モンスターハンター ≪新世界≫   作:南波 四十一

22 / 29
真紅の悪夢!

 ≪六花湖≫(リッカコ)での≪氷花竜≫(ヒョウカリュウ)狩猟を無事終えたカーシュナーたち一行は、≪鉱山都市≫へと引き返して来ていた。

 ≪鉱山都市≫にはこれまで、ベースキャンプに多少手を加えた程度の規模の設備しかなかったが、≪鬼蜘蛛≫(オニグモ)と≪拳虫≫≪コブシムシ)の大量発生の際、少数のハンターでも充分防衛可能な機能を現在でも有していることが実証されたことを受け、ここに第2の本格的な拠点を設けることが決定した。

 これには南の大陸調査が予想以上に順調なことが大きく影響していた。

 北の拠点建設が決定となり、予備調査後の一時帰還の計画を取り止め、本格的な定住を前提とした本格調査が開始された。この時点で北の大陸にある各ギルド本部への報告が行われ、南北航路の整備が本格始動し、より多くの人員が投入されることになった。当然調査の対象である南の大陸にはより多くの調査団員が派遣された。

 東西シュレイド王国の干渉を警戒して秘密裏に行われている南の大陸調査であったが、カーシュナーたちのように王国内の戦乱を避けて非難してきた難民の数があまりにも多く、これまで王国との摩擦を考え難民に対して正式な対応を避けてきていたギルドであったが、カーシュナーたちの過去の窮状を伝え知った結果、ついに大々的な難民の受け入れを開始した。その中から人格を厳選された人々にだけ南の大陸の存在が公表され、南の大陸への移住希望者が募られた。シュレイド王家と貴族たちの腐敗ぶりに心底嫌気のさしていた人々は故郷の地を捨て、その結果多くの優秀な人材が南の大陸へとやってくることになった。

 これにより人的資源に余裕が生まれたおかげで、≪鉱山都市≫は再びその機能を回復することになったのである。

 カーシュナーたちが≪六花湖≫から戻ったのは、往復で約3週間後のことであった。

 新たに増員された調査団員の手で≪鉱山都市≫の都市部の瓦礫の多くが撤去され、拠点建設のための資材として再利用されていた。

 その作業中、都市中央部に大きな穴が開いていることがわかった。しかし、穴は瓦礫で埋め尽くされており、いまだに掘り返し作業には入れていないため、都市部の地下には何らかの施設が存在していたのではないかという予想だけが飛び交い、生粋のハンター以外を興奮させていた。

 建築資材の鋳造作業のために、土竜族の職人と鍛冶職人も多く≪鉱山都市≫に移ってきていた。その中には、伝説の鍛冶職人とその弟子のレノも含まれており、北の拠点から≪鉱山都市≫へと移ってきていた。

 南の大陸に始めに建設された北の拠点の防衛任務についているのはG級を極めたハンターがほとんどで、その手に握られている武器や身につけている防具はすでに最終段階まで強化された超一級品ばかりであった。新素材の研究のために新しい武具の試作が行われてはいるが、鍛冶職人たちの主な仕事は修繕ばかりだった。そのため、鍛冶職人たちの責任者である伝説の鍛冶職人が北の拠点から離れても、何の問題もなかった。

 弟子と言う言葉で見習いを想像してしまうため、残されるのが弟子ばかりになり、大丈夫なのかと心配した者も中にはいたが、南の大陸に同行を許された弟子たちは、それぞれがすでに充分な実力を持ち、独り立ちできるだけの技量を持った一流の鍛冶職人たちばかりだった。彼らは一流から超一流を目指すために、竜人族の秘伝の技術を学ぶために伝説の鍛冶職人に弟子入りした玄人の集団だったのだ。武具の修繕など彼らにとっては片目を閉じていても簡単にこなせる仕事であり、暇を持て余していた鍛冶職人の全員が≪鉱山都市≫への移動を希望したため抽選会を行うことになった。

 この抽選を、≪鉱山都市≫での建築資材鋳造の監督責任者という名目で伝説の鍛冶職人がちゃっかりまぬがれ、レノはカーシュナーが扱う演武・奏双棍の最先端製造技術をもつ鍛冶職人ということで、上手くまぬがれて≪鉱山都市≫行を確定させたのだった。

 このおかげで、カーシュナーたちは北の拠点まで戻ることなく、新しい武器と防具を制作してもらえることになったのであった。

 建築資材の鋳造は、職人の作業レベルが現場作業者の数をはるかに上回ったため、作業に必要な数はすでに充分足りていた。そのため、特注品の製造が主な作業となってからは土竜族の職人たちだけでまかなえる状況になり、その結果、腕の立つ鍛冶職人たちが大勢余ってしまった。おかげでカーシュナーたちの装備は鍛冶職人たちが総出で作業に当たってくれることになり、3日とかからず出来上がったのであった。

 久々のまともな鍛冶仕事だったため、職人たちが師匠である伝説の鍛冶職人にその技で挑み、その上で弟子同士が互いの腕を競い合ったおかげで、出来上がった装備一式の完成度は上位装備にしてG級に匹敵するほどの超一級の仕上がりとなった。

 これを見たG級ハンターたちがその出来栄えを絶賛したため、しばらくの間伝説の鍛冶職人と弟子たちは、頬がゆるむのに耐えなくてはならなかった。

 職人たるもの、へらへらしている訳にはいかないからだ。

 ≪氷花竜≫の装備に身を包んだカーシュナー一行は、青白く透き通った≪氷花竜≫の装備の影響で、まるで月光の戦士のような出で立ちとなった。

 装備の中で、特にカーシュナーを喜ばせたのが、≪氷花竜≫からはぎ取った凍結袋から、演武・奏双棍に属性付与できる氷属性のカートリッジを作成することが出来たことだ。

 南の大陸に多く生息している甲虫種と鋏角種は、状態異常系の毒袋や麻痺袋をもっているモンスターは多いのだが、火炎袋や電気袋といった属性ダメージ系の袋を持つモンスターがなかなかおらず、演武・奏双棍の特徴の一つである属性カートリッジの変更のよる武器付属属性の変更機能をなかなか生かせないでいた。

 演武・奏双棍の発案者であるレノが試作した各属性カートリッジを譲ると申し出たが、カーシュナーたちがハンターとしての技術向上と、北の大陸のハンタールールにこだわったため、あくまでも自分たちが狩猟したモンスター素材から武具を作成した結果、なかなか属性カートリッジが集まらなかったのである。

 準備が万全に整ったところに、傷が癒え、テチッチサイズの武器と防具を装備したクォマが現れた。

 こちらは≪鉱山都市≫の坑道エリアで採掘した良質な鉱石素材の端材を元に作られた装備で、頭でっかちの体型にヘルムを装備した結果、子供のおもちゃのようなシルエットになってしまっている。

「…頭、重くないのかニャ?」

 見かねてヂヴァが尋ねる。

「大丈夫だアン! 思った以上に軽くて丈夫で助かるアン!」

 クォマが嬉しそうに答える。かなり熱心に人間の言葉を勉強していたが、カーシュナーたちが狩猟に出掛けている間に相当努力したのだろう。もはや会話に困ることはない。

「語尾が”ワン”じゃないんだね」

 カーシュナーがおかしなところに感心する。

「あっ! オレも思った。てっきりワンワン言うんじゃないかと思ってたよ」

 ヘルムに覆われたクォマの大きな頭をなでながら、リドリーが同意する。

「どういうことだアン?」

 クォマが小首を傾げる。

「ごめんよ。こっちのちょったしたおふざけだから気にしないでおくれ」

 リドリーと同じようにクォマの頭をなでながらハンナマリーが謝る。丁度良い高さにクォマの頭があるので、ついなでたくなるのだ。

「わかったアン! 気にしないアン!」

「すごい素直だ!」

 あまりの素直さにジュザが驚く。こちらもある意味素直な反応である。

「新装備かっこいいアン! こんなに早く準備を整えてくれるとは思わなかったアン!」

「クォマの方こそ、あれだけの深手だったのに、約束通りボクたちが戻ってくるまでにケガを治して、装備まで整えるなんてすごいことだよ!」

 クォマ以上に感心しながらカーシュナーが答える。

「みんなが手伝ってくれたおかげだアン!」

 照れくさそうに謙遜する。

「それはボクたちも一緒だよ。装備がこんなに早く完成したのは、鍛冶職人さんたちのおかげだからね。おかげでいますぐテチッチのみんなの谷を取り戻しに行けるよ」

 クォマはカーシュナーの言葉に大きくうなずいた。愛らしい顔に気合がみなぎる。

「ボクはすぐにでも行きたいけれど、カーシュたちは狩りから戻って来たばかりアン。大丈夫なのかアン? ゆっくり休まなくていいのかアン?」

 クォマが気遣って尋ねる。

「装備を新調している間に充分休んだ」

「おうよ! どっちかっていうと、これからが本番で、≪六花湖≫での狩りはそのための下準備に過ぎねえからな。正直早く狩りに行きたくてしょうがねえぜ!」

 クォマの気遣いを、ジュザとリドリーが笑って吹き飛ばす。それは強がりなどではなく、初めて出会った本気で勝ちたちと思える存在に対する、強く抑え難い衝動に近い想いだった。

 リドリーはハンナマリーやジュザの話から、テチッチたちに対する同情の気持ちももちろんあるが、認めている仲間たちがはっきりと、いまのままでは勝てないと断言したほどの強敵を早く見てみたいという気持ちが強かった。だが、谷の狂乱の中で失われた多くの命と、流された濃すぎる血の臭いの記憶が鮮明なジュザは、カーシュナーと同じく、かつての幸福な生活を取り戻してやることは出来ないが、狂気による破壊衝動の結果、何の必要もなくむごたらしく殺されたいったテチッチたちを、せめとその魂が迷わないように、迷っているのならば、幸福な来世を願って送り出してやるために、テチッチたちの故郷を取り戻してやりたかった。

「全員準備が出来ているなら、ここでお互いの新しい装備を褒め合っていても時間の無駄だからね。さっさと出発しようじゃないか」

 ハンナマリーが全員に声を掛ける。時間の無駄と言われてしまうとレノたち鍛冶職人たちがかわいそうだが、この中で一番装備の外見に無頓着なのがハンナマリーなので仕方がない。それでいてハンナマリーが一番似合っているのだから皮肉なものである。

 テチッチ族であるクォマが肉球でぽにゅぽにゅと頬を叩き気合を入れる。逆に気合が抜けそうな気がするが、大きな傷を負った背中には、緊張のこわばりがある。

 カーシュナーはしゃがみ込むとクォマの背中に手を置いた。

「いまから緊張していると、いざっていうときに身体が動いてくれないよ」

 振り向いたクォマの目の前に、やさしく微笑むカーシュナーの翡翠色の瞳があった。

 メイル越しにでもはっきりわかる程、クォマの緊張が解けていく。

 二人の様子を見ながらハンナマリーは口元をほころばせると、出発の号令をかけた。

「取り返しにいくよ!」

「おおっ!!」

 大声ではないにもかかわらず、カーシュナーたちの声は≪鉱山都市≫の壁や天井に跳ね返り、拠点建設に汗を流す人々とテチッチたちに届いたのであった。

 

 

 坑道の枝道を抜け、テチッチたちの谷と繋がる自然洞窟に辿り着くと、カーシュナーたちはまず、この地に倒れたテチッチたちの亡骸を丁寧に集め、弔った。

 亡骸と言っても、北の大陸以上に細胞の分解作用が高い南の大陸では、骨さえも残らず分解されてしまう。ひと月近く時間が経ったいま、残されていたのは頑丈なテチッチたちの頭骨だけであった。

 テチッチたちに墓という概念はない。死ねば大地に還るのが、彼らの感覚であり、ただ土に埋めるだけである。光の届かない洞窟の土に埋めるつもりのなかったカーシュナーは、葬儀の際に焚かれる≪霊前香≫(レイゼンコウ)の煙で一度頭骨を包むと、用意してきた大きな布に包んで安置した。

 谷を取りも出した後で、見晴らしのいい場所に、≪鉱山都市≫でカーシュナーたちの無事を祈ってくれているテチッチたち全員と一緒に埋葬するのだ。

 クォマが積み上げられた仲間たちの頭骨に、テチッチたちの言葉で何事かを語る。言葉はわからないが、今際の際に、クォマに仲間たちを託した老人の頭骨にその後の出来事を語ったのであろう。その小さな背中から、これまで気づいてやれなかった重荷が取り除かれていくのが、幼いころから仲間たちの命を背負ってきたカーシュナーにはわかった。

 その後姿に、モモンモとファーメイがぼろぼろと涙を流す。

 モモンモもかつて、海底大地震によって故郷の集落を失っていた。自分だけのお面を探す旅に出ていたおかげで集落を襲った悲劇から難を逃れたモモンモを待っていたのは、大規模な山崩れに飲まれた集落の跡と、そこから掘り出された家族のお面。そして、孤独だった。

 ≪樹海≫の中でギルドマスターが発見したときには、泣きながらさまよった後らしく、無残にやせ細り、骨と皮ばかりの状態だった。

 孤独の中で苦しんでいた時に差し出されたギルドマスターの、節くれ立ち、シワだらけになっている手の温かさを、モモンモはいまも忘れていなかった。

 ファーメイは辺境の小さな漁村の生まれで、豊かな海の自然に恵まれ、平和に暮らしていた。海底大地震の直前までは――。

 壁という表現では生ぬるい、断崖のような大津波が海のかなたから恐ろしい早さでせまり、波の高さから逃れられるような高台のない地で暮らしていたファーメイたちは、一人の例外もなく大津波に飲まれてしまった。

 ファーメイの命を救った奇跡は、その代価として命以外の全てを奪って行った。

 意識を取り戻りた時、ファーメイは20キロ近く内陸に流された場所にいた。どうやら波に飲まれた際に流木に引っ掛かり、溺れる前に津波の上に引き上げられ、海の侵略が限界に達した先で置き去りにされたのだ。

 見知らぬ場所で目覚めたファーメイは混乱に襲われ、続いて記憶の混乱が解かれるにつれ、恐怖に支配された。

 ファーメイは家族を探して本能的に海へと向かった。この時はまだ自慢の神速は目覚めておらず、この時に襲われた極限の焦燥感がファーメイの脚から枷を外し、驚異的な脚力をもたらすことになった。

 村のあった場所に辿り着いたファーメイを待っていたのは、海岸に打ち寄せられた村の残骸と、その間で見わけもつかないくらいに膨れ上がってしまった家族と村人たちの死体だった。

 ファーメイは泣いた。絶望と恐怖と孤独。心を蝕む全ての感情に締めつけられ、声が枯れて泣き声も上げられなくなるまで泣き続けた。その時、余震による再度の津波が襲い掛かり、ファーメイの家族を再びさらっていった。

 規模がかなり落ち着いたこともあり、ファーメイは岩にしがみついて難を逃れたが、家族の命ばかりか亡骸まで奪われて、空っぽだった心に怒りが生まれた。

 その日からファーメイと波の戦いが始まった。ファーメイは波の届かない内陸まで村人の遺体を運ぶと埋葬を始めた。家族の亡骸はそんなファーメイの元に波に運ばれ再び帰り、娘の手で大地に還ることが出来た。

 埋葬は、岩ばかりのこの地域では深く穴を掘ることが出来ないため、木切れで可能な限り掘り返した浅い穴に横たえ、その体をわずかばかりの土と石で覆ってやるので精いっぱいだった。

 粗末な墓が50を数えてすべてが終わった時、ファ-メイの心は完全にすり減り、感情は失われていた。死者たちの列の隣りに座り込み、自分の順番が来るのを、ただ待った。

 そんなファーメイを見つけたのが、生き残った被害者たちを探して歩いていた王立古生物書士隊の元隊長だった。

 隊長はファーメイの手を見て驚いた。岩場のわずかばかりの土を集めるために爪のほとんどが削れて失われ、荒れた手に出来たひび割れは肉にまで達していた。やせ細りヒョロヒョロとした少女が築いた墓の列を眺めて、かける言葉も出てこない。

 隊長は、家族も生活も、感情さえも失い、死を待つだけの少女の手を引き、ファーメイが心を取り戻す日まで片時も離れずかたわらに居続けた。書士隊員の多くも、何も語らずそばに寄り添い、ファーメイの居場所を作った。

 無償で寄せられた温かい心に支えられ、抜け殻からいまの自分にまで辿り着けたのは、すべて王立古生物書士隊の仲間たちのおかげだった。ファーメイは心も温かさの持つ本当の意味を深く理解していた。

 クォマの小さな背中は、本人よりも周りの者の方が涙を誘われる後姿だった。

「さあ、行くアン!」

 振り向いたクォマの顔には、新たな決意と晴れやかな笑顔があった。

 

 

「頭をしっかりと狩猟に切り替えるために、一度≪断切虫≫(タチキリムシ)希少種の生態をおさらいしておこうか。遭遇したら最後、仕切り直しは出来ないからね」

 カーシュナーがファーメイに話を振る。

 テチッチたちの故郷である峡谷は、狩場に例えると1エリア分の広さしかない。亀裂が走ったかのように地形は何度も急角度で折れ曲がっているが、基本1本道の単純な作りであり、一度モンスターと対峙したが最後、エリア移動などによる狩猟の仕切り直しは出来ない。狩場というより闘技場での狩猟に近い。状況の確認や整理が出来るのはいまが最後であった。

「じゃあ、改めて≪断切虫≫希少種というか、≪断切虫≫について説明するッス!」

 ファーメイはリドリーが差し出してくれたハンカチで涙を拭くと、盛大に鼻をかんでから説明に入った。鼻水だらけのハンカチを無造作にリドリーに返す。

「≪断切虫≫には他に亜種と希少種が存在するッス。亜種は原種と大差がなくて、一回り大きいことと、体色が黒地に白い筋が入っているのが原種で、亜種は黄色い筋が入っているッス。希少種は大きく異なり、輝く真紅に全身が染め上げられているッス」

「なんでそんなに希少種だけ違うんだ?」

「単純な突然変異の結果なんで特別な理由はないんッスけど、これがモンスターの世界で起こるとより強力な個体として生まれることが多くて、種としては同一のものなんッスけど、狩猟対象としてはきちんと分けて管理しないと、実力に見合わないハンターに希少種の狩猟依頼が出てしまう危険性があるので、モンスターのというより、ボクたち人間の都合で亜種とか希少種って分けているだけッス。ただ、これは≪断切虫≫にのみ言えることなんで、生息環境の影響で攻撃方法ががらりと変わったり、生態そのものが変化しているモンスターもいるんで、亜種とか希少種で区別することは本来はすごく意味があることなんで勘違いしないでほしいッス!」

「了解! ≪断切虫≫希少種に関しては、たまたま赤いってだけのことな!」

「はい! その認識で大丈夫ッス! 生息域も生態にもこれといった違いはないッス! その生態についてなんッスけれど、属性攻撃は一切なしの、甲虫種には珍しい純粋な肉体派モンスターッス!状態異常攻撃に対する耐性が非常に高く、よほど連続で状態異常攻撃を叩き込まないと、体内の抗体ですぐに分解されてしまうため、なかなか状態異常に持っていくのが難しいモンスターッス! ダメージ属性に対する耐性もどれも高く、氷属性以外はほとんど通らないッス!」

「正面からの力比べで勝つしかないってことだね」

「そおッス! 甲殻の内部が他のモンスターと若干異なるんッスけど、そのおかげで軽い上に頑丈な甲殻を持っているので、素早くて硬いのが特徴ッス。その上で筋力も優れており、最大の武器である大アゴを動かす筋肉のおかげで、他の甲虫種と比べて非常に大きな頭部をしているッス」

「顔のほとんどがアゴの筋肉ってことかい?」

「人間で想像するとなんか怖い例えッスけど、まさしくその通りッス。それと飛行能力に優れているんッスけど、脚も恐ろしく強く、6本あるどの脚からも強烈な蹴りが飛んでくるので要注意ッス! ただし、蹴るときは最大でも左右のどれかの脚1本ずつからしか蹴りは飛んでこないので、2本の脚に注意していればそれ以上脚が飛んでくる心配はないッス」

「普通攻撃に使われるのは前脚だけど、真ん中と後ろの脚にも気をつけないといけないんだね」

「初めてのパターンだから、ちゃんと頭に入れとかないとやべえな」

「オレ、特に蹴られそう」

「双剣はリーチが短いからね。懐に飛び込むタイミングの見極めは大事だよ」

 ハンナマリーの言葉にジュザがうなずく。

「攻撃パターンは、実は噛む、蹴るの2種類だけで、これに優れた飛行能力と素早い動きを組み合わせてくるだけのきわめてシンプルな強さを持ったモンスターッス!」

「その分大きな隙も穴もないね」

「望むところ!」

 ジュザが鼻息荒く答える。どうやらかなり気に入っているらしい。

「シビレ罠と落とし穴は効果時間が短く、まともに使えるのは閃光玉だけなんで、捕獲は諦めた方が、変な隙が生まれなくていいかもしれないッス」

 ファーメイが注意事項として最後に付け加える。

「基本立ち位置はカーシュナーの動きに合わせて各自調整。ただし絶対に正面に立たないこと。いくら新装備の防御力が高いって言っても、破られれば真っ二つにされると思って立ち回るんだよ。いいね!」

「おおっ!」

「行くよ!」

 ハンナマリーが号令と共にとんでもない力で両頬に張り手を入れる。顔に≪断切虫≫希少種に劣らない真っ赤な手形と気合を入れて、力の戦場へと足を踏み出した。

 

 

 遭遇はあっという間であった。自然洞窟に到着した時点で存在に気づかれていたのかもしれない。

 ≪断切虫≫希少種は狭い谷の間を器用に飛行し、カーシュナーたちに襲い掛かって来た。

 飛行突進は食い止めようがないので、カーシュナーたちはジグザグに折れ曲がった地形を利用するため、谷の曲がり角へと走った。≪断切虫≫希少種がいかに飛行能力に優れているとはいえ、ギリギリの旋回飛行を要求される曲がり角に陣取られるとまともに攻撃することが出来ない。やむなく着地しようとした瞬間、≪断切虫≫希少種の思考を読んだかのようなタイミングで閃光玉が投じられ、≪断切虫≫希少種は無様に墜落させられてしまった。

 いくら頑丈とはいえ、墜落の衝撃からそう簡単に回復出来るわけもなく、≪断切虫≫希少種は横倒しになって足掻いていた。墜落位置まで計算して投じられた閃光玉のおかげで、カーシュナーたちはすぐさま大きな隙をみせた≪断切虫≫希少種に攻めかかった。

 弾かれるかと思った攻撃は、予想以上に通り、ダメージを与えていく。伝説の鍛冶職人たちのおかげだ。

 このまま一気にダメージを与えようと思った瞬間、むなしく宙をかいているだけかと思われた脚が、視界と思考の二重の死角をついて襲い掛かってきた。

 最大の武器である巨大なアゴの破壊と、アゴ伝いに音波による脳への気絶値の蓄積を狙って頭部に陣取っていたカーシュナーと、腹部へ乱舞を叩き込んでいたジュザが狙われる。

 完全な死角からの攻撃だったが、それまでと異なる身体の動きからギリギリで攻撃を察知したカーシュナーが身をひねって直撃を避ける。それでも完全にかわしきることは出来ず、無理な体勢で攻撃がかすめたため、派手に吹き飛ばされてしまった。

 それよりひどかったのが、攻撃に気づけなかった上に乱舞中でかわしようのなかったジュザだった。大木のような中脚の一撃が背中を襲い、鬼人化中だったおかげでなんとか倒れ込まずにすみ、その後の追撃をかわすことが出来たが、回復薬グレート1瓶分のダメージを受けることになってしまった。

 倒れ込んだ状態だったので、完全に脚の力だけで繰り出された攻撃だったにも拘らず恐るべき攻撃力である。

 翅の部位破壊を狙っていたので、≪断切虫≫希少種の背後に位置取りをしていたハンナマリーが、攻撃を受けた二人から注意をそらすために、体勢を立て直した≪断切虫≫希少種に薙ぎ払いと斬り上げ攻撃を繰り返し叩き込む。そして、≪断切虫≫希少種の注意が向く寸前に大剣の分厚い腹を盾代わりに構えた。読みが的中し、ギリギリのタイミングでガードした大剣に、巨大なアゴが襲い掛かる。下位レベルの大剣ならば噛み切られてしまうのではないかと思えるほどの一撃に、ガード性能が高いはずの大剣を持つハンナマリーがガードしきれず、大きく体勢を崩された。それだけでなく、体力も少なからず削られる。

 ハンナマリーの窮地を、リドリーのライトボウガンが救う。倒れ込んでいる間はLv3貫通弾で腹部の先端から頭部に一直線に弾が抜けるように狙撃していたが、体勢を立て直すのに合わせ、≪断切虫≫希少種が苦手としている氷結弾に切り替えて後脚の付け根部分に速射を一点集中したのだ。カーシュナーとジュザが回避しきれないほどの足クセの悪さを目にし、機動力と攻撃力の双方を低下させようと考えたのだ。

 リドリーの攻撃に注意がそれている隙にハンナマリーが位置取りを調整する。連続攻撃が可能な範囲内にいると、下手に攻撃をガードした際に一気に追い詰められかねないからだ。

 それぞれが体勢を整え、隙をうかがい身構える。

 ≪断切虫≫希少種も急襲して来た時の勢いがウソのように、カーシュナーたちの様子をうかがっている。一連の攻防で容易ならざる相手であることに気がついたのだろう。

 カーシュナーが身振りでリドリーに合図を送る。膠着状態でも攻撃のチャンスを作りやすいのがリドリーの持つ遠距離武器の強みなのだ。

 ≪断切虫≫希少種の視線を誘導するためにカーシュナーが動く。カーシュナーの動きを警戒して身体の向きを変えたことにより、先程リドリーが集中攻撃した箇所がリドリーの前に現れる。リドリーは一瞬も遅れることなく氷結弾による速射を叩き込んだ。

 ダメージの蓄積を嫌い、≪断切虫≫希少種がリドリーの方に振り向く。その脚を払うようにハンナマリーが薙ぎ払いを打ち込む。地面につく寸前にすくわれた脚が流れ、≪断切虫≫希少種はたたらを踏まされる。そのわずかな隙を突いてカーシュナーとジュザが一撃ずつ攻撃を叩き込んだ。

 追撃は考えず、すぐさま≪断切虫≫希少種の攻撃範囲から離脱する。それを追いかけるように、≪断切虫≫希少種がティガレックスばりの回転攻撃を繰り出し、周囲を薙ぎ払う。ティガレックスと違い、長い尻尾ではなく巨大なアゴが空を斬って旋回する。

 蹴つまづく程ではないが、かなりの風圧が二人の背中押す。欲をかいてもう一撃入れていたら、二人ともいまごろは谷を狭くしている両側の岩壁に叩きつけられていただろう。

「こいつ面白い!」

 ≪断切虫≫希少種の強さに興奮したジュザが、珍しく狩猟中に歓声をあげる。

「お前らがヤバイって言っていたのがよくわかるぜ!」

 4人の中で唯一≪断切虫≫希少種と遭遇していなかったリドリーが叫ぶ。

「装備を強化していてもギリギリだね。耐えれて2発が限度と思いな! 3発目を受けたら死にかねないよ!」

 納刀して隙を窺っていたハンナマリーが警告する。

 その警告を無視するかのように、カーシュナーが無造作に距離を詰める。それに素早く反応した前脚の攻撃が襲い掛かる。これを見切っていたカーシュナーが寸前でかわし、空振りに終わった脚に演武・奏双棍の長棍状態の叩きつけを入れ、素早く距離を取る。同じ攻撃を3度繰り返した結果、苛立ちから早くも怒り状態になった≪断切虫≫希少種が大アゴを開いて突進してくる。

 この間カーシュナーの攻撃に、実際に加えている攻撃以上の意図を察した3人は攻撃の手を控える。リドリーなどはいくらでも攻撃するチャンスがあったが、下手にダメージを与えると≪断切虫≫希少種すらも予期していない動きをみせる可能性があり、それはカーシュナーの見切りを誤らせることにつながるので用心のためライトボウガンを背中に戻していた。

 ≪断切虫≫希少種の突進攻撃を最小限の動きで回避したカーシュナーは、振り向いて自身の狙いの成果を確認する。

 ≪断切虫≫希少種は峡谷の岩壁に、まるでディアブロスのように大アゴを突き立てて身動きできなくなっていた。

「さすが!」

 様子を窺っていた3人が、好機を逃すまいと殺到する。

「みんな、さがって!!」

 カーシュナーの絶叫が峡谷の壁に当たって響き、その響きをはるかに上回る破砕音が轟く。

 ≪断切虫≫希少種が、突き刺さった岩がまるで粘土か何かであったかのように無造作に断ち切り、身体の自由を取り戻しのだ。

「マジか!」

 しばらく拘束されると見込んで氷結弾から貫通弾に切り替えていたリドリーが驚きの声をあげる。

 その声を聞きつけたわけではないだろうが、リロードのため大きな隙を作ってしまったリドリーが狙われる。

 ガンナー装備のリドリーは当然防御力が低い。まともに攻撃を受ければひとたまりもないかもしれない。

 かわせないと判断したカーシュナーたちが生命の粉塵に手を伸ばしたとき、クォマの口から甲高く、軋るような音が発せられた。

 これを聞いた≪断切虫≫希少種がぎくりと身をすくませ、急停止して身構える。

 やった本人も知らないことなのだが、クォマが発した音は≪断切虫≫希少種を本来の縄張りから追い出した≪噴流蟲≫(フンリュウチュウ)が発する警告音にそっくりだったのだ。

 この隙にリドリーは素早く安全圏に移動する。

「サンキュー! クォマ!」

 リドリーが礼を言う。

「テチッチ秘伝のびっくり音だアン!」

 クォマが叫び返す。

 テチッチたちは奇面族の踊りのような特殊能力を持っていた。それはドンドルマやメゼポルタにいた歌姫たちのような特殊な歌や、自然音や生物の鳴き声などの再現といった声を使った特殊能力であった。

 クォマが使ったのは、テチッチたちが峡谷の外に出た際に遭遇するモンスターを追い払うのに使用している音で、はるかな昔に先祖の一人が≪噴流蟲≫が発する警告音を聞いて一族に持ち帰り、伝えたものであった。

 この音は≪断切虫≫希少種に留まらず、≪霊峰・咲耶≫(レイホウ・サクヤ)に生息するモンスター1種を除いて、大陸中のほぼ全てのモンスターに効果がある。真似をされてる≪噴流蟲≫の基本的な性格が、”臆病でキレやすい”という面倒なもので、実はもっとも効果があるモンスターは≪噴流蟲≫なのである。

 欠点としては、モノマネであることがモンスターに知られると怒り状態にしてしまうことであった。

 幸いにもモノマネであることがバレなかったようで、≪断切虫≫希少種は身構えたまま周囲をうかがっている。

 ここでの攻撃は無用に怒らせる可能性があることに気がついたカーシュナーが攻撃を控えるように合図する。

 この隙にハンナマリーが岩壁を登り、≪断切虫≫希少種の真上を取る。

 ようやく警戒態勢を解いた≪断切虫≫希少種の上に、ハンナマリーがジャンプ攻撃を敢行する。

 それは、≪鉱山都市≫を包囲した強豪モンスター≪鬼蜘蛛≫を、たった一撃で仕留めてみせた個人技をマネたものであった。

 大剣個人技・極み≪断頭≫は、重量武器の一つである大剣を、料理人が黄金魚の活け造りをさばくような繊細さで扱わなければならない超高難度な業である。ハンナマリーが繰り出した武器出し攻撃は、かなりの精度で≪断切虫≫希少種の頭部の連結部に吸い込まれていったが、わずかな軌道の狂いで通常ダメージを与えるにとどまった。このわずかな狂いを制御できるか否かが、神技と通常攻撃とを隔てているのであった。

 ≪断頭≫こそ逃したが、ハンナマリーの攻撃は弱点部位である連結部に氷属性の大きなダメージを与えることに成功した。ハンナマリーはその勢いを駆って乗り攻撃に移行する。

 ハンナマリーが剥ぎ取り用ナイフを突き立てた瞬間、≪断切虫≫希少種が尋常ではない勢いで暴れ出した。

 ハンナマリーはナイフを突き立てることをやめて必死でしがみつこうとしたが、≪断切虫≫希少種の真紅の光沢を放つ甲殻は、見た目通りのなめらかな表面を持ち、まともに手を掛けておける場所がなかった。

 攻撃時よりもはるかに激しく暴れた結果、ハンナマリーが宙に放り出される。

 空中に投げ出され、回避も防御も出来ないでいるハンナマリー目掛けて≪断切虫≫希少種が大アゴを開いて襲い掛かる。

 ≪断切虫≫希少種の大アゴがハンナマリーを捕らえる直前に、カーシュナーが投げた≪爆裂投げナイフ≫がハンナマリーに命中する。小型のモンスターならば一撃で気絶させるだけの威力を持つ爆風に弾かれて、ハンナマリーの身体が浮き上がる。

 大剣同士で切り結んだかのような激しい衝突音を響かせて、≪断切虫≫希少種の大アゴがハンナマリーがいた場所を通過し、空振りに終わる。

 ここで驚きの動きをみせたのが、≪爆裂投げナイフ≫で吹き飛ばされたハンナマリーだった。

 爆風のおかげで空を向いていた身体が反転し、≪断切虫≫希少種に向き直ることが出来たのだ。新品の防具の防御力を無視して身体に蓄積された≪爆裂投げナイフ≫のダメージにも怯まず、ハンナマリーが大剣の柄に手を掛ける。そのとき、モモンモが踊ってくれた回復の踊りの効果がハンナマリーを包む。心の中で感謝を叫びながら、苦痛の呪縛から解放されたハンナマリーの集中力が一気に跳ね上がり、落下する身体を見事に操って、≪断切虫≫希少種の大アゴの付け根に武器出し攻撃を叩き込んだ。

 

 ――大剣闇技・極み≪太刀斬り≫(タイケンヤミワザ・キワミ≪タチキリ≫)

 

 それは、ギルドナイツが対人戦に用いるハンター禁忌の武器破壊業であった。商売として密猟を行うようなハンターは、ハンターの矜持である、”人に対して武器を用いず”という不文律など歯牙にもかけない。強大なモンスターに対して用いられるべき武器を、平気で人に向けてくる。この業はそんな外道の手から武器を奪うだけでなく、心をへし折る目的で振るわれる。古龍のレア素材をふんだんに使用して作成された名刀を、そのほとんどを鉱石素材を元にして作成された武器で破壊するのだ。強度、性能共にはるかに上回る武器を破壊するその剣技は闇技と称され、精鋭揃いのギルドナイツの中でも、ほんの一握りの者にしか扱えない幻の業であった。

 ハンターとして極め業をも開眼するに至ったハンナマリーの実力と、スラム時代に散々流した敵と自身の血の暗闘の経験が、本来ならば会得しえない技をハンナマリーにもたらしたのであった。

 偶然とはいえ、≪断切虫≫希少種相手に≪太刀斬り≫で突破口を開くとは、皮肉が効きすぎている。

 ハンナマリーの放った≪太刀斬り≫は、大アゴの付け根の駆動部に吸い込まれていった。この場所は大アゴを180度以上開くために厚い甲殻は存在していない。吸い込まれた大剣は弾き返されることなくアゴの筋肉と腱を半ばまで切断し、振り抜かれた。

 アゴから多量の体液を吹き出しながらも≪断切虫≫希少種は怯みも見せずに着地し、ハンナマリー目掛けて復讐の突進攻撃を敢行する。

 一度開いた突破口をさらに拡大するために、立ち位置的に恵まれていたリドリーが大アゴの傷口に氷結弾を討ちい込んでいく。

 ボウガン個人技・極み≪針穴穿弾≫(シンケツセンダン)。団長を≪鬼蜘蛛≫の牙から救う際に開眼した超精密早撃ち集中攻撃である。

 大きく開いた傷口に、速射される氷結弾が、突進しているにもかかわらず全弾同じ個所に吸い込まれていく。これにはさしもの≪断切虫≫希少種も怯みをみせて突進の速度が鈍る。

 緊急回避の態勢に入っていたハンナマリーが、ここをチャンスと判断し、いつでも抜刀出来るように大剣の柄に手を掛けて待ち受ける。

 それを確認したカーシュナーがジュザに合図を送り、≪断切虫≫希少種の後方の死角に潜り込ませる。そして、自分はハンナマリーの真後ろにつき、≪断切虫≫希少種の意識がハンナマリーからずれないように立ち位置の調整を行う。

 ≪断切虫≫希少種らしからぬ迷いの見える動きを見切るのは容易だった。ハンナマリーは大剣・ハンマー個人技・極み≪撃砕≫(ゲキサイ)を、突進してきた≪断切虫≫希少種の大アゴにカウンターで叩き込む。

 突進を誘ってから、激突寸前でかわすと同時に絶妙の立ち位置へと移動する足さばき。リドリーがさらに広げてくれた傷口へ、≪断頭≫を狙った以上の精度で叩き込まれる大剣。全てがかみ合ったハンナマリーの一振りは、見事に≪断切虫≫希少種の大アゴの片方を斬り飛ばし、永遠に何物をも断ち切ることのできない姿に追いやってみせた。

 過去最大の苦痛に、さすがの≪断切虫≫希少種ものたうち回って苦しむ。

 あまりにも激しく動き回るので近接武器を持つ3人は迂闊に近づくわけにはいかず、追撃はリドリーに一任される。

 リドリーが恐るべき技の冴えで、予測しようのない動きでもがき回る≪断切虫≫希少種の後脚の付け根に氷結弾を撃ち込んでいく。ようやく正気を取り戻した≪断切虫≫希少種が態勢を立て直した時には、ダメージの蓄積により、後脚の片方は自由が利かなくなっていた。

 いよいよ大詰めかと思われたとき、それまで陽光を反射して真紅に輝いていた身体の周りに、それよりもはるかに濃い赤を帯びた揺らめきが加わった。そして、身体の節々から鋭利な棘が飛び出してくる。

 激昂状態である。

 まるでラージャンのように真紅のオーラをまとい、凶器の塊と化した全身を、細かい狙いなど完全に無視して、とにかくカーシュナーたちを傷つけることを最大の目的に叩きつけてくる。

「守りに入っちゃダメだ!! さばききれない! やられる前にやろう!」

 冷静なカーシュナーが賭けに出る。それほどに状況は切迫していた。

 斬り飛ばされた大アゴの傷口から噴き出す体液の量は激昂状態に入ったことにより、さらにその量を増している。≪断切虫≫希少種にとってもこれは大きな賭けなのだ。

 威力も速度も先程までの比ではない。動きの鈍い後脚をただの荷物か何かのように無造作に振り回し、突進からの回転攻撃を多用してくる。残された大アゴも、巨大な刃物と化して全員に襲い掛かってくる。まるでラージャンが投身に見合うサイズの大剣を手にぶん回し攻撃をしているかのような迫力と危険性である。

 それでも全員が驚異的速度で繰り出される攻撃をギリギリのところでかわし、反撃を入れていく。技術レベルに個人差はあれど、もうすでに全員がハンター個人技・極み≪一重・流れ木の葉≫(ヒトエ・ナガレコノハ)を体得していた。もし、ギリギリの見切りが叶わなければ緊急回避に頼らなければならない。しかし、≪断切虫≫希少種の攻撃の連続性と攻撃精度を考えると、緊急回避後の追撃は間違いなくカーシュナーたちを捕らえていたことだろう。

 激しくも短い我慢比べのような攻防は、≪断切虫≫希少種のスタミナ切れで幕が下りた。これだけ暴れ、これだけのダメージを受けてようやくである。その体力とスタミナの量には驚かされるばかりであった。

 カーシュナーたちも、深手こそ負うことはなかったが、ギリギリの見切りでは完全にかわし切ることはできず、新品だったはずの防具はまるで百戦を戦い抜いた後のように傷だらけになっていた。

 全身に飛び出していた棘が引っ込み、赤いオーラが散っていく。動きの鈍った≪断切虫≫希少種が本能的に翅を広げ、離脱をはかる。

「ヂヴァ!」

 ≪断切虫≫希少種の行動を先読みしていたカーシュナーが、≪断切虫≫希少種とは全く関係ない岩壁目掛けて走り出す。ファーメイを護衛するために距離を置いた場所にいたヂヴァがカーシュナーの言葉に答え、弾丸のような速度で駆けつけてくる。

「掴まって!」

 カーシュナーはどういう理由からか、岩壁目掛けてジャンプ攻撃の態勢に入る。それを追って、1ミリの迷いもなくヂヴァがカーシュナーに飛びつく。

 カーシュナーはヂヴァを背負う形で高々と舞い上がると、岩壁の窪みに再度長棍状態の演武・奏双棍を突き立て、器用に態勢を入れ替えると、三角飛びの要領で、翅を広げて舞い上がった≪断切虫≫希少種目掛けて二段ジャンプ攻撃を敢行したのであった。

 見た目以上に頑丈な翅の間をすり抜けて、外甲殻よりははるかに薄い甲殻に覆われた腹部に演武・奏双棍を叩きつける。そして、そのまま素早く乗り攻撃に移行する。

「ヂヴァ! お願い!」

 たったそれだけで、ヂヴァはカーシュナーの意図を察し、なめらかすぎて人間ではしがみつくことが出来ない≪断切虫≫希少種の腹部に、カーシュナーの脚を抱え込むようにして、アイルー自慢の鋭い爪で固定してしまったのであった。

 剥ぎ取り用ナイフが突き立てられ、≪断切虫≫希少種がカーシュナーを振りほどこうと暴れ始める。反転飛行をしたり、身体を岩壁にぶつけるなどして必死で振りほどこうとするが、スタミナ切れのタイミングで乗られてしまったことが響き、ハンナマリーを振りほどいて見せた時ほどの勢いはない。

 カーシュナーは、本来ならば振り落とされないようにしがみつかなくてはならないタイミングでもお構いなしにナイフを突き立て、≪断切虫≫希少種を地面に叩き落とすことにのみ集中していた。それは、ヂヴァが絶対に自分を≪断切虫≫希少種の背に繋ぎとめてくれるという信頼の証でもあった。

 カーシュナーの気持ちをしっかりと受け止めたヂヴァが根性をみせる。その姿を見たモモンモ、クォマ、ファーメイの3人が、モンスターの注意を引くわけにはいかないのであまり声を出すわけにはいかないのだが、この時ばかりはのどがつぶれんばかりの勢いでヂヴァに声援を送る。

 暴れていた≪断切虫≫希少種の翅から不意に力が失われ、地響きを立てて墜落する。その衝撃で投げ出されたカーシュナーとヂヴァが見事な受け身を取ると一転、すぐさま立ち上がった。しかし、ヂヴァはここまでが限界であった。その小さな体で、暴れ回る≪断切虫≫希少種との根競べに勝利してみせたのだから無理もない。手足の力が抜けてへたり込む。その様子に気がついたモモンモとクォマがすかさずヂヴァの回収に駆けつける。

「カーシュ! とどめだニャン!」

 ヂヴァの声に後押しされて、カーシュナーは力なくもがく≪断切虫≫希少種目掛け、駆ける。今度はクセの悪い長い脚の邪魔はなさそうだ。

 カーシュナーが≪断切虫≫希少種に取りついたときにはすでに、ハンナマリー、ジュザ、リドリーの猛攻撃が始まっていた。

 リドリーがLv3貫通弾で連続ダメージを与えていけば、ジュザが残った大アゴ目掛けて乱舞を叩き込む。ハンナマリーは背後に回ると、墜落の衝撃で上手くたたむことが出来なかった背中の甲殻の隙間から、翅と腹部目掛けて溜め切りを叩き込んでいた。

 カーシュナーは大アゴが斬り飛ばされたおかげで攻めやすくなった頭部に取りつくと、鬼人化からの≪乱打・回天≫を叩き込んでいく。

 この状況で人一倍気を吐いたのがジュザとハンナマリーであった。

 ジュザは先の狩猟で開眼したばかりの双剣個人技・極み≪阿修羅・千刃≫(アシュラ・センジン)を振るいつつ、さらに集中力を研ぎ澄ましていく。両腕を包んでいた赤いオーラに加えて青いオーラが絡まるように這い上り、赤いオーラと混じり合うと紫紺のオーラへとその色を変じていく。オーラは腕だけにとどまらず、ついには上半身全てを包み込む。揺らめくオーラと目で追うことすら困難な斬撃を振るうその姿は、まぎれもなく東方の闘いの神、阿修羅そのものであった。

 

 ――双剣個人技・極み≪阿修羅王・三千刃≫(アシュラオウ・サンゼンジン)

 

 それは、乱舞の最終到達域。竜人ならざる者でこの領域に足を踏み入れたのは、この数世紀で、わずかに7人。現存するハンターなし。ジュザはG級の扉を開く前に、双剣使いの極みに達したのであった。

 極限の乱舞を受けて≪断切虫≫希少種の大アゴに亀裂が走り、砕けるのではなく、すっぱりと切り落とされる。

 激痛が活を入れる結果となり、≪断切虫≫希少種の脚に力が戻り、立ち上がろうとする。その寸前に、全力で舞い続けていたカーシュナーの≪乱打・回天≫が功を奏し、めまい状態に陥り崩れ落ちる。

 目の前で崩れ落ちた強者の背中に、ハンナマリーが介錯の一撃を振り下ろす。

 ハンナマリーの脳裏には、ひと月ほど前に目の当たりにした赤玲(セキレイ)の大剣個人技・極み≪開錠・七星門≫(カイジョウ・シチセイモン)があった。はるか高みにある強さ。あの日、あの瞬間から、ハンナマリーの頭から離れたことはない。同じ大剣使いだからこそわかる彼我の距離。それでも追い続けた成果が、この時早くも発揮されることになる。

 強力な一撃を叩き込むために、振りかぶった大剣に氣を溜めていく。1段階、2段階、3段階…。集めた力が行き場を求めてハンナマリーの体内で暴れだす。本来ならばここで拡散していく力を閉じ込めることで、全身を内側から針で突かれるかのような苦痛が襲い掛かってくる。

 暴れる力の流れを読み、その行先を探し出す。ハンナマリーの脳裏に、存在しないはずの門が現れる。開くカギは自身の意志の力のみだと、ハンナマリーは本能で悟っていた。意志の両手を門の扉に掛ける。

『開け!』

 命じるとともに、押し開く。意識の中に現れた力の門の扉は、ハンナマリーに逆らうことなく開いていく。それまでとはけた違いの力が身体中に満ちていくのが感じられる。力があふれて破裂するのではないかと思った瞬間、ハンナマリーは、カッ! と両眼を見開くと、一気に大剣を振り下ろした。

 

 ――大剣個人技・極み≪開錠・四星門≫(カイジョウ・シセイモン)

 

 大剣の溜め攻撃は3段階。それ以上に氣を溜めようとしても拡散してしまい、威力は逆に低下してしまう。それは溜めた氣から導き出される力に肉体が耐えられないため、自衛処置として起こる現象なのだが、力に耐えられるだけの強靭な肉体と、氣をコントロールし、限界を定めている力の門を開くことが出来れば、3段階以上に氣を溜めることが可能となる。

 開錠可能な門の数は全部で七つ。八つ目の門も存在すると言われているが、それは死へと通じる門とされ、本当に存在するのか、存在するのならばどうやって開くのか、その全ては謎に包まれ、求めることを厳しく禁じられていた。

 竜人族ですら開錠することが難しいとされる第四の門をハンナマリーは開いてみせたのであった。

 振り下ろされた大剣の刃が翅を断ち、腹部を深々と切り裂く。大量のモンスターの体液が噴き出し、ハンナマリーの防具に飛び散った。

 それまでむなしく宙をかいていた脚がビクッと痙攣し、糸が切れた操り人形のように落ちた。

 狂乱の谷を征した真紅の悪夢は、ついに終わりを迎え、覚めたのであった。

 一拍の間をおいて、クォマの感無量の雄たけびが、住人を失った峡谷を、岩壁に反響しながら隅々まで響き渡ったのであった――。

 

 

 そこは、峡谷の小高い場所にある日当りのいい元耕作地の外れだった。

 生き残ったテチッチ族たちと、多くの調査団員たちで埋め尽くされている。

 こんもりと盛り上がった土の下にはテチッチたちの頭骨が眠り、その上には職人たちが作ってくれた慰霊碑が建てられている。周りには沢山の花束が供えられ、霊前香が焚かれていた。慰霊碑の前で、ギルドマスターがいつまでも手を合わせている。

 少し離れたところから、カーシュナーたちはこの光景を眺めていた。そこに喜びはないが、これから先も生きていくための心の底に重く溜まっていた想いを下ろすことが出来た安堵があった。

 大型モンスターの出現地域になってしまったため、取り戻したとはいえ二度と帰ることが出来なくなってしまった故郷を、カーシュナーの隣でクォマが見下ろしている。その小さな肩に、カーシュナーは優しく手を掛けていた。

 結局は何も取り戻せていないのだ。それでも、心に決着をつけることの大切さを知っているカーシュナーたちは、目の前の光景に満足していた。

 ついにG級へとたどり着いたという事実よりも、それは、はるかに意味のあることであった――。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。