「とにかく全員無事でよかったわい!」
≪霊峰・咲耶≫(レイホウ・サクヤ)から、見事≪煉狼龍≫(レンロウリュウ)ラヴァミアキスを討伐して≪鉱山都市≫へと帰還したカーシュナー一行に、ギルドマスターがねぎらいの言葉を掛ける。
≪煉狼龍≫ラヴァミアキス討伐後の出来事について報告を受けての言葉であった。
「隊長! 聞いてないッスよ!」
ファーメイが、その場に同席していた元王立古生物書士隊隊長に文句を言う。
「無茶を言うでない! わしかて知らんことは教えようがないわい!」
≪煉狼龍≫ラヴァミアキス討伐後に遭遇した謎の巨人について、何の情報もなかったことにファーメイが腹を立てているのだ。
「あの土地は、まだ、2回しか調査が行われておらなかった狩場じゃ! そんなモンスターがいると知っておったらクエストなんぞ出さんわい!」
隊長じいちゃんが、ファーメイの剣幕にたじたじになりながらも言い返す。
「もう、その話はいいじゃない、ファー。おかげでボクたちはクエストに行けて、≪煉狼龍≫ラヴァミアキスと戦えたんだから」
カーシュナーがファーメイと隊長じいちゃんの間に入ってとりなす。
「戦えたのはカーシュとハンナだけだろ。オレとジュザはお子ちゃまの相手だぜ!」
「まだ、不満」
今回欲求不満だらけの二人が愚痴をこぼす。
「≪不死の心臓≫もあげちまったしね」
ハンナマリーも腕組みしながら残念そうにこぼす。
「それについては、賢明な判断じゃったと思うぞ。どれほど貴重なレア素材だとしても、お前さんらの無事には代えられんからのう。研究は今後時間をかけて確実に進めていけばいいわい。そういう意味では今回のファーメイの報告は、レア素材以上のとんでもなく貴重な情報じゃ」
「あれは、南の大陸の古龍種になるのかな?」
カーシュナーが、元古龍観測所の所長じいちゃんに尋ねる。
「いや~、そればかりはなんとも言えんわい。身の丈20メートル以上の牙獣種なんぞ、竜人族のどんな書物にも載っておらんからのう。ましてこれが≪巨人≫となると、空想上のモンスターと思われていたもんじゃから、何の記録もないんじゃよ。正直これがカーシュちゃんの口から出た話でなければ、夢でも見ていたんじゃろうと笑い飛ばしておるところじゃて」
所長じいちゃんの言葉に、他の面々から抗議の声が起こる
「仕方なかろうが! お前さんらの普段の悪ふざけが過ぎるのがいかんのじゃぞ!」
ギルドマスターが抗議の声をあげる一同をたしなめる。
「ミスター悪ふざけ」
「誰が悪ふざけの塊じゃい!」
ジュザがボソッとこぼした言葉に、ギルドマスターが激しくツッコミを入れる。
「こんな感じにのう」
所長じいちゃんが二人を指さしながら言う。抗議の声はピタリと収まった。
「余計なやり取りのおかげで思い出したんじゃが、そういえば以前に、白い獣人殿から、≪霊峰・咲耶≫の上空は絶対に気球で飛んではいかんと釘を刺されたことがあったわい。理由は教えてもらえんかったがのう」
「おおっ! そういえばそんなことがあったのう! すっかり忘れておった!」
隊長じいちゃんがその時のことを思い出したらしく、大きく手を打つ。
「忘れてたじゃないッスよ!」
ファーメイが再び噴火する。
「これは、一度白い獣人殿にご足労いただいて、相談してみることにしよう。わしらだけでは何の答えも出んわい」
ギルドマスターが、ファーメイから逃げ回る隊長じいちゃんを眺めながら言った。
「ギルマスやい! ≪霊峰・咲耶≫のクエストは、当面はどんな類のものも発注しちゃいかんぞ!」
逃げまりながら隊長じいちゃんがギルドマスターに注意する。
「おおっ! そうじゃった! こりゃあ、急いで手配せんといかんわい!」
ドタバタとしながらも必要な対応を図り、カーシュナーたちは白い獣人を待つことになった。
竜人族の海上商人にしてハンターでもあるチヅルが、白い獣人と共に≪鉱山都市≫へとやって来た。
チヅルは現在南の大陸の正確な地図を作成するべく、大陸を見守り続けるという使命を持つ白い獣人と、互いに協力しながら各地を回っていた。
身の丈2メートル半はあろう獣人と、竜人族の女性は、どういうわけか気が合い、一緒に行動している。白い獣人は、普段は厳格な話し方なのだが、チヅルと会話するときだけはチヅルに合わせ、非常に間延びしたアホな子供のような話し方になる。初めに覚えた話し方であるためか、他の誰にも理解できない理由で愛着を持っているらしい。
「お~待たせ~」
チヅルが集まっている一同に手を振る。竜人族の5人の老人は苦い表情でこれを受け、それとは真逆な反応でカーシュナーたちが嬉しそうに手を振り返す。
非常に優秀な人材なのだが、言葉以上に人格にクセがあり、同族である竜人族はしばしばチヅルが引き起こす騒動に巻き込まれるため、チヅルに対する反応が厳しくなるのだ。逆に、その騒動をはたから眺めているだけの人々からは、面白い人物として好意的に迎えられているのであった。
「重~大事ってな~に~。も少しくわしく書いてよ~」
「なんでお前まで来ておるんじゃ! 地図作りはどうした!」
さっそくギルドマスターのカミナリが落ちる。
「わ~たしがいなくっても大~丈夫だよ~。もう~何~か月やってると思ってるの~」
「お前、わざと普段よりも変なしゃべり方をしておるじゃろ!」
「し~~~~て~~~~~~~な~~~~~~~~~~~いいいいいぃぃぃぃぃ!!」
「き、貴様!」
こぶしを握り締めて額に青筋を浮かべるギルドマスターを、カーシュナーが笑いを押し殺しながらとめる。
「で? 重大事ってな~に?」
軽くギルドマスターをからかって満足したのか、チヅルが普段のしゃべり方に戻す。
「やっぱりか! やっぱりわざとじゃったんか!」
「それ~、もう~終わったから~」
怒りが治まらないギルドマスターを、チヅルが片手であしらう。はたから見るとちょっとした猿回しにみえる。
「オレでもあそこまでは無理」
この様子を見てジュザが感心してつぶやく。ギルドマスターに限らずジュザは竜人族の老人たちとは仲が良く、ヒマを見つけてはからかっているのだが、特にギルドマスターのいじりがひどい。カーシュナーからよくやり過ぎを注意されるが、そんなジュザをして、チヅルのギルドマスターいじりは無茶苦茶だった。
「ジュザ! こんなことに感心するでない! お前さんの悪ふざけまでこれ以上エスカレートしたら、わしの頭の血管がもたんわい!」
「大丈夫ぅ~。下水の配管より頑丈だから~」
「誰の頭がどぶ臭い下水道じゃ!」
「もう、その辺でいいだろ! これじゃせっかく白い獣人の旦那が来てくれたってのに、全然話が進まねえよ!」
さすがにこのやりとりに飽きてきたリドリーが仲裁に入る。
カーシュナーとハンナマリーはツボに入ったらしく、仲裁には加わらず、大笑いしないように身体を小刻みに振るわせながら耐えていた。
「白い獣人殿。お役目があるにもかかわず、ご足労いただき申し訳ない。その上あいさつもまともにせんで大騒ぎばかりして、お恥ずかしい限りですじゃ」
頭に血が登っているギルドマスターに代わって、隊長じいちゃんが白い獣人に頭を下げる。
「いや、にぎやかでけっこう」
アイルーをより肉食系に寄せたような精悍な顔に、優しげな笑みを浮かべて白い獣人は答えた。いくつもの文明が滅び、自然に飲み込まれていくほどの時間を一人で過ごしてきた白い獣人にとって、カーシュナーたちが生み出す愛情の上に立った喧騒は、けして騒音ではなく、心を躍らせてくれる音楽に近いものであった。
「いや、そう言っていただけると助かりますじゃ。さっそくですが、何があったか説明いたしますじゃ」
そう言うと隊長じいちゃんが、説明を始め、そこにファーメイとカーシュナーも加わり、事細かに≪霊峰・咲耶≫での出来事を説明していった。始めは白い獣人の隣りで面白そうに聞いていたチヅルの表情も、話が進むにつれて次第に真剣なものへと変わっていく。そして、最後に謎の巨人の件にさしかかった時、表情の変化がわかりにくいはずの獣人族である白い獣人の顔が、驚愕に見開かれたのであった。
「で、出会ったというのか……」
白い獣人は一言つぶやくと、しばらく呆然とし、言葉を発しなかった。
「すまぬ。私には語ることは許されていないのだ」
ようやく自分を取り戻した白い獣人はそれだけ言うと、深々と頭を下げた。
「それはい……」
「ギ、ギルドマスター!!」
ギルドマスターが当然の疑問を口にしようとしたとき、≪鉱山都市≫の中心部の方から、一人のハンターが全力で走って来た。
「どうした! モンスターでも侵入してきたのか!」
「ち、違います! とにかく来てください! 瓦礫で埋まっていた地下空洞に通じる道が見つかったんです!」
「なんじゃと!」
ギルドマスターは驚くとともに、白い獣人に視線を投げる。
「私もこの都市が滅んだ時のことは何も知りません。先にそちらを調べてみましょう。私も非常に興味があります」
ギルドマスターの視線の意味を察して白い獣人が答える。謎の巨人に関して何も語れないと言った以上、これ以上≪霊峰・咲耶≫での出来事を話し合ってもさしたる進展は望めない。であるなら、この≪鉱山都市≫に眠る謎の究明を優先する方が有意義である。長年各地をめぐり、再び≪鉱山都市≫を尋ねた時には都市は崩壊し、住民も全滅していた。出来ればその原因を知りたくもあった。
「よし! 全員移動じゃ!」
カーシュナーたちは報告に駆けつけたハンターに先導され、発見されたという地下空洞への道へ向かった。
それは道ではなく、瓦礫の隙間であった。しかし、どの瓦礫の面も一端が鋭利な刃物で両断したかのように平滑になっていた。≪霊峰・咲耶≫で見た地下通路のようなものが崩壊して出来た瓦礫だとわかる。
好奇心の塊である王立古生物書士隊の力自慢たちによって、第2拠点建設と並行して行われていた瓦礫の撤去作業のおかげで、大きな隙間までたどり着いたのだ。
どうやら都市の基盤を支えていた岩盤の一部が細かく砕けず、大きな塊のまま斜めに埋まったおかげで、その下に空間が生まれたらしい。
隙間の奥から先に調査に入っていた隊員たちの興奮した声が聞こえてくる。
「先輩たちズルいッス!」
興奮したファーメイが、頭を瓦礫の角にぶつけながら奥へと駆けこんで行く。
「こりゃ! わしらより先に行くでない! どんな危険が潜んでいるのかわからんのだぞ!」
ひょろ長い後姿に隊長じいちゃんの声が掛かるが、もはや耳に入っていない。
「わしらも急ぐぞ! 」
ギルドマスターが呆れる隊長じいちゃんに声を掛け、ファーメイの後に続いた。
そこには想像していたよりもはるかに広い空間が広がっていた。下手をすると上部の都市部よりも広いかもしれない。しかも、その全てが人工的に作り出されている。大木のような真っ四角の柱が幾本も建ち並び、巨大な空間を支えている。
「部分的な崩壊じゃったのか! これは大きな可能性があるぞい! いますぐ伝令じゃ! 都市内壁居住区の調査に出ている連中を呼び戻すんじゃ! 忙しくなるぞい!」
興奮しながらも的確な指示をギルドマスターが出す。調査団員の幾人かが伝令のため引き返すと、カーシュナーたちはさらに奥へと進んで行った。
「なんだいこれは!!」
ハンナマリーが大声を上げる。先に調査に入って騒いでいた王立古生物書士隊員たちは、自分たちが発見したものに圧倒され、声も出ない。
彼らの前には、全身鎧の群れが、足を抱えて座り込んでいた。それだけならば特別驚くことでもない。重工業が発展していたと考えられている≪鉱山都市≫ならば、地下に倉庫があったと考えればそれだけのことだ。都市自体が山腹の巨大な空洞を利用して建設されているのだからむしろその方が自然と言える。
無数に並んだ全身鎧が普通のサイズだったなら…。
「巨人用か」
ジュザが言う。
「龍をデザインしたみたいだな。でも、一つずつ微妙に違うなんて、ずいぶんと手の込んだことしてたんだな~。古代人って」
リドリーが呆れ半分に言う。
床に整然と並んだ全身鎧の群れは、頭部が龍の顔を意匠化したもので、一つ一つが微妙に異なるデザインになっていた。それは、人の顔がそれぞれ違うのに似た違いだった。
ちなみにカーシュナーたちは、ファーメイを除いた全員が、巨大な全身鎧には特別驚いていない。驚いたのは空間のあまりの巨大さと、全身鎧の数に対してである。
「まあ、≪霊峰・咲耶≫で生の≪巨人≫見た後じゃ、鎧見せられてもたいして驚きゃしないね。セミの抜け殻がいっぱい転がってるみたいなかんじだね」
ハンナマリーが全身鎧の一つに歩み寄り、ペシペシ叩きながら言う。
「さ、触っちゃダメッス!」
ファーメイが慌ててハンナマリーをとめる。
「あっ、ごめん。崩れたら危ないもんな」
言われたハンナマリーが素直に全身鎧から離れる。
「でも、これなんで出来てるんだろうな? 金属ならとっくに錆びてボロボロになってるだろうし、素材で出来てるなら、いくら保存液を浸透させても分解されちまっているはずだろ?」
不思議な手触りに首をかしげながら、ハンナマリーはファーメイに尋ねた。
「……これは」
答えようとしたファーメイが言葉を切り、ギルドマスターと隊長じいちゃんの様子をうかがう。
視線の意図を理解したギルドマスターがうなずき、カーシュナーたちに語りだす。
「お前さんたちにいまさらこんな念を押すようなことを聞いてすまんのだが、これからわしが話すことは、北の大陸の人間には他言無用じゃ」
カーシュナーたちは素直にうなずく。
「これは、わしら竜人族にのみ伝えられた古い記録でのう。知っている人族は限られとる。東西シュレイド王家が信用できん以上竜人族の知識は公にしたくないのじゃ」
ギルドマスターが苦々しげに言う。王家とかかわった過去の嫌な記憶がよみがえったのだろう。
「細かく話すと一晩かけても語り切れんから大雑把に話すが、各地でみられる遺跡の多くは、≪竜大戦≫によって古代文明が滅んだ名残りなんじゃ」
「≪竜大戦≫?」
初めて耳にする言葉に、全員が眉をしかめる。
「はるかな昔、人と龍は激しく争い、龍はその数を激減させ、古代文明は滅んだ。長く激しく続いたその戦を、わしらは≪竜大戦≫と呼び、今日まで語り伝えて来たんじゃ」
「いまだって戦っているじゃないか? 狩猟が大規模になったものとは違うのかい?」
「根本的に違う。龍の住処を破壊し、大量に殺戮してまわったのじゃ。この時絶滅した種は数えきれんじゃろう」
ハンターズギルドも依頼を出してモンスターを狩るが、それは自然の生態系を狂わすことのない範囲で、人類の生活圏を護るために行うものである。むしろモンスターに対してよりも、密猟者などの、人類側の生態系を狂わす原因に対して厳しい組織であった。
「殺した分、壊した分、全てが倍以上になって人類に返ってきた。人類はいまとは比較にならんほど発達した文明の総力を結集して、龍に対抗した。その中で生み出されたのが、≪造竜技術≫という命の法に触れる禁断の秘術じゃった」
「≪造竜技術≫……」
言葉の持つ不吉な響きに、思わず口にしたジュザは後悔した。
「言葉通り、人の技術で龍を創り出したんじゃ。伝えるところによると、1体の≪造竜≫、≪竜機兵≫とも言うが、を創り出すには数十匹分の素材が必要だったと言われておる」
ギルドマスターの言葉に、カーシュナーたちは目の前の全身鎧の意味を悟り、改めて目を向ける。これらが≪造竜≫の成れの果てだとすれば、いったいどれだけの数のモンスターが殺されたのか、想像することすら出来ない。絶滅した種は数えきれないと言った先程のギルドマスターの言葉は大袈裟でもなんでもない、むしろひかえめな表現だったと言えた。
「何でこんなことを…?」
カーシュナーが納得できないと言いたげに問いかける。
「優れた人々が優れた技術を生み、たどり着いた先が傲慢だったのじゃろう。シュレイド王家と貴族連中を見れば想像がつくと思うがのう」
「いまよりもずっと進歩した人たちがですか? だとしたら、ボクたちは何のために生きているんですか?」
「命があるからじゃよ。だから生きておるし、生きていこうとする。何のために生きるか、個人としての答えを出すことは出来ても、種としての答えは、生き残り続けるためとしか言えん。その結果どれほど愚かしい行いをしようともな。人というものは、いまも昔も、文明の歩みほどには、精神の成長速度は早くはならん生き物なのじゃよ」
ギルドマスターの答えに、カーシュナーは言葉もなかった。人の愚かさ、醜さは充分知っている。だからといって、自分も含めた善良な人々を、大きな種としてのくくりに入れ、同様に愚かで価値のない存在と切り捨ててしまうのは単なる逃げでしかない。
「そういうことは、今度時間があるときにじっくり考えよう」
ハンナマリーがカーシュナーの肩に手を置きながら言う。ハンナマリー自身も、思うところがあるようだが、いまはそれを語る時ではないと理解している。
「話を戻すが、古代人たちは個々のモンスターを駆逐することは出来たが、集団となって襲い掛かってくるモンスターには対抗しきれなんだ。そのため、≪造竜技術≫はより過激さを増し、一部の国とモンスターの間で始まった殲滅戦は、世界各地へと飛び火した。そして、最終的に古代人たちは敗北し、滅んだとされておる」
「ここもその国の一つだったってことかい?」
「おそらくのう。目の前にあるこの≪巨人≫の鎧のようなものは、おそらく≪竜戦士≫として伝えられておる≪造竜≫じゃろう。その外甲殻のみが時の腐蝕にも負けずに残り、このような姿になったのじゃ」
「なんで全部死んだんだ? どうみても戦って死んだようには見えない」
ジュザが整然と並ぶ≪竜戦士≫の外甲殻の列を眺めながら尋ねる。
「わからん。じゃが、そのあたりにこの≪鉱山都市≫が滅んだ原因が絡んでおるとわしはにらんでおる」
「みんな、質問はこの辺で一旦切り上げよう。調べれば案外簡単に答えが見つかるかもしれないからね」
カーシュナーが提案し、全員がうなずいた。
≪鉱山都市≫及びその周辺地域の調査に出ていた調査団員がすべて集められ、調査は進められた。チヅルは現在の職務を部下たちに任せ、白い獣人と共に残り、調査に協力している。
カーシュナーたちもファーメイを手伝い、広大な地下空間で日々を過ごしていた。
わかったことは、この空間が≪造竜≫の巨大な生産施設であったことと、おそらく技術開発者たちの研究施設も併設されていたことがわかった。
崩壊していた部分は、研究施設の実験場だったようで、実験の結果何らかのトラブルが発生し、崩壊したものと考えられている。それ以上の詳しい調査は瓦礫が邪魔で進んでいなかった。
調査は主に文献などが残されていないか、研究や生産に使用されていた設備が残されていないかということに集中していた。だが、残念なことに、はるかな歳月と、北の大陸以上に高い分解作用の影響で、見つかるのは≪造竜≫のものと思われる外甲殻の一部ばかりであった。もっとも、この外甲殻に興味を示した伝説の鍛冶職人が、どれ程の歳月を経ても朽ちることのない、この永久素材を武具転用出来ないものかと張り切って研究に入っていた。カーシュナーのメイン武器である演武・奏双棍(エンブ・ソウソウコン)の開発者でもあるレノも、伝説の鍛冶職人の研究を手伝っていた。
研究者たちの居住区の調査をしていたある日、カーシュナーは居住区には不似合いな、≪造竜≫の外甲殻が乱雑に放置された倉庫に出くわした。それ以外のものは全て朽ち果てており、床に積もった無数の足跡から察するに、発見はされたが調べる価値はないと判断され、そのままにされたようだ。
素通りしようとしたとき、まるで手招くように乱雑に積み重ねられた外甲殻の一枚が崩れ落ち、埃を巻き上げながら裏返しになる。
カーシュナーは単なる好奇心から裏返った外甲殻にたいまつを近づけて覗き込んでみた。
「ファー!!」
珍しく声に興奮を込め、カーシュナーが大声をあげる。
「ど、どうしたッスか! おっきい声出して!」
ケガでもしたのかと思ったらしく、ファーメイだけでなく、他のメンツも集まってくる。
カーシュナーは集まった仲間たちに向けて、裏返った外甲殻を掲げて見せた。ただの黒い素材にしか見えないものに、全員が顔を近づける。
「!!!!」
全員が驚愕のあまり声も出ない。
カーシュナーが見つけたものは、外甲殻の裏側に、古代文字が読めないものが見ても明らかに病的と感じられる字で彫り刻まれた文献だったのだ。
「しくじった! オレ昨日ここ見たんだよ!」
「オレもだよ!」
カーシュナーの大発見を聞きつけて、調査団員が倉庫に集まってくる。重要な文献を見逃していたことに気づいた多くの団員が、自分のうかつさに頭を抱えている。
それからは全ての外甲殻の裏側が確認され、新たな発見もあったが、重要なものは全てカーシュナーが発見した倉庫から見つけ出された。
それは、一人の研究者の苦悩を書きつづった日記とも研究メモとも呼べるものだった。
日付や番号がふってあるわけではないので、時系列を判断するのにひどく苦労させられたが、どうにか始めの一枚と思われる外甲殻を発見し、解読が進められた。
その中でわかったことは、この文献を残した人物は男性であり、≪造竜技術≫開発の、いくつもある研究グループの責任者の一人であったことがわかった。
彼は主流技術の流れから外れた技術を研究していたらしく、おそらく主流派の同僚らしき人物に対する批判が頻繁に書き記されていた。客観的に判断する限り、この人物は自己中心的な精神の持ち主であり、この文献が持つ歴史資料としての正確性はかなり疑わしいと判断せざるを得ない。
それでも、非常に優秀なことだけは確かだった。文明の絶頂期にありながら、≪竜大戦≫における人類の敗北と滅亡とを予見し、後世に記録を残そうと、手間をかけて永久素材にあらゆる記録を記して残したのだ。
もし、彼が研究者であることを辞め、歴史の観察者に徹していたら、現代に正確な歴史資料を残した偉人として、これから先の歴史に名を遺したであろう。だが、彼はどこまでも知の探究者であり、全ての前提に己の正しさを置いて語っているため、例え今後どのような文献、資料が発見されなかったとしても、彼の残した記録が歴史として残されることはない。あくまでも、最古の文献として、古代文明を知る上での一資料という扱いに終わることになる。
時系列の並び替えは、意外なところから進展した。内容を読み進めてもわからなことの方が多いのだが、文字そのものが持つ病的性質が時を追うごとに狂気を漂わせていくことで時の経過を図ることが出来たのだ。
それによると、彼は≪使役竜≫(シエキリュウ)として用いる≪造竜≫は、多くの龍を素材にするため大量生産に不向きであることから、獣を基本にして≪使役獣≫(シエキジュウ)を創り出す研究を進めていた。
成果は目覚ましく、数体の獣型モンスターで10メートル超の≪造獣≫を創り出すことに成功した。生み出された≪造獣≫は様々な改良が施され、主に≪獣戦士≫(ジュウセンシ)として≪竜大戦≫の最前線に投入された。
当初は充分な働きを示していたが、古龍が大挙して戦線に参加してから状況が一変した。
彼が創り出した≪造獣≫は、どれも古龍に対抗することが出来ず、古龍を上回る実力を持つ≪造獣≫の生産が急務となった。
ここで彼の妨げとなったのが、≪造竜技術≫の革新的飛躍と、強化された≪造獣≫の制御問題だった。10メートル以上の≪造獣≫を創り出すことは出来ても、制御することがまったくできなかったのだ。
本来ならば、彼はここで失脚してもおかしくなかった。しかし、≪造獣≫強化の過程で彼が開発に成功した人工≪不死の心臓≫の功績により、彼は開発の最前線でその腕を振るい続けた。
人口≪不死の心臓≫の開発は、彼にとっては人類の存亡などよりもはるかに重い個人的な理由によって行われていた。
娘のために――。
生まれつき身体の弱い彼の娘は、同じく身体の弱かった亡き妻の生まれ変わりであった。彼の妻はお産の際、彼に己の分身を一人残してこの世を去った。
妻が一人産みの苦しみと戦っていた時、彼は研究の大詰めにあった。身重の妻を一人残し、研究所にこもって作業に没頭していた。出産予定日が二月以上も先ということもあったが、この時の彼の頭の中には、妻のことも、お腹の中の我が子のことも入っていなかった。
妻の急な出産は、当然夫である彼の元にも知らされた。だが、彼はまともに取り合おうとはせず、研究に一定の成果を出した後、得たものなど比較にならないほど大きなものを失ったことを知った。
彼の優れた頭脳は、病院からの急な知らせを聞き、その意味を知識として理解はしても、人間としての感情ではなにも理解せずにはねのけた事実を、決して忘れることなく、後悔の楔として、昼となく夜となく彼を苦しめ続けた。
苦しみは重なる。
早産で産まれた娘が危篤状態に陥ったのだ。
彼は研究所を飛び出し、財力、社会的地位、人脈、持てる全てを駆使して娘の治療に狂奔した。その甲斐あって娘は持ち直し、無事退院するに至った。しかし、先天性心疾患を持って生まれてきた娘は、決して大人になるまで生きることは出来ないと宣告されていた。
彼は諦めなかった。そして、なにものにも頼ろうとはしなかった。自分こそが娘を救いうる唯一の可能性を持った存在であると強く信じて、究極のモンスター素材≪不死の心臓≫の研究に取り組んだ。
歳月は流れ、いつしか≪竜大戦≫と呼ばれるものが外の世界で始まり、彼により多くの実験の機会と、素材が提供された。
焦りばかりが募る日々が積み重なり、気がつくと娘は、ベッドから離れられない状態になっていた。
彼は自身の愚かさから、孤独の内に妻を死なせてしまった後悔を愛情に変え、娘に注いだ。研究は急を要する。しかし、決して娘に孤独を味あわせてはならない。彼は娘に寄り添う時間と、研究を進める時間を作るために、眠ることをやめた。
人口≪不死の心臓≫の完成は間に合った。しかし、これを人間用に改良することは出来なかった。生み出される生命エネルギーが強力過ぎて、モンスターですら耐えられなかったのだ。
彼は絶望した。何のための努力だったのか。
彼は包み隠さず娘に打ち明けた。彼を縛る後悔が、ウソをつくことも、真実を隠すことも許さなかったのだ。
己の無力を嘆く父を、娘はやさしく微笑んで許した。父が自分のために払ってくれた多くの犠牲を知っていた娘には、父を責める心などなかったのだ。
娘は窓の外で楽しそうにはしゃぐ愛犬を愛おしげに眺めながら言った。
「わたしは幸せだったよ。お父さんがいて、ラヴィがいて、お母さんがいたから、それで充分だよ」
彼は尋ねた。
「何か欲しいものはないか? したいことはないか?」
娘は答えた。
「……大丈夫だよ」
それは、想いを口にしてはいけないという気持ちから出た答えだった。視線は常に外に、岩盤に覆われたその先に広がる空に向かっていることに父は気がついていた。飲み込んだ娘の本当の望みも――。
眠った娘に父はささやいた。
「君の夢を叶えてみせるよ」
眠ることをやめた父親の目に、狂気が忍び寄っていた。
彼は研究所に戻ると、美しい鳥を基本とした≪造鳥≫を創り出した。戦力にならないという抗議が殺到したが、彼は≪造獣≫の制御コントロールを目的とした開発であることと、資金提供が難しのなら私財を投じてもかまわないと言い張り、強引に研究を進めた。
見切りをつけられた≪造獣≫開発は、彼から手足とも呼べる部下たちを奪ったが、彼にとっては好都合だった。
命の終わりを迎えつつある娘に、彼は大空を舞う強靭な肉体と、美しい翼を用意した。
全ての準備が整うと、彼は娘にこう言った。
「君に翼を用意したよ。生まれ変わって、なにものにも縛られず、青い空を自由に生きなさい」
昏睡状態に陥っている娘は何も答えなかった。
彼は多くの鳥素材に娘を加え、世界にただ一羽の、≪不死の心臓≫を持つ巨鳥と、娘の友として、愛犬に獣素材を加えた2体の≪造獣≫を創り出した。
彼の理論では、人の意思持った≪造鳥≫と、忠誠心を持った≪造獣≫が生まれるはずだった。しかし、現実は彼の期待を大きく裏切った。
どちらも決して目覚めることはなく、保存槽送りとなってしまったのだ。
このままでは彼の娘は一度も羽ばたくことなく処分されてしまう。
狂気は彼を、禁断の縁から深淵へと後押しした。
彼は自身を実験体とし、人間と≪造獣≫の完全融合を図った。この実験は人の禁忌に触れる行いであり、秘密裏に行われた彼の娘を≪造鳥≫化しようとした行為は重罪に値する。本来ならば処罰の対象となるが、≪竜大戦≫の戦局が敗戦へと大きく傾いたことで、極秘プロジェクトととして遂行されることになった。
狂気は彼の持てる頭脳を極限まで引き出した。自分をモンスター化する人体実験にもかかわず、誰よりも考え、働き、理論を完成させてみせた。
彼が人体実験に対して提示した条件はただ一つ。成功のあかつきには、この実験データを基に、彼の眠り続ける娘を目覚めさせ、大空へと解き放つことだった。
最後に残された外甲殻に刻まれた記録に、彼が融合することになる≪造獣≫のデータが刻まれていた。
牙獣種タイプ。全長20メートル超――。
記録はここで終わっている。
この後彼がどうなったかはわからない。成功したのか、娘と同じ運命をたどったのか、真実は過去に置き去りにされてしまっている。
「あの≪巨人≫だよ!」
カーシュナーは確信していた。理由はない。直感がそう告げているだけだ。
だが、カーシュナーの言葉を聞いたハンナマリーたちも、確信する。間違いないと――。
「酒を持っていきなさい」
白い獣人が言う。
「極上の酒を」
どうやら、これが白い獣人に許されたギリギリの情報提供の範囲らしい。それは言外に、カーシュナーの直感が正しいことを意味していた。
カーシュナーは、謎の巨人との遭遇を思い出す。黒目ばかりの瞳には、狂気の影は存在しなかったはずだ。
残された謎を解くカギを求め、カーシュナーは再び≪霊峰・咲耶≫を訪れることを決意したのであった――。