モンスターハンター ≪新世界≫   作:南波 四十一

3 / 29
白い獣人との出会い

チヅルの隣りに、いつの間にか現れた白い毛むくじゃらの巨人が、軽く片手を上げて 「よっ!」 と、あいさつらしきものをする。

 その手には串に刺してきつね色に揚げられた三連の巨大な貝柱が握られており、その一つにかじりついた白い毛むくじゃらの巨人が、その旨さに身震いして笑った。

 けむくじゃらの全身は、よく見るとアイルーの骨格よりもはるかに人間に近く、身に纏った白い長衣は簡素ではあるが作りのしっかりとした物で、けしてチャチャブーのような原始的なものではない。長い毛に隠されているため定かではないが、身体の厚みから想像するに、その肉体は相当強靭なものと思われる。

 全身を覆う白い毛よりも特徴的なのが、その頭部で、こちらはアイルーに非常によく似ており、違いと言えば、アイルーよりもかなり長い耳と、顎の骨格が横に広いため、顔全体が力強く見える点だろう。

 体の大きさ以上に威厳に満ちた存在感があり、水夫たちは突然の出現にももちろん驚いたが、それ以上にその圧倒的存在感に精神が麻痺し、驚いて飛びのいたままの姿勢で硬直していた。

 チヅルも表面上は特に大きな反応こそ見せなかったが、人間など足元にも及ばない程の鋭い五感をもつ竜人族である。その気配をまったく感じさせずに現れた白い毛むくじゃらの巨人に驚いていた。それでいて、自分の本能が身構えようとしない。不思議に思ったとき、白い毛むくじゃらの巨人と目が合った。

 黄金色の大きな瞳には、深い知性と悠久の時が映っていた。

 そこには微塵の敵意もなく、ウソもない。チヅルは意識する前に、自分の本能がこの白い毛むくじゃらの巨人を敵ではないと確信していたことに気がついた。

 チヅルは白い毛むくじゃらの巨人を神と思い込み、いささか失礼な感もあるが、腹を見せて服従の証を立てている料理長に声を掛けた。

「料理長~。お客様のために~。じゃんじゃん料理の腕ふるってね~」

「神様、料理食べるのかにゃ~?」

「貝柱の串揚げ気に入ったみたいだよ~」

「本当かにゃ!! 感激なのにゃ! ボク頑張るにゃ!」

「よろしく~」

 このやり取りのおかげでようやく我に返った水夫たちが、口々にチヅルに質問を浴びせてくる。そんな水夫たちを笑顔でなだめると、手にしていた大ぶりのロブスターを掲げ、肉厚の身にかぶりついた。

「今日はもう考えな~い。食べて、飲んで、歌って、笑お~う! 考え事は全部明日~!」 

 チヅルはこの一言で、ロブスターの身と一緒に周囲の混乱も飲み込んでしまう。

「積んであるお酒もどんどん出しちゃって~。帰りのお酒をとっておこうなんてせこいこと考えちゃダメだよ~」

 このとどめの一言で水夫たちの疑問は消し飛び、大宴会に突入した。

 

 

 これまで水夫たちに蓄積されていた肉体的、精神的疲労は重かった。並の人間なら正気を失ってもおかしくない状況の連続を無事に乗り切れたのは、ひとえにチヅルに対する深い信頼と忠誠が心を支えてくれたからだ。

 その重圧が一時的ではあるが取り除かれ、解放された体に、この日の酒は芯まで染み渡った。朝まで飲み明かすと豪語していた水夫たちだが、深夜を待たずに全員が大いびきをかいてのびていた。本来酒に強い水夫たちが、簡単に酒に飲まれる様子を見て、チヅルは疲労の深さをおして頑張ってくれた乗組員に感謝した。チヅルが船乗りとしてどれほど優れていようとも、一人ではここまでたどり着けなかっただろう。

 隣りに座る白い毛むくじゃらの巨人の膝の上では、この夜一番の功労者である料理長のアイルーが丸くなって眠っていた。白い毛むくじゃらの巨人がその丸い背を愛おしげに撫でている。そのしぐさだけで、心根の優しさがうかがえる。

 チヅルも料理長の頭を撫でてやりながら、白い毛むくじゃらの巨人に話しかけてみたが、当然言葉は通じなかった。チヅルは酒樽に向かうと残り少なくなった酒をジョッキに二つ満たし、片方を白い毛むくじゃらの巨人に渡して一息で飲み干した。それを見た白い毛むくじゃらの巨人も同じように一息で飲み干し、いい顔で笑った。

 その笑顔に満足すると、チヅルは晴れた夜空を見上げた。そこには太古の天文書でしか見たことのない星座たちが瞬いていた。海底大地震に遭う前までに見ていた夜空とのあまりの違いが、チヅルに今いる場所が『南の先の海』を越えた大地なのだと改めて実感させる。アクシデントの結果とはいえ、夢にまで見た場所に辿り着いた喜びがチヅルの全身を満たしていた。チヅルは心地よい満足感に浸りながら、いつしか深い眠りへと落ちて行った。

 

 

「船長! 船のことはオレらに任せておいてください! 船長は白い獣人のお相手をお願いします!」

 甲板長が必要以上に大きな声で告げる。酔いの回りが早すぎたため、たいした量も飲まずに長時間爆睡したので体力が有り余っているようだ。本人も、「飲んだ次の朝に二日酔いじゃねぇなんて、初めてですわ!」 と驚いていた。

「よろしくね~。みんな頼りにしてるよ~」

 チヅルに信頼されること以上に誇らしいことのない水夫たちは、この一言で朝から晩まで全力で働ける。水夫たちは一声気合を入れると、割り振った各々の仕事に散って行った。

 そんな水夫たちを見送ると、チヅルは白い獣人に向き直った。その隣には料理長がいる。ちなみに水夫たちは白い毛むくじゃらの巨人を客と見なし、いつまでも白い毛むくじゃらの巨人と呼ぶのは失礼だし、なにより長くて面倒だということで、『白い獣人』と呼ぶことにした。もっと短く『シロ』にしようという意見もあったが、いざ本人を目の前にすると、その圧倒的存在感がペットにつけるような呼び名で呼ぶことをためらわせたため、敬意を込めて『白い獣人』と呼ぶことに決まったのだ。

 チヅルは言葉の問題を解決するために、アイルーである料理長を間にいれる方法を試すことにした。もちろんアイルーだから言葉が通じる訳ではない。もっと動物的な、ニュアンスでのやり取りからコミュニケーションを進めて行こうと考えたのだ。実際昨夜は料理の出来に白い獣人が満足しているか知りたい料理長が、おそらく本能からそうしたのだろうが、狩場で見かける野生のアイルーのように、のどを鳴らすような鳴き声で問いかけ、これに対して白い獣人が同様にのどを低く鳴らして答えていた。言葉のやり取り程細かい情報を伝えることこそ出来ないが、喜怒哀楽は十分伝わるようで、料理長は白い獣人の満足気な唸りを聞いて小躍りして喜んでいた。

 アイルーにしても、チャチャブーにしても、文化レベルでは劣っても、言語能力は高く、人と交わって生活した者は、会話の語尾こそ独特ななまりが残るが、意思疎通は問題なく行えるレベルまで言葉を習得できる。その瞳の輝きから、外見こそ獣人のそれだが、知能は竜人族に匹敵するものがあると見込まれる白い獣人ならば、すぐに意志の疎通が可能になるのではないかとチヅルは期待していた。可能ならばチヅル自身が白い獣人の言葉を覚えられればいいのだが、残念ながらのどの構造の違いのために話すことが出来ないのだ。もっとも、話せないだけなので、せめて聞くことだけでも出来るようになるつもりではあった。

 そして、アイルーの通訳を挟んでの、三人? の奇妙な会話が始まった。にゃあにゃあ、ぐるぐる、~なの~。はたから聞いていると奇妙な動物たちが集まって騒いでいるようにしか聞こえない。唯一人間の言葉を話す船長がものすごくクセのあるしゃべり方をするので、聞いているとかえって混乱する。

 言葉を教え始めてわずか数時間。予想をはるかに上回る理解力で白い獣人は言葉を覚えていった。

 元々本人がチヅルたちとコミュニケーションを取りたくて接触してきたこともあって、積極的に言葉を覚えようと努めたことが大きかった。単語は二、三度繰り返すだけで覚えてしまい、苦労すると思っていた文法も難なく身につけてしまった。そして驚いたことに、陽が沈むまでに日常レベルの会話をマスターしてしまったのだ。

 ただ一つ、大きな問題を残して…。

「ねぇ~。チーちゃ~ん。これなぁに~」

 船長の口調がそっくりそのままうつってしまったのだ。

 2メートルをはるかに上回る厳つい巨体をした毛むくじゃらの巨人が、よく響く魅力的な低音で、頭の足りなさそうな子供のような口調でしゃべるのである。

 作業から戻った水夫たちは頭を抱えた。

「船長! なんてことしてくれたんですか!」

 竜人族の船医が、ことの重大さに気づき、なんとか白い獣人の口調を矯正しようと試みて、見事に失敗してからチヅルに詰め寄った。

「なんてことって、なにが~?」

「その話し方ですよ!」

「話し方~?」

 船医は一日中密林を探索して、葉っぱやら、小枝が刺さった頭をかきむしった。話が通じない。口調に問題こそあれ、言葉を覚えたばかりの白い獣人の方が、はるかに会話になる。

「…はあっ。僕が怒られるんだろうな~」

「よろしくねぇ~」

「全部わかっててとぼけているでしょ!」

 未知の大陸の住人に、間違った言葉使いを指導してしまったことが竜人族の長老たちに知れたら、監督不行届きで責められるのは間違いない。何が悲しくて自分よりもはるかに年上の竜人族の監督をしなければいけないのかと思い、若い船医は乱れた頭をさらにかきむしった。

 

 

 意思疎通が可能になると、白い獣人は情報の宝庫だった。

 彼の口から語られる事実は、現実よりも夢物語を感じさせた。それほどに突拍子がなく、巨大な飛竜を一人の人間が狩猟してしまうようなとんでもない世界に生きているにもかかわらず、それはあり得ないと思ってしまうような内容だったからだ。

 まず始めに、白い獣人は身の上を語った。自分がたった一人であること。名前を持たないこと。悠久の時を存在し続けていることなどを。誰かの「仲間は滅んだのか?」という問いに対して、白い獣人は、水夫たちのような同族の種は生み出された時から存在しないと答え、「親がいたはずだ」「でなければそもそも生まれていないはずだ」と言い、「名前も憶えていないくらいだから、物心つく前に家族をなくしたんじゃないか」という意見が出たところで、この件に関してはこれ以上深入りすることはやめようと、勝手に納得していた。なので、世界の行く末を見届けるという使命だけが初めにあったことを説明した時、これをまともに聞いていたのは、チヅルと船医の二人だけだった。

 生まれたのではなく生み出されたのか…。

 遺跡などに名残りを見る、古代文明が関係しているのか…。

 二人の間で声に出さない会話が交わされた。竜人族の中には、人類に開示していない古代史、竜人族の歴史がある。その中には古代文明やチヅルたちが今いる南の大陸についての伝承もあった。白い獣人の話は、まだ人類への開示が許されていない内容に触れかけていたので、水夫たちが親切心から勝手に不幸な身の上を想像してそれ以上の追及をやめてくれたのは正直大助かりだった。

 悠久の時を存在し続けていることに関しては、長命な竜人族を知る水夫たちには特別以外ではなく、言われても、やっぱりなと思っただけだった。しかし、竜人族の二人は、白い獣人が、『生きて』ではなく、『存在して』と表現したことに、大きな可能性を感じていた。白い獣人ほどの知能を持ち合わせていれば、この二つの言葉の意味も、その違いも理解できているはずだ。そのうえで、あえて存在し続けていると表現したことの意味は大きかった。チヅルと船医はこれ以上白い獣人自身のことを尋ねるのは、触れてはいけない情報を引き出しかねないと判断して、話題を大陸の情報へ変えた。

 昨日飲みきれなかった酒と、料理長渾身の夕飯に舌鼓を打ちながら、白い獣人の話は続いた。まず、今いる場所が大陸の北西部の先端辺りであること、大陸は南東へ向かって広がり、南下するにしたっがって、大きな河を挟んで密林から緑豊かな森林へと変わっていることを知った。火山地帯はあるが砂漠はなく、毒液の滲むような沼地もほとんどないらしい。標高の高い山はこの近辺にはなく、大陸南東の末端部辺りでないと雪もさほど降らないらしい。動植物にとっては楽園のような大陸であった。

 生命が育まれやすい環境は、モンスターにとっても生きやすい環境であり、多くの動植物以上に様々なモンスターが生息していることがわかった。

 文明を持った自分たちのような種族がいないか尋ねると、白い獣人は残念そうに首を振り、はるかな昔に滅びてしまったと答えた。以来白い獣人はただ一人、広い大陸を旅してまわり、世界を観察し続けてきたと語った。人情味豊かな水夫たちがこれにいたく同情し、孤独を癒すには酒しかないと、残りの酒を全て白い獣人に振舞った。酒好きのくせに無理をしてと思いつつ、チヅルは自分の船の仲間を誇らしく思った。

 ハンターでもあるチヅルは、白い獣人のたくましい身体から、その強さも相当なものと考え、狩りの方法を尋ねてみた。しかし、返ってきた答えは意外なもので、狩り自体行わず、食料はもっぱら、水と少量の木の実で十分なので肉は滅多に口にしないのだと言う。だから料理長の料理を食べた時はあまりのおいしさに驚いたと語ると、これに気を良くした料理長がさらに腕を振るって、美しくも食欲のそそる香りを放つ大皿をよたよたと運んで白い獣人の前に放り投げて追加した。

 狩猟方法は聞けなかったが、モンスターに関する情報は多く、今上陸している場所の近辺にも、本来は大小様々なモンスターが生息していたことがわかった。チヅルにとっては残念なことに、この辺りは津波と嵐の影響が大きかったため、大半のモンスターが南東部へ避難し、逃げ遅れたものたちは全て命を落とし、土に還ったという。

 モンスターの種類を聞いて驚いたことに、この大陸の、特に密林地帯では、甲虫種のモンスターが、数だけでなく、種類も豊富で、草食種はもちろん鳥竜種や飛竜種タイプのモンスターもいるらしいのだが、大型の甲虫種はそれらのモンスターさえも捕食してしまうため、大型の甲虫種が密林の食物連鎖の頂点にいるのだという。

 北の大陸で大型の甲虫種と言えば、クイーンランゴスタ、アルセルタスとゲネル・セルタス、及びその亜種くらいしか確認されていない。もっとも、鋏角種のネルスキュラやその亜種、甲殻種のアクラ・ヴァシムやアクラ・ジェビアはモンスターの分類に詳しくない者には甲虫種と誤認されていることが多く、大雑把なハンターは、モンスターの分類などそもそも気にしていないため、大型の甲虫種が少ないということを認識している者が少ないのだ。

 そもそも甲虫種のあり方が特殊なのである。環境の影響はもちろん大きいだろうが、大元の種である昆虫が、大型化に向いていない。すべての生物が同じサイズで争ったとき、昆虫こそ最強だと唱える学者がいるが、では何故昆虫は巨大化しないのかという疑問が生まれる。巨大化すれば食物連鎖の頂点に立てるにもかかわらず、甲虫種以外は小さなままで存在している。昆虫の種類の多さから考えれば、進化の過程でモンスター化する昆虫がもっといてもいいはずなのだ。しかし実際にはランゴスタ、カンタロス、ブナハブラ、オルタロスなどの小型甲虫種サイズにまで巨大化することもない。

 少ない食料で生命を維持し、短い命のサイクルの中で環境に適応するために進化し、多種多様化して種を存続していく。昆虫が生き残るために選択した答えが大型化しないことなのだ。

 昆虫種と甲虫種はそもそも根本的に異なる、似て非なる存在なのかもしれない。大型化のメリットは、外敵に対して捕食対象からの脱却による生存確率の向上になるが、確保できる食料の絶対数に限りがあるため、巨大化した身体を維持するために必要な1匹当たりの食料数の増加と反比例して個体数の減少につながる。

 昆虫は数を頼りに捕食や自然災害などの死の手から逃れることを目的に繁殖し、甲虫種は力を頼りにあらゆる外敵から生存を勝ち取ることを目的に巨大化する道を選んだのかもしれない。

 その道は険しく、北の大陸での成功例は、アルセルタスとゲネル・セルタスだけである。クイーンランゴスタは蜂や蟻の女王と同様で、繁殖のための大型化でしかなく、基本サイズはあくまで狩場でよく見かけるランゴスタが基準になる。もっとも多くの種類が繁殖している飛竜種とは比べるべくもない。甲虫種は種としての強さで他の種に敗北したのだ。

 その事実を踏まえて考えると、この大陸のモンスターの生態系には並々ならぬ興味が湧いてくる。飛竜が存在してなお生態系の頂点に君臨するということは、種としての強さで飛竜種を上回ったという何よりの証拠だからだ。もっとも、チヅルたちの知識と感覚が、白い獣人の知識と感覚と一緒ではない以上、言葉の意味が正確にやり取りできていない可能性があるので決めつけるのは危険であった。

 チヅルがモンスターの生態系に想像を働かせている隙に、船医が昨日の薬草を持ち出して白い獣人に自説を披露すると、白い獣人は北の大陸に関する知識がないので断言は出来ないと前置きしたうえで、船医から聞いた植物の成長速度、サイズの違いから大地の栄養分がかなり異なるという考えを認めた。また、北の大陸で甲虫種があまり繁殖していないことの理由に大地の質が影響しているのではないかとも言った。

 チヅル個人としては大陸の情報をもっと学びたかったが、船長として乗組員を全員無事に北の大陸へ連れ帰るという責任があるため、周辺海域のモンスターを含めた情報と、季節ごとの天候について尋ねた。もっとも、海底大地震の影響で海流が変わってしまったため、天候に関しては過去のデータは役に立たない可能性が高かった。

 

 

 上陸から一週間。チヅルたちは船の修繕及び、故郷へ帰るための長い航海に備えての食料確保に努めた。

 災害の影響で草食種が内陸に移動してしまったため、生肉の調達はかなわなかったが、海底の砂中に逃れていた海の幸を確保できたので、船の食料庫は瞬く間に埋め尽くされた。

 また、密林の多くの樹木が災害の影響でなぎ倒されていたが、倒れた樹木を苗床にしてキノコ類が大繁殖しており、北の大陸でも見られる成分をより多く含んだキノコを入手することが出来た。その中で船医を特に喜ばせたのが、ビタミンを豊富に含んだキノコだった。人間は、ビタミンが極度に不足すると壊血病を発症する。これは特に長期の航海をする船乗りにとっては深刻な問題で、ビタミンは長期保存が難しい野菜や果物等から主に摂取しなくてはならないため、備えのあまい船の船乗りが壊血病を発症する事例が後を絶たない。

 遭難中は積荷の元気ドリンコや回復薬のおかげで無事過ごせたが、帰りの航海がどれ程の期間に及ぶのか、また補給は出来るのか、という答えの出しようがない問題が山積みで、壊血病の回避は頭の痛い問題になっていた。

 そんな時に発見されたビタミンを豊富に含んだ新種のキノコは、天の恵み以外のなにものでもなかった。香りも味もまるで甘酸っぱい果実のようで、これを調合によってドリンク状にし、空き瓶に詰めたものは一級品の果実酒のように美味で、水夫たちのつまみ飲みが問題になるほどだった。

 他にも異常なまでの吸水性を持つスポンジ状のキノコも発見された。これは天日で乾燥させたキノコや薬草の類を湿気から守るのに大いに役立つ上に、キノコとは思えないほど頑丈で、食用には適さないが、キノコをしぼることで吸水した水分を飲料用に採取することが出来るという優れた性能を持っていた。これは白い獣人に教えられたキノコで、白い獣人はこれを雨の少ない乾燥地帯に赴く際に、大気中の水分を集めるのに利用している。吸水量の限界まで水分が溜まると自らの身体を苗床に胞子を飛ばして腐敗してしまうが、適度に水分をしぼって使用すると、腐ることもなく、一年近く使用出来るらしい。唯一の弱点は凍ることで、一度凍りついてしまうと解凍してもボロボロに崩れてしまい、再生することはないという。

 他にも航海の助けとなるアイテムが数多く採取できた。丈夫でいてしなやかなツタは、上質のロープのように使いやすく、倒木からは可燃性の高い樹脂や接着力の高い樹脂、布などに染み込ませると高い防水性を発揮する樹脂等が多く採取され、海底からは地上ではほとんど採掘できなかった鉱石と、船の補修材として重宝する大小の竜骨を採取することが出来た。

 チヅル本人はあてにしてはいけない幸運と言って否定するが、まるで帰りの航路を手助けしてくれているかのような幸運がこれだけ続くと、水夫たちだけでなく、現実的であろうと居続けている船医ですら、神がかったものを感じずにはいられなかった。

 

 

 船の修理が終わり、積荷の整理が済むと、チヅルたち一行はいよいよ北の故郷目指して帆を張ることになった。

 水夫たちは口々に白い獣人を航海に誘ったが、白い獣人は「使命があるの~」と言って、残念そうに首を横に振った。特に白い獣人と仲良くなったチヅルと料理長が粘りに粘ったが、帰りの航海の安全性と南の大陸発見とその大陸の住人である白い獣人の存在が北の大陸に及ぼす影響が計り知れないため、最後には船医に諭され諦めた。

 ただ強欲なだけで、奪い、荒らすだけの人間が大挙して押しかければ、白い獣人から受けた恩をあだで返すことにしかならないからだ。

 チヅルが未練がましく白い獣人と会話していると、風に乗って鼻の奥を突くような、鋭い腐敗臭が二人の嗅覚を刺激した。チヅルのハンターとしての勘が危険を告げ、白い獣人の表情の変化がチヅルの勘を裏付ける。同じ臭いに気づいた船医が不安気な視線をチヅルに投げる。

 チヅルの眉間に、縦に1本しわが刻まれる。これまでが幸運過ぎたのだ。北の大陸では、広くはないが人類の領域があり、大型のモンスターでも滅多に近づかない。それは人類の先人たちが戦って勝ち取り、子孫たちに残した領域であり、人類の歴史の始まりから与えられていた訳ではない。ここ南の大陸は、戦って敗れ、領域をモンスターたちに奪われた、いわば人類の領域が存在しない大地なのだ。

 油断したつもりはなかった。これは油断と言うよりも、未知への好奇心が呼び込んでしまった脅威と言えるだろう。チヅル一人ならそれでもよかった。しかし今は護らなければならない仲間たちがいる。上陸初日に遭遇したハンマーヘッドシャ-クのように、完全な水生モンスターならば船上ないし陸に上がっていれば安全を確保出来たが、今近づきつつある脅威に対して、安全と言える場所はない。出港準備が整った時点で出発していれば避けられた脅威だった。

 水夫たちも鼻を刺す臭いと、何よりも濃厚に密度を増していく狩場の空気に気づき、ざわざわと落ち着きをなくし始める。チヅルの耳には踏み砕かれる樹木の音が届き始めており、その気配に、不意に初めて怒り喰らうイビルジョーと遭遇した時の記憶がよみがえった。

「チ~ちゃん! 今すぐ出発するの~!」

 白い獣人が叫ぶ。

 おそらく間に合わない。チヅルの感がそう告げていた。下手に背を向けるより、真っ向から迎え討とうかという思いがチヅルの判断を迷わせていたのだが、白い獣人の忠告がチヅルの迷いを断ち切った。

「全員乗船~! 甲板長は乗船後最終点呼を取って報告~!」

 さすがのチヅルもいつもの間延びした調子ではなく、語尾が伸びる程度の早口で指示を飛ばした。

「シロちゃんも危ないから一緒に行くの~!」

「大丈夫~! それよりも、この前教えてくれたこやし玉持ってる~?」

「こやし玉が効くの~?」

「たぶん~」

「じゃあ、チ~ちゃんがこやしてくるから~、シロちゃんは避難して~!」

 チヅルの言葉に白い獣人は首を横に振ると、大人の頭さえも軽く鷲掴みに出来るくらい大きな手を差し出した。こやし玉を渡せということらしい。

「ダメだよ~。これはチ~ちゃんの義務なんだから~」

 チヅルは白い獣人が自分たちを逃がすために危険な役回りを引き受けようとしていると思い、こやし玉を渡すことを拒んだ。

「違うの~。今近づいてきているモンスターには~、こやし玉はぶつけても効果がないの~」

「ええ! 効くんじゃないの~?」

「こやし玉って~、嫌な臭いで追い払うんでしょ~?」

「そうだよ~」

「たぶんだけど~。このモンスターはね~。こやし玉の臭いが好きだと思うの~」

「!!!!」

 チヅルが驚いている間に、モンスターの足音は、耳の良い竜人族だけでなく、この場にいる全ての者にハッキリと聞こえるようになっていた。一歩ごとに距離が詰まっていることが、音の大きさと伝わってくる振動の変化でわかる。それだけでかなりの大きさのモンスターだと予測できる。

「このモンスターは雑食性で~、基本は樹木を口から出す強力な腐蝕液で溶かして食べるんだけど~、他のモンスターの死骸とか~、排泄物も溶かして食べる密林の掃除屋でもあるの~。だからこやし玉の臭いも全然嫌じゃないはずだし~、ぶつけて追い返すのは無理だと思うの~」

「じゃあ、どうするの~?」

「嗅覚が発達しているモンスターだから~、ここから離れた場所でこやし玉を使って~、そっちに誘導してみるの~。この辺りにいないモンスターのフンの臭いだから~、上手く誘導出来ると思うの~」

「危なくない~?」

「大丈夫~。このモンスターは好奇心が強いから~、嗅いだことのないみんなの臭いに反応して近づいてきているだけなの~。だから一人になれば追いかけて来ないの~。それよりも~、ここに来ちゃうと~、船を食べようとする可能性が高いから早く出発した方がいいよ~」

 慌ただしい別れになることを悔やみつつも、チヅルは決断を下すとこやし玉を渡した。受け取った白い獣人は腰のあたりの毛をめくると金属製のポーチのようなものを出し、その中に手早くこやし玉をしまった。

 チヅルは白い獣人がこやし玉をしまい込むのを確認すると、飛び上がって白い獣人を思い切り抱きしめた。

「絶対に戻ってくるから、元気でいてね~!」

「チ~ちゃんも気をつけてね~!」

 チヅルとは対照的に、白い獣人は力強い笑顔と共に、そっと抱き返した。

 二人は離れると、振り返ることなく別方向に走り出した。チヅルは撃龍船に、白い獣人は倒木だらけの密林の奥へと向かって。

「船長~! 全員無事乗り込みました~!」

 甲板長が大声を張り上げる。チヅルも劣らぬ大声で指示を飛ばす。

「出港~~~!」

 チヅルは自身が乗り込まない内から撃龍船を走らせた。舷側から垂れる縄梯子に飛びついた瞬間、背筋に悪寒が走り、縄梯子に揺られながら無理やり背後を振り向いた。

 チヅルの揺れる視界の中に、大災害を生き残った樹木たちをなぎ倒しながら、光を受けて黄金に輝く巨体が姿を現した。光から外れた甲殻が、黄金から翡翠色へと色を変えて怪しく輝いている。その巨体にチヅルは思わず息をのみ、甲板上から悲鳴が上がる。

 言葉で表しえる表現だけであれば、非常に美しいモンスターに思えるかもしれない。しかし、その輝きは、外敵から身を隠す必要のない圧倒的強者の傲慢の輝きであった。

 アカムトルム、ウカムルバスに匹敵する巨体を誇る甲虫種は、撃龍船に頭を向けると、動きを止めてジッと観察してきた。輝きにのまれてわかりにくいが、6本ある脚のうち、後ろの4本が強靭に発達しており、ゲネル・セルタス以上に昆虫離れした、もはや脚と言うよりも、巨大な建築物を支える柱を組み合わせたようにしか見えない。それに対して、前の2本の脚は、まるで人間が合掌するように体の前で組まれ、しきりにすり合わせている。形状も後ろの脚と全く異なり、細くしなやかで、後ろの4本の脚が巨体を支え移動することが役目なのに対し、前の2本の脚は細かい作業を行う手の役目を果たしていることがわかる。もっとも、身体と後ろの脚が大きすぎるせいで細く見えるが、実際は陸の女王と称されるリオレイアの脚よりもはるかに太いはずだ。

「なんか、でっかいハエみたいだ…」

 甲板にいた、一人の水夫が呟いた。

 チヅルは不安定に揺れる縄梯子を甲板まで一気に伝い上ると、落ち着いてモンスターを観察した。確かに、ハエを思わせる。羽は当然退化してもうない。頭部も小さくなり、胴体とほぼ一体化され、頭部のほとんど全てを占めていた複眼もなくなっている。おそらく巨大化する過程で攻撃により傷つきやすいことと、エサや天敵を探す必要性がなくなったことで、巨大な複眼は個眼の数を減らし、クモのように複数の小さな眼で周囲の状況を把握するように進化したのだろう。頭部がこちらを向き、自分たちを観察しているのはわかる。消えない鳥肌が見られている何よりの証拠なのだが、飛竜種などと違い、目が合う感覚がないのが証拠だ。

 全体のシルエットはハエをまったく連想させないのだが、前足をすり合わせ、時折身体や頭部などの前足が届く範囲を掃除するせわしないしぐさが、この巨大な甲虫種とハエを重ね合わせた。

 巨大甲虫モンスターは小首をかしげたかと思うと、不意に前進を再開した。巨体に反して驚くほど速い。入り江の口付近まで撃龍船は来ているが、このままでは間違いなく追いつかれる。

 チヅルが戦闘を覚悟した瞬間、巨大甲虫モンスターは不意に足を止め、密林の奥へ向かって触角をうごめかせた。そしてそのまま身体の向きを変えると、チヅルたちに対する興味を急速に失い、密林の奥へと向かって行った。

 緊張が解けた水夫たちがその場にへたり込む。無理もない。漂流中もナバルデウス級の超巨大水生モンスターの群れに囲まれていたが、ターゲットにされたことは一度もなかった。古龍に匹敵するほどの強さを持つ捕食者に的にされて恐慌状態に陥らなかっただけたいしたものである。

「シロちゃん…。ありがとう…」

 チヅルが小さく呟く。巨大甲虫モンスターの急な心変わりは、間違いなく白い獣人のおかげである。

 しかし、とチヅルは思う。こやし玉の臭いに魅かれて自分たちをあっさり見逃すとは、どれほどウンチが好きなのだろうか?

「拘束攻撃だけは受けたくないな~」

 チヅルは場違いな呟きを漏らした。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。