「やっぱり≪六花湖≫(リッカコ)じゃないの?」
テチッチたちの故郷である峡谷を取り戻すため、装備を強化することになったカーシュナーたちに、赤玲(セキレイ)が言う。
「そうだろうな。ここ≪鉱山都市≫で採掘できる高品質の鉱石と、≪六花湖≫独自のモンスターの素材を組み合わせれば、かなり効率よく装備が強化できるだろう」
赤玲の意見に、団長も同意する。
「カーシュ君たちが挑もうとしている真紅のモンスター。≪断切虫≫(タチキリムシ)希少種は、G級に匹敵する力を持つ、上位最強のモンスターだ。これに挑めるかを試す意味でも、≪六花湖≫の主、≪氷花竜≫(ヒョウカリュウ)を討伐して素材を手に入れるべきだろう」
「≪氷花竜≫!! ≪六花湖≫には魚竜種とか海竜種がいるですかい?」
団長の話の中に出てきた≪氷花竜≫に、リドリーが食いつく。
「違うッス! ≪氷花竜≫はれっきとした水生甲虫種ッス!」
リドリーの質問に、ファーメイが答える。
「甲虫種なのに≪氷花竜≫なのか?」
「はい! これにはまわりくどい理由があるんッス!」
「まわりくどい言うな!」
ファーメイの言い回しに、王立古生物書士隊の元隊長のげんこつが飛ぶ。
「痛い! ひどいッス! だって本当のことじゃないッスか!」
「何を言うか! ナイスネーミングじゃろうが!」
どうやら≪氷花竜≫という名前は、隊長じいちゃんがつけたものらしい。
「これを見るがええ!」
隊長じいちゃんがモンスター図鑑を取り出し、≪氷花竜≫のページを開いて見せる。そこには、とても甲虫種には見えないラギアクルスのような姿をしたモンスターが描かれていた。
「なにこれ?」
ハンナマリーが首をかしげる。
「これはッスねぇ、小型の甲虫種である≪飛竜虫≫(ヒリュウチュウ)の幼体が、成体にならないまま育ったモンスターなんッスよ。ちなみ、≪飛竜虫≫は、これッス!」
ファーメイが開いたページに、カゲロウトンボを凶暴化させたような小型甲虫種の姿が描かれている。翅を除けば細長い腹部がリオレウスの尻尾によく似ており、小さな飛竜に見えなくもない。
「これは南の大陸特有のモンスターなの?」
カーシュナーが質問する。
「そうッス!」
「見たことない」
ジュザが首をひねる。
「無理もないッス! ≪飛竜虫≫は警戒心が強くて、ハンターに襲い掛かってくることは絶対にないッス! 気配を感じただけで逃げてしまうので、正直捕まえるどころか、その姿をまともに見ることさえ一苦労ッスよ!」
「これの子供が、さっきの≪氷花竜≫なのか? 調査ミスなんじゃねえの?」
リドリーが眉をしかめる。
「ど突いてやりたいをころじゃが、これに関しては仕方がないのう」
リドリーの失礼な発言に隊長じいちゃんが腹を立てたが、報告を受けた際に自分も似たような反応をしたものだから、怒るに怒れない。
「≪飛竜虫≫の幼体が≪氷花竜≫に変異するのは≪六花湖≫だけなんッス! 他の水中主体の狩場である≪大河≫にも生息しているんすけど、ここではちゃんと幼体から成体になるんッス! ≪六花湖≫ほどの規模ではない湖にも生息していますし、ある程度の深さがある河川ならどこにでも産卵するので大陸でも最も繁殖しているモンスターのはずッス! でも、≪氷花竜≫になるのは、≪六花湖≫に生息する、ごく一部の≪飛竜虫≫の幼体だけなんッスよ!」
「かなり強いの?」
「強いッス! ≪六花湖≫の中でも水深が深く、水温がかなり低い水域を中心に活動しているので、ホットドリンクが必須ッス! 環境に適応した結果、氷属性の攻撃を使用し、海竜種並のブレス攻撃までしてくるッス! ≪飛竜虫≫の幼体は、泳ぐことに適した身体の構造をしてないッスけど、≪氷花竜≫は腹部が発達し、ナバルデウスみたいに泳ぐッス! スピードは比較にならないくらい速いッスけどね! 基本動きは海竜種に出来ることは全部できるッス! その上でエラがあるので呼吸のために水面に浮上する必要がなく、甲虫種特有の発達した下あごが、獲物を捕食するためにとんでもないスピードで伸びてくるッス! 6本の脚も強力で、水中で拘束攻撃をしてくるので、窒息させれらる危険性もあるッス!」
「地味に最後の拘束攻撃が一番ヤバイな。向こうはエラ呼吸できるのに、こっちは定期的に水面に出なきゃならないからな。おまけに拘束されたままだと酸素玉も使えねえし」
「陸には上がらないの?」
「あがらないッス」
「釣り上げるのは?」
「無理ッス」
「じゃあ、完全水中戦?」
「最初から最後まで水中戦ッス!」
カーシュナーは納得してうなずいた。
「まずは下準備をしっかりしてからだね」
「そうだね。アイテム忘れが命取りになりかねない相手だから、確認はしっかりやろう」
ハンナマリーの言葉にリドリーもジュザもうなずく。
「ちなみに、≪断切虫≫希少種の弱点属性は氷だから、≪氷花竜≫を狩れば完璧ッスよ!」
「水中戦で≪氷花竜≫を狩れれば、≪断切虫≫に後れを取る心配はないだろう。テチッチたちの峡谷を任せるのだから、確実にクリアしてくれ」
団長がそう言ってカーシュナーの肩を叩く。
「カーシュナー君。テチッチたちが≪鉱山都市≫での採掘を任せてほしいと言っている」
白い獣人が、テチッチたちの言葉を通訳してくる。
「いや、でも…」
「自分たちを救出に向かうために、せっかく採取した鉱石や剥ぎ取った≪尖貫虫≫(センカンチュウ)の素材を捨てさせてしまったことへのせめてもの償いをしたいそうだ」
「償いとかはやめてください。そういうことなら、峡谷を取り戻すために協力してもらうってことで! テチッチの皆さんには、まず、自分たちのために行動してほしいんです」
「わかったそうだ。その上で、テチッチたちは、カーシュナー君のことが好きだから、君の役に立ちたいと言っている」
「…ありがとうございます」
カーシュナーが照れながら感謝する。
「う~ん。我が弟ながら、恐ろしいまでのモテっぷりだな」
「仕方ない。カーシュはそれだけの事をする男だ」
呆れる姉に、ジュザが得意気に説明する。
「違いねえ。テチッチたちが≪鉱山都市≫の方を受け持ってくれるんなら、オレたちもカーシュに負けじとそれだけの仕事をしようや」
リドリーがニヤリとしながら言う。
「そうだね。もう充分休んだし、さっそく≪六花湖≫に向けて出発しよう」
ハンナマリーの言葉に全員が気合いのこもった返事を返す。
一行は団長や赤玲からアドバイスを受けながら、必要となるアイテムの準備に取り掛かった。
≪六花湖≫は、ある意味人工的に生み出させた巨大な湖であった。
そこは≪鉱山都市≫をはるかに上回る規模を誇った巨大都市のなれの果てだったのだ。原因は一切不明だが、本来は地上にあったはずの都市部が、まるで大地に巨大な六花の刻印を刻むかのように地の底まで押しつぶされ、都市の水源となっていた河川からの流れが溜まり、現在の≪六花湖≫が誕生した。
湖底には多くの都市の瓦礫が散乱し、水深が深く水温が低い場所には当時のままの姿を残した都市の廃墟が、いまでは低水温に強い小型の生物に絶好の隠れ家を提供している。
≪鉱山都市≫も初めてだったが、ここ≪六花湖≫も初めてのカーシュナーたちは、フィールドになれるために、まずは採取ツアーを受注し、フィールドの特徴を身に着けていった。
北の大陸にある狩場の≪孤島≫や≪水没林≫、南の大陸の≪大河≫など、水中での活動がある狩場と≪六花湖≫が根本的に違うのは、その深さにある。
比較的水温が高く、生物の活動が活発な表水層域と、ホットドリンクなしではあっという間にスタミナを奪い取られてしまう深水層域とに分かれており、採取できる素材も全く違う。全体的な規模は通常のフィールドと大差ないが、フィールドが縦に広いため、その活動領域は通常フィールドの1.5倍におよぶ巨大な狩場なのだ。
そのため、非常に珍しいことに、≪六花湖≫にはベースキャンプが二か所設置されており、狩猟時間と支給品は狩場の規模を考慮して、2倍に設定されていた。
巨大な狩場をめぐる途中、≪六花湖≫特有の大型モンスターとも遭遇した。
言葉がおかしいかもしれないが、完全な魚竜種と呼べる魚型の大型モンスターが豊富に生息しているのだ。外見はガノトトスやヴォルガノスによく似ているのだが、陸上に上がってもその巨体をしっかりと支えてくれる頑丈な2本の脚がないのだ。捕獲して解剖した結果、これは退化したのではなく、陸上生活に適応しようとしなかった結果だということがわかった。外見はよく似ているのにガノトトスやヴォルガノスなどと違い肺がなく、エラ呼吸であることも大きな違いであった。
北の大陸の魚竜種が、飛竜種に酷似した姿をしているのは、共通の先祖がそれぞれの環境に適応した結果ではなく、異なる種が同じ環境下に適応しようとした結果生じた収斂進化(シュウレンシンカ)なのだが、≪六花湖≫ではこの収斂進化をしなかった魚類の進化の終着点とも言える独自の進化を果たしたモンスターが生息しているのだった。
王立古生物書士隊は、この独自の進化を遂げた魚竜たちを、北の大陸の魚竜種と同一種として扱うには肉体構造があまりにも違い過ぎると判断し、新たな種として認定、これを≪竜魚種≫(リュウギョシュ)と名付けることにした。竜に進化した魚という意味らしいが、単に言葉をひっくり返しただけではないかという意見が多く出た。だが、調査が忙しく、これといった代案も出なかったため正式に採用されてしまった。
これが北の大陸の王立古生物書士隊の本部に報告が届いたときにどうなるかは、まだ、誰も考えていない。
カーシュナーたちは採取ツアー終了後、≪剣角魚≫(ケンカクギョ)という、額にモノブロスのような立派な一本角を持ち、おまけにベリオロスのような巨大な牙を持つ、あからさまに攻撃的な外見を持つ≪竜魚種≫の討伐を依頼された。
外見通り攻撃的な性格を持つ≪剣角魚≫が異常発生し、調査の邪魔をするため、他の小型魚類の保護もかねて、個体数の調整をすることになったのだ。素材的にもかなり優れているということで、カーシュナーたちはこの依頼を受け、ごくあっさりと達成してしまった。
上位に上がったばかりだというのに、≪鉱山都市≫とテチッチたちの峡谷で遭遇した異常事態が、カーシュナーたちの技量を一気に上げたのだ。
素材を集めつつ、調査団の手伝いをしながら≪六花湖≫に慣れたころ、深水層域での調査中に2匹の≪氷花竜≫に襲われた調査隊から、2頭同時討伐の依頼が来た。
「2頭狩りになったのは予定外だったけど、おかげで素材は倍手に入るってことだから、これで素材が足りなくなることはないだろ」
ハンナマリーが肩をすくめながら言う。
「確かにね。それじゃあ、狩猟に行く前に、≪氷花竜≫の攻撃方法をおさらいしておこうか」
カーシュナーがファーメイに講師役を振る。それに応えて、ファーメイがモンスター図鑑を引っ張り出す。南の大陸に着いたばかりのころは真新しかったファーメイのモンスター図鑑も、ページが次々と埋まって行くに従い、年期を感じさせる風合いを帯びてきた。
「≪氷花竜≫が氷属性を持ち、ブレス攻撃も使ってくることはもう説明したッスよね! ≪六花湖≫に来てから先輩たちに教えてもらった新しい情報では、≪氷花竜≫の名前の由来になった水を一瞬で氷らせて真っ白な大きな雪の花のようなものを作る氷結攻撃は、ハンターを雪だるま状態にするそうで、受けると身動きが取れなくなるのはもちろんッスけど、水属性やられと氷属性やられまで同時に受けるらしいッス!」
「ウチケシの実は限界数まで持ち込むべきだね」
「だな。その上で、酸素玉かウチケシの実のどちらかが尽きたら、一旦ベースキャンプに戻る的なルールを決めておいた方がいいな」
カーシュナーの意見に同意したリドリーが新たな提案をする。
「それならモモンモのお面を先に決めた方がいい」
ジュザがさらに提案する。
モモンモは、ギルドマスターからいくつかのお面を借りてきており、酸素の供給が受けられる古代のお面や、属性やられを治してくれるウチケシのお面などはかなりのサポート効果が期待できる。
「その辺のことは、新しい情報を全部聞いてから考えよう」
ハンナマリーの言葉に、ファーメイが先を続ける。
「単体での攻撃は突進攻撃と、リオレイアがよく使うサマーソルトの逆回転攻撃があるッス! 人間で例えるとあびせ蹴りみたいな感じッス! 前転してかかとを叩きつけるような!」
「物理攻撃は割と普通だね。トリッキーな動きがないならかなり楽になるね」
「残念! これはあくまで単体でのことッス! これが2匹同時になると連携攻撃を使ってくるようになるッス!」
ファーメイの言葉に全員嫌な顔になる。
「腹部の先端、飛竜で言うところの尻尾の先端をからめて連結し、2匹でグルグル回転して大渦を発生させてハンターを引きずり込んだり、さっき説明したあびせ蹴りを連結したままの状態で使用してくるッス! とんでもなく攻撃のリーチが長くて、おまけに追尾性能が高い回避しにくい攻撃ッス! さらにこの攻撃は回転途中で連結を解除することにより、振り回される方の≪氷花竜≫が倍速突進してくる攻撃へと派生することもあるッス!」
「こりゃ、思ったより苦労しそうだね。素材が2倍になるなんてのん気なこと言っていられない感じになってきたね」
ハンナマリーが苦笑する。
「1匹に集中攻撃」
「まあ、2頭狩りの定番だな! 奇をてらった作戦はいらないだろ。基本をきっちり押さえて立ち回れば問題ないと思うぜ。なあ、カーシュ」
「そうだね。むしろ準備が整ってすぐに討伐依頼が出てくれたから、集中力が切れるような変な間が出来なくてよかったんじゃないかな」
カーシュナーの言葉に、リドリーだけでなく、全員がニヤリとする。
絶妙なタイミングでの≪氷花竜≫の出現に、カーシュナーたちは幸運に感謝しつつ、≪氷花竜≫の待つ、凍てつく暗い水底へと潜って行った。
モモンモは結局、古代のお面を装備して狩りに参加することになった。表水層域には酸素補給ポイントがあるのに対し、深水層域には酸素補給ポイントがほとんどないからだ。
カーシュナーたち一行は、≪氷花竜≫が≪竜魚種≫などを捕食する目的以外では表水層域には上がってこないということなので、調査団の被害が最も多かった≪六花湖≫中央の深水層域へと向かっていた。
≪六花湖≫は、花弁に見立てられた六つの湖と、それらが交わる中央部で構成されている。それぞれが洞窟などでつながっている湖もあれば、中央部以外にはどこの湖ともつながっていない単独の湖も存在する。それぞれの湖が、水深が急激に深くなる中央で二分され、さらに水深が深くなる側のエリアが表水層域と深水層域とに二分されて各エリアを形成している。巨大な≪六花湖≫は、全部で20ものエリアに分けられて調査されていた。
≪六花湖≫にはベースキャンプが2か所存在するが、それ以外に、≪巨木林≫の倒木を利用して作られた、継ぎ目一切なしの彫りだし船が移動用兼臨時ベースキャンプとして狩猟に用いられている。
彫りだし船の特徴として、船尾に≪爆臭虫≫(バクシュウチュウ)の臭いエキスを希釈したものを定期的に垂らすことにより、モンスターの接近を防いでいる。うっかり船尾方向から彫りだし船に近づくと、消臭玉を1つ無駄にすることになる。
カーシュナーたちは≪六花湖≫中央に到着すると、船頭アイルーを残して湖面へと身を躍らせた。
体力温存のために、本来ならば石などを抱いて潜水すると楽なのだが、湖底に置き去りにすることになるので禁止されている。そのため、湖底の遺跡や環境を荒らさないために地道に泳いで潜らなくてはならない。
カーシュナーは急激な水温の低下と水流の向きの変化で、深水層域に達したことに気がついた。アイテムポーチから支給用ホットドリンクを取り出すと、特殊構造になっている飲み口から一気に吸い出した。水中でも使用できるように、容器そのものに特殊な加工が施されている。
無駄のない泳ぎで潜ってきたので、まだまだ酸素玉は必要ない。
≪六花湖≫中央の湖底には、広い≪六花湖≫の中で、ここでしか採掘できない貴重な鉱石の鉱床があるので、やみくもに≪氷花竜≫を探して回るより、採掘をしながら待つことになっていた。この案を提案したのは採取の鬼、モモンモである。
カーシュナーたちが湖底に辿り着き、ピッケルを振るってしばらくすると、ピッケルが鉱床を打つ音を聞きつけたのか大型竜魚種の≪千牙魚≫(センガギョ)が現れた。
深水層域で活動する数少ない竜魚種で、名前の通り巨大な口の中には、千本の針を植え込んだかのように、鋭い牙がびっしりと生えている。大きく張り出した下アゴのせいで、身体の半分が頭部のような印象を見る者に与える。
≪千牙魚≫に気がついたカーシュナーたちは、採掘をやめると≪千牙魚≫を迎え撃つべく散っていく。
ここでカーシュナーたちは、今までと違う位置取りをした。
これまではモンスターの攻撃対象を分散させるために均等な距離を4人が保って散っていたが、今回はカーシュナーが囮になるように動き、他の3人は一カ所に固まっていた。今までも誰かが囮役を務めることはあったが、危険度が高い役回りのため、カーシュナーが務めることはなかった。あまりにも自然にハンター業をこなしているため忘れがちだが、年齢的にはまだ養成所で訓練を受けている年齢である。無理をさせないのは当然だった。
にもかかわらず、今回は当たり前のようにカーシュナーが囮役を務めている。ハンナマリーも特に心配しているようには見えない。
カーシュナーは誘うように泳ぐと細かく位置を変えることで≪千牙魚≫の位置を誘導し、待機しているハンナマリーたちの目の前に上手く誘導してみせた。竜魚種の共通の弱点部位である腹部が無防備で目の前にさらされている。
ハンナマリーたちはこの隙に、それぞれの最大火力を叩き込んだ。
腹部が破れ、あふれ出た鮮血で冷え切った湖水が赤く染まる。
勝負はこの一瞬で決していた。その後しぶとく≪千牙魚≫も反撃してきたが、逆転の目を見出すことはついになく、あっさりと討伐された。
カーシュナーたちは剥ぎ取り後に≪千牙魚≫の身体をさらに切り開いて血を水に溶かした。≪氷花竜≫をおびき寄せるためのエサにするのだ。
全員モモンモから酸素を補給してもらい、再び鉱床にピッケルを振るっていると、ついに待望の≪氷花竜≫が姿を現した。
想像を上回るその巨体に、全員が一瞬息を飲む。
≪冥海竜≫ラギアクルス希少種を思わせるその姿は、全長が40メートルを優に超える。海竜種のようにとぐろを巻かないため、余計に大きく見える。
ゆっくりと近づいて来たかと思うと、不意に下アゴが大タル爆弾で吹き飛ばされたかと思うほどの勢いで伸び、≪千牙魚≫を捕らえて引き寄せた。≪氷花竜≫の強力な物理攻撃の一つで、場合によってはそのまま拘束攻撃に持っていかれることもある。
冷たい水を通して、鱗が割れて肉がつぶれ、骨が砕ける音が振動となって、耳ではなく全身に伝わってくる。
≪千牙魚≫が食われる音だけが響き続け、不気味な緊張感が場を支配する。
初見でこの緊張感を出されたら、並のハンターならば気持ちで負けてしまったかもしれない。しかし、先に≪断切虫≫希少種の狂乱状態のプレッシャーを経験していたカーシュナーたちにとっては、気を引き締めるための程よい緊張感でしかなかった。
捕食中に一撃でも多く攻撃を入れるべきなのだが、カーシュナーたちはまだ動かなかった。別方向からより大きなプレッシャーが近づいて来ていたからだ。
薄暗い湖底の影の中から、プレッシャーの主が近づいて来る。先に現れた≪氷花竜≫よりも一回り大きい個体が、カーシュナーたちの上にその巨体で影を落とした。2匹揃うと広いはずの湖底が狭く感じられる。
≪氷花竜≫たちは、まだカーシュナーたちの存在に気づいていない。カーシュナーは仲間たちを制して大きい方の個体にスッと近づくと、巨大な顔面目掛けてこやし玉を投げつけた。
薄暗い深水層域で活動していることが多い≪氷花竜≫は、臭いを感じ取る触覚器官が発達している。≪爆臭虫≫の臭いエキスで強化されたこやし玉の威力は、もはやこやし玉グレートと呼んでもいいぐらいの効果を持っており、これを触覚付近で受けてしまった≪氷花竜≫は、合流したと思ったとたんにエリア移動を余儀なくされた。
すかさずペイントボールも投げつけてマーキングしておく。
この騒ぎでカーシュナーたちの存在に気がついた小さい方の≪氷花竜≫が、≪千牙魚≫をかみ砕きながら意外な素早さで振り向き臨戦態勢に入る。
不意打ちを諦めていたので、こちらにもペイントボールを投げつけておく。
食事の邪魔をされたのがよほど頭にきたのか、その一撃でいきなり怒り状態に突入する。身体の各所にある氷結液の分泌箇所に、水中に雪の花が咲いたかのように氷結玉が次々と出現する。≪氷花竜≫は長大な腹部を蹴りつけるように動かして水流を発生させると、人間ほどの大きさを持つ氷結玉を流れに乗せてカーシュナーたちに放ってきた。
強い水流と共に襲い掛かってくる氷結玉は思いのほかかわしにくく、脚に引っかけてしまったハンナマリーとジュザが、氷結玉に捕らわれて雪だるま状態になってしまう。
だが、それも一瞬のことで、リドリーの放った銃弾が二人の氷結玉を撃ち砕き、見事に開放していた。
水属性やられと氷属性やられを同時に発症している二人に回復の時間を与えるために、カーシュナーが閃光玉を投げつける。暗さに慣らされていた≪氷花竜≫が、強烈な光を浴びてのたうち回る。
ただそれだけでこちらの動きを制限してくる強烈な水流が発生する。地上の狩りとは一味違う水中ならではの想定外の事態に、カーシュナーはせっかくの攻撃チャンスに近づけないでいた。
マイナス要素ではあるが、攻撃手段としての閃光玉の使用は控えた方がいいことが確認できた。
そんな中で、一人気を吐いたのがリドリーだった。
複雑にうねる水流の中で、感覚だけで流れを読み切り、立て続けに火炎弾を放ち命中させる。以前≪爆臭虫≫からモモンモが剥ぎ取って来てくれた火打石をキー素材に作られたライトボウガンで、≪氷花竜≫が苦手とする火属性の火炎弾を速射することが出来る。
暗がりに慣れていた影響か、閃光玉の効果は通常のモンスターの2倍近く続き、その間にリドリーはかなりのダメージを≪氷花竜≫に蓄積していった。
視力の回復した≪氷花竜≫がいきなり氷結ブレスを放てくる。ちょうどリロードタイミングだったリドリーを狙って放たれたが、カーシュナーの指示で念のため装填作業は行わず、回避態勢を整えていたおかげで、リドリーは余裕でかわすことができた。
怒りにまかせた突進攻撃が連続で襲い掛かってきたが、カーシュナーたちは無理に反撃をしようとはせず、回避と観察に専念する。
早くも動きを見切ったのか、カーシュナーが≪氷花竜≫の正面に位置を取る。通常の狩りならば、ブレス攻撃でもない限りは安全な間合いなのだが、≪氷花竜≫にはとんでもないリーチを持つ下アゴによる攻撃がある。カーシュナーが漂い進んだ位置はからり危険な場所であった。
当然そんな位置に現れたカーシュナーに対して≪氷花竜≫が遠慮などするはずがない。とんでもないスピードで下アゴが水の壁を切り裂いてカーシュナーを狙ってくる。
カーシュナーはほんのわずかな距離を沈み込むことでこの攻撃をかわし、下アゴが伸びきって動きを止める刹那の瞬間に下アゴにつかまると、引き戻す動きを利用して≪氷花竜≫の懐に一気に潜り込んでしまった。
自ら死角に引き入れてしまった≪氷花竜≫には、カーシュナーが突然消えてしまったように感じられただろう。実際に混乱したような動きをみせている。
この隙を逃すようなカーシュナーではない。演武・奏双棍(エンブ・ソウソウコン)を双棍(ソウコン)状態で引き抜くと、一気に鬼人化して下アゴに≪乱打・回天≫(ランダ・カイテン)を叩き込む。
打撃の衝撃以上に、特殊構造の棍から発せられる音波により、≪氷花竜≫の脳が激しく振動する。水中であることも助けになって、この攻撃だけでカーシュナーは≪氷花竜≫をめまい状態にすることに成功した。
そのまま勢いを止めることなくカーシュナーは攻撃を叩き込み、毒属性のカートリッジの属性効果で≪氷花竜≫を毒状態に追い込んでみせた。
ウチケシの実で属性やられ状態から回復していたハンナマリーとジュザも加わり、一気にダメージを叩き込む。
リドリーは動きの止まっているうちに火炎弾から貫通弾Lv2に弾を替え、巨体を逆に利用して貫通による連続ダメージを稼いでいる。
このまま何もさせないまま1匹目を討伐できるかと思ったとき、先程こやし玉で追い払ったもう1匹の≪氷花竜≫が戻ってきた。
ペイントの臭いの動きで接近に気がついていたカーシュナーは早めに攻撃を切り上げ、目の前の≪氷花竜≫にこやし玉を投げつける。戻って来たのなら、今度はこちらの≪氷花竜≫を移動させればいいだけの事だ。
カーシュナーの意図を正確に把握している他の3人も、移動に備えて攻撃を中断する。
ここで予想外のことが起こった。
ダメージの大きい≪氷花竜≫が、こやし玉の効果を無視してもう1匹の≪氷花竜≫と合流したのだ。
パワーアップしたこやし玉の効果を考えるとありえない行動だ。だが、実際にはこやし玉の臭気を無視してエリア移動を行わずに合流している。どうやら一定以上のダメージを被ると分断することは不可能になるらしい。これもマイナス要素ではあるが、新しく知ることが出来た事実だ。
もはや合流を阻止することは叶わない以上強引に狩猟を進めることに意味はない。ペイントボールの効果はまだ充分続くので、カーシュナーたちは表水層域へとエリア移動し、態勢を整えることにした。
≪雪山≫や≪凍土≫、≪氷海≫や≪極海≫といった極寒の地でもホットドリンク片手にたくましく狩猟してのけるハンターといえども、身体に負荷が掛からないわけではない。カーシュナーたちは身体の芯が冷え切る前に彫りだし船へと引き返し、簡易ストーブで暖を取っていた。
よく気のつく船頭アイルーがベースキャンプから支給品を運び込んでくれていたので、先程の戦闘で消費したアイテムを満タンまで補給する。ついでにかさばる≪千牙魚≫の剥ぎ取り素材を預ける。
「強いね。やっぱり」
カーシュナーが感嘆をにじませてつぶやく。
「そうだね。上手く立ち回れたからたいした被害は受けなかったけれど、一回のミスが狩猟を大きく左右するだけの強さがあるよ」
ハンナマリーがうなずく。
「分断出来ねえとなると、いよいよ連携攻撃のおでましってことになるな。噂のトータル100メートル近い化け物とやりあうってことになるな」
リドリーがニヤリとする。
2匹連れの≪氷花竜≫は腹部の先端同士をつなぎ合わせ、人間でいうところの背中合わせになって互いの背後を守りあうような状態を作り出す。小さい方でも40メートル以上あるので、2匹が合わさると100メートル近い長さになるのだ。
「つなぎ目壊せないか?」
ジュザがファーメイに問いかける。
「えっ!! そ、それは考えたことなかったッスね~。連結した状態でかなり激しく動き回るらしいッスから、どんな構造をしているのかわからないッスけど、それなりにしっかりした構造の連結機関があるはずッス。もしそれが破壊可能なものなら、連携攻撃を封じる手段になるはずッスから、試してみる価値はあると思うッス!」
ファーメイが興奮気味に答える。
「カーシュは≪氷花竜≫の腹部の先端を確認したか?」
「したけど、それっぽいものは見られなかったよ。おそらく蜂の針みたいに普段は腹部の中に収納されているんじゃないかな?」
「やっぱりか」
「実際に連結してからしっかり確認するべきかもしれないね」
「だな。その上で連結時にその連結機関ってのを攻撃可能か見極めて、いけそうなら試してみるしかねえだろ」
「そうだね。攻撃する隙が仮にあっても、頑丈で物理的に破壊不可能なものかもしれないからね。連携攻撃の見極めをしたうえで、確認してみよう」
新しい攻略の糸口が見えたことで、全員の口元に不敵な笑みが浮かぶ。
「よし! それじゃあ、狩りの続きを始めるとしようか!」
ハンナマリーの気合いの乗った号令に、全員勢いよく立ち上がった。
「くそっ!!」
秘薬をがぶ飲みしながら、ジュザが頭の中で悪態をつく。身にまとった上位個体の≪潜影虫≫(センエイチュウ)の素材で作られた防具には、機能を損なうほどではないが、大小無数の傷がついている。
もっとも危険とみられていた連結してからの高速回転による渦巻攻撃に、連結部に攻撃を行おうと突っ込み過ぎた結果巻き込まれてしまったのだ。
攻撃を受けている間にリドリーの回復弾とモモンモの回復の踊りの効果が発動していなければ、ジュザはこの一撃で戦線からの離脱を余儀なくされていただろう。その上で回復薬グレートではなく秘薬を飲まなければ回復が間に合わないほどの威力が渦巻攻撃にはあった。
予定外の大ダメージに、秘薬によって表面的な体力は回復しても、身体の芯には軋みが残る。恐怖心を植え付けられても不思議のない状況の中で、むしろジュザは興奮の方が勝っていた。
渦巻に巻き込まれる前のほんのわずかな時間ではあったが、ジュザは≪氷花竜≫の腹部の先端の連結部分に攻撃を入れることに成功していたのだ。その時の手応えが、ジュザに部位破壊の可能性を確信させていた。後はどうやって攻撃を叩き込むかだ。
ジュザはわずかなジェスチャーだけでカーシュナーに自分の確信を伝える。攻略の糸口は見つけられたが、いまの自分の実力では一人で攻略することは不可能だった。悔しいが現実的な確信も同時にある。一人で無理なら仲間たちとこちらも連携していくまでである。
しばらくの間は回避に専念し、攻撃の隙を見極める。
回避に専念していても、半径50メートル近い攻撃リーチはとんでもなく厄介だった。中でも片方の≪氷花竜≫があびせ蹴りの要領で振り回した相方を投げ飛ばしてくる倍速突進攻撃は、ゲネル・セルタス亜種によるアルセルタス亜種を投げ飛ばす≪甲虫撃砲≫によく似ているが、いかんせん飛んでくるのが10メートルにも満たないアルセルタス亜種とは違い40メートルを超す≪氷花竜≫なのだからたまったものではない。攻撃動作が大きいので予測することは簡単なのだが、突進後の追尾性能が高いため回避が非常に困難で、危険度が高い攻撃だった。
始めはこの攻撃による分断を考えたのだが、倍速突進攻撃後、両者が突進並のスピードで合流してしまうので隙を見出すことは出来なかった。なまじ距離を取ると倍速突進攻撃と氷結ブレス攻撃が襲い掛かり、距離を詰めると渦巻攻撃で吸い寄せようとしてくるので、位置取りもかなり難しかった。
もっとも、いかに強力なモンスターと言えども生物である。体力が無尽蔵に続くわけではない。己の40メートルを超す巨体と相方の巨体を振り回せば、すぐに疲労状態に陥った。
本来ならば攻撃のチャンスなのだが、厄介なことに疲労回復を待つために動きを止める前に体の周りに大量の氷結玉を発生させるため、うかつに近づくことが出来ないのだ。下手に近づき氷結玉に触れてしまうと、疲労状態から回復した≪氷花竜≫の前に、雪だるま状態になった無防備な姿をさらすことになる。
わずかな隙間からリドリーが火炎弾を撃ち込むが、漂う氷結玉に射線を塞がれてしまい思うようにダメージを叩き込むことが出来ないでいた。
同じような攻防を何度か繰り返した後、カーシュナーが近くにいたジュザに近づき指示を与える。水中でも距離が近ければ会話は可能なので細かい打ち合わせができる。
作戦を決めるとカーシュナーは酸素玉を口に放り込み、ゆっくりと氷結玉の一つに近づいて行った。うっかり触れないように慎重に距離を取り、その場で待機する。ジュザも指示された位置へと素早く泳いでいく。
疲労状態から回復した≪氷花竜≫が動き出し、それによって生じた水流に流されて氷結玉が散っていく。
カーシュナーが身を隠していた氷結玉がダメージを蓄積している方の≪氷花竜≫の背後へと漂っていく。その動きに合わせてカーシュナーは移動すると、大きな動作で氷結玉の影から姿を現した。
それはもう1匹の≪氷花竜≫にとっては不意にカーシュナーが出現したように映り、相方の背後を守るために連結している≪氷花竜≫の氷結ブレス攻撃を誘った。
≪氷花竜≫もバカではない。ブレスの射線の先に相方の身体はない。あればブレスを放たずに別の攻撃方法を取っていただろう。しかし、カーシュナーの存在に全く気づいていないもう一方の≪氷花竜≫が、目の前を横切ったジュザを追いかけて、氷結ブレスの射線の先に頭を出していた。
絶妙なタイミングで氷結ブレスが相方に襲い掛かり、ダメージの蓄積していた頭部を部位破壊してしまう。痛みにひるんだ≪氷花竜≫がのたうち回る。
ここでカーシュナーはすかさず氷結ブレスを放った方の≪氷花竜≫に閃光玉を投げつける。こちらは強烈な光に視界を焼かれて激しくのたうち回ることになる。
それぞれが連動せず、別々の方向に動いたため、鉤状になった互いの連結部が引きずり出されてむき出しになる。
この機を逃さずジュザとカーシュナーが連結部に取りつき、ハンナマリーとリドリーはダメージが蓄積している≪氷花竜≫に集中攻撃を浴びせていく。
ここが狩猟の決定機と判断したジュザは、鬼人化からの乱舞を連結部に叩き込んだ。その反対側では同じく鬼人化したカーシュナーが≪乱打・回天≫を叩き込んでいる。
ジュザの直観が、このままでは部位破壊が間に合わないと告げていた。いまは苦痛にもがいている≪氷花竜≫たちだが、徐々に回復してきている気配が伝わってくる。本来ならここからは離脱のタイミングを誤らないために攻撃の手数を計算し始めるべきなのだが、ジュザは内から湧き上がる力に後押しされ、さらに攻撃に意識を集中し始めた。
周囲の音が締め出されていく。肌を刺す冷水の感覚も失われ、ジュザは純粋な攻撃の意思だけになっていく。
何もかもが無くなり、ジュザは鬼人から阿修羅へと昇華し、連結部を切り刻む両腕の速度を上げていった。
――双剣個人技・極み≪阿修羅・千刃≫(アシュラ・センジン)
気力を高めることで一時的に限界を超える力を引き出す鬼人化状態で、さらに力の流れをコントロールすることにより気力を加速させ、両腕の回転速度を上げる荒業である。本来ならば両腕の筋肉がズタズタになってしまう程の力を引き出しているのだが、ラージャンの闘気硬化状態のように、刀身だけでなく両腕も赤いオーラに包まれて守られ、腕を破壊することなく、振るう双剣がまるで千本あるかのように見えるほどの攻撃回数を可能にする。
その攻撃に特化された姿が東方の荒ぶる闘いの神、三面六手の阿修羅を思わせることからその名がつけられた双剣の神技の一つである。
ジュザとカーシュナーの猛攻を受け、≪氷花竜≫の連結部に不意に亀裂が入る。その亀裂はのたうち回る≪氷花竜≫自身の力も加わり、まるで鋼が砕けるかのような甲高い音を水中に響かせて千切れ飛んだ。
互いを引き合っていた力から解き放たれた≪氷花竜≫たちが、自身の力で吹き飛ばされていく。
頭部の部位破壊に続いて連結部の部位破壊による苦痛に襲われた≪氷花竜≫に向かってカーシュナーはこやし玉を投げつけた。
確実に分断しようという意図なのかと思ったハンナマリーたちを身振りで制すると、カーシュナーはタイミングを計り2匹の≪氷花竜≫の真ん中で閃光玉を炸裂させた。
再び光に敏感な両目を焼かれた二匹の≪氷花竜≫が怒りを通り越して狂乱状態に陥る。
カーシュナーは2匹の中間地点に泳ぎ着くと、演武・奏双棍を双棍状態にし、互いを打ち合わせて独特の音色を暗く冷たい≪六花湖≫の湖底に響かせ始めた。
こやし玉を受け、臭気を嗅ぎ分けていた触覚を封じられ、閃光玉で視界をなくしている≪氷花竜≫が、カーシュナーが打ち鳴らす演武・奏双棍の響き目掛けて氷結ブレスを放つ。まともに狙いもつけられないうえに狂乱状態に陥っている≪氷花竜≫は、破壊衝動に従って氷結ブレスを乱発する。そのほとんどが、カーシュナーの側らを通り過ぎ、その先にいるもう1匹の≪氷花竜≫に命中する。
こちらは視界を失っているだけで、鋭い嗅覚が健在なため、自分を傷つける攻撃が誰から向けられたものなのかがわかる分混乱に拍車が掛かる。
氷結ブレスが鳴り続けるカーシュナーの演武・奏双棍の音色に命中しないことに業を煮やした≪氷花竜≫が、苛立ちのわかる突進攻撃を仕掛けてくる。しかし、これもカーシュナーの演武・奏双棍の音色に誘導されて、相方の≪氷花竜≫に命中してしまう。
この時点で攻撃を受けまくっていた方の≪氷花竜≫の本能が弾け、強烈な同士討ちが始まった。
(おいおい、なんだこりゃ…)
予想もしなかった光景に、リドリーが目を丸くする。
(…これをカーシュが狙ってやったのかい?)
ハンナマリーも、狩猟の真っ最中だというのに、狩りを忘れて目の前のあり得ない光景に目を見張る。
(さすが)
初めて開眼した≪個人技・極み≫の興奮が、ジュザに目の前の光景がなんなのか、本能的に理解させていた。
――ハンター個人技・極み≪狂言回し≫(キョウゲンマワシ)
正確無比な状況観察と、それに基づく推理力と判断力とで、これから起こりうる全ての事象を、まるであらかじめ定められていた物語を語るかのように、正確にコントロールし、狩場を支配する絶対者の力。
多くのハンターが、狩猟を重ねることにより、モンスターの生態や習性を学び、次の行動を予測する。それはエリア移動したモンスターの移動先であったり、行動パターンの先読みであったり、多かれ少なかれ誰もが行っている行動である。
この予測に意図的な誘導が加わったものが、≪狂言回し≫である。
狩場のどの位置に立つのか。どの方向へ走るのか。そこで何をするのか。一つ一つの行動がモンスターに与える影響を理解し、ハンターの意図する行動をとらせることにより、狩猟をハンターに有利なものへと導いていく。この業が極まれば、ハンターはその武器をモンスターに一度も振るうことなく討伐することも可能となる。ハンターの個人技の中でもっとも習得率が高く、それでいて神の領域に届きうる程にその能力の可能性は深く、高く、無限の広がりを持つ究極の個人技の一つである。
≪狂言回し≫を極みつきで習得しているハンターは、実のところG級ハンターの中にすらもいない。大陸屈指の強剛モンスターである≪鬼蜘蛛≫(オニグモ)を圧倒的強さで退ける最強のハンター赤玲ですらも、状況に対応しているだけであり、支配下に治めている訳ではない。
いまここに、誰にもそうと知られることなく、唯一にして無二のハンターが誕生したのだ。
激しい同士討ちは、元々の地力の差と、蓄積されていたダメージ量の差から短時間でけりがついた。
≪氷花竜≫同士が争っている間に、カーシュナーたちは次の攻撃に備えて≪氷花竜≫の上に移動していた。そして、決着と同時に頭上から攻め込んで先手を取る。そして、カーシュナーの誘導で他の3人が立ち回りやすい位置に≪氷花竜≫を動かすと、連携攻撃を受けていた時の苦戦がウソのような簡単さで、もう1匹の≪氷花竜≫を討伐してのけた。
その巨体ゆえ、剥ぎ取り箇所と剥ぎ取り回数の多い≪氷花竜≫は、カーシュナーたちに大量の素材をもたらした。
これで、上位最強にして、G級ハンターへの昇格最後のモンスターとなる≪断切虫≫希少種との戦いの準備が整ったのであった。もっとも、カーシュナーの心にG級という言葉はない。あるのはテチッチたちに対する思いだけだった。