--時は戻って新大陸。
未知の甲虫種の捕獲に成功した調査団一行は、港跡地に上陸した。
まったく未知数の大型モンスターを相手に、無傷の完全勝利を収めての上陸はお祭り騒ぎであった。カーシュナーの機転で捕獲せず、討伐まで戦っていたら撃龍船かハンターのどちらか、下手をすればその両方に被害が出ていた可能性があるだけに、喜びもひとしおであった。
そんな中、もっとも大はしゃぎしたのが、王立古生物書士隊の元隊長である。
シェンガオレン並の巨体のため陸上に引き上げることが出来ず、やむなく海中に潜って調べることになったのだが、若手の書士隊員よりも先に海に飛び込んでいた。高齢のため背中は丸まり子供よりも小さくなってしまった身体で、海中を自在に泳ぎ回っている。カーシュナーが飛び込んだ海域よりもかなり南下しているため、水温はかなり低いはずだが、なんともないようだ。
「海猿」
この様子を見たジュザがぼそっと呟く。そばにいたギルドマスターがこれを聞き、腹を抱えて大笑いする。
「上手いこと言いよるのう。確かにあれでは新種のモンスターか、珍獣じゃわい。泳いでる猿は見たことがないが、きっとあんな感じじゃろうて」
自分が猿呼ばわりされると怒るが、他人が猿呼ばわりされる分にはかまわないらしい。むしろ喜んですらいるようだ。竜人族の老人はクセのある人物が多いが、ギルドマスターも負けてはいない。
「貴様ら! 聞こえんとでも思ったか! 二人して人を猿扱いしおって! 後で覚えておれ!」
海面から顔を出した隊長が怒鳴りつける。ジュザとギルドマスターは顔を見合わせ舌を出した。
「逃げよう」
「うんむ。けっこう本気で怒っておったのう。しばらく近づかんでおこう!」
二人は声を上げて笑いながら逃げて行った。
港町から新大陸を目指す航海の旅は、スラム街から調査団に参加した人々に大きな変化をもたらした。
彼らを苦しめていた最大の原因は仕事不足だった。港町が正常に機能する範囲を超えて多くの難民が戦乱を避けて避難してきたため、何もかもが不足していた。働く意思も能力もあるのに、それを生かす場がなかったのだ。
カーシュナーが娼婦街そのものを壊滅させずに残したのは、本人が進んで選んだ仕事ではなくても、すでにそこが生活の起点になってしまっている人々から生活の糧を得る手段を奪わないためだった。ハンナマリーなどは建物を含めた全てを破壊しようと主張していたが、潔癖なだけでは生きてはいけない環境だったのだ。
調査団に参加した彼らには多くの仕事が待っていた。労働に見合う正当な報酬と共に。
険しかった表情は日ごとに明るさを増し、笑い声が増えて行った。港町では不当な暴力を警戒しながら、息を潜め、身を潜めて生きてきた彼らにとって、陽の光を存分に浴びて暮らす生活が、彼らに纏わりついていた混迷の時代が生み出した狂気を浄化してくれたのかもしれない。
彼らが港町で味わった苦渋の数々を聞いた調査団の面々は、彼らの変化を、当人たち以上に喜んだ。当初参加予定のなかったグエンも、ギルドマスターに無理を言って急遽参加していたが、ルッツやその妹のリンが楽しそうに過ごすのを、まるで父親のように嬉しそうに眺めていた。
カーシュナーとその姉のハンナマリー、二人の親友、リドリーとジュザも変化していた。
カーシュナーだけではないが、ギリギリの生活を送っていた彼らは全員ひどくやせていた。グエンなどはさして上手くもない携帯食料を本当に美味しそうに頬張る姿を見ていたので、とにかく食べさせた。小さな子供も含めて全員食べる分以上に働くので、ハンターから船員にいたるまで、みな快く食料を提供した。
そのおかげで、枯れ木のようだった彼らの身体は瞬く間に一回り大きくなった。
ハンナマリーとリドリー、ジュザの3人は、一回り大きくなったことで戦士の風格が増していた。G級のハンターたちも、おそらくケンカになったらこの3人には敵わないだろうとその実力を評価していた。ハンナマリーは圧倒的に、リドリーはさりげなく、ジュザは抜身の刃物のように、百戦の気を纏っていたからだ。
カーシュナーはこけていた頬がふっくらとし、海の湿気でクルクルと巻いた頭髪も相まって、微笑むと天使のような姿へと変わっていた。
これまでスラム街の住民の精神的支柱を、その幼い肩で担ってきたカーシュナーは、その重すぎる荷を下ろしたことで、歳相応の少年らしさを取り戻していた。
カーシュナーの変化がハンナマリーとリドリー、ジュザの三人にも影響し、彼らも肩ひじ張らず、素直に周囲の大人たちに馴染んで行った。
その中でもジュザとギルドマスターは特に親しくなった。知らない者が見ると、ギルドマスターが癇癪を起してジュザを追い回しているようにしか見えないが、最後には二人して笑っていた。家族を失ってからは声に出して笑うことなどカーシュナーたちの前以外ではなかったジュザは、始めは自分が笑っていることに戸惑っていたが、何も語らず、それでいて理解の色をたたえた目で一緒に笑ってくれているギルドマスターに、心を開いていった。
隊長に怒られて逃げ出した二人は、朽ちて久しい井戸とおぼしき物の前で調合師ギルドのメンバーとチヅルの船の若い竜人族の船医が顔をしかめている現場に合流した。井戸の向こう側にいたリドリーが、ジュザとギルドマスターに気づき声を掛ける。リドリーの声で二人の存在に気づいた調合師の長が、ギルドマスターに手招きする。
「お前さんひまそうじゃのう。ちょっとこの穴に潜ってくれんか」
調合師の長が、かたわらの積み石の崩れた穴を指しながらギルドマスターに頼む。
「なっ!! 何を言っているんですか! いま水からど…」
慌てて口をはさむ船医の口を、調合師の長が文字通り手でふさぐ。
「余計なことを言うでない! 適当におだててやれば喜んでやるんじゃ…」
ギルドマスターは、船医に小言を言ってる最中の調合師の長の肩をむんずと掴むと無理やり振り向かせ、ラ-ジャンそっくりの形相でにらみつけた。
「誰が、何を、適当におだてればやるじゃと?」
調合師の長は一切ギルドマスターとは視線を合わせず愛想笑いを浮かべてごまかそうとしたが、ギルドマスターの目が、今度はナルガクルガのように赤く輝くのを見て観念し、本当のことを話した。
「ど、毒が検出されたんじゃよ! わしらは目下水不足に悩まされたおるから、原因を早急に調べたかっただけなんじゃよ!」
「毒じゃと! 貴様、そんなところにはガスも充満しておるかもしれんではないか! うっかり入って行ったらイチコロじゃろうが!」
「じ、じゃからお主に頼んだんじゃろうが」
「どういう意味じゃ!」
「この中でお前さんが一番惜しくない…」
言葉の途中でギルドマスターは調合師の長の首を絞めて黙らせた。
「やりすぎですよ、ギルドマスター! 確かに調合師の長も正直に言い過ぎですけど…」
「正直に言い過ぎとはどういう意味じゃ! お前さんも絞められたいのか!」
こちらも正直に言い過ぎてしまった船医がギルドマスターの真紅の瞳ににらまれて言葉を飲む。
怒り狂っているギルドマスターの肩をジュザが叩く。
「止めるでない! ジュザ! このじじいに引導を渡してやるんじゃ!」
「もったいない」
「このおじいちゃんを穴に入れればいい」
どうせ引導を渡すなら、有効利用しようとジュザは提案したのだ。
「なるほど! お前さん冴えとるのう。よし、ロープを用意せい。括り付けて叩き落としてくれるわい!」
この後、悪ノリしたリドリーとジュザが、泡を吹いてのびている調合師の長に、本当にロープを巻き付けている途中で調合師の長が目を覚まし、暴走したゲリョス顔負けの勢いで大騒ぎしたため、調査のために散っていたハンターや手の空いている者が全員集まってしまった。
事の次第を聞いた行商ばあちゃんが呆れて二人の竜人族の老人を叱りつける。ついでに、悪ノリしたリドリーとジュザもお説教を受けるはめになった。
「毒は致死性の強いものですか?」
行商ばあちゃんに4人が叱られている隣りで、カーシュナーが船医に尋ねる。
「いや、水で薄められているからそこまで強いものではないんだけど、ここで検出されたものはランゴスタなどにみられる麻痺系の毒で、少し離れた井戸ではゲリョスやガブラスなんかにみられるダメージ系の毒が検出されたんだよ。普通こんなことはあり得ないんだけどね」
「シロちゃんは何か知ってる~?」
リドリーたちがお説教されているのを面白そうに眺めていたチヅルが、カーシュナーたちの会話を耳にし、隣りにいた白い獣人に尋ねる。
「ごめんね~。知らないの~。地表に溜まって~、腐った水が~、毒を持つならわかるんだけど~。この辺りは大地の浄化作用が強いから~、地下水が毒を持つなんて~、あり得ないの~」
二人の会話にうんざりしながらも、船医はこの情報から一つの結論に達した。
「つまり、地下に浸透した後で複数の毒に汚染されているってことですね」
「そう考えると~、納得できるの~」
白い獣人も船医の意見に賛同する。
カーシュナーは周囲を調査していたハンターたちに、周囲の状況を細かく確認してまわった。
どうやらここは、港を中心とした都市国家であったことが推測された。カーシュナーたちが海底大地震による災害後に身を寄せていた港町の優に10倍はあろう大都市である。もっとも、いまでは緩やかな登り傾斜で広がってく視線の先で、崩れ残った僅かな建物の壁が、植物の群れに飲み込まれながら、申し訳程度に顔をのぞかせているだけだった。
「毒が湧いたせいでこの都市は滅んじまったのかな?」
グエンが自分の調査結果をカーシュナーに説明しながら尋ねてくる。
「それはないと思います。この土地は毒が湧く条件を何一つ備えていませんから」
「でも、実際に毒は湧いているぜ? 未知の大陸だ。オレたちには及びもつかない地下深くで、毒の地底湖みたいなものに繋がっちまった可能性もあるんじゃないか?」
グエンにしては珍しく、少し考えた発言をする。そのことをチヅルに指摘され、グエンは苦笑した。
「人をババコンガか何かみたいに言わんで下さいよ~。カーシュナー君が考える材料を少しでも多く提供しようとがんばっているんですよ~」
「それはいいことなの~。でも、本気で思ってる?」
「まさか! 井戸まで浸透するくらいなら、周りにわんさか茂っている植物がこんなに瑞々しい訳ないじゃないですか。間違いなく毒を吸い上げて禍々しい感じの、沼地の植物みたいになっていますよ」
「確かに~。どう考えても不自然なの~」
一同が考え込む中、カーシュナーが誰にともなく尋ねる。
「これだけの規模の都市なら、地下水道が整備されていた可能性はありませんか?」
船医が首をひねりながら答える。
「これだけの規模の都市が、ここまで自然界に飲まれるには、100年や200年じゃ無理だから、おそらく500年以上は経っているはずだと思うんだ。この都市が建造されたのはそれよりも前になるから、下水道や上水道の整備なんてまだ行われていなかったんじゃないかな?」
「そうですよね…」
「もしかして、何か思いついたのかい? だったら遠慮しないで言いなよ」
グエンが考え込むカーシュナーを促す。
「夢みたいな話なんですけど、いいですか?」
「おうとも! どうせ誰もいい考えなんて思い浮かんでいないんだから、どんどん言いなよ!」
「それじゃあ話しますけど、まず、地下水道が整備されていると仮定します」
カーシュナーの周りにいつの間にか人垣が出来る。ついさっきまでギルドマスターたちが、行商ばあちゃんに怒られるのを面白そうに眺めていたハンターやそれ以外の調査団のメンバーが、カーシュナーたちの会話に魅かれて集まったのだ。行商ばあちゃんもお説教を中断してカーシュナーの言葉に耳を傾ける。
「これだけの大都市の地下水道ともなれば、それはもう迷宮といってもおかしくない規模だと考えられます。また整備などの面から考えても、人間が十分動き回れるだけの広さを持っていると思います」
グエンが真剣な表情で頷く。
「加えて、どう考えても毒が湧く自然環境下にないにも関わらず、複数の種類の毒が検出されています」
周囲に集まった人たちも、面白半分に聞いていたはずが、固唾をのんで聞き入っている。
「毒は何者かによって、都市の地下に持ち込まれているのではないでしょうか? いまこの瞬間も」
「こえーよ、カーシュ! そういうのやめ……」
リドリーが身震いしながら言いかけたその瞬間、井戸の底から、野太い生き物の警戒するような鳴き声が響いたのであった。
「きぃいやあああああぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!」
その直後に上がったチヅルの悲鳴に、全員が背中をビクッと震わせ、心臓が10拍ほど停止したのであった。
全員が瞬間の仮死状態から復活すると、チヅルに抗議が殺到した。
「こりゃ! チヅル! あんたワザとやったね!」
「空気読んで下さいよ! ふざけていい場面じゃないでしょ!」
行商ばあちゃんが怖い顔で詰め寄れば、船医もこめかみに青筋を浮かべて文句を言う。
「ちょっと待った! ギルドマスターと調合師の長の二人が息してないぞ!」
抗議に混じってグエンが慌てて叫ぶ。
そんな混乱をしり目に、チヅルは泣くほどの勢いで腹を抱えて笑っていた。
「あ~びっくりした」
カーシュナーが大きな翡翠色の目をいっぱいに広げて呟く。頬がふっくらしたおかげで少女のような顔立ちになったカーシュナーは、何気ない仕草が抜群に可愛くなった。チヅルの悪ふざけに怒っていた人たちも、カーシュナーのびっくり顔に癒され、落ち着いていく。
「驚きの癒し効果」
「まったくだ。港町を出てから、存在感による癒し効果が増してく一方だな」
ジュザとリドリーが顔を見合わせる。
「私の弟だからな」
ハンナマリーが胸を反らす。
「いや、ハンナの弟って意味なら、癒し効果はないはずだぞ」
「どういう意味だよ!」
「ハンナに癒し効果ないから」
「あるだろ!」
「どこに?」
リドリーとジュザが揃って首をかしげる。
「てめえら!」
ハンナマリーがリドリーとジュザを追い回しているかたわらで、カーシュナーは自分の中にある引っ掛かりを捉えようと思案していた。いまのこの状況にではなく、この状況に関連している何かだ。
「モンスターかはまだわからないけど、毒に汚染された井戸の奥に何かがいるのは間違いないな。オレは正直カーシュナー君の推測が的中していると思うぜ」
グエンの言葉にチヅルも賛同する。
「そうだね~。複雑な地下水道があって~。しかもそこに~、毒を持ったモンスターがいるのが~。一番最悪なの~」
「そうっすよ。とりあえず、最悪の事態に備えて行動しましょう」
そこに船医によって蘇生したギルドマスターが、チヅルを杖で軽く小突いてから話に加わる。
「痛いな~」
「やかましい!! お前は後で説教じゃ! それよりも、お前さんらの言う通り、ここは最悪の状況を想定して行動せねばならん。ハンター1パーティに王立古生物書士隊員か古龍観測所職員を1名同行して、地下への入口を探すんじゃ! 見つけたらまず報告。決して先走るでないぞ! ここはハンターズギルドに管理された狩場ではないということを、肝に銘じて行動するんじゃ!」
ギルドマスターの指示が飛び、超一流のハンターたちが迅速に行動に移る。王立古生物書士隊員と古龍観測所職員たちは、指示される前に同行するパーティを見つけて散って行った。
その場に残ったのは、護衛担当のハンターたちと、新人ハンターであるカーシュナーたちだけだった。
「よし、わしらは一旦船に戻るぞい。護衛が散ってしまうと一般職の連中の守りが手薄になるからのう。カーシュちゃんたちは装備が整うまでは無理をするでないぞ」
「わかってる。私等も護衛かい?」
「そうじゃのう。とりあえずわしらと…」
「みんな来て!」
ギルドマスターの言葉を遮って、カーシュナーが突然走り出す。少女のような顔立ちが、いまは厳しく引き締められて、男の顔になっている。
「やばいのか、カーシュ?」
カーシュナーの行動に即座に反応してついて来たリドリーが尋ねる。ハンナマリーとジュザも当然ついてきている。
「港湾都市の地下水道なら、間違いなく海に繋がってる」
「そりゃそうだ。地下水道の出口を見つけて入ろうってのか? いいアイデアだけど、血相変えるほどのことか?」
「いま港には、捕獲したモンスターを調べるために王立古生物書士隊のおじいちゃんたちが潜っているんだよ」
「!!!!」
「万が一地下水道があって、そこにモンスターが生息していたら、ボクたちの上陸に気がついたモンスターが縄張りを守ろうとして攻撃してくるかもしれない!」
ハンナマリーが、戸惑っているギルドマスター一行にカーシュナーの推測を大声で伝える。
「いかん! あやつらのことをすっかり忘れておった! カーシュちゃんや! とりあえず安全が確認できるまであやつらを陸に上げておいてくれ!」
ギルドマスターの声が背後で響く。捜索に向かったハンターのパーティを何組か呼び戻すようにと指示する声も聞こえてくる。
「三人とも気合入れていくよ! 正直嫌な予感しかしないからね!」
「さっきの鳴き声も仲間に警告してたっぽいよな」
「同感」
「ボクもそう思うッスよ!」
ハンナマリー、リドリー、ジュザの会話に、もう一人の声が加わる。もちろんカーシュナーではない。
「誰!!」
4人の声が見事にハモる。
「いやあ、実は以前からみなさんには興味があったんッスよ! でも、なかなか話しかけるタイミングがなくて…」
そこまで言うと声の主は4人を抜き去り、前に出た。そして、くるりと振り向き、驚いたことに後ろ向きに走りながら自己紹介を始めた。
「ボクは王立古生物書士隊の新人隊員、ファーメイっていうッス!仲良くしてほしいッス!」
状況がわかっているのかと疑いたくなるくらいほがらかにあいさつをしてくる。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
カーシュナーも厳しく引き締めていた表情を緩め、笑顔であいさつを返す。
「おおっ! これが噂のカーシュナー君スマイルッスか! 確かにこれは絶対無敵の可愛らしさッス! 近くで見ると本当やばいッスね!」
「そうだろ! ファーメイさんだっけ? あんたわかってるねえ」
弟を褒められたハンナマリーがにやける。
「ボク18歳なんでみなさんより少しだけ年上ッスけど、さんづけしなくていいッスよ! 呼び捨てか、ファーって呼んでほしいッス!」
「ハンナもカーシュもちょっと待て。いきなり打ち解けてるけど、その前に片付けときたい事があるだろ」
「えっ?」
ハンナマリーとカーシュナーが小首をかしげる。
「ファー、足早過ぎ」
ジュザが代わりに指摘する。
これまでの会話の間も、彼らは全速で駆けていた。そしてその間、ファーメイはずっとバック走のまま4人の前を走っていたのだ。
「ボク防具装備していないッスから! その分軽いんッスよ!」
「オレらだって防御力5の服みたいな装備だぜ。むしろ大荷物背負ってるファーメイの方が重いだろ」
ファーメイの背中には、5日は野外生活が出来そうなほどの荷物が背負われている。武器と防具のみで、アイテムポーチがほぼ空のカーシュナーたちの方がおそらく軽いはずだ。
「なんでそんなに足早いんだよ? もしかして竜人族なのか?」
「違うッスよ! ほら、耳とんがってないっしょ!」
そう言ってファーメイはぼさぼさの髪をかき上げて片方の耳を見せた。
「どうッスか? けっこうセクシーッスか?」
「…ファーメイってもしかして女なのか?」
リドリーが眉をしかめながら尋ねる。
「あああっ! ひどいッス! また男の子と間違われたッス!」
寝ぐせだらけでぼさぼさの黒髪、真っ黒に日焼けした肌。髪と同じ黒い瞳に極端に下がった目尻。鼻筋は通っているが鼻の頭は丸くそばかすが散っており、大きな口と相まって愛嬌のある顔をしている。背丈は女性であることを考えれば、少し高めの170cm強である。丈夫そうな作業服の上下に包まれた体は、女性であることを考えれば、かなり凹凸の少ないスリムな体型をしている。正直な話、外見だけで見れば男女の区別がつきにくい見た目をしている。
「その口調がいけないんじゃねえか?」
どう間違っても人様の事など言えない口調でハンナマリーが指摘する。もっとも、ハンナマリーの場合、どれ程口汚くても男性に間違われるような外見ではないので自覚がないのだろう。
「やっぱりッスかあ! この口調が原因ッスか! 見た目はバッチリなのに、この口調のせいッスかあ!」
「いや、見た目と口調が原因だろ」
「一人称がボクなのがいけないッスかあ!!」
リドリーの指摘をあっさり無視して、ファーメイが苦悩の叫びをあげる。
「見た目8割、口調2割が原因だって」
リドリーが逃がさず指摘する。
「リドリーさん! 女の子の見た目をしつこく指摘するなんてひどいッス! 自分だって人間なのか竜人族なのかよくわからない見た目しているくせに!」
リドリーは顔の上半分が隠れるほど、毛量の多い頭髪を長く伸ばしており、整えてこそいるが、濃い頬髭と顎髭をしている。その毛だらけの顔の真ん中から竜人族顔負けの長く尖った立派な鼻が飛び出しており、かなり特徴的な顔立ちをしている。
「悪かったよ。怒んなって。でもなんで自分のことボクなんていうんだよ?」
「子供のころからのくせッス!」
「直さないのか?」
「いまさら自分のこと「わたし」とか「わたくし」とか、気持ち悪くて言えないッスよ!」
「じゃあ、諦めろ」
「リドリーさん冷たいッス!」
「オレも呼び捨てかリドでいいよ。さん付けは、なんか気持ち悪くていけねえ。それより、女なのはわかったけど、本当に竜人族じゃないのか?」
「リドが竜人族じゃないってこと以上にないッス! リドこそ本当に竜人族じゃないんッスか?」
「正直自分でも時々疑わしくなるけど、一応人間だ。そうするとやっぱりとんでもない俊足だな」
「そんなに速いッスか?」
「速い。オレ後ろ向きでそこまでのスピード出せない」
ジュザが感心しながら言う。
「これでも全力じゃないんッスけど」
「マジか!」
「はいッス!」
「ならひとっ走りして、自分とこの元隊長のじいちゃんに事情を伝えて避難させておいてくれ!」
「まかせてほしいッス!」
「あっ! ちゃんと前向いて走れよ!」
「がってん!」
言うが早いかファーメイは体勢を入れ替えると一気に加速した。カーシュナーたちをグングン引き離すと、その大荷物を背負った背中があっと言う間に見えなくなる。
「…もしかして、世界で一番足の速い人なんじゃないかな」
カーシュナーの言葉に、他の3人は大きく頷いた。
カーシュナーたちは、途中で何回かスタミナ切れを起こして足をゆるめたが、それでも一度も立ち止まらずに港跡に到着した。視線の先にファーメイの後姿を捉えた瞬間、4人は事態が最悪の方向に向かっていることを悟った。
へたり込むファーメイに追いついたとき、4人は目を覆う光景を前にした。
引き揚げきれなかったモンスターを係留していた場所は、まるで土砂でも流れ込んだかのように、一面淀んだ茶色に染まり、その中にモンスターを調査していた男たちの硬直した身体が浮いていた。当然王立古生物書士隊の元隊長の小柄な体も濁った波に揺られていた。
ジュザが隊長目掛けて飛び込もうとするのを、カーシュナーが必死でしがみついて止める。
「入っちゃだめだ、ジュザ! 海は間違いなく毒に汚染されているよ!」
「まだ動いている!」
いつにない大声を上げてカーシュナーを振りほどこうとする。
「動いてる?」
ハンナマリーとリドリーにジュザを任せて、カーシュナーは隊長を観察した。確かに動いている。しかもそれは意思を感じさせる動きだ。
カーシュナーは周囲を見回した。海に入ることは出来ない。撃龍船まで戻り、小船で戻ってくるのが一番確実ではあるが、毒では死ななくてもこのままでは窒息死してしまう。浮いている人数は、調査していた人数と合っている。引き上げられればまだ望みはある。
「ファーメイ! 荷物の中を見せて!」
カーシュナーは仲間が全員死んでしまったと思い、放心しているファーメイから、引き剥がすようにバックパックを降ろすと調べ始めた。
虫あみにピッケルというハンターの採取クエスト御用達アイテムはもとより、落とし穴やシビレ罠、ペイントボールにブーメラン、また、その調合素材となるアイテム類と、王立古生物書士隊の必須アイテムであるノートと筆記用具、野外生活に必要な肉焼きセットに防水性の高い布、丈夫なロープなどが出てきた。
「いける! リド、手伝って! 姉さんとジュザは周辺の警戒をお願い!」
「カーシュ!」
ジュザが表情で問いかけてくる。
「任せて! 助けてみせる!」
カーシュナーの言葉にジュザは力強く頷くと、普段の冷静なジュザに戻り、周辺の警戒に就く。
「オレは何をすればいい?」
「ネットの調合と、落とし穴を分解して可能な限りのネットを用意して! その後、ネットを全部繋ぎ合わせて大きな一つのネットにしてから、石ころとロープを追加で調合して投網を作ってほしいんだ!」
「そんな調合やったことねえぞ!」
「わかってる。でもこの中で成功率が一番高いのはリドだから、何とか頑張って!」
カーシュナーは信頼に満ちた視線でリドリーを見つめると、ニッコリ微笑んだ。
「お前さんにそう言われちゃあ、もえないゴミには出来ねえな。いっちょやるか!」
「ボクはなぞの骨を繋ぎ合わせて竿を作るよ」
「大丈夫か?」
「調合書もあるから大丈夫!」
カーシュナーは手早く竿を調合すると、ファーメイに声を掛けた。しかし放心状態が解けないファーメイは、カーシュナーの声に答えない。
「どけ、カーシュ」
リドリーはそう言うと、近くにあったブーメランを無造作にファーメイに投げつけた。
「ぎゃん!」
ブーメランの直撃を顔面に受けたファーメイが犬のような悲鳴をあげてひっくり返る。
「いつまで呆けてやがる! シャキッとしやがれ!」
リドリーの怒声が飛ぶ。
鼻血を手で押さえながら、ファーメイは起き上がると、状況を思い出し、表情を暗くする。
「ファーメイ! 撃龍船まで全力で解毒薬と漢方薬を取りに行ってきて!」
「…えっ? いや、でも………」
「さっさと行け!!」
「は、はい!!」
リドリーの再度の怒声にファーメイが飛び上がる。そして撃龍船に向かいかけて振り返る。
「あ、あの、…助かるんッスか、みんな?」
「オレらが上手くやれても、お前がもたもたして間に合わなければ、全員死ぬけどな」
「!!!! 絶対に間に合わせるッス! たとえ脚が千切れたって間に合わせてみせるッス!」
「カーシュ! 気合い入れてやれ!」
カーシュナーはファーメイに近づくと、思いきり背中に平手打ちを入れた。悲鳴を上げてファーメイがのけ反る。
「こちらはボクたちに任せてください。でも、本当の意味で助けられるかは、ファーメイ、あなただけが頼りです。お願いします」
カーシュナーの真摯な瞳に見つめられたファーメイが頬を染める。
「はいッス! 気合い注入ありがとうッス! 行って来るッス!」
気合十分のファーメイは、一瞬でカーシュナーの前から姿を消した。大荷物を下ろしたことで本来の全速力を出せたからだが、最初の一歩で最高速度に達している。人間の一線を越えた、神速の域である。
根拠はないが、カーシュナーはファーメイが間に合うことを確信した。後は自分次第だ。ファーメイ以上の気合いがカーシュナーの全身を満たす。
「カーシュ! 出来たぞ! だけど船はどうする? 港からじゃ投網は届かねえぞ!」
リドリーの疑問に、カーシュナーはある一点を指さした。そこには引き揚げられずに係留されているモンスターがいた。
「!!!! モンスターを船代わりにしようってのか! よくそんな事思いつくな! でもよ、あんなデカブツ動かせるのか?」
「姉さん次第!」
カーシュナーの言葉の意味を悟ったハンナマリーが、両手で顔面に気合を入れる。並の人間の顔面なら骨折しかねない勢いだ。ハンナマリーはカーシュナーが調合した竿を手に取り、カーシュナーに向かって大きく一つ頷いて見せた。そこに余計な言葉はない。
「ジュザは投網をお願い! リドは港から援護! ボクは一緒にモンスターに乗り込んで投げナイフで同じく援護!」
カーシュナーの指示が飛び、ハンナマリーが一同を見渡す。
「行くぞ!! 野郎ども!!」
「おおぅ!!」
ハンナマリーの号令一下、リドリーはクロスボウガンを構え、ハンナマリーはモンスターに飛び乗ると竿を港の石造りの桟橋に当て、力を込める。その間にジュザとカーシュナーの二人はモンスターを係留している鎖を解きに掛かった。
鎖が解けるのとほとんど同時にモンスターの巨体がゆっくりと動き出す。ハンナマリーは顔を真っ赤にしながら全身の筋肉を震わせて竿に力を込めていた。
浮力があるとはいえ、シェンガオレン並の巨体である。ここに運ぶにも、途中までは撃龍船で引き、最後には幾本も鎖を掛けてハンター総出で港につけたのだ。本来人一人の力でどうにか出来る問題ではないのだ。それを考えると、ファーメイの俊足が神速の域ならば、ハンナマリーの怪力は、東方神の持つ金剛力の領域である。
ゆっくりとではあるが、臨時のモンスター船は着実に海面に漂う王立古生物書士隊員たちに近づき、ジュザが即席の投網で次々と救出して行った。
最後に王立古生物書士隊の元隊長を救出しようとした時、茶色く濁った海中を黒い影が横切り、海面に躍り上がって隊長に襲い掛かった。その数5体。投網と竿を操るジュザとハンナマリーは当然どうすることも出来ない。
リドリーのクロスボウガンが二度火を吹き、カーシュナーの手が三度ひるがえる。共に狙いは逸れることなく命中する。
この時、カーシュナーの投じた投げナイフを受けた個体が爆裂した。つい最近なぞの粘菌の解析に成功した王立古生物書士隊が、調合師ギルドと共同で開発した新たな投げナイフ、『爆裂投げナイフ』である。培養したなぞの粘菌と爆薬と投げナイフを調合するもので、調合成功率55%の高難度調合アイテムである。ちなみにいまカーシュナーが手にしている爆裂投げナイフは、誕生日に今まさにモンスターに襲われる寸前だった王立古生物書士隊の元隊長から送られたものだ。隊長はある意味自身の厚意によって救われたことになる。
ジュザが投網で隊長を引き上げていると、リドリーとカーシュナーに撃退され、一度は海中に逃れたモンスターが2体、再び顔を出す。先ほどの攻撃で学習したのか今度は不用意に飛び掛かっては来ない。代わりに大きく口を開くと、カーシュナー目掛けて毒液を吐きかけて来た。
カーシュナーは軽く身を捻るだけで毒液をかわすと爆裂投げナイフを投じた。再び爆裂投げナイフを頭部に受けた個体は、おそらく気絶したのだろう。腹を上にして海面に浮かび上がった。もう1体はリドリーのクロスボウガンの一撃を目に受けて海中に逃げ込む。
浮かび上がったモンスターはブルファンゴ程の大きさで、カエルのような姿をしていた。
「ジュザ! あれも捕獲して!」
カーシュナーがとっさに指示する。
隊長を引き上げ終わっていたジュザが、一発でモンスターを捕らえる。
全員を救出することに成功したカーシュナーたちはモンスター船を桟橋に返し、再び係留すると王立古生物書士隊員たちを陸に移した。
全員息はあるが、麻痺系とダメージ系の毒を受けており、このままでは体力が尽きて死んでしまうだろう。
手持ちに薬草すらないカーシュナーたちに出来ることは、モンスターの襲撃に備えることだけで、彼らを救うために出来ることはもはやなかった。後はもう、ファーメイが間に合ってくれる事を祈るしかない。
程なくして、カーシュナーの根拠のなかった確信が現実になった。ファーメイがはるか手前からブレーキを掛け、所々穴の開いた港の石畳の上を滑って来たのだ。
「持ってきたッス!」
「解毒薬を出してください! 麻痺のせいで漢方薬は飲み込めません! 解毒薬をのどに流し込んでやってください!」
「みんな焦るなよ! ゆっくりと流し込め! 肺に流れ込む危険性があるからな!」
カーシュナーの指示とリドリーの注意が飛び、ジュザ以外の3人は慎重に解毒薬を隊員たちに飲ませていった。ジュザはツインダガーを構えて周囲を警戒している。
最後に隊長に解毒薬を飲ませ終わると、一同はようやく一息入れることが出来た。
「…死ぬかと思ったわい」
しばらくして麻痺が解けたのだろう。隊長がいきなり起き上がる。
「隊長じいちゃん、大丈夫か?」
リドリーが心配げに声を掛ける。
「隊長、秘薬ッス!」
ファーメイが体力を全回復する秘薬を差し出す。
「いや、それには及ばん。カーシュちゃんたちに持たせておくんじゃ」
「隊長じいちゃん、無理よくない」
ジュザが背中越しに心配する。
「ありがとうよ。ジュザや。しかしのう、まだ何も終わっておらんのじゃ」
「終わってない?」
ハンナマリーが尋ねる。
「そうじゃ。わしらはとりあえず助かったが、問題は何も解決しておりゃせん。わしらを襲ったモンスターのことはまだ何もわかっておらんし、何よりこの港跡地の地下は得体がしれん。いつどこからモンスターが出てきてもおかしくない状況じゃ」
隊長の言葉に一同は思わず唸った。すでにそのことに気づいていたカーシュナーだけが冷静に構えている。
「地下のことはわかりませんが、先ほどのモンスターなら1体捕らえていますよ」
「なんじゃと!」
カーシュナーの言葉に先ほどまで死にかけていた隊長が歓声をあげる。それまで倒れていた他の隊員たちもふらふらと起き上がってくる。
「調べましょう、隊長」
「やった。新モンスターだ」
その不気味な迫力に、さすがのカーシュナーも若干気圧されながら、捕らえたまま海に沈めておいたモンスターを回収に行く。一人では無理なのでハンナマリーも手伝いに行く。
いざ引き上げてみると、それは不細工で不可思議なモンスターだった。
「どうやら両生種のようじゃのう。ファーや。両生種はわかるかのう」
「はいッス! 両生種はテツカブラやザボアザギルなんかがそうッス!」
「ザボアザギルには幼体がおたことは覚えておるかな?」
「あっ! うっかりしてたッス! ってことは、これの成体がいるってことっすか!」
「断言は出来ん。このサイズで成体ということもありうるからのう。じゃが、ここはおると考えて警戒するべきじゃろう」
「そうッスね! それより…」
ファーメイが何か言いかけた時、それまでひっくり返っていたモンスターが突然身じろぎし、起き上がった。
それを見た隊長が、手近にあった石畳の破片でモンスターの頭をスコーン!と殴りつけた。哀れなモンスターは再び気絶し、ぐったりと伸びてしまう。
「あ~、びっくりしたッス! それよりこのモンスターの背中に生えてるのは何なんッスかね?」
それまで腹を上にしてひっくり返っていたためよくわからなかったのだが、体の上面全体に長さが20cm程の細長いものがびっしりと生え、首の真後ろあたりに何かを幾重にも包んだ様なコブがある。
隊長は近くの木から小枝を折ると、枝を使って背中に生えたものを調べ始めた。毒を持っていることがわかっている以上素手で調べるわけにはいかない。皮手袋があればよかったのだが、手元にないためやむを得ず手近にあるものを利用して調べるしかない。
背中に生えているものをかき分けて皮膚を調べようとしたが、かなりびっしり生えているため皮膚は調べられなかった。次に生えている細長いものを一本だけ持ち上げ、太陽にすかしてみたり、触れないように気を付けながら匂いなどを確認してみた。
「…葉っぱのようじゃのう」
「葉っぱって、木とか草とかの、あの葉っぱッスか?」
葉っぱと聞いて安心したのか、ファーメイが不用意に手を伸ばす。隊長がその手をピシッと小枝を持っていないほうの手で叩く。
「油断するでない! 毒草だったらどうするつもりじゃ!」
「す、すみませんッス! あ、だから小枝で叩かなかったんッスね!」
「当たり前じゃ! 万が一毒草じゃったら小枝にも毒が付着しておるかもしれんじゃろう!」
「お、恐れ入りましたッス!」
「まあよい。お前さんはまだまだ若い。これからしっかり学んでいってくれればよいわい。ただし、わしらの扱う物は一歩間違えば命を奪いかねん物が多いことを肝に命じておくんじゃぞ。自分の命ばかりではなく、人様の命を奪ってしまってからでは、いくら後悔しても取り返しがつかんのじゃからな」
「はい! 肝に命じるッス!」
「隊長。これが葉っぱだとすれば、この首の後ろにあるものは、もしかして、つぼみか実なんでしょうか?」
周りで一緒に観察していた隊員の一人が質問する。
「かもしれんのう。じゃが、ここに毒を蓄えておる可能性もある。どちらにしろ、こんな現象は初めて見るわい」
隊長を含めた隊員全員が首を捻る。
「隊長おじいちゃん。小枝を貸してもらえますか?」
「何か気づいたのかい、カーシュちゃんや?」
「ちょっと確かめたいことがあるんです」
そう言うとカーシュナーは受け取った小枝で葉っぱの根元を探るように、背中全体と頭部に小枝を走らせた。そして何かを確信して頷く。
「首の後ろにあるものを中心にして何かが背中全体と頭部に広がっています。太くて固い血管か、まさかとは思いますが、根っこのようなものが」
「根っこ!!」
カーシュナーから小枝を返してもらうと、隊長は同じようにモンスターの上面を探ってみる。それから他の隊員たちに小枝を渡し、それぞれに確認させ、最後にファーメイが確認してから隊員たちに意見を求めた。
「隊長! これ、絶対にカーシュちゃんが言うように、根っこッスよ! こんな固い血管ありえないッスもん!」
「我々もそう思います」
ファーメイと他の隊員たちもカーシュナーの意見に賛成する。
「うんむ。わしもそう思うんじゃが、体内に、しかもこれ程の範囲で異物が広がれば、どんな生き物でも激痛で発狂して死んでしまうじゃろう。自分に置き換えて想像してみればわかりやすいはずじゃ」
「ほおおおっ! た、隊長! 怖いこと想像させないでほしいッス! 背中がムズムズしてきたじゃないッスか!」
他の隊員たちも同意見なのだろう。非難の目を隊長に向ける。
「これ! そんな目でわしをにらむな! 気持ち悪かったかもしれんが、わかりやすかったじゃろうが? いかなモンスターといえども、こんな状態には耐えられないはずなんじゃ…」
「でも、いま目の前にいます」
どこまでも現実的な意見をカーシュナーが言う。
「……うんむ。これ以上は悩むだけ無駄じゃ。解剖してみんことには何もわからんわい。ファーや。すまんが解剖器具のセットを持って来てもらえんか」
「了解ッス! 実は必要になるんじゃないかと思って解毒薬を取りに行った時に、撃龍船に待機していた先輩たちに持ってきてくれるように頼んでおいたんッスよ!」
「でかした! いい判断じゃ!」
「もうすぐ到着すると思うんで、ひとっ走り行って受け取って来るッス!」
「お、おい! すぐに来るなら無理していかんでも…」
隊長が止めるのも聞かず、ファーメイは走り出した。たとえ新人でも、ファーメイは王立古生物書士隊の隊員である。未知のモンスターに対する好奇心が抑えられないのだろう。1分1秒でも早くモンスターを調べたいのだ。
しかし、そんなファーメイを予想外の事態が襲う。
石畳に開いた穴の中から、何か長いものが飛び出すと、ファーメイに一瞬で絡みつき、穴の中に引きずり込んでしまったのだ。
「きゃいいん!」
ファーメイは犬のような悲鳴を残すと、どこへ続くとも知れない穴の中に消えた。
誰もが突然の事に驚き、声も出せずに硬直している。
「行こう!」
ただ一人取り乱すこともなく、カーシュナーが声を上げる。その声には、カーシュナーをよく知る者にしかわからない怒りがこもっていた。
「おおっ!」
ハンナマリー、リドリー、ジュザの3人が、カーシュナーの声に答える。その声にも、仲間に手を出されたことに対する静かな怒りがこもっていた。