廻天、実在していたのか……!
轟焦凍は、自身の個性の強さにそれなりの自負があった。
ヒーロー科の生徒として最強だとは思っていない。総合的な戦闘面では爆豪に勝てるか微妙だと思っているし、筆記の点数では八百万に勝てたことが無い。それにヒーローとしての心でいえば、緑谷との対話や職場体験を通じで自身の視野の狭さを知る機会があった。
だが、個性という面ではトップだと思っていた。右も左も。
個性社会のヒーロー科では、個性のライバルという存在が成立しにくい。個性が多種多様であるために、同系統の個性持ちが身近にいることは珍しくなるのだ。彼の炎、氷結は比較的同類が多い系統ではあるのだが、運がいいのか悪いのか、同学年に同じ系統の個性持ちはいない。上級学年にもだ。比較をする機会が殆ど無いのだ。無理矢理比べるならば「個性の出力」というエネルギー的な概念でできるかもしれないが、それでいえば彼は「とりあえずブッパする癖がある」とよく指摘される癖が出来てしまったほどに「出力」がある。緑谷のような大きなデメリットもない。
なので彼は自分の個性の立ち位置を「万能とは言わないが、ライバルの中では最強レベル」と自認していた。
ちなみに例外的な部分で、普通科の生徒のはずの鹿目まどかと美樹さやかが妙に強力でヒーローらしいことができる個性を持っている。しかし何やら訳アリな個性らしく、強烈なデメリットがこの合宿で判明したこともあって、ライバルとは別枠だとひとまず自分の中で整理を付けている。
だがそんな彼のプライドは、荼毘という
「それ以上火力上げたら火傷しちまうよなぁ!焦凍ォ!!!」
「ざけんな……!なんだこの出鱈目な火力!」
荼毘の放つ蒼い炎。轟はそれを左の赤い炎で何度か押し返そうとした。だが、すべて失敗した。彼の赤い炎は
押し負けて、蒼い炎が轟焦凍に届いた時。彼は炎を出していた左の手が「火傷してしまう」と感じてしまった。炎系の個性持ちの肉体は基本的に炎への耐性がある。でなければ、個性を使った瞬間に皮膚は爛れてしまう。轟焦凍も例外ではない。ヒーローの訓練中に目立つことは少ないが、例えば熱すぎて持てなくなった皿を彼が持ち運ぶ、なんてことはよくあった。
そんな彼の手が熱いという信号を発した。たまらず右の個性で氷の壁を作り、距離を取る。水蒸気が周囲を一瞬で白く染め上げる中で左手を見ると、手先が少し赤く変色していた。紛れもなく火傷の症状だ。
そして、右の氷結の「出力」でも荼毘には勝てない。左で勝てないなら右でと、氷結の個性を「ブッパ」した。体育祭での第一回戦で見せた大氷壁をも超える氷塊を作る勢いで放った。だが、出来たのは人間の背丈をやっと超える程度の氷。それは荼毘に近付くにつれ小さくなっていき、荼毘に氷は全く触れなかった。
ただ白い霧のようなものが少しできた程度。ちょっとした演出程度の効果しかない。
「隠れてないで出て来いよ焦凍ォ!炎個性同士、俺とバトルしてくれよなァ!!!」
「ふざけんな!誰がおめえと遊ぶかよ……!ゴホッ……ケホっ……クソ。」
悪態をつきながらも、敗北感が彼の中に渦巻いた。
おおよその印象だが、荼毘は自分より少し年上程度に見えた。そんな相手にここまで炎勝負で負けることは無かった。
(左は今までロクに訓練しなかったことは事実だが、こうまで……こうまで押し負けるのかよ。
…………コントロールどころか、出力も負けるとは……癪だが、まともに倒すことは諦めるしかねえ。)
幸いにも身体能力は無個性並みでサポートアイテムも使っていない様子だったので、轟焦凍は逃げるという選択を取った。マンダレイの居る広間にせめて行かないようにと、方向にだけ気を付けて走る。
だが、彼の身体は無個性並みの力。氷の上を滑ることもできないので律儀に足を動かすしかない。
荼毘は当然追ってくる。二人の差が縮まる様子はない。
「おいおい、人の誘いを無視かよ!?ヒーロー志望のくせに礼儀がなってねえな!」
「そんな礼儀は教わってねえ!あとその「焦凍」呼びやめろ!他人の癖に、気色悪ぃ!」
「やだね焦凍!焦凍焦凍焦凍焦凍おおおぉ!!!ヒーヒヒヒ!」
(なんなんだあの言動……いや、
ねっとりした言動で荼毘は轟を追いかける。相当な校風状態の上に完全に轟をターゲットにしていて、逃がす気はないらしい。
周囲が蒼く燃えつくされるなか、それによく照らされる笑顔が轟に迫る。
轟はそれを見るたびにぞくりとしたものが背を走り、ますますこれ以上直接交戦したくないと感じた。
しかしすこし走っていると、轟は突如として足場もつれ、その場に立ち尽くす。
(……意識が、酸欠か……。)
「そんな体力じゃヒーロー科としてやってけないぜ?焦凍ォ!」
周囲一面火の海。さらに蒼い炎は人の呼吸分の酸素を余計に消費していた。さらに森林火災噴煙のせいで咳もひどい。
轟はちらりと荼毘を見る。そちらは平然と足を進めていた。手にボトルのようなものを持っており、おそらくは酸素吸入機のようなアイテムだろう。
(用意周到だな……クソ、意識が、何か手はねえのかよ……!?)
BOOOM!!!
轟が咄嗟に伏せられたのは、普段から爆破に慣れ親しんでいるこそだった。
対流柱の風を吹き飛ばす勢いで爆発が起きる。木の折れる音が聞こえた。
轟は最初、自分が攻撃されたのかと感じた。しかし、思っていたよりも体が痛くない。
次いで荼毘の方を見ると、そちらは何秒も探さないといけないほどに遠くへ吹き飛ばされていた。
つまり爆破されたのは轟ではなく荼毘。そしてそんなことをする人物は、この場に一人しかいない。
「…………クッソガアアアァァァ!!!!!
「爆豪……!?」
爆豪が轟の援護に来た。一瞬だけ轟は嬉しく感じたが、すぐに違和感を感じる。
彼は単独へここに来ていた。そして表情を鬼のようにこわばらせている。
周囲に人影は見当たらない。となると、攫われた人々の安否はどうなのか。もしかしたら別の場所に避難させたのかもしれないが、今の爆豪の表情はそんなことをしてきたとは到底思えなかった。
轟は一瞬「普段あれだけ威張っていたのにこのザマか!?」と頭によぎったが、今の轟も勝ち筋を見つけられていないことを思い出し、飲み込む。
轟は、こんな優しい言葉を彼に言うなんてと新鮮に感じながらも声をかけた。
「……爆豪。俺たちがやるべきことをやる。」
「ン゛ン゛ン゛ア゛アアア!!!俺は今すこぶる虫の居所が悪い!俺の悪口をカケラでも言ったら殺す!!!」
そう言いつつも、爆豪は荼毘から一切目を離さない。
一応感情を制御するつもりがあるらしい様子に轟は一安心した。ならば、もう少し建設的な話もできるだろう。
「……どうだったんだ。」
「奴の片手分は叩き落とした!ただ、玉をキャッチする余裕までは無かったからどこに落ちたか分からねえ。で、あの怪盗野郎は……逃げ、やがった。クソ、クソ、クッソがァ!!!」
「気持ちは分かるが落ち着け。爆豪、この状況は」
「わァってる!俺は落ち着いている!そしてやることは決まってンだろ……あの継ぎはぎ野郎を、ぶっ殺す!!!ンでその後は残党
「その後、そのビー玉がどこに落ちたか探すのが先じゃねえのか?人命救助優先だろ。」
「ンな訳ねえだろバァカ!こんな森ン中でビー玉が見つかる訳ねえだろうが!!!まずはこの森に居る
「……炎を手から出すだけのシンプルなものだと思う。ただ出力が驚異的だ。……俺よりも。」
2人が話している間、荼毘は攻撃することもなく二人に歩み寄っていた。
ただ表情は多少不機嫌になっており、爆豪を殺意を伴って睨みつけていた。
「せっかく
「ハッ!2対1は卑怯ってか?」
「いいやどうでもいいね。コンプレスから逃げてきた負け犬が増えたところでなあ。」
爆豪がそれを聞いたのと、爆破で荼毘に接近したのは同時だった。横にいた轟は、彼から「ブチッ」という音が聞こえた気がした。
次の瞬間、荼毘がいる場所で途轍もない熱量が発生した。爆発と蒼炎。それは周囲に被害を広げるという面では最悪のエネルギーで、爆風に炎がまとったようなものが周囲一帯に拡散した。火災の範囲はさらに増えただろう。
轟は発生した閃光のせいで、しばらく目が開けられなくなった。数秒後、何とか目を開けるとまずは爆豪の姿が目に入った。
「爆豪……大丈夫か?どうなった?」
「この程度余裕だッ……クソ。」
言葉では強がるが、右手を強く抑えている。目を凝らしてみれば火傷のような痕があった。彼の手も爆破の瞬間的な熱に耐えるために熱に耐性があるが、荼毘は反射的に炎で対抗しようとしたのだろう、負傷は免れなかったようだった。
「……痛ってて、炎を突っ切ってくるのはオールマイトだけにしとけってんだよ。」
しかし荼毘も無事ではなかった。起き上がる彼もまた右手を抑えている。手の骨が一部折れていたことを、荼毘は痛みで感じ取った。
彼の顔は苦いものを噛んだようになっている。痛みもあるが、戦局が苦しくなったことによる焦りもだ。
だが、彼にとっては致命的ではない。彼らに倒されることなど一ミリも考えていない。保険があるからだ。
彼は耳につけている通信機のスイッチを入れた。
「……おい、そろそろ潮時だ。もういいだろ。」
「オイ、何喋ってやがる?」
仮に内容を聞き取れていれば、爆豪は再び荼毘に跳びかかっていただろう。
腸が煮えくりかえっている彼が
そして数秒もすると。
「……!ワープゲート!」
彼の後ろに黒い靄が現れる。
「逃がすかッ!」
「待て爆豪!罠だ!」
爆豪はそれを見て、反射的に個性を発動する。しかし同じく反射的に轟が彼の腕を強く引っ張った。
結果的に中途半端な爆発が起こり、二人は不格好に転倒する形になる。
爆豪は轟の腕を全力で振り払って怒りをぶつけた。
「ざけんな半分野郎!ブッ殺す!」
「前を見ろ!時間差で奴の前にもゲートが開いている!」
「なっ!?……クソがァ!!!!」
荼毘と二人の間には、待ち構えていたかのようにゲートが開いていた。
開いていただけで、何も出てこない。だが、この襲撃において甚大な被害をもたらしてきたそれを軽視などできない。爆豪は歯が折れるギリギリの力で歯ぎしりしつつも、ワープゲートから目を離すわけにはいかない。次の瞬間にはまた鉄砲水が来るかもしれないし、銃弾が飛んでくるかもしれないし、未知の
ただ、この場においては単に牽制するために出したのだろう。何も変化はなく、そして荼毘は警戒を保ちながら後ろに下がる。
「じゃーな、轟焦凍。そして爆豪くんよ。お前らの敗北は、
「黙れ!ヒーローはお前らに負けるわけにはいかねえ!」
「クソ!クソ!クソクソクソクソ……!」
この場でどうやって荼毘を足止めできるか二人は必死に頭を回すが、土壇場で都合よくいいアイデアが出るわけもなく。
このまま、
だがここで、その3人誰にとっても予想外のことが起きる。
「……は?」
単なる牽制の為に開けられたと思われていたゲートから、一人の赤い少女が現れた。
「おーい……って、アレ?二人が居ねえな。くそ、ゲートの先が別の場所されちまったのか……ん?」
その姿は、まるでコスチュームのようだった。フリルの付いた真っ赤のノースリーブのドレス。胸元にはルビーのような輝石。短いスカートに太ももまで覆うハイソックスと高いヒール。およそ普段着とは思えない、派手な服だ。
そして片手には、彼女の背丈を超える長い槍。戦いに来たと言わんばかりの質量を持っていそうな威圧感のある得物だ。
彼女は勢いそのままに霧から出て一回転すると、あたりを見回して首を傾げていた。この場に来たことに戸惑いを覚えているようだった。
すこしすると、前と後ろに人がいることを気にしだしたらしい。少し品定めするように交互にじっと見た。
轟は目の前の人物が分からず戸惑うばかり。爆豪は、黒霧が送り込んできた
「……ふーん?」
「っ!?」
睨みつける爆豪を彼女は、何か知ったようなそぶりでただそう呟いた。
それだけのはずだった。
(……!?お、俺が、俺は今、ビビったのか……!?)
彼女は個性を行使したわけではない。なのに、爆豪は震えを感じた。そして、猛烈な怒りも覚えた。恐れた自分に。
なぜ恐怖を感じたのか、それは彼自身にも分からない。だが、この時点ですでに彼は荼毘よりも彼女の挙動に注目していた。
「ハ、ハ、ハハハハハ!!!死柄木!ついにやってくれたぜ!!!!」
突如として荼毘が笑い出す。後退をやめ、じわじわ足を前に進めていた。
「な、何がおかしい?」
「知ってるかァ!?そいつの名は佐倉杏子!なあ!知ってるか!?知らねえよなあそうだよなあ!」
実際全く知らない轟と爆豪は、呆然と高笑いする荼毘を黙って見るほかない。
「教えてやるぜ!そいつは……ん?」
突如として耳障りな音が荼毘の耳に届く。通信が入る音だ。
これからいい所なのにと不機嫌になりながらも、彼は仕方なく耳を傾ける。
(大方死柄木が俺に動きを指示出しか?……ったく、調子乗ってたら後で燃やしてやるからな。)
しかし聞こえてきたのは、想定とは全く違う声だった。
『だっ、だだだだ荼毘!緊急です!何としても彼女を黒霧のゲートに再度入る様に誘導してください!嘘でも力づくでもなんでもいいですから!お願いします!』
「……は?」
「おい、どういうこだ」
「なあアンタ、
彼女は荼毘に話しかけた。表情は喜んでもいない、不快でもない。ただ、多少の警戒はあった。
(……嬉しそうじゃねえな。まあ、黒霧の旦那は気が狂ったみてえだからこっちとの会話優先だ。)
『き、聞いていますか荼毘!?とにk』
これ以上うるさくならないようにブチッっと通信機を破壊した彼は、黒霧のおかしな警告を頭から追い出し彼女に向き合う。
「ああ、そうだ。俺は荼毘。で、そこの二人は雄英のヒーロー科生徒……未来のヒーローってわけだ!」
それを知った後の彼女の行動は容易に予想でき、あまりにも有利で都合の良い未来に彼は興奮が止まらない。
ここで、彼女がその二人には目もくれず、荼毘に視線を向けていたことに違和感を持てば、荼毘はこの後多少はマシな行動をとれたかもしれない。
「……そっか。で、アンタらがこの合宿場を襲ってるってわけか。」
「その通り!お前が来てくれたおかげで俺達の優勢は決定的なものになった!さあ、俺達と一緒にヒーロー共を全員ブッ殺sゴハァ!!!??」
荼毘は、腹に巨大な質量を叩きつけられ、そこが荼毘のこの襲撃での最後の言葉となった。
次いで、彼は腹部に痛すぎる熱を感じる。火傷とは違う痛み。
何が起ったかと反射的に視線を下に向けた瞬間、荼毘の視界は真っ暗になる。一瞬意識を失ったのかと彼は錯覚したが、実際は視界を黒霧が多い尽くしていただけだ。
そして次に視界が開けたときは、既にアジトの屋内。黒霧のゲートは彼の眼前でそのまま閉じられた。
「え?は……え?なんで?」
荼毘はこれ以降、この合宿襲撃の場に戻る機会を得なかった。
◇
荼毘が襲撃していた場所に残ったのは、轟と爆豪、そして佐倉杏子の3人だ。
一応黒霧のゲートはまだ一つ開いていたのだが、彼女が
「おーい、聞こえてっか?ゲートの向こうに居る奴!いいか、アタシの邪魔をするなよ。それさえ守ってくれんなら、これ以上無用な殺傷はしないでやる。でもな、もし邪魔するってんなら、お前ら全員アタシが直接ひねりつぶしてやるよ!」
と啖呵を切ると、すごすごと引き下がる様にゲートは閉じてしまった。
爆豪と轟は、黙って見ているほかなかった。ゲートが閉じた後も、何も言えずに見ているだけ。
ただ威圧感のようなものを感じているために、一挙手一投足から目を離さないようにだけができることだった。しかし彼女は二人の緊張などどこ吹く風で、呑気に伸びをして体をほぐす。
一応この場は森林火災の真っただ中なのでとてもリラックスなどできるはずがないのだが、彼女にとっては全く苦痛でないようだった。
「さぁて、あいつらはどこかなっと……」
「な、なあ、あんた……?」
このままだと彼女は自分たちを無視してどこかに行ってしまいそうな気がした轟は、焦って声をかけた。
「ん?そういえばアンタたちは……ヒーロー科とか言われてたよな?さっきの……荼毘だったっけ?そいつに。」
「あ、ああ、そうだが……お前は、誰だ?」
「アタシは佐倉杏子。ま、どうせ知らねーだろ?」
「……爆豪、知ってるか?」
「知らねえよ、舐めんな。」
轟も知らない名だ。轟はこのような状況の対処法をなにも知らないがために、ただ警戒心を保つことしかできない。
(さっき
……いや、それよりもあの槍は何だ?一瞬で伸びてゲートに送り返した、あのスピード。俺に向けられたら、事前に予告された上で相当集中してギリギリ避けられるかどうか、ってレベルだ。事実、荼毘はロクに反応ができていなかった。それを、あんな涼し気な表情で……)
轟の頭に響く「ヤバい」という単純な三文字。
チラリと横を見ると、爆豪も同じ結論なのだろう、歯ぎしりが聞こえてくるが、悔しそうな表情であり自分から手を出す様子がない。
(……戦力的に分が悪いが、敵意は感じられねえ。なら、悔しいが……是が非でも穏便に済ませねえと。口の悪い爆豪には任せられねえ、俺が今やるべき役割だな。)
轟も交渉分野に自信がある訳ではない。その手の勉強もしておけばと軽く後悔しつつも彼女に慎重に話しかける。
「佐倉……えーっと、佐倉さん。俺達の敵のつもりじゃねえってことで、いいのか?」
「ア゛ァン!?どう見ても連合に関係があるだろうが!そうでなくとも、連合に勧誘された時点で
「爆豪少し黙ってくれ!……と、とにかく。どうなんだ?見た感じ事故でゲートを通ってここに来たようけど、俺たちと戦うつもりなのか?」
「んー……ま、そうさね。アンタ達とわざわざどうこうするつもりはないよ。良かったな、敵が増えなくて。」
「んだとゴラ……!」
「爆豪マジで黙れ!!!」
轟は彼の口に手を当て氷結させ、今までの人生で最大と言えるほどの意志で爆豪を目で威嚇した。爆豪も睨み返してくるが、この場では威圧感という点において轟は爆豪に勝たなければならなかった。
「そっちのトゲトゲ髪はさっきから活きがいいねえ。そんなにアタシと戦いたいのか?」
「そりゃとうぜンググ……!」
その様子を、佐倉杏子はなにやらにししと笑いながら見ているだけだった。襲い掛かってくる様子はないことに轟は安堵する。
(よし、次は……待て、仮に偶然ここに来ちまったことが正しいとして、この佐倉はこれから何をする?順当にいけば家に帰るとかだろうが……今この場は
なら……コイツは、俺たちについてくる。俺が逆の立場ならそうする。馬鹿でもない限り、知らねえところで無闇に歩き回る訳がねえからな。なら……)
「俺は戦いたいとは思ってない。そこで提案なんだが、俺達と一緒に来ないか?」
隣で爆豪が「ン゛ー!?」と体育祭の表彰式の時のような剣幕で睨みつけてくるが、轟は無視した。
「へー?どう風の吹き回しだい。初対面で個性使って人をぶっ飛ばしたアタシにそんなことを言うなんてさ。」
轟が感じたのは、慣れだ。ごく自然体で、彼女は挑発に近い言葉を発した。自分が悪の立場にいることを認め、それを臆することなく告げる。
こちらに喧嘩を売ってはいないが、喧嘩を売ることを全く重荷に感じていないというメッセージ。
(……やはりこいつは
「まあ、アレだ。これは俺の推測だけどよ、連合の奴に勧誘されてきたんだろ?多分お前は、ヒーローに追われている身だよな。」
「それは……ん?そういえば今のアタシってどっちなんだろうな?よく分かんねーや。」
こっちは必至で頭を回しているのに、なんだそりゃと轟は思わず口に出しそうになった。
「……ま、まあ仮に追われている身だとしてもだ。この森の火事に、
「まあ、道理だねえ。お気遣いどーも。」
「…………でも、だ。お前にとってもこの状況は自由に動くべき場面じゃねえ。ここは―――の山ん中。道なりに移動しなきゃ遭難すること間違いなしの場所なんだ。」
「そうかぁ?アタシの……個性ならそんなの屁でもねえかもしんねえぞ?」
あながち嘘でもなさそうだと、轟はさらに気を引き締める。
「普段ならそうかもしれねえ。だけど、今のこの場所はグチャグチャだ。
……そっちにとっても、この状況は安全じゃねえだろ?」
「ふーん……まあ、そうかもな。ていうかさ、なんでわざわざこんな山奥にアンタ達は来てんだ?」
「それは……俺の居る学校に聞いてくれ。そういうヒーロー科のカリキュラムだったんだ。それで……常識的に考えて、お前も遭難したり、死んじまうよりはヒーローに見つかってでも安全を確保した方がマシだろ?そんで、俺達はその安全な場所を知っているんだ。当然ヒーローがいるけどよ、俺たちなら話をスムーズに付けられる。」
「アタシがヒーローより弱いなら、そういう話になるねえ。」
佐倉杏子は口では同意しているが、轟は全く説得がうまくいっている気がしなかった。
自分が危機下にあると微塵も感じていない。
彼女の個性は当然知らないが、様子からして相当強力なものだろう。できれば個性を聞き出したいが、この状況でそんなことを聞くのは「お前と戦うかもしれないからお前の情報をくれ」というメッセージになってしまうし、そもそも微妙に挑発的な彼女が教えてくれるとは到底思えなかった。
「それで……どうだ?ヒーローに捕まるのは不本意だろうが、大人しくしてくれるってんなら、犯罪者って言っても相応に丁寧に扱うつもりだ。」
「ヒーローは
「…………」
まるで
轟はだんだん彼女を連れて行こうかという判断を後悔し始めた。こんなことならば、適当な嘘をついて向こうに行ってもらえばよかったか。だが、彼女がそんな向こう見ずな行動をする人間にも見えない。嘘をついたことで恨みを買って後で襲ってくるかもしれないし、そもそもヒーローの行いではない。
「……っぷ。あはははは!」
しかし突然、彼女が破顔する。緊張感のようなものを意図的に消す笑いだった。
「いやー、悪ぃ、悪ぃ。最近ずっと閉じ込められっぱなしでさー、本当に久しぶりに外に出られたからちょっとはっちゃけちまった。でもアンタたちの表情、久しぶりにビビる人間を見させてもらったよ。」
「ン゛ーーー!!!」
爆豪が暴れ出すが、轟は羽交い絞めにして止める。常人が見れば殺されるかもしれないと思うその剣幕も、彼女は単なる冗談としか受け取っていなかった。
しかしその時、爆豪の動きが一瞬止まる。
落雷。強い光と音がその場を仕切りなおしたのだ。
「ん……?雨?そういや、山の天気は変わりやすいって聞いたことがあるな。」
上を見上げれば、美しかった星空は見えなくなり、代わりに分厚く濁った雲が周囲を覆っていた。
そしてぽつりぽつりと雨粒が顔に当たり始め、あっという間にザーザーという環境音が大きくなっていく。
彼女は知らないことだったが、起きている現象は火災積乱雲と呼ばれるものだ。
轟と荼毘による戦闘により、周囲一帯の空気は炎で急速に加熱された。それは急激な上昇気流を生み出し、上空に大量の水分を供給する。轟が個性で氷という水源を生み出していたことも大きい。
雨はあっという間に強くなり、戦いで発生していた火災を消していく。それに伴って光源も消え、夜の森にふさわしい危険な暗闇が戻ってきた。
「うわ、急にひっどい雨だな……モタモタしてないで、さっさと行かないと。なああんた、鹿目まどかと美樹さやかって知ってるか?」
「!?……そうか、二人と同類なのか?」
「まあどうせバレるだろうから言うけど、そうだ。で、アタシはその二人と友達でな、用があるんだ。だから、場所を教えてくれよ。まあ教えてくれなくても大体自分で探せるけどな。」
轟は必死に頭を回転される。あの二人は明らかに善の心を持っている。ならば、目の前の彼女もそうではないか?と。だが同時に、すべては彼女の自己申告であることも事実だ。
「……ダメとは言わねえ。そうだな、俺達の目の届くところにいて、個性を使わないって約束をしてくれないか?そうすれば」
「なんだそれ、面倒くさい。教える気がねーんならまあいいよ。あんまり信用もないみたいだしな。」
「オイコラ待てや!話は終わってねえ!」
「ま、心配しなさんなって。アタシは襲ってくるヤツ以外は手を出さねーからよ。」
「それは、助かる。だが、」
「でもアタシを信用してないヤツと一緒に行く義理はないね。アタシは急いでるんだ。じゃあな。」
「おい待て!」
佐倉杏子は轟の話を無視して飛び出してしまう。
当然のように個性持ち並みのスピードで彼女は駆けていった。轟は慌てて後を追う。氷で道を作りスケートの要領で進もうとした。
(クソ、障害物が多すぎて地面を進めねえ!)
先ほどまでの戦いの余波で当然森はグチャグチャ。木々や岩は無秩序に行く手を阻む。
したがってある程度高度を保ちつつ、空中に氷を出し続けて進む形になるが、そうするとスピードが出ない。地を蹴るという行為が難しいのだ。地面を凍らせる形ならばそれができるので、もう少し速く進める。
(せめて目に届くところにはいねえと……おっ!?)
轟の横を爆音が通り過ぎた。
「俺を無視すんなボケエエエエエ!死ねえええええ!!!」
轟が素でおいて行ったのを忘れていた爆豪。こちらは爆破で進むので、障害物など関係なしだ。雨で少々出力が落ちているが、彼女を追いかけることはできていた。
しかし、追跡の進捗は芳しくない。徐々に距離が離れている。広間の方向は教えていないにもかかわらず、彼女は何の迷いもなく広間に一直線だった。
「おい!止まれ!せめて俺たちと歩幅を合わせてくれ!」
「はー?なんでだよ。そっちがトロいのが悪いだろ?」
「フザけんな待てや!このクソ
「こっちはまだお前のことを信用できる立場じゃねえんだ!スピードを落としてくれるだけでいいんだ、頼む!」
「お断りだよ。なんで見ず知らずのやつの言うこと聞かなきゃいけないのさ。むしろそんな強く頼むなんて怪しく見えてきたぜ?」
轟は自身の話術の無さを呪った。
彼女の言うことはもっともだと彼自身も感じていた。結局、頭に浮かんだのは強引な手段ではなかった。ヒーローとしてまだまだ至らないのだと思い知らされる。
「穿天氷壁ッ!!!」
個性を発動させ、再び体育祭のような大氷壁を出す。彼女を直接凍らせることは狙わず、氷の壁を彼女の前に出す目的。本人の疲労も相まって大きさは劣ってしまっているが、普通ならば足止めには十分すぎるものだ。
「氷じゃアタシにゃ柔らかすぎる。せめて鉄にしとくべきだったな!」
「……足止めにもならねえのか!」
その壁を突破されるには1秒も要さなかった。
バキンという派手な音が響いたかと思うと、氷塊は一瞬にして大破。轟の目には一瞬しか追えなかったが、槍を信じられない速度で振り回して、物理的に砕いたように見えた。
さらにそのとどめの一撃で、彼女は槍を前方に伸長させた。刃の部分の先端は地面に突き刺さった。アンカーの要領で、彼女はさらに加速した。
「なんだ!?……アイツの槍か!どれだけ伸びるんだよ!いや、鎖が中に入っているのか!?」
鎖のようになるとは、と轟が驚いていると、彼女の前に飛来するものがあった。
「動くなクソ
3人ともあまり自覚はないが、彼らと彼女は同世代の中でも上澄みの上澄み。互いに移動しながらの戦いは、1秒にも満たない足止めですらその距離差に大きく反映される。
その差は爆豪に追い越させるのにギリギリ間に合うものだった。これまでに蓄えられた不愉快をたたきつけるつもりで、爆豪は個性を発動させようとする。
轟は冷や汗をかく。個性による武力行使をするとしても、それは「命を取るつもりがない」ということが明確にわかる形でなければならない。爆豪のそれは、殺意と受け取られても文句も言えないもの。彼のことをもっと強く拘束しておけばと轟は後悔するが、覆水盆に返らずであった。
直後、起爆。爆音と光が一瞬閃く。
「は?」
間の抜けた声を上げたのは、攻撃側のはずの爆豪だった。
なぜなら、彼の視界は人の手の平で一杯だったから。
「筋は良いけどちょっと遅い。出直しな!」
その言葉と同時に、腕と首に強烈な痛みが走る。
佐倉杏子は爆豪が目の前に来たと見るや、その頭をつかみ横にスライドさせた。増強系並みの速度でのそれには、努力する天才である爆豪といえども一歩反応が遅れてしまう。
そして視界を塞がれたことで、彼女のもう片方の手の動きには対応ができなかった。
彼女のもう片方の手がぶれ、爆豪の腕をあらぬ方向に曲げた。
振りかぶったわけでもないのにバキィ!という音が響き、骨が折れたのではないかと思えるほどに彼の手は弾かれ、同時に爆破。爆破は彼女の真横で起きた。多少なりとも爆風は彼女に当たっているはずなのだが、佐倉杏子は真紅の髪を揺らすだけで、涼しい表情だ。
そして、爆豪は直後に姿を消した。轟は一瞬何が起ったか分からなかったが、彼女の腕の動きで理解した。横に爆豪を投げ飛ばしたのだ。一瞬空いて、ドンという鈍い音が木々の中から響いた。
爆豪が個性を発動してから姿を消すまで、1秒にも満たない出来事だった。
「爆豪!クソ、ッなんだ!?」
何が起ったのか轟は半分ほどしか理解できていなかったが、轟の脳内が危機感で埋められていたのは正しいことだろう。
しかし突如として腕が、体が動かなくなった。
「ぐあ、なんだこれ!?……あの槍か!?」
彼女の多節棍。いつの間にかそれは変形し、轟の身体に蛇のように巻き付いた。
どういう力が働いているのか、バランスを崩して転ぶことすらない。それは四方から万力のように轟を締めあげ拘束する。
「悪いけど、相手してやるほどのんびりしてられないんだよ、こっちは。じゃあな!」
「ま、待て!」
そして多節棍は爆豪を巻き込むように轟を引き飛ばす。
ふぅと佐倉杏子が一息つくと、目の前には広間に繋がる道筋が彼女には見えた。
「……っと。しつっこいなぁ。」
「俺を無視してんじゃねええええ!!!」
しかし彼女はそこから動くことは無かった。再び突っ込んできた爆豪に対応する必要があったから。
先ほどのことから、爆豪は今度は彼女の手が届くところまで近づくことは無かった。そもそも爆破は範囲攻撃。多少与えるダメージは下がるが、彼女の手が届かないところから全力で爆破を発動した。
爆豪は反動で痛む手首を抑えながら、爆破の光の為に一瞬閉じざるを得なかった瞼を無理やり開ける。1ミリ秒でも状況を早く把握するために。
「……は?」
「馬鹿みてえに同じ反応して、やんの!」
爆豪は再びあっけにとられた。
視界の先に彼女はおらず、声がしたのは右耳の側。いつの間に移動したのか、爆豪には全く分からない。けして目の前の彼女から目を離さずにいたのだ、暗闇の中で、爆破に照らされる彼女の姿が脳裏に残っている。分身体だったのかと思うほどに不可解な移動だった。
しかし、傍にいるとなれば爆破以外にできることもある。体術だ。爆豪は個性にかまけない技を磨くことにもぬかりなく、柔道空手といった有名な格闘術にも通じている。個性無しでも、そこらの増強系と素手で戦って叩きのめせるのが彼だ。
この場にて最適最速の攻撃方法は、肘打ち。反射といえるほどの判断速度で爆豪はそれを繰り出そうとする。
だが当然のように彼女はそれを避けた。体を少し傾けるという最小限で、最大効率の動きで。視線は彼から一切外していない。
「クッソ、がああああああああああ!?」
それどころか同時に、足掛けをくらい爆豪の視界が反転する。反射的に彼女の服をつかんで道連れにしようとするが、それすら読まれ、もう片方の手でバチンと弾かれた。
爆豪は、必死に抗っていた。彼女だけではなく、劣等感にも。見たところ、彼女は爆豪とほぼ同年代。そんな彼女が、戦闘面で圧倒的に彼を上回っている。
個性の性能だけではない。経験と技量でだ。
今までまどかとさやかを見て、その個性相手でもその面で勝っていたという自負に、罅が広がっていく。
そうこうしているうちに、爆豪も全身が動かなくなる。地面からなぜか鎖が生えてきて、爆豪を拘束。個性の発火点となる掌は背中側に回され、ガチガチに手首を固定された。これで個性の爆破を発動する方向が完全に固定された。彼の独力では、鎖を解かない限りもはや脱出は不可能だろう。
「ンンン゛ーーーーー!!!」
「殺しちゃいけないってこういう時に面倒くさいんだよなあ。ま、アンタくらいだったらまだ何とかなるって分かったのはよかったよ。」
「ン゛ン゛ン゛ン゛ーーーーー!ン゛ーーーーー!」
爆豪の口部分にも鎖が入っているせいで、碌に喋れない。しかしそれがなくても、彼女は爆豪に怯えることはなかっただろう。それを彼は正しく感じ取り、ますます声を上げた。
このまま彼女を逃すかと思われたが、彼女に新たな脅威が降りかかる。
「ん?この震動……新手か?次から次へと……」
「轟!爆豪ーーーー!炎を出せ!助けてくれ!!!」
呆れる彼女の視線の先にいるのは、こちらに走ってくる障子。
「グオオオオオオオオ!!!暴レ足リンゾオオオオオオ!!!!!!!」
その後ろにいるものを爆豪は始めよく認識できなかった。あまりにも夜の闇に溶け込み過ぎていたためだ。
だが、すこしすると巨大な闇の化け物が迫ってきていることが分かった。爆豪はその正体にすぐに思い至る。常闇の
実際彼の予想通りである。雨が降り火事が消えたことで、周囲に暗闇が戻った。それにより、もともと友の傷を見たせいで感情が高ぶってた常闇は個性の制御を失ってしまったのだ。
「な……なんだあれ!?」
轟がフラフラと歩きながら現れた。彼女に手ひどくやられたが、殺意がないことは通じていたらしく、一瞬気絶する程度で済んでいたのだ。
「あのトリ頭だ半分野郎。見りゃわかんだろ。」
「……個性が暴走しているのか?」
「ああ……」
(このままあのクソ赤髪
爆豪はそう発想し、次の瞬間猛烈に自己嫌悪した。同士討ちという、自分の目指す勝利からは程遠いもの。彼は、自分が妥協しようとしていることを感じ取ったのだ。
しかし爆豪は、さらにプライドを削られる光景を見た。
佐倉杏子は、闇の化け物を見据えていた。それはどこまでもまっすぐで、自分が負ける可能性など一切考えていない、自信に満ちたもの。
爆豪が手に入れようと目指す、勝利への自信。
勝てないと思ってしまう化物を打ち倒す、かつてオールマイトに見た、圧倒的勝利への確信だった。
「……じょを思い出すデカさだな。こいつも
彼女はしゃがみ込み、地に手を付ける。直後、地面が先ほどと同じように振動し始める。
「ずっと魔法が全力で使えなくてモヤモヤしてたんだ。憂さ晴らしに付き合ってもらうよ!」
それは、
正確に言えば生物ではないので、その呼び名は不適だろう。だが、爆豪含めた彼らの第一印象はそれだった。
地中から出てきたものは、巨大な多節棍。大蛇のようにしなやかに動き、その刃先の目線は
「は?おい待て、誰だ君は、なんだそれは!」
障子が状況を全く呑み込めないままに制止しようとするが、彼女は全く止まらない。
「!?……俺ハ恐レナイ!俺ハ最強ダ!ブチコワシテヤルウウウ!!!」
巨大な腕のような部位が生成され、槍の上に鎮座する佐倉杏子に向けて構えられた。
直後、激突。衝撃波が周囲にまき散らされ、まともな者は全員が目を反射的につぶった。
その音が止み、おそるおそる彼らは目を開ける。何故か地面に穴は開いておらず、しかし地形はボコボコの状態だった。
「……常闇!しっかりしろ!」
最初に気が付いたのは障子だった。彼が駆け寄った先にいたのは、倒れている常闇だ。
常闇の方は息があるようだったが、ダメージを受けているのか苦しそうにうめくばかりだ。
「ウッ……がはっ……げほっ……」
「生きているな?俺の背に乗れ!今安全なところに、グフッ!?」
「どきな?アンタも連合の仲間だろ?今とどめを……あ、殺しちゃいけないんだっけ。しょうがないから半殺しくらいにしとくか。」
障子を殴り飛ばして常闇に槍を向ける佐倉杏子。一瞬なぜそんなことをしようとしているのか、轟にはわからなかった。
しかしすぐに、非常にまずい勘違いをされていることに気が付き慌てて口を開く。
「待て、待ってくれ佐倉杏子!そいつは連合の人間じゃない!俺のクラスメイトなんだ!傷つけるのは待ってくれ!」
「ハア?何言ってんだよアンタ、今まさに私たちを殺そうとしてたじゃんか。」
「違う!不測の事態、個性の暴走なんだ!障子、お前からも言ってくれ!
「!!!ま、待ってくれ!彼の、轟の言っていることは本当だ!俺からも証言する!これ以上の争いは俺も望んでいないし、俺も常闇も連合に襲われたんだ!」
「いや、そんなのありえないだろ。なんで今日に限って都合よく暴走するんだよ?」
「本当だ……お、俺に、害意はない、すまな、ゴホ、かった……」
「えーーー……?」
障子と轟が必死に説得をしている間、爆豪はひたすら歯ぎしりして悔しさに耐えていた。
あの暴走状態の
弱点を突けば可能性は十分あっただろう。
技術でも力でも、今の爆豪では佐倉杏子に勝てない。
しかしさしもの彼も、オールマイトやエンデヴァーと比べて今の自分が勝っていると言うつもりはない。だが、いつかは勝つ。爆豪は高校生であるために、強くなるための時間があるのだ。今は勝てなくとも、彼らと同じ立場に立った時に、彼らに勝っていればいい。
だが、今の敗北はそれとは性質が違う。
見たところ、彼女は爆豪と同年代だ。同世代に負けたというのが大きいのだ。先の理論で言えば、同じ時間を歩む同年代の人間には絶対に負けられない。もちろん全分野で、とはいかずとも、総合的には上になる。何が何でも上になる。これが爆豪の思考回路であり、行動目標だ。
鹿目まどかや美樹さやかを見てもコンプレックスをそこまでこじらせていなかったのも、そういう理由だ。確かに個性の性能では負けているかもしれない。だが、爆豪には今まで積み重ねてきた戦闘のための知識、経験、そして戦闘センスがあり、彼女たちを上回っている。爆豪は自身の中でそのように整理をつけていた。
しかし、佐倉杏子相手にそのような整理をつけることは到底できないでいた。戦闘という土俵で同年代の彼女に大きく負けたということは、耐えがたい屈辱であり、怒りを生んだ。
「……はー、わかった、わかったって。もういいよ。」
「本当にすまなかった。すべては俺の未熟さが招いたことだ。この詫びは後日必ずさせてもらう。」
爆豪以外の3人はなんとか彼女を説得することに成功したらしい。
杏子は大きなため息をつきつつも、槍を収めた。
そのまま動かない3人を見て、爆豪はますます不満をためる。
「オイ!まさかこのまま行かせる気か!?」
「爆豪……しょうがねえだろ。さすがにここから要求はできねえよ。」
「そーそー。前のアタシだったら容赦なくぶっ殺してたからな。感謝しろよ?で、あっちの方角にまどかとさやかがいるってことでいいんだよな?」
「……ああ。そうだ。」
「半分野郎!!!
「しょうがねえだろ!どっちにしろもう俺たちに止める余力はねえんだし、ここで余計に敵対されるリスクの方がでかい!分かれよ!!!」
「分かるわけねえだろクソが!!!」
「アンタは随分と悔しそうだな。うわ、表情が化け物みたいだ。こんなヤツがヒーロー科だなんて、世界は広いぜ。」
杏子は物珍しい表情で爆豪を見た。しかしやはり恐れはない。
爆豪の表情はもはや人間のものとは思えず、悪鬼羅刹に等しいものだ。表情筋がちぎれそうなほどに酷使されている。
「こいつがあのA組の人間だってのは本当かぁ?まどかとさやかは『みんないい人ばっかりだよ!』って言ってたけど、少なくともコイツは違うだろ。」
「A組だわ舐めんなゴラ!!!」
「こんな奴があの二人と友達になんて絶対無理だな。ほら、アレ、教育に悪い、ってやつか?アンタ達もそう思うだろ?」
「まあ、その、爆豪は……見ての通りいろいろと尖っていることは確かだ。」
「ざけんな俺は至極まっとうだ!むしろヒーローの教育に悪いのは向上心も碌にないあの二人だろうが!」
「はー……?」
友人を侮辱され少し不快になった彼女は、拘束されている爆豪の元へ行き槍先を目の前に突き付けた。だが爆豪は一切ひるまない。それができる正当性が、彼の頭の中にはあった。
「これでもアタシはあの二人の友達をやってるんでね。どうやら他3人と違って、アンタはアタシに喧嘩を売ってるみてーだな?」
「正論しか言ってねえだろうが!あの二人の普段のトロトロした態度見りゃわかんだろ。個性の強さにかまけて碌に努力しやしねえ。今は微妙だが、将来的には俺はあの二人に勝つ!圧倒的にな!どう考えても俺の方が立派だ!」
「はあ、ずいぶんと勝ちにこだわるんだな、アンタ。そんなに強さとか勝ち負けが大事なのかよ?」
「強え奴が偉い、ンなもん当たり前だろうが!強え奴が人の上に立って、高額納税者になって、尊敬されるンだよ!力を、勝利を、上を求めねえ人生なんかに意味はねえ。」
「べっつに、人生それだけじゃねーだろ。こーいうのは、えーっと、アレだ、視野が狭いって奴か?」
「ハア?俺は現実を語ってんだよ!力がなくなっていいなんてのは負け犬の思考だ。俺は圧倒的強者に、オールマイトにも勝る最強のヒーローになる男だ!あんなトロい連中と一緒にするんじゃねえ!!!」
爆豪は、もともとここまで言うつもりはなかった。
これは後で彼自身が反省することだが、知らずのうちに不満が溜まっていたのだろう。自分は必死に努力してここまでの能力を身に着けたのに、さやかとまどかは個性の強さだけで自分に比肩する、汎用性で言えば自分以上の強さの個性を持っている。
言い訳のようになるので口には出さないが、ズルいという感情が彼にもあった。
あの二人より努力しているという事実は、彼にとって心のよりどころのようなものだったのだ。だからこそ、努力して身に着けたであろう分野ですら負けたことは彼にとって大きな傷だった。
杏子は目を細め、向き直る。爆豪は、彼女が不愉快になったことを感じ取った。
「なあ、アンタがもっと強くなる方法、アタシ知ってんだけどさ。知りたいか?」
「ハァ?んなご都合主義がある訳ねえだろ。それともテメエらの個性の秘密でも教えてくれんのかア?」
「ちげーよ。多分誰でもできる話さ。少なくともアタシはそいつのお陰で強くなったと思うんだけどなぁ。」
「じゃあ言ってみろよ。もったいぶんな。」
佐倉杏子は目を細めた。
「地位も財産もぜーんぶ捨てて、周りが敵だらけになればいいのさ。」
「……は?」
佐倉杏子は、ため込んでいた不満に近い感情を爆豪に容赦なくぶつけ始めた。
「アタシの家族は小さいころに死んじまってさ。しかも何も悪いことしてないのに、
「生きてくために金を稼ぐ方法なんて全然わからなかったから、個性を使って
「日陰でコソコソしながら、
「まあちょっと仲間がいた時期もあったけど、喧嘩別れしちまったし、大体は独りだった。独りで死ぬのが怖くて怖くて仕方なかった。守ってくれる奴なんていなかったから、一歩間違えたら死ぬからな。」
「
「でも、アンタはその『危なくて怖い時間』が欲しいみたいだな。なら手始めにアンタの親でもぶっ殺してやろうか?親の守りがなくなって、アタシを憎んで復讐するために、今までの何倍も努力して強くなれるだろうさ。」
「………」
爆豪含め、ヒーロー科の4人は何も言えない。言えるわけがなかった。
ハンマーで腹を殴られて、苦いものが口から出てくるような気がした。彼女の言う事実を一つ初癪するたびに、その衝撃が走る。
「おっと、アタシはこんな無駄話をしてる暇なんてないんだった。さっさと行かねーとな!」
杏子は何も言えなくなった彼を見て、満足そうな表情を見せた後。
あっけらかんと空気をもとに戻し、広間の方向へ跳んで行った。
少しすると、他3人は再起動して慌てて彼女を追いかけたが、爆豪は追わなかった。体を縛る鎖は解けたが、ただ座り込むだけ。
彼女の言ったことなど、爆豪は少しも望んでいない。だが、では自分の望んでいた勝利のために、そのような猛烈な環境下に身を置かなくてもいいのかと問われると、それも何か違う気がしてしまう。
あの
とりあえず映画はみんな……見ようね!見る価値のあるものであることは間違いないです。
ちなみに次で合宿編は終わりです。長かった……