「行ってはならん。危険すぎる」
王立古生物書士隊の元隊長が、厳しい表情でカーシュナーたちを止める。
「隊長じいちゃん。私等は別にモンスターを討伐しに行こうってんじゃない。仲間を取り返しに行くだけだよ」
ハンナマリーが、隊長の厳しい視線を真っ向から受け止めて答える。そこには強い反発ではなく、けしてひるがえさない決意がある。視線の強さは竜人族の実力者である隊長をはるかに凌駕していた。
強い意志の力に押され、隊長は思わずのけ反った。
「…正直に言えば、わしも助けに行ってほしい。じゃが、わしらには何の情報もない。あまりに危険すぎる。だいたいそんな初期装備では何も出来んぞ」
「なあ、隊長じいちゃん。ハンターが活躍する狩場ってのは、じいちゃんたちみたいな書士隊や観測所の人たちが調べつくして安全が確認されてからハンターたちに解放されたのかい?」
「…いや、いま北の大陸で広く知られておる狩場のほとんどはハンターたちが切り開いてくれたものじゃ。もちろんわしらが最初に調査を行った狩場もあるが、いまも、これから先も、調べつくすことなど出来はせんじゃろう。じゃからと言って、お前さんたちが、そんな貧弱な装備で行っていいことにはならん。いわゆるハンターランクが足りておらん状態じゃ」
ハンナマリーの意図を察した隊長が、先回りして止める。
全ての言葉が自分たちを心配してくれてのことだとわかってはいる。すぐ隣にG級ハンターたちがいる状況ならば、ハンナマリーも隊長の言葉に素直に従っただろう。しかし、現実にいま、ファーメイを救出に向かえるのは自分たちだけなのだ。これはもはや、出来るか出来ないかの問題ではない。やるかやらないかの、意志の問題なのだ。
「私たちは、自分のために命なんか懸けない。死にたくなければ逃げればいいんだからね。だからこそ、私たちは仲間のために命を懸けるんだよ。権力もなければ組織力もなかった弱っちい私たちが生き残るには、仲間しかいなかったからね。背中に目は付いてないから自分の背中は守れない。私たちは互いの背中を守り合い、仲間が自分の背中を守ってくれることを信じて今日まで生き抜いてきた。だから、これからも私たちは仲間を見捨てない。だから、行く!」
静かに、だが、力強く語られた言葉は、隊長だけではなく、他の隊員たちにも届いた。それでも止めたい隊長の肩を年配の隊員が叩く。それ以外の隊員たちは、ファーメイが持ってきてくれた荷物を整理し、カーシュナーたちの持ち込みアイテムを整え始めた。
「行ってもらいましょう! わしらもみんな命の危険は覚悟の上でこの調査隊に志願しています。それはファーも同じです。でも、ここで仕方ないと切り捨ててしまうのは、ファーがあまりに不憫でなりません。あの子は……」
「みなまで言わんでもええ。ようわかっとる。じゃがな、そのためにハンナたちの命を危険にさらすわけにはいかん。もう間に合わん可能性もあるんじゃ…」
「助けられる可能性なら、私は五分五分だと思うよ。だから行くんだ。私だって仲間を諦めたことはある。…何回もね。諦めなくちゃいけない命と、望みのある命の線引きは出来るつもりだ。そういう立場だったからね」
二人のやり取りの間に、リドリーはファーメイの荷物の残りからたいまつを見つけ出し、ファーメイが引きずり込まれた穴を慎重に調べていた。地下水道に繋がる正規の入口があるはずだが、探しているひまはない。モンスターとの遭遇は避けられないが、ここから追いかけるしかないのだ。
「うんむ。ならばこれ以上は引き止めまいて。王立古生物書士隊の責任者として、ファーメイを頼む。じゃがな、退き際だけは間違えてくれるなよ」
「わかった」
拭いきれない苦悩をたたえた隊長の目を、真っ直ぐに見つめてハンナマリーが答える。カーシュナーの瞳に、心のくもりを晴らす力があるように、姉であるハンナマリーの瞳には、心の迷いを払う力があった。
(これから未知の危険に臨もうというのに、こんなじじいの重荷を気遣ってくれるとはのう…。あれだけの才覚を持つカーシュナーや、年上のリドリーとジュザが自然と従うのは、この器の大きさ故じゃろうな。)
ハンナマリーの瞳から、無言のやさしさを感じた隊長は、心の中で感心した。
漢方薬や回復薬などのアイテムが整えられ、ハンナマリーに手渡される。ジュザとカーシュナーにも手渡され、リドリーにも渡そうとした瞬間。細長いものが再び穴から飛び出し、リドリーに絡みついて押し倒した。
「リド!!」
ハンナマリーの絶叫が港跡地に響く。
絡みついた細長いものにリドリーも引きずり込まれるかに見えたが、意外なことに、リドリーは穴の中に引きずり込まれることなく、細長いものに絡みつかれたままもがいていた。
「死ぬかと思ったッス!!」
突然細長いものが絶叫する。先ほどのハンナマリー以上の大声が港跡地に響いた。
「……ファーメイ!?」
その場にいたリドリー以外の全員が叫ぶ。リドリーは耳元で咆哮並の絶叫をくらったため、軽いめまい状態に陥っている。
細長いものの正体は、連れ去られたはずのファーメイだった。粘液状のもので全身ぬったぬたになっている。
「…帰って来おったのう」
「…帰って来たね」
つい先程まで重いやり取りをしていたハンナマリーと隊長は、何とも言えない微妙な気恥ずかしさに襲われていた。
うっかり目を合わせてしまい、顔を赤くしてお互い目を反らした。普段は表に出さないようにしている部分を出したので、恥ずかしさ倍増なのである。
「油断して連れ去られるでないわ!!」
いまだにリドリーにしがみついているファーメイの頭に、隊長のげんこつが飛ぶ。照れ隠しがバレバレの行動だが、命からがら逃げてきたファーメイにしてみたらたまったものではない。
「痛いッス!! 隊長!!」
手についたぬたぬたを嫌そうに振って落とそうとしている隊長に、ファーメイが抗議する。
「やっかましわい!! お前に文句を言う資格などないわ!」
「隊長がひどいんッスよ! リド!」
そう言ってしがみついているリドリーに泣きつく。
リドリーは胸元で顔をすりすりしてくるファーメイの頭を容赦なく鷲掴みにすると、引き剥がして放り投げた。
「泣きつく振りしてぬたぬたをオレにこすり付けてくるんじゃね!」
「バレたッスか!」
まったく悪びれることなく言うと、ファーメイは大笑いした。
「いや、ほんとヤバかったんッスよ! 1回マジで丸呑みにされたんッスから! でも、あれ間違いなく両生種ッスよ! 暗くてよく見えなかったッスけど、牙のないテツカブラみたいだったッスよ!」
恐怖以上に好奇心が優っているらしく、興奮しながら自分を連れ去ったモンスターのことを説明してくる。丸呑みにされたにもかかわらず、好奇心の方が上回っているとは見上げた根性である。王立古生物書士隊の隊員に、なるべくしてなったと言える。
「ここから一度撤退しましょう。大型モンスターの存在が確認された以上ここに留まるのは危険です。みなさんもまだ毒のダメージからまったく回復していない状況で、ファーを取り逃がした大型モンスターが引き返して来たら、今度こそ犠牲者が出ます」
興奮してしゃべりまくるファーメイを遮って、カーシュナーが提案する。
「うんむ。カーシュちゃんの言う通りじゃ。皆の衆、とっととずらかるぞい!」
隊長の号令に全員が答える。
「ファーメイや。お前は少し離れて歩け!」
全身ぬったぬたのファーメイの周りから、他の隊員たちが一歩引く。
「リドも少し離れてついて来な!」
ファーメイにしがみつかれたせいで、ファーメイ同様ぬたぬたになっているリドリーも、ハンナマリーから距離を置かれた。
「ファーのせいで巻き添え食ったじゃねえか!」
「しょうがないっショ! 暗かったからリドが持ってたたいまつの明かりだけが頼りだったんッスよ!」
「だからってしがみつくことねえだろ!」
「必死だったから自分がこんなにぬったぬたになってるなんて気づかなかったんッス! 不可抗力ッス!」
二人が言い合いをしているところに、カーシュナーが困ったように口をはさむ。
「二人とも。そのぬたぬただけど、強酸性はないみたいだけど、おそらく唾液のはずだから消化作用があると思うんだ。だから早く洗い落とした方がいいよ」
「!!!!」
二人は同時に海に向かい、いまだに毒の影響で茶色く濁っていることに気づいて飛び込む寸前で急停止した。
「撃龍船の停泊場所まで行った方が安全だよ!」
カーシュナーの忠告を聞いたファーメイとリドリーは、全速力で撃龍船へと向かった。ファーメイにあっという間に引き離されたリドリーの怒鳴り声が、ファーメイの神速を追いかけ、これもあっという間に置き去りにされた。
ファーメイの高笑いと、少し遅れたリドリーの罵声が、カーシュナーたちの前を流れ、その後を王立古生物書士隊の隊員たちと、それを支えて歩くカーシュナーたちの笑い声が続いた。
ファーメイの指示で解剖セットを運んで来ていた書士隊員と合流したカーシュナーたち一行は、彼らが念のために持ってきていた回復薬グレートで体力を回復させると、引き返しながらこれまでの経緯を説明してやった。
その中の一人が調査団参加の直前まで氷海でザボアザギルとスクアギルの生態調査を行っていたため、捕獲した小型の両生種モンスターに強い興味を示した。
移動する間も持参した皮手袋をはめて、歩きながら可能な限りモンスターを調べていた。
撃龍船に到着した一行は医療団の判断により、毒を受けた者は竜人族の隊長も含めた全員が強制的に船内の医療施設に収容された。休みもせずに捕獲した小型モンスターを調べると言ってきかなかったからだ。
そのため、解剖は先程から小型モンスターを調べていた氷海帰りの隊員の手に任されることになった。
カーシュナーは捕獲に成功した功績もあるので、特別に解剖の過程を見学させてもらえることになった。ハンナマリーとジュザは、戻ってきたギルドマスターやハンターたちに捕まり、事の顛末を事細かに説明させられていた。先に到着していたリドリーとファーメイは海でぬたぬたを洗い落としてさっぱりしていたが、まだ若干周囲から距離を置かれていた。
互いの調査報告と、カーシュナーたちの何気に大事だった事件を聞き終えたギルドマスターとハンターたちは、カーシュナーたちの機転と行動力に改めて感心していた。
「投網を調合したじゃと! リドリーや、お前さんはやっぱり調合の才能があるのう。後で調合レシピを教えておくれ」
調合師の長がリドリーを褒めれば、
「即席の投網で書士隊隊員を全員救出して、おまけに小型モンスターまで捕獲したんだって? 大活躍じゃないか、ジュザ!」
グエンも手放しで褒めそやした。
「いや、何といっても圧巻なのが、ハンナマリーだろう! シェンガオレン級の大型モンスターをたった一人で動かしったって言うんだから、間違いなくこの調査団一の金剛力だぜ!」
狩猟の腕なら大陸中にその名を轟かすハンターたちが、ハンナマリーの基本能力のあまりの高さに手放しに感心する。
「いや、私たちなんて全然たいしたことないよ。全部カーシュの指示あってのことなんだから」
やることはやったという自負はあるが、カーシュナーがいなかったら、同じだけの成果などとても出せなかったという思いが強いハンナマリーが、周囲の褒め言葉に対して謙遜する。リドリーとジュザの二人も賛同する。
「それはオレたち全員わかってるよ。カーシュナーに関しては、もう、褒めるっていう次元を超えているんだ。褒めるなんて上から過ぎてとてもじゃないけど出来ないよ」
「まったくだ。自分が12歳のころを思い出すと、カーシュナーが自分と同じ歳になったときはどこまで行っているのか想像すら出来ないな。ハンターなら、レジェンドを超えて、神の領域にいるんじゃないか?」
ハンターたちはカーシュナーに関しては、感心を通り越して、感服しているらしい。
「とにかくお前さんたちのおかげで死者を出さずにすんだわい。ありがとうな」
ギルドマスターが全員を代表して礼を言う。
「やめてくれよギルマスじいちゃん。そういうの照れくさいんだよ」
「何を照れる。隊長じじぃと何やらかっこいいやり取りをしたそうじゃないか。書士隊の連中から聞いとるぞい」
ギルドマスターが、ファーメイ救出に対して隊長とハンナマリーの間で重いやり取りがあったことを持ち出す。ハンナマリーとしては、助けに行く前にファーメイが自力で脱出してきたため、本音を言っただけなのだが、まるでかっこつけたように感じられてしまい、早く過去に封印してしまいたい出来事であった。
「ほれぼれするほどのかっこよさだったと言うておったわい」
「ハンナは男前。伝説もある」
ギルドマスターの言葉にジュザが乗っかる。
「ジュザ。余計なこと言うんじゃないよ!」
「ええ~! ボク、ハンナの男前伝説聞きたいッス!」
ファーメイがジュザの言葉に食いつく。
「オレ口下手。リドリーに頼んで」
「仕方ねえな~。ここは一つハンナマリー伝説でもしてやるか」
頼まれる前にリドリーが割り込んでくる。
そんな3人に、ハンナマリーのげんこつが飛ぶ。
「やめい!」
まるでハンマーで杭を打ち付けるような勢いのげんこつを受けた3人は、めまい状態に陥り、無様なダンスを踊ることになった。
めまいから正気に戻ったファーメイに、ハンナマリーは怪訝な表情で問いかけた。
「いまさらだけどさ、ファーなんでここにいるの? うちの弟でさえ捕獲したモンスターの解剖に立ち会ってるのに、書士隊員のファーは見なくていいのか?」
「ええっ! いま解剖してるんッスか! 聞いてないッスよ!」
「たしか二人が身体を洗っている間に始まった」
驚くファーメイに、ジュザが説明する。
「そんなあ! ひどいッス! てっきり隊長たちが回復してからみんなで調べると思っていたッス!」
「そんな時間ねえだろ? オレたちは水と食料の補給が目当てでこの港跡地に来たんだ。食料はまだしも、水が確保出来ねえんじゃ、移動するしかないんだから、その判断材料として急いで調べているんだと思うぜ」
リドリーが言えば、
「そうだね。だからカーシュも頼んで見学させてもらっているんだと思う」
ハンナマリーも同意する。
「水とモンスターって何か関係ありましたっけ?」
ファーメイが首をひねる。
「カーシュの推測では、何かが水を毒で汚染にていることになっているだろ? 隊長たちは麻痺毒とダメージ毒の両方をくらって死にかけていたし、複数の井戸の跡からは麻痺毒とダメージ毒がバラバラに検出されてることを合わせて考えれば、あのモンスターは水の汚染に関係していると思うぜ」
「確かにそおッスね! でもそう考えると、モンスターに丸呑みされたボクが毒を受けてないのは不思議ッスね!」
リドリーの説明に、一瞬納得しかけたが、新たな疑問が湧き上がる。
「ファーを丸呑みに出来るってことはそもそもサイズが違うってことだろ? 捕獲したのはブルファンゴくらいの大きさだったから、モンスターとしての特性がでかいのと小さいのでは違うんじゃないか?」
「こりゃ! お前たちだけで話を進めるでない!」
ファーメイの疑問にハンナマリーが考えを説明しているところに、ギルドマスターが割り込んでくる。
「未知のモンスターに関する情報は全員で共有せねばいかん。ファーメイ、お前はこっちに来てモンスターに連れ去られて以降のことを細かく説明せい」
ギルドマスターはそう言うとファーメイの手を引っ張り、ハンターたちの中心に連れて行った。
「ボク、解剖見に行きたいッスよ~」
「いまさら行っても邪魔になるだけじゃ! 後で結果を教えてもらえ!」
「そんな~」
ファーメイはぼやきながら、連れ去られた時の状況を説明し始めた。
「まず最初に断わっておくッスけど、暗くてほとんど見えなかったんで期待しないで聞いてほしいッス」
「少しは見えたのかい? それとも完全な暗闇だったのかい?」
説明する前から質問が飛んでくる。
「完全な暗闇じゃなかったッス。ボクが引きずり込まれた穴ほど大きくはないけど、天井にところどころ穴が開いていたんで少しは見えたッス」
「地盤が薄いってことか?」
「いや違うだろう。もしそうだったら、とっくに崩壊していたはずだ」
ハンターたちが口々に疑問を交し合う。
「これ! 勝手に議論を始めるでない! 話が進まんじゃろうが!」
ギルドマスターの一喝で場が静まり、ファーメイは説明を続けた。
「ボクは引きずり込まれた後、真っ直ぐに奥へと引きずられて行ったッス。後ろ向きに引きずられていたんで、残念ッスけど、モンスターの姿はほとんど確認出来なかったッス。その後身体に巻き付いていた舌が一気に引っ張られて丸呑みにされたんすけど、足は自由だったんで思いっきり暴れてやったんッス! そうしたら吐き出されて、拘束も解かれたから全力で逃げたんッス!」
ファーメイは一息つくと興奮が静まるのを待ち、極力細部まで思い出しながら再び語りだした。
「ボクを拘束していたのは触手じゃなく、間違いなく舌にあたる部分だったッス。オオナズチがアイテムをかっぱらっていく感じに近いッス。これはボクの予測ッスけど、拘束してすぐに飲み込まないで奥まで引きずり込んだのは、モンスターの性格が比較的臆病なためじゃないかと思うッス」
ギルドマスターがファーメイの言葉に頷く。
「安全と思えるところまで移動してからボクを食べようとしたことから、このモンスターには食事中の隙を突かれると危険なモンスターが存在していると思うッス。白い獣人さんが言っていたことッスけど、ボクたちが上陸しているこの大陸は、主として甲虫種のモンスターが生態系の頂点に君臨しているッス。それも含めて考えると、この港跡地の地下水道に生息しているモンスターは生態系の下位に属しているモンスターだと考えられるッス」
「うんむ。的を射た考察と言えるのう」
ファーメイの考えをギルドマスターが指示し、周囲のハンターたちも賛同して頷く。
「ただ、一つだけ気になったことがあって、モンスターと遭遇した時の、あの、身がすくむ感覚が、ない訳ではないんッスけど、薄いというか、敵意がちゃんとこっちに向けられていないっていうか、食べられかけたのに、恐怖よりも不快感の方がはるかに上だったんッス!」
「!!!!」
ギルドマスターを含むその場にいた全員が、ファーメイの言葉に驚愕する。ファーメイの語ったことは、モンスターに相対したことのある者ならば、誰もがあり得ないと断言することだったからだ。そして、その場にいる誰一人として、ファーメイが冗談などではなく、本気で言っているとわかっていた。
「その感覚は正しいかもしれませんよ」
いつの間にかモンスターの解剖から戻ってきていたカーシュナーが、ファーメイの発言を肯定する。
「どういうことじゃな、カーシュちゃん? ファーメイが、感じたことを素直に言っておるだけじゃということを疑うつもりはないが、大型モンスターと遭遇して恐怖よりも不快感の方が勝るなどありえんことじゃ。これは人としての本能よりもさらに深いところにある、食われるという生命の危機に対する生物としての本能がもたらす恐怖なのじゃ! こればかりはどれほど訓練を積んでも、スキルなどの補正に頼らん限りはけして克服できんものなんじゃよ」
「その疑問は、捕獲した小型モンスターの解剖結果が説明してくれると思います」
カーシュナーの言葉に応えるように、解剖をまかされた氷海帰りの書士隊員が進み出る。
「みなさん、おおまかではありますが、驚異的な事実が判明したので報告させていただきます」
隊員の言葉に、全員が無意識に姿勢を正して注目する。
「捕獲した小型モンスターは、肉体構造から、テツカブラやザボアザギルなどと同様の両生種であることが確認出来ました。また、体内には麻痺袋があり、胃の中からマヒダケと同種と思われるキノコ類が検出されたことから、食料として摂取したキノコから毒の主成分を抽出し、麻痺袋に蓄えていることがわかりました。捕獲した超大型モンスターの調査にあたっていた書士隊員たちを襲った状況から推測するに、毒袋を体内に持つ個体も存在すると考えられます」
「鳥竜種で例えると、フロギィとゲネポスみたいなイメージでいいのかな?」
一人のハンターが確認する。
「絶妙の例えですね。違いがあるとすれば、フロギィとゲネポスが近縁種であるのに対して、捕獲した両生種は同種のモンスターが、摂取するキノコ類を食べ分けることにより、一つの種族間で複数の毒能力を身につけているということです」
「ちょっと待った! 捕獲したのは1匹だけで、その1匹は麻痺袋を持っていたんだろ? どうして同種で毒袋を持った個体がいるって断言できるんだい? 確かに襲われた状況を考えればダメージ毒を持ったモンスターがいたことは理解できるけど、別の両生種の可能性はないのか?」
別のハンターが疑問を唱える。
「確かにその可能性は排除しきれませんし、私も断言するつもりはありません。ですが、同じ鳥竜種だからといって、ランポス、ゲネポス、イーオスを1カ所に集めたときに共存するかといえば、しません。テリトリーが隣接することはあっても、重なった時点で争いになります。また、2種類の毒が検出された井戸の位置は数か所ありますが、それらの距離は近く、それでいて検出された毒の位置に規則性がないことから、仮に種類の異なる両生種が存在していた場合、テリトリーは完全に重なることになり、調査中の書士隊員を襲ったことからもわかるように縄張り意識が強いことからどちらかが排除されていたはずです」
「なるほど。書士隊員たちが麻痺毒とダメージ毒を持ったモンスターに襲われた時点で、同種族間で2種類の毒を持っていると判断したわけか」
「はい。そうでないと、フロギィとゲネポスが、外敵に対して共闘して襲い掛かってくるような事態が、この大陸では起こるということになります」
「そいつはゾッとせんのう」
ギルドマスターが顔をしかめる。
「モンスターによる共闘はこの際考慮に入れなくていいと思います。ただ、今回のケースのように、同種族で2種類以上の能力を有するモンスターが存在し、連携して襲い掛かってくると考えていた方が賢明かと思われます」
「これはいきなり狩猟のハードルが上がったな!」
「睡眠属性攻撃とダメージ毒属性攻撃の連携とか、そうぞうしたくないな~」
「そうなってくると、小型モンスターでもかなり危険だぞ!」
思った以上に深刻な状況に、G級ハンターたちも顔をしかめる。
「ちなみに、これが驚異的な事実ではありません」
伝える書士隊員も、聞かされたハンターたちも、何とも言えない表情になる。
「先程ファーメイが言っていたことに通じることなのですが、今回捕獲した小型の両生種モンスターは、寄生植物によりコントロールされていた可能性があるのです」
「はっ?」
聞かされた全員が、理解不能といった様子でポカ~ンとする。
「理解できないのも無理はありません。私自身いまだに信じられない思いですが、これは紛れもない事実なのです!」
「もっとわかりやすく説明して。正直全然わかんない」
ハンナマリーがお手上げといった仕草をする。
「捕獲した小型のモンスターが、背中にびっしり生えていた草に支配されているってことッス! 草が戦えって命令すればモンスターがそれに従うみたいな感じッス!」
「草が命令するって言われてもな~。ピンとこねえよ」
興奮して説明するファーメイに対し、リドリーが冷静に返す。
「いやいや、これは納得ッス! ボクはおおいに納得したッス!」
興奮の収まらないファーメイの後頭部を、ギルドマスターがかなり強めに殴りつけて黙らす。
「いまファーメイが言いましたが、これは共生関係の一つである寄生、つまり、片方だけが利益を得て、相手方が害を被るという形が発展したものと考えられます。捕獲したモンスターの背中には笹葉型の細長い植物が密生しており、首のつけ根あたりに葉を何重にも巻いたようなこぶ状の物がありました。また、このこぶから身体の上面一帯に根が張り巡らされ、それぞれが神経と深く絡み合っていました」
捕獲した際に、このことを確認していたハンナマリーたち以外の全員が、背中にムズかゆさを感じたらしく、もぞもぞと身動きした。
「隊長じいちゃんが言っていたけど、それじゃ苦痛のあまり死んじまうんじゃなかったっすか?」
リドリーが隊長の言葉を思い出して尋ねる。
「そうです。本来なら苦痛に耐えきれずに発狂して死んでしまいます。なのに何故あのモンスターは生きていられたのか? その答えこそが、私がこの植物を寄生植物と判断した理由なんです! この植物は根の先端から強力な幻覚作用をもたらす物質を分泌し、痛覚を麻痺させると共に、場合によっては神経を直接操り、モンスターの意思を無視して行動させることも出来るのです。加えて脳が幻覚物質漬けになっているため、モンスターの意思そのものが極端に弱く、その意志は幻覚物質によってもたらされる快感に浸っていて、寄生植物の支配から脱しようとすることもありません」
場が静まり、誰も口を開こうとしない。
「植物にそこまで出来るのか?」
いま一つ上手く飲み込めないジュザが、カーシュナーに尋ねる。自分に上手く理解できないことでも、この少年ならば理解できると信じているからだ。
「植物が意志を持って、ボクたちがするようにモンスターに指示を出しているみたいに考えるとややこしくなるけど、本当は少し違っていて、食虫植物を思い出してもらえると説明しやすいんだけど、ハエトリグサは二枚貝みたいな葉が昆虫を捕まえるよね? これはボクたちが昆虫を発見して手で捕まえるようなものではなくて、葉の内側に生えている感覚毛に昆虫が接触し、その刺激に反応して葉が閉じて捕まえる反射行為なんだ。獲物を見つけて狩猟するのがボクたちだとしたら、罠を仕掛けて待ち伏せているのが食虫植物なんだよ。でも、結果だけを見れば、どちらも獲物を手に入れている」
ここまでの説明を理解した証にジュザは大きく頷いた。
「次に思い出してほしいのが、ヤドリギ。木に丸い玉みたいになって生えていることが多い植物なんだけど、これは地面に根を張らないで、木の樹皮に根を張って、木から養分を吸い上げて成長する。その結果、ヤドリギに養分を吸われてしまった木は枯れてしまうことがある。これも、結果だけを見れば、ヤドリギに枯らされたとも言える」
これまで報告説明を行っていた書士隊員も、周囲のハンター同様カーシュナーの説明に聞き入り、大きく頷く。
「例えに上げた二つの例は、どちらも陽の光を浴びて大地から栄養を吸収して成長する一般的な植物とは異なる方法で成長に必要な養分を得ているだけで、攻撃の意思自体はそこにないっていう点で共通してるんだ。でも、結果だけを見ればどちらも攻撃行為と同等の結果を生み出していることになる」
全員が一斉に頷く。
「この寄生植物は、ヤドリギの様にモンスターに寄生して養分を吸い上げ、宿主から効率よく養分を吸収するために、宿主を太らせる目的でその行動を制御しているんだよ。おそらく外敵から身を守る行為も、反射行為が発達した結果で、このモンスター自体は、本来なら生存競争の中では生き残ることが出来なかった極めて弱い種であり、寄生植物は自分たちが生き残るためにこのモンスターの不足していた生存本能を補っているんだと思うんだ」
「つまり、なまけ者の旦那が働き者のかみさんの尻に敷かれているようなもんってことか?」
リドリーが微妙な例えで確認してくる。
「そうだね。そのイメージでいうなら、気の弱い旦那さんが鬼嫁の言いなりになって、肩身の狭い思いをしながら暮らしているようなものかな」
「でもよ。元々はおしとやかで控えめな奥さんだったってことだろ?」
「うん。でも旦那さんがあまりにも頼りないから、奥さんが強くなるしかなかったって感じかな」
「ようやくわかった」
カーシュナーとリドリーのやりとりのおかげでようやく理解できたジュザが頷いた。
「文字通り旦那の首根っこを押さえているってことか」
モンスターの首の付け根あたりにあったこぶを思い出したハンナマリーが呟く。
「その例えだとずいぶん軽くきこえるけど、小型のモンスターを支配下に置くことが可能なレベルにまで発達した以上、その能力はモンスター級の危険度と判断しなければならない。条件が限定されるけど、人間をコントロ-ルすることも理論上は可能なんだからね」
話がおかしなところに着地してしまったため、書士隊員が慌てて警告する。
「限定される条件てなんッスか?」
ファーメイが興味津々で尋ねる。
「抵抗力が極めて弱い幼児期にでも寄生されない限りは、人間がこの植物に寄生される可能性は極めて低いってことだよ。ただ、肺に入って寄生されると死ぬかもね。大人でも」
「ひいいぃぃ!! そういう気持ち悪い話はやめてほしいッス!」
「冗談だよ。大人なら激しく咳き込む程度だろう。でも、狩猟の最中に咳が止まらなくなるのはかなり危険な状態異常と言えるだろうね」
リアクションの大きいファーメイを見て書士隊員が笑う。
「この種の植物は、この大陸では一般的なものじゃと思うかのう?」
隣りで身もだえするファーメイを無視してギルドマスターが尋ねる。
「ないと思います。周辺に生えている植物を見て頂ければおわかりいただけるかと思いますが、多少の違いこそあれ、北の大陸で見られるものと同系統の植物が繁殖しています。ですが、今回問題にしている植物は、さらに詳しく調べてみないと断言出来ませんが、北の大陸では、龍幻草と九尾茸以外絶滅してしまった古代種の植物に極めて近い種の植物だと思われます」
「やはりそうか。いきなりとんでもなく貴重な物に出くわしてしもうたのう」
「そうですね。周囲の植物形態から大きく外れる植物ですから、ここ南の大陸でもかなり希少性の高いものだと考えられます」
「マスター、この後はどうしますか?」
ハンターの一人がギルドマスターに尋ねる。
「この両生種が寄生されることによって発揮される能力変化の見当はつくかの?」
ハンターの質問を一旦わきに置いて、ギルドマスターは書士隊員に尋ねた。
「能力が向上するようなことはありませんが、痛覚が極めて鈍く、ひるみにくいこと。また、両生種が気絶していても、寄生植物の反射行動により、神経を一時的に代行操作して攻撃してくることが予想されます」
「代行操作?」
「はい。解剖を行おうとしたところ、麻酔を使っていたにもかかわらず、気絶したまま暴れだしました。止む無く腱を切断して動きを封じて解剖を行いましたが、仮に意識があったとしても麻酔で完全に全身が麻痺していたので指1本動かせなかったはずです。神経を外部から直接操作でもしない限り動くことは出来ない状況でしたので、宿主の生命の危機に際して代行操作が行われたのは確実かと思われます」
「狩猟ではひるみも気絶も期待できんということかのう?」
「難しいと思われます。気絶は取れるでしょうが、追撃しようとすると代行操作で暴れるので、大型モンスターの場合捕獲も困難かもしれません」
「厄介ですね。マスター」
「そうじゃのう。カーシュちゃんや。何か良いアイデアはあるかいのう?」
自身にも考えがあるようだが、ギルドマスターはあえてカーシュナーに話を振る。
「この港跡地の拠点化は考えない方がいいと思います。でも、ボクたちには水の補給が緊急に必要です。地下水道内を確認して船着き場に一番近い場所の井戸だけ浄化出来ないか確かめて、無理ならこの港跡地を離れるしかないと思います」
「そうじゃな。今回発見されたモンスターは極めて希少性が高い可能性がある。これをわしらの飲み水を確保するためとはいえ、討伐する訳にはいかん。モンスターは撃退し、カーシュちゃんの言う通り、最低限の水源を確保することにしよう」
「では、早速潜りますか?」
「うんむ。潜るのは少数のグループに限定して、残りで港跡地の地上部分と周辺海域の調査を行う。どちらも未発見のモンスターに遭遇することを前提に調査を行うこと。また、地下水道に潜るハンターは王立古生物書士隊員か古龍観測所職員に加え、オトモアイルーと奇面族にも同行してもらうこととする」
ギルドマスターの号令を受け、ハンターと王立古生物書士隊員及び古龍観測所職員がそれぞれグループとなり、一度集めた情報をもとに探索領域を割り振り、広大な古代港湾都市跡に散って行った。
ギルドマスターのもとには、比較的ハンターランクの低いハンターたちが残った。もっとも、カーシュナーたちを除けば、ランクが低いとはいえ、全員凄腕と呼ばれる実力者ばかりである。
「ハンナや。お主らにも地下水道の探索に行ってもらうぞい」
「いいの?」
「厄介な特性を持っておるようじゃが、能力自体は下位のテツカブラを上回ることはあるまい。加えて、討伐ではなく撃退じゃから問題はないじゃろう。ただし、これから呼ぶ者たちを連れて行ってもらうぞい」
ギルドマスターは撃龍船に向かって大声で呼び掛ける。
「ヂヴァ! モモンモ! 出番じゃ!」
「はいニャ!」
「おう、だモ~ン!」
ギルドマスターに呼ばれて撃龍船から飛び降りて来たのは、1匹のオトモアイルーと1匹の奇面族の子供であった。
アイルーには様々な色や模様の者たちがいるが、このオトモアイルーは、一見すると亜種のメラルーにしか見えない白黒柄で、額に三日月形の傷を持つ、古強者といった風情のアイルーだった。どんぐりネコメイルを身に纏い、小脇にメイルとそろいのどんぐりネコヘルム抱えている。背中にはボーンネコハンマーが括り付けられていた。
奇面族の子供は、派手な柄のふんどし一丁で、ドテカボチャのようなお面を被っている。背中にはブーメランが括り付けられ、手にはお手製であろうマカネコピックのような武器を持っている。
「この二人はお主らのお目付け役じゃ。二人のどちらかが引くと言ったら従うように!」
「マジ?」
ジュザが尋ねる。
「マジじゃ。お主らは下手をするとギリギリまで無理をしよるからのう。無茶が必要な時もあるが、不必要に無茶をするのは愚かなことじゃ。この二人に万が一のことがないように注意しつつ行動するくらいが、お主らにはちょうどええんじゃ」
「わかった。約束するよ」
ハンナマリーがギルドマスターに同意している隣りで、カーシュナーが二人にあいさつをする。
「ボクはカーシュナー。よろしく」
差し出された手を取ると見せかけて、奇面族の子供はスルスルとカーシュナーの肩に登るとあいさつを返した。
「おいらは、モモンモだモン! よろしくだモン!」
奇面族の子供のモモンモは、そのまま肩車をしてもらい、大はしゃぎした。
「オレの名はヂヴァニャン。よろしくニャン」
アイルーには珍しい、美しい低音でオトモアイルーは名乗った。
「ちょっと名前がやばくないかい?」
ハンナマリーが顔をしかめる。
「いや、名前自体はヂヴァなんだし、ギリセーフなんじゃないか? 語尾がニャンだからちょっとやばそうだけどよ」
「色も赤毛じゃなくて黒毛だし」
リドリーとジュザがフォローを入れる。
「お主たち、何の話をしていのニャン?」
「ごめんね。ヂヴァ。こっちの話だから気にしないで」
不思議そうに尋ねるヂヴァに、カーシュナーが苦笑しながら答える。
「アイテムはわしが万全の用意をしてやるから、くれぐれも無茶をするでないぞ」
「気前いい」
ジュザが茶化す。
「隊長じじいを助けてくれた報酬みたいなもんじゃ」
ギルドマスターは照れくさそうにそっぽを向いた。
普段はいがみ合っているようにしかみえない竜人族の老人たちだが、百年以上の付合いから生まれた絆は、人間が思う以上に固い。ただそれを表に出すのが照れくさいだけなのだ。
「よし! 準備が整ったら出発だ!」
ハンナマリーの号令に、全員が気合をみなぎらせて答えた。
「あの~。ボクも一緒に行きたいッス」
「…………」
「ちょっと~!! 無視しないでほしいッス!」
ファーメイの絶叫がその場のいる全員の笑いを誘った。