「カーシュナー君。聞きたいんだけどさ。どうやって首領の居場所を見つけたんだい?」
グエンはハンターズギルドの出張所へ案内してもらいながら、細かい内容を省かれた首領発見の経緯を尋ねた。問われたカーシュナーがこんがり肉を上手に焼き上げるコツを話すような軽い感じで説明する。
「首領の統制が緩んだことで、海賊組織の構成員たちが港町の中で横柄な振る舞いをするようになったからです」
「うん。そうか。なるほど。それだけじゃオレにはわかんないな」
グエンの受け答えにカーシュナーが笑う。
「それだけで誰が構成員なのかわかるようになります。それから今度は構成員内の上下関係を観察します。上下関係がわかれば情報の流れ方を追うことが出来るようになり、最終的に首領のもとへとたどり着けるんです」
「簡単に言うな~。それが出来ればとっくに都督軍が探し出してるよ~」
「わかるようになったのは最近なんですよ。今まではしっかりと統制がとれていて、居場所を探ろうと思ったら、かなり危ない橋を渡らなければいけませんでしたから。それに、これまで他の組織から潜り込んで無事に帰ってきたスパイは一人もいませんでしたからね」
「マジで?」
「見せしめにさらすようなまねはしませんけど、消されたことがわかるだけの痕跡は残していましたから」
「そっちの方が怖いな」
「そうですね。人一人、時には複数の人間が、いつ、どこで、どうやって消されたのかまったく分からない。でも、消されたことだけははっきりとわかるわけですからね。都督軍の密偵たちは、組織としての実力の違いを見せつけられたと思いますよ」
グエンは眉間にしわを寄せて考え込む。カーシュナーの言葉は、とても幼い少年のものではない。多くの修羅場をくぐった男の言葉だ。いったいどれほどの苦汁をなめてきたのか。先程聞かされた話だけではないはずだ。
ギルドナイツの彼は、命を懸けて巨大なモンスターたちとしのぎを削るハンターたちはもとより、ハンター崩れのならず者たちすら見たことのない、人間の深い闇を知っている。それでも海底大地震以降の世界に重く溜まった人間の闇は、グエンの想像を上回って苦痛に満ちていた。彼がこれまでに目にしてきた闇は、薄汚く淀み、腐敗臭を放っていたが、狂気を纏ってはいなかった。
辺境を回ることが多かったグエンは、辺境に住む人々が、生態系の頂点に君臨する存在を、常に意識して暮らしていることを知っている。ハンターのように直接対峙することはなくとも、モンスターが持つ圧倒的強さと恐怖を彼らは絶対に忘れない。それは善人も悪人も同じだ。強大なモンスターの前では人間個人の意思など、それが善意であれ悪意であれ、一飲みにされてしまう。
人間を上回る存在と隣り合いながら生きているせいか、辺境での悪事は少ない。人間同士で争っている余裕などないからかもしれない。それでもまったく犯罪が起こらない訳ではなく、この港町と同じように窃盗や強盗もあれば、殺人も起こる。しかしそのどれもが突発的な理由から起こることが多く、辺境の都市や村々で起こる殺人の大半が、ケンカの際打ち所が悪くて死亡してしまったケースがほとんどで、始めから明確な殺意を持って起こる殺人はほぼない。これは辺境の都市、それと繋がる村々を指導する竜人族のおかげと言えるだろう。
その証拠に、竜人族の管理するハンターズギルドに所属するハンターたちは、小型のモンスターなら一振りで葬り去るほどの威力を持つ武器を手にしていながら、それを他者に向けるようなまねはしない。新人ハンターであろうが、G級ハンターであろうが、その矜持にかわりはない。
王国同様辺境地域も海底大地震の被害を受けている。人的、物理的被害が大きすぎて復興を諦めなくてはならない村が数多く存在する。当然港町と同様故郷を失った難民たちが大災害をくぐり抜けた都市や村に流れ着いたが、彼らはみな温かく迎えられ、少ない食料を分け合い、自分の飢えを満たすために他者に犠牲を強いるようなまねは幼子でもしなかった。ハンターでなくとも、それが人としての矜持だからだろう。
圧倒的存在であるモンスターはなく、より良く導いてくれる竜人族もいない。人間がただ人間のみで生きている場所にのみ狂気が溜まっていく。
人間の闇の中で、闇を纏って生きるカーシュナーを見て、グエンは無性に悔しかった。
カーシュナーは光だ。闇の空で孤独な星のように微かに瞬くような、そんな小さな存在ではない。
晴れ渡った青空で、人々を温かく照らす太陽になるべき存在だ。
「カーシュナー君。仮に君にこの港町を支配するだけの力があったとしても、君はここを出て行くべきだ」
グエンの言葉をカーシュナーは黙って受け止める。
「ここに溜まる狂気は君がどれほど正しくあり続けようとしても、いつか君を狂わすはずだ」
言葉以上に真摯なグエンの眼差しを受けて、カーシュナーはにっこりと笑った。
裏の組織と戦い、多くの理不尽と暴力の中をくぐり抜けて来たとはとても思えない澄み切った笑顔を見て、グエンは気づいた。自分もハンナマリーやリドリー、ジュザたち同様、カーシュナーに魅了されてしまったことに。
ハンターズギルドの出張所には、不機嫌さを隠そうともしない男が、受付カウンターの奥で椅子に浅く腰掛けてだらしなく座っていた。グエンの方を見ようともしない。
「補給品がないってどういうことだ!」
グエンが声を荒げても、男は小揺るぎもしない。
「口の利き方に気をつけろよ、若いの。この港町じゃあよそ者の一人や二人すぐにいなくなっちまうんだぜ」
ギルドナイツを名乗れないグエンは、身分を明かす際、男に対してギルドの職員と名乗っていた。ルッツが見誤ったように、グエンは顔こそ少し濃い目の男前だが、全体の雰囲気は隙だらけに見える。そのため出張所を管理している男になめられているのだ。
この港町にあるハンターズギルドの出張所はかなり特殊で、辺境の小村などに設けられる本来の出張所とは異なり、ハンターズギルドの管轄下にありながら、そこに勤める職員は王国から派遣された者が業務を行っている。これは王国がハンターズギルドの自治を辺境に限定して認めているためで、王国内にハンターズギルドの施設を設けることは認められていない。この港町も王国領であるため本来ならば出張所は置けないのだが、ハンターに対する依頼が王国内から出されることがあるため、この港町のように辺境との境近くにある町や村には特例として出張所を設置することが許可されている。ただし、それはあくまで王国主導のもとで行われるものとし、業務に当たる者は王国の任命を受けた者に限られていた。
人心が王家ではなく、高度な技術と高い知性を有する竜人族に傾くことを嫌った支配者たちの醜い都合による結果と言えるだろう。
グエンの目の前でふんぞり返っている男は、ハンターズギルドから給料を受け取り、ハンターズギルドに所属しているが、中身は王国役人なのである。
カーシュナーから男の人となりは聞いていた。元来は生真面目で勤勉な性格であり、海底大地震直後は復興に貢献しようと懸命に働いていたらしい。ハンターズギルドからの信頼も厚く、王国との潤滑油的役割を果たしていた。しかし、海賊組織がこの港町で力を得て以後は、まず家族を人質に取られ、やむなく従うと、今度は多額の報酬を受け取ることが出来た。強烈なアメと鞭、そして時代が撒き散らす狂気が男の心を狂わせるのにさしたる時間は必要なかった。
かつてはハンターズギルドに欠くことの出来なかった男が、いまではけして好きになることは出来そうもない男に成り果ててしまった姿を見て、グエンは改めてこの港町に淀む狂気に恐怖した。
そんな内心はかけらも表には出さず、グエンは単なるハンターズギルドの職員を演じて問い詰めた。
「仮にオレがいなくなれば、ギルド本部が調査に動くだろうね。補給品も消えているとなれば、なおのことね」
男は舌打ちすると、ようやくグエンの方に顔を向けた。
「とにかく、ないものはないんだよ!」
「ないで済むか! どう責任取るつもりだ!」
「さあな、とりあえず本部に帰ってお前が聞いて来い! もっともオレはギルドのルールじゃ処分出来ねえけどな!」
男は王国から派遣されてギルドの仕事を行っているため、ギルドが男を解雇しようと思ったら、王国に解雇理由を提出し、王国の審査で妥当と判断されない限り、解雇することはできない。まして今回のように損害が発生している場合の被害請求は、王国が男の賠償責任を認めない限り請求できない。これはギルドとの関係で主導権を握りたい王国の思惑によって取り決められた理不尽なルールだった。
グエンは怒りに顔を真っ赤に染めるときびすを返し、出張所の扉を力任せに叩きつけて後にした。出張所の中から男の罵声が通りに響く。たいした大声だ。
通りに出たグエンの形相を見て、近くにいた人たちが道をあける。しかし、グエンの怒りはあくまで演技で、内心は見た目とは違い、少々ムカついている程度だった。
「探るまでもなかったな。あっさり脅迫してきやがった。あれじゃあ自分から海賊組織と繋がっていますって言っているようなもんだ」
カーシュナーから情報は得ていたが、立場上鵜呑みにするわけにはいかない。そこでグエンは確認のため、出張所の男に探りを入れていたのだ。もっとも、入って1分とたたずに確認出来てしまった。
視界の隅に入るぎりぎりの場所でルッツが合図を送って寄越す。プロの密偵顔負けの位置取りだ。
合図を送るとルッツは脇道に消えて行った。グエンはしばらく怒った振りをして、出張所を訪れた男が怒って帰って行った印象を周囲に植え付けると徐々に気配を消し、引き返すとルッツが消えて行った脇道に入った。
カーシュナーとルッツ、そして二人の護衛役のジュザが待っていた。
「おじさんって本当はすごい人だったんだね」
グエンの周囲を騙す技術を見ていたルッツが驚きに目を見開きながら感心する。
「お兄さんな! まあ、あのくらいは出来て当然だ」
おじさん呼ばわりをめげずに訂正しつつ、グエンは答えた。
「あの隙だらけな感じが本当にすごいよ! 何も考えないで生きてるみたいだもん!」
「お、おう。そうだろ! ああやって相手を油断させるんだよ!」
怒ったこと以外はまったく演技していなかったグエンは、少しうろたえながら胸を反らす。
「あれは、素」
ジュザがグエンのウソを指摘する。その脇腹をカーシュナーが肘で突いて黙らせる。
幼い少年の尊敬の眼差しと、気遣いの両方を受けていたたまれなくなったグエンは、後頭部を叩きながら話を逸らした。
「それより何か話があるんだろ?」
「話逸らした」
再度カーシュナーがジュザの脇腹を小突く。
「確認は出来たみたいですね」
「ここまで聞こえて来ただろ?」
「ええ、もはや隠す気もないみたいですね」
「どうして首領がいないのに海賊組織は機能しているんだ? 本当に死んでいるのか?」
「死んでる」
ジュザが短く答える。
「オレがとどめ刺した」
淡々と語るため、一般人が聞けば冗談に聞こえるかもしれない。しかし、数多くの修羅場をくぐってきたグエンには、言葉の裏に潜む鬼の気がはっきりと感じ取れた。
「なのに何で海賊組織は機能しているんだ?」
「カーシュが操っているから」
ジュザの言葉にグエンは驚きの目を向ける。
「どうやって?」
カーシュナーは苦笑しつつ説明した。
「首領の目的は王国内での勢力の拡大でした。この港町は、首領にとっては計画の始めの一歩でしかなかったんです。だから、港町での目的を達成してからは内陸へ出向くことが多くなりました。そのため内陸から港町を管理することが増え、指示書が内陸と港町を行きかうようになりました」
そう言うとカーシュナーは一枚の書面を取り出しグエンに見せた。
「その指示書には首領のものであることを証明する印が押されます」
文章の最後に押された複雑な模様の印を指さす。
「その印は、いまボクの手元にあるんです。だから海賊組織は、大きな部分はボクの出した指示で動いているんです」
最後にいたずら含みの笑顔で締めくくる。殺人など当たり前の犯罪組織を意のままに操っているのにまったく邪気がない。本当にいたずら感覚でやっているのではないかと疑いたくなる。
「いや~、なんて言ったらいいんだろうな。もうこの際だから君がこの港町を支配すればいいんじゃないか?」
「グエンさん。さっきと言ってることが逆ですよ」
「本当に支配するだけの力があるとは思わないだろ!」
「実際にはそんな力はありませんよ。首領の力を利用しているにすぎません。こんなごまかし、ずっとは続きませんよ」
「そうだとしても、いまこの港町の実質的な支配権は君にあるわけだろ。もしかして、ギルドの補給品がどうなったのか調べられたりするのかな?」
「ええ、調べるというか、補給品の集積所を変えるように指示したのはボクですから」
「えええっ!!」
「災害復興支援のために食料などがハンターズギルドからこの港に送られることはいままでに何度もありましたけど、この港から運び出すために物資が集められたのはボクが知る限りではこれまで一度もなかったことでした。いままでにない動きだったのでかなり重要な意味を持つ補給品だろうと思ったので、横流しされてしまう前に密輸・横流しルートから外しておいたんです」
「天使!! いや、神!!」
グエンはカーシュナーの前に跪き、両手を合わせて拝んだ。
「大げさですよ」
潤んだ瞳で自分を見上げるグエンに、カーシュナーは苦笑した。
「グエンさんをギルドナイツじゃないかと思ったのも、実はこの補給品があったからなんです。物資の集め方が緊急性を感じさせたので、おそらく補給品の受け取りは1、2週間以内だろうと思いました。それに、この港町の治安に関する噂は辺境にも広まっているそうなので、補給品の受け取り確認にはハンターの方が来るのではないかと思い港で網を張っていたんです」
「なるほど! 道理でタイミングがいい訳だ。でもルッツのスリは偶然だろ?」
「はい、偶然です。でもそのおかげでグエンさんがただのハンターではなくギルドナイツだとわかりました」
グエンは思わず苦笑した。カーシュナーに会うまで、本当にただの一度も正体を見破られたことなどなかったのだ。ギルドナイツ同士でも互いの正体を見抜くのは困難なのに、たいした眼力だと思う。
「大事な補給品を守ってくれた上で、オレを、と言うよりギルドの人間を探していたってことは、ハンターズギルドと何らかの交渉をしたいってことなのか?」
「そうです」
グエンは立ち上がると大きく胸を反らし、力強く叩いた。
「そういうことなら全部オレにまかせてくれ! ギルドのお偉いさんと一席設けてやるよ!」
「お願いします」
「実は時間があまりないんだ。本来なら一度上に確認を取って場所と日時を決めてからじゃないとダメなんだけど、今回は補給品の件もあるし、いきなり行ってみようぜ!」
「雑」
「だ、大丈夫だよ! いざとなったら補給品を盾に取ってこっちの要求を飲ませればいいんだからよ!」
ジュザのツッコミにグエンがうろたえる。カーシュナーも正直雑だな、と思ったため、ジュザに対して肘打ちは入れなかった。
「それ脅迫」
「そうですね。こちらも無理に交渉したい訳ではありませんし、補給品の保管場所ならお教えしますから、先に補給品を受け取ってからでもかまいませんよ」
「いや、待ってくれ! それじゃあ義理が通せねえ! 筋と義理を通してなんぼのハンターズギルドが、不義理を働いたなんて言われた日には、辺境の秩序が崩壊しちまう!」
補給品の場所を教えようとするカーシュナーを、グエンが必死で止める。
「義理を欠く連中を成敗するのがオレたちギルドナイツの仕事なのに、そのオレが恩知らずなことしちまったらギルドマスターに顔向けできねえ! 頼むからここは何も言わずにオレに任せてくれ!」
あまりにも必死なグエンの様子に、カーシュナーとジュザは顔を見合わせ肩をすくめた。義理ではなく、裏切りが横行するこの港町で生きるカーシュナーとジュザには、グエンの必死さがいま一つピンと来なかった。
「グエンさんがそれで構わないならボクらに反対する理由はありません。ハンターズギルドで緊急の用件が発生しているようですし、早速伺わせていただきます」
「待て、カーシュ」
ジュザが鋭い声で止める。
「オレたちが首領の印を持っていること知られた」
「備えもなく行くのは危険」
「印と支配権と命奪われる」
長文を話し慣れていないせいか、何回かに分けて危険性を指摘する。ある意味アイルーより会話に苦労する。
「待ってくれ! ハンターズギルドは犯罪組織じゃない! この港町の支配権に興味なんてない! 仮にあったとしても、王国領のこの港町に手を出したりしたら、王国とギルドの間で戦争になっちまうよ!」
ジュザの言葉にグエンが慌てて割って入る。普通に考えたらジュザの言葉は当然の懸念であり、グエンもそれがわかるから余計に必死になって弁明した。
そんなグエンの肩をカーシュナーがやさしく叩き、押し留める。
「ジュザ、グエンさんのことよっぽど気にいったんだね。ジュザがこんなにしゃべるの初めて聞くよ」
カーシュナーの隣りでルッツも驚きに目を見張りながら頷く。
「ごめん。試した」
「!!!!」
「あんた久しぶりに見たいい大人」
「大人がみんなあんたみたいだったら」
「オレたち家族失わずにすんだ」
ジュザはほんの少しだけ寂しげに笑った。
「カーシュの目に狂いない」
「オレたちの仲間は全員あんたを信じる」
ジュザの言葉にグエンは早くも涙目になる。
「お、お世辞とかよせよ」
露骨に照れるグエン。
「お世辞じゃない」
「身につけてる技術は一級品」
「オレらに囲まれた時も、腹の中冷静だった」
「たいした胆力」
「仲間に引き抜きたい」
ジュザの褒め言葉の連続に、グエンは身をくねらせて照れる。
「マジで勘弁してくれ! オレ褒められるの苦手なんだよ!」
「でもバカ」
「オオイッ!!」
グエンのツッコミに、全員腹を抱えて笑った。
それは海底大地震による大災害以降、どこの港でもよく見かける老朽化した商船だった。大津波により多くの船舶がただの木片と化し、難を逃れた廃船たちが応急処置を施され、老体に鞭打って海原を行き来している。
カーシュナーたちはそんな一隻の商船の渡し板を歩いていた。ルッツはハンナマリーへの伝言を頼まれてここにはいない。一緒に行くと言ってきかなかったが、伝言が届かなかったとき、ハンナマリーがどれ程の勢いでブチ切れるかわからないからと説得するとようやく納得してくれた。何度か間近で見たことがあり、その時のことを思い出したルッツは青ざめながら走って行った。
甲板に上がると、水夫たちが掃除や損傷箇所の補強に働いている。乗船してき自分たちに対して、さして興味もなさそうに一度視線を投げると、再び作業に戻った。
カーシュナーは黙々と働く水夫たちを見て思った。まじめに働きすぎていると。
もう少し手を抜いて作業しないと本職の水夫には見えない。水夫がけして不真面目だというわけではないが、港について酒場に繰り出さずに船の掃除をするなど、航海中によほどのヘマをやらかしでもしない限りあり得ない光景だからだ。それに、罰として働かされている人間は、それが自業自得であったとしても不平を表に出さずに黙々と働くことなど出来はしない。
間違いなくこの船に乗船しているハンターズギルドの要人の護衛だろう。その数から判断するにかなりの大物のようだ。
グエンが片目の水夫に来意を告げると、水夫は音もなく船内へと姿を消した。その足取りは波に揺れている甲板の上を平地のように歩いて行く。それは波の揺れに慣れた水夫の足取りではなく、身体能力に優れた者のバランスのとり方だった。
「あの方も?」
カーシュナーは言外に片目の水夫もギルドナイツなのかと尋ねた。不用意に言葉にはしない。
「オレの上司だよ」
グエンも口を動かさずに小声で答える。唇の動きを読まれるのを警戒しているのだろう。
ほどなくして先程の水夫が現れ、カーシュナーとジュザは船内に通された。入るとすぐに武器の提出を求められ、その後で入念な身体検査が行われた。驚いたことに、グエンまで同じ扱いを受けている。
「何らかの理由で脅迫されてやむなく裏切るってことを想定しての処置なんだよ」
怪訝そうなカーシュナーの視線に気づいたグエンが説明する。
二重スパイの可能性なども考慮に入れれば、単独で任務をこなしていた者に対しては当然の処置と言えるだろう。仲間を信頼することと、警戒を怠らないことは全くの別物なのだ。
奥の船室に入ると周囲の音が完全に消えた。カーシュナーにはわからないが、この部屋には防具に施されるスキル<耳栓>の技術が使われているのだ。
窓のない船室内には僅かばかりの明かりがあるだけで、室内の様子は中央に大きな固定式のテーブルと椅子が数脚あるのが確認出来る以外はよくわからない。おそらく暗がりの奥に護衛が潜んでいるのだろう。
テーブルに近付くと影の中から大柄な男が姿を現した。長身なだけでなく身体の厚みもある。そこにいるだけで他を圧する迫力がある。男は身体に合わない小さな椅子に腰を下ろすと、体格によく合う野太い声で椅子を勧めた。
カーシュナーは男の正面の椅子に腰を下ろしたが、ジュザは勧めを断りカーシュナーの後ろに立った。
これに男は驚いた。若くとも百戦の気を放つジュザを面会者だと思い込んでいたからだ。それが従者か何かだとばかり思っていた少年が席に着き、ジュザが従者としてカーシュナーの後ろに立ったのだから無理もない。
「これは何の冗談だ?」
男はカーシュナーを無視するとグエンに問いただした。その口調は質問ではなく詰問のそれだった。
「私はこの港町の外れで生活している者たちを代表して来ました。カーシュナーと申します」
男の態度は無視してカーシュナーは礼儀正しく名乗った。
「大人の会話に口をはさむな、小僧!!」
男の一喝に、ジュザが眉間に青筋を浮かべて詰め寄ろうとする。それをカーシュナーがスッと手を差し出して止める。しかしここで予定外の人物がブチ切れた。
「てめえ! どこのギルドのもんだ! 口のきき方に気をつけろや! コラッ!!」
今にも飛び掛からんばかりのグエンを片目の水夫が必死に抑える。暗がりの中から慌てて飛び出してきた護衛たちが剣を突き付けてもグエンはまったく引く気配を見せない。
「この子はなあ! なりは小さくてもギルドの恩人だ! なめた態度取ってるとその無駄にでかい身体三枚におろすぞ!」
<耳栓>並の防音効果を持つ船室の外に漏れ聞こえるほどの大声に全員が耳をふさいだ。火竜の咆哮並の大声である。グエンを抑えていて唯一耳をふさげなかった片目の水夫だけが三半規管をやられてふらついている。それでもグエンを放さないのはさすがギルドナイツと言ったところである。
「落ち着け」
ジュザもグエンを抑えにまわる。
「よく考えたら仕方ない」
「オレらカーシュのすごさに慣れ過ぎてた」
「普通に見たらただのかわいい子供」
ジュザになだめられてもグエンの怒りはまだ収まらない。
「そうだとしてもだ! ギルドナイツのメンバーがギルドの恩人として案内して来た人物に対して、ギルドの代表として出てきた者の態度かって話なんだよ!」
「それ納得。もう止めない」
グエン同様男の態度に腹を立てていたジュザはあっさり止めるのをやめる。
さらにグエンが怒鳴り散らそうしたとき、男の後ろから小柄な影が飛び出し、テーブルに飛び乗るとそこから一っ跳びでグエンに飛び掛かると、グエンの頭に平手打ちをくらわせた。
「ギルドマスター!!」
「猿!」
「グエン、いい加減にせんか! と、グエンを叱る前に、そこの細目の若いの!」
そう言うとギルドマスターはジュザをビシッと指さした。
「誰が猿じゃ! 先にグエンがギルドマスターと言うておったじゃろうが!」
「失礼。つい見た目で判断した」
「なおさら悪いわい!」
事態が収拾するかと思いきや、余計に混乱が加速する。
「何故出てこられたのですか! ギルドマスター! ここはお任せください!」
男がなんとかギルドマスターをなだめようとする。
「やかましわい! お前こそなんじゃあの態度わ!」
「ギルドの代表として威厳を示そうと…」
「たわけが! あれのどこが威厳じゃ! ただの嫌な奴でしかないわい! それともなにか? お前にはわしがあんな風に見えておるのか!!」
「め、滅相もない! 全ては私の不徳の致すところです!」
「まったく! お前が安全のためにとしつこく言うから任せてみたのに、とんだ失態じゃい!」
「返す言葉もありません」
どうやら男はギルドマスターの影武者として出て来ていたらしい。元来組織のトップ同士が直接顔を合わせることは少ない。基本はある程度の権限を与えられた者が代理として折衝するものである。
「ギルドマスターがいながら、ギルドの恩人に対して影武者を出したんすか!」
若干落ち着きを取り戻したグエンが、今度はギルドマスターにかみつく。
「仕方なかろうが! そっちの細目の若いのがあまりにもするどい気を発しておったもんじゃから、護衛の連中が言っても聞かなかったんじゃい! それよりも、誰の見た目が猿なんじゃい!」
その場にいたカーシュナー以外の全員がギルドマスターを指さす。
「キィ~~!!」
グエンやジュザだけでなく、影武者役の男と護衛たちからも指さされたギルドマスターが、顔を真っ赤にして悔しがる。
「ギルドマスター。怒ると余計に猿のように見えます」
影武者役の男が余計なことを言う。
「貴様~! 先程叱責されたことを根に持っておるな~!」
「め、滅相もございません! つい思っていたことを素直に口にしてしまっただけです!」
「なおさら悪いわい! 何なんじゃお前らさっきから! 貴様も、護衛の連中も引っ込んでおれ! それとグエンと細目の若いの! お前らは口を開くな! これ以上ゴチャゴチャぬかすならわしゃもう一言も口をきかんからの!」
ギルドマスターはかんかんに怒るとむくれてその場に座り込んでしまった。
「おじいちゃん。床は腰が冷えるから椅子に座りましょう」
むくれているギルドマスターにカーシュナーが手を差し伸べる。
「…おじいちゃんなんて言われるのは何十年ぶりじゃろうか。わし、ちょっとキュンとしてしもうたわい」
カーシュナーの邪気のない瞳に見つめられて、ギルドマスターは何故か頬を染めて立ち上がった。そして先程影武者役の男が座っていた椅子に腰をおろす。
「改めて、わしがギルドマスターじゃ。先程は手の者が失礼をした」
「いえ、お気になさらずに。こちらこそ突然押し掛けまして失礼いたしました」
「失礼じゃがおいくつかな? かなりお若く見受けられるが?」
「11です」
「!!!!」
ギルドマスターはカーシュナーのことを成長障害などにより子供の内に身体の成長が止まってしまったのだと思っていた。見た目に反してその言動は落ち着いた大人のものだったからである。ところが見た目通りの幼さだと言うから驚きである。ギルドマスターは思わずことの真偽をグエンに目で問いかけた。
「本当です。彼らは生き残るためには子供でいることが許されない地獄の中で今日まで生き延びて来たんです」
ギルドマスターは再びカーシュナーに目をやり、次いでジュザに目をやった。
「この港町はそれ程の状態じゃったのか。細目の若いのが纏う鬼の気にもこれで納得がいく。例え古龍と差しでやりあったとしても、そんな気は纏えんじゃろうて。よう生き延びた」
ギルドマスターの言葉にグエンが胸を張る。二人が認められて嬉しいらしい。そして港町の状況と、カーシュナーたちがギルドのためにしてくれたことを報告した。
「これはわしらの見識が甘かったのう。ハンターズギルドは王国から目をつけられておるからな。極力情報収集なんかは控えておったんじゃ。密偵が捕まりでもしたらえらいことになるからのう。まさかギルドからの援助品が横流しされておったとは知らんかったわい。お前さんの機転がなければわしらの補給品も危ういところじゃったわ」
「お役に立てて何よりです」
「ほんで、わしゃどうすればこの恩に報いることが出来るんかいのう」
「その前に補給品の保管場所を説明しますので回収に向かってください」
「カーシュナー君。それはさっきも言ったけど、まず受けた恩を返してからだよ」
「そうじゃよ。横流しを防いでくれただけでも大助かりなんじゃ。まずはその恩を返してからでないと受け取れんよ」
「お気持ちはありがたいのですが、そう長く海賊組織の目をごまかし続けるのは難しいので、ウソがばれる前に回収していただきたいんです」
「そういうことなら話は別じゃ。早速回収に向かわせるとしよう」
カーシュナーは懐から偽の指示書と保管場所の地図を取り出すとギルドマスターに渡した。受け取ったギルドマスターは影武者役の男に指示書と地図を渡し後を任せた。
「これで落ち着いて話が出来ます」
「うんむ。してどのような要件なんじゃ?」
「私たちはこの港町で4年間生き抜いてきました。戦って生きる場所をなんとか勝ち取りましたが、元々この港町で抱えきれる人口をオーバーしていたので、生活は苦しいものでした。改善の余地はおおいにありますが、それでも人口が多すぎるんです。私たちはこの港町を出て、辺境への移住を希望しています。そこで私たちはハンターズギルドに辺境移住への協力をお願いしたいんです」
「どれ程の規模で移住をするつもりなのかね?」
「100人弱です」
「以外に少ないのう」
「病気で死んだり、殺されて減った」
ギルドマスターの言葉にジュザが答える。
「…そうか。ちと軽率な口をきいたかのう。申し訳ない」
「いえ、自分たちだけが苦しんでいる訳ではありませんから。戦火を逃れて流れてくる難民はいまだに後を絶ちません。みんなが苦しんでいるんです」
「王族どもは何をしておるのじゃ!」
「徴税と徴兵と戦争です」
「子供にこれを言わせるとはのう。なんと嘆かわしいことか! いや、すまん。話が逸れてしもうた。移住の件じゃな。これはお前さんたちがどんな形で移住しようとしているかで難易度が変わるのう。例えば、100人全員で同じ土地へ移住するのは不可能じゃ。ドンドルマのような規模の城塞都市は収容できる人数に元々限りがある。ハンターや行商人、またその家族などがおるから人は多いが、定住者は意外と少ないんじゃ」
「それ以外の町や村はどんな感じなんでしょうか?」
「辺境の町や村はほとんどがどこも開拓途中じゃ。移住はどこも大歓迎じゃろう。じゃがな、基本自給自足が出来るだけの能力がないとやってはいけん。もちろんやる気さえあれば身に着けられるんじゃが、それまでの間面倒をみてやれるほどの余力はどこもないじゃろう。辺境は海底大地震の被害からようやく脱してそれまでの日常に戻ったような状況じゃからな。みなそれぞれの生活で手いっぱいなんじゃ」
「それでもすごいことです。王国の外れにあるこの港町でさえ、王国領であるせいでいまだに何の改善もされていません。内戦が収まるどころか、戦火が広がり続けるのは、誰もが自分のことだけ考えて行動しているからです。全体的な視野と計画性を持って行動しなければ、世界規模の災害で受けたダメージから回復することなんて不可能なんですよ」
「そうじゃな。その当たり前のことが出来なくてこの王国は苦しんでおるのじゃ」
「苦しんでいるのは王国ではありません。力のない民衆です。だから私たちはこの王国を出ようと思うのです。自給自足の能力は問題ないと思います。現在私たちはどこからの保護も援助もない状態で、自給自足で生活しています。さすがに能力別に作業を分担しているので一人で何もかもこなせる者は少ないですが、最少5人で1グループを組めば自給自足を無理なく行えます」
「うんむ。準備は申し分なく整っておるようじゃの。その人数ならばどこの町村でも受け入れ可能じゃろう。むしろこちらからお願いしたいくらいじゃ」
「そう言っていただけると助かります。こちらとしては移住先への口利きと、移動手段の確保をお願いできれば十分です。もちろんその際必要となる経費は少々時間が掛かってしまいますが、必ず適正な金利もお付けしてお支払いたします」
ギルドマスターは感心しきりの表情で何度も頷いた。暗がりの奥からも、補給品の受け取りの手配を済ませた影武者役の男が戻ってきており、先程の非礼を何度も詫びてきた。
「始めはこんな小さな子が代表なのが不思議じゃったが、うんむ、間違いなく長の器じゃ。費用にまで気をくばってくれるのはありがたいが、気にすることはない。どうせ移動は物資と一緒になるはずじゃ。普通に働いてくれれば十分じゃよ」
「ありがとうございます。実はもう一つお知恵をお借りしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「何でも聞いておくれ。知っておることならいくらでも答えるぞい」
カーシュナーは首から下げていた小袋を引っ張り出すと中から乾燥した葉とキノコを取り出した。
「これなのですが、海賊組織の首領が扱っていた禁制品の中で唯一正体がわからなかったものなのです。これが何かお分かりになりますか? どうやらかなり高価な物のようなのですが、使い道がよくわからなくて困っていたんです」
「どれ、ちょっと拝見させて…!! こ、これは!!」
ギルドマスターは血相を変えて葉とキノコを観察した。
「行商ばあさんや! すまんがこれを見てくれんか!」
ギルドマスターが暗がりに声を掛けると、一人の老婆が現れた。ギルドマスター同様かなりの高齢に見えるが足取りはしっかりとしている。テーブルまで来るとギルドマスターの隣りに座り、葉とキノコを受け取った。そして一目見るなり驚きすぎて椅子から転げ落ちてしまった。
「こ、これは龍幻草と九尾茸ですよ! 何でこんな物がここに!!」
「やっぱりか! カーシュナー君や! これはとんでもない代物じゃよ! ハンターズギルドではこの二つは採取禁止指定しておって、もし見つけたら必ず報告するように義務づけられておる超危険素材なんじゃ! 万が一その義務を怠れば、場合によってはギルドカードを剥奪されるくらい厳しい措置がとられるほどなんじゃよ!」
「ゲンリュウソウとキュウビダケですか。いままで素手で触っていましたが大丈夫でしょうか?」
「それは問題ない。このままならさして害はないからのう。実はこの二つは強力な幻覚剤の材料なんじゃ。このままでも焼いてその煙を吸い込んだりすれば、リオレウスでさえ錯乱状態に陥るほどの危険性を秘めておる代物でのう。処分するのも難しい素材なんじゃ」
「なるほど。首領はこれを幻覚剤として王国内で売りさばいていたということですね。辺境ではよく採れるんですか?」
「とんでもない! 辺境では昔から根絶やしにしようと努力し続けてきた太古の素材でね、最近じゃあ、あたしでもお目に掛かったことのない素材ですよ!」
なんとか椅子に座りなおした行商ばあちゃんが説明してくれる。
「カーシュナー君。これらの入手経路はわかるかね?」
ギルドマスターが深刻な表情で尋ねてくる。
「首領が禁制品を特定の商人たちに運ばせていたことまではわかっているのですが、そこから先はさすがに難しいです。首領は禁制品の扱いに関してはかなり慎重を期していたようで、証拠になるような書類は残っていないんです」
「商人はわかるのかね?」
カーシュナーは6人の商人の名前を上げた。幾人かの名前に驚きの反応が返ってくる。
「これは思った以上に根の深い問題のようだねえ」
「うんむ。このまま見過ごす訳にはいかんのう。一歩間違えば辺境でも広まりかねんからのう」
二人の老人が難しい顔をする。
「それ程の大事なのですか?」
幻覚剤の本当の怖さを知らないカーシュナーにはいま一つ龍幻草と九尾茸の危険性がピンとこなかった。
「下手をすればお前さんたちが移住する予定の町村が壊滅しかねんのじゃ」
「それは困ります」
「わしも困る。長年見守ってきた辺境に暮らす連中が幻覚剤で壊れていく姿なんぞ見たくないからのう」
カーシュナーは一瞬だけ考えて新たな計画を立てた。
「実は私たちはある計画を実行することになっています。それを少し修正すれば禁制品に関わっている商人たちも一網打尽に出来ると思います」
「聞かせてもらえるかのう」
カーシュナーは元々の計画と修正点の説明をした。
「…カーシュナー君や。君が悪に染まらなんだことは人類にとっておおいなる幸運だったと言えるじゃろうて」
計画を聞き終えたギルドマスターは感嘆のため息をついた。そして勢いよく椅子の上に立ち上がると叫んだ。
「久しぶりに燃えてきたわい!」
「元気な老人」
全身からエネルギーを発散させているギルドマスターを見てジュザが感心する。
「この港町の老人みんな死にたがってる」
「希望がないから」
「そうだね」
ジュザの言葉にカーシュナーも頷く。
「これがうわさの猿人族か。驚き」
「誰が猿人族じゅあ! そんなものおらんわい! 竜人族じゃ! 猿じゃなくて竜!」
「見た目で勘違いした。失礼」
「なおさら悪いわい! 誰の見た目が猿なんじゃ!」
その場にいたカーシュナー以外の全員がギルドマスターを指さす。行商ばあちゃんと影武者役の男は若干食い気味にギルドマスターを指さしていた。
これに怒り狂ったギルドマスターは顔を真っ赤にしてテーブルをバンバン叩いて悔しがる。つい先程掛かった笑いの罠に再度引っ掛かったため、その怒りは2倍増しになっている。
「興奮するのは別にかまわんが、ババコンガみたいに屁をこくのだけは勘弁しておくれよ」
行商ばあちゃんのツッコミに全員が大笑いする。特に影武者役の男が涙を流して大笑いし、ギルドマスターに平手打ちをくらっていた。