世界の南半球に存在する南の大陸では、北の大陸と違い、南下するほど気温が低下する。もっとも、調査団員が始めに上陸し、調査を開始した大陸は、南に3つ存在する大陸の中で、最も安定した気候と豊かな土壌に恵まれた大地であるため、平地で降雪が観測されるのは南端部のみであった。
大陸に広く繁殖している甲虫種であるが、≪六花湖≫(リッカコ)からさらに南へと下った先にある大陸最大の大河を超えると、その繁殖勢力に衰えがみられ出し、草食種や鳥竜種、飛竜種や牙獣種などの姿が多く見られるようになる。それでも、各エリアの生態系の頂点に君臨するのは常に甲虫種の強力モンスターたちだった。
≪生命の大河≫と名付けられた大陸最大の大河は、その名が示す通り、モンスターに限らず、数多くの生物が繁殖し、生命の起源の謎を解き明かせるのではないかと期待されるほど豊かな可能性を秘めた狩場だった。しかし、≪生命の大河≫には上位最強クラスやG級クラスのモンスターが生息しておらず、独自の進化をとげたモンスターも生息してはいないため、北端部から南下してきたハンターにとっては、これと言って注目する価値のある狩場ではなかった。
この≪生命の大河≫を渡河してさらに下った先に、≪南の森丘≫と名付けられた狩場が広がり、その先には広大な草原地帯が広がっていた。
≪南の森丘≫も名前が示す通り、北の大陸にあるココット村からほど近い狩場である≪森丘≫に非常によく似た環境を持つ自然豊かな狩場で、多くの草食種が繁殖していた。ここには小型の鳥竜種と中型の飛竜種が生息していた。
北の大陸には存在しない中型の飛竜種は、体長が10メートル未満で、ちょっと大きいガブラス程度の飛竜であり、けして狩場の所有権を主張するようなことのない存在であった。万が一にもその存在感が、縄張りのボスの危機感を煽るようなことがあれば、容赦なく駆逐されてしまうため、それ以上大きい個体は生き残れないのだ。
≪小火竜≫と名付けられたリオレウスの子供のような飛竜が生息しているのだが、これをホルクのように手懐けられないかという研究が進められ、それなりの成果を発揮しているという。これがもし調教可能となれば、ハンターは強力な戦力を手に入れることになる。
ハンターにとっても非常に興味深い要素を持った狩場ではあるのだが、大陸屈指の強豪モンスターである≪鬼蜘蛛≫(オニグモ)が生息していること以外は特別なモンスターに遭遇することはなく、その≪鬼蜘蛛≫も繁殖数の関係で狩猟禁止指定が出てしまっているため、採取や生肉などの狩猟とは別の目的でもない限りは、G級揃いの南の大陸のハンターたちには重要性のかなり低い狩場となっていた。
ちなみに≪小火竜≫は下位クラスのモンスターであり、これまで研究のために数匹が捕獲されたのみで、討伐されたことはない。
≪断切虫≫(タチキリムシ)希少種を討伐し、あっという間に上位を卒業してG級ハンターに昇格したカーシュナーたちは、先に上げた二つの狩場は勉強のために採取ツアーを受注して隅々まで狩場を把握しただけにとどめ、さっさと通過してしまった。
新しい狩場と生物に喜んだのは王立古生物書士隊員であるファーメイと採取の鬼モモンモだけであり、他のメンバーはこの二人のために同行したようなものであった。
新しい狩場を軽く流して通過すると、カーシュナーたちは風の強い草原地帯を横断し、大陸南端部にある最後の狩場、≪霊峰・咲耶≫(レイホウ・サクヤ)へとやって来た。
標高の高い山脈が存在しない南の大陸で、唯一5000メートル以上の標高を誇る美しい山である。貴婦人のドレスを思わせる優美で緩やかな曲線を描きながら広がる裾野は、過去に流れ出した溶岩を抱え込んだ緑濃く美しい、惑わしの樹海へと流れ込んでいる。かつては荒れ狂う狂気の山であったが、休眠期に入ったいまでは、白く輝く美しい姿と、内に秘めた暴力的な狂気とで、眠れる樹海の魔女などと揶揄されることもある。
鉱物資源も豊富で、この地でしか採取できない鉱石が何種類かあり、それらを求めて足を運ぶだけでも充分な価値のある狩場である。
カーシュナーたちにとっても希少な鉱物資源は魅力的であったが、それ以上に彼らが期待しているのが、≪霊峰・咲耶≫にのみ生息し、≪噴流蟲≫(フンリュウチュウ)と並んで大陸2強モンスターと謳われるG級モンスター、≪煉狼龍≫(レンロウリュウ)ラヴァミアキスの存在だった。
かつて世界に破滅の恐怖をもたらし、≪厄海≫の底深くで眠っていると言われる≪煉黒龍≫グラン・ミラオスが持つとされる≪不死の心臓≫を持ち、同様に灼熱核によって制御されたマグマが身体中を体液として循環している驚異のモンスターである。
ジンオウガと同じ牙竜種に分類されているが、キングサイズのグラビモスを上回る30メートル近い巨体を誇り、それでいて機動力はまるで衰えをみせない驚異的な身体能力をも誇る。肉体の骨格及び基本構造が牙竜種のものであるだけで、その存在は古龍となんら変わることはない。
「やっと着いたね」
カーシュナーが嬉しそうに振り向く。
「まだ、樹海を通らないといけないッスから、着いたとは言えないッスよ! 迷いやすいんで油断は禁物ッス!」
ファーメイが注意を促す。
「≪霊峰・咲耶≫がデカ過ぎるから距離感がおかしくなるな!」
目の上に手でひさしを作って眺めていたリドリーが感嘆に近い感想をもらす。
「ファーメイの言う通りだね。ここまで来たんだ。つまらない理由で引き返すことにならないように、気を引き締め直してもう一頑張りしようじゃないか」
「またここまで出直すかと思うとゾッとする」
ハンナマリーの言葉に、ジュザが嫌そうに顔をしかめる。
≪鉱山都市≫から≪霊峰・咲耶≫までは2か月以上の道のりだった。万が一出直すようなことになれば、一年の半分が無駄になる。その事実に思い当たった全員が、ジュザ同様嫌な顔をした。
全員が荷物と装備の点検を自主的に行うと、カーシュナーたちは惑わしの樹海へと踏み出した。
ベースキャンプは天然洞窟の中に設置させていた。中は二段構造となっており、入口に近い上段に簡易ベットと赤い納品ボックスが用意され、驚くほど気温の低い下段には大量の支給品が保管されていた。これは北の拠点にある調査団本部から最も遠い位置に狩場があり、細かい管理が困難であるため、訪れるハンターがベースキャンプの管理も行うことになっているのである。手間は増えるが、おかげでG級クエストには珍しく、クエスト開始時点から支給品を受け取ることが出来るのである。数をごまかす気になればいくらでも出来るが、南の大陸に来ることを許されたハンターたちの中にそのような不心得者はいないというギルドマスターの信頼が裏切られることはなかった。また、北の大陸ほど狩場の管理が行き届かないことと、不測に事態が発生しやすい環境であることから、緊急時に消費した規定数以上のアイテムは、狩猟後に報告書を提出すればその内容に応じて認められ、万が一使い過ぎと判断されたときは余剰消費分の代金を支払えばこれといったペナルティが与えられることはない。
カーシュナーたちは運んできた補充分の支給品を保管場所に運び込むと、今回のクエストで使用が許可されている大量の支給品を取り出して青い支給品ボックスへと移した。おそらく竜人族の老人たちの気遣いなのだろう。どう考えても多すぎる支給品を全部アイテムポーチに詰め込んだりすれば、薬草1本採取することも出来なくなってしまう。
カーシュナーたちは心遣いに感謝しつつ、携帯食料と応急薬グレートと支給用ホットドリンクだけを取り出し、アイテムポーチに詰め込んだ。
「さて、出発前の準備は済んだことだし、いつものおさらいをしようか」
カーシュナーが落ち着いた声で提案する。テチッチ族の故郷を牛耳っていた≪断切虫≫(タチキリムシ)希少種をはるかに上回る強さを持つ、狩猟可能なモンスターの中ではおそらく最強と言っても過言ではない実力の持ち主を前にしても、少しの緊張も見られない。
ちなみに同等の実力を持つと言われている≪噴流蟲≫は、撃退以前のかなり軽めの蓄積ダメージを受けた時点で、好き放題暴れた上でさっさと逃げ出してしまうただの厄介者なので、まともな狩猟は不可能と考えられている。
カーシュナーの言葉に従い、分厚いモンスター図鑑をファーメイが取り出す。
「じゃあ、≪煉狼龍≫ラヴァミアキスについて改めて説明するッス! おそらくその火属性の強さで並ぶ存在は、北の大陸では”歩く災厄”と言われる超大型古龍、≪煉黒龍≫グラン・ミレオス意外に存在しないと言い切れるほどの突出した破壊力を持っているッス!」
ファーメイがここで一拍置く。最近ではモンスターの説明というよりも怪談話に近い感覚になって来ている。
「大木のように太く発達した四肢を持ち、30メートル近くある巨体を支え、完全にコントロールするッス! 力も素早さも、これまでのモンスターとは比較にならないッス! あの≪断切虫≫希少種ですらも、≪煉狼龍≫ラヴァミアキスの前では霞むどころかいないも同然ッス!」
「そんなに差があるのか?」
ジュザが尋ねる。
「≪断切虫≫希少種も20メートル以上あり、充分大きかったし、その上で早かったッスけど、根本的な重量感が違うんッスよ! カーシュ君も充分鍛えてあって引き締まった身体をしてるッスけど、ハンナとは比較にならないのと一緒なんッス! 美少年とラージャン(雌)みたいなもんッス!」
「ものすごくわかりやすい例えだな!」
「まったくだ」
「誰がラージャン(雌)だ!」
ハンナマリーはそう言いつつも、ラージャンの両腕ぶん回し攻撃をマネて3人にツッコミを入れる。ツッコミというより、もはやただの制裁にしか見えない。
「……と、とにかく、大きさそのものも上回っているッスけど、縦横の比重が全然違うんッス!」
ファーメイがふらふらになりながらも本能的に説明を続ける。目の焦点がモンスター図鑑に全くあっていない。よく説明できるものだ。
「あれ以上ってことになると、ちょっと想像しにくいね」
「そうッスね。ボクも言ってていまいちピンと来ていないッス。遭遇したら、始めは動きに慣れることに集注した方がいいかもしれないッスね」
「それ、確定だね」
「肉弾戦だけでもとんでもなく強いんッスけど、属性攻撃はそれ以上に強力で、ブレス攻撃は追尾性能が高く、体液として体内を流れているマグマを全身から噴き出しながら繰り出してくる肉弾攻撃は、物理ダメージと属性ダメージの合わせ技になるので、受けるダメージは2倍以上になるッス! 全員火属性の耐性が高い≪断切虫≫希少種の素材で作ったG級防具を装備しているッスけど、それ込みで2倍ッスから、決して油断しないようにしてほしいッス!」
「この装備でも2発もたないかもしれないってことか?」
「リドはガンナー装備だから余計にそうッスね! 前の≪氷花竜≫(ヒョウカリュウ)装備は火耐性が極端に低かったッスから、もし装備を新調していなかったら、間違いなく一撃でオチるッスよ! でも逆に、弱点となる属性は龍、氷で、最も効果があるのが龍属性による攻撃なんッスけど、残念なことに、南の大陸には強力な龍属性を持ったモンスターがいなかったせいでみんな龍属性武器を持ってないッス! けど、G級にまで強化した≪氷花竜≫の武器が持つ高い氷属性値なら、充分ダメージを与えられるはずッス!」
「装備新しくしといてよかった~」
「たぶん前の装備のままだったら、ギルドマスターがクエストの受注を許可してくれなかったと思うッス!」
「ってことは、ギルマスじいちゃんがこの装備ならイケるって判断してくれたってことか!」
「心強いな」
ジュザがつぶやく。
「その強さから、もし≪煉狼龍≫ラヴァミアキスが、≪霊峰・咲耶≫以外でも生息できていたら、南の大陸は甲虫種を中心とした生態系にはなっていなかったと考えられているッス!」
「なんでここにしか生息していないの?」
「それは、強さの根源になっている≪不死の心臓≫が生み出す膨大な熱エネルギーが、自身の身体をも焼き続けているからッス! ≪不死の心臓≫を持っているとはいえ、その機能はどうやら不完全なものらしく、同じ≪不死の心臓≫を持つ≪煉黒龍≫グラン・ミレオスのように、生み出されるエネルギーを生かし切ることが出来ず、余った灼熱の力が外ではなく身体の内側に向かってしまうみたいなんッス! だから、寒冷な気候を持つ大陸南端部の、それも標高が一定以上で一年を通して極寒の、≪雪山≫のエリア8のような環境で常に身体を冷やし続けないと死んでしまうため、≪霊峰・咲耶≫の中腹以上に生息しているんッス!」
「≪不死の心臓≫を持っているのに死んじゃうの?」
「そうッス! 言葉が矛盾しているッスけどね。これは1頭だけ捕獲できた≪煉狼龍≫ラヴァミアキスの幼体の情報から推測されたことで、確認された事実ではないんッスけど、≪煉狼龍≫ラヴァミアキスは、幼体の時期には体内に≪不死の心臓≫を持っていないんッス。おそらく死んでも≪不死の心臓≫だけは残り、それを見つけて体内に取り込んだ個体のみが成獣にまで成長することが出来るのではないかと考えられているッス!」
「なるほど、手に入れられなかった個体は大きく成長できないから、他のモンスターに捕食されてしまい、結局成獣になれた≪煉狼龍≫ラヴァミアキスだけが残るってことなんだね。…でも、それだと≪不死の心臓≫はどうやって出来上がるのかが疑問だよね。仮に幼体のうちは持っていなくても、成長に従って体内で精製されるならわかるけど、死んで残された≪不死の心臓≫を若い個体が受け継いでいくってことは、自分じゃ精製出来ないってことなのかな? だとしたら、始めに誕生した≪煉狼龍≫ラヴァミアキスはどうやって≪不死の心臓≫を手に入れたのかだよね」
「たまごが先か、ガーグァが先かの話みたいだね」
「そうッスね! そもそも≪不死の心臓≫自体がいまだに謎に包まれた部分の多い素材ッスからね。これはあくまでボクの推測ッスけど、ものすごく低い確率で≪不死の心臓≫を持って生まれてくるか、体内で精製出来る個体が現れているんじゃないッスかね? それなら一般的な≪煉狼龍≫ラヴァミアキスの幼体が≪不死の心臓≫を持っていないことと、≪不死の心臓≫の継承の説明がつくと思うんッスよ!」
「なるほどな~」
ファーメイの説明にリドリーが感心する。しかし、カーシュナーの中にはいくつかの疑問が残った。大陸南端部は寒冷な環境の影響で、根本的に甲虫種の繁殖率が低い。大型の甲虫種は他の地域に比較するとかなり少なく、主に繁殖しているのは小型の甲虫種ばかりである。しかし、それでも”いる”のである。≪煉狼龍≫ラヴァミアキスは、いまでこそ≪霊峰・咲耶≫の中腹以上に留まっているが、それは≪不死の心臓≫が原因のやむを得ない理由からであり、そうなる前までは平地に生息していたはずなのである。何といっても火属性を持つモンスターである。誰がすき好んで弱点属性の一つである氷の世界のような≪霊峰・咲耶≫に生息するだろうか。だが、大型甲虫種が生息する地域で、≪不死の心臓≫を得て大型化を始めていたら、≪南の森丘≫に生息する≪小火竜≫のように、エリアを牛耳るボスによって力をつける前に排除されしまい、≪煉狼龍≫ラヴァミアキスは誕生していなかったはずである。
弱肉強食という鋼の掟をすり抜ける何かが、≪煉狼龍≫ラヴァミアキスにはあるのだ。
攻略の糸口になる可能性もあることなのだが、いかんせんそのほとんどが推測に推測を重ねた上での考えなので、これ以上考えを推し進めるだけの価値があるのか、根本的な部分がはっきりしないのである。カーシュナーはここで考えることをやめ、この疑問を記憶の中にしまい込んだ。下手な思い込みは判断を誤らせるだけでしかないからだ。
「胸と肩と背中に灼熱核、マグマのコアのことッスね。が、あり、部位破壊できるッス! 破壊に成功すると攻撃の属性値が大幅に下がるので積極的に狙っていくといいと思うッス! ただ、怒り状態になると蓄積されていたダメージが回復してしまうので、一気に破壊しないと逆に無駄な努力になってしまうッス!」
「その辺は動きと動きのクセを見てからだね。全部破壊したいところだけど、狙い過ぎて、結果深追いすることになったら余計な反撃をもらうことになるだけだからね」
「だな。あんまりでかいなら下手すると届かないかもしれねえからな。二人以上で攻め込めねえなら割り切って立ち回った方がいいな」
「状態異常はどれも有効ッス! 罠も効くッスけど、落とし穴は焼き切られてしまうので拘束できる時間が短いッス! シビレ罠はまともに効果があるので、どう使うかが勝負の分かれ目になるかもしれないッスね!」
「よっしゃ! おさらいはこんなもんだろ。まずは採取ツアーに出て、≪霊峰・咲耶≫の地形を頭に入れるとしようか」
一通りの説明が終わったところで、ハンナマリーが勢いよく立ち上がった。ファーメイとモモンモが嬉しそうにハンナマリーに続く。ファーメイは新しい狩場の探索が目当てであり、モモンモは新素材の採取が楽しみなのである。他のメンツも新しい狩場を前にして気持ちが高揚してはいるが、それ以上の緊張感が気持ちの頭を抑えつけているため、ファーメイやモモンモほどにははしゃげなかった。
「二人ともホットドリンクの予備忘れるんじゃないよ!」
競うようにベースキャンプから飛び出したファーメイとモモンモの背中にハンナマリーが声を掛ける。
二人とも早くも何か興味を引くものを発見したらしく、答えもせずに歓声を上げると走って行ってしまった。
「もう少しモンスターの心配しろよな!」
リドリーが文句を言いながら後を追うと、残りの全員がその後に続き、≪霊峰・咲耶≫へと足を踏み出したのであった。
「意外と洞窟が多いな!」
天井から釣り下がる無数の剣のようなつららを見上げながら、リドリーが感想をもらす。
遠くから見ていた時には気がつかなかったが、≪霊峰・咲耶≫には無数の洞窟が走っていた。それもかなり手の込んだ人口の洞窟だ。≪鉱山都市≫の奥に広がる坑道のように、採掘の結果出来上がった洞窟とは違い、どのような道具を使用すればこのような加工が可能なのか想像も出来ない程、床は平らにならされ、壁も幻獣バターやロイヤルチーズをナイフで切り取ったかのように、真っ直ぐなめらかになっている。それら全てが、長い年月をかけて吹き込んできた風雪により覆われている。
どうやらそれぞれの自然洞窟の間を人工的につなげているらしく、しばらく進むと不意に開けた採掘場のような場所に出ることがあり、モモンモをおおいに喜ばせた。ファーメイとしては氷漬けになった古代モンスターあたりを発見しようとしていたようだが、いまのところそういった気配はなかった。
「ファー、このクンチュウみたいなのなに?」
ジュザが質問しながら飛び掛かってきた丸い物体を蹴り飛ばす。
「ああ、それは≪飛弾虫≫(ヒダンチュウ)ッス!」
ファーメイが答えている間に、ジュザに蹴り飛ばされた≪飛弾虫≫はハンナマリーによって再度蹴り飛ばされ、洞窟の隅で弾んでいる。
「クンチュウの仲間で、全身がゴム質の皮に覆われた小型モンスターッス! ゲリョスを狩らなくてもゴム質の皮が手に入るお得なモンスターッスよ!」
「カーシュ! ゴム質の皮って必要だったっけ?」
少し離れたところで獣人トリオと一緒に採掘をしていたカーシュナーに尋ねる。
「必要ないよ! 南の大陸だとゴム質の皮の上位以上の素材が手に入らないから、攻撃してこない限りは狩らなくていいよ!」
「おい! カーシュ! ふざけるなモン! ゴム質の皮だモン! 肌にぺったりくっつけると気持ちいいゴム質の皮だモン! 必要だろうが!」
最後には興奮のあまりお決まりの”モン”を付け忘れるほどの勢いでモモンモが抗議する。
「そんなつまらん理由でモンスターを狩るんじゃニャい!」
ヂヴァが興奮するモモンモをたしなめる。
「つまらん理由とはなんだモン! ぺったりくっついて、ぺりぺりはがれるあの快感をバカにするなだモン!」
「モモンモってなんだか変態みたいだアン!」
興奮するモモンモに対し、クォマが3歩ほど引く。
「誰が変態だモン! お前らみたいな毛むくじゃらにはこの快感がわからないんだモン! カーシュならわかるモンな!」
「……いや~、南の大陸に来てからハンターになったから、ゲリョスを狩ったことがないんだよ。だからゴム質の皮も実際に触ったことがないからわからないんだ」
「なんてことだモン! カーシュは人生の楽しみの8割を損しているモン! よしっ! オイラが≪飛弾虫≫を狩りまくって、カーシュのために全身ぴったりフィットなボディスーツを作ってやるモン!」
「うちの弟に変なこと教えるんじゃないよ! あぶない趣味に目覚めたらどうするんだい!」
興奮するモモンモの頭をハンナマリーが軽く小突く。上手いこと半回転したおかげで、モモンモは突然視界を失いジタバタともがいた。
そんなモモンモのお面を元の位置に戻してやりながら、カーシュナーはモモンモに声を掛けた。
「ボクのボディスーツは別として、モモンモがそこまでお勧めする素材なら、せめてモモンモのボディスーツが作れるくらいのゴム質の皮を集めてみようか」
「話がわかるモン! だからカーシュは好きだモン!」
言うが早いか、モモンモはハンナマリーが蹴り飛ばした≪飛弾虫≫を追いかけて行った。
なかなかに強力な一撃を叩き込んだが、持っている武器が打撃属性の演舞棍(エンブコン)もどきであったため、たいしたダメージを与えられなかった上に、思い切り弾き返されて全身を細かく震わせてしびれている。
身動きできなくなったところに仲間を助けようと他の≪飛弾虫≫が転がり襲い掛かり、モモンモを滅多打ちにする。
「何を遊んでいるにニャ! 仕方のないヤツニャン! クォマ、手伝いに行くニャン!」
「了解だアン!」
見かねたヂヴァがクォマと一緒に助太刀に向かう。ヂヴァはピッケル状の切断武器を、クォマはソードタイプの切断武器をそれぞれ装備しているので、モモンモよりもはるかに効率よく≪飛弾虫≫を狩っていった。
カーシュナーたちが見守る中、エリア内に生息していた≪飛弾虫≫が狩りつくされ、モモンモは無事ボディスーツを作れるだけのゴム質の皮を手に入れたのであった。
≪霊峰・咲耶≫の探索は順調に進んでいった。始めは古代モンスターの氷漬けのような大発見を期待していたファーメイも、今では王立古生物書士隊員らしく、エリアごとの採取可能なアイテムや、生息していた小型モンスターの種類や数などの地味な調査に精を出している。ほとんど調査が手つかずの≪霊峰・咲耶≫では、いまファーメイが集めている情報が今後のさらなる調査の土台になるので、以外に責任重大な採取ツアーなのだ。
「だいぶ登って来たね。ここを抜ければおそらく中腹地帯に入るはずだから、油断するんじゃないよ」
斜め上から射し込む光を見上げながら、ハンナマリーが注意をうながす。
たいまつのおかげでそれ程でもないが、外に出れば一面白銀の世界である。暗さに慣れた目が強烈な反射光に焼かれるのを防ぐために、カーシュナーたちはすぐには外へ出ず、支給用ホットドリンクを飲み直しながら、光に目を慣らしつつゆっくりと洞窟の外へと移動した。
白さが違った。
北の大陸でも、比較的冬場の積雪量が少ない地域で育ったカーシュナーたちは、本当の意味での雪を見るのはこれが初めてだった。雪と水が混じり合ったみぞれのような雪しか知らなかったので、目の前を舞う雪の結晶は、腕の立つ職人が作ってばら撒いているのではないかと思わせるほど美しかった。
思わず手を伸ばして受け止める。手のひらに乗るとほんの一瞬だけ形をとどめ、水になってしまう。作り物ではなく本物の雪だ。
「これは意外と苦戦させられそうだね」
カーシュナーが照り返しと白一色の世界に眉をしかめる。それは死を招く可能性を秘めた美しさだった。
「やばいな~。距離感が狂うぜこりゃあ」
カーシュナーの言葉に、試しにスコープをのぞいて見たリドリーが愚痴る。
距離感をつかむための対象が何もないので、自分がいま見ているものが近くにあるのか遠くにあるのか、大きいのか小さいのかがわかりにくいのだ。
「安心してくださいッス! 保護具仕様のシャドウアイ持ってきているッスから大丈夫ッスよ!」
そう言うとファーメイは大きな背負い袋から人数分のシャドウアイを取り出した。モモンモはお面のおかげでいらないらしいが、ヂヴァとクォマ用のシャドウアイまである。
「ギルドマスターからのさし入れッス!」
「珍しく気が利く」
受け取りながらジュザがつぶやく。さっそく掛けるとなかなかによく似合っている。
「リド必要なの?」
カーシュナーが尋ねる。前髪がもっさりとしてい過ぎるリドリーがシャドウアイを掛けても、前髪に埋もれてしまって見た目の変化がまったくなかったからだ。
「いや、これはすげえいいぜ! 地形も見分けやすくなったから、これで斜面から転がり落ちる心配もしなくてすむだろ!」
全員ギルドマスターの心配りに感謝しつつ、≪煉狼龍≫ラヴァミアキスの生息域の探索を始めた。それぞれ言葉には出さないが、先程までの砕けたような感じはなくなり、どこか緊張感が漂っている。
素材的な収穫に恵まれ、モモンモがホクホク顔で歩いていると、雪の一部が突然飛び跳ね、モモンモに飛び掛かった。ここまでカーシュナーたちと一緒に数々の修羅場をくぐり抜けてきただけあって、完全な不意打ちであったにもかかわらず、とっさに身体を開いてかわす。反応は良かったのだが、さすがに腰まで雪に埋まっているせいで動きが制限されるため、かわしきることが出来ず、引っ掛けられて雪の中に倒れ込んでしまう。
モモンモに襲い掛かったモンスターが、雪の中を飛び跳ねながらけたたましい鳴き声を上げる。
「あっ! その子は小型鳥竜種の≪白雪鳥≫(ハクセツチョウ)ッス! なりは小さいッスけど、好戦的だそうッスから気をつけてくださいッス!」
ファーメイが解説している間に、とがったくちばしの先端と、短い前脚、それに反して太く大きく発達した後脚の先端部分だけが黒く染められた≪白雪鳥≫の仲間が集まってくる。けたたましい鳴き声は、どうやら仲間を呼んでいたらしい。
「ファー、この子たちの素材ってわかる?」
「鳥竜種の牙がメインで、≪白雪鳥≫の鱗に皮、後は竜骨【小】みたいッスね。上位素材も出るらしいッス」
「装備類は開発されていないよね?」
「いないッスね! 南の大陸には鳥竜種がほとんどいないんで、試作後の派生先も開発出来なくて、確か見切りをつけられちゃった記憶があるッス」
「じゃあ、狩ってもあんまり意味ないね。姉さん。追い払えるかな?」
「モモンモが≪飛弾虫≫を狩りまくったからね。素材が使えないならこれ以上は無駄な殺生はしたくないから、いっちょやってみるか」
ハンナマリーはそう言うと、わめきたてる≪白雪鳥≫の群れの中に無造作に踏み込んで行った。そして大剣を背負うように構えると、氣を溜め始める。
1段階、2段階、3段階、…そして4段階まで力を溜める。そして、大剣個人技・極み≪開錠・四星門≫(カイジョウ・シセイモン)を、群れの真ん中に叩き込んだ。
地中に大タル爆弾Gでも埋め込まれていたかのような勢いで雪が吹き飛び、≪白雪鳥≫たちを飲み込む。
「死にたくないだろう? 早く帰りな」
どすの利いた声でハンナマリーがつぶやく。当然言葉は通じないが、異様に似合うシャドウアイが威圧的に光を反射し、圧倒的な力の差と、明確な殺意を伝える。
先程のものとは響きの異なる、悲鳴に近い鳴き声を上げながら、≪白雪鳥≫の群れは逃げ散っていった。
「さすが、我らが雌ラージャン! とんでもないこと……」
リドリーがハンナマリーをからかおうとしたとき、雪崩でも起こったのかと思わせる野太い咆哮が≪霊峰・咲耶≫に響き渡った。そこには、己のテリトリーに侵入してきたものへ対する、絶対者だけが持つわずらわしげな苛立ちがこもっていた。
「いまので気がついたな」
咆哮が響く空を見上げながら、ジュザが凄味のある笑みを浮かべる。一瞬で臨戦態勢に入っている。
「まあ、ハンナのあれだけでかい百戦の気を感じ取れないような鈍ちんじゃねえわな!」
「どうする?」
ハンナマリーがカーシュナーに問いかける。
「いまのであいさつは充分だよ。せっかくギルマスじいちゃんが採取ツアーと討伐クエストを連続で発注してくれたんだから、今日はこのまま残りのエリアを調べて帰ろう」
「そうだね。採取ツアーで討伐したなんて言ったら、またギルマスじいちゃんにどやされそうだからね」
牙竜種特有の長く尾を引く咆哮が大気を揺らし、ハンナマリーが舞い上げた雪の結晶たちをきらめかせる。
つい先程まで騒がしかった≪白雪鳥≫たちが、姿どころか気配まで消してしまっている。
その後はどのエリアに入ってもモンスターの姿を見ることは出来なかった。≪煉狼龍≫ラヴァミアキスの振るった威に打たれ、身を潜めてしまったのだろう。
≪霊峰・咲耶≫は、巨大な一つの力と巨大な一組の力が出会う前に、戦場の様相を呈したのであった――。