モンスターハンター ≪新世界≫   作:南波 四十一

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≪新世界宣言≫

 スラム街を後にしてから、約6年の歳月が過ぎていた。

 少女のような面立ちをした少年も、18歳になったいまでは並の大人を上回る立派な体格へと成長していた。2メートル近い長身と、それに見合う鍛え上げられ研ぎ澄まされた究極の肉体を持つ姉には及ばないが、もはや誰も少年を子ども扱いすることはない。

 身長が伸び、アゴのラインが少ししっかりとしたくらいで、面立ちはそれほど変わっていない。相変わらずクルクルと巻く髪に、翡翠色をした瞳が見る人々を魅了していた。

「カーシュ!」

 赤子を抱えたひょろりとした長身の女性に声を掛けられ、カーシュナーは満面の笑みで振り向いた。

「相変わらず、すごい威力の笑顔ッスね!」

 今年24歳になる大人の女性とは思えない体育会系の口調で、ファーメイが苦笑する。

「旦那には悪いッスけど、クラっときたッスよ!」

 これにはカーシュナーも苦笑で返すしかない。

「ちょうどいいところで会ったッス! これ旦那に届けてほしいッス!」

 ファーメイはそう言うと、巨大な弁当箱を差し出した。

「玄関に忘れていったんッスよ! ボクの愛妻弁当を!!」

 怒りがぶり返したのか、ぷりぷりと怒っている。とても一児の母には見えない。

「わかった。あずかるよ。今日はどこにいるの?」

「方々から声が掛かっていたけど、いまの時間なら調合師ギルドにいると思うッス!」

 カーシュナーは弁当をあずかると、ぷくぷくの赤ちゃんにあいさつをし、ファーメイと別れた。

 しばらく進むと前方で爆発騒ぎが起こっている。黒煙にむせながら、なじみの声が文句を言う。

「どんだけ不器用なんだよ!」

「す、すまん…」

 それに対し、意気消沈した声が短く答える。

 まだけぶっている黒煙を手で追い散らしながら、カーシュナーが二人に声を掛ける。

「リド、お弁当。ジュザ、タオル」

 それぞれが手を出して受け取る。

「いけねえ! あいつ怒っていたか?」

「ぷりぷりしていたよ」

 カーシュナーの答えに、リドリーが顔をしかめてアゴ髭を引っ張る。

「すまん」

「爆薬の調合?」

 煤で真っ黒になっているジュザに問いかける。

「ああっ、爆薬。やっぱり調合書ないとダメかな?」

「確実を期すならいると思うよ」

「でも、リドはなくても成功させる」

「そうだね。正直ボクにはマネ出来ないよ」

「カーシュも無理か」

「オレだって難しい調合はちゃんと調合書見ながらやるっつの!」

「初耳だ!」

「器用だからって何でも出来るわけねえだろ!」

 不器用なジュザに、調合師ギルドの長が一目置くほど手先の器用なリドリーが調合の指導をする。一通りの冒険を終え、ようやく腰を落ち着けたカーシュナーたちの日常の一コマだった。

 爆薬の失敗は日常茶飯事なので、カーシュナーも全く気に留めない。

「今日姉さんがG級昇格クエストの監察から帰ってくるんだ。ヂヴァも合流して一緒に返ってくるらしいから、久しぶりに全員そろうよ」

「ハンナが帰って来るのって今日だったか? 季節外れの嵐のせいで予定がのびのびになっていたからすっかり忘れていたぜ!」

「いつ頃戻る?」

「お昼前には戻ってくるはずだよ」

「ジュザ! 早いとこ仕事かたずけて、港で出迎えてやろうぜ!」

「わかった」

「ボクも≪小火竜≫の訓練所に顔を出したら港に向かうよ。クォマもいるはずだからね。ところで、モモンモはどこにいるか知ってる?」

「確かモンニャン隊のクエストからは戻ってきていたはずだけど、どこで遊んでいるかはわかんねえな。あいつにはパターンってもんがないからな」

「オレが探して連れてく」

「悪いね、ジュザ。よろしく頼むよ。じゃあ、後で港で会おう」

 青空のもと、それぞれの仕事をかたずけに向かうカーシュナーたちの上に、暖かな日差しが降り注いでいた――。

 

 

「お~い!」

 リドリーが港に入港してきた撃龍船に手を振る。

 船上の一人のハンターとアイルーがリドリーたちに気がつき、手を振り返す。

 第一大陸でチヅルの撃龍船をつかまえたハンナマリーは、第二大陸にカーシュナーたちが中心となって建設された港湾都市に久しぶりに帰ってきた。

 ハンターとしての実力は頂点を極め、まだ22歳にもかかわず、後進の指導と、G級関連クエストの監察員を主な仕事としている。

 船医を中心とした第二大陸の緑化計画は順調に進み、カーシュナーたちは仕事を他者に引き継いで、各ギルドの難易度の高い業務を請け負っていた。

 G級クエストは当然難易度が高く、挑んだ全てのハンターがクエストを成功させられるわけではないため、ハンナマリーはクエストが失敗した際ハンターたちが命まで失わないための保険的役割も担っていた。

 船上に立ち、黄金色の長い髪を風になびかせる姿は強者の威と相まって、降臨した戦女神のようであった。

 係留させた撃龍船から下船してきたハンナマリーとヂヴァは、どこか狩場にいる時と似た空気をまとっていた。それはリドリーやジュザにもすぐに伝わり、再会の喜びや、商談で活気づく周囲とは全く異なる緊張感を生み出した。

「また、≪獄海竜≫(ゴクカイリュウ)でも暴れだしたのか?」

 ジュザが問いかける。

「……いや、そういうんじゃないんだよ。ちょっとおかしな船団を見かけてね。チヅルさんの撃龍船の方が船足が速いから見えなくなっちまったけど、途中で進路を変えていなけりゃ、小1時間もすれば見えてくるはずだよ」

「どう変なんだ?」

「大量の爆薬のにおいがしたのニャ!」

 ジュザの質問にヂヴァが答える。

「水平線上に見えるかどうかの距離からでも、海風に乗って運ばれて来たくらいだから、相当な量だと思うニャン」

「そいつは確かにおかしいな。航路間のモンスターは全て討伐して安全を確保してある。それでも絶対とは言えねえからどの船も大砲の2、3門は装備しているが、実際は≪爆臭虫≫(バクシュウチュウ)から採れる≪爆臭エキス≫で作ったモンスター除けが効いてほとんど使わないはずだ。大量の爆薬を運ぶ必要がねえ」

「輸入?」

「それは私も考えたんだけど、爆薬が必要なのは南の大陸よりも、むしろ内戦が終わらない北の大陸の方だろ。輸出規制がかかっている爆薬を、北の大陸へこっそり密輸しているんならわかるけど、あんなに大量の爆薬を積んでいたらすぐにばれちまうからね。どの島にも立ち寄れやしない。補給なしで南北大陸間を行き来することは出来ないんだ。どうにもきなくさい船団なんだよ」

「しかも、こっちに向かっている?」

「ああっ、私たちが見つけた時は南に向かっていたよ」

 一同はしばらく押し黙って考えたが、明確な答えが出るわけもない。

「それより、カーシュはどうしたんだい? ギルドの仕事で出ているのかい?」

 頭を切り替えようと、弟の姿が見えないことについて尋ねる。

「いるぜ! オレたちにハンナとヂヴァが今日帰って来るって教えてくれたのはカーシュだからな。大方どっかで誰かの厄介な仕事でも手伝っているんだろ」

「有能過ぎるのも困りもの」

 二人の話に思わずハンナマリーが苦笑する。

「とりあえず、ギルマスじいちゃんに報告しよう」

「なんだモン? 敵襲かモン?」

 無邪気に尋ねたモモンモの言葉に、全員が真顔になった――。

 

 

 水平線上に現れた艦隊は、点のような姿から、いまでは船腹に多くの砲門を持つ5隻の軍艦であることがはっきりと確認できる距離まで近づいていた。風を受けて満々に張った帆には、シュレイド王家の紋章が描かれている。

 艦隊は一定の距離まで近づくと陣形を変えて横並びに展開し、船首ではなく船腹を港に向けると停止した。

 そして、なんの警告も勧告もないまま、全艦が一斉に砲門を開いたのであった。

「退避じゃ!!」

 ギルドマスターの命令に関係なく、艦隊が陣形を変えた瞬間から、ギルドナイツらの指示で、何事かと見物に訪れていた野次馬たちに避難指示が出ていた。

 いま一つピンと来ていなかった人々も、空気を振動させて轟いた爆音と、それに続いて周囲で巻き起こった無数の爆発で何が起こっているのかようやく悟り、慌てて走り出した。

「年寄りと女子供を護るんじゃ! 野郎ども! 身体を張って護るんじゃぞ!」

 一番の年寄りの檄に、そこかしこから応じる気合のこもった声が返ってくる。

 大砲の射程外に避難したリドリーが、ファーメイの肩を抱き、言葉を掛ける。

「ファー! オレたちの坊やを頼むぜ!」

「リド! 大丈夫ッスよね! ボク、もう一人になるのは嫌ッス!」

「任せろ。リドはオレが護る」

 不安と恐怖に顔を歪ませるファーメイに、ジュザが力強く請け負う。

「ファーこそ早く安全な場所まで避難しな! いても足手まといでしかないよ!」

 ハンナマリーの厳しい言葉がファーメイの背中を押す。

「わ、わかったッス!」

「晩飯の用意はいらないよ! 今夜はギルドの酒場で戦勝祝いをあげるからね!」

 戦女神の微笑みが、ファーメイの心から不安を吹き払う。

「信じてるッス! ボク、ハンナを信じてるッス!」

 ファーメイはそう言うと、衰え知らずの神速で都市の奥へと走り出した。

「それ以上に旦那を信じろよな~!!」

 リドリーの気負いのない言葉が、妻の背中を追いかける。

「ハンナが男だったら、リド結婚出来なかった」

「バカ野郎! オレが女だった絶対ハンナと結婚していたぜ!」

「あんたらねえ、非常事態に私をネタにふざけてるんじゃないよ!」

 ハンナマリーのカミナリが落ちる。

「どうってことねえよ! 昔に比べたら、砲弾の雨なんて屁でもねえ! いまのオレらには、家族や仲間を護れるだけの力が充分にあるんだ。それより、例のモノ、取って来た方がいいんじゃないか?」

「そうだね。任せていいかい、二人とも?」

「任せろ。ハンナはここで状況の把握に努めてくれ」

「しっかし、カーシュの先見の明には本当に頭がさがるよな! おかげでオレたちだけでも準備が整えられたんだからよう!」

「出来れば事前に阻止したかった」

「こればっかりは仕方ないよ! 来ちまったもんはどうしようもないんだからねえ! 後は私たちでかたずけるだけだよ!」

「おおっ!」

 リドリーとジュザは威勢よく答えると、避難する人々とは別の方向へと走り出した。

 

「我はシュレイド王家の正当な血筋に連なる、マルテール侯爵である! 不遜にも王家の命に逆らい、王家の財産である新天地を不当に犯せし反逆者どもに鉄槌を与えるべく参上した! おとなしく首謀者である竜人族どもをさしだせば良し! さもなくば、皆殺しにする! 一切の慈悲はないものと思え!」

 砲撃をやめ、近づいてきた一席の軍艦から、マルテール侯爵なる男が上陸し、降伏勧告をする。意外に若く、まだ20代半ばの貴族で、均整の取れた長身に、知性をたたえた瞳をしている。

 北の大陸で諜報活動を行っていたはずのハンターズギルドの間者を出し抜いて、これだけの艦隊を引き連れてきたのだから、無能揃いの王侯貴族の中では稀有な存在と言えるだろう。

「ここに至るまでの航路は全て我らが押さえた! 住人の幾人かは捕虜として連行してきた! あくまで抵抗するというのであれば、まずは捕虜たちを見せしめに殺す! さっさと出てくるがいい、竜人族ども!」

 マルテール侯爵の言葉が本当であることを証明するために、軍艦から何人かの男たちが引き出されてきた。全員ハンターズギルド所属の職員である。その中には、カーシュナーたちと共にスラム街から移住してきたルッツの姿もあった。

 全員、半死半生の体である。拷問というより、長い船旅のヒマつぶしにいたぶられたのだ。

「話を聞こう!」

 ギルドマスターが周囲の制止を振り切って進み出る。

 いきなりの襲撃にいきり立つハンターたちが、身につけた武器へと手を伸ばす。

「お前たちは下がっておれ! ハンターの矜持を忘れたか!」

 ギルドマスタ-の一喝に、それぞれの武器にかかっていた手がおりる。

「どこまでも前時代的な愚か者どもよ! まあよい! 手向かわんというなら、今後は私が治める新たなシュレイド王国で、奴隷として飼ってやらんこともないぞ!」

 絶対の優位を確信しているマルテール侯爵が、優越感に浸りながら哄笑をあげる。

「ギルマスじいちゃん! 他のみんなは無事だよ! グエンのあんちゃんが逃がしてくれてる! 安心して!」

 ルッツが隙を突いて声をあげる。その口元を、兵士が殴りつけて黙らせる。

「やめてくれ! そっちの命令には従う! だから、その者らを開放してくれ!」

「開放するかどうかは私が決める! 黙って従え! 下賤な血しか流れん貴様らは、高貴なる血を持つこの私の言葉に、ただ従っておればよいのだ!」

 マルテール侯爵が激昂する。

「ハンターども、まずはその武器をこちらに渡せ! そして武装を解除してひざまずくのだ!」

 ギルドマスターの視線を受け、ハンターたちが武器を放る。それを兵士たちが素早く拾い集める。

 ひざまずく人々を前に、マルテール侯爵の知性をたたえた瞳の奥で、ケダモノの本性が姿を現す。

「手当たり次第殺せえ!! 反逆者の竜人族どもは生け捕りにしろ!! 見せしめに火あぶりにしてやるわ!!」

 一瞬にして興奮に茹で上がったマルテール侯爵が、上陸した兵士たちに命令する。マルテール侯爵の暴走は、兵士たちにも感染し、これから行われる一方的な殺戮を想像させた。

 暴力の快感に酔った兵士たちが躍りかかろうとした時、≪小火竜≫が兵士とハンターらの間を飛び去り、その背から一人の人物を落としていった。

 それは、インナー姿に鉄鉱石製のヌンチャクを首にかけたカーシュナーであった。

 全身から放たれる百戦の気と、強者の威のすさまじさに、ハンターばかりでなく、ギルドマスターも金縛りにあい、呼吸すらままならない。

「なんだ貴様は! 誰の前に立っていると思ておるのか! いますぐひざまずけ! わたしにひれ伏すのだ!」

 真の恐怖を目の当たりにしたことのないマルテール侯爵以下王国軍の兵士たちは、ハンターとは逆に、カーシュナーの放つものを何も理解していない。いきなり現れたたった一人の男を、余裕を持って眺めていた。

「仲間たちを置いてさっさと消え失せろ。そうすれば殺さない」

 感情が乾ききった声で、告げる。

 この声を聴いたハンターたちの全身に鳥肌が立つ。それは紛れもない死の宣告であった。

「…待て、カーシュちゃん。ハンターの矜持を忘れたか」

 ギルドマスターの言葉に、カーシュナーは首にかけたヌンチャクを軽く上げて見せた。

 ――対人用武器。

 この日このことがあると予測し、カーシュナーは事前に対人用の武器を用意していたのだ。たとえどれ程怒りに駆られようと、カーシュナーも長年自身と共に狩猟を共にした演武・奏双棍(エンブ・ソウソウコン)を人に向けるつもりはない。

 かつて王国軍がドンドルマの町を占拠し、新開発の≪滅龍砲≫を持ってラオシャンロンの討伐を試みたことがあった。このときもハンターたちは武器を取り上げられ、ハンターズギルドに監禁された。

 不意を突くことに成功したとはいえ、ハンターたちが存分に持てる力を行使していたら、王国軍によるドンドルマ占拠はならなかっただろう。占拠できたのは、あくまでもハンターがその誇りを護るために武器を置いたからである。

 結局新開発の≪滅龍砲≫は素材とした≪火竜の骨髄≫から発せられる臭いによってリオレウスを呼び寄せてしまい、ラオシャンロンと複数のリオレウスを同時に相手取る事態を招くこととなった。王国軍は数匹のリオレウスを撃ち落とすことには成功したが、残りのリオレウスに追い散らされ、新開発の≪滅龍砲≫はリオレウスのブレスで焼き払われ、その性能を生かしきれないまま作戦は失敗に終わってしまった。その後は監禁していたはずのハンターたちの手によって尻拭いをしてもらい、誘導してきたラオシャンロンからドンドルマの街を護ってもらうことになった。

 このドンドルマ占拠は軍内の一部組織の暴走によるものとして処理され、ハンターズギルドとシュレイド王国との深刻な衝突は回避されたが、万が一成功していた場合、監禁されていたハンターたちやギルド関係者がどうなったか、断言できる者はいない。

 ハンターの矜持とは、無抵抗主義を表す言葉ではない。

 常人とは異なるハンターの強力な力と、モンスター素材から作り出される強力な武具を、決して人には向けず、人類をはるかに上回る強大な存在であるモンスターに立ち向かうときのみ振るう。

 それは強力な力に飲まれず、人として正しい道を行くための、自らを律する掟なのだ。

 ゆえに、非道を働く者たちを処罰するために、ハンターズギルドには対人用ハンターであるギルドナイツが存在するのだ。

「聞こえんのか! ひれ伏せと言っているのだ! この新世界の新たなる王、マルテールの前にひざまずき、頭を垂れぬか! 下賤の輩が!」

 マルテール侯爵の声などまるで聞こえていないかのように、カーシュナーが王国軍に向かって歩き出す。

 無視されることに慣れていないマルテール侯爵が激発する。

「捕虜を殺せ! 私に対して非礼を働くとどういうことになるか、思い知らせてくれるわ!」

「リド!!」

 マルテール侯爵が命令を発するのと同時に、カーシュナーが動く。

 ルッツに剣を振りかざした兵士の眉間から、矢羽を花のようにゆらした矢が生える。

 兵士は糸の切れた人形のように崩れ、数回痙攣すると動かなくなった。

 とっさに矢の飛来した方角を見た兵士たちの額に次々と矢が射込まれる。

「ひ、怯むな! かかれ! 相手はたいした武器など持たん連中だ! さっさと撃ち殺せ!」

 マルテール侯爵の命令を実行しようとした兵士たちだったが、軍用ライトボウガンを構えるヒマもない内に、正確無比の早打ちで射込まれたリドリーの矢によって、次々と倒れていく。

 その間にも、走るわけでも急ぐわけでもなく、昼下がりの散歩でもしているかのような歩調でカーシュナーはマルテール侯爵に近づいていく。

 この時ようやく事の異常さに気づいたマルテール侯爵が、剣や槍で武装した兵士たちを振り返る。

「私を護らんか! この役立たずどもめ! ぼさっと突っ立っていることが貴様らの仕事ではないのだぞ!」

 兵士の後ろに隠れたマルテール侯爵が、カーシュナーを指さす。

「その小僧を捕らえよ! 王となる者に逆らうということの意味を、骨の髄まで教えてくれるわ!」

 マルテール侯爵に命じられ、兵士たちが躍りかかってくる。

 カーシュナーの動きを視認で来た者は誰もいなかった。冑ごと頭蓋骨を砕かれた兵士と、アゴを真っ二つに打ち砕かれた兵士が同時に吹き飛び、その後ろにいた兵士が顔面を頭部の内側にめり込ませて仰向けに倒れる。

 一瞬の内に三つの死体が転がり、返り血すらついていないヌンチャクがカーシュナーの手の先で不気味にゆれている。

 呆気に取られて動きの止まった兵士たちに、カーシュナーは容赦なくヌンチャクを叩き込んでいった。それはもはや戦いなどではなく、処分であった。

「何をもたもたしている! さっさと降りてきて加勢しろ!」

 目の前で起きている惨劇に青ざめながら、マルテール侯爵は残りの船団に怒声を張り上げた。しかし、振り向いたマルテール侯爵の目に飛び込んできたのは、下級兵士が持たされるような粗末な剣を手にしたハンナマリーとジュザに乗りこまれ、まともに抵抗することも出来ずに混乱している船団だった。

 舵を壊され、制御不能となった軍艦が、まだ無事な軍艦にぶつかり混乱に拍車をかける。

 援護が期待できないと知ったマルテール侯爵が、青ざめた顔で振り向いた時、カーシュナーの何の感情も現さない顔が目の前にあった。

 驚愕のあまり思考がまともに働かない。目の前に死が迫っているというのに、マルテール侯爵は役に立たない兵士たちを怒鳴り散らそうと、周囲を見回した。

 そこにはもはや一兵の姿もないことを知り、思考が凍りつく。

 カーシュナーの背後で身体の一部を粉砕された屍が、鮮血のレッドカーペットを広げている。

「わ、私は、ここに新生シュレイド王国を築く建国王に……」

 マルテール侯爵は、彼の中にだけ存在する新国家を見ながら、幻覚の中で死んだ。

 カーシュナーが振るったヌンチャクで、頭部を胴体からむしり取られるという壮絶な最後であった。

 人とは思えない形相に歪んだ首が回転しながら飛び、身の回りの世話をするために連れてこられた従者の少年の胸に当たる。

 反射的に受け止め、それがなんであるかに気がつくと、悲鳴を上げて放り投げた。

 唯一被害を受けていなかった軍艦が、逃走にかかる。

 だが、舵輪に取りつこうとする者をリドリーが次々と射殺していくと、残った兵士たちは逃走を諦め、全員武器を海に投げ捨て降伏した――。

 

 

 ハンナマリーとジュザに乗りこまれた軍艦は、どちらも降伏する間も与えられずに殲滅され、侵略者である王国軍で生き残ったのは、全体のわずか3割程度であった。

 軍艦から降ろされ、自分たちで更地にした港の跡地に集められた兵士たちは、マルテール侯爵の首を片手に目の前に立つカーシュナーを見上げた。

 真の恐怖を知った彼らの目に、カーシュナーが放つ百戦の気と強者の威が、全身から立ち昇る陽炎のように映る。

 誰も命じられることなく、姿勢を正し、平伏する。

 抵抗の意思がないことを、本能的に全身で示そうとしているのだ。

「顔を上げろ」

 静かな声でカーシュナーが命じる。

 全員一斉に顔を上げる。まるで一瞬でも遅れれば殺されるとでも思っているかのような勢いだ。

「帰ってシュレイド王家に伝えてもらおう。北の大陸辺境部を含む南の大陸全土は、シュレイド王国より完全に独立する」

 カーシュナーの宣言を、兵士たちは茫然と眺め聞いている。

「この新世界に支配者はいらない。自分の意思で行動し、働き、責任を負う。それぞれが独立した一個の人間として対等に存在する。それがボクたちの新世界だ!」

 カーシュナーの宣言は、兵士たち以上に、南の大陸を今日まで開拓し、生きて来た人々の心に響いた。

 誰もが意識の底に、北の大陸で生活していたころの階級社会が持つ階級差による差別を拭いきれないでいた。権力には無条件で従ってしまう奴隷根性と、命じられたことを疑わず、ただ従うことで考えることを放棄した権力依存性だ。

 カーシュナーの言葉は、人々の心に焦げかすのようにしつこくこびりついていた性根を、強固な意志で叩き壊したのだ。

 誰かが抑えきれない感情の高ぶりを、吠えるような歓声に込めて叫んだ。

 カーシュナーの名を讃える歓声が、先程の砲撃を上回るほどの勢いで響く。

 大勢の人々の歓声を背に受けて立つカーシュナーに、従者の少年が恐怖を忘れて話しかける。

「ここに残ってはいけませんか? あなたのお側に置いてはいただけませんか……」

 少年の視線は、先程まで冷たい死の輝きを放っていた翡翠色の瞳に吸い寄せられ、放せないでいた。いまも瞳は鋼のごとく硬質な輝きを放っている。

 この一言が引き金となり、同じような申し出をする兵士が相次いだ。生き残った兵士のほとんどが、平民出の下級兵士たちであった。よく見ると与えられた防具は革製の粗末なもので、道具の隙間から見える身体には、鞭の跡が見られる。貴族出の士官たちからすれば、下級兵士など奴隷も同然なのだ。理不尽な体罰は日常的に行われていたのだろう。

「新世界に兵士はいらない」

 すがるような視線に、カーシュナーが冷たく答える。

 従者の少年は着ていた豪華なレースの縁取りのある従者服を脱ぎ捨て、インナー姿のカーシュナーを真似たのか、下着姿になって頭を下げた。

「自分は商人の息子でした! 内乱で両親をを失い、遠縁の親族にマルテール侯爵に売られ、従者になりました。兵士になんてなりたくありませんでした! 両親のように、遠方と遠方をつなぎ、品物と一緒に笑顔を届ける商人になりたかった! きっとお役に立ってみせます! どうか、ここに残らせてください!」

「オレは農夫でした! 戦で土地を追われ、女房と子供は飢えて死にました! オレも一緒に死ねたらよかったんですけど、無様に生き残っちまいました! オレを待ってる人間なんてこの世のどこにもいやしません! お願いします! ここで働かせてください! ダメなら殺してください! あなた様の手にかかって死ねるなら本望です! 思い残すことなんて、オレには何も残っちゃいません!」

 少年に続き、すぐ隣にいた男が訴える。

 残りの兵士たちも全員皮鎧を脱ぎ捨て、口々に訴えた。

「お前たちの意思であろうとなかろうと、侵略に手を貸したことに変わりはない」

 カーシュナーの言葉に、全員ピタリと口を閉じる。その目に絶望がよぎる。

「まず、君たちが犯した罪に対し罰を与える。それを償った後は、好きにすればいい。自分の意思で、誰かに言われたからではなく、自分の責任で生きていくというのなら」

 翡翠色の瞳から、鋼の輝きが消え、いつもの優しげな瞳に戻る。

 兵士たちの目が希望に輝く。

「君たちへの罰は、君たちが破壊した港の修復だ。さっそくとりかかってもらう」

 兵士たちが姿勢を正して返事をする。

「ボクも手伝うよ」

 そう言ってカーシュナーは微笑んだ。この笑顔に魅了された兵士たちは、心の中で永遠の忠誠を誓ったのであった。

 

 

 数日後、罰であるはずの港修復工事を被害者たちが手伝っている中、カーシュナーはギルドマスターと共に移住を希望する兵士たちの受入計画を進めていた。するとそこに、赤玲がニヤニヤしながらやって来る。

「カーシュ。新国家の王様になったんだって?」

「やめてくださいよ、赤玲さんまで! 本当に困っているんですから…」

 カーシュナーが眉間にしわをよせる。

「ここに来るまでの道中でも、その話題で持ちきりだったよ! カーシュが建国宣言したって!」

「独立宣言です!」

「あんたが王様なら、誰も文句を言わないよ? やればいいじゃん!」

「国を作るのも、王様になるのも、くだらないですよ! 新しい支配階級と、それに従う人たちが出来るだけです。支配されたいなら北の大陸に帰ればいい。誰かに責任と考えることを押しつけて、ただ不平不満を言っていたいだけの人たちに、この大陸で生きる資格はありません。独立独歩。それが出来ない人間は、ただ死ぬだけです」

「カーシュちゃんは厳しいのう~」

「厳しくありません! それが人間のあり方です!」

 そう言いながらも、弱い者を決して見捨てたりしないということをよく知る二人は、満足気に笑った。

「まあ、その話は置いとくとして、実はちょっとした異変が発生したんでね、あんたに知らせに来たんだよ」

「異変?」

 カーシュナーとギルドマスターが同時に尋ねる。

「第三大陸最南端部の岬を覆っていた霧が、いきなり晴れたんだよ! きれいさっぱりとね!」

 赤玲のもったいぶった言い方には、それ以上の何かがあると言ってるも同然だった。

「何がありました?」

 カーシュナーが期待通りの質問をする。

「島があったよ!」

「ただの島じゃあ…」

「ない!!」

 赤玲がニヤリと笑い、尋ねる。

「南の大陸最後の未踏の島! 行くかい?」

「もちろん!」

 

 

「太古の森だな~」

 植生が南の大陸のどの場所とも、もちろん北の大陸のどことも異なる森を見回しつつ、リドリーがつぶやく。

「ファーが悔しがるね」

「違いねえ。帰ったらバカでかい声で文句を言うのが想像できるぜ」

 第三大陸の南に位置する孤島に上陸したカーシュナーたちは、見たこともない木々と草花に囲まれていた。おそらくいま足の下にある植物も、古代種の貴重な植物に違いない。

 合計4年の歳月を共にしたキャラバンのメンバーで、この場にいないのは、子育てで忙しいファーメイと、緑化計画の責任者である船医の二人だった。そして、いま一同が目にしているもの全てを、もっとも見たかったであろう二人でもある。

「リドは絵も上手いから、いっぱい描いていってやるモン!」

 おそらく貴重な古代種であろう木の葉を笛代わりにして遊んでいるモモンモが言う。

「押し花もいっぱい作ってお土産に持って帰るアン!」

 クォマが香りの高い美しい花に顔を近づけながら言う。次の瞬間花弁がガバッと閉じ、クォマの鼻にかじりつく。

「それにしての、モンスターの気配がないねえ」

 クォマの鼻から花を取ってやりながら、ハンナマリーが言う。

「それらしい気配はないニャ」

 ヂヴァが耳をヒクつかせながら同意する。

「遺跡もなさそうだ」

 ジュザの言葉通り、この島には人類の痕跡がまったくない。古代文明のレベルを考えると、カーシュナーたちでもたどり着ける場所に調査の手が入っていないのは不思議な話だった。

「進めばわかるだろ。なんもなくても、木とか花を見るだけでも充分に面白れえ島だし、のんびり行こうぜ」

「そうだね。いろいろ採取しながらゆっくり行こうか」

 カーシュナーの意見に異論のない一同は、思い思いに採取に励みながら、島の中心を目指して進んで行った。

 森が開け、まばゆい光がさしてくる。

 そこに、”それ”は存在した。”いる”などという生易しいものではない。そこに存在して”ある”のだ。

 カーシュナーたちの誰一人驚いている者はいなかった。おそらく、ここにいるだろうと予感していたからだ。ただ、そのあまりの神々しさにうたれ、言葉なく立ち尽くしていた。

 ――白銀の龍である。

 光りを受けて白銀に輝くその身体は、規格外の大きさだった。≪霊峰・咲耶≫の上半分が、そこにあるようなもので、生物の規格を完全に無視した存在である。そのかたわらには、白い獣人もいる。

《よく来た。新しき人々よ》

 思念が頭の中で響く。

《君たちを歓迎する》

 頭の中で響く思念には温かさがある。どうやら本当に歓迎されているようだ。

「あなたはモンスターの味方ではないのですか?」

 カーシュナーが疑問を口にする。

《違う。仮にそうだとしたら、君たちとこうして出会うことはなかっただろう。はるかな昔に根絶やしにしていたからな》

 はったりではないことがよくわかるだけに、かえって安心することが出来た。白銀の龍にその気があれば、世界を創り直すことも不可能ではないはずだ。

《この者をいとも容易く受け入れた君たちの懐の深さには感心した》

 それは白い獣人を指しての言葉であった。

《以前の人類は、この者を恐れるか、利用しようとするか、概ねあまり感心できん反応をする者がほとんどであった》

「白い獣人さんはいい人ですから」

 カーシュナーが笑顔で答える。

《人が己と姿の異なる者を対等に受け入れるのは、非常に難しいはずだ。人間同士でもわずかな違いを見つけては迫害する》

「一緒に飲んで食べて踊れば仲良しだモン!」

 いきなりしゃべりだしたモモンモを、ヂヴァをクォマが顔色を変えて取り押さえる。

 それを見たカーシュナーが、心底嬉しそうに笑った。

「モモンモの言う通りです。あなたがおっしゃるような者はいまでもいます。むしろ大多数の人間が、多かれ少なかれ差別意識を持っているでしょう。階級を作っては身分の低いものを蔑み、富める者は貧しい人々を蔑みます。力の強い者が、弱い者を暴力で支配することもあります。そのどれもが間違いであり、ほとんどの人たちが知っています。だから、限られた社会の中ではありますが、正しい行いとして、白い獣人さんの人格を認め、尊敬を持って受け入れることが出来たんです」

《これがより大きな社会になったらどうなる?》

「まだ、無理です。人間は数を増すほど愚かな考えに固執します。数の力で押し切れるからです。大きな社会で、小さな正義が正当に評価される日は、まだまだ先のことでしょう。もしかすると、そんな日は来ないのかもしれません」

《正直なのだな》

「ボクのような子供に、人類の本質を断言出来るわけがありません。すべてはボクの希望であり、過去と現在をボクなりに見てきたうえでの個人的感想です」

《それでよい。個の成長に先んじて、種族全体が向上することなどありえんのだからな。君は君の考える正しい道を行けばよいのだ。そのありようが、私には心地よく映るのだよ》

「ありがとうございます」

《いま一度、世界を人類にゆだねるとしよう》

 この言葉に、白い獣人が驚きの声をあげる。

「よろしいのですか?」

《よい。信じることから始めねば、何事も成されまいよ》

 白い獣人はカーシュナーの翡翠色の瞳を見つめ、満面の笑みを浮かべてうなずいた。

「確かに、信じ、ゆだねるに値するでしょう」

《最後に問う。君はこの地に何を望む?》

「なにも」

 カーシュナーは胸を張って答えた。

「ボクたちに≪新世界≫を与えてくれただけで充分です。おかげでボクは、人間になれました。自分の意思で考えて行動し、その行いに自分自身で責任を取れる。ボクがこうあるべきだと考える人間にです」

《見事だ》

 白銀の龍の思念が大きく響く。きっと笑っているのだろう。

《この者を君たちに託す》

「何をおっしゃいます!!」

《今日までの長き歳月、よく尽くしてくれた。礼を言う。一人で生き続ける必要はもうない。友と語らい、友と生き、友に囲まれて眠るがよい》

 あふれ出す感情に押し流され、言葉が出ない白い獣人の背中に、カーシュナーがそっと手を置く。

《この者を頼む》

「はい!」

《さらばだ》

 白銀の龍の身体を、どこから湧き出てきたのか、濃い霧が包んで隠す。

 カーシュナーたちは霧を引き連れるように島を後にした。振り返るとそこは、濃霧に包まれた領域となっていた。

「帰ろう。みんなのところに!」

 カーシュナーの言葉に満足気な声が答えてくる。

 カーシュナーたちは一つの答えを得た。だが、全てを知るにはあまりにも広すぎる新世界には、彼らが求めればいくらでも手ごたえのあるクエストが、数多く待っているのであった――。

 

 

 人々は語る。

 荒々しくも精気に満ちあふれた輝きの数世紀を生きた人々のことを――。

 人々はこう伝える。

 もっとも輝いた人々がこう呼ばれていたと――。

 

 モンスターハンター

 

 カーシュナーの名は、歳月の中に埋もれて消えても、彼が残した偉大な足跡は、いまも形となって残っている。

 支配者のいない世界。

 

 新世界という理想郷が――。




 モンハンをプレー中に妄想した世界を、約1年かけて形にすることが出来ました。
 考えていたモンスターやフィールドはまだあったのですが、カーシュナーたちを優秀に設定し過ぎたため、とんでもない早さで成長してしまい、書く意味がなくなってしまったので、第二大陸以降はギュッとまとめてしまいました。
 読んで下さった方々、感想まで送っていただいた方々には感謝の言葉もありません。
 読んでいただけるということが、ありがたいことだとつくづく思い知りました。
 皆様のモンハンライフが、これからも素晴らしいものであることを願って、ここまでとさせていただきます。

 最後にもう一度、
 
 読んでいただいて、ありがとうございました。

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