「虎さん!あそこに人影が!おーい!」
虎と尾白のバディによる要救助者の捜索。5分ほど経過したところで、さっそく接触に成功した。
「?……あ、ああ!尾白君!」
2人の視線の先にいた人物は最初後ろを向いており、尾白の呼びかけで振り返った後に数秒ほどしてから言葉を返した。
「麗日さん!無事だったんだね!」
少し服が破れてはいるが、特に出血もない。尾白はクラスメイトの無事に安堵する。
「うん!なんだかすごい音がして、土砂崩れが起きたみたいなの!それで、マンダレイさんの通信を受け取って、とりあえず周りに人がいないか気にしながら歩いてて……」
「混乱させてすまないな。先ほどマンダレイからテレパスされたであろうが、我から説明させてもらう。先ほど広間で
「なるほど、つまりそこに向かえばいい、ということですね?」
「その通り。それで聞きたいのだが、他の生徒たちはどうした?蛙吹は一緒だったかと思うのだが。」
これは肝試しのペアのことだ。
麗日は少し考えるそぶりを見せる。勘が良ければこの質問に答えるのに時間がかかることに違和感を感じるだろうが、今の二人は要救助者の捜索で頭が一杯であり、それどころではない。
「あ……ええと、逃げるうちにはぐれちゃったんです。ずっと手を繋いでいたのに居なくなっちゃって。もしかして
「残念だけど……僕たちが出る時までには広間に来なかったよ。」
「そうなんだ……あ、っていうか!」
彼女は突然焦ったようにある方向を指さした。
広間とはほぼ反対の方向だった。
「あっちの方に柳さんが倒れているんです!」
「なんだって!?だ、大丈夫なのか!?」
「気絶しているだけだったと思います。助けようとしたんですけれど、見つけた直後に
眼に涙を浮かべる麗日。
見かねた虎は、彼女の肩に手を置くことで応える。その大きな手は、ヒーローとして安心を与えるものだった。
「よい。君が気に病むことではない。その情報だけでもありがたい。今まで、よく頑張った。
……君は自力で十分歩けるのだな?さあ、早く広間に向かいなさい。すぐそこだ。彼女の救助は我々に任せるのだ。さあ!」
「はい……お願いします!」
「柳さんは絶対俺たちが助けるからな!麗日さんは安心して、でも早く安全地帯へ行ってくれよ!」
尾白、虎は麗日が小走りで走り出したのを見届けて、彼女が指さした方向へ走り出した。
◇
その麗日は広間の方向にしばらく走っていたが、少しするとなぜだかスピードを落とし、やがて足を止めた。
周囲をぐるっと確認した後、緊張感の抜けた伸びをしてもと来た道を引き返し始める。途中で、茂みに隠しておいたらしき荷物を取り出した。
「……ふーん、そんなテレパシ通信があったんですね。さっきのはラッキーなのです。危うくボロが出るところでした。」
頭部の形がドロドロに溶け始め、皮の下にもう一人の人間がいたかのように頭部が変化した。変化が終わったところで、荷物の一つである機械的な装備を体に装着した。
『……ぁ~あ。トガヒミコ、そっちはどうなの?仕事してる?』
耳元で間の抜けた声が聞こえた。行動隊にそれぞれ渡されていたインカム装置からだ。
その声の主はマスタード。個性『毒ガス』をもち、自身の周囲に吸い込めば気絶は免れないガスを出すことができる。
「サボっていないのです。むしろやる気がすごいあるの!血がこんなにチウチウ出来たのです!ほら!」
『あのなあ……インカムの機能知ってる?こっちには声しか聞こえないの。そっちの視覚は共有されないわけ。わかる?』
トガヒミコの装備の一つに、空の液体用タンクがいくらかある。
その全てが、真っ赤に染まっていた。タプタプと音を立てるそれはそれなりに重量があるはずだが、トガヒミコはその重さを感じるたびに快感すら感じていた。
「マスタード君!私、嬉しい!嬉しいねえ!一日にこんなにカアイイ人の血をチウチウしたのは初めて!
トガヒミコの口端が一気に吊り上がる。昔吸血鬼だのと言われた犬歯がよく見えるものだった。
『確かお前は……コンプレスと協力して気絶してるやつの捜索だったか。首尾はどうなんだよ?コンプレスからの連絡が来ないからさぁ。ったく、大人のくせに報告もできないのかよ……』
「コンプレスとはさっき別れたばっかりだよ。私が血の匂いを辿って血だらけの人を見つけて、たくさんチウチウして、そして玉コロにするお仕事。すごくうまく行ったよ。別れた後は、さっき弔君に言われたとおり、ヒーロー科の生徒の姿で沢山嘘を言っているのです。んふふ、マスタード君、次血だらけの人を見つけたら死ぬまでチウチウしていいって言われてるの。嬉しいねえ、嬉しいねえ!」
意味は分かるが、文法が狂人に近い話し方。しかしマスタードの連合にとってはすでに日常の一部だ。
『そんなに飲んだら腹壊すんじゃないの?考えなしって感じだなぁ……』
「そう言うマスタード君はどうなんです?」
『良くも悪くも、何の変化も無いよ。暇すぎでさっきから散歩とあくびしかしてない。僕の役目は隠れてるやつをなるべく昏倒させることと、息のある奴の発見だけれど……こうも瓦礫がゴチャゴチャしてると、個性のガスじゃ人間なのか違うのかが判断付かないんだよねえ。せめて動いてくれれば分かるんだけど。』
「へー……あ、もし生きている人がいたらチウチウするから私にも教えて欲しいな!」
『どんだけ吸う……って、お?』
声がすこし好奇心をはらんだものになった。
「マスタード君?」
『……一人、いや二人?向かってきてるやつがいる。流石エリート、この毒霧を抜けてくる奴もいるんだねえ!でも、バカだ。この動き、何も考えずに一直線に向かってくる。動きはこっちに筒抜けだってのにさ!』
「おお?元気だねマスタード君。」
『というわけで通信切るよ。奴らをボコしたらまたするね。じゃ!』
「うん?確か弔君に積極交戦はするなって言われてたような……って、切れちゃった。……まあ、それよりも私はチウチウしたい!血まみれボロボロのカアイイ人、いないかなぁ?」
まあいいかとトガは通信機から意識を外し、周囲の散策に戻ろうとした。遠くで銃声が聞こえた気がした。
しかし前に出した足は、すぐに元の位置に戻された。
(……うん?濃い血の香りがするのです。誰かが近づいている?……なら、もう一回変身するのです。)
トガの嗅覚は、個性柄なのか、血の匂いに対しては鋭敏だった。
装備を外してあらかじめ決めておいた茂みに隠し、再び麗日お茶子の姿になるべく採取した血を吸う。チューブから数口分。しかし二度変身してもまだ残っている。
軽い陶酔状態になっていると、頭部に液体の皮が張り付き、再び別人の姿になった。
すこしすると、足音もよく聞こえるようになった。走る程度の速度で移動しているようで、しかしこちらに真っすぐ向かっているとは感じられない。つまりこちらに気が付いていない。
ひとまず彼女は相手が誰であるかを確かめようと、茂みに隠れその人物が通るであろう場所に待機する。
しかし、その姿を一目見た瞬間。
「あっ……ボロボロ、血まみれ………ステキ!好き!」
そこに通りががった人物は、緑谷出久だった。血まみれで相当量の出血があるらしく、すこしアンバランスな走りながらも懸命に周囲に目をやっている。
トガヒミコは彼を見て、呆然と突っ立った。血管が破裂するのではと心配になるほどに鼓動が早くなり、頬が赤くなる。
緑谷の赤い部分からどうやっても目が離せなくなり、血を求めることを躊躇できず、フラフラと足が前に出る。
「……あ、う、麗日さん!?」
碌な隠密をしていなかったせいで、トガは当然彼に見つかる。
(……はっ、い、いけないのです。今の私はお茶子ちゃん。ヒーローの味方なのです。)
その声で我に返ったトガは、頭の中にインプットしたお茶子の喋り方を思い出す。
中学の頃は怖いと言われた笑みを無理やり消し、『普通』の笑顔を作った。
「あ!ぶ、無事だったんだね!よかった!」
「麗日さんこそ!無事でよかった。えっと、あす、梅雨ちゃんは?」
「土砂崩れの時にはぐれちゃって……探してるんだけれど、見つからないんだ。そっちこそ、血まみれだけどどうしたの!?」
血、と自分が言っただけで、トガの頭に快楽物質が流れた。
今2人の距離は少し開いている程度だが、この距離をどうやって埋めようかが今のトガの思考を埋め尽くしている。
対し、緑谷は安堵を少し見せたが相変わらずの早口だ。焦りは全く消えていない。
「……話すことが一杯あって、何から言えばいいんだろう。まず、
「そうだったんだ……わかった。それで、私にできることはある?みんなの助けになりたいって思うんだ。」
何故自分を助けなかった『普通』の人間を、受け入れる気すらない人間を助けなければならないのかという愚痴が出そうになるが、それも堪えた。
トガは言葉を発するたびに半歩ずつ緑谷に近付く。スカートの中にナイフを隠し持っていることを確認した。
「流石麗日さん。……でも、まずは広間に行って先生たちに無事を知らせることが先だよ。麗日さんの個性で救助活動するにしても、こんな暗闇で、どこに誰が居るのか分かんないんじゃとってもやりにくいから。ラグドールさんの協力を仰がないと……」
「なるほど……。それで、広間に戻ったら、そっちも休むの?切り傷が多いみたいだけど……」
「いや。僕は行くところがある。かっちゃんと轟が強力な
「……すごい。流石、だね。体育祭の時もそうだったけど、やっぱり……」
トガは心底感心したような表情を繕いつつ、胸の高鳴りは表情に出ないように必死に制御する。そして緑谷の表情は、そもそも思考に忙しいのか積極的にこちらを見ているわけでもない。つまり、トガの表情でバレる可能性は少ない。
距離は約1.5m。あと20秒ほど会話を持たせられたら、ナイフの攻撃圏内。
「……僕は『デク』だから。頑張れって感じのデクだから。今こそ、僕にできることを全部やらなくちゃ。仮免すらなくても、できることは沢山あるはずなんだ。」
「デク……木偶の棒なんかじゃないよ。もう立派なヒーローだよ。だから……?」
「…………」
距離1m、トガがナイフに手をかけようとしたところで、緑谷はこちらを凝視した。
「……あっ。」
トガはその表情でミスを悟った。明らかに猜疑の目。遅れて、緑谷は半歩トガから距離を取る。
「……どういう意味?それ。」
緑谷はトガの一挙手一投足を観察している。うかつなことはもうできない。
「え?だから、ヒーローみたいだなって……」
「その前。木偶の棒なんかじゃないって?」
「…………そのままの意味だよ。木偶なんて悪い名前は似合わないって意味で。」
「その名前を僕につけてくれたのは、意味を変えてくれたのは。麗日さん、君だよ。……いや、君は、お前は、誰だ?」
その瞬間。トガは前に一歩踏み込む。ナイフを取り出してから振りぬくまでほぼ一瞬。
緑谷が個性を使わなければ避けられなかったような練度だった。
そしてもはや隠す必要なしと、個性を解き顔を元に戻す。トガヒミコは気持ち悪いとしか形容されたことのない強烈な笑みを顔に浮かべた。
「そうです!私はお茶子ちゃんじゃなくてトガヒミコ!出久君、血だらけでステキだねえ!血をもっと頂戴!」
「やっぱり
「そんなことより一つになろ!そのためにもっと血だらけになるの!もっとステキになろうよ出久君!!!」
トガはナイフを振りかざす。しかし、当たらない。
彼女は知らないことだが、緑谷は先ほどまで脳無と戦っていたのだ。不幸中の幸いで、その脳無はUSJの時のような再生能力は無かったが、とにかく全身が刃物だらけなせいでそれを叩き折るところから始めなければならかった。
結果的にはOFA60%を喰らわせて打倒したが、それにより疲弊と、全身にはやされた兵器による切り傷が生まれた形となる。しかしその戦闘により刃物を扱う敵への慣れが生じ、トガの攻撃を避けることが楽になっている状態だった。
「……動きは素早い、それに死角に入るのがすごくうまい。……でも、パワーはない!なら、範囲攻撃……60%、TEXAS SMAAAAAAASH!!!」
「キ゛ャッ!!!?」
緑谷の放ったOFA60%は風圧を生み出す。近くの木々も何本か倒れた。身体能力に関して、パワー・体重は無個性並みのトガは普通に吹き飛ばされ、木に背を打ちつけられる。
(……個性の相性が悪い、です。捕まるのは流石に嫌だし……逃げますか。)
少しひびが入ったような気がするあばら骨のあたりを押さえ、トガは立ち上がるとまるで恋人かのように手を振った。
口に鉄の味が上がってくるが、この時点では憎しみが全く湧き上がってこず、ひたすら緑谷の血が目に入っていた。
「ゴホッ……じゃあね、出久君!血まみれ、お揃いだね!私はもう行かなきゃいけないけど、次会ったときはチウチウさせてね!楽しみだねぇ!」
「何を言ってるんだ……!?その前にヒーローが絶対にお前を捕まえるからな!」
緑谷は息まいて見せるが、行動には起こせなかった。
彼自身肉体的に限界が見え始めていること、トガが広間とは別方向に逃げて行ったこと、現在の状況では
(……悔しいけど、今は見逃すしかない。それよりもさっさと広間に行かないと。あと少しだ。……あ痛、出血がひどいな。そろそろ貧血の症状が出てるか?)
気を強く持ちつつも、緑谷は走る。
(それにしても、変身の個性を持つ
……ん?そういえば、変身の個性を持った
つまり、麗日さんが危険に晒された可能性が高いってことだ!クソ!)
嫌な想像に耐えられなくなった彼は、呼びかける衝動を抑えきれない。
「麗日さーん!僕の声が聞こえたら返事をして!無事なのかー!?」
本来ならば
しかし今回の場合、奇跡的に彼に利益が齎された。
「……そ、その声、デク君!?」
「麗日さん!?」
声が返ってきた。かなり小さいが、間違いなく麗日お茶子の声だった。
(ラッキーだ!まさか近くに居るなんて!……あ、待てよ?また偽物だったら……いや、それはない。僕のことを「デク君」なんて呼ぶのは麗日さんくらいだ。なら、早く行こう!)
歩き出す緑谷だが、すこし気になることがあった。
彼女の声は、完全に喜びではなかったことだ。常に思考する癖がついている彼は走っている間にまるで暇つぶしのように考え事を始めてしまう。
(……そういえば、あのトガっていってた
え、ってことは、あの
緑谷は後に、この時点で違和感からもう少しスピードを落としていればよかったのではと後悔した。
「…………て、ことは、麗日さんって今、服が……!?!?」
「あ!!!デク君!!」
「うわあああああああああああああああ!?」
◇
緑谷は顔中に着いた土を払いながら、深呼吸で息を整えていた。
突然大声を出してしまった緑谷は、
さらにその上から、一緒にいた蛙吹の舌攻撃により頭から土に顔を沈められた。そこでようやく彼が緑谷であることに気が付かれ、慌てて助け起こされた。
「お騒がせしました……」
「あ、あはは……なんで叫んでたのか分かんないけど、こっちこそごめんね?っていうか大丈夫?」
「そうだよな、緑谷も麗日さんも偽物に警戒するよな。で、でも突然大声上げるのは止めて欲しかったぜ……」
結論から言うと、麗日お茶子はちゃんと服を身にまとっていた。ただし合宿に持ってきた私服ではなく、八百万が作った病衣のような非常に簡素なものだ。
この場にいるのは麗日、蛙吹、八百万、泡瀬の四人。
そして実際、麗日はトガヒミコに襲われた。彼女は攻防の末にトガヒミコを取り押さえることに成功した。
なのだが、そこからが問題だった。
「えっ……黒霧が
「うん。ほら、あそこで伸びてるの。」
よく見ると、茂みの中に何人かの人影が積みあがっている。全員気絶しているようだった。
「襲ってきた一人ひとりは強くなかったんだけれど、そのせいで私、拘束を解いちゃったの。トガヒミコ、って名乗ってた人なんだけど、その子に何故か服を持っていかれちゃって。」
「幸いにも直後に私達が合流したので、
「言っとくけど俺は見てねーからな!ちゃんと顔を背けたからな!……しっかし、なんであの
「あ、それは多分……」
緑谷は先ほどであったトガという
「……なるほど、誤情報で俺達を混乱させるためか。クソ、卑怯なことしやがる……!」
「とにかく、広間へ行きましょう。マンダレイさんのテレパスは私達にも伝わりました。状況は苦しいですが、きっと乗り切れます!」
「おおぉぉおおおい!!!いやがったぜ!!!あそこによォ!!!」
下卑た声が突然響く。
声の方を見ると、懐中電灯を持った人間が4人ほど集まって彼らを指さしていた。
「……あれが、みんなの言ってた
「お、おい!お前怪我してるんだから無理すんなって!」
緑谷はふらつき始めた体を無理やり起こす。見かねた泡瀬が肩を貸した。
「見つけたぜ!死柄木の旦那の言う通りだなァ!
「ああ!ヒーロー共をああもボコボコにできるってんなら、俺達も乗っかるっきゃねえよな!キャハハハハ!!!!」
「あっ!アイツ八百万百じゃねえか!人質に出来りゃ身代金たんまりじゃねえの!?
てか体育祭の時から思ってたけどその胸でヒーローやるとか失礼にも程があるだろ!反省しろ!」
「八百万百!テメエは絶対ぶっ殺す!テメエの親の会長が
『怪しげな薬に頼るよりもサポートアイテムによる補助の方がヒーロー活動に遥かに有用です!我がグループとしてはサポートアイテムに今後投資を』
とか抜かしたせいで、俺が持ってた製薬系海外株は一瞬でゴミになっちまった!退職金全額かけた結果がロスカット借金5000万……この恨み、絶対晴らす!!!」
5人は
彼らの下品な笑いや視線は、逆にヒーローの卵たちに火をつけた。
「……USJの時を思い出すね。」
「でも、あの時と違って相澤先生はここにはいない。私達だけで何とかしないと。」
「私達なら乗り越えられるわ。数でなら勝っているもの、ケロ。」
「望むところですわ。この程度の苦難、ヒーローを目指すならば乗り越えて当然のこと。」
「……A組の奴ら、入学直後にこういうのと戦って無事でいられたのって普通にすげーよなぁ……」
彼らを安全地帯の広間へ連れて行くことなどできない。彼らはここで倒すしかないのだ。
疲労と傷が溜まっている体に鞭打って、彼らは
◇
コンプレスは、ゲートが開くなりゴロゴロと砲弾のように転がり込んできた。
「待てやクソ仮面ガアァァァ!!!…………」
「っぶねえ!……おお、間一髪。さすが黒霧の旦那。」
彼が出てきたゲートの黒い霧が小さくなるにつれ、本気で殺しにかかっていそうな暴声も小さくなっていく。
「危ない所でしたね。しかしあの爆豪という雄英生、生徒の身でありながらあなたをそこまで追い詰めるとは……」
「俺としちゃ、ガキにここまで追い詰められるなんてプライドがボロボロだっての。せっかく俺のショーが完璧に終わるところだったってのによォ……」
コンプレスは焦げ跡のある左腕を抱えながらその場に座り込む。
秘密の隠れ家は元々寂れたバーであり床はお世辞にも綺麗にされているとは言えないが、コンプレスにとってはどうでもいいしそもそも慣れている。
息を整えている間に近付く影が一つ。この襲撃の被害拡大に最も貢献している「ワープゲート」の個性の持ち主だ。
秩序など無縁の
「さて、首尾はいかがでしょうか?かなり執拗に追い回されていたご様子ですが。」
「ああ。あの爆豪ってガキ、絶対ヒーローじゃねえよ。なんだよあの容赦のなさ。本気で殺しに来ているとしか思えねえ威力の爆発を連発してきやがった。木が燃えようとお構いなしだったぜ。
そのくせ戦闘センスはずば抜けてた。当然のように空飛んで追いかけてくるしよ。人質が死なねえように明らかに気を遣った動きだった。絶対正面切って戦いたくねえ。
……ま、今回は戦ったんじゃなくて逃げ回っただけだから、ある程度は手土産をGETしたぜ。」
コンプレスは右手を黒霧に見せる。指の間に、器用にビー玉が計5つほど挟まれていた。さらにマスクを外し、達成感ある表情で舌の上に玉が二つ。
黒霧はそれを何も言わずに見つめた。表情は発光しているように見える目元でしか判別できない彼だが、そこにすら変化が無いので喜びも悲しみも感じ取れない。
「すべてに『入っている』のですよね?」
「空の玉はポケットだよ。本当は倍の数あったんだがなあ……あの野郎に左腕分叩き落とされた。ちくしょう……まあいい。これでも目的は達成できる、だろ?」
「ええ、十分でしょう。ご協力感謝します。」
「そんなお上品に喋る必要ねえって。雄英生をここまでコケに出来たのはアンタらのお陰だ。ちょっと前までじゃ考えられなかった。」
「それはどうも……と、しばしお待ちを。死柄木から通信が。」
黒霧はコンプレスから視線を外した。手元の端末を見ながら、黒霧の霧部分が揺れている。
これは黒霧が個性を使ってどこかにゲートを開けている時の動きだ。コンプレスは、今回大幅に状況を有利に動かしたこの個性が発動するのを見るたびに、安心感すら覚えてしまっている。
すると、バーの一角に黒い霧が出現。人一人通れる程度の大きさで、少しすると人影が現れる。
USJの頃から成長し、身なりへの意識が多少マシになった死柄木弔だ。
上機嫌なのか、普段の鬱屈さが感じられない足取りでカウンターのテーブルに座る。
「死柄木弔、今回の相手はいかがでしたか?」
「上々だな。見つけたのはまァ雑魚のチンピラだ。奴らが本気を出せば瞬殺だろうな。ま、強い
「なるほど。しかし、現場に送り出す価値はあったというお考えでしょうか?」
「当然だ!雑魚でもヘイトは取れる。悪意を持った奴は、いればいるほど圧力になる。ヒーロー共は他人を切り捨てる判断ができない。誰かが殺される可能性があれば、アイツらは対処せざるを得ないのさ。
それに、雑魚とは言っても個性は
「……なかなかの奴を見つけたな、死柄木。」
コンプレスが軽い拍手をする。
「もしかしたら俺の知り合いかもな。そいつは2回、ヒーローの追跡を振り切った実績がある。雑魚じゃねえよ。」
「……幸運の女神がほほ笑んだのかもな。ま、俺達はむしろ神を殺す立場か。」
「どうぞ。この一杯だけですよ。」
死柄木は黒霧に出されたカクテルのような暗く透き通ったものを一気に飲み干す。当然未成年飲酒だが、「襲撃がうまく行ったら飲ませろ。俺達は
「それにしてもだ。こうもうまく行くたぁな。今まで俺達がコツコツ積み重ねた努力が実ったってことか。やー、やっぱり地道な努力こそ成功の道、なんだねえ。」
「俺としては……努力もあるが、今回の成功の理由はそれだけじゃねえと思っている。」
ほう?とコンプレスがにやける。上機嫌に黒霧に渡されたカクテルを揺らし、値踏みするように死柄木を見ていた。
「これはな、社会がバランスを取り戻そうとしてるんだ。今までさんざんヒーローヒーロー……ッチ、奴らのことを考えるだけでやっぱ腸が煮えくり返る。あの偽善者共が盲目的に奴らを礼賛する社会。保てるはずがなかったんだ。
今まで光が強すぎた。だからこそ、これからは光を消して、奴らの視界を正常に戻して現実ってものを見せてやるんだ。」
その結果がこれだ、と死柄木はポケットからスマホを取り出しコンプレスと黒霧に見せる。
インターネットの生中継サイトだった。映っている光景は、黒霧が送り込んだ
指先を個性でナイフにしており、下手すればその生徒が殺害される光景が世界に配信されるかもしれない。
ただし配信しているのは、人々が普段目にしているような大手動画配信サイトではない。アングラもアングラ、死柄木を含め誰もが聞いたことのない、ドメインを持つ国すら知らない場所だ。
死柄木たちは事前に生放送が可能なサービスを可能な限り探しておいていた。もはや95%の配信先はBANされており、残っているのはこの一か所だけだ。
そして死柄木が見せた画面は、ロード中を意味するアニメーションが止まっていなかった。
「見ろよ……って、なんだ?読み込まれねえな。ついにBANされたか?」
「死柄木弔。もしかしたらBANではなく、サーバーの過負荷ではないでしょうか。もともと非常にアクセス数が少ない所のようでしたし……」
「どうでもいい。まあ、目的は達した。コメントは見れるな。見てみろよ。」
知らない国の言葉がデフォルトの場所で、移民のように割り込んでいる日本語のコメントが妙に目についた。
「どうせここもすぐBANされるんだろうな。」
「コイツ雄英生だろ。逃げてるだけじゃん、反撃しねえとかざっこ」
「ヒーローは何やってんだよ?
「俺も連合に入ればヒーロー殺すのワンチャンあるってこと?」
「プッシーキャッツとかいうヒーロー、実際に会ってみたことあるけど多分性格悪い。ピクシーボブに俺結婚したんですって言ったことあるけど睨まれた」
「マジで不謹慎な言い方だけど、こういうの見るとヒーローも負けるときあるんだなって思う」
「
内容に満足した死柄木はポケットにしまい込む。
死柄木が浮かべた悪趣味な笑みは、コンプレスも仮面の下でひそかに形作っていた。
「風が吹いてるんだよ。俺達に。俺がさっきスカウトした連中も、配信を見て勇気づけられていたって言っていた。俺たちみたいに、個性を使って自由に暴れたいってよ。」
「こんなふうにか?」
コンプレスは玉の一つを取り出し、大道芸のように指先で玉を高速回転させた。
単なるビー玉ならばともかく、中に人が入っているのだ。中はあまり良くないことになっているだろう。
それを見た死柄木は上機嫌に「流石怪盗、こういうのは上手えんだな。」と宣う。
満足したコンプレスはポケットに仕舞うと、少しトーンダウンして話を続けた。
「……ただ、水を差すようで悪いんだけどよ。」
「なんだ?」
死柄木は、これからされるのは批判ではなく忠告だと言う意志を感じ取った。
「これ、連合の成果じゃなくて黒霧の旦那の成果じゃねえか?」
一瞬の沈黙。死柄木自身にも自覚があるのだろう。
ワープゲートという個性。首魁を除けば頭一つ抜けた非常に強力な性能だ。今回の襲撃の計画は彼ありきであり、要するに連合や死柄木の連携がどうとかではなく強力な個性持ちがいたから成功したのでは、という疑惑。
「いえ、そんなことはありません。私は連合の成果だと思っていますよ。」
否定は、他ならぬ黒霧自身から出た。死柄木は黒霧に話を任せるつもりなのか、黙っている。
「いいのか?手柄を横取りされた気がしねえのか?」
「自分で言うのもなんですが、確かに私の個性は重要な役割を担っていると言えるでしょう。ですが、私の個性を主軸に据えようと最初に言ったのは死柄木弔です。」
「えっ?マジか。」
コンプレスの反応に、死柄木は苛立ちを覚えるが努めて我慢した。普段よりは楽に耐えられた。
「……そうだよ。なんだよ、文句あんのか?」
「俺はてっきり自分が活躍したいから黒霧の個性は使わせねえようにしてたのかと思ってたぜ。USJの時にあまり使ってなかったらしいからよ。」
「バカ言え。そんなわけあるか。……USJの時に使ってなかったのは、まあ……いなくても楽勝だと思っていたからだ。ハイエンドもいたしな。」
これは死柄木にとっても黒歴史なのだろう、無理やり話の方向を捻じ曲げたくなった。
実は活用手段がそもそも大して思いついていなかったことは、今のところ、表向き誰にも言っていない。
彼の黒歴史が穿られることを不憫に思った黒霧は、話を先に進めようとする。
「……ともかく、私のワープゲートを使って今回の襲撃をしようといったのは彼です。実際、このように成果が出ているわけですからね。」
「旦那自身の意思はどうなんだ。死柄木にいいように使われてるって思わねえのか?」
「いえ。私は死柄木弔を守る者。私はですね、彼に成長してもらいたいと思っているのです。ここ最近苦しい状況が続いていましたが、それが彼を育てた。」
「……まったく、美しい『愛』って奴だねえ。なんで死柄木はこんなに目をかけられてるんだか。」
「おい、俺は少し前までの追い込まれた状態を歓迎してねえぞ。するわけがねえ。いい加減まともな布団で寝かせろってんだ。」
「ですが、死柄木弔はUSJや保須のときのような力任せの襲撃をしなかった。メンバー一人ひとりの個性を丁寧に調べ、襲撃場所の地形、ヒーローの個性も調べた。だからこそ私の個性を攻撃に使うという発想が出たのでしょう。
そうして各々の個性を生かした作戦を立てた。前まではほっぽりだしていたであろう、あなたの言う地道な努力をしていたのです。
後は運に恵まれれば、死柄木は立派な
「気色わりぃ、光の教育者みたいなこと言うんじゃねえ。」
死柄木は顔を背けてカクテルの残りをあおった。
割れそうな勢いでグラスをテーブルに置く。そして立ち上がり、おふざけは終わりだと言わんばかりに黒霧に向かい合った。
「黒霧。今の状況はどうなっている。」
「まず我々の損害ですが、ムーンフィッシュ、マグネ、それとマスタードが倒されました。」
「……ムーンフィッシュとマグネは知ってたが、マスタードもか。まぁ、アイツは調子に乗ってそうだったからな。あり得そうだな。」
「君が言えることかねえ……ほら、聞いた話だとUSJの時は」
「うるせえ、五指で握るぞコンプレス。黒霧、続きを話せ。」
「トガヒミコ、トゥワイスは先ほど通信が入りました。無事のようです。脳無は、残念ながら信号が途切れたので倒された可能性が高いです。」
「…………仕方ない。もともと知能の低下がみられたヤツだ。搭載した個性は強力でも、活かせないんじゃあ案山子と同じだったんだろ。トガとトゥワイスはそろそろ引き上げる準備をしておくよう言っておけ。」
「承知しました。それとトゥワイス曰くスピナーも一緒だそうですが、なにやら意気消沈しているそうで。原因は不明だそうです。」
「意気消沈?なんだそりゃ。あのステイン信者でバカ元気がか?」
「本人に聞いても答えが要領を得ないそうで。目立った外傷は見当たらないとのことですが……どうしますか?」
「……戦えない奴が前線にいても意味がねえ。さっさと引き上げさせろ。」
「私もそれが良いかと。
最後に荼毘ですが、信号は届いているのですが通信が入りません。どうも意図して無視している様子です。」
「…………轟って奴に会えて嬉しいんだろな。時間までは自由に暴れさせてやる。」
「わかりました。では次にヒーロー側の状態について」
「待て黒霧、作戦の時間だ。」
黒霧は時間を確認する。
なるほど、と納得し、個性をいつでも発動できるよう構えた。
「……そうですね。まあ、特筆するべき事項はありません。ヒーロー側の損害は想定通り、と言ったところです。」
「それだけ聞けりゃ十分だ。」
「ただ……想定外の件について。美樹さやかと鹿目まどかがいた広間はやはり制圧されてしまったようです。今は緊急の避難場所としている様子。遠距離攻撃持ちなので、迂闊にゲートも開けません。」
「あのチート染みた個性の奴らか……クソ、これはヒーロー科のための合宿だろ。なんで普通科の奴が来てんだ。
……まあ、いい。全体の進捗で見れば問題ない。計画通り進める。」
「ついにか。いよいよアイツを説得するのか。」
コンプレスは嬉々として人質が入っている玉を取り出した。
中にいる生徒は、抵抗の意思表示か内壁を叩く者、黙って睨み返すだけの者、怯えて縮こまる者など様々。しかし死柄木は彼ら全てに対し一方的に嗜虐的な笑みを見せていた。
「ああ。これだけ材料があれば十分だ。ヒーローという偽善に楔を打ち込む、計画の最終段階。これが成功すれば、奴らのメンツは丸つぶれだ。ヒーローになりたいなんて奴は激減するだろうさ。そして俺達の時代が来る。暗黒期の再来。」
「……年甲斐もなくワクワクしちまうな。個性使って自由にショーができる時代が来るって考えるとよ。」
「こんな風に小賢しく計画なんざ立てなくても、個性で自由に人をぶっ壊せる世界が。ヒーローを
「ああ。だから……頼んだぜ。最後の仕上げよ。」
コンプレスは死柄木に人質の玉を託す。
死柄木は堂々とした歩みで黒霧が出したゲートに入って行く。
◇
「まーた来たのかい。性懲りもなく。」
「期待の表れだと受け取ってくれよ。佐倉杏子。」
佐倉杏子が収容されている部屋。
前回と同じく意図的な停電が発生し、部屋の中は薄暗い。先ほど死柄木が黒霧の報告を打ち切ってでも出発したのは、この停電の仕込みの時間をずらせないことが原因だ。
前回一度停電騒ぎを起こしたせいでこの施設の電力システムは一段厳重になっており、それを打ち破るために死柄木たちはかなりの苦労を重ねた。この合宿に関わる準備の1/3を占めるほどだった。
しかしそんな苦労など彼女にとっては知ったことではなく、槍で死柄木を威嚇している。
ただ、それ以上になぜわざわざ自分のところに来るのかという戸惑いが勝っており、ひとまず攻撃の意思はない。
「……なんでまたアタシのところに。今度は何を持ってきたって言うんだよ。まあまあデカい荷物持ってきてさ。」
「まぁプレゼンってやつだ。面白いもの見せてやるよ。」
「プレゼン……?おっ、プレゼントか?また食い物持ってきてくれたのか?それならちょっとは歓迎するよ。」
「違えよ。アレはそこそこ調達に苦労したんだ……ったく。まあいい、見てみろ。」
「……なんだこれ?」
死柄木が見せるディスプレイに映し出されたもの。それは、とある野外の大型ディスプレイに人が集まる光景だった。
そこに映し出されていたのは、ヒーロー科の生徒が追い回されていたり、ラグドールが黒霧のワープゲートを使ったマグネの奇襲で殴り倒されたりしている光景だった。
「…………なんだよこれ。
「これは、俺達
「はぁ……ヒーロー科を出し抜けたって自慢か?最初に言っとくけど、アタシは入らないよ。」
「まあ聞いてくれ。お前に見てもらいたいのはそこじゃない。それを見る民衆だ。」
「画面を見る奴らか?」
よく見ると、確かにアングルはその画面よりもそれを見る人々を映したものだった。
「ええ……?ラグドール、瞬殺されてんじゃん?」
「待って、あの追い回されてるのってヒーロー科の?」
「……あれ、もしかしてテレポートの個性か?
「雄英は何をやってんだよ。公式の発表はまだなのか!?」
「ふざけんな!最高のヒーローの学校のくせに、高校生を守ることしか出来ねえのかよ!?」
(ん?ゆーえー?)
雄英という単語に引っかかりを杏子は覚えた。
そしてすぐに、それがまどか達が通っていた高校の名前であることを思い出す。
(こいつらまたヒーロー科にちょっかいかけてんのか……ま、アタシ達には関係ないか。コイツらが襲ってるのはヒーロー科。まどか達はたしか普通科だもんな。
……一応聞いとくか。)
「雄英……そういえばそこにいる普通科とかいう連中は襲わないのかよ?あいつらの方が楽に殺せるんじゃないの?」
「普通科?興味ねえよ。俺達は社会に『問』を投げるために動いてんだ。一般市民をターゲットにする意味がねえ。」
「そっか、そんなもんかい。」
「ああ。俺達は意味のないことはしねえよ。」
死柄木は彼女の質問に何か意図があるのかと一瞬疑ったが、それが長い沈黙を引き起こすことを嫌い打ち切ることにした。
杏子も、普通科の人間とつながりをにおわせるようなことはなるべく避けたいがために追及はしない。
「で、その映像がどうかしたのかい。」
「見ている奴らの感情だ。抱いているものは何だ?
杏子は改めて画面を見る人々を見る。注意深く言葉を聞いていると、その発言の身勝手さが耳につき始めた。
「……ん?そういえばこいつらってただの人間だよな?将来ヒーローに守ってもらう立場の。」
「そうだ。」
「ってことは、襲ってくるかもしれない
「その通り!話が早くて助かるぜ。」
「……」
杏子は再びその民衆の言葉に耳を傾け、本当に彼らが
「うわぁ……マジで馬鹿だなぁ……文句言ってる間に死んじまえばいいのに。」
佐倉杏子は久しぶりにドン引きという感情を覚えた。
(……この世界の奴らの言うことなんて興味ねえから今までほっといたけど、こんなにバカだったのか?確かにヒーローヒーロー言っててヘンだとは感じてたけど……
まじまじ見てみると、こんなことやってたのか。魔法少女になっても他人にイラつくのかい?)
自分のしてきた苦労からすれば、まるで子供のワガママのようにしか見えない彼らの言動。
なんとなく「死ねばいいのに」という言葉が出そうになった。
その反応に満足した死柄木は、次の映像を見せ始める。
「もちろんこの社会にはいろんな奴らが居る。ヒーローを応援しようとするまともな感性の奴もいるだろうさ。だが、こいつらの反応は決して珍しいもんじゃない。
これを見てくれ。大手放送局のニュース特番。当然雄英襲撃の話だ。こいつもなかなかの傑作だぜ。」
そこには、「緊急生放送!雄英ヒーロー科が襲撃か!?」というテロップと共に、災害でも起こったかのような画面割で情報が流れていた。
中の誠実そうな大人のキャスターはいかにも深刻そうな顔で話しているだが、その内容はもともとこの世界に居なかった人間からすれば逆に怒りを感じてしまうような内容だった。
「……というわけで、現在放送回線は全て正常化、屋外ディスプレイへの不正アクセスも収まったようです。」
「しかし、今回の件は雄英にあるまじき失態と言わざるを得ませんね。まさかプッシーキャッツがいる中で
「現在も、雄英高校から公式発表はありません。まあリアルタイムでの出来事ですから仕方ない部分はあります。しかしせめて、いつ続報が出るのかの見込みくらいは欲しい所です。」
「雄英高校はこれまで、USJ事件の襲撃事件、保須での
残念ながら、それは不十分であったと言わざるを得ませんね。」
「1、2回なら偶然と言えるかもしれませんが、こうも不祥事が重なると、雄英の警備システムには構造的な欠陥があるのではと思ってしまいます。雄英高校には、国内最高峰のヒーロー教育機関であるという自覚をしっかり持っていただきたいですよね。」
「トップが
その後のインタビューも、内容は全て雄英への、そしてプッシーキャッツへの不満、批判に終始した。
「不思議なもんだよなァ。」
インタビュワーとインタビュイーの身勝手な不満をBGMに、死柄木は彼女へ語りかける。
「何故ヒーローが責められてる?奴らは少し対応がズレてただけだ。守るのが仕事だから?誰にだってミスの一つや二つはある。お前らは完璧でいろって?現代ヒーローってのは責任も仕事も重いなァ。
むしろ
「……ああ、そうだな。ヒーローってのは本当にかたっ苦しい仕事みたいだな。……ッチ。コイツら頭が腐ってるのか……?」
佐倉杏子は心底彼らを軽蔑した。
最近、なまじ無理矢理勉強させられて知恵がついたからだろう、彼らが何を言っているのかがはっきりと理解できた。
「…………アタシさ、
佐倉杏子が自分の本音に近い話を魔法少女仲間以外に話すのは、死柄木が初めてだっただろう。今までの過酷な経験をこの愚かな者達に味合わせたいという気持ちが沸々と湧いてくる。
「アンタは相当強いらしいじゃねえか。それでも、か?」
「あったりまえだろ。どんなに強い奴だって、死ぬときはあっさり死んじまう。例えば寝てるときに心臓をグサッとやられたら大抵の奴は死んじまう。個性なんて関係なく。……まあ、たまにそうじゃねえ奴もいるのかもしれないけどな。」
「
「そりゃどうも。それと、アタシだって最初から強かったわけじゃない。アタシは……運よく強い奴に教わる機会があったから生き残ったけど、それでも気が休まる訳がない。いつ襲ってくるか分からないんだからな。むしろ気を休めてたら死にそうなことが何回もあったもんだ。」
「ああ分かる……分かるぜ、その気持ち。こっちだって最近は襲撃がひどくてな、ろくな布団で寝れてねえ。ヒーローは俺達を守ってはくれねえからな。あ、でもあいつら俺たちが死にそうなときにだけ助けに来るぜ。生きているの方が苦しいってのによ。」
「……それで、いざ守られている連中は、なんだいあの態度。反吐が出る。ああいうのを温室育ちって言うんだろ?槍で腹をちょっとつついただけで泣きわめいて自分で治そうともしなさそうな連中だ。こっちは病院にも迂闊にいけねえってのに。」
死柄木はここで一拍おく。彼女の怒りを熟成させるために。
そして、手を差し出した。
「だからこそ……この不公平を一緒に正さないか?」
「なんだって?」
「あいつらは守ってもらってるのに不満を垂れ流す。俺達は守ってもらえなくて悲鳴を垂れ流す。なら、俺たちが奴らの不満の声を悲鳴にしてやるんだ。何もしていないアイツらにな。お前の怒りをぶつける機会だ。」
「さっきも言ったけれど、アタシはアンタ達に加わる気はないよ。」
「今回だけでいい。俺たちが嫌いなら、俺たちとは別の
死柄木はポケットから一つの玉を取り出す。それは突然発光し、人の形に姿を変える。
佐倉杏子の知らない女子生徒が、気絶した状態で現れた。
「これは証拠だ。あの襲撃が俺達の引き起こしたっていうな。現に……あった。ほら。」
死柄木は彼女のポケットから彼女の財布を取り出し、彼女に見せる。「雄英高校 1-B 小森希乃子」と書かれていた。
死柄木は用が済んだと言わんばかりに隅に彼女を放ると、さらにいくつものビー玉をポケットから取り出し彼女に見せた。襲撃でこれだけ捕獲した、というまるでゲームのスコア自慢のような行いだった。
佐倉杏子は冷めた目でそれを見る。趣味の悪いことだと感じるが、それ以上に興味が湧かなかった。
「これが俺達の成果。力を認めてもらえたか?」
「まぁ……雑魚じゃないってことは分かったよ。」
「そりゃどうも。だから……もう一度言う、ヒーロー共に一泡吹かせないか?」
「あの文句言ってる連中にじゃなくて?」
「あいつらを殺すのは簡単だ。だが、一番ダメージを負わせる方法じゃない。死んだらお前を恐れる表情も、悔しがる顔も見れないぜ。それに殺しても奴らの反応は「ヒーロー!早く助けてくれえ!」だけだ。今までと変わらない。
奴らに一番効くのは、今まで信じていたものがブッ壊される瞬間さ。だからこそトップの雄英を狙った。今まで安全な国に生きてきたと思ったら、
佐倉杏子は押し黙る。
確かにあのような連中が日本中にうじゃうじゃいるのだろうと。それをいちいち殴り飛ばしたところで、いつかは飽きそうだ。
(……まったく、嫌になるぜ。この馬鹿どものそういう表情がみたい……ってのは、そう、かもな。やれやれ、アタシも趣味が悪いねえ。)
結局のところ、
しかし一方で、揺れている心もある。死柄木が見せた民衆の姿はそれほどまでに不愉快だった。減らず口を槍で突き破ってしまいたくなるくらいには。
「……第一、アタシにどうしてほしいのさ。」
「雄英の合宿の襲撃に加わって、暴れて欲しい。それだけだ。それ以上の要望を出すつもりはないし、もう一度言うが
(……ん?合宿)
合宿という言葉に杏子は聞き覚えがある気がした。
「アタシの過去を利用しようって訳かい?」
「詳しくは何があったか知らないが……少なくとも、ヒーロー共の、曇る顔が見れるぜ。それとも、その話せない事情とやらでやりたくないのか?」
「うーん、そこは問題じゃねえんだけどなぁ……」
「そりゃよかった。そこが一番不安だったんだよ、こっちは。」
死柄木は立ち上がると、無線機で指示を飛ばす。彼の隣に、人が通れる程度のゲートが開いた。人がいる場所が近いのか、何やら焦ったような声が断続的に聞こえてくる。
「このゲートの先が合宿の舞台の森林地帯だ。特に守りの厚い広間があってな。そこで暴れてくれると俺達は助かるんだが、まあ強制はしない。」
「うーん、だからってお前たちに加わる形なのはなあ……」
死柄木は好機を感じる。
自分たちへの抵抗感はあるが、襲撃自体に忌避感が感じられない。
ここぞとばかりに死柄木は彼女を押すために、必死で頭を回転させて説得の言葉を生み出そうとする。説得の言葉を考えるために、まるで学生のように本を読み漁った時間を必死に思い出していた。
しかしその時、彼女の耳にとある声が届いた。
「…………ちゃん!また見つかった!どう!?」
「えっ……!?この傷だと、まりょ……個性が続かないよ!まだまだいるのに……」
(ん?)
とても聞き馴染みのある声。
佐倉杏子は頭にあった熱が急速に冷めていくのを感じた。同時に、その声の主に関する思考が頭を埋め始める。
(……そういえば、合宿、って、ほむらから聞いたような。なんだったっけ……あ、そうだ。まどかとさやかの奴が夏に合宿に行くとか言ってたな。さらっと言われたからすっかり忘れてたぜ。
…………あれ、じゃあ、コイツらの襲撃場所に二人がいるってことか?)
佐倉杏子は、努めて冷静に、しかし心を許さない声で死柄木から話を聞く。彼からすこし顔を背けながら。
「なぁ、襲撃ってどのくらい
「ああ。今動いているのは確か3人くらいか。それと、配信で名乗りを上げてくれたやつらを片っ端から送り込んでいる。皆、ヒーロー社会に復讐したがってる奴らだ。」
「ふーん……ちなみに聞きたいんだけど、その合宿所ってヒーロー関係者しかいねえの?」
「ああそうd……いや、確か何人かヒーローとは無関係の奴がいるらしい。お前は知ってるか知らねえが、ほら、雄英体育祭で活躍してた鹿目まどかって奴。円満な環境でヌクヌク育っていそうで、見ていると苛つくよなあ。それと、最近
まあともかく、もしアンタがそういう連中のことも嫌いなら、ボコせるチャンスだが、どうだ?このゲートを抜けれb」
死柄木は突然顔が横向きになることを感じた。そしてそれが、伸びた槍によるものだということに思い至るのはかなり時間が経った頃だった。
何が起ったかは分からないが、とにかく殴られたという感覚。その衝撃はそれなりに鍛えているつもりの死柄木をしても気を失いかけるほどの物。床を何度も転がされ、壁に衝突。手に持っていた玉は床に散らばってしまう。
これがマスキュラーを殺した力かと彼は何処か他人事のように思った。
死柄木には、この流れで殴られる心当たりが全くない。まさか佐倉杏子がやったのではないだろうと慌てて視線をもどす。
だがそこに映っていたのは、ゲートに勢いよく飛び込む佐倉杏子の姿だった。
「アタシの友達が危ない!今行くぞー!!!」