港町を治める都督は生まれながらの金運の持ち主だった。一代で財を成した豪商の四男で、いまある地位は偉大な父が権力拡大のために無能な息子に買い与えてくれたもので、努力と能力で獲得したものではない。
あふれんばかりの才能を持つ父親の、うっかりあふれ出てしまった才能を拾い集めて作ったようないびつな人間で、若い芽を摘むこと、人の顔色をうかがうこと、薄汚い金銭に対する嗅覚だけは人よりも優れていた。
これが父親ならば、競争相手を出し抜き、相手の心理を見抜いて商談を有利に運び、まだ誰も気づいていないビジネスチャンスを逃さず手に入れるのだが、不肖の息子はただの小狡い公金横領者が限界だった。
自身の人間性による求心力の欠如を棚に上げ、部下たちの不忠ぶりを嘆く港町の都督は、海賊組織の宝物庫襲撃以降一人の部下も信用していなかった。事実海賊組織討伐の情報漏えいと宝物庫襲撃は、都督軍に内通者がいることを示していた。もっとも、そのおかげで本来ならば王国の国庫に納めなくてはいけなかった税金を賊に持ち去られたことに対する厳罰を受けるところだったのだが、父の働きかけと、内通者を言い訳に都督軍軍隊長に責任を押し付けることでなんとか回避し、いまも都督の地位を確保している。
幸い自身の資産は無事だったため、都督は結果の出ない海賊組織討伐をあっさり諦め、自身の資産を守ることに専念した。万が一都督軍の一部と海賊組織が手を組んでいたら、討伐隊を出して手薄になった隙に今度こそ都督自身は囚われの身となり、無事だった資産も奪われるという妄想が彼を支配していた。
都督府にこもりきりで暇を持て余していたところに、都督の個人的密偵から報告が入った。都督軍にも当然密偵はおり、以前はこき使っていたのだが、討伐情報の漏えいと宝物庫襲撃の責任を取らせ、全員を処罰していた。彼らが軍内部の内通者を割り出せていれば、海賊組織の討伐は成功し、宝物庫が破られることもなかったからだ。
父親から借り受けた密偵がもたらした報告は驚くべきものだった。
それは憎き海賊組織から都督個人に対する海賊組織への加入要請だった。これを聞いた当初は怒り狂わんばかりだったが、密偵からの海賊組織の現状を聞かされると、一転青ざめて震え始めた。
密偵の報告は、始めから都督の度肝を抜いた。密偵は上着を脱ぐと都督に背中をさらす。そこには都督に当てたメッセージが刺青として彫り込まれていたのだ。それは同時に密偵が海賊組織に捕らえられたことを意味していた。偉大な父が選りすぐって育て上げた一流の密偵すら見抜き、捕らえてしまう。これ程の組織力を持っていたことに今更ながらに気づいたのだ。
メッセージの内容は都督の個人資産の保管場所と、その内訳が事細かく記されていた。これは都督本人しか知らないことで、その正確さに都督は恐怖を覚えた。自分のことを自分以上に知られているのは気分の良いものではない。メッセージの最後は都督の最も恐れている言葉で締めくくられていた。
「奪えなかったのではない。奪わなかったのだ」と、それはいつでも奪えるということである。
「組織の末端にいる者たちは単なる海賊にすぎませんが、組織の中枢はもうすでに何人もの大貴族と繋がりを持ち、宮廷内に組織の構成員を送り込むまでに勢力を拡大しているようです。これはもはや一地方の犯罪組織などという枠組みを超えた存在です」
密偵は衣服を正すと報告を続けた。
「そ、それでは、奴らはすでに父上以上の権力を有しておるということではないか!」
「確実な裏付けはこれからになりますが、海賊組織が捕らえた私に開示した情報は、とても田舎の海賊風情が入手できるものではなく、お父上に関する情報は驚くほど正確であったことを考え合わせますと、王国中央でそれなりの力を有していることは疑いようもないかと思われます」
「このことは父上には…」
「まだ報告はいたしておりません。海賊組織は若様を通してお父上と交渉したいのではなく、あくまでも若様を組織へ招き入れることが目的なのです」
「それがわからん! なぜ私なのだ!」
「お父上の組織と繋がることは海賊組織にとってもおおいに益をもたらすことですが、お父上は決して従わないでしょう」
「己が頂点でなくては気の済まぬご気性だからな…」
「海賊組織はお父上と兄君たちを排除し、若君を商会の長に据える考えです」
「!!!! …私に犯罪者共の傀儡になれと言うのか!」
「先程も申し上げましたが、王国中央に確かな基盤を築いた彼らは、もはや単なる犯罪組織ではないのです。彼らが表舞台に立つとき、一族の長として共に立つか、一族もろともに排除されるか、どちらかを選ぶようにとのことでした」
「従わなければ滅ぼすというのか!!」
「いいえ、お父上の商会ではなく別の組織と手を組むということです。内乱のため商業は安定しません。これまで資本力の差で従わせてきた傘下の商人などを引き抜かれたら、それだけで商会の組織力は大幅に低下してしまいます。これまで他の商人にしてきたことを、より大きな規模で商会が受けるということです」
「…一商人に成り下がるというわけか」
人間性は劣悪だが、金勘定にだけは聡い都督は、海賊組織からの提案を吟味した。懸けてみる価値はある。偉大な父と優秀な兄たちから疎外され、商売とは関係ない役職を買い与えられ、王国の外れの港町へと遠ざけられた現実が、暗く冷たい手で都督の背中を裏切りのラインの向こう側へと押しやる。
「父上がどれ程偉大でも、兄上たちがどれ程優秀でも、この時代の混乱を乗り切れなければ、その能力には何の意味もない。ましてやその能力が生むプライドが障害になるのなら、それは無意味を通り越して害悪に他ならない。貴様もそのように考えたからこそ、父上に報告せずにいたのであろう?」
「我ら密偵の役目は商会の発展に寄与することでございます。われらの忠誠はお父上個人に捧げられたものではなく、商会に対して誓われたものです」
密偵は遠まわしに都督の言葉を認めた。それは同時に、必要とあらば都督個人も見限るということだ。
都督は自分に都合のいい部分だけを受け入れ、意を決して密偵に命じた。
「海賊組織に伝えよ。提案を受け入れるとな」
娼婦街を取り仕切る組織のボスは、薄くなった頭髪をかき回してため息を吐いた。
上りは最盛期とは比べ物にならないが、それでも横ばいで安定している。しかし、都督府への上納金に加え、今では海賊組織にも上がりの一部を納めなくてはならない。スラム街の組織との条約のため、娼婦たちへの待遇改善も大きな出費となっていた。
「あのガキ共さえいなければ…」
娼婦街のボスは何度繰り返したかわからないセリフを無意識に呟いていた。
海底大地震による津波の被害を立地により奇跡的に回避できこの港町は、一時は復興の一大拠点として栄えた。多くの船乗りたちが集まり、彼らは酒と女を求めた。
それまでこの港町に娼婦街などなく、酒場兼宿屋が数軒あるだけだった。当然娼婦宿などなく、港に足を降ろす男たちにとっては、この港町では酒を呑むだけ、女がほしけりゃさっさと次の積み荷を見つけて出港するだけの、長居は無用の田舎の港町だった。しかし、突然大量の船乗りたちが集まることになり、裏の商業チャンスが港町に訪れた。
これに目をつけたのが、かつて酒場兼宿屋を2軒経営していた前娼婦街のボスだった。
男は都督府を懐柔し、ならず者たちを手なずけ、一度は港町の裏の支配者にまで上り詰めた。だが、やりすぎた男はカーシュナーたちの逆鱗に触れてしまい、全身の生皮を剥がされた上で海に捨てられ、溺れる前に激痛で悶絶死するという壮絶な最後を迎えた。
2代目になる現在のボスは、その時の光景をいまでも夢に見てうなされることがある。先代がやりすぎなければ、いまでも組織はこの港町を裏から支配していたかもしれないと思うと、壮絶な最後を迎えた先代に対して、憐れみよりも激しい怒りが湧いてくる。
2代目のボスは、以前は酒場兼宿屋の経理を任されていた。これと言って特徴のない外見で、腕が立つわけでもなければ、頭が切れるわけでもない。本来ならばボスの座につけるような器ではないのだが、幹部内に突出した人物がいなかったため、派閥争いからの内部分裂を避けるために選ばれた、ゼニーの集計と公平な分配を行うためのボスだった。
正直損な役回りである。主だったならず者たちが一掃され、その後も流れ込んでくる荒事慣れした男たちは海賊組織に吸収されてしまうため、手駒を増やすことが出来ず、権力の拡大も図れない。そのため各派閥の実力者たちの顔色を常にうかがいながら立場を守らなくてはならなかった。
すっかりクセになってしまったため息を吐いていると、数少ない手下の一人が血相を変えて駆け込んできた。
「ボス! 大変です!」
「やかましい!! いきなりでかい声出すんじゃねえよ!! あ~あっ、どこまで計算したかわからなくなっちまったじゃねえか…」
「それどころじゃないんですって! デンさんとこの若い衆が、ガドンさんとこの若い衆をやっちまって、抗争が始まっちまったんですよ!」
「なんだと! 冗談じゃねえぞ! なんでそんなことになった!!」
「はっきりしたことはまだ…。でも、デンさんとこの若い衆は、日頃ガドンさんとこの若い衆に頭押さえつけられていたっすから、ついにキレちゃったんじゃないすか?」
「キレちゃったで済むか! これ以上うちの規模が縮小しちまったら、海賊組織に吸収されちまうじゃねえか!!」
「そんなことあっしに言われてもわかりませよ! それより、どうするんすか? 他の幹部のところの若い衆も殺気立っていて収拾がつかないんすよ!」
「…仕方ねえ! とりあえずデンとガドン以外の幹部のところに出向くぞ! 他だけでも抑えとかねえとそれこそ手の打ちようがなくなっちまう! それと女共の確保だ! バカどもに勢いで傷物にされちまったら商売にならねえ!!」
ボスは計算途中だったゼニーの山を皮袋に詰めながら指示を出した。
「じゃあ、あっしは足の用意をしてきます!」
手下はそう言うと、開けっ放しにしていた扉から飛び出していった。
金庫を開けて中に皮袋を入れようとしていると、ボスは背後から体当たりをくらわされた。皮袋の口が開いてしまい、中身のゼニーが床に飛び散る。
一瞬押し込みかと思いキモを冷やしたが、背中に寄りかかっているのが先程部屋を飛び出して行った手下とわかり、ボスは苛立たしげに手下を押し退けた。
「何を蹴つまづいていやがるんだ! さっさと足を用意しに行かねえか! バカ野郎!!」
この男はあまりにもドジで、どこの幹部からも相手にされなかったどうしようもない男だった。押し付けられたボスも手を焼いていたが、妙に自分になついてしまったため、これまで仕方なく使ってきた。いままでも運んできた食事や酒を何度かぶちまけられたり、いまみたいに蹴つまづいて巻き込まれたことは数えきれないほどあった。
「何でお前はいつも蹴つまづくたびにオレを巻き込むんだ! 一人でひっくり返りやが…」
ボスはそこまで言って異変に気づいた。手下の男は目を見開いたまま、焦点の合わない目を天井に投げていた。いつもバカ丸出しの濁った目をしているが、さすがにこれは異常である。
「おい! どうした、バカ野郎! 打ち所でも悪かったのか?」
手を伸ばして揺すろうとしてボスは慌てて手を引っ込めた。手下の男の首が180度回転していたからだ。フクロウでもない限り人間にこんな真似は出来ない。手下の男は首をねじ折られて死んでいたのだ。
「お久しぶり」
ボスは反射的に声のした方向へ振り向いた。
「!!!! お、お前は!!」
振り向いたボスの視界に、まったく予想していない人物の姿が飛び込んできた。
「バイバイ! 元ボス」
ボスは何かを叫ぼうとしたまま息絶えた。何を言いたかったのかはわからないが、のどに深々と突き刺さった剣がふたをしてしまったため、誰にも伝えることは出来なかった。
海賊組織の幹部たちは、内陸から届く首領の指示に、なんの疑問も抱いていなかった。相変わらず≪千里眼≫のスキルが生まれつき備わっているかのように、的確な指示を送ってくる。
都督を仲間に引き入れる指示に対しては始めのうちは疑問に思ったが、都督個人ではなく、一族が運営する商会をまるごと引き入れようというのだから驚いた。都督府などもはやどうでもいいのだ。
首領の目には、もうこの港町は小さすぎて視界に入らないのかもしれない。でかい男の下に付いたものだと幹部の一人は思った。
新しく届いた指示書の封を開ける。中身を一読すると他の幹部に手渡した。表情が一気に引き締まる。
受け取ったもう一人の幹部がサッと内容に目を通し、他の幹部にもわかるように声に出して内容を読み上げた。
『中央での次の計画に着手する。その手始めとして、港町を都督府も含めて完全に支配下に置く』
幹部たちの間からどよめきが起こる。
「いよいよ都督府と白黒つけるってことか!」
「お互い腹の中は真っ黒だけどな!」
「おいおい、あんな善人面した極悪人どもと一緒にするな! オレたちの腹の中は黒いだけだが、都督府の連中の腹の中は底の方まで腐りきっているんだからよう」
この言葉が皮肉な笑いを誘う。
『娼婦街及びスラム街に関しては、こちらから人材を派遣して事に当たらせる。必要が生じた場合のみこれを支援すること』
「つまりオレたちは都督府に集中しろってことか?」
「だろうな。うがって考えるなら、その派遣されて来る連中の実力もはかりたいんじゃねえのか?」
「新しい幹部候補ってか! オレらの足引っ張りやがったらぶち殺すぞ!」
「せめて返り討ちにだけはならんでほしいもんだ。後始末が面倒でいけねえ」
この皮肉は意地の悪い爆笑を誘った。
『また、都督個人と都督府は完全に切り離して考えるものとし、都督は時機を見て別の人物を派遣するものとする』
「都督の首をすげ替えるってことか?」
「すげ替えるってより、都督は商会に戻ることになるから、うちの息の掛かった人間を都督に据えるってことだろう」
「それは都督の人選をコントロールできるってことだろ? うちの首領はもうそこまでの影響力を中央で手に入れったってことなのか!!」
「…そういうことになるな。こりゃあ喜んでばかりもいられねえぞ」
「なんでだよ?」
「組織がでかくなれば人も集まる。オレたちも幹部だなんだと浮かれてばかりいて、肝心の仕事にしくじれば容赦なく切り捨てられるぞ。代わりの人材はいくらでもいるんだからな」
一人の幹部の冷静な分析に、水を打ったようにその場が静まりかえる。
「その辺に関しても一言あるから読み進めるぞ」
「ええっ! 切り捨てられるのか!!」
「黙って聞け! 見当外れなことばかり言ってると本当に切られるぞ!」
『都督府を支配下に置くに際して、排除すべき人材をリストアップする…』
この後幹部が読み上げた人物名は膨大な数にのぼった。
「主要な役職に就いている連中が多いな。それに、一度にこれだけの数の人間を消すのは不可能だぞ!」
「よしんば出来たとしてもだ。これだけの数の人間を消したら軍の連中もさすがに独断で動きかねんぞ! あの都督では抑えきれんだろう」
ここで指示書を読み上げている幹部が議論を制する。
「それに関しては細かい指示がある。ほとんどの連中は謀略で始末することになるみたいだ。オレたちはそのための下準備が主な仕事になる」
「謀略? オレたちが手を下さないなら誰が都督府の連中を始末するんだ?」
「都督府の連中だよ」
「仲間割れをさせるってことか?」
「そうじゃない。前にオレたちが成功させた都督府の宝物庫襲撃の内部共犯者に仕立て上げて、処罰という形で始末するんだ。オレたちはそのためのニセの証拠をでっち上げればいいんだよ」
「都督は承知しているのか?」
「いや、この件に関しては一切かかわらないことになっている。自分たちで犯人を見つけ出したと思い込ませておいた方が、下手に演技させるよりもいいはずだ。都督の裏切りに気づいたら、さすがに連中も黙っていないだろう」
「確かにな。都督なんかを当てにして万が一にもしくじろうものなら、オレたちが責任を取らされるんだからな」
「だが、思ったよりは楽そうな仕事じゃねえか」
「バカ野郎! のんきに構えているんじゃねえ! これはオレたちにとっても、ある意味ふるいに掛けられる仕事なんだぞ!」
「どういう意味だよ!」
「最後にこう書いてある」
『もはや我々に裏の権力は必要ない。表の権力を手に入れ、臭い路地裏に身を潜めるのではなく、王宮内を飛竜種のように堂々と歩くのだ。諸君らが共に真紅の絨毯に足を埋めてくれることを期待している』
幹部たちの胸の内を静かな興奮が満たしていく。混乱の時代に生き残り、身一つでここまで来た。今更自分一人置いて行かれるつもりはない。ならば行きつくところまで行くまでだ。これまで自分たちを家畜のように扱ってきた貴族たちの上に行けるなら、これほど痛快なことはないのだから…。
「こんなに見事に踊ってくれるとはねえ」
見事な肢体を真紅の東方風ドレスに包んだ女が、腰までスリットが入っているにもかかわらず、大胆に脚を組んで感心する。肩まで剥き出しの腕も、豊かな胸を強調するような形で組んでいるため、室内にいる他の男たちは視線のやり場に困っていた。
「みなさんの協力のおかげです」
カーシュナーがただ一人、目のやり場に困ることなく女に頭を下げた。豊満な胸でもなければしなやかな腕でもなく、すらりと伸びた脚線美にも視線を奪われることなく女の目を見て話しているからだ。
女ががっかりしてため息を吐く。
「カーシュ。このドレス気に入らないかい? せっかくあんたに見せようと思って選んできたのに、全然関心を持ってくれないんだから」
「よく似合っていますよ。リンダさんには赤が合いますからね」
「なんだかとりあえず褒めておけって感じがするわねえ。そんな言葉じゃ私は満足しないわよ。カーシュ」
「ボクに女性の上手な扱い方なんて期待しないでくださいよ」
カーシュナーは苦笑しながら答えた。
「私のところに来れば全部教えてあげるって何度も誘ってるじゃない。カーシュならもちろんタダでOKなんだから、帰りに店に寄って行きなさいよ。予約入れておくから」
そう言うとリンダは、服装の割に化粧っ気の少ない顔に艶めかしい表情を浮かべてウインクした。きめの細かい赤銅色の肌に波打つ艶やかな黒髪。大きなアーモンド型の目は琥珀色に輝き、高く通った鼻筋に、厚みのある唇は薔薇色をしている。下手な化粧は彼女本来の美しさを覆い隠すだけでなんの意味もなさないだろう。自分の見せ方を知り尽くしているに違いない。
カーシュナー以外の男たちが思わず見とれる中、凄まじい剛腕がテーブルに叩きつけられた。周りにいた男たちがビクッと震える。
「うるさいわねえ。静かに出来ないのハンナマリー」
室内に響いた轟音に欠片も動じることなくリンダが口を尖らせた。
「黙れ。しゃべるな。消えろ。頼むから消えてなくなれ。なんなら私がこの手でこの世から消してやろうか? いや、消そう。今すぐ消そう。一日一善って言葉もあるしな」
ハンナマリーがどすの利いた声で淡々としゃべり続ける。
「ちょっと! 人を道端のゴミでも片付けるみたいに言わないでくれる?」
ハンナマリーの様子に、雑用係として来ていたルッツが、不意に激昂したラージャンに遭遇したハンターのように硬直する。放出された殺気が目に見えるのではないかと思えるほど、ハンナマリーの放つ殺気は鋭かったが、リンダはそんなものはどうでもいいと言わんばかりの態度で流している。尋常ならざる胆力だ。
その態度が余計に癇に障るのか、ハンナマリーのこめかみに太い青筋が浮き上がる。
「口をきかない分道端のゴミのほうがはるかにましなんだよ! カーシュにつまらないこと吹き込むなって何回言わせればわかるんだい!」
「つまらないとは失礼ねえ! 確かにあんたが相手じゃどんな男もつまらないかもしれないけど、私はどんな相手だって満足させるわよ」
「そういう話がつまらないって言ってるんだよ! カーシュの耳がけがれるからとにかく黙れ! っていうか、子供に手を出そうとするな! このド変態!」
リンダはやれやれと言わんばかりに手を広げると、ため息を吐いた。
「私だって子供になんか興味ないわよ。私はカーシュだから誘ってるの。カーシュならシワくちゃのおじいちゃんだってかまわないわよ。こんないい男に手を出さないなんて、女に生まれた甲斐がないでしょ?」
「あんたの事情なんて知らん! とにかくうちの弟に手を出そうとするな!」
「お・こ・と・わ・り。 てへ!」
「殺す!!」
椅子を蹴りつけんばかりの勢いで立ち上がったハンナマリーを、カーシュナーとリドリー、ジュザが飛びついて止める。大の男二人と子供一人をぶら下げながら、びくともせずにテーブルを乗り越えようとする。呆気に取られていた他の男たちが慌てて3人に加勢する。
「落ち着け、ハンナ! それとリンダさん。おふざけはその辺にしといてくんねえか。話し合いになんねえだろ」
リドリーが面倒臭さ全開で抗議する。
「はいはい。わかりました」
リンダも面倒臭そうに答えるとカーシュナーにウインクしてみせた。それが余計にハンナマリーの怒りをあおる。
話し合いにならないので、仕方なくハンナマリーを外に出し、ジュザが見張りにつく。
「リド! わかってるね!」
「わかっているから早く行けよ!」
部屋を去り際にハンナマリーが、カーシュナーにちょっかいを出させるなという意味で念を押した。リドリーが長い鼻を引っ張りながら答える。
「セナートさん、フォロエさん、お騒がせして申し訳ありませんでした。グエンさんも、ご迷惑をお掛けしました」
リンダ同様テーブルに着いていた他の参加者にカーシュナーが謝罪する。グエンには手を合わせて頭を下げた。ハンナマリーを取り押さえる際に、強烈な肘打ちを顎にくらったのだ。グエンも顎を抑えながら手を上げて応える。
「相変わらず君のお姉さんとリンダ氏は仲が悪いねえ」
セナートと呼ばれた男が苦笑交じりに言う。
「リンダさんに問題があるんです。いつか刃傷沙汰になりますよ!」
フォロエと呼ばれた男は、生真面目な視線で抗議しているが、先程までリンダの美貌に見とれていたので今一つ説得力がない。
「ごめんなさいねえ。今度は二人っきりの時に口説くから~」
かけらも反省していないリンダだった。
カーシュナーはハンターズギルドの協力を得てこの港町を去る前に、溜まった膿を全て除去する計画を進めていた。
膿を出すためにはその上の肌を切り開かなくてはならず、せっかく膿を出しても、切り開いた傷口をふさがないと再び化膿し、罪悪という名の膿が溜まってしまう。この港町を健全化するために選んだ人材がこの場に集まっていた。もっとも、リンダの言動を見ていると、本当に健全化されるのかと疑問に思わずにはいられない。
ここは港の倉庫街にあるハンターズギルド所有の倉庫の地下の一室だった。簡素な作りだが、防音処置が施されている。出張所にいたギルド職員の男はこの地下室の存在を知らない。とある商人の屋敷の地下に入口が設けられており、ハンターズギルドが王国の目を避けて会合などを開く際に利用されている部屋だ。
ここに集まっているのは、かつて都督軍で部隊長を勤めていたセナートと、前都督のもとで行政を取りまとめていたフォロエ、そして到着早々騒ぎを起こした娼婦街の一番人気リンダの3人だった。
セナートは海賊組織の都督府襲撃の際に行政職員を守り、無事都督府から退避させたが、敵前逃亡をした別の部隊長の策略により失脚させられた人物である。
フォロエは前都督の任期中に行政を取りまとめていた人物で、前都督の信認も厚く、高い能力と真面目な仕事ぶりで、30代の若さで前都督府のナンバー2にまで上り詰めたが、現都督赴任後はその真面目な性格が災いして閑職に遠ざけられている実力者である。
「しかし、驚きです。計画を聞かされたばかりだというのに、こんなに早く娼婦街の組織を壊滅して支配下に置いてしまうとは、リンダさんはいったい何者なんですか?」
セナートが心底感心して言う。
「何者かは内緒よ。いい男でいたいなら女の秘密を知りたがったりしないことね」
「これは失礼した。詮索するつもりではなかったのだが、海賊組織程ではないにしてもそれなりの勢力を誇っていた連中をたった一晩で壊滅させた手腕があまりに見事なものだったので、つい…」
「私も是非お聞きした! もちろんリンダさんの秘密ではなく、どうやって今まであなた方を支配していた組織を壊滅させたかをです!」
フォロエも興奮気味の口調で尋ねてくる。
「そんな大袈裟なものじゃないわよ。元々カーシュちゃんたちに負けてからは組織なんてガタガタで、幹部同士でいがみ合って崩壊寸前だったのよ」
「それでは何故今まで連中をのさばらせておいたのですか?」
「海賊組織の連中に好き勝手させないためよ。都督軍は全然守ってくれないから、用心棒代わりに置いておいたの。それと、経理としては役に立っていたしね」
都督軍に所属しているセナートが情けない顔で頭を下げる。
「セナートさんが謝ることないわよ。どっちかって言うと、偉そうにうちらの上前はねている役人連中の方がムカつくわ」
そう言ってリンダはフォロエを一瞥した。閑職に追いやられ、贈賄の汚職を防ぎようのないフォロエは、同じ行政職員としておおいに恥じ入り、セナート同様情けない顔で頭を下げた。
「いい訳にしかなりませんが、私にかつての権限さえあれば、こんな腐敗は許さなかったのですが…。本当に申し訳ありません」
「そうやって娼婦に頭を下げられるんだから、それだけで上出来よ。見下しながらうちらを利用する兵士や役人ばかりだからねえ。まあ、こっちも商売でやっている以上文句は言わないけどね」
二人の男を楽しげにやり込めているリンダの姿を見て、リドリーは「ドSだな~」と思ったが、口には出さなかった。下手なことを言って、カーシュナーが後で意味を知りたがったりしたらハンナマリーにぶち殺されるからだ。
「それに、カーシュちゃんが用意してくれた危ない薬のおかげね。あれがびっくりするくらい効いて、あっという間に同士討ちが始まったから仕事が楽だったわ」
「危ない薬?」
セナートとフォロエが同じ疑問を口にする。
「海賊組織の首領が扱っていた禁制品から作られる幻覚剤です」
リンダに代わってカーシュナーが説明する。
「幻覚剤には詳しくないが、同士討ちをさせるような効果はないのではないかな?」
セナートがさらなる疑問を口にする。
「そうです。幻覚剤の本来の効果では同士討ちなどさせられません。ですが、その副作用を利用すれば可能になるんです」
「中毒性以外に副作用があるのですか?」
「はい。この副作用こそが、この薬物を禁制品にしたんです」
「危険なのかね?」
「確かに効果そのものも危険ですが、王家にとってもっとも危険な作用があるんです」
「王家に?」
「この副作用は人の反骨精神に強く働き掛けるのです。不当な扱いに対する反発。抑圧への抵抗といった反抗の意思を刺激するんです」
「なるほど、王家が禁制品にするのも頷けますね。内乱のいま、この幻覚剤が王国軍にひろまれば、反旗を翻した王国軍によって、王家など簡単に滅ぼされてしまうでしょうな」
「これを派閥争いで勢力的に劣る幹部の部下たちに使用したんです。ついでにリンダさんたちに男としてのプライドを思いっきり煽ってもらいました」
「…なるほど。元々不満が溜まっていたのだから同士討ちを始めるのも当然だな。誰か一人の忍耐が尽きればそれまでだったということか。しかし、つくづく思うよ。君は敵に回したくないとね」
セナートの言葉にフォロエも頷く。カーシュナーは困ったような笑顔でそれに応じた。
「何言ってんの二人とも。本番はこれからだし、感心してばかりいないで、しっかり働いてもらうよ」
「お任せいただきた。これまで家族を養うためとはいえ、多くの非道に目を背けてきました。私は卑怯者になりたくて兵士になったのではない。民衆を守るために兵士になったのです。この港町の状況を変えるためなら、私は今度こそ命を懸けて戦う所存です」
「気持ちは私も同様です。私にはセナート殿のように剣を持って戦うことは出来ませんが、不正によって腐敗した行政を立て直し、この港町にかつての治安を取り戻してみせます」
「私はお二人みたいなかっこいいセリフは言えないけど、弱い女が泣きを見ないですむように、娼婦街を管理してみせるわ」
3人の言葉にカーシュナーは力強く頷いた。
「それでは今後の作戦を伝えます。まずセナートさん。あなたを失脚させて都督軍守備隊長の座に就いた男が、都督府行政職員と都督軍兵士が海賊組織と繋がりがあるという膨大な数の証拠を入手します。先にその人物リストをお渡ししておきますので、けして取り逃がさないようにしてください」
リストを受け取ったセナートは一読するとリストをすぐにカーシュナーに返した。
「覚えた」
「助かります」
リストを受け取ったカーシュナーは照明用のランプに近づくと覆いを外し、リストに火をつけた。燃えやすい素材で出来ていたため、すぐに燃え尽きる。
「フォロエさんは都督と海賊組織の構成員が全員拘束されたら、セナートさんと連携して王国軍への引き渡しと、行政の立て直しに着手してください」
「了解した。混乱に乗じて不正を働くものが出ないようにしっかり管理しよう」
「よろしくお願いします」
フォロエを見つめるカーシュナーの視線には深い信頼があった。そこに笑顔が加わると、フォロエは自分の中に不思議な高揚感が湧き上がるのを感じた。
そんなフォロエの前にリンダが顔を出す。カーシュナーの笑顔を横取りしようとしたのだ。
「リンダさん! あなたという人は、本当に何をしているんですか!」
「だって、フォロエさんってばカーシュに見つめられたデレデレしてるんだもん」
「デ、デレデレなんてしていません!!」
「フォロエ殿。申し訳ないがデレデレしていました」
「!!!!」
「仕方ないって。男に関しては百戦錬磨のこの私だって、カーシュの笑顔にはメロメロなんだから。まだ免疫のないフォロエさんじゃあ惚れるでしょ」
「ほ、ほ、惚れてなどいません!!」
「リンダさん」
悪乗りしてきたリンダをカーシュナーが抑える。
「惚れるか腫れるかは別として、カーシュナー君に信頼されることの誇らしさは私もわかります。ここに集まっている者は皆、彼の信頼に応えたくて集まっているようなものですからね」
リンダにからかわれていたフォロエは、セナートの言葉に慌てて頷く。少年趣味などと思われてはと焦ったのだろう。こういうところにもフォロエの真面目さがうかがえる。
カーシュナーは最後にリンダをじっと見つめた。リンダが大袈裟にまつ毛をパチパチさせて見つめ返す。
「リンダさんは思う通りにしてください。突発的な暴力にだけは気をつけてください。弱い女性たちが泣かずに暮らしていくためにはあなたが必要なんです」
「私はカーシュに必要とされたいんだけどなあ」
カーシュナーは苦笑した。この人には敵わない部分が多すぎる。
「あてにしていますよ」
「まかせといて~」
動き出していたカーシュナーの計画は、海賊組織が扱っていた禁制品の正体を掴んだことで一気に加速した。
海賊組織がねつ造した証拠により、娼婦街組織と結託してカーシュナーたち難民を虐げた役人と兵士は捕えられた。彼らは無実を訴えたが、都督と共に娼婦街組織から賄賂を受け取っていた事実が彼らの強欲ぶりを自ら証明していたため、都督は彼らの言葉に耳を傾けることはなかった。彼らの処遇は守備隊長の進言により即日処刑されることになった。
この時守備隊長の腹の中では、主だった行政役人が排除されることで空席となる役職を文官に転じることで手に入れ、都督に次ぐナンバー2の地位を手に入れようと画策していた。そのために即日の処刑を、裏切りの怒りで冷静な判断力を失っている都督の気が変わらないうちに提案、実行したのだ。
しかし、守備隊長の行動は、カーシュナーに読まれていた。
カーシュナーが排除したかった都督府側の人間を守備隊長に全て処刑させ、最後に守備隊長の海賊組織との繋がりを証明する証拠をセナートの手によって提出させた。
守備隊長はこれをセナートによる陰謀だと訴えたが、フォロエによって海賊組織襲撃の際の敵前逃亡と、それを隠匿するためにセナートを貶めた事実を暴かれ、逆上して剣を抜いたところをセナートにより一刀のもとに切伏せられた。
都督府の掃除を終えたカーシュナーは、海賊組織の幹部たちと構成員を都督府の要職につけるためと称して都督府に集めて宴を催した。
指示通りにねつ造した証拠によって都督府の行政役人と兵士が処刑されたことで、計画が半ば成功したと確信した幹部たちは、疑うことなく都督府に集まった。処刑終了後ただちに都督府に入り、行政機能を支配下に置くようにと指示を出されていたため、むしろこれからが本番と考えていた。
しかしここで、かねてからの懸案であった都督府内の裏切者が一掃されたことを記念して、盛大な宴が催された。その席で、幹部たちは今回の証拠発見の経緯を都督に説明した。
都督に対する反抗勢力を一掃するための計画だったと告げたのだ。当然証拠ねつ造の事実など告げない。自分たちと通じ、都督を裏切っていた者たちを、都督のために排除したように見せかけたのだ。そして自分たちは行政機能が麻痺しないために都督を支援するために来たのだと説明した。
海賊組織の組織力に恐れをなしていた都督は、この説明を受けて改めて震え上がった。自分は完全に彼らの掌の上で踊らされていたのだ。
都合のいいウソを信じて青ざめている都督を見て、幹部たちは笑いをこらえるのに必死だった。
そこに、都督の密偵から報告が入った。父と兄たちが反乱軍に捕らえられ、処刑されたと。
この報告に、都督はもとより、幹部たちも驚いたが、表面には出さず、都督に対して余裕たっぷりにうそぶいてみせた。
「商会の長、就任おめでとうございます。都督府のことはわれらに任せて、明日にでも荷物をまとめて商会にお帰りください。代わりの都督はもうすでにこちらに向かっているでしょう。これからお互い忙しくなりますな」
内心首領の行動の速さに舌を巻きながら、幹部たちには笑った。そんな幹部たちにつられて、都督は頬をひきつらせながら一緒に笑った。
そして夜が明けて海賊組織と都督は愕然とすることになる。
身体にあれ程ため込んだ酒気が一気に吹き飛ぶ。
彼らは目が覚めた時、縄を掛けられ捕らえられていたのだ。
「おはようございます。前都督殿」
フォロエが目覚めた都督に声を掛ける。
「なんだこれは! どういうつもりだ! 今すぐこの縄を解かんか、この無礼者が!」
「それは致しかねます。海賊組織構成員殿」
「!!!!」
「ご安心ください。あなたが海賊組織の構成員として裁かれることはありません。あなたの身柄はお父上に引き渡されることになります」
「ど、どういうことだ! 何がどうなっておるのだ! 父上は死んだのではないのか!!」
「何の話でございましょうか? お父上なら今朝方こちらにご到着されましたよ」
「!!!!」
都督は声にならない悲鳴を上げると泡を吹いて卒倒した。
カーシュナーの全体の計画はこうだった。
海賊組織、娼婦街組織、都督府及び都督軍内の犯罪組織内通者、これら全ての人間の排除と、港町の秩序回復である。
まず、首領からの指示を装って都督を組織に引き込む。
娼婦街組織、スラム街へは新しい人材を向かわせると偽り、海賊組織には都督府攻略に専念させて娼婦街組織の混乱への介入を阻止する。
排除する人物のねつ造証拠を作成し、守備隊長に入手させる。
処刑により空席となった役職に就き、都督府の行政機能を支配下に置くように指示を出し、都督府におびき寄せたところを一網打尽にする。
娼婦街組織は、幻覚剤を利用して不満を一気に爆発させて内部抗争を誘発し、生き残りを討伐して組織を壊滅する。
秩序回復のために、都督府の人事権を手に入れる。
そのために、都督の実家の商会の力を利用する。
海賊組織による禁制品密輸の事実と顧客リストの提示で商会の王国内での権力の強化を提案するとともに、実の息子が海賊組織の構成員である事実の公表をネタに脅迫する。
内乱状態の王国内において、反乱の意志を刺激する禁制品を使用した幻覚剤の国内への持ち込み及び使用は反逆罪に匹敵する重罪であるため、商会としては顧客リストを盾に多くの貴族を従属させらる反面、都督が海賊組織の構成員であるという事実が商会全体の反逆を問われかねない危険性を秘めていた。
そこで都督を商会に引き渡し、海賊組織の構成員である事実をもみ消す見返りとして、新たな都督の人事権を要求した。
商会にとっては元々落ちこぼれの息子を遠ざけるために金で買った地位でしかなく、惜しむ理由などなかったため、この要求をのみ、交渉は成立した。
これからしばらくの後、フォロエが都督に就任し、セナートは都督軍軍隊長に就任することになる。
都督と海賊組織の構成員全員が都督府にて捕らえられたころ、水平線から顔を出したばかりの朝日を浴びながら、カーシュナーは夜の名残りの中に浮かび上がった港町を見渡していた。
「お前さんにしか出来ん大仕事を成したな」
カーシュナーの背中にギルドマスターが声を掛ける。
「ボクがしたことなんて些細なことです。実際に行動してくれた人たちのおかげです」
「うんむ。確かに行動した人々の功績は大きいじゃろう。しかしな、お前さんがおらなんだら、誰も何も出来なかったじゃろう。謙遜などせんでいい。ドンと胸を張れい!」
ギルドマスターはそう言うと、カーシュナーの背中を叩いた。
「じいちゃん、うちの弟に手荒なことするなよ!」
それを見たハンナマリーが口を出す。
「馬鹿もん! 気合を入れてやっただけじゃい!」
すかさずギルドマスターが言い返す。
元気な竜人族の老人を見てハンナマリーは苦笑し、カーシュナー同様港町を見渡した。
「本当はこの手でみんなの敵を討ちたかったなあ…」
「馬鹿を言うでない! お前さんたちにこれ以上人を殺めさせんためにカーシュナー君はこの計画を立てたんじゃろうが!」
「…わかってるよ。でもさあ、きれい事だけじゃあ浮かばれない想いもあるんだよ」
「仮に敵を討ったとしても、浮かばれるものなんか何もありゃせんわい! 咎の重石が沈むだけじゃ!」
「…そうだね」
港町を見つめるカーシュナーたちに、ギルドマスターは港中に響くような大声を張り上げる。
「いつまで後ろを眺めておるつもりじゃ! 前を向け! 海の向こうを見つめんかい!」
「朝日が眩しくて無理」
「ジュザ! 話の腰を折るでない! わしゃ今かっこいいことを言おうとしていたんじゃ!」
「それ言ったら台無し」
「お前が台無しにしたんじゃ!」
カンカンに怒るギルドマスターをカーシュナーがなだめる。
「それより、どうするんじゃ? わしの提案を少しは考えてくれたのか? 他のもんはお前さんについて行くと言うておるんじゃからそろそろ決断せい!」
「はい。もしご迷惑でなければ、お世話になりたいと思います」
「迷惑なもんかい! わしゃ嬉しくて踊りだしたい気分じゃ!」
ギルドマスターはそう言うと、本当に踊りだした。
「猿回し」
「誰が猿じゃあ!!」
ジュザの一言にギルドマスターがぶち切れ、杖を振り回して追いかける。
逃げ出したジュザが停泊している船に逃げ込む。その後を追ってカーシュナーたちも船に乗り込んだ。
流血と狂気の過去と決別し、カーシュナーたちスラム街の住人達は、大陸辺境ではなく、人類未踏の地、南の大陸へと旅立つ。後々まで彼らは、今日の選択を誇らしげに語るのだった。自分たちは偉大な英雄と共に人類の新たな歴史を切り開いたのだと…。