒモはするりと手の中から落ちたが、琥珀色の結晶はしっかりと握ったままだ。
「お前はどこまでも自由で自分勝手で無茶苦茶だけど、いいヤツだニャン」
オレのアイテムポーチとモモンモのアイテムポーチを引きずる平八たちと一緒に、オレは親友を背負ってベースキャンプに向かった。大きすぎるカボチャのお面がオレの後頭部をグリグリと押しまくったが、この時だけは少しも気にならなった。
「ギルマスじいちゃん! 早く鑑定してくれだモン!」
相変わらず大きすぎるかぼちゃのお面でギルドマスターの顔をグイグイと押しながら、モモンモがギルドマスターをせかす。身体はボロボロのままだが、体力が回復しているため、異常に元気がいい。本当に心配するだけ損なヤツだ。
「これ! そんなにせかすでない!」
ギルドマスターは、モモンモに鑑定を頼まれた琥珀色の結晶を陽の光に透かしたり、光に角度をつけて結晶を当てて表面の状態などを細かく観察した。
「うんむ。これは間違いなく上位のレア素材じゃ。≪潜影虫・姫≫の生態がまだほとんど不明じゃから、はっきりしたことは言えんが、この結晶はおそらく体内で長い年月掛けて生成された貴重な素材じゃろう。例えるなら、≪火竜≫リオレウスの≪火竜の紅玉≫並のレア素材じゃのう」
オレたちはギルドマスターの言葉に歓声を上げた。チッチキとチョロンボがモモンモを胴上げする。オレと平八もすかさず参加し、4人掛かりで高々と放り上げた。そして、誰もキャッチしない。
かなりの高さから地面に落下したモモンモは、一度バウンドすると、ゲラゲラと笑い出した。本当に頑丈なヤツだ。
「カーシュ! カーシュ! カ――シュ—―!!」
とんでもない大声でモモンモがカーシュを呼んだ。
しばらくすると奏双棍(ソウソウコン)を鎖でつないだものを手にしたカーシュが走ってきた。すっぽ抜け対策として鎖でつないだようだ。
「なんだい、モモンモ?」
「これをお前にやるモン!」
モモンモは苦労して手に入れた琥珀色の結晶をカーシュに差し出した。かけらの迷いもない。
カーシュは差し出された琥珀色の結晶ではなく、モモンモ自身を見つめた。その視線はオレたちにも向けられる。そして、カーシュは一つうなずくと、琥珀色の結晶を受け取った。
「嬉しいか? 嬉しいかモン?」
カーシュは言葉ではなく、オレたちをまとめて抱きしめることで喜びを表現した。
「ありがとう。みんな」
感謝の言葉に極上の笑顔がついてくる。言葉にこそしないが、オレたちの頑張りのすべてが伝わっていることがわかる笑顔だ。
面識の薄いチッチキとチョロンボはもちろん、平八もカーシュに魅了されている。カーシュが大好きなモモンモは、演舞棍もどきを振り回しながら、喜びを踊りで爆発させていた。
人間や竜人族の表情は、いまだによくわからないが、カーシュの笑顔だけはよくわかる。オレも大好きな最高の笑顔だ!