チヅルたち一行の故郷である北の大陸を目指す航海の旅は、漂流することしか出来なかった南下とは逆に、自由に行動できるようになってからの北上の方が、はるかに困難を極めた。
チヅル曰く。
「運が尽きたの~」
と、言うことらしい。
それでも、漂流中に作成していた航海図のおかげで、大小様々な島を経由して北上を続けた。
時には海竜の襲撃に遭い、撃龍船を破損し、時には突然の嵐に行く手を遮られて引き返すことが度々あった。もっとも、引き返す先があるおかげで、チヅルたちは危険な航海を無理に続ける必要がなかったため、時間こそかかったが、確実に北上を続けることが出来た。
水夫たちを無事家族のもとへ帰した後、再び南の大陸を目指すつもりのチヅルは、可能な限り中継地点となる島々の情報を集めた。真水の有無。採取可能な素材の有無。地形。そして、モンスターの有無。これらがあればかなり綿密な航海計画を立てることが出来るからだ。
確かな腕を持つ水夫たちに支えられ、チヅルの指揮する撃龍船は赤道を越えて北の海へと入り、ついに最後の中継地点となる島へとたどり着いた。
ここからが本当の試練だった。ここから北の大陸までの間には、補給も避難もできない広い海が広がるだけで、島は一つもないからだ。これまで北の大陸から『南の海の先』への探索がことごとく失敗した最大の原因が、中継地点となる場所が存在しないことにあった。今いるこの島を漂流中に確認できていなければ、チヅルたちは敗色濃厚な賭けに出ざるを得なかっただろう。北の海岸線に人工的な漂着物が見られないことから、潮の流れに乗っているだけではけしてたどり着けない位置にあるのだ。
ここで時間をかけてしっかりと補給と補修を行い、つぎはぎだらけになってしまった撃龍船を最後の航海に押し出して、チヅルたちは故郷を目指した。
以前は荒れることが多かった海域も、随分と穏やかになっており、航海は予想を上回る順調さではかどりった。順調に進めば2、3日の内に故郷へと帰りつける位置まで何事もなくたどり着くと、ここでもチヅルの神懸った幸運に恵まれたと思い、水夫たちの間に油断が生じた。
まるでその油断を待っていたかのようなタイミングで、撃龍船は希少種、亜種、通常種の三種のラギアクルスに連続して襲われるという、歴戦のハンターでさえも青ざめるような不運に見舞われた。主に陸上生活を送っているラギアクルス亜種にまで海で遭遇するのだから、よほどのことである。
結果として、チヅルたちはこの最悪の困難を乗り切り、故郷の港へと帰り着くのだが、そのとき港に姿を現した撃龍船は、ラギアクルスたちによって散々に痛めつけられ、幽霊船のような有様であり、下船してきた水夫たちも不眠不休の逃走劇で疲労困憊し、幽鬼さながらの様子であった。
それでもついに持ち帰られたのだ。人類を新世界へと導く、無限の可能性を秘めた航路がー。
チヅルたちの生還は竜人族の間に、海底大地震並の激震を呼んだ。
水夫たちにはただちに箝口令が布かれ、人類への情報の遮断が行われた。水夫たちからの反発が予想されたが、復興途中の故郷のあまりの惨状と、にもかかわらず人的被害を奇跡的にゼロに抑え、家族を護ってくれた竜人族の指導者たちに対する深い感謝の念から、水夫たちは箝口令に従ってくれた。交流のあった近隣の漁村が、軒並み壊滅し、流れ着いたおびただしい数の死体が弔われて出来た新しい丘を前にするたびに、水夫たちとその家族は改めて竜人族の偉大さを想い、その導きにあずかれる幸運に感謝し、南の大陸に関する情報は一言たりとも漏らすことはなかった。
箝口令が布かれると、チヅルは早速新たな出港計画を立てようとしたが、文明世界が受けた傷のあまりの大きさに断念せざるを得なかった。世界は今日を生き残るのに必死だったからだ。
海底大地震による被害、その後の氷河期に突入しかねないほどの異常気象は、農耕と畜産に壊滅的な打撃を与え、世界規模の食料危機を迎えていた。災害で生き残った人々が次々と餓死してゆく。民を護るべき東西のシュレイド王国の権力者たちは、国の食料庫を開いて国民を救うべきところを、逆に城門を閉ざして自身の保身に走ったため、逆上した難民たちが食料庫を襲撃する事態に発展した。
鎮圧に向かった王国軍が見せしめを兼ねて情け容赦ない制裁処置を行ったが、結果として無秩序に起こっていた暴動を組織化することになり、両王国は内乱状態に突入した。
王権を至高のものとする王都周辺部には、指導者たる竜人族はいない。人間よりも優れていることを認めてしまうことは、玉座が至高の座ではないと公言するに等しく、支配階級者たちにとって、はなはだ都合が悪いからである。また、支配することに慣れきった人間の傲慢な耳は、竜人族の苦言をまったく容れないので、支配者たちが竜人族を遠ざけたというより、竜人族から愚者と見限られたと言うのが現状である。
過ちを正す存在のいない王都周辺部の混乱は復興を遅らせた。内乱の戦火が拡大するにしたがい、辺境との交易ルートを持つ行商人たちは、王都と辺境とを繋ぐ道から得られる利益に早々と見切りをつけ、王都を離れて辺境の村々を渡り歩くようになった。そのため物資の流通は滞り、治安はさらに乱れ、多くの有能な人材が、辺境へと流出していった。
負の連鎖に飲み込まれ、復興の進まない王都周辺部に対し、辺境に位置するハンターズギルドの管轄下にある城塞都市や、直接の繋がりはなくとも、指導者である竜人族同士の繋がりがある村々は、急速に復興を遂げていった。
チヅルも自身の夢を脇に押しやり、継ぎはぎだらけの撃龍船を操って、人と物資を運び、復興に尽力した。今操っている撃龍船では、再び『南の海の先』にある、南の大陸を目指すのは不可能なため、新たな外洋型の撃龍船を建造する必要があるのだが、物資も人的資源も復興に充てられているため、設計図面をひいている時間すらない状態だった。
誰もがかつての暮らしを取り戻すために必死で働き続け、4年の歳月が経った。
その間チヅルはその機動性を買われ、物資などの運搬を行うかたわら、各ギルド間を渡り歩き、南の大陸の調査隊の派遣計画を進めて行った。
狩場を管理するハンターズギルドはもとより、行商ばぁちゃんたちが束ねる商業ギルド、竜人族の秘儀を身につけた凄腕の鍛冶職人たちが参加する鍛冶ギルド、抜群の成功率を誇る調合の達人集団である調合師ギルドや、古龍観測所と王立古生物書士隊の長である竜人族の間を忙しく行き来した。
調査計画の立案同様、チヅルにとって重要な外洋型撃龍船の建造も、復興3年目にしてようやく着手した。土竜族の職人たちの協力や、旧知のG級ハンターに依頼を出して必要素材を集めてもらうなど、多くの助けがあったおかげで、チヅルの外洋型撃龍船は急ピッチで建造されていった。
それに合わせるように調査隊派遣計画も最終段階に入り、各ギルドや主だった竜人族の実力者たちが、計画の最終調整のために秘密裏に集まった。
計画の主要目的は以下の通りである。
1、南の大陸の調査及び、南の大陸までの航路の整備。
2、中継地となる各孤島への拠点の設置。
3、各地の生態系、素材、地形の調査。
チヅルの持ち帰った情報の補足と安全な航路の確保が主な目的となった。
一度の調査で全てを知ることなど不可能である。第二次、三次と調査隊を安全かつ確実に派遣できる土台作りが必要なのだ。
計画のために必要な人材の選定も、各ギルドの長達の働きにより、精鋭が集められた。拠点設置に必要な各種の職人。生態系、素材、地形の調査のため、古龍観測所と王立古生物書士隊及び調合師ギルドから経験豊富な人材。そして、遭遇するであろう未知のモンスターに対処するためのハンター。
それら全ての者が、無事帰還できる保証のない航海であることを理解している。機密保持のため、竜人族以外の種族の者は、全員家族のない者、もしくは血縁者全員が調査隊参加が確定しているものでしめられていた。
災い転じて福となすという言葉があるが、海底大地震による大災害の影響で、多くの者が家族を失い、王都周辺の混乱が、辺境への優秀な人材の流出を招いた結果、有能な人材がさしたる苦労も無くの確保出来たことは、大いなる皮肉と言えるであろう。
これらの調査隊を率いるために、ハンターズギルド、商業ギルド、調合師ギルドのギルドマスター、古龍観測所と王立古生物書士隊の長が代替わりを行い、元ギルドマスター3人と元古龍観測所所長と元王立古生物書士隊隊長が調査隊に加わった。
大陸各地を大荷物を担いで渡り歩いた「行商ばあちゃん」こと、商業ギルドのギルドマスター曰く。
「死んでも惜しくない5人」
だそうだ。
調査隊の規模は、外洋型撃龍船10隻。船員、職人、ハンター、総勢1500人の大船団が組まれることになった。さらに、500人の移民希望者も乗船可能となっており、それらも合わせると、2000人を超える規模になる。
これらが一堂に出港すれば、嫌でも注目を集めることになる。これまで極秘裏に計画を進めて来た意味もなくなってしまう。そこで、それぞれの撃龍船が異なる目的地を設定して別々の港から出航し、遭難を装って姿を消す。この時点で遭難の原因をモンスターによるものとし、ハンターズギルドにより、一般の商船、漁船の外洋の航海を制限し、その間に調査隊員と必要物資を撃龍船へと運び、乗船及び積み込みを行い陣容を整える。これを各撃龍船で行い、最終的に外洋の集結座標にて船団を組み、第一の孤島を目指す計画が立てられた。
迂遠に思えるかもしれないが、東西シュレイド王国の干渉を避けるためには必要な処置だった。内乱による混乱の中にあるが、それでも王国による辺境の、特に強力なハンターたちを数多く抱えるハンターズギルドへの監視は厳重だったからだ。
かつて内乱が始まった当初、辺境の各ハンターズギルドへ王国から出兵命令が下った。ハンター各自にも徴兵が掛かったが、
「ハンターは傭兵にあらず、王国の民にもあらず」
と、勅使の目の前で書状を破り捨ててしまった経緯があった。
これまでは王国との無用な軋轢を嫌った竜人族の配慮もあり、各ハンターズギルドは王国との摩擦を極力さけてきた。わがままな王女の狩猟依頼や財を誇示し合う貴族の捕獲依頼など、王族や貴族からの依頼は、近隣住民からの討伐や採取依頼よりも、緊急依頼などにすることによって優先してハンターに依頼し、処理してきた。食料、物資が不足する中、依頼料をギルドが負担し、生肉の納品や素材採取依頼をハンターたちに出して王国へ献上したりもした。
長きに渡り恭順の意を示してきたハンターズギルドが、突如として強硬な姿勢に打って出てきたことに、ハンターの矜持を知らない東西シュレイド王国の両国王は激怒した。
そして、ハンターズギルドの自治権を剥奪し、ギルド討伐の兵を上げ、進軍を開始した。そこまではよかったのだが、狩場の縁を走る街道を考えなしに進軍したため、縄張り意識の強い大型モンスターに発見され、ミナガルデやドンドルマ、メゼポルタといったギルド管轄の辺境都市へとたどり着く前に、モンスターによって軍は壊滅し、ほうほうの体で敗走しているところを反乱軍に襲撃され、二重のダメージを負って王都へ引き返すはめになった。
かつて一度、軍内部の一部の部隊がドンドルマを占拠し、試作した強力な大砲をもって、リオレウスとラオシャンロンに挑んだことがあった。大砲の性能や運用が実戦に耐えなかったため失敗に終わり、最後には拘束していたはずのハンターたちの助けによってモンスターの襲撃から助けられたが、ドンドルマの占拠自体はたやすく行えたため、ハンターを侮っての軽挙だった。
加えて、反乱軍の襲撃を受けたことで、ハンターズギルドと反乱軍が手を組んだのではないかという疑念が湧き上がった。実際はモンスターに蹴散らされて逃げてきた王国軍を反乱軍が襲撃しただけで、ハンターズギルドはなんの関係もないのだが、次々と上がる反乱の火の手に、王宮は疑心に包まれ、正常な判断がつかなくなっていた。
一人の下級士官がその旨を指摘すると、
「平民出の分際で、差し出がましい口をきくでない!」
と、一喝され、それでも自身の意見を主張すると、
「では、おぬし自身がハンターズギルドへ赴き、その真意をただしてまいれ! 一人でな」
と、言われ、叩き出すように使者に発たされた。
一軍を退ける強力なモンスターが跋扈する地へ、ただ一騎送り出す。それは言外に死ねと言われているも同然だった。
使者に発たされた下級士官は、固く閉ざされた城門を見上げて呟いた。
「民衆の反乱を招いた原因は、己らの愚昧さ故であろう。その愚かさを持って平民出の俺に腹いせというわけか。従う者のいない国で、裸の王でも気取っておるがよい」
怒りと不満に満ちた思いを吐き出すと、下級士官はそれでも自身の任務を果たすためにドンドルマへと向かい、ハンターズギルドから内戦に対する中立を確約して王都に還り、その日の内に王都を出奔した。
このような経緯を経て、王国とハンターズギルドとの間には一時の相互不可侵が成立した。だが、一度生まれた疑念は拭い難く、王国はハンターズギルドの監視を強化したのだった。
細心の注意を払ったおかげで、大規模な船団の結成は王国に気取られることなく、無事に外洋の集結地点で合流を果たした。もっとも竜人族の長老格の老人たちを乗せた一隻だけ1日遅れで合流したため、船団に緊張が走ったが、事の仔細を聞いた他の船団員たちは、その痛快劇にニヤリと笑った。
ハンターズギルドの元ギルドマスターは心底嬉しそうにチヅルの船の船医に言った。
「思わね拾い物をしたわい。こりゃあ下手をすると南の大陸の全てを集めたものより価値あるお宝かもしれんて」