モンスターハンター ≪新世界≫   作:南波 四十一

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ギルドナイツ グエン

大陸各地を渡り歩いた男は、数年ぶりに立ち寄った港町のあまりの荒廃ぶりに眉をひそめた。

 海底大地震による大災害から4年。王都周辺部の復興は内乱の影響で遅々として進んでいないが、それにしても荒れ方が酷い。

 東シュレイド王国に属するこの港町は、立地のおかげで津波の被害がほとんどなく、そのため港の機能回復が早かったため、一時は復興の拠点として多くの物資と人材が流通して栄えた。不謹慎な商人が「こんなに儲かるなら、災害も悪くない」などと口にし、袋叩き遭う事件があったが、前歯を折る程度の被害で済んだため、当時は本人以外にとって笑い話の種になった。不謹慎な発言が、最終的には笑い話になる。それほどに活気に満ちた目覚ましい復興を遂げていた港町だった。

 本来ならば、王都の都市機能が麻痺していることを考えれば、商業の一大中心地として発展していただろう。だが、残念なことに、災害と内乱によって大量に発生した難民が流れ込み、折悪しく王都より赴任してきた都督が私腹を肥やすことにかまけて港の秩序維持、治安回復に努めなかった。そのため、港町のはずれにはとても家とは呼べないあばら家が建ち並び、スラムを形成して犯罪者の巣窟と化してしまった。

 もちろんそこには犯罪者たちばかりでなく、住む場所を失った老人や女子供も多く含まれており、安全とは無縁の世界で、恐怖にすくみながら暮らしていた。ある者は、絶望からただ死を待つだけのように無気力に暮らし、ある者は生き残るために、純粋だったはずの心をスラムに蔓延するどす黒い空気の色に染めていった。

 治安の悪化と、他の港町の遅れていた復興が進んだことで、安全を求めた商人たちが港町を離れ、富が集まり栄えていた港町には、すさんだ空気だけが残された。

 それでも、王都と辺境を繋ぐ幾本かの交易ルートが内乱の影響で事実上封鎖されているおかげで、王都との交易ルートが比較的安全なこの港町は完全に利用価値がなくなる訳ではなく、港町はどれほど荒れても閉鎖されず今日に至っている。

 事情を知った男は、大きくため息を吐いた。災害前の穏やかな港町を思い出したからだ。

 男はすっかり様変わりした港町を、不慣れな足取りで歩き回った。ハンターズギルドの出張所を探しているのだが、ついでに港町の新しい地形を頭に入れておきたかったからだ。

 荒廃しているとはいえ、露店が立ち並び、値段こそ高いが品数も豊富に揃えられている。一時の隆盛こそ失われて久しいが、それでも物資と人の流れはそれなりにあるようだ。治安、秩序が正常に機能していれば、活気に包まれていてもおかしくない。品物を見て回る客も、露店の店主の目にも猜疑の色が濃く、客引きの声も聞こえない、あるのは互いをなじる罵り合いの声ばかりであった。

 男は前方の人混みの中ら、ボロをまとった痩せこけた少年がすり抜けて来るのを視界の隅にとめた。周囲の露店には目もくれず、通りを歩く客をさりげなく観察している。きょろきょろと周囲を見回している男を見た少年は、スッと男に近付き、懐に手を伸ばしてきた。そこには男の財布がしまわれてある。

 懐に伸びた手を、男が掴もうとした瞬間、別の手が脇から伸びて捕まえた。

 手首を取られた少年が驚きに目を見開き、必死に掴んだ手を振り解こうとしたが、掴んでいる相手の正体に気づくと抵抗をやめ、気まり悪げにうつむいた。

 男はスリを働こうとした少年を捕らえた相手を見た。こちらも少しばかり年長なだけの子供だった。華奢な身体つきでフードを目深に被っているため男か女かわからない。

「おいで」

 声を聴く限り、どうやら少年のようだ。

 フードの少年はスリの少年の手を引くと、人混みの中へと紛れて行った。誰ともぶつからず、注意を引くこともなく人の間を流れていく。二人ともたいした身ごなしだ。

 好奇心に駆られた男は二人を見失わないうちに後を追った。先程までの不注意そうな挙動が一転、少年たち以上の身ごなしで人の間を縫って行く。

 通りの脇道を少し入ったところで、スリの少年がフードの少年に叱られていた。男は脇道の入口の影に身を潜めると気配を消した。

「スリはもうしないって約束したのを忘れちゃったのかい?」

 フードの少年は、目深に被っていたフードを後ろへ降ろしながらスリの少年に話しかけた。クセの強い濃い茶色の頭髪と顎の細い顔が現れる。ひどくこけた頬が栄養不足をうかがわせる。

「だって…」

 スリの少年は口を尖らせて抗議しようとする。

「ぼくの目を見て」

 斜めに視線を落として目を合わせようとしないスリの少年の肩に優しく手を置くと、フードを降ろした少年は片膝をつき、視線の高さを合わせて待った。

「…ごめんなさい」

 目を合わせた瞬間、スリの少年は謝った。自分を真っ直ぐ見つめる翡翠色の瞳に抵抗する術はなかった。

「リンにお腹一杯食べさせてあげたかったんだ」

「わかってる。ぼくの方こそ謝らないとね。食料の調達は僕たちの仕事だ。僕たちの働きが悪いばっかりに、リンやルッツにひもじい思いをさせてしまっている。本当にごめんね」

「謝らないで、カーシュ! オイラ知ってるよ。カーシュたちが自分たちの食べる分もオイラたちに分けてくれてるの! だから、自分で何とかしなきゃって思ったんだ!」

 言いながら、ルッツの腹が盛大に鳴る。

「ありがとう。その気持ちだけで十分だよ。さあ、これを食べな」

 そう言いながら、カーシュと呼ばれた少年は懐から一切れの干し肉を取り出し、ルッツに差し出した。干し肉を差し出されたルッツは慌てて両手を身体の後ろで組むと、激しく首を横に振って拒む。

「もらえないよ! カーシュこそ食べないと死んじゃうよ!」

 そこでもう一度ルッツの腹が鳴る。

「鳴るな! 鳴るな! オイラの腹め!」

 そう言って自分の腹を叩くルッツの手を、カーシュが優しく掴んで止める。そして、ルッツの手に干し肉を渡した。ルッツは先程から自分を見つめる翡翠色の瞳に浮かぶ、揺らぐことのないやさしさに観念して干し肉を受けっ取った。

「今日の分の食料、リンにあげたんだろ? 遠慮しなくていいから食べな」

 ルッツは干し肉に噛り付くと半分に引裂き、二つにした干し肉を片方カーシュに返した。

「カーシュも食べるなら、オイラも食べる! カーシュが食べないなら、オイラも食べない!」

「わかった。ぼくも食べるよ。二人で食べよう」

 そう言うとカーシュは先に干し肉を食べて見せた。それを見たルッツは安心して自分も干し肉を口にする。

「固いけどおいしい!」

「そうだね」

 二人は笑顔で干し肉を食べた。

「約束破ったのは悪かったけどさ、さっきのオッサンすごいトロそうで、絶対上手く行ったと思うんだよな~」

 ルッツが先程のスリの話をする。そんなルッツのおでこをカーシュが軽く小突く。

「気づかれてたよ」

「ウソッ!!」

「本当だよ。そうですよね?」

 カーシュは影に身を潜めていた男に声を掛けた。

 男が影から姿を現す。

 男の存在に気づいていなかったルッツが驚くのは当然なのだが、出てきた男を見てカーシュも驚いた。男が鼻水まで垂らして声もなく号泣していたからだ。

「お前ら大人を泣かせるんじゃねぇよ~。そしてオレはまだ20代のお兄さんだよ~」

 どうやらカーシュとルッツのやり取りに、こらえきれずに泣いてしまったらしい。涙腺のゆるさはおじさん並である。

 男は財布が入っている方の懐とは反対側の懐を探り、何やら取り出すとカーシュたちに差し出した。

 不意に男の肩に手が掛かる。

 虚を突かれた男が反射的に掛けられた手を取ろうとして動きを止めた。肩に手を掛けた人物とは別の誰かに、脇腹にナイフを押し当てられたからだ。

「うちの可愛い弟に何のようだ?」

 その声は美しかった。しかし、それ以上に揺るがぬ殺気がこもっていた。

 男の全身に冷汗が噴き出す。相手を刺激しないようにゆっくりと首だけを振り向けて声の主を見る。180㎝を超える男よりもさらに高い位置にある翡翠色の瞳と目が合う。

「その人は大丈夫だよ。姉さん」

 カーシュの言葉に、姉は疑わしそうに片方の眉を器用に釣り上げて男をにらむ。男はわざとらしい愛想笑いでそれに応えた。

「…ジュザ。もういいよ」

 自身も男の肩を放しながら、ナイフを脇腹に当てていた仲間に声を掛ける。

「本当に大丈夫なのか、カーシュ? な~んかこいつウソ臭いんだけど」

 解放されてホッとする間もなく、男はギクリとして振り向いた。カーシュとルッツの背後にいつの間に現れたのか、ひどく猫背なひょろ長い男が立っていた。

「君らとんでもないな。気配がまったくしなかったぞ。オレこれでも結構鋭い方なんだぜ」

「そうですね。でも、お兄さんも相当ですよね」

「まあ、それほどでもあるな。オレ、ハンターだからさ。気配が読める、消せるは出来て当たり前。出来なきゃモンスターのエサだからな」

「なるほど、それにしては人の目を上手に避ける術をよく心得ているみたいですね」

 カーシュの追及に、男は再びギクリとする。狩場でモンスター相手に気配を消す動きと、街中で気配を消す動きはまったく別物だからだ。

 狩場でモンスターから気取られないようにするには視覚、聴覚、嗅覚の網にかからないように立ち回ることが重要だが、これが人間相手となると、まず相手の意識に立ち入らないことが重要になる。極論すれば、対象人物の目の前にいても、相手に自分を意識させなければ、それは相手の認識から隠れたことになる。これは狩場で身につく技術ではない。人の群れの中でしか生かせず、人の群れの中でしか身につけられない裏の技術だ。

「ギルドナイツの方ですね?」

 男はもはや驚かなかった。代わりに降参の証に両手を上げて首を振った。

「御明察の通り、オレはギルドナイツの構成員だよ。見破られたのは初めてだぜ」

「ほかの街で出会っていたらわからなかったと思います。あなたの目にはこの港にいる人間にはない希望がありましたから」

 カーシュの言葉に男は苦笑いを浮かべて後頭部を叩いた。

「いや~、そこも含めて見破られちゃあダメなんだよな。本当は」

「カーシュ、ギルドナイツってなんだ?」

 カーシュの後ろにいた男が尋ねる。説明しようとするカーシュを遮って、男が口をはさむ。

「その辺は自己紹介がてらオレが説明しよう。まずオレの名前はグエン。ハンターズギルドに所属するイケメンギルドナイツの一人だ。歳は27歳。絶賛恋人募集中だ。ここまでで何か質問あるか?」

「イケメンギルドナイツなのになんで恋人がいないの?」

「…そ、それはだな…」

「性格か?」

「性格だ!」

「性格だな」

「性格が悪いんですか?」

 ルッツとカーシュ以外の3人が決めつけ、カーシュが確認する。

「違ーーう!! 性格は自分で言うのもなんだが、良い方だ! みんなオレのことをお人好しだと言ってくれる!」

「それ褒め言葉じゃないですよ」

「なに!! そうなのか!!」

「そうですけど、性格が良いのは伝わりました」

「そうか! 伝わったか! なんだか釈然としないが、伝わったのなら良しとしよう」

「浮気性か?」

「浮気性だ!」

「浮気性だな」

「浮気ばかりするんですか?」

「だあああああ!! さっきからなんだ! その連携攻撃は! 浮気はしない! されるけどオレはしない! モテない理由はオレにもわからない!」

「そうろ…」

「早漏でもない!! 断じてな!!!」

「ムキになるところが怪しい」

「ソウロウってなに?」

 ルッツが無邪気にカーシュに尋ねる。カーシュもよくわからないらしく、姉に尋ねてみる。

「それは…」

「子供にそんなこと教えなくていい!!」

 グエンが肩で息を切らしながらさえぎる。

 そんなグエンの姿を見て、カーシュとルッツ以外の3人が腹を抱えて大笑いする。

「カーシュ、確かにこいつは大丈夫だ」

 笑いながら姉が弟の言葉を認める。

「囲んじまって悪かったな。いまだに人さらいが後を絶たないもんだから、こっちも神経質になってたからさ」

 そう言って姉はグエンの背中に平手を入れた。思った以上の怪力にグエンの目が涙目になる。

「あたしの名前はハンナマリー。みんなはハンナって呼んでる。弟はカーシュナー。通称カーシュだ。カーシュの後ろにいるのがリドリーで、あんたの横にいるのが、ジュザ。一番ちっこいのがルッツだよ」

「オイラはちっこくないよ! ハンナが大き過ぎるんだよ!」

 小さいと言われたルッツが抗議する。それも無理はない。ハンナマリーは2メートル近い大女だからだ。

「さっきから手に持っているのは何なの?」

 ルッツが、先程グエンがカーシュとルッツの二人に渡そうとしたものについて尋ねる。

「これか? これは携帯食料って言って、味はいまいちなんだけど、栄養価が高くて腹持ちが良い、ハンターの狩りのお供なんだ! やるから食えよ!」

 そう言うとグエンはひとかけらちぎって自分の口に放り込んで見せた。毒見のつもりらしい。それを見たハンナは笑顔でカーシュとルッツに頷いた。

 携帯食料を一つずつ受け取ったカーシュとルッツは、恐る恐る口にする。

「美味しい!」

 ルッツが笑顔で声を上げ、カーシュも頷く。

「そうか? 無理しなくていいんだぞ?」

 グエン自身携帯食料はあまり好まず、表の狩猟の際には元気ドリンコやこんがり肉を持ち込むので、喜んで食べてくれる二人の姿が今一つピンと来ないのだ。

「喜んでくれたならまあいいか。ちょうど人数分あるから君たちもどうぞ!」

 グエンは懐からさらに4つ取り出すとハンナマリー、リドリー、ジュザの3人に手渡し、自分も一口かじった。

「おっ! 意外とイケるな!」

 一口かじったハンナも同様の感想を漏らす。

「気を使わなくていいぞ?」

「気なんか使ってねえよ。普段あたしらが口にしている物は生ごみと区別がつかないようなもんばかりだからな。腐ったりカビてないだけ上出来だよ」

 この一言に、グエンは再び号泣した。

「おっさんが泣くなよ」

 リドリーがグエンの隣りに行って肩を叩く。

「…おっさんじゃない。にいさんだ」

 グエンは泣きながらもしっかり訂正した。

「…話がそれちまったな。ハンターズギルドはわかるだろ? ギルドナイツってのは、要はギルドのルールを守らない連中に仕置きをするのが役目なんだよ。それに公式にはその存在が認められていないから、一般人はギルドナイツの名前さえ知らないはずなんだけど、カーシュ君はよく知っていたな!」

「ハンターズギルドに詳しいおじいさんに教えてもらいました」

「う~ん。そのおじいさんもおそらく元ギルド職員なんだろうけど、守秘義務守ってもらわないと困るな~」

「無理無理。カーシュと仲良くなって秘密を守れる奴なんていねえよ。にいさんだって話してるじゃんか」

 リドリーがグエンにツッコミを入れる。

「だから、にいさんじゃない! おじさんだ!」

「グエンさん。逆です」

 カーシュの指摘に、グエンは耳まで赤くなる。そんなグエンを見て、グエンを含めた全員が大笑いした。

「まあ、なんだ。依頼料を踏み倒そうとする貴族様や、ギルドを通さないで勝手にモンスターを狩猟するような密猟者たちをやっつけるために、カーシュ君には見抜かれちまったけど、裏の技術も持っているってわけよ」

「だが、油断し過ぎ」

 それまで一言も口をきいていなかったジュザが初めて口を開いた。

「君に言われると言い訳のしようもないな! オレの生殺与奪権握っていたの君だからな~」

「でも良い腕。反応良かった」

「そうか~? なんか嬉しいな~」

 照れてグエンが後頭部を叩く。どうやらクセらしい。

「今日はスゲェしゃべるな、ジュザ」

「これで!! けっこう片言だよ!!」

「ジュザは必要がないと滅多にしゃべらないから、これでも多い方なんだよ」

 ハンナマリーの説明に本人が頷く。

「そ、そうか、まあ、人それぞれだしな! それより、オレのこと話したんだし、君らのことを教えてくれよ。出来ればこの港町の裏事情とか。オレ海底大地震の大災害前の港町のことしか知らないから、噂話以上のことは知らないんだよ!」

 しょうがないな、と言いつつ、ハンナが大災害以降の港町の裏事情をグエンに説明し始めた。

 

 まず始めに、ここにいる全員が4年前に難民としてこの港町に流れ着いたことを話した。

 当時は多くの船が物資の運搬で出入りし、表向きは華やかに栄えていたのだが、裏では船乗り相手に一儲けしようと、酌婦や娼婦に使うために、難民の中から多くの女子供がさらわれていた。港町の監督を任されている都督府に訴え出たが、娼婦街を取り仕切る組織から多額の賄賂を受け取っていた役人たちはまともに取り合おうとはせず、逆に訴え出た家族たちを不法居住者として捕らえ、港町から追放してしまった。

 都督府があてにならないため、男たちは妻を、娘を取り戻すために娼婦街に殴り込みをかけた。しかしそこにはハンター崩れの用心棒たちが巨大な武器を片手に待ちかまえていた。手には石や棒切れしか持たない男たちが用心棒に敵う訳もなく、ひどい手傷を負わされ、殴り込みを指揮したリーダー格の男たちが家族の目の前で処刑された。そのうえ死体は無残に切り刻まれ、見せしめにスラム街の入口に投げ捨てられた。夫や父を殺された女たちは悲嘆にくれ、食事もとらなくなって衰弱した。すると、組織はさらった女たちへの見せしめに、絶望に打ち沈んだ女たちを拷問にかけてその悲鳴を他の女たちにさんざんに聞かせてから殺した。稼げない者には容赦はしないという意味だ。

 いくら多額の賄賂を積まれているとはいえ、死人まで出ては都督府も黙認は出来ない。それは、道徳的理由からではなく、力関係の逆転を許さないためだ。あくまでも都督の目こぼしの範囲でということである。しかし、処刑そのものは港町の中ではなく、スラム内で行われた。都督府はスラムを港町の一部と認めていない。以前に誘拐被害を訴え出た難民家族を不法居住者として処罰する際に、公式にスラム及びその住民は、都督府の治安対象外としていた。そのため、リーダー格の男たちの処刑も、港町の住民に対する不法居住者からの暴力行為に対する正当防衛として処理され、娼婦街を取り仕切る組織はなんの咎めも受けなかった。女たちへの拷問は当然都督府の耳には入らない。

 それからは、誘拐や暴行が昼間から公然と行われるようになり、スラムに身を寄せる弱い人々は、恐怖に震える日々を送った。

 ハンナマリーとカーシュナーも、この時人さらいに誘拐されそうになったことがある。ハンナマリーも今でこそ2メートル近い男顔負けの体格をしているが、当時は年相応の体格と力しか持ち合わせていなっかた。カーシュナーに至っては、まだ7歳の小さな子供だった。

 人さらいたちに追い回され、スラムの奥に追い詰められた時、二人を助けたのがリドリーとジュザの二人だった。二人は処刑されたリーダー格の男たちの子供だった。

 助けたといっても、相手は武装した大人である。ハンター崩れの用心棒程の実力はないが、子供が敵う相手ではない。助けに入ったものの、リドリーは頬から顎にかけてザックリと切り裂かれ、ジュザは全身数カ所に切り傷を作っていた。

 暴力に酔った人さらいたちがリドリーとジュザにとどめを刺そうとした瞬間、二人の前にカーシュナーが飛び出し、小さな身体で立ち塞がった。

 苛立った人さらいの一人が容赦なくカーシュナーを殴り飛ばす。

 それまで暴力の恐怖に怯えていたハンナマリーの中で闘争の本能が弾け、眠っていた力を呼び覚ました。それは、一般人ではけして振るいえない、身の丈ほどもある巨大な剣を振るうハンターだけが持つ、根底からの力だった。

 そこからは刹那の出来事だった。3人いた人さらいたちは、足元にあった石を手にしたハンナマリーに一瞬で詰め寄られ、何が起きたのかもわからない内に、二人が顔面を殴り潰されて即死し、残る一人は慌ててハンナマリー目掛けて山刀を振り下ろしたが、山刀を持つ手をカウンターで殴りつけられ、指をへし折られた手からこぼれ落ちた山刀を脳天に叩きつけられて死んだ。

 ハンナマリーは血まみれの石を投げ捨てると、倒れたままのカーシュナーに駆け寄った。幸いハンナマリーが助け起こす前に自力で立ち上がり、ハンナマリーを安心させた。カーシュナーも頭に大きなコブを作った程度で済んでいた。普通なら大泣きしてもおかしくないところだが、カーシュナーは心配する姉を押し退けると、傷ついたリドリーとジュザのもとへ行き、二人に礼を言った。ハンナマリーも慌てて二人に礼を言う。

 そこからはカーシュナーが活躍する番だった。カーシュナーはハンナマリーに二人の面倒を頼むと、自分は難民の中で信頼のおける人たちの間を回り、人手をかき集めると、事件の隠ぺいをはかった。大人しいと思われていた性格は不動の冷静さであり、その聡明な頭脳は、組織の人間に手を掛けたことが発覚すれば、自分たちばかりでなく、見せしめの報復がスラム全体に及ぶと予測していた。

 幼くして多くのむごい現実を見せられて来たカーシュナーに、現実は子供でいることを許さなかった。力なき者が生き残りたければ、思考を働かせる以外に術はないのだ。そしてカーシュナーは聡明な頭脳と、人を見抜く目を持っていた。

 集められた人々は、一目見てその場の状況を理解した。カーシュナーがそれぞれの適正に合わせ作業を割り振る。ここに集まった人々は、漠然とではあるが、カーシュナーの聡明さに気づいていたが、それはあくまで子供の範ちゅうであって、まさか大人をしのぐほどとは思っていなかった。

 カーシュナーの指示で死体がかたずけられ、現場が整理される。ほどなくして、血なまぐさかった現場は、ゴミや汚物などの集積所と化していた。

 後日組織が戻らない3人を不審に思い、仮に捜索に来たとしても、ここで組織の人間が殺害されたことも、現場がここだったということも突き止めることは出来ないだろう。

 完璧な隠ぺい工作に満足した参加者たちは、抑圧され続ける日々の中で積りに積もった憎しみを吐き出し、小さな復讐の満足感に満たされつつ、しかし表面には1ミリも出さずにそれぞれの居場所に戻って行った。どんな些細な油断も弱者である自分たちには許されないのだ。

 それから、ハンナマリー、カーシュナー、リドリー、ジュザの4人はともに行動するようになる。闘争本能に目覚めたハンナマリーは恐るべき早さで強さを身につけ、それに引っ張られて、リドリー、ジュザも実力をつけて行った。戦闘力ではさすがにまだ幼いカーシュナーは他の3人にはとても及ばないが、その卓越した頭脳と人を見抜く目でスラムの武装組織化を進めて行った。

 スラムに潜り込んだ組織のスパイは一人残らずカーシュナーに看破され、人知れず闇に葬られた。幾人かの行方不明者を出し、組織に不気味な不安を与えつつも決定的な証拠を握らせないうちに、カーシュナーたちは組織に対抗できるだけの力を蓄えていった。

 これには港町の衰退もカーシュナーたちに有利に働いた。資金源である船乗りたちの減少で、娼婦街のあがりは激減し、都督府へばらまいていた賄賂の工面も苦しくなっていった。上納金のつり上げが行われ、それが結果として反発と内部分裂を呼び、組織力は縮小していった。

 苛立ちと不満のはけ口に、スラムの住民をいたぶりに来たハンター崩れの男たちが、ハンナマリーたちによって捕らえられた。そして、その日の内に組織の実力者の幾人かが誘拐された。それらは全て、リドリーとジュザの家族の処刑と拷問に関わった者たちだった。復讐は果たされた。

 組織の実力者たちを全て排除しなかったのはカーシュナーの指示によるものだった。対抗するだけの力を身につけたとは言っても、それは圧倒するほどの力ではない。せっかく内部分裂を始めているのに、共通の敵となって団結させてやる必要はない。下手をすれば都督軍が介入してくる可能性もある。カーシュナーたちは、都督府に対しても、組織に対する憎しみと変わらないだけの憎悪を持っていた。組織に対抗して、都督府の懐柔など行うつもりはない。真っ向から対立するにはまだ早すぎた。それに、カーシュナーたちが空席にしてやった地位をめぐってより細かく派閥を分裂させてやれば、組織力は減少するからだ。後は待てばよい。

 カーシュナーの予測通り内部抗争の結果、組織内の少数派は淘汰され、組織が一本化された時にはカーシュナーたち反抗武装グループは組織を上回るだけの力を身につけていた。

 娼婦街に囚われていた女たちの解放が、話し合いによって行われた。もっとも、無条件解放というわけではない。たとえそれが強制によるものであっても、生活の安定であったことに変わりはない。本心から望んでいなくても、娼婦街を離れてスラムに行って、明日の生活が保障されるわけではない。離れたくとも離れられないという現実があるのだ。

 そこを踏まえて、解放を望むものだけに限り、娼婦街を抜けるという条件のもと、話し合いが行われた。かつてのように、暴力による鎖はない。それを上回る力でカーシュナーたちが鎖を断ち切ったからだ。ハンナマリーは女たち全員が解放を望むと考えていたが、そうはならなかった。半数以上の女たちが残ることを選択したのだ。

 これにより、解放された女たちは家族のもとへ帰った。残った女たちはその大半がいわゆる売れっ子であるため、組織は女たちが組織を離れないようにするために女たちの待遇を改善した。また、客足の減少により人気のない女たちを持て余していた組織もいい厄介払いが出来たとして、不満はなかった。誰も大きな損をしない形に納めたのだ。ただ、圧倒的支配権を失ったことに対する組織の怒りは残ったが…。

 完全武闘派に転向したハンナマリーなどはしばらくの間、「あんな連中根絶やしにしてやればよかったんだ!」と、文句を言っていたが、カーシュナーに「これ以上を手に入れようといたら、自分を守れない弱い人たちが犠牲になる」と、諭されて嫌々ながら自分を抑えていた。

 それからしばらくは、貧しいながらも平穏が続いた。しかし、内乱の激化に伴い、さらに難民が流れ込み、難民だけでなく、王国軍の脱走兵や犯罪者たちも多く流れ込んで来た。

 その中のある一人の男が、脱走兵や犯罪者、組織の派閥争いに敗れて身を潜めていた者たちを短期間の内にまとめ上げ、一大組織を作りあげた。

 カーシュナーたちも手をこまねいて放置していた訳ではないのだが、その勢いはカーシュナーの予測を大きく上回り、男のカリスマ性もあって、組織化を阻む前に一つの勢力として確立してしまった。

 娼婦街をまとめ上げていた組織が都督府との対立を避けたのに対し、新たに台頭してきた組織は都督府を意に介さなかった。それどころか、ハンターズギルドからの救援物資や王都への補給物資などを搭載した商船を襲い、積荷を強奪、横流しし、公然と反意を示したのである。

 当然都督府はこの海賊行為に対して兵を上げた。しかし、内通者がいるらしく、何度かアジトを襲撃するも港町の外に逃げられた後で空振りに終わり、捕らえることは出来なかった。

 その後も海賊組織と都督軍のイタチごっこは続き、逃げ回るばかりの海賊組織に対して兵士たちの中に油断が生じた。元々勤勉さとは程遠い兵士たちであったため、出兵する兵士たちも、都督府の守備に残る兵士たちも、真剣に職務を遂行する気がなっかた。その根底には、あくまでも自分たちが支配する側であるという大きな驕りがあったからだ。

 何度目かの真剣みにかける出兵が行われ、都督府はそれまでの油断のつけを利息付きで支払わされることになった。

 守りの手薄になった都督府に逆に攻め込まれたのである。この時驚いたことに、都督府を取り囲む城壁の上には新人の兵士がただ一人見張りに立っているのみで、残りの兵士は新人に仕事を押し付けて詰め所で賭けごとに興じていた。

 たった一人しかいない見張りの死角をつくことなど造作もなく、新人の兵士が異変に気がついた時には城壁を乗り越えた賊に城門を内側から開けられ、武器とたいまつをを掲げた敵が雪崩を打って攻め込んでくるのを、城壁の上からなすすべなく見守ることしか出来なかった。

 襲撃はあっという間だった。兵士の詰め所が襲われ、中で賭けごとに興じていた兵士たちが、人生の賭けに、自分たちの命を支払わされた。

 奇襲に成功したとはいえ、出兵した兵士たちが戻ってくれば数で劣る賊たちは優位を逆転されてしまう。賊たちは手にしたたいまつで各所に火を放ち、混乱と炎と煙を味方に暴れるだけ暴れると素早く撤収していった。

 襲撃に対して何の対処もせず、隠し通路から避難していた都督は、事態の沈静後、都督府に戻って愕然とした。

 地下にあった宝物庫が破られ、すっかり持ち去られていたからだ。それでいて火災の被害こそ甚大であったが、人的な被害は軽微で、詰め所にいた兵士と宝物庫の警備についていた兵士以外の死者は僅か5人に留まった。

 襲撃の規模を考えればその10倍の死者が出てもおかしくない状況であったが、都督府に勤める一般の役人たちの保護、避難誘導を指揮した一人の部隊長の活躍により、被害は最小限に抑えられた。本来ならば称えられるべき功績であったが、宝物庫を破られて怒り狂っていた都督は、この部隊長の行動を、海賊組織の襲撃に対する守備を放棄し、一般役人と共に逃亡したとして降格処分にしてしまったのである。

 部隊長から一兵士へと降格させられた元部隊長は、怒りを通り越して呆れはて、元部隊長の活躍で命拾いした役人たちの方が、自分たちの命よりも宝物庫の守備こそ重要であると言い捨てた都督に対して激しい怒りを覚えていた。

 このことには実は裏があった。降格された元部隊長と同格の部隊長が、自身の部隊の敵前逃亡を隠匿するために、都督に元部隊長の行動を、保護、避難に見せかけた敵前逃亡ではないかと訴えたのだ。怒りのはけ口を求めていた都督はつまらない流言にまんまとのせられ、その結果有能な人材を失ったのである。

 また、宝物庫を破った賊の手並みのあまりの見事さに、都督は内部の者の手引きによるものではないかと疑った。その疑惑は事実であったが、買収され、賊の手引きを行った裏切り者の宝物庫の守備兵はもうすでにこの世にいないため、真相を究明することはかなわず、都督の中で疑心だけが肥大化していった。

 都督にとって幸いだったのは、彼の個人資産はまったくの無傷であったことくらいであろう。これ以降疑心に縛られた都督は都督府を空けることが出来なくなり、守備を固めて海賊組織の討伐には一度も出兵せず、港町に少数の兵士を型だけの巡回に回らせるだけになった。

 港町は、薄汚れた権力による支配から、単純な暴力へと支配権をゆずったのであった。

 都督軍を退けた海賊組織は、ここで商船を襲う海賊行為をやめた。何故なら、商船の武装化もあったが、都督軍を誘い出すために立てた作戦の一つとして商船を襲撃していたにすぎないからだ。

 首領の目的は港町ではなく、港の機能の支配権だった。そのため、首領は商船に対し、通行料などは一切求めなかった。普通海賊は海賊行為を行わない代償として、金品を納めさせる。商人も全てを失うリスクを背負ってまで海賊と争うことはせず、通行料と思って金品を納める。しかし首領はそれをしなかった。ではどうやって自分たちの利益を上げたかというと、密輸である。ちなみに他の商人たちから通行料を取らなかったのは、彼らを隠れ蓑にする目的があるからだ。なまじ欲をかいて通行料を納めさせ、結果商人たちが他の港に拠点を移して密輸が行えなくなったら元も子もなくなってしまう。

 東西シュレイド王国では、共通して国内への持ち込みを禁止している物がある。それらの品々を息のかかった商人に運ばせ、独自のルートで都督府の関所をかいくぐり、国内へ運び込んで売りさばくのだ。

 海底大地震による大災害以前でさえ、禁制品であったため流通量は少なく、一部の富裕層の間にだけ出回っていたものが、内乱で国内の多くの通商路が遮断されたおかげで国内に新たに持ち込まれることはなくなってしまった。

 そのため流通価格は10倍をはるかに超え、しばらくの間は少ないながらも備蓄分がさばかれていたがついに底を尽き、東西シュレイド王国内では入手不可能な状態になった。

 そこに目をつけたのが海賊組織の首領で、港を支配して以降禁制品や武器の密輸、食料品の横流しで瞬く間に財を築き上げていった。

 禁制品は貴族や豪商に売りさばき、武器と食料は反乱軍に流して国内の混乱を助長した。首領は世の中を混沌とさせることにより、さらに勢力を伸ばしていった。

 始めの内、カーシュナーたちと海賊組織が衝突することはなかった。首領にとってスラムの住人など、大災害後の混乱を支配して成り上がる途上に転がる石ころでしかなかったからだ。

 しかし、首領が切り開いた道を後からついていくだけの小物たちには気に障る存在だった。

 都督府の襲撃に成功し、都督軍が守備のために都督府にこもるようになってからは港に都督軍の兵士がほとんど姿を見せなくなった。それまで首領の命令もあり、港での派手な行動を控えていた手下たちが大きな顔をして理不尽な振る舞いをするようになった。

 組織の勢力拡大が増長を生み、抑止力であった都督軍の圧力がなくなったいま、愚かな無頼漢どものとる行動は、快楽としての暴力であった。

 スラムは都督軍にとって治安保護対象外である。かつてはそれを理由に娼婦街組織が恐怖で支配していたが、カーシュナーたちの力により、娼婦街組織のならず者たちが撃退され、スラムはカーシュナーたち住人のものになった。だが、自分たちは都督府の犬だった組織の用心棒たちとは違い、力で都督軍をねじ伏せたこの港町の真の支配者である。その自分たちの下にもつかず、生意気に自治を主張する難民どもに本当の支配者が誰なのか教えてやろうと、ヒマを持て余していた海賊組織のならず者どもがスラムに押しかけてきた。

 油断というにはあまりにも不運であった。海賊組織の横流しの影響で、ハンターズギルドからの援助物資がほとんど入らなくなってしまったため、カーシュナーたちは港町の外でハンターまがいの食料調達を行っていたのだが、ならず者たちが思いつきでスラムを襲撃した時、主力であるカーシュナーたちは食料調達のためにスラムを離れていたのだ。

 スラムの守りについていた者たちは、女子供や老人たちを逃がすことを優先しつつ、スラムの奥へと後退しながら上手く守っていた。だが、主力のカーシュナーたちを欠く状況では撃退することはかなわなかった。

 逃げ遅れた者たちがならず者たちに捕まり、子供と老人はわざと逃がしてそれを追い回していたぶり殺し、女たちは散々嬲り者にされた挙句殺された。その者たちの中には、娼婦街の組織からようやく解放され、貧しいながらもやっと家族共に暮らせるようになった女たちが大勢いた。ルッツの母親もその一人だった。

 殺戮には飽き足りないが、思いつきで攻め込んで来たならず者たちは糧食などの準備は一切せずに攻め込んできていた。暴れるだけ暴れたならず者たちは腹が減り、体力が尽きかけてきたので反撃を受ける前に引き上げていった。

「次の遠足にはみんなおやつを持参すること!」

「おやつはいくらまでですか?」

「300ゼニーまでです!」 

 殺戮に酔ったならず者たちは引き揚げながら低レベルで悪質な冗談を口にし、馬鹿笑いしながら血に汚れた武器をぶら下げて去って行った。  

 翌日食料採取から戻ったカーシュナーたちは、スラムの惨状と状況報告を受けた。カーシュナーは自分の胸に飛び込み泣き続けるルッツとリンの二人を抱きしめながら両目に冷たい光をたたえて思考を廻らした。

 血気にはやり復讐を叫ぶ者は少ない。それは襲撃に打ちのめされて心が挫けてしまったからではない。現実の戦力比をあやまたずに把握し、不利な状況下でも必殺の復讐を果たす覚悟でいるからだ。大兵力をもって一時に正面から打ち破るような戦いは出来ない。自分たちに出来る戦い方で、どれだけの時間を掛けようとも、流された血の代償を払わせるのだ。

 カーシュナーはまず、かねてから行っていたスラムの迷路化を急ぎ、各所にトラップをしかけ、守りを固めた。女子供と老人たちをスラムの奥に移し、最悪の場合も想定して、港町の外へ一時的に避難できる場所とルートを作った。そこはもはや人間の領域ではなく、モンスターの領域になるのでかなりの危険を覚悟しなくてはならない。

 元々完成間近だったこれらの作業は、再度の襲撃に備え、生き残った者全てが総出で作業を行い、僅か2日で完了させた。

 夜を徹しての作業に疲労困憊している女子供と老人たちを守るために、カーシュナーたちを含めた少数の精鋭以外の全員を守備に残し、ついに復讐が始まった。

 最初の一撃でどれだけの戦力を削げるかが今後の戦い方の鍵になる。守備は固めた。組織立った攻撃でない限り突破される心配はない。敵に打撃を与え、かつ組織立った反撃をさせないようにする必要がある。

 では、どうするのか?  

 頭を潰すのである。

 海賊組織の強みは、ひとえに首領の能力の高さとカリスマ性による統率力に他ならない。その統率も、皮肉なことに都督軍を退けたことでゆるみ始めた。でなければ、配下のならず者どもが暴走し、スラムを襲うことはなかっただろう。

 これまで首領の居場所は謎に包まれていた。日ごとに居場所を変え、場合によっては1日の内に数回も居場所を変える徹底ぶりだった。その慎重さゆえに娼婦街の組織とカーシュナーたちの組織に阻まれる前に海賊組織を立ち上げることに成功し、都督軍を出し抜いて宝物庫を破り、今もって捕らわれることもなく組織を運営している。

 潰すにしてもまずその頭を見つけることが困難な相手だった。

 カーシュナー以外にとっては…。

 これまではガードが固く、首領を見つけ出して排除するためには多くの仲間を危険にさらす必要があったため、カーシュナーは首領とその組織の活動を放置してきた。その活動目的がカーシュナーたちに対して大きな害にはならなかったのも放置してきた理由の一つだ。おそらくカーシュナーたちのスラムが襲撃された今でも、首領はカーシュナーたちにはなんの興味もないはずだ。それどころか、襲撃の事実すら耳に入っていないだろう。カーシュナーたちの報復に備えた動きがまるで見られないことが何よりの証拠だ。

 仲間たちが首領を見つけ出すための案を出す中、カーシュナーは何気なく港町の中を歩き回り、たったそれだけで首領の居場所を突き止めてみせた。

 誰もが呆気に取られた。その顔すら知られていない首領の居場所を、1時間ほど港を歩き回っただけで見つけ出して見せたのだから当然である。首領の顔を知る者は海賊組織の幹部の中でもごく一部の者に限られている。カーシュナーたちはもちろん、娼婦街の組織も都督軍も突き止められなかった極秘事項だ。首に『首領です』とネームプレートでも下げていてもらわなければ目の前にいてもわからないはずなのだが、カーシュナーの目は、首領が身を潜めるために幾重にも巻きつけた慎重さをいとも容易く看破してしまったのである。

 そしてカーシュナーたちは音もなく忍び寄り、僅かな護衛と首領を、短いが激しい戦いの末に討ち取ってみせた。本来なら敵の総大将の首級を上げたのだからおおいに誇示すべきである。海賊組織に与える精神的打撃は計り知れないものがあるはずだ。しかし、カーシュナーは首領の死を隠した。それは海賊組織を壊滅し、都督軍と娼婦街の組織を含めた港町全体の歪みを根底から覆すためだった。

 それがほんの一月ほど前の出来事である。

 

 話をここまで聞いて、グエンはぽかんと口を開けてカーシュナーを見つめた。ハンナマリーたちも、いま会ったばかりのよそ者に隠さず全て話してしまったカーシュナーを驚いて見つめる。

「…オレ、ここまで聞いて良かったのか?」

 話を聞きたがったグエンが、逆にハンナマリーたちに聞き返す。

「あたしも、まさかここまであんたに話すとは思わなかったよ」

 答えるハンナマリーも戸惑い顔だ。

「消すつもりか、カーシュナー?」

 ジュザが細い眉をしかめて尋ねると、この発言にグエンがぎょっとする。

「やめてよ、ジュザ。すぐにそういう発想に行きつくのはジュザの悪い癖だよ」

 カーシュナーに笑顔で指摘されて、ジュザは額をぽりぽりと掻いた。

「じゃあ、どういうつもりなんだよ!」

 ハンナマリーが焦れて苛立つ。

「グエンさんがこの港町の歪みを一掃する切り札になるんだよ」

 驚きと、それ以上に疑わしげな視線がグエンに集中する。

「…まいったな。君はいったいどこまでお見通しなんだ?」

「全部だよ!」

 グエンの問いかけに、ルッツが答える。そこにはなんの根拠もない。ただ大好きなカーシュナーの凄さを自慢したくて発しただけの言葉であったが、誰もがその言葉に素直に頷いた。

 カーシュナーはルッツに茶目っ気のあるウインクをしてみせた。

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