モンスターハンター ≪新世界≫   作:南波 四十一

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新しい絆

「なんということじゃ…」

 普段はエネルギーの塊のようなギルドマスターは、全身の活力を失い、見た目通りの小さな老人に戻ってうなだれた――。

 

 

「王立古生物書士隊! このでかい蜘蛛の素材保存頼むよ! 絶対数が少ないから、今後討伐許可なんて当分おりないよ! このチャンスを逃したら、後から来る隊長に大目玉を食らうからね!」

 あっという間に2匹の≪鬼蜘蛛≫(オニグモ)を討伐してみせた赤玲(セキレイ)が、自身も素材をはぎ取りながら≪鉱山都市≫から駆けつけてきたハンターたちに声を掛ける。

 神業を目にして興奮状態だった王立古生物書士隊の隊員たちが、ことの重大さに気がつき、幾人かが≪鉱山都市≫へと保存液を取りに戻って行く。

「あっ! カーシュ君いるじゃん! 無事だったんだね!」

 ハンターの中にカーシュナーの姿を見つけると、赤玲は嬉しそうに声を掛けた。

「お久しぶりです。赤玲さん」

 外に飛び出した獣人族を引き連れて、カーシュナーはあいさつを返した。

「君も早く剥ぎ取りな!」

 赤玲に剥ぎ取りを勧められたが、カーシュナーは首を横に振った。

「せっかくですが、遠慮させていただきます。ボクたちは実力に見合った素材を集めて強くなりますから」

「ああ、そう言えば、カーシュ君たちは素材をもらわない方針だったっけ。そんな人北の大陸には滅多にいないから忘れていたよ。じゃあさ、研究用素材の剥ぎ取り保存手伝ってよ。素材の細胞分解が進んじゃうと保存液が効かなくなっちゃうからさ」

「そういうことなら喜んで」

 カーシュナーは赤玲の隣りに行くと、さっそく剥ぎ取り用ナイフを取り出し解体作業に入る。それを見た獣人たちも、石ナイフを用いて手伝い始める。

「わぁお! 何この子たち! 剥ぎ取りメチャクチャ上手いじゃん!」

 周囲にいたハンターたちも、思わず手を止めて見とれるほど、獣人たちのナイフさばきは見事なものだった。カーシュナーは剥ぎ取り用ナイフをしまうと、獣人たちが解体していく素材に保存液を塗り付ける作業に専念することにした。その様子を見た他のハンターたちも、剥ぎ取りの手を止め、素材の保存作業に移って行く。

 剥ぎ取り作業があらかた終わった時には、周囲の生存競争はその中心を≪鉱山都市≫のかなり北に移していた。間がいいのか悪いのか、全体の流れから取り残された≪鬼蜘蛛≫の幼体が、ちらほら見受けられる程度で、≪拳虫≫(コブシムシ)にいたっては1匹も見当たらない。

 ≪鉱山都市≫の安全が確保された途端、好奇心が復活した王立古生物書士隊の隊員と古龍観測所の職員が、この異常とも取れる生存競争の調査のため、ろくな休憩もしないで調査に向かって行った。ギルドマスターと共に気球を操作してやって来た古龍観測所の所長じいちゃんも、二人の助手を乗せて空へと向かっていた。

 リドリーはカーシュナーたちとまともに合流も出来ないうちに、≪鬼蜘蛛≫の生存競争の調査に向かうファーメイに強引に連れていかれてしまう。

 ギルドマスターが、改めて獣人族にあいさつと、解体を手伝ってくれたことに礼を言う。言葉は通じないが、思いは正しく伝わったようで、獣人たちから歓迎している空気が流れてくる。

「カーシュちゃんや。とんでもないトラブルの連続でまともに休養出来ておらんじゃろう? この獣人たちもゆっくりと休ませてやりたい。≪鉱山都市≫に戻ってから話を聞かせておくれ」

 カーシュナーはうなずくと、獣人たちを連れて≪鉱山都市≫へと向かった。獣人の子供たちに両手を引かれて、ギルドマスターはデレデレしながらその後に続く。モモンモたちにも甘かったが、どうやらギルドマスターは、子供や小型の獣人たちにかなり甘いようだ。

 まだ、地平線から顔を出したばかりの朝日に照らされながら、長い影を引き連れて、ハンターたちはそれぞれの目的に向かって移動するのであった。

 

 

「やっとついた~」

 超大量発生による危機から脱して数日後、後続の救援隊が≪鉱山都市≫に到着する。

 防具と言うより、東方の着物にしか見えない装備をまとった竜人族の女性が、≪鉱山都市≫の入口で間延びした声をあげる。その隣には、2メートルをはるかに超える巨体を誇る獣人が立っている。

「わっ! わっ! なに~。なんなの~」

 のんびりとした奇声を上げるという器用な真似をする竜人族の女性の脇を、獣人たちが駆け抜け、隣りにいる巨大な獣人に抱き着いていく。

「おおっ! 来おったか! チヅルに白い獣人殿! 待っておりましたぞ!」

 獣人たちを追いかけてきたギルドマスターが、入口にいた人物に気づき声を掛けてくる。

「ひどいですよ、ギルドマスター! オレたちもいるのに~」

 リドリーが救援要請を届けた中継拠点にいた若手G級ハンターが、白い獣人の後ろから文句を言う。その声に驚いた獣人族の幼子が、怯えてギルドマスターに駆け寄った。

 ギルドマスターの目が、ナルガクルガのように赤く光って若手ハンターをにらみつける。

「でけえ声出すんじゃねえ…」

 普段人一倍大声を出している自分のことは置いといて、地獄の使者のようなどすの利いた声でギルドマスターが注意する。下手に逆らうと、本気で殺されかねない殺気をはらんでいる。

「……はい」

 ちっさい子に対する甘さ爆発である。

「わぁ~! か~わ~い~い~!」

 ギルドマスターの殺気を軽く無視して、チヅルが足元近くにいた獣人の子供を抱き上げると、頭上へ思いっきり放り投げた。

「高~い、高~~い!」

 ≪鉱山都市≫の高い天井すれすれまで放り上げられた獣人族の子供が、突然のことに硬直し、石のように頭から落ちてくる。

 ギルドマスターが真っ青になって落ちてくる獣人族の子供を跳躍して受け止める。着地と同時にチヅル目掛けて凄まじい旋風脚をみまうが、チヅルは難なくこれをかわしてみせる。

 チヅルを怒鳴りつけようとギルドマスターが大きく息を吸い込んだ瞬間、腕の中で硬直していた獣人の子供が、声をあげて笑い出したのだ。

 それを見た他の子供たちが、一斉にチヅルへと駆け寄り、チヅルは片っ端から放り投げていった。

 子供たちの歓声が、下から上へ、上から下へと打ち上げられては降ってくる。

 これに慌てたのがチヅル以外のハンターたちだった。落ちてくる子供たちを受け止めると下ろし、新たに放り投げられた子供を受け止めに走る。厄介なことに、下ろされた子供たちは再びチヅルの元へと駆け寄り、大喜びしながら放り投げられるのだった。

 チヅルを含めた全員の体力が尽きるまでこの遊びは続き、最後にギルドマスターが、

「……そろそろ、死人が、出るから、やめい」

 ふらふらになりながら注意して終わった。

 しかし、この危険すぎる高い高い遊びのおかげで、当初は新しく現れたハンターに怯えていた獣人族の子供たちが、いまではすっかりなついていた。

「計算通~り~!」

「…ウソを、言うで、ない! ま、まあ、今回は、勘弁、して、やるわい」

 誰よりも多く駆けずり回っていたギルドマスターが、息もきれぎれの状態でツッコみをいれる。

 スタミナ切れを起こしているハンターたちのかたわらで、無尽蔵のエネルギーを持つ獣人族の子供たちが、声をあげてはしゃいでいた。

 

 ≪鉱山都市≫の仮説拠点でお茶を飲んで一息ついたギルドマスターたちは、細かい状況報告を白い獣人に行った。中継拠点に可能な限りの情報を送っておいたおかげで、白い獣人はほぼ全ての状況を把握していたので話は早かった。

 白い獣人が来て新たに判明したことは、カーシュナーたちが救い出した獣人たちに関することだった。言葉が通じないために滞っていた意思の疎通が図られ、彼らの故郷である峡谷で、実際には何があったのかと言うことが明らかになった。

 まず、彼ら獣人族の名が、人間の言葉に直すと≪テチッチ≫と言う名であることがわかった。アイルーやメラルーと身長はほぼ同じなのだが、アイルーたちと比較すると頭部がかなり大きく、反対に手足が短い。アイルーフェイクを被った奇面族のような体型を想像すればかなり近いだろう。ようするに、かなり可愛い見た目をしているということだ。

 そんなテチッチたちは、≪鉱山都市≫がまだ廃墟となる前、古代文明が栄えていた当時に峡谷に移り住み、つい最近まで平和に暮らしていた。

 テチッチたちは≪鉱山都市≫の住人の一部と交流し、獣人族としては極めて異例な、農耕を中心とした生活を行っていた。農耕に関する知識と道具は全て≪鉱山都市≫の住人が、無償で提供してくれた。そして、峡谷を守るためにと、奇妙な形をした石柱を、お守りとして峡谷に据え付けてくれた。

 峡谷は他の森林部と比較すればやせた土地と言えたかもしれないが、それでも北の大陸の一等農耕地を上回る土壌を持っていたので、少数部族であるテチッチたちの生活を支えるには充分だった。

 ある時不意に≪鉱山都市≫との交流が途絶えた。

 テチッチたちは、面倒をみてくれた人々から、≪鉱山都市≫には悪い人間がたくさんいるから決して近づいてはならないと言い含められていたため、心配しつつも≪鉱山都市≫を訪れることはしなかった。この素直さが彼らを≪鉱山都市≫を襲った運命に巻き込まなかったことを、彼らは現在も知らない。

 ≪鉱山都市≫が滅びた後も彼らは生き延び、大陸の他の文明都市が次々と滅んでいく中、その存在は忘れられ、結果的に、テチッチだけが古代文明の名残を残す唯一の存在となった。

 大陸の行く末を観察することを義務付けられた存在である白い獣人も、この死角となった峡谷の存在は知らなかったため、他のテチッチ族が滅んだ際、テチッチは絶滅したものと思い、今日までその存在を知りえないでいた。

 その日テチッチたちは、峡谷を取り巻く空気に、異様な気配を感じていた。農耕中心の生活とはいえ、狩猟も若干は行う。峡谷の外には≪尖貫虫≫(センカンチュウ)のような大型モンスターが生息していることは承知していたし、出会ったときに本能を圧迫する、ヒリつくような緊張感も経験していた。

 その日の空気は、そんな緊張感が何倍にも圧縮されたような、濃い霧がヒゲを濡らすような不快感に満ちていた。

 誰もが不安に駆られ、雲一つなく晴れ渡っている空を、不安に曇った気持ちで見上げていた。

 そして、それは何の前触れもなく、轟音を引き連れて、突然空を割って落ちて来た。

 それに悪意はまったくなかった。ただ、飛行中に身体の制御を失い、墜落しただけだったのだ。運悪く、それは≪鉱山都市≫の住人が据え付けてくれた石柱に激突し、石柱を破壊すると、逃げるように飛び去って行った。

 その数日後に、峡谷に大型モンスターが次々と出現するようになったのだ。

 一度だけ、墜落してきたモンスターが、峡谷の上空に姿を現したことがあった。その時、峡谷で猛威を振るっていた謎のモンスターが、峡谷の上空へ飛び出した。するとそこへ、モンスターの常識をはるかに超えた速度で接近してきたモンスターが、突進攻撃によって謎のモンスターを一撃で粉砕してしまったのだ。

 それ以後墜落してきたモンスターは一度も峡谷には寄り付かず、峡谷に現れる飛行可能なモンスターは、峡谷上空へは飛び立たなくなった。

 テチッチたちは異様な数の大型モンスターにあっという間に峡谷を占拠されてしまい、峡谷から逃げ出すこともままならなくなってしまった。各所に設けられていた避難用の洞窟は次々と発見され、テチッチたちはモンスターの餌食となっていった。

 このままでは全滅を待つだけだと判断した一族の長老と男たちが、≪鉱山都市≫へと通じる自然洞窟への避難路の確保に乗り出したが、あえなく失敗し、カーシュナーに助けられた獣人1人を残して全滅してしまった。

 そして、いま、テチッチたちの峡谷は、狂乱の宴を制した真紅のモンスターによって支配されている。

 悲しみを呼び起こされたテチッチの大人たちが、ぽろぽろと涙を流す。声を殺し、こらえきれずにこぼれる涙が、ハンターたちの同情を余計に深くする。

 テチッチたちからおおまかな説明を聞いた白い獣人は、残念そうに首を振った。

「白い獣人殿、こういったことは、この大陸ではよくあることなのですかな? 北の大陸でも、以前話したような狂竜ウイルスによって引き起こされる狂竜症という凶暴化現象により、一つのエリアに生息していたモンスターたちが、全滅するまで殺し合ったという記録がありますが、これと似たような現象なのでしょうかな?」

 ギルドマスターが白い獣人に尋ねる。

「今回の事態は、そういったウイルスなどの影響により引き起こされる混乱とはまったくの別物です」

 白い獣人が、唸るように答える。

 白い獣人は、しゃべり方にひどくクセのあるチヅルに言葉を習ったせいで、身の丈2メートル半の、威厳に満ちた雰囲気をぶち壊しにする、間延びした頭の足りない子供のような話し方で言葉を覚えていた。

 見た目と言葉使いの違和感がありすぎて、会話の内容が頭に全く入ってこないため、ギルドマスターが頼み込んで言葉使いを改めてもらったのだ。もっとも、チヅルが寂しがるので、二人で会話をするときは、クセの強い話し方を使っている。

「別物ですか。狂竜ウイルスは人にも感染するので、正直、ウイルスでないのはありがたいのですが、そうすると、他にどんな原因があれば、これほどの異常事態が起こるのでしょうかな?」

「≪鬼蜘蛛≫(オニグモ)がここ≪鉱山都市≫周辺で発生したことと、テチッチたちの峡谷をモンスターが襲ったことは、直接的な関係はないのです。たまたま同時期に発生してしまったことで、事態をより異常なものに見せているにすぎません」

「ほう?」

「≪鬼蜘蛛≫は本来、あなた方が≪六花湖≫(リッカコ)と名付けた巨大な湖よりもさらに南に生息しているモンスターです。≪鬼蜘蛛≫クラスの力を持つモンスターは、他の大型モンスター以上に、互いの縄張りを尊重し、決してその境を犯すようなことはしません。ひとたび対峙したら、どちらかが死ぬしかないからです。他のモンスターの縄張り争いのように、負けた方が逃げるといったことは、絶対者としてのプライドが許さないのです」

「では、何故≪鬼蜘蛛≫は≪鉱山都市≫に現れたのでしょうか?」

「それは、≪鉱山都市≫を縄張りとしていた4強モンスターの一角である≪噴流蟲≫(フンリュウチュウ)を、あなた方が撃退したからです」

「なんと!!」

「それにより、この≪鉱山都市≫近辺は≪噴流蟲≫の縄張りではなくなり、結果として≪鬼蜘蛛≫を呼び込むことになったのでしょう。≪鬼蜘蛛≫は他の4強モンスターと比較すると高い繁殖能力を有しており、種としての絶対数を増やすために、空き家となった縄張りで”厳選”を行ったのだと思います」

「…なるほど」

 ギルドマスターが、顔をしかめてうなずく。ハンターズギルドは、自然と人間が共生出来るように調整することを目的とした組織である。クエストの発注も、増えすぎたモンスターが人間社会に害を与えると判断した時に、討伐必要数のみクエストが発注される。けして人間の利益を優先させてモンスターを絶滅するようなまねはしない。そのため、密猟者には厳格な処置をとる。そのための専門機関として、ギルドナイツが存在している。

 ギルドマスターが顔をしかめたのは、≪鉱山都市≫の調査のために、この地に陣取っていた≪噴流蟲≫を撃退した結果、自然環境に大きな変化をもたらしてしまったと知ったからだ。

「…まさか」

 カーシュナーが顔色を変えて白い獣人を見つめる。

 両者は初めて出会った時から、言葉以上に目で会話することが巧みな関係だった。白い獣人は、カーシュナーの目を見ただけで、言葉にしなかった残りの言葉を悟る。

「テチッチたちの峡谷にモンスターたちが現れたのは、おそらく≪噴流蟲≫が原因でしょう」

「!!!!」

 白い獣人の言葉がもたらした衝撃に、ギルドマスターは声を失う。

「これには二つの不幸が重なりました。一つは、≪噴流蟲≫が縄張りを追われてさまよっているときに、峡谷に古代文明人が設置した≪虫除け石≫の柱の効力で墜落したことです」

「≪虫除け石≫?」

「はい。≪鉱山都市≫の人間たちが作り出したもので、製法及びその原理は私にはわかりませんが、甲虫種や鋏角種といった≪鉱山都市≫近辺に生息するモンスターたちを遠ざける力を持った石です」

「それが≪噴流蟲≫に作用し、その影響で墜落、運悪く≪虫除け石≫に激突した…」

「はい。もっとも、壊れた≪虫除け石≫の柱は1本だけだったので、本来ならここまでの被害には発展しなかったはずなのですが、もう一つの不幸の原因が、テチッチたちの峡谷にモンスターたちを集めてしまったのです」

「それは…?」

「新たな住処を求めた≪噴流蟲≫が、この近辺のモンスターたちの縄張りを荒らして回ったからです。身体こそ≪鬼蜘蛛≫とは比較にならない程小さいですが、その凶暴性と俊敏性は飛び抜けて高く、他のモンスターたちとは全く異なる飛行能力を有しており、これとまともに対峙出来るモンスターは、≪霊峰・咲耶≫(レイホウ・サクヤ)を根城にしているモンスターのみです。私は皆さんに注意すべきモンスターとして4体のモンスターの情報を伝えましたが、これは4体の実力が拮抗しているという意味ではなく、一定水準以上の実力であるという意味であり、≪霊峰・咲耶≫に住むモンスターがけして≪霊峰・咲耶≫を離れないことを考慮に入れると、≪噴流蟲≫はこの大陸最強のモンスターと言えるでしょう」

 全員が生唾を呑み込む。

「それを撃退したんですか…」

 カーシュナーが赤玲を見つめる。

「あっ! それあたしじゃないから!」

 視線の意味に気づいた赤玲が、パタパタと手を振って否定する。

「私を含む4人のG級ハンターで撃退したんだよ」

 代わりに団長が答えるが、撃退した結果が周辺地域へ及ぼした影響の深刻さを思って表情が曇る。

「≪虫除け石≫の効果は≪噴流蟲≫には効果が絶大だったのかもしれません。墜落以降一度も峡谷へ降りていないことを考えれば間違いないでしょう。この結果、≪噴流蟲≫によって追い出された周辺のモンスターたちが、唯一≪噴流蟲≫が近寄らないテチッチの峡谷にひしめき合うことになったのだと思います」

「≪鉱山都市≫の坑道部分にモンスターがほとんど現れなかったことにも、その≪噴流蟲≫は関係があるんですか?」

「≪鉱山都市≫は長い間≪噴流蟲≫の縄張りだったので、まだ、かなりの濃度で残留気配が漂っているのだろう。いきなり縄張りから追い出されたモンスターたちには、我々が知りえているような事情はわからないからな。≪鉱山都市≫の坑道部分にはなかなか近づかないだろう」

「……わしの責任じゃ」

 ギルドマスタ-が声を絞り出すようにつぶやく。

「わしが≪噴流蟲≫の撃退を指示したばかりに、テチッチたちにとんでもない被害を出してしまった…」

「こうなることは誰にも予測できんかったことじゃ。そんなに自分を責めるでない」

 チヅルたちと一緒に到着した王立古生物書士隊の元隊長が、うなだれるギルドマスターの肩に手を置く。

 膝の上からテチッチの子供を降ろすと、ギルドマスターは首を横に振った。

「それは言い訳じゃ。あらゆる可能性を考慮し、判断を下すのがわしの務めじゃ。それにのう。白い獣人殿から≪噴流蟲≫に関する警告を受けていたわしは、撃退後の≪噴流蟲≫がもたらす影響をまったく考えなかったわけではないんじゃよ。周辺調査で個体数の少ないモンスターが確認されなかったことで、わしは安易に撃退を指示してしまった」

「獣人たちの住む峡谷を調査段階で見落としたのは、調査の前線指揮を担当していた私の落ち度です。ギルドマスターの判断ミスではありません」

 団長が痛恨の面持ちで言う。

「いいや、そうではない。調査に本来必要な期間も必要人員も用意せず、お主ら前線の者に大きな負担をかけた上で出された結果報告で状況を判断したのはこのわしじゃ。お主から、さらなる調査機関の延長と、調査員の増員要請を受けていたにもかかわらずじゃ。≪鉱山都市≫の調査を少しでも早くしたいというわしの欲が、判断を誤らせたのじゃ」

 うなだれるギルドマスターに、もう誰も声を掛けることは出来なかった。

 膝から降ろされたテチッチの子供が、うなだれるギルドマスターを心配そうに見上げる。その小さな手が、自らの膝を強く握りしめているギルドマスターの手の上に、そっと置かれる。

 自分には、この子のやさしさを受ける資格などないという自責の念がギルドマスターの心を締めつける。

 ギルドマスターは、流れる涙を止めることが出来なかった。

 

 

 白い獣人から事のあらましを聞いたテチッチたちは、一様に首を振った。そして、カーシュナーが助けたテチッチの若者の母親が進み出ると、ギルドマスターに向かって語り始めた。言葉が通じないので白い獣人が通訳する。

「私たちの一族は、かつてもモンスターに襲われ、各地をさまよいあの峡谷に辿り着きました。ですが、あの峡谷で得たものの全てが、善意ある方々に与えられたものでした。安定した食料も、モンスターが寄り付かない安全な場所も、自分たちが勝ち得たものではありませんでした。私たちは本来なら、はるかな昔に滅んでいたはずの種族なのです」

「ということは、わしはお前さんたちに救いの手を差し伸べた善意ある人々の想いまでも踏みにじってしまったということじゃな」

「いいえ、違います。私たちは、いまここに、こうして生きています。あなた方に助けられて」

「確かに助けたかもしれん。じゃがのう、助けなければいけない原因を作ったのも、わしなんじゃよ」

「それは違います。≪鉱山都市≫が滅びるほどの事態が起こった時点で、こうなる可能性はあったのです。私たちはむしろ、一族が滅びの時を迎えた時、再びあなた方のような、善意ある隣人に出会えたことを幸運と考えています」

 ギルドマスターが、涙にぬれた顔を上げる。

「私たちはとても弱い種族です。自分たちの力だけでは、安心して眠れる場所を見つけることも出来ないでしょう。他者の善意が、私たちを生き延びさせてくれました。私たちにお返しできるものは些細なものしかないでしょう。それでもどうか、私たちテチッチの良き隣人でいてくれることを、我々は願います」

 テチッチの母親はそう言うと、ギルドマスターの手を取った。

 ギルドマスターは、新たにあふれ出した涙に顔をぬらしながら、言葉に出来ない感謝を伝えるために、何度も何度も頭を下げたのであった。

 

 

「ギルマスおじいちゃん!」

 しばらくしてギルドマスターの気持ちが落ち着くと、カーシュナーが声を掛けた。

「ボクは、ボクに出来ることをテチッチのみんなにしてあげたいと思うんだ」

 翡翠のように美しく輝く瞳が、ギルドマスターを真っ直ぐに見つめる。

「何をするんじゃ?」

「峡谷を取り戻す」

「取り戻しても、あの峡谷で暮らすことは、もう出来ないぞ。残っていた≪虫除け石≫も、全て破壊されてしまったそうだからな」

 カーシュナーの言葉に、白い獣人が言葉をはさむ。

「テチッチたちも、無理はしないでほしいと言っている」

 カーシュナーの言葉を通訳されたテチッチたちが、心配そうにカーシュナーの周りに集まる。

「例えもう帰ることが出来ないとしても、亡くなった方たちを弔うことは出来るよ」

 テチッチたちが、打たれたように顔を上げる。

「取り戻すことに意味はないのかもしれない。でも、テチッチたちはボクたちを責めることなく、隣人としていてほしいと言ってくれた。その言葉にボクが返せる誠意は、亡くなった方たちを弔えるように、あの峡谷を取り戻すことくらいなんだよ」

 テチッチの大人たちは、カーシュナーの言葉に大きな瞳を潤ませて、丁寧に頭を下げた。

「いいよね。ギルマスおじいちゃん」

「うんむ。任せる。と言いたいところじゃが、その装備ではのう…。 他のハンターに任せてもよいのではないかね?」

「そうですね。白い獣人さん、通訳をお願いできますか? ボクたちが装備を整えるまで、待ってもらえるか聞いてください。すぐにでも故郷を取り戻したいのであれば、先輩方にお任せします」

 白い獣人がカーシュナーの言葉を伝えると、カーシュナーが助けたテチッチの若者が声をあげた。若者の言葉に、他の大人たちもうなずく。

「待つそうだ。故郷を取り戻してくれるのならば、カーシュナー、君に頼みたいと言っている。ずいぶんと信頼されたものだな」

 通訳しつつ、白い獣人は微笑んだ。その獣人に、テチッチの若者が何事かを告げる。

「それまでの間に傷を治して、自分も同行すると言っている」

 黒く潤んだ大きな瞳が、カーシュナーを真っ直ぐ見つめてくる。

 テチッチの想いを受け止めたカーシュナーは、極上の笑顔で応えた。

「待ってるよ。え~と…」

「彼の名はクォマだ」

 カーシュナーが言葉に迷った意味を悟った白い獣人が、名前を教える。

「よろしくね。クォマさん!」

 言葉と共に右手を差し出す。

「クァ~シュ!」

 おそらく”カーシュ”といったのだろう。彼らもアイルー同様覚えれば人間の言葉を話せるようで、覚えたばかりのカーシュナーの名を、まだ上手く回らない舌で発音したのだ。

 カーシュナーが差し出した手を、クォマがしっかりと握り返す。その周りに、テチッチたちが集まり、いつの間にか手をつないだ輪になってクルクルと回り出す。

「新しい時代に、新しい絆を築くのは、若者ということなんじゃのう」

 多くのテチッチたちを死に至らしめる遠因を作ってしまったギルドマスターが、救われた思いでつぶやく。

「ほんにのう。じゃがな、わしらじじぃにしか出来んことはまだまだある。若い衆を少しでも手助けしてやろうじゃないか」

 隊長じいちゃんがギルドマスターに声を掛ける。

「お前さんの当面の仕事は、テチッチたちの新しい生活を支援することじゃぞ!」

 そう言って隊長じいちゃんが茶目っ気のあるウインクをした。

「うんむ。良き隣人となれるように、残りの人生を使わせてもらうことにするわい」

「来年の今ごろには、面倒をみるどころか、逆に介護されているかもしれんがのう」

「やっかましいわい!!」

 いつもの大声で隊長じいちゃんを怒鳴りつける声が、≪鉱山都市≫に響き渡る。

 輪になってクルクルと回っていたテチッチたちの中から小さな手が伸び、ギルドマスターの手を取る。先程ひどく気落ちするギルドマスターを心配していたテチッチの子供の手だった。

 もう片方の手をクォマが取り、ギルドマスターはテチッチの輪の中に招き入れられた。そして、テチッチたちが歌を歌い出す。その声は、高く高く澄み渡り、≪鉱山都市≫の天井に当たって跳ね返り、全員の上に降り注いだ。

「ボクも混ぜてほしいッス!」

 興奮気味のファーメイが輪の中に混ざってくる。続いてチヅルとモモンモが加わる。その場にいたハンター全員が加わり、大合唱の輪が出来上がった――。

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