モンスターハンター ≪新世界≫   作:南波 四十一

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≪霊峰・咲耶≫の主

「無駄弾使わせんじゃねえよ!」

 リドリーの怒声が洞窟内に反響する。しかし、それもわめきたてる≪白雪鳥≫(ハクセツチョウ)と≪飛鼠獣≫(ヒソジュウ)によってすぐにかき消されてしまう。

「リド! 腹をくくろう!」

 適当に追い散らそうとしていたリドリーたちだが、小型モンスターたちが仲間を呼び集めるためきりがなく、なかなか目的を果たすことが出来ずにいた。おかげでカーシュナーたちと合流するためのエリア移動が出来ない。

 地下洞窟内へは≪煉狼龍≫ラヴァミアキスは移動してこない。巨体がつかえてしまうからだ。そのため小型のモンスターたちは≪煉狼龍≫ラヴァミアキスの怒りが静まるまでの間は洞窟の奥深くで身を潜めている。事実、リドリーたちが中腹へ向かって通過した時には1匹のモンスターもいなかった。それが、≪煉狼龍≫ラヴァミアキスの幼体が侵入してきたおかげで、ハチの巣を突いたかのような大騒ぎになっている。

 ジュザは、モンスターをかわして通り抜けるのではなく、騒ぎの元凶である≪煉狼龍≫ラヴァミアキスの幼体を狩ってしまおうと提案しているのだ。

「しゃあねえな! このままじゃ時間食うだけだからな! モモンモ! ヂヴァ! ファーを頼む!」

 ファーメイを守りながら援護射撃に徹していたリドリーが、本来の護衛役である二人を呼び戻す。

「時間がないモン! まきで頼むモン!」

「焦ってドジ踏むニャよ! このちっさいのを本命と合流させないのも立派な仕事だニャン! 確実にここで仕留めるニャン!」

 ファーメイの護衛を交代しながら二人が声を掛けてくる。モモンモが煽り、ヂヴァが火を消す。このやり取りのおかげで、リドリーとジュザの頭に登っていた血が引き、冷静さを取り戻す。

「このメンツになると、オレが冷静でいなくちゃならないからたいへんだニャン!」

「サンキュ~、ヂヴァ! 愛してるぜえ!」

「リドの愛なんていらないニャ! 早く狩れニャン!」

 ヂヴァの罵声を背に受け、ニヤリと笑いながらリドリーは立ち回り位置を修正する。小型モンスターの数が多すぎるため、乱戦は必至だ。立ち位置に気を配らないとまともな狙撃は出来ない。ガンナーにはきわめて不利な状況だが、リドリーは気に留めていなかった。

「ジュザ! 小型モンスターどものせいで≪煉狼龍≫ラヴァミアキスの動きが読めねえから気をつけろよ!」

「リドこそ、とばっちりでやられるなよ!」

 二人は軽口を叩き合うと狩猟を開始した。

 まずはジュザが、邪魔な小型モンスターたちを間引いていく。≪煉狼龍≫ラヴァミアキスに合わせて氷属性の双剣を装備してきているため、氷属性の耐性値が高い≪白雪鳥≫と≪飛鼠獣≫に対しては不利になるが、そんな事などおかまいなしに狩っていく。

 その乱戦の中に、見事な跳躍で岩壁に張りつき、その壁を蹴りつけて、三角跳びの要領で≪煉狼龍≫ラヴァミアキスが体を浴びせてきた。

 跳躍の瞬間を視界の端で捉えていたジュザは、この攻撃を難なく回避し、腹を出してころがっている≪煉狼龍≫ラヴァミアキスに斬撃を叩き込んだ。柔らかい腹部に鋭い斬撃と、高い氷属性ダメージが入り、≪煉狼龍≫ラヴァミアキスは痛みに怯んで飛び起きた。

 ジュザが小型モンスターを相手にしていた時も、三角跳びで攻撃を加えていた間も、リドリーは一発も撃ち漏らさず、背中の灼熱核を狙撃し続けていた。本命の≪煉狼龍≫ラヴァミアキス用に氷結弾を温存したりせず、最大火力でダメージを与えていく。その甲斐あって、早くも背中の灼熱核の部位破壊に成功する。

 連続で大ダメージを受けた≪煉狼龍≫ラヴァミアキスが悲鳴を上げて怯む。このまま退いてくれるかと期待したが、幼体と言えども絶対者の末席に連なる者だけあって、退くどころか怒り状態に突入して全身に熱を廻らし始める。

「帯焔状態(タイエンジョウタイ)になろうとしているッス! 厄介だから阻止するッス!」

 遠吠えを上げ、体内を廻るマグマを加速させている≪煉狼龍≫ラヴァミアキスを指さしながらファーメイが声をあげる。

 ジュザが、≪煉狼龍≫ラヴァミアキスが発する灼熱に皮膚を焼かれるのもかまわず正面に取りつき、目の前で赤熱に輝く一際大きな胸の灼熱核に乱舞を叩きこんで行く。

 リドリーは灼熱核ではなく怯みを狙って頭部に狙撃を集中する。まだ発達しきっていない短い一本角に、速射で放たれる氷結弾がすべて吸い込まれていく。

 ジュザの双剣個人技・極み≪阿修羅・千刃≫(アシュラ・センジン)が胸の灼熱核を切り裂き、リドリーのボウガン個人技・極み≪針穴穿弾≫(シンケツセンダン)が一本角をへし折る。

 怯みどころかダメージのあまりの大きさに、≪煉狼龍≫ラヴァミアキスは転倒し弱々しくあがく。

 ジュザが尻尾に張りつき、リドリーが肩の灼熱核に狙撃を集中する。あっという間に尻尾が斬り飛ばされ、肩の灼熱核が破壊される。

 この時、ヂヴァが機転を利かせてシビレ罠を抱え、瀕死状態の≪煉狼龍≫ラヴァミアキスの懐に飛び込んだ。そして、素早くシビレ罠を設置する。

 なんとか起き上がった直後に≪煉狼龍≫ラヴァミアキスはシビレ罠を踏み抜き、全身を細かく痙攣させて動きを封じられてしまう。

「いい仕事するぜ、ヂヴァ!」

 狙撃の手は一瞬も休めることなくリドリーがヂヴァに声を掛ける。

「二人に負けていられないニャ!」

 答えしな襲い掛かってきた≪飛鼠獣≫の一匹の顔面に蹴りを入れる。乱戦の最中、リドリーとジュザがここまで≪煉狼龍≫ラヴァミアキスに集中できたのは、ヂヴァとモモンモの二人がファーメイを守りながら小型モンスターたちを牽制してくれていたからである。

 ジュザが残り1つとなった灼熱核に乱舞を叩き込み、リドリーは再び頭部に集中攻撃を入れる。

 シビレ罠の効果が切れると同時に≪煉狼龍≫ラヴァミアキスの全身から赤熱の光が失われ、ぐらりと傾いたかと思うと音を立てて倒れる。

「いっちょ上がり!」

 ジュザが双剣の刃先に固まりついたマグマを打ち払いながら雄たけびを上げる。そして、周囲でやかましくわめきたてている小型モンスターたちの方に鋭い眼光を向けた。

 喧騒が一瞬やみ、種類の異なる喧騒が再び洞窟内に反響する。それは強気な威嚇から弱気な悲鳴に変わり、鳴きわめきながらそれぞれのねぐらへと散っていく。

「さっさとはぎ取るモン! 幼体をただ殺しただけで終わっちゃダメだモン!」

 この中で誰よりも先を急ぎたいはずのモモンモが剥ぎ取りをうながす。普段の採取の鬼とは違い、それは命に対する礼であった。

 この言葉に反論する者はなく、各自が急いで剥ぎ取りを行う。

「……これ、≪不死の心臓≫か?」

 ≪煉狼龍≫ラヴァミアキスの体内からはぎ取った素材を、ジュザは無意識にうやうやしく捧げ持ち、ファーメイに尋ねた。

「……間違いないッス。ボクも実物は初めて見るッスけど、これは素人でも間違えないッス」

 ≪不死の心臓≫が放つ無属性の大きな力に圧倒されながら、ファーメイが答えた。

 それは、善でもなければ悪でもない。純粋な力の結晶だった。

「こいつぁ…、カーシュならまだしも、オレたちが素材として持っていていいもんじゃねえな。ファー、そっちで管理しといてくれや」

 ≪不死の心臓≫が放つ力に圧倒されながらも、リドリーは物欲に飲まれることなく、一抱えほどもある宝玉のような≪不死の心臓≫をファーメイに託した。

「わ、わかったッス。狩猟の妨げにもなるし、一時的にボクが預かるッス」

 ファーメイは受け取った≪不死の心臓≫の手触りに、思わず悲鳴のような声を漏らす。見た目から水晶玉のような感覚で受け取ったが、触れた≪不死の心臓≫は、それが生物の一部であることを告げていた。それは背を丸めた幼児のような手触りであり、無機物のような冷たさではなく、血の通った温かみを持っていた。

 モモンモに頼んで背中の大きな背負い袋から毛布を取り出してもらい、ファーメイは毛布にしっかりと≪不死の心臓≫をくるむと、たすき掛けにして身体の前に持ってくるとしっかりと抱えた。運搬クエスト時のハンターのような体勢になる。

「よっしゃ! やることはやった! 早いとこカーシュたちと合流しようぜ!」

 リドリーが号令をかけ、一行は≪煉狼龍≫ラヴァミアキスの幼体の亡骸が横たわる洞窟を後にしたのであった。

 

 

 立ち回りの最中、≪煉狼龍≫ラヴァミアキスが不意に動きを止めた。風に乗る遠方のにおいを嗅ぎ取ろうとするかのように、精悍な鼻面を空へ向けている。

 隙だらけではあるのだが、その行動の意図が読めないため、うかつに仕掛けることが出来ず、カーシュナーたちは遠巻きに様子を見る。

 ≪煉狼龍≫ラヴァミアキスは、空へと昇る何かを追いかけるような、悲しげな遠吠えを、長く、細く、空へと流した。

 カーシュナーたちには知る由もないが、この瞬間、リドリーたちの手によって≪煉狼龍≫ラヴァミアキスの幼体が討伐されたのだ。

 それは人間には理解できない超自然的能力により、≪煉狼龍≫ラヴァミアキスにだけもたらされた情報であった。

 長く、細く吐き出された吐息を、≪煉狼龍≫ラヴァミアキスは一気に吸い込むと、咆哮を放った。先程の咆哮とは威力が違う。≪怒気はらむ咆哮≫の上位攻撃に位置する≪憤激みちる咆哮≫である。

 先程は周囲の雪が飛び散っていたが、今度は踏み固められた雪原に無数の亀裂が走る。

 遠巻きにしていたおかげで衝撃波の範囲外にいたので、先程同様単純な回避行動で咆哮によるすくみ状態をかわすことが出来たが、その後に待ち受けていたものは脅威以外のなにものでもなかった。

 ≪煉狼龍≫ラヴァミアキスは怒り状態からさらに怒気を増し、激昂状態に突入したのだ。

 ≪帯焔状態≫時以上にマグマの流れが加速する。そして、内側から赤銅色に輝いていた身体が、光の塊になったかのように輝く。シャドウアイがなければ目を焼かれていただろう。

 ≪超帯焔状態≫となった≪煉狼龍≫ラヴァミアキスは、まるで火口からくみ上げてきたマグマそのもののような姿となり、それまで温存していた火炎ブレスを放ってくる。

 それはもはや火炎などというレベルではなく、マグマの熱線であった。

 追尾性能が高く、一直線に放ったあと、グラビモスのように薙ぎ払ってくる。

 ガードなど出来るわけもない。カーシュナーたちは必死に緊急回避を試みるが、連発されると対応が追いつかなくなってくる。

 すぐ先に限界があることを悟っているカーシュナーの頭脳に、救いの手が差し伸べられたかのように、ひらめきが舞い降りる。

「クォマ! 雪の中に潜るんだ!」

 ≪煉狼龍≫ラヴァミアキスのブレスは、前方に対する薙ぎ払いのみである。移動しながらブレスを放たないのは、他のモンスター同様高出力であるため、四肢でしっかりと地面を捉えていないとブレスの力で自分の身体がもっていかれてしまうからだ。

 おそらくその気になれば上方へはブレスを放つことが出るだろうが、下方には身体が浮き上がってしまうため放てないのだろう。

 ここが雪深い≪霊峰・咲耶≫(レイホウ・サクヤ)でなければ思いつかなかっただろうし、他の狩場であれば例え思いついたとしても実行することは出来ない。

 カーシュナーの意図を理解したクォマが、手当たり次第に避難用の穴を掘り抜いていく。なぜかこれにハンナマリーが加わり、あっという間にブレス回避体勢が整う。

 一度雪の下に移動した後、クォマが横方向に穴を広げていく。おかげでそれぞれの避難場所を行き来できるようになり、カーシュナーは巧みに移動と挑発を繰り返して≪煉狼龍≫ラヴァミアキスにブレスの無駄撃ちを繰り返させた。

 持久戦に音を上げたのは、以外にも≪不死の心臓≫を持つはずの≪煉狼龍≫ラヴァミアキスの方であった。

 時間が経つほどにその輝きは増し、灼熱の度合いも増していく。

 ≪煉狼龍≫ラヴァミアキスは不意に足を山の斜面に向けると、ふらつきながら体当たりを敢行した。地響きと轟音が周囲を包み、雪崩が発生する。

 流れ下ってきた大量の雪が≪煉狼龍≫ラヴァミアキスの身体を飲み込み、巨大な姿を隠してしまう。

 それも一瞬のことで、≪煉狼龍≫ラヴァミアキスを中心に大爆発が発生した。

 水蒸気爆発である。

 ここまでの事態を予測から正確に読んでいたカーシュナーは、ハンナマリーとヂヴァを先に避難させ、自分は≪煉狼龍≫ラヴァミアキスが雪崩に飲まれる寸前まで状況を確認してから大急ぎで避難用の雪穴に飛び込んだのであった。

 予想以上の大爆発に、カーシュナーたちは生き埋めになってしまう。必死であがいて雪の中から脱出すると、そこには疲労状態に陥った≪煉狼龍≫ラヴァミアキスの姿があった。

 通常の状態でも、その巨体を流れ廻るマグマは≪煉狼龍≫ラヴァミアキスに逃れようのない苦痛を強いている。激昂状態時の熱量は、そこに火口が開いたかと思わせるほどのものだった。身体がもつはずがないのだ。

 ヴォルガノスやグラビモスのように、溶岩の中でも平然と活動するモンスターたちはいる。小型モンスターのイーオスなども、平気な顔をしてマグマの中に飛び込み、そこからハンターに襲い掛かってきたりもする。

 どのモンスターも、マグマ渦巻く≪火山≫という狩場の環境に適応し、外皮や体内構造が過酷な灼熱の環境下でも生存しうるように発達した結果である。

 ≪煉狼龍≫ラヴァミアキスは、環境が産み落としたモンスターたちと、あきらかに一線を異とする存在だった。

 その強大な力と共に、不自然なもろさを合わせ持っている。極寒の環境下にいないと自らの灼熱の力で滅びるなど、生物としてあまりに偏り過ぎている。

 狩猟開始前からカーシュナーの中にあった違和感は、≪煉狼龍≫ラヴァミアキスの生物としての不自然さに他ならなかった。その疑問がカーシュナーに≪煉狼龍≫ラヴァミアキスの生物としてのもろい部分を弱点として突く答えを与えたのであった。

 ≪煉狼龍≫ラヴァミアキスを中心に起こった水蒸気爆発は、誰よりも自身に大きなダメージを与えた。激昂状態が産み出す破壊力は、対大型モンスターであれば絶対的な優位を生み出したかもしれないが、ハンターがこれまで存在しなかった南の大陸では、むしろ不利に働いた。もっとも、これは激昂状態になった≪煉狼龍≫ラヴァミアキスに対応出来るだけの実力を有するハンターに限定された話である。

「姉さん! クォマ! 大丈夫!」

 生き埋め状態からはい出してきたカーシュナーが、同じように雪中からはい出してきた二人に声を掛ける。

「なにが起こったんだい?」

 細かい説明をしているヒマがなかったため、言われるがままに雪穴の奥へと避難していたハンナマリーが尋ねる。

「熱が身体に溜まり過ぎて、雪で急冷するしかなくなっちゃったんだよ」

 疲労状態に陥っている≪煉狼龍≫ラヴァミアキスに向かって駆けだしながら、カーシュナーが答える。

「熱はグラビモスみたいにブレスで吐き出していたんじゃないのかい?」

 カーシュナーに遅れず続きながらハンナマリーが言う。クォマも遅れずについてくる。

「おそらく怒り状態までならそれで調整できていたんだと思う。でももう一段階熱量が上がった激昂状態になってからは、シャドウアイがなければまともに見ることも出来ないくらいに高熱を発していたでしょ。通常状態でさえ常に自分自身の熱で苦痛がともなうってことは、体内の耐熱と排熱機能が不完全なんじゃないかと思っていたんだよ」

「それで挑発して熱量を上げていたってわけかい。上手くいったからいいようなものの、なかなかに危ない橋だったね」

「そうだね。でも、激昂状態を確認してからは、9割がたイケるって確信していたんだよ。あの力は異常過ぎたからね」

「確かにね。でも、うちらが相手じゃなければ、さっきのブレス乱発で勝負はついていたんじゃないのかい?」

「間違いなくね。仕留めきれなかったせいで、自爆覚悟の急冷っていう最終手段を取らざるを得なかったんだよ」

「でも、ここからだろうね」

 疲労状態に陥っている≪煉狼龍≫ラヴァミアキスに目をやりながら、声に警戒をにじませつつハンナマリーが言う。

「余計な力が抜けて、≪煉狼龍≫ラヴァミアキスにしたらちょうどいいんじゃないかな」

「全力よりも加減した方が強いって、どんだけ力が余っているんだよ!」

「対モンスターが基本だからね。ハンターを相手にするように進化してないんだよ。でも、それを差し引いてもバランスの悪い力だと思うけどね」

「おっ! どうやらおしゃべりはここまでだね。動くよ!」

 だらりと舌を出し、荒い呼吸をしていた≪煉狼龍≫ラヴァミアキスが、駆け寄るカーシュナーたちに向き直る。

「一からやり直そう! ボクが正面付近に位置取るから、姉さんとクォマは隙を見極めて攻撃して!」

 突然の激昂状態突入で中断した≪煉狼龍≫ラヴァミアキスの動きの見極めをやり直すために、カーシュナーは≪煉狼龍≫ラヴァミアキスの視界を斜めに横切って、注意を自分の方へと引き寄せる。

 これにすぐさま反応した≪煉狼龍≫ラヴァミアキスが、叩きつけではなく、カーシュナーを捕らえようとするかのように斜め上から薙ぎ払うように前脚を振るってきた。これだけで、先程5連発で叩きつけてきた前脚による踏みつけ攻撃よりも回避の難易度が増す。回避方向を間違えると大木のような前脚の振り抜きによって発生する風圧に捕らえられてしまうからだ。

 カーシュナーは追撃を避けやすい懐めがけて回避し、即座に今度は巨体の下敷きにならないように脇を抜けるように外側へと回避する。攻撃の切れ目がほとんどないため、カーシュナーのスタミナは次々と削られ、反撃の隙を見出す余裕もなっかった。

 地味に厄介なのが、巨体にもかかわらず、瞬時に振り向いてくることだった。止まり、身体を回し、振り向く。これまでの常識と違い、強靭な片方の前脚を軸に使って、止まると身体を回すを同時に行ってくる。おかげでまともに背後を取ることが出来ない。

 いくら強靭な肉体を誇るハンナマリーとはいえ、正面から殴り合うわけにはいかない。隙を突いての攻撃になるが、その隙を見つけることがなかなか出来ないでいた。

 それでも、先程の水蒸気爆発の影響で身体を鎧のように覆っていたマグマが吹き飛んでくれたおかげで、尻尾に攻撃を入れても弾かれることがなくなり、ダメージを入れられるようになった。

 ≪煉狼龍≫ラヴァミアキスのほぼ全ての攻撃に、風圧【大】が瞬間的にだが発生する。そのため攻撃を回避しただけではその後の風圧によって体勢を崩されてしまうため、立ち回りが非常に難しくなる。攻撃の手数が稼ぎにくい上に、回避の方向を常に頭に入れておかないと、たった一度のミスで一気に狩猟から脱落させられかねない。

 カーシュナーとハンナマリーは、この極限状態の中でさらに研ぎ澄まされ、困難を楽しみ、強さの階段を駆け上がっていった。

 追いまくられていた状況が、次第に変化していく。パターンを読むなどというありきたりなことではない。≪煉狼龍≫ラヴァミアキスの視線から、呼吸から、筋肉の動き、重心の変化、地形状況と、あらゆる情報を瞬時に処理、判断し、おそらく動いている≪煉狼龍≫ラヴァミアキス本人よりも一瞬早く次の動作を予測する。

 それは「見る」ではなく「観る」ことを完璧にこなせている証明であった。

 少ないチャンスを逃すことなく一撃、一撃とダメージを蓄積させていく。

 ハンナマリーの武器出し攻撃が、水蒸気爆発とこれまでの攻撃の蓄積によって生じていた前脚のほんのわずかな傷口に吸い込まれる。大剣、ハンマー個人技・極み≪撃砕≫(ゲキサイ)により、≪煉狼龍≫ラヴァミアキスの右前脚が、一気に部位破壊される。片手剣ほどもある爪が砕けて宙を舞う。

 こうなると超重量を持つ巨体があだとなる。≪煉狼龍≫ラヴァミアキスは王者の威厳を打ち砕かれ、右前脚を抱え込むようにして倒れ込んだ。

 ハンナマリーは倒れ込む方向に合わせて前転を行い、立ち上がった時には目の前に巨大な胸部の灼熱核が来るように位置調整する。そして、迷うことなく溜め攻撃の態勢に入る。

 1段階、2段階、3段階、…そして4段階。この時点でハンナマリーの肉体の許容量は限界近くまで力の奔流をせき止めていた。ハンナマリーの研ぎ澄まされた感覚が、自身の内面を隅々まで照らし出し、奥深くに眠っていた第五の力の門の前にハンナマリーを導いていく。

 意識の手が扉に掛かる。押し開こうとする意志に対し、本能が警告する。器に見合わぬ力は、必ず器自身を打ち砕くと――。

 ハンナマリーは警告の意味を理解した上で、第五の門を押し開いた。身体がザボアザギルのように膨れ上がり、内側から破裂するのではないかと思えるほどの力と、それに倍する苦痛が襲い掛かってくる。千切れ飛びそうになる意識を必死でつなぎ留め、渦巻く力を集め導く。そして、大きく構えた大剣を一気に振り下ろす。

 一流のハンターですら意識を保てなくなるほどの苦痛の中、ハンナマリーの目は、灼熱核の歪みを捉えていた。振り下ろされる一撃が、灼熱核の歪みへと吸い込まれる。

 大剣は灼熱核を切り裂くことも、表面を滑ることもなく、歪みにしっかりと食い込み、ハンナマリーが生み出した力の奔流と、伝説の鍛冶職人が作り上げた名刀に封じ込められた氷属性の力を一点に余さず注ぎ込んだ。

 力の均衡は一瞬でしかなかった。表面に亀裂が入ったかと思った次の瞬間に、灼熱核は木端微塵に砕け散ったのであった。

 それは、大剣、ハンマー個人技・極み≪撃砕≫と、大剣個人技・極み≪開錠・五星門≫(カイジョウ・ゴセイモン)の複合技であった。攻撃系の極み業の複合使用は、竜人族の超一流ハンターである団長ですら扱えない、もはや技とすらも呼べない一つの奇跡の体現であった。これを唯一可能としてきたのが、最強と謳われる赤玲ただ一人であったのだ。

 ハンナマリーはいまここで、強さの階段を上り切ったのであった。これから先進むべき道は高みを求める道ではなく、強さの底を知るための、深淵を渡る旅となる。

 胸部の灼熱核が砕け散っただけでなく、その奥にある≪不死の心臓≫にまでダメージが及ぶ。それと同時に、ハンナマリーの全身の筋肉が大き過ぎる力によって引き千切られる。

 横たわってもがいていた≪煉狼龍≫ラヴァミアキスが苦痛にのたうち回る。ハンナマリーが与えたダメージは致命的だったが、モンスターと人間が持つ根本的な生命力の差がここで明暗を分けた。

 ハンナマリーは与えたダメージと引き換えに、狩猟から脱落寸前の状況に陥っていた。全身がマヒし、苦痛すら感じない。回復を行いたくても指一本動かせない。

 ここで判断早くハンナマリーに駆け寄ったのがクォマであった。瞬時にハンナマリーの状況を見て取り、アイテムポーチから球状のものを取り出すと足元に叩きつけた。緑色の煙がクォマとハンナマリーを包み、煙が晴れた時には二人の姿はエリア内から消えていた。

 クォマが使用したのは、≪モドシ玉≫というモドリ玉の発展改良型アイテムで、モドリ玉が使用者自身を安全に狩場から離脱させるためのアイテムなのに対し、≪モドシ玉≫はオトモにだけ使用が許可されている、自身と対象者を狩場から安全に離脱させられる特殊アイテムだった。オトモ専用アイテムのため、ハンターには使用も所持も許されていない。

「カーシュ! ハンナはボクにまかせるアン!」

 緑の煙が晴れる前に、クォマの声がカーシュナーに届く。

 ≪煉狼龍≫ラヴァミアキスの巨体の陰でハンナマリーの行動を把握出来ていなっかったカーシュナーだが、突然≪煉狼龍≫ラヴァミアキスがのたうち回りだしたことと、緑の煙の発生に続いてクォマの言葉を受けたことで瞬時に状況を把握し、ここからは場合によっては一人で対峙しなければならない事を理解した。

 激痛に耐えかねて振り回される手足は予測不能な凶器でしかないため、カーシュナーは一度距離を取って状況の観察、分析に入る。真っ先に目に飛び込んできたのは、ハンナマリーによって粉砕され、大きな空洞が出来た胸部だった。

「…あれを一撃でやったんだ。姉さんも無茶したな~」

 カーシュナーはため息とも感嘆ともとれるつぶやきを漏らす。おそらくその両方なのだろう。

「…あとはボクの仕事だ」

 つぶやきと同時にカーシュナーの身に、不可視の百戦の気が帯びる。

 1対1の決着戦が始まった。

 

 

 うっすらと開いたまぶたが重かった。

 ハンナマリーは自分が意識を失っていたことに気がつく。

 まだ霞む視界の先に、クォマの瞳の大きい顔がある。

「よかったアン! 気がついたアン!」

 ホッとした様子で、クォマがハンナマリーのアイテムポーチから取り出したいにしえの秘薬を唇にあてがう。ゆっくりとだが、確実に飲み干して、ハンナマリーが一息つく。

「私はあの後どうなったんだい? 狩りから脱落しちまったのかい?」

 体力もスタミナも底をつく寸前だったため、いにしえの秘薬を持ってしても身体の自由を回復するには至らない。ハンナマリーはわずかに頭を傾けてクォマに尋ねた。

 今度は秘薬を二つ取り出し、ハンナマリーに飲ませながらクォマが答える。

「あの後すぐに≪モドシ玉≫を使って隣りのエリアに避難して来たんだアン! ベースキャンプに連れ帰ってやりたかったんだけど、どこも道がふさがれていて戻れなかったんだアン!」

「そうかい。すまなかったねえ。まさかここまで無理した反動があるとは思わなかったよ。せっかくギルマスじいちゃんたちがカーシュのために開発してくれた≪モドシ玉≫なのに、私が使わせちまうとは不覚だったよ」

 秘薬2本を飲みほして、ようやく身体の自由を取り戻したハンナマリーが上体を起こしながら言う。まだ、しばらくはまともに動き回ることは出来そうもない。

 今度はホットドリンクを飲ませようとアイテムポーチを探っているクォマに、ハンナマリーは手を伸ばした。

「後は自分でなんとか出来るよ。クォマはカーシュのところに戻ってやっておくれ。たぶん言っても聞かないだろうけど、もし、こっちに退きあげてくるようなら助けてやってほしい」

「わかったアン! でも、きっとカーシュは退き返さないと思うアン!」

「あんな顔しているけど、剛毅な性格しているからねえ。世話を掛けるけど、よろしく頼むよ」

 そう言って差し出したハンナマリーの手のひらに、クォマが肉球でハイタッチをする。

「頼まれなくても喜んでお世話するアン! カーシュはボクの命の恩人で、テチッチ族全体の恩人でもあるんだアン! 骨惜しみしないアン!」

「ありがとうよ。でもね、カーシュも私たちも、クォマたちに恩を着せたくて助けたんじゃないんだ。恩返しのためって言うなら、無理しなくていいんだよ」

「無理じゃないアン! 友達を助けるのは当たり前アン! ボクはカーシュが大好きだから助けるんだアン!」

「それなら私も安心して弟を頼めるよ」

「ハンナはしっかり身体を休めてから来るアン! ボクとカーシュの二人で、後ははぎ取るだけの状態にしておいてあげるアン!」

 そう言うとクォマは、カーシュナーが≪煉狼龍≫ラヴァミアキスと対峙しているエリアへと駆けだして行った。

 その後姿を頼もしげに見送ったハンナマリーは、アイテムポーチからありったけの携帯食料を取り出すと、それらをホットドリンクと回復薬グレートでのどの奥へと流し込み、ボロボロになった身体の回復を始めた――。

 

 

 胸部にぽっかりと開いた傷口から、≪不死の心臓≫から送り出される生命力がこぼれ落ちていく。

 死の恐怖が生に対する執着を焦がすと同時に、無限に続いてきた苦しみの時が終わりに近づいているという事実が、≪煉狼龍≫ラヴァミアキスの魂をなぐさめていた。

 疲れが≪煉狼龍≫ラヴァミアキスの意識を支配していた。それはカーシュナーたちとの立ち回りの結果生じた疲労ではなく、長き時を苦痛に耐えて保ってきた正気が、すり減り、ささくれて生じた隙間からこぼれ出してきた弱気でもあった。

 このまま肉体の芯を焼き焦がすマグマの身体を雪の中に沈めてしまいたい欲求が全身に広がっていく。だが、王者の肉体は、意志に眠ることを許さず、雄々しく立ち上がる。

 目の前に立つ小さき者の強き視線が、王者のプライドを激しく揺さぶったからだ。

 胸郭を目いっぱいまで膨らまして大気を吸い込む。苦痛はもはや意識の外に置き去りにされ、生命力が刻一刻と失われていく手足に、戦いの意志がみなぎる。

 特大の咆哮が放たれ、足元の雪原に亀裂が走る。

 王者は最後まで王者であるために、目の前に立つ者をほふるために一歩を踏み出した。その一歩でいきなり最大スピードに達し、カーシュナーに襲い掛かる。

 横殴りに振り回される爪。踏み潰そうと振り下ろされる脚。体当たりが山肌を砕き、全体重を乗せたフライングボディプレスが雪原を破壊する。

 次々と繰り出される一撃必殺の攻撃を、カーシュナーは紙一重でかわし続けていた。背負った演武・奏双棍(エンブ・ソウソウコン)に手を掛けることも出来ない。

 カーシュナーは退くべきだったのだ。モンスターは本来、どれ程の深手を負おうとも、しっかりと休息を取れば回復することが出来る。≪煉狼龍≫ラヴァミアキスも同様なのだが、受けたダメージの深さと、長い年月蓄積されてきたダメージの大きさが、≪不死の心臓≫が生み出す生命エネルギーを受け止めきれなくしていた。ほころびだらけの肉体を、≪不死の心臓≫が内側から突き破り始めたのだ。

 もはや≪煉狼龍≫ラヴァミアキスの肉体の崩壊を止めることは、≪煉狼龍≫ラヴァミアキス自身にも出来ない。死は時間の問題だった。後は放置するだけで討伐は完了する。

 最後の時を、自分との戦いに費やすと決めた≪煉狼龍≫ラヴァミアキスを前にして、カーシュナーの中にこの想いをかわすなどという思考はかけらも存在しなかった。王者のプライドを受け止め、その上で超える。カーシュナーは狩りにきたのではなく、より高みを目指すために、自身の強さを絶対者にぶつけに来たのだから――。

 その巨体からは想像もつかない身ごなしで旋回攻撃がカーシュナーに襲い掛かる。見切りは完璧だったが、身体がついてこない。振り回された尻尾がかすめ、カーシュナーは雪原に投げ出される。

 ここに、とどめとばかりにフライングボディプレスが降ってくる。しかし、この判断は≪煉狼龍≫ラヴァミアキスにとって大きな間違いだった。

 上空高く跳び上がってから行うこの攻撃は、威力は飛び抜けて高いが、どうしても時間が掛かる。跳び上がる速度を速めることは出来るが、落下の速度を加速することは出来ないからだ。

 カーシュナーはこの隙に≪煉狼龍≫ラヴァミアキスの落下地点から退避し、演武・奏双棍で空へと舞い上がる。

 カーシュナーが昇るのと入れ違いに≪煉狼龍≫ラヴァミアキスの巨体が落下する。的を外したことに気づき、素早く起き上がった≪煉狼龍≫ラヴァミアキスの背中に、カーシュナーのジャンプ攻撃が叩き込まれる。すでに亀裂の入っていた背中の灼熱核に、無数の細かい亀裂が加わる。

 カーシュナーはそのまま乗り状態に移行すると、亀裂の走る灼熱核にナイフを振り下ろしていった。

 猛烈に≪煉狼龍≫ラヴァミアキスが暴れまわる。カーシュナーと≪煉狼龍≫ラヴァミアキスのせめぎ合いが続き、カーシュナーが必死にしがみついていると、≪煉狼龍≫ラヴァミアキスが不意に動きを止め、天に届かせようとするかのように、高く高く遠吠えを放った。すると、それまで輝きを失っていた灼熱核が輝きと共に炎の力をよみがえらせる。≪煉狼龍≫ラヴァミアキスは、カーシュナーを背負ったまま、≪帯焔状態≫に突入したのだ。

 ≪煉狼龍≫ラヴァミアキスが焼き、カーシュナーが刺す。命がけのせめぎ合いは、カーシュナーに軍配が上がった。

 ぽっかりと空いた胸の傷口の奥で、≪不死の心臓≫が悲鳴のような音を立てながら、さらなる生命エネルギーを送り出す。≪帯焔状態≫になったことで加速したマグマの奔流が、カーシュナー以上に≪煉狼龍≫ラヴァミアキスを焼いたのだ。

 髪は焼かれて煙を上げ、露出していた肌も火傷だらけになっているが、ダメージの全てが表面的なものであり、深手は一つもない。伝説の鍛冶職人の職人技術が、見事にカーシュナーを護ってみせたのだ。

 倒れ、あがく≪煉狼龍≫ラヴァミアキスの頭部に、カーシュナーが渾身の≪乱打・回天≫(ランダ・カイテン)を叩きこんで行く。

 鬼人状態のカーシュナーの集中が、双剣使いのジュザが個人技・極みに目覚めた時のように深まり、研ぎ澄まされていく。魂の完成度だけならば、カーシュナーは鬼人を越え、阿修羅へと昇華することが出来たであろう。しかし、完成とは程遠いカーシュナーの少年の肉体は、人の枠の限界点を超えることは出来なかった。

 身体の奥底から全てをかき集めて繰り出される二振りの棍が、絶対者の王冠のようにそそり立つ一本角にダメージを蓄積していく。カーシュナーがあと一撃と思った刹那、≪煉狼龍≫ラヴァミアキスが起き上がる。

「間に合わなか……」

 

「ヴァウォン!!!」

 

 カーシュナーが思わず無念の声をあげかけた時、突如現れた丸い物体が、≪煉狼龍≫ラヴァミアキスの頭部に取りつき大爆音を上げたのであった。

 カーシュナーが持てる力の全てを注ぎ込んで与えた音波による脳への振動に、爆音がとどめを刺す。

 死力を尽くして立ち上がった≪煉狼龍≫ラヴァミアキスが、土砂崩れのように再び地に倒れ伏す。

「カーーーシュ!!」

 爆音の主であるクォマが、ここが勝機と声を投げる。大爆音の影響であばら骨を痛めたらしく、すぐには立ち上がれないでいた。

 反射的にクォマの大爆音を回避していたカーシュナーが、クォマの声に応えて追撃を開始する。

 王者の象徴のようだった一本角が根元から折れ飛び、雪原に突き刺さる。頭部の甲殻も鱗もすでにボロボロになっている。これが他のモンスターであったら、カーシュナーはとっくに勝者の座についていただろう。しかし、絶対者のプライドは、ここからもう一度≪煉狼龍≫ラヴァミアキスを立ち上がらせたのであった。

「…………」

 あまりのことに、クォマが声もなく目の前にそびえる灼熱の山のような≪煉狼龍≫ラヴァミアキスを見上げる。

 再び高く高く空へと遠吠えを放つ≪煉狼龍≫ラヴァミアキスに、カーシュナーが攻撃を加え、ジャンプ攻撃を敢行する。長棍(チョウコン)状態に切り替えられ演武・奏双棍が叩きつけられる寸前に、≪煉狼龍≫ラヴァミアキスの身体からさらなる灼熱の波動が吹き出し、カーシュナーを弾き飛ばす。

 ≪超帯焔状態≫に再度突入したのだ。

 クォマが撤退をうながそうとした瞬間、大量のガラスが砕けるような音と共に、≪煉狼龍≫ラヴァミアキスの巨体を包んでいた灼熱が吹き飛ぶ。両肩と背中の灼熱核が砕け、身体の芯から放たれていた赤銅色の輝きもぼやけて消えていく。砕けた灼熱核の各所から生命エネルギーとマグマがこぼれ落ち、巨体が一回り小さくなったかのように錯覚させる。

 ≪煉狼龍≫ラヴァミアキスは、それでも一歩足を踏み出した。鋭かった瞳には霞がかかり、光は失われ、目の焦点はどこにも合っていない。決して退かないという王者の意地だけが、足を前に運んでいた。

 カーシュナーは≪煉狼龍≫ラヴァミアキスの前に立つと、長棍状態の演武・奏双棍を腰だめに構え、待った。

 ≪煉狼龍≫ラヴァミアキスが一歩、また一歩と進む。距離が縮まり、カーシュナーの目の前に、小山のような巨体がせまる。そこには、巨木の洞のような傷が大口を開け、いまだに生命エネルギーを送り出し続ける≪不死の心臓≫が、狂ったように唸りをあげていた。

 カーシュナーは渾身の力を込めて、進み続ける王者に引導を渡す。

 真っ直ぐに突き出された演武・奏双棍が≪不死の心臓≫を貫き、活動を停止させる。それと同時に、≪煉狼龍≫ラヴァミアキスの歩みも止まった。

 ≪煉狼龍≫ラヴァミアキス、討伐である――。

 

 

「でけえ~!」

「全然違う!」

 雪崩をかき分け、なんとか合流したリドリーとジュザが、感嘆の声を漏らす。二人の目の前には、立ったまま絶命する≪煉狼龍≫ラヴァミアキスの姿があった。死してなお、人を打つ威を発している。

「やっぱり、やりやがったか!」

 そこに、まだ足元のおぼつかないハンナマリーが、3人の獣人に支えられ、隣りのエリアからやって来た。討伐後、まず、クォマが迎えに行き、その後合流したヂヴァとモモンモが手伝いに向かったのだ。

 ファーメイは≪煉狼龍≫ラヴァミアキスの亡骸に登ったり下りたりしながら調査報告をまとめている。

 全員そろったところで、カーシュナーが一部始終を語って聞かせる。

「こっちの方の嫌な予感が当たっちまったか!」

 リドリーが盛大に嘆く。

「≪霊峰・咲耶≫まで来て、勝負を逃すとは…」

 ジュザは無念さのあまり言葉が続かない。

「最後、看取りたかったな」

 ≪煉狼龍≫ラヴァミアキスの強さを体感しているハンナマリーは、素直に残念がっていた。

「全員無事でなによりニャン! ハンターをやめない限り、強者との戦いはこれからもいくらでもあるニャン!」

 討伐出来たことよりも、討伐に関われなかったことを嘆いてる3人に、ヂヴァが声を掛ける。

「そうだモン! それより何より、さっさと剥ぎ取りするモン! ≪煉狼龍≫ラヴァミアキスの素材を無駄にしたら、それこそハンター失格だモン!」

 採取の鬼が肝心なことを思い出させる。いくら極寒の≪霊峰・咲耶≫の中腹でも、素材の細胞は分解していくのだ。

「そうッスね! 今後の研究のために、全素材を解体して保存するッス! 絶対王者の命を無駄に出来ないッス!」

 ファーメイはそう言うと、クォマに視線を向けた。視線の意味を察したクォマが大きくうなずく。テチッチ族は解体の名人であり、クォマはその中でも特別腕の立つ解体職人だった。

「まかせてほしいアン!」

 痛めたあばらをかばいながら、クォマが元気よく答える。そして、カーシュナーに視線を向ける。

 他の全員が、クォマ同様カーシュナーに視線を向ける。

「カーシュ。あんたが最初のナイフを入れな」

 ハンナマリーの言葉にカーシュナーはうなずくと、一度頭上にある≪煉狼龍≫ラヴァミアキスの顔を見上げてから腰の剥ぎ取り用ナイフを取り出した。そして胸の傷口に入っていくと、≪不死の心臓≫をはぎ取る。

 一度は活動をやめた≪不死の心臓≫は、再び活力を取り戻し、カーシュナーの手の中で動き始めていた。それに応えるかのように、ファーメイが預かっていたもう一つの≪不死の心臓≫が力を放ち始める。

「……こいつはいったい何事…」

 不思議な現象に、ハンナマリーが思わず疑問を口にしかけた瞬間、それは、音もなく飛来し、カーシュナーたちの前に着地した。衝撃に雪原が砕け、その上に立っていたカーシュナーたちを吹き飛ばす。

 ≪不死の心臓≫を抱えたまま、くるりと受け身を取って立ち上がったカーシュナーと、突然の襲来者の目が合う。

 ハンナマリーも不自由な身体でなんとか受け身を取ると立ち上がり、無傷のリドリーとジュザは一瞬で臨戦態勢に入る。3人の獣人は、大急ぎでファーメイを護りに走る。

 それは始め、巨大な雪の塊に見えた。しかし冷静になって観察すると、それが体毛に大量の雪をからませたモンスターだとわかる。牙獣種のように見えるが、その身体の大きさは20メートルを超える巨体で、牙獣種というよりも、伝説の≪巨人≫を思わせる。

 白い体毛に雪が絡まっているため、全体像が上手く掴めないが、毛足の長い体毛は、もともと白かったのではなく、色素が抜け落ち、色をなくしたものだと思われた。

 真っ白な全身の中で、何故か毛のない顔だけが赤い。全身の毛がなければ、もしかすると肌は赤いのかもしれない。しわの深い赤ら顔の中で、黒目ばかりの小さな目が、カーシュナーの翡翠色の瞳を見つめていた。

 実力の程は測り知れないが、とんでもない力を秘めていることだけは、自然と放たれる強者の威で伝わってくる。それは≪煉狼龍≫ラヴァミアキスをも上回っていた。反射的にライトボウガンをかまえたリドリーを、カーシュナーが手で制す。

 謎の巨人は、その場から動かず、ただ両の手を前に差し出した。ただそれだけで、カーシュナーは意図を察する。

 カーシュナーはファーメイの元へ歩み寄ると≪不死の心臓≫を受け取った。そして、二つの≪不死の心臓≫を持って謎の巨人に歩み寄る。

「カー……」 

 ハンナマリーが声を発しようとするのを、カーシュナーが小さく首を横に振って黙らせる。

 カーシュナーは差し出されているそれぞれの手のひらに、≪不死の心臓≫を一つずつのせる。

 ほんの一瞬だけ、謎の巨人が微笑んだようにカーシュナーには見えたが、再び荒れだした吹雪に遮られ、しかとはわからなかった。

 ≪不死の心臓≫を受け取った謎の巨人は無言で背を向けると、雪で覆われた急な斜面を造作もなく駆け登っていく。その巨体を、強くなった吹雪があっという間に飲み込み、突然の出来事そのものをも飲み込む。

 誰もが言葉もなく、謎の巨人が去ったであろう山頂付近を見上げていた。しかし、吹雪をもたらす分厚い雪雲に隠された≪霊峰・咲耶≫の頂は、何の答えも与えてはくれなかった。

 狩猟は終わった。気持ちを切り替え、≪煉狼龍≫ラヴァミアキスの剥ぎ取りと解体作業を終えて帰途につく。しかし、謎の巨人の出現と、何故≪不死の心臓≫を欲したのか。答えの出ない新たな問題が積み上げられ、訪れた時以上に深い謎の下に≪霊峰・咲耶≫は姿をくらましてしまった。

 樹海を抜けて≪霊峰・咲耶≫の全景を一望しつつ、カーシュナーは再び訪れるであろうその優美な姿を、しばらくの間眺めていたのであった――。

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