見事な円錐形をした≪霊峰・咲耶≫(レイホウ・サクヤ)の山頂に、厚い雲がかかる。自然が遊び心を起こしたのか、その姿はまるでユクモノカサをかぶっているかのようであった。
ベースキャンプから足を踏み出したカーシュナーたちに、麓付近にもかかわらず昨日とは違う冷たい風が吹きつける。これから起こるであろう激闘を予感してか、天候も荒れ始めたようだ。
「天気が荒れた場合どっちに有利になるんだ?」
リドリーがかけらの緊張もにじまない声で問いかける。
「向こうだよ。本格的な吹雪が初めてのボクらと違って、≪煉狼龍≫(レンロウリュウ)ラヴァミアキスは、≪霊峰・咲耶≫の住人だからね。吹雪なんてうちわであおられているようなものなんじゃないかな」
こちらも緊張した様子の見られないカーシュナーが答える。ハンナマリー、リドリー、ジュザの3人よりもはるかに幼いころから修羅場を潜って来たカーシュナーは、冷静であることの重要性が骨身にしみている。
「それにしても静かだね。草食種1匹いないじゃないか。≪煉狼龍≫ラヴァミアキスがワンワン吠えてた昨日ならわかるけど、今日もいないってのはどういうことだい?」
「上に≪煉狼龍≫ラヴァミアキス。下に雌ラージャンじゃあ、大概のモンスターは逃げ出すだろ」
「あっ、その条件ならオレも逃げたい」
ハンナマリーが無言で軽口をたたくリドリーとジュザの二人に両腕ぶん回し攻撃による制裁を加える。もはやツッコみの領域を完全に突き抜けている。
「まあ、つまんない邪魔が入らないんならそれでいいさ」
「まだ決めつけないほうがいいと思うよ。ボクたちが不利な状況になった途端に昨日の≪白雪鳥≫(ハクセツチョウ)辺りが出てくるかもしれないからね」
「出て来たければ来ればいいさ。後悔させてやるだけの話だよ」
そう答えたハンナマリーの目は、完全に肉食獣のものだった。
「さあ、無駄話はこのくらいにして、そろそろ≪霊峰・咲耶≫の主にあいさつに行くとするかい」
「そ、その前にベースキャンプで一回休ませてくれ」
「早くも大ダメージ」
制裁からようやく立ち上がった二人が懇願するのを無視して、ハンナマリーたちは≪霊峰・咲耶≫の中腹を目指したのであった。
「このシャドウアイは便利だねえ。光だけじゃなくて雪避けにもなるんだから」
たどり着いた中腹は、予想通りの吹雪だった。横殴りに吹きつけて来る風が、大粒の雪のかけらを石つぶてのように叩きつけてくる。昨日は芸術作品を思わせた雪の結晶がウソのような変わりようである。
ハンナマリーが絶賛しているシャドウアイは、本来ならば頭部用の防具なのだが、防具としての機能を排除し、保護具として改良されたものであるため、他の頭部防具との併用が可能になっている。当然ゲリョスの閃光などを防ぐような高機能は持ち合わせていないが、雪の照り返しや吹雪などから目を守るには充分だった。
「さて、どこから探そうか」
「クォマがモノマネすれば来るかもしれないモン!」
ハンナマリーの問いかけにモモンモが提案する。
「クォマ、≪煉狼龍≫ラヴァミアキスのモノマネ出来るの?」
カーシュナーが驚いて尋ねる。
「出来るアン! 昨日試しにやってみたらいけたアン!」
「ダメもとでやってみりゃあいいじゃんか。せっかくクォマが練習してくれたんだからよ」
カーシュナーたち同様≪断切虫≫(タチキリムシ)希少種の端材を使って作成されたG級ヘルムに包まれたクォマの大きな頭をなでながら、リドリーが後押しする。
「そうだね。クォマいっちょ頼むよ」
「任せてほしいアン!」
ハンナマリーの頼みを快く引き受けると、クォマは大きく息を吸い込んでいく。
胸が膨らみ腹も膨らむ。あばら骨が外側に折れるのではないかと全員が心配し始めた時、クォマがのどどころか全身で音を響かせながら、とんでもない咆哮を上げたのであった。
ここまでとは思っていなかったカーシュナーたちは、反射的に耳を押さえて座り込む。
長く尾を引く牙竜種特有の咆哮が、細くなって途切れた瞬間、モモンモが怒り狂って抗議する。自分が提案したことなどすっかり忘れているようだ。
「ここまで本格的とは思わなかったよ!」
カーシュナーが苦笑いしながら言う。
「くらくらする」
ジュザも自分の油断に顔をしかめつつ苦笑した。
「なんだっけ? モモンモが前に似たようなことができるお面つけて来なかったけ?」
「れうすのお面かモン?」
「お~、それそれ! あれより威力あるだろ!」
「テチッチ族と奇面族じゃ肺活量が違うみたいだモン。どんなに無茶しても、あんなに深く息は溜められないモン! っていうか、昨日練習していた時と違い過ぎるモン!」
「練習していた時は迷惑にならないように抑えていたんだアン。びっくりさせてごめんだアン」
クォマがしょんぼりして頭を下げる。
「しょげるようなことじゃないよ! すごい技じゃないか! 使いどころしだいで、大型モンスターを怯ませることも出来るかもしれないよ!」
「確かに。もっと大きな音も出せるのか?」
ジュザもうなずき尋ねる。
「もう少し出せるアン」
「耳の良いモンスターなら至近距離でくらえば確実」
「だな。牙竜種って聴覚が発達しているんだろ? ≪煉狼龍≫ラヴァミアキスに効果があるんじゃねえか?」
リドリーに問われてファーメイが答える。
「どうッスかねえ? 確かに聴覚は非常に優れているッスけど、ジンオウガやその亜種に音爆弾が効くことはほとんどないッスよ。強いてあげるなら、眠っているときに投げると起きるくらいッスから、効果はあるんッスかね?」
「音爆弾って確か高周波をモンスターに叩きつけるんだよね? ボクらの近くで音爆弾がさく裂しても、誰も気絶したりしないでしょ? それと一緒で、ジンオウガには高周波が効きにくいんじゃないのかな?」
「それはあるかもッスね! 今度隊長に確認しておくッス!」
「高周波が単に効きにくいだけだとしたら、聴覚自体は優れているんだから、耳元での爆音は効果があるんじゃないかな?」
「それそれ! オレがずいぶん前にファーにやられたみたいに、かなり効くんじゃねえか?」
「…うん。効くと思うッス! これは大発見かもしれないッス! 試してみる価値があるッス!」
テチッチ族の特技にこれだけの能力があるとは思っていなかったファーメイが興奮する。
「でも、危ないからやっちゃダメだよ」
周囲の盛り上がりを制して、カーシュナーがクォマに釘を刺した。
「あ~、確かに危ないッスね。仮に効果があったとしても、めまい状態になるくらいの効果がなければ、反撃を受けるだけッスからね」
「そうだニャン! クォマがそんな一か八かの賭けに出なくても、いまのカーシュたちの実力なら問題ないニャン。中途半端な手助けはかえって足を引っ張ることになるニャン」
「…う~ん。残念だアン。せっかく新しい大技が出来るかと思ったけど、諦めるアン」
「なに、今回はやめておくってだけの話さ。もう少し安全に立ち回れる相手で腕を磨けばいい。慌てることなんてないさ」
クォマの頭をぐりぐりなでながら、ハンナマリーが励ました。
「わかったアン!」
クォマが気持ちを切り替えて元気よく答える。
そこに突然、巨大な雪玉が襲い掛かってきた。
ハンナマリーが咄嗟にガードし、クォマたちを守る。
「来た!」
ジュザがシャドウアイ越しでもわかる程の鋭さで目を見開く。それは一瞬本当に光を放ったかと思うほどの気迫に満ちていた。
「どこだ!」
雪玉が飛来してきた方向に目を凝らしながら、リドリーが不審げに尋ねる。肉眼で見つけられず、スコープを使って探したにもかかわらず、≪煉狼龍≫ラヴァミアキスの姿を捉えられなかったからだ。
聴覚や嗅覚に優れるヂヴァとクォマが五感を駆使して≪煉狼龍≫ラヴァミアキスを探すが、それでも気配を捉えることが出来ない。
「どういうことだアン!」
「クォマもわからニャいか! プレッシャーはこんなに感じるのに、全然見つけられないニャン!」
いままで経験したことのない事態に、全員の背筋に冷たい汗が流れる。体温が、極寒の大気よりも下がったのではないかと錯覚する。
「……まさか、エリア外攻撃!!」
自身の発想に自分でも驚きが隠せず、カーシュナーが珍しく叫び声をあげる。
「!!!!」
カーシュナーの言葉に全員声も出せずにカーシュナーを見つめる。
「ジエン・モーランの岩飛ばしって、かなりの距離を飛んでくるんでしょ?」
カーシュナーに問われてファーメイが答える。
「確かにそうッスけど、それでも同一エリア内ッスよ!」
「でも、他に考え……!! 来た!!」
雪玉の第2弾が飛来してくる。
「おっ! 今度はだいぶそれてるぞ! どこ狙ってんだ?」
リドリーが不審そうに、自分たちのいる位置からかなり山頂側にそれて飛来する雪玉を見送った。
「カーシュの言う通り、隣りのエリアから適当に雪玉をなげてるのかねえ?」
ハンナマリーも首をかしげる。
その時、山肌に着弾した巨大な雪玉が、砕けて雪のつぶてを降らせてきた。着弾の衝撃も大きく、耐震スキルを持たないカーシュナーたちはかわすことが出来ず、つぶての雨をまともに受けることになった。
これが意外に威力が高く、ガンナーの放つ散弾並の威力があり、カーシュナーたちは動きを封じられてしまった。そこに、雪玉の着弾の振動によって引き起こされた雪崩が追撃を掛けてくる。
カーシュナーたちは必死で身体の自由を取り戻そうともがく。
雪崩がカーシュナーたちの頭上に襲い掛かる寸前に、なんとか身体の自由を取り戻した一同は、雪崩を回避するために緊急回避で身を躍らせた。
洞窟の入り口付近にいたリドリー、ジュザ、ファーメイ、モモンモ、ヂヴァの5人は、とっさに洞窟に飛び込み振り返る。
そこで目にしたのは、カーシュナーとクォマを抱えながら雪崩に巻き込まれるハンナマリーの姿だった。
「こっちはまかせろ!」
一瞬だけ目が合い、雪崩の轟音を割ってハンナマリーの声が届く。
「ハンナ!!」
反射的に飛び出そうとしたモモンモとヂヴァを捕まえたリドリーとジュザが、同時に叫ぶ。だが、その声がハンナマリーに届いたかはわからない。大量の雪に阻まれて、リドリーたちはハンナマリーたちと完全に分断されてしまったのだ。
出口をふさいでしまった大量の雪を、リドリーが苛立たしげに蹴りつける。
「…やべえ。嫌な予感しかしねえ」
「行こう。時間がもったいない」
未練がましく雪の壁を見つめるリドリーを、ジュザがうながす。
「掘ってみたらどうかモン! オイラとヂヴァなら、こんな雪くらいどうってことないモン!」
「いや、掘っても潰れて生き埋めになるのがオチだ。とんでもない量の雪だからな。重さなんて見当もつかねえぜ」
「でも、オイラカーシュが心配だモン! クォマも!」
ハンナマリーは何故か心配してもらえなかった。
「オイラの村は山崩れに飲まれて全滅したモン! あんなのもう嫌だモン!!」
「それなら大丈夫だ。ハンナが二人をしっかり捕まえていたし、何よりまかせろって言っていた。あいつは言ったことは絶対守る! それより心配なのは、オレたち抜きで≪煉狼龍≫ラヴァミアキスと遭遇することだ!」
「そう言うこと。別の出口に急ごう」
「か、かなりの大回りになるッスよ!」
「だったらなおさら急ぐニャン」
全員が焦る気持ちを抱えて走り出す。中腹へ出るための洞窟はここ以外にもあるが、いかんせん入り組んでいてすんなり移動することが出来ない。
並大抵のモンスターなどよりもはるかに手強い焦りと苛立ちを同時に相手取りながら、リドリーたちは中腹へ向かうため、洞窟を一旦下り始めたのであった。
「ううぉおぉりゃああぁぁぁっ!!」
雄たけびと共に、カーシュナーとクォマの二人を両脇に抱えながら、ハンナマリーがドドブランゴのように勢いよく雪の中から飛び出してくる。ここまでくると雌ラージャンという揶揄もあながち的外れではなくなってくる。
助けてもらいつつも、クォマはハンナマリーの桁外れのパワーを体感して、そのうちハンナマリーは地中を掘ってエリア移動できるようになるのではないかと場違いなことを思った。
「二人とも、ケガはないかい?」
抱えていた二人を降ろすと、ハンナマリーはすかさず周囲に警戒の視線を走らせながら尋ねた。
鼻や耳に雪が詰まってしまったカーシュナーとクォマが、しきりに頭をとんとん振ったり鼻をかんでいる。
「何とか大丈夫だよ。姉さん」
こちらも警戒態勢に入りながらカーシュナーが答える。
クォマも、身体中の毛にまとわりつく雪をぶるぶる振るわせて振り落し、元気よく返事を返す。
「他のみんなは大丈夫かな?」
「大丈夫だろ。最後にちらっと見た時は洞窟の中に飛び込んでいたからな。あいつらなら自分の面倒くらい自分でみられる。私たちは自分たちのことに集中しよう」
「そうだね。想定外のことが起こり過ぎたからね」
ハンナマリーの言葉に、カーシュナーは改めて周囲を見回しながら、ため息交じりに答えた。
巨大な雪玉が引き起こした雪崩は単発で終わらず、流れ下る振動が連鎖的な大雪崩を誘発し、エリア内の地形をすっかり変えてしまったのだ。
不幸中の幸いと言えば、カーシュナーたちを巻き込んだ雪崩が、その後に発生した大雪崩と合流しなかったことだろう。さすがのハンナマリーでも、崩れた全ての雪の流れに飲み込まれていたらどうなっていたかわからない。
「ケガがないなら早めに移動しよう。移動可能な道を雪崩でふさがれちまったからねえ。残った道までふさがれる前にこのエリアから出ちまうよ」
ハンナマリーたちのいるエリアは、本来ならば地下洞窟へと通じる通路と、中腹の他のエリアに通じる2本の山道があった。しかし、雪崩の影響で、ハンナマリーたちが登ってきた地下通路と、中腹別エリアに通じる山道の片方が封じられてしまったため、袋小路になっているのだ。そして、唯一残された山道は、巨大な雪玉が飛来してきた方角と一致していた。
「たぶん、いるね」
「いるだろ。プレッシャーだけは半端ないからねえ」
「そしたら、先に対応を決めちゃおうか。仮に隣りのエリアにいたとして、遭遇しても気づかれずにさらに先のエリアに避難できれば問題ないけど、そんな隙を≪煉狼龍≫ラヴァミアキスが与えてくれなければ、隙が生まれるまでは立ち回らないといけないからね」
「そうだね。護衛対象のファーもいないことだし、クォマにもしっかりと働いてもらうよ」
「任せてほしいアン!」
カーシュナーたち同様、≪霊峰・咲耶≫に生息する全ての生物が狩場に姿を現すことなく身を潜め、息を潜めてやり過ごそうとしているほどのプレッシャーを感じながらも、クォマの答える声に怯えはなかった。
「それじゃあ、おおまかな手順を決めておこうか。エリア移動したら、まず、エリア内の地形の確認。ここと同じように雪崩が起こって地形が変わっている可能性があるからね。エリア移動がさらに可能な状況だったら、≪煉狼龍≫ラヴァミアキスの状態の確認をして、隙があればそのままエリア移動。なければ立ち回りながら立ち位置を調整してエリア移動する。そして、地形の変化で隣りのエリアも袋小路になっていてエリア移動が出来ず、隙の無い状態で待ちかまえられていたら、この唯一残った山道側で立ち回って、いざとなったらこのエリアに戻って体勢を立て直せるようにしよう」
「最悪それしかないね」
「最悪はこれじゃないよ。本当に最悪なのは、エリア移動した後でこの山道も雪崩でふさがれて、1エリア内に≪煉狼龍≫ラヴァミアキスと一緒に閉じ込められることだからね」
「そ、そうなったらどうするアン?」
クォマが不安そうに尋ねる。
「狩る!」
ハンナマリーとカーシュナーが、声をハモらせて答えた。こういう時の二人は本当に姉弟なのだと感じさせるほどよく似ている。
クォマが不安も忘れて思わず吹き出す。
「だったら頑張るアン!」
3人は腹を決めると、≪煉狼龍≫ラヴァミアキスが待つであろう隣りのエリアへと歩み出したのであった。
「えっ? こいつ?」
ジュザが拍子抜けしたと言わんばかりの表情でつぶやく。
そこは昨日モモンモが≪飛弾虫≫(ヒダンチュウ)を狩りまくった広い自然洞窟内であった。
昨日とは違い、≪飛弾虫≫の姿がない代わりに、熱気と喧騒が満ちている。
喧騒の主は≪白雪鳥≫(ハクセツチョウ)と、昨日は遭遇することのなかった牙獣種≪飛鼠獣≫(ヒソジュウ)の群れで、これらが熱気の主に対して警戒の鳴き声を上げているのである。
≪飛鼠獣≫はコンガ程度の大きさのケチャワチャに見える牙獣種で、前脚と後脚の間に飛膜を持ち、大きく広げて滑空出来るだけでなく、軽量な身体と、モンスター特有の力を生かし、不器用ながら自ら羽ばたいて飛ぶことも出来る。ケチャワチャのような長い鼻はなく、代わりに夜行性であるため、大きな目と、ケチャワチャの様に顔面を守る機能はないが、鋭い聴覚を誇る大きな耳を持っていた。
≪白雪鳥≫と≪飛鼠獣≫。この両者の群れからわめきたてられているのは、13メートルほどの全長を持つ、1頭の牙竜種モンスターだった。
胸と肩、そして、背中に光り渦巻く炎の塊のような特殊な部位を持っている。熱気は身体全体から立ち昇り、洞窟天井部分から無数に伸びているつららからは早くもしずくがしたたり落ちていた。
「これが≪煉狼龍≫ラヴァミアキスなのか?」
こちらもいささか呆れ気味にリドリーが言う。
30メートル近い巨体を誇ると聞いていたが、その半分ほどしかない。そうは言っても同種のジンオウガとさして変わらないサイズなのだから充分脅威であるはずなのだが、つい先程感じたプレッシャーがあまりにも大きかったせいで感覚がマヒしているらしく、わめきたてている小型モンスターたちとたいして変わらないように思えてしまう。
「最小金冠サイズってわけではなさそうッスね? もしかして、≪不死の心臓≫を手に入れたばかりの幼体かもしれないッスね! これは貴重なモンスターッスよ!」
「子供に用はない」
「まったくだ! ガキは小屋で丸くなって寝てろ!」
「いや、牙竜種だから雪見てはしゃぐはず」
「面倒くせえヤツだな!」
自分たちが未成年であることは棚に上げて、≪煉狼龍≫ラヴァミアキスの幼体をこき下ろす。急いでいるところを邪魔されて苛立っているようだ。
「とりあえず、無視してかわせないかやってみるニャン!」
ヂヴァが提案する。
「…ちょっと無理っぽいな。向こう側の通路の口をこいつらが完全にふさいでいやがるからな~」
「グダグダ言ってないで蹴散らせばいいモン! オイラはカーシュのところに行きたいんだモン!」
言うが早いかモモンモが突撃していく。
「二、ニャニャア!! 無茶するんじゃニャい!」
その背中をヂヴァが慌てて追いかける。
「あいつら! リド、ファーを頼む」
護衛対象のファーメイを放り出して行ってしまった二人を、ジュザが慌てて追いかける。
「しゃあない! ファー! オレらは下がって援護だ!」
「がってんッス!」
こうして想定外の乱戦の幕が開いたのであった。
「ほぼ最悪の状況だね」
見渡したエリア内は各所で雪崩が起き、後にしてきたエリア同様袋小路状態になっていた。その中央に、≪霊峰・咲耶≫が休眠から目覚め、不意に火山噴火でも起こしたかのような姿が、霞の向こうで赤熱しながらこちらを見据えている。
「こりゃあ、想像していた以上にでかいね」
ハンナマリーが活火山の火口を覗き込んだかのような、畏怖に打たれた声で言う。
「…かっこいいアン」
クォマが場違いな感想を漏らす。
そこには王者の威厳があった。常に肉体を焼かれ続け、苦痛の中にあるはずなのに、そんな気配は微塵も見せない。
一歩前に踏み出す。振動と共に新たな蒸気が足元から吹き上がる。≪煉狼龍≫ラヴァミアキスの熱気に退けられたのか、いつの間にか弱まった吹雪が、≪煉狼龍≫ラヴァミアキスに触れることなく空中で霧になって吹き流されていく。とんでもない熱量である。
二歩、三歩と歩み、足を止める。巨大な胸郭いっぱいに冷え切った大気を吸い込むと、≪煉狼龍≫ラヴァミアキスは咆哮した。
静かな怒気を含んだ咆哮が、周囲に降り積もっていた雪を弾き飛ばす。ティガレックスと同様その咆哮は暴力的なまでの力を持ち、衝撃波によって周囲の物体を破壊する。クォマのモノマネもたいしたものであったが、本家の怒りを含んだ咆哮にはとてもかなわなかった。
この破壊的な咆哮を、カーシュナーたちはいともあっさり回避する。威力はあるが、ここまでわかりやすい動作の後の咆哮では、いまのカーシュナーたちを捉えることは難しかった。
≪煉狼龍≫ラヴァミアキスのまとう空気が変わる。
これまで、≪怒気はらむ咆哮≫を放った後に、ひれ伏さなかった存在は皆無であった。それがどうしたことであろうか。ひれ伏すどころか堂々と頭を上げ、不敵ににらみ返してくる。
≪煉狼龍≫ラヴァミアキスの中で渦巻いていた怒りの方向性が変わる。先程までは生意気にも挑発的な咆哮で挑んできた侵入者に対し、仕置きをくれてやろうと考えていたものが、対等な挑戦者に対する戦いの意思へと変わったのだ。
身を焼く苦痛を吹き飛ばすほどの興奮が、≪煉狼龍≫ラヴァミアキスの中で高まっていく。それに合わせて、胸でひときわ大きく赤熱する灼熱核が光を増し、加速したマグマが両肩の灼熱核に火をともし、それは肩を伝って背中の灼熱核に達する。
先程の咆哮とは違う、遠吠えのような鳴き声を上げながら、≪煉狼龍≫ラヴァミアキスの全身を灼熱のマグマがめぐり、全身に熱を溜め始める。
遠吠えは不意に止み、≪煉狼龍≫ラヴァミアキスの全身から炎が噴き出す。赤黒かった体色が、いまではまるで太陽を飲み込んだかのように、内側から赤銅色に輝いている。
≪帯焔状態≫(タイエンジョウタイ)である。
「つい、見とれちゃったアン! これってけっこうヤバいアン!」
燃え上がる≪煉狼龍≫ラヴァミアキスを前に、声を失っていたクォマがわれに返って叫ぶ。
「本気にさせちゃったみたいだね」
「いいじゃないか! 望むところさ!」
「動きを確かめたかったから、通常状態から手合せしたかったんだけどね。ファーに報告もしてあげたいし」
気を抜いているわけではないが、この状況下でも微塵も負けるとは思っていないことがカーシュナーの言葉からわかる。
「こっちの都合を聞いてくれるモンスターなんていやしないさ」
言外ににじむカーシュナーの自信を感じ取ったハンナマリーがニヤリとしながら答える。
「これからどうするアン?」
二人の自信に感化され、落ち着きを取り戻したクォマが尋ねる。
「予定通り、まずは動きを見よう。ボクが正面付近を取るから、姉さんとクォマは一緒にいて、側面と背後の隙を観察してよ」
「了解! だけど、無理はするんじゃないよ。初見のモンスターを完全に見切れるのなんて、赤玲さんくらいのもんだからね」
「うん。気をつけるよ」
「じゃあ、狩ろうか!」
「おおっ!」
ハンナマリーの号令に、カーシュナーとクォマが気合のこもった返事を返す。
そこへ、まるで3人のやり取りが終わるのを待っていたかのように、≪煉狼龍≫ラヴァミアキスが襲い掛かってきた。
速い!!
巨体であるが故の鈍重さはかけらもなく、まるで小型モンスターのような身のこなしである。それでいて1歩の移動距離が長いため、あっという間に距離を詰めてくる。
スピード自体が脅威なのだが、それ以上に巨体が迫りくる圧迫感は恐怖を呼び起こし、手足に重い鎖のように巻きついてくる。並のハンターならばこの時点で勝負は終わる。いや、勝負にすらならないだろう。だが、カーシュナーは全身の神経に重くのしかかってくるプレッシャーを精神力で断ち切り、恐怖と興奮にふたをして、冷静に現実をさばいていった。
距離を詰めた≪煉狼龍≫ラヴァミアキスが前脚の叩きつけ攻撃を5連発で放ってくる。5発目で攻撃が止まるなどと知りようもないのに、≪煉狼龍≫ラヴァミアキスの呼吸や、筋肉の膨張、弛緩のわずかな違いを感じ取り、攻撃を見切っていく。
カーシュナーのハンター個人技・極み≪一重・流れ木の葉≫(ヒトエ・ナガレコノハ)のレベルは、最強のハンター赤玲の見切りに何ら劣らない高みにまで達していた。もはや足りないのは、見切りを生かしきるだけの身体能力だけである。
カーシュナーを幼くしてG級の高みにまで押し上げたものは、その冷徹なまでの現実認識力であった。もちろん才能そのものも飛び抜けているが、才気に恵まれた者は、往々にして自身の才能におぼれ、それを生かすことなく些細なミスで人生を棒に振る。何が出来て、何が出来ないかの振り分けが出来ず、すべてを手に入れたかのように錯覚するからだ。
カーシュナーは研ぎ澄ませれていく見切りの感覚と、それについていけない自身の未完成な肉体の不均衡を正確に把握していた。優れている見切りを軸に立ち回るのではなく、いまだ成長段階にある未熟な身体能力を軸に立ち回っているので、ミスをすることがない。
出来ないことはしない。その代わりに、出来ることに全力をそそぐ。それは、いまも、そして、これからも変わることのない、カーシュナーの成長の原動力だった。
5連撃をかわし、生じた隙に一撃を前脚に叩き込んでみる。生物ではなく、まるで鉱石の採掘でもしたかのような硬い手ごたえが返ってくる。全身を覆う様に冷え固まっているマグマは思った以上の強度を誇るようだが、打撃属性と相性がいいことが、いまの一撃でわかった。おそらくダメージを蓄積していけば破壊することが出来るだろう。
一撃離脱で距離を取ったカーシュナーに、≪煉狼龍≫ラヴァミアキスが追撃を掛ける。まるで巨人の手のような形状をした巨大な尻尾が、リオレイアのサマーソルトの要領でカーシュナーに襲い掛かってくる。
巨体のため、攻撃リーチが測りにくいにもかかわらず、カーシュナーは後方へわずかな距離を移動しただけで攻撃をかわす。しかし、あまりにも巨大であるために発生した風圧の威力までは読み切れず、カーシュナーはかわしたその場に風圧で縫いつけられてしまう。この辺りの読み間違いは経験の差が出る。
≪煉狼龍≫ラヴァミアキスは、すくい上げるように放った尻尾が天を指すと、全身の筋肉を収縮させ、宙返りの速度をさらに加速させた。そして振り下ろされた尻尾を垂直に足元の踏み固められた雪に突き刺した。そして、後方回転の勢いを止めるどころかさらに加速させ、雪中に突き刺した尻尾をスコップのように使い、途方もない量の雪を、カーシュナー目掛けて投げつける。先程カーシュナーたちを襲った巨大な雪玉の正体がこれであった。
風圧の拘束を受けていたため、カーシュナーの回避が一瞬遅れる。巨大な雪の塊がカーシュナーをかすめ、小柄な身体をコマのように弾き飛ばした。
「カーシュ!!」
ハンナマリーとクォマが同時に叫ぶ。
しかし、二人の心配は杞憂に終わった。カーシュナーは弾き飛ばされながらも冷静に対処し、演武・奏双棍(エンブ・ソウソウコン)を長棍状態で凍りついた雪原に器用に何度も突き立てて勢いを殺し、きれいに受け身を取るとサッと立ち上がったのだ。この辺りの反射神経と平衡感覚は突出して優れている。
カーシュナーの無事を確認したハンナマリーとクォマが、≪煉狼龍≫ラヴァミアキスの注意を引きつけるために陽動に出る。
ハンナマリーとクォマが巨人の手のような尻尾の先端に武器出し攻撃を叩き込んだが、紫の切れ味を持ってしても弾かれてしまう。
「硬いアン!」
「ここは打撃じゃないと無理っぽいね! クォマ! つけ根の方を狙うよ!」
二人が時間を稼いでくれている間に、カーシュナーはウチケシの実と応急薬グレートを飲み干す。大ダメージこそ追わなかったものの、氷属性やられとそこそこのダメージを受けたのだ。もし直撃を受けていたら、いくら伝説の鍛冶職人が丹精込めて作り上げてくれた防具といえども、基本体力が少ないカーシュナーでは、おそらく体力の半分以上を削られていたはずだ。
「これは、一筋縄じゃいかないかな…」
冷静なカーシュナーが、内からこみ上げてくる熱い感情に、姉によく似たニヤリ笑いを浮かべる。日頃はその冷静さと明晰な頭脳で参謀役を務めることが多いカーシュナーだが、心の奥に眠る本質は、姉同様単純なまでに強さを求める強者の魂であった。
絶対者≪煉狼龍≫ラヴァミアキスの強さに呼び覚まされて、カーシュナーの闘いの本能が研ぎ澄まされていく。
カーシュナーは無言で立ち上がる。そして、≪煉狼龍≫ラヴァミアキス目指して音もなく走り出す。強さを高めるために不要な思考をすべて削ぎ落としながら――。