とある心霊体験の記録です

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幽霊アパート

 あれは私が大学生の頃、一人暮らしを初めて一年もない頃でした。

 夏の終わりごろでしたが、まだ引っ越しした形跡の段ボールが部屋の隅っこに残っていたのを覚えています。

 

 ある夜でした。

 

 ピチャ

 ボンッ

 ポシュ

 

 水の落ちる音、シンクが跳ね返る音、ビニール袋がなにかの拍子で揺れる音が連続で鳴り、目が覚めました。

 

「……?」

 

 ぼやけた頭で目を擦りながら部屋を見渡しますが、そこまで広くない1Kのアパートです。特に変わったところはありません。再び寝ようと横になり、布団を被りました。

 

 ドンッ

 

 カンッ

 

 パリンッ

 

 先ほどとは違い大きな音が響いて、私は飛び起きました。

 

「なにっ……?」

 

 落ちて割れたような音はキッチンから聞こえてきたようでした。そこまで見に行く気になれず、頭まで布団を被ります。何が起きているのかは分からない、でも偶然で済ませられない現象が起きていました。気を紛らわせたくてスマホを触ります。画面に表示された時刻は2時22分を示していました。

 

「ヒッ……!」

 

 急いでスマホをスリープにし、ぎゅっと目を瞑ります。

 もう嫌だ、早く寝たい……。

 

 バンッッ

 

 

 ドンッッ

 

 

 カッッ

 

「イヤアァァァ!!」

 

 あまりの現象に耐え切られず、叫んだと同時に私は気を失っていました。

 

 朝起きてキッチンを確認してみると、ガラスのコップが床で割れていました。

 

 

 

幽霊アパート

 

体験者

木下 遥(仮名)

 

 

 

「ってことがあってさ……」

「気のせいじゃないの?」

「ほんとなんだって! コップも割れてたし」

 

 不可思議な現象が起こったその日に、そう言って私は割れたコップの写真を友人に見せます。

 が、正直ほとんど信じてくれていないのが態度から分かりました。

 思わずシュンとしていると、友人からある物を渡されます。

 

「じゃあさ、これ」

「うん……?」

「お守りのパワーストーン! (はるか)にピッタリだと思ってさ」

 

 可愛らしいピンクのパワーストーンを手に取りました。

 

「あ、ありがとう……」

「元気出してよ」

 

 そう言い残すと、次の講義があるからと去って行ってしまいました。

 

 

 しかし、私を襲う恐怖はここから始まったのです。

 

 

 

 パンッ!

 

「あっ……?」

 

 またしても物音で目を覚ましました。よく見ると昼間に付けたはずのパワーストーンが左手に付いていません。

 慌てて周囲を見ると、床には綺麗なピンクの石が散らばっていました。

 

「なんでよ……!」

 

 ドンッ!

 

 その瞬間、重厚感を伴った響き渡るような音が部屋にこだまします。ベッドのすぐ隣から聞こえてきました。

 

「何よ……!」

 

 シャァーーーッ!

 

 間違いない。シャワーが流れる音が浴室から響きました。意を決して浴室まで走ると、シャワーが出ていただけではなく、浴室の明かりまで付いていました。

 もちろん、お風呂はとっくに済ませていました。

 

 私は急いで栓を閉めて電気を切り、布団に包まって近くの神社やお寺で有名な霊媒師をスマホで検索しました。

 

 一件だけ、幸いにも口コミのランクの高い、それでいてそこまで家から離れてはいない神社が出てきました。

 私は時間帯など気にせずすぐに電話をかけました。

 

 

 

「もしもし?」

 

 何度かコールを待った後に出たのは、いかにも穏やかそうな声を出すお婆さんでした。

 

「もしもし! 私、木下といいますが! 助けてほしいんです!」

「その様子だと、随分とお困りのようだねぇ」

 

 のんびりとした空気感は変えないまま、どこか緊迫したような声色でお婆さんは応えました。

 

「良いよ。明日にでもおいで」

「ありがとうございます!!」

 

 勢いのまま電話を切り、私は安心しきって先ほどの怪音を完全に忘れて眠りに落ちたのでした。

 

 

 翌朝、大学も行けずに頼みの綱である神社に行くと、私を待ち構えていたように昨夜電話で話したであろうお婆さんが立っていました。

 無言で案内された和室の上に立った瞬間に、会話が始まったのです。

 

 

「あんたのとこにはな、そりゃあもう強く悔いを残して逝った者がおる」

「それって、私の部屋にですか……?」

 

 

 少し黙って、お婆さんはゆっくりと言いました。

 

「元々はな。でも、()()()()()()()()()()

 

 

 そんな……! 私が何をしたというのか。ただアパートに住んだだけだったのに……!

 

「私が、お邪魔しちゃったからですか……?」

 

 いつしか聞いた怪談で覚えがありました。幽霊さんは、自分の敷地を荒らされると怒る。それは人間も同じです。

 怒った時に、どのような災いがあるかは分かりません。

 

()()()()()()

 

 お婆さんは言いました。

 

「ただ、最後まで聞けば、きっと……!! きっと浮かばれる……!!」

 

 啜り泣きをしているのか、お婆さんは私から目を背けるようにして俯きます。私はきっと、どれだけ脅かされようとも、あの音を最後まで聞けばこの苦しみから逃れられる。そんな気がしました。

 

 

 あれから1ヶ月ほど経った後です。神社に行ってから現象は止んでいましたが、友人から入ってくる心配のラインには返しつつも私はまだ大学には行けていませんでした。

 何より、あの時最後にお婆さんから受けた言葉を忘れることは出来なかったのです。

 

 

『戦わにゃならんよ』

『それはお前さんの為にもなるし、向こうさんの為でもある』

 

 

 チリーン

 

 鳴るはずのない風鈴の音で目が覚めます。

 

 来た……。私は咄嗟に構えました。

 大丈夫。きっと大丈夫。

 自分に言い聞かせます。

 

 

 バンッ!

 

 壁からの音。

 

 ドンッ!

 

 窓からの音。

 

 ガンッ!

 

 玄関の扉が出す音。

 

 

「掛かって、来てよ……!」

 

 私は友人から受け取り、そして散らばってしまったパワーストーンを再び縫い直して左腕に付けていました。友人からの贈り物も、私の力になるはずだから。

 

 ピチョ

 ギー

 ガタン

 

 水の音、寝室のドアが開く音、棚が揺れる音。

 

 ポシュ

 カッ

 シャァーーー

 

 ビニール袋の音、上階の足音、シャワーが流れる音。

 

 ピッ

 ザーーッ

 カシュ

 

 エアコンのリモコンが鳴る。テレビが砂嵐を起こす。缶ビールが開く。

 

 

 それらはいつしか混ざり合い、一つの音として立ち始めたのです。

 

 ドンッ

 ドンッ

 カッ

 

 ドンッ

 ドンッ

 カッ

 

 ドンッ

 ドンッ

 カッ

 

 ドンッ

 ドンッ

 カッ

 

 

 覚悟していたとはいえ、私は身体の震えを抑えることはできませんでした。こんなことなら、一人暮らしなんて始めなければ良かった。

 

 

 ベッドから立ち上がり、声を張り上げます。気力で霊を蹴散らせると、YouTubeで見た霊媒師さんも仰っていました。

 

 

「何よ! 私が何したっていうのよぅ!!」

 

 ふと、背後に気配を感じます。鳥肌が立ち、見てはいけないと思いつつもゆっくりと振り向くと。

 

 そこには白装束を身に纏い、三角頭巾を額に乗せた女が。先程まで私が眠っていたベッドの上に立っていました。

 

 こいつが、これが私の人生を……!

 咄嗟に怒りに流されそうになりましたが、その容貌を見て静まりました。

 

 

 その女は確かに幽霊然としていましたが、長い黒髪はどこか縮れており、眼球に相当する部分には星型のサングラスをしていたのです。

 

 ドンッ

 ドンッ

 カッ

 

 ドンッ

 ドンッ

 カッ

 

 ドンッ

 ドンッ

 カッ

 

 ドンッ

 ドンッ

 カッ

 

 

 

 

『♪Buddy, you're a boy, make a big noise

 Playing in the street, gonna be a big man someday

 You've got mud on your face, you big disgrace

 Kicking your can all over the place』

 

「は?」

 

 その女が歌い始めた途端、私は呆気にとられます。

 

『♪Ah singin'』

『♪We will, we will rock you』

 

 ドンッ

 ドンッ

 カッ

 

『♪We will, we will rock you』

 

 ドンッ

 

 ドンッ

 

 カッ

 

 鳴り響くロックと歓声の中で、私はただ呆然と立ち尽くしていました。

 ただ一つ、絶対に間違いなく言えることがあるとしたら。

 

 

『ただ、最後まで聞けば、きっと……!! きっと浮かばれる……!!』

 

 あの時死者を想い、涙を流したと思い込んだあのクソババアは、私の背後に見えるこのロッケンロール女を見透かして、ただ笑いを堪えていただけだったのだと。

 

 

 

 

「申し訳ございませんでした」

 

 頭を下げる不動産屋さんに軽く会釈をして、私はそのアパートを出ました。

 事故物件というわけではなかったのですが、私の前に住んでいた住人がコピーバンドをやっており、路上ライブ中に不意の事故で亡くなったそうです。

 不覚にも、その日の為に準備していたにも関わらず観客が現れる前の出来事だったそうです。

 

 

「次は、きっと頑張ってね」

 

 私は住んでいたアパートを振り返りながらつぶやきました。

 

 

 

 

『♪We will, we will rock you』

 

 

 高い空から、女の澄み渡るような声が聴こえた気がしました。

 きっと、気のせいってね。

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