この話の公開直後にこれを読む方は、今まで順当に読んできた方は緑谷の言動に違和感を持たれるかと思います。
全体構成に変更があります。
目次を見ていただければわかるかと思います。
命の不安で誰もが言葉少なくなる中、その空気を断ち切る大声が響く。
「なんだよ……ずいぶんとシケてんな。ヒーローって笑顔がモットーって感じじゃなかったのか?」
ヒーロー科の生徒たちが避難する広間に突如として現れた佐倉杏子。
いち早く彼女に気づいたプロヒーロー マンダレイと数名の生徒が「誰?」と口にする中、「アタシは佐倉杏子。そこの2人に用がある。邪魔させてもらうぜ。」と大声で名乗り、ズカズカと中に歩いて行った。
その様子を、ヒーロー科の面々やプロヒーローは唖然して見るだけだった。
ただ、即座に手は出さない。道の正面から堂々と現れて、礼儀正しく名乗ったことが大きい。
しかし、その場にいたブラドキングが慌てて声をかける。
「ま、待て待て。なんだ君は?今は非常事態だ、待て、おい!」
「またかよ、いいか?アタシの邪魔をするなよ。手は出さねーから安心しろ。」
ブラドキングは個性で血液を彼女の周囲に作り、けん制しようとする。
「だから邪魔すんなって。」
「んな!?……うう、な、血液が……」
彼の血液は、液体であるがゆえに破壊という概念がない。物理的な攻撃にはめっぽう強いはずだ。
それなのに、なぜか強風にでもあおられたかのように血液は吹き飛ばされた。ブラドキングは一瞬、貧血の症状を起こし気分が悪くなる。
「ちょ、ちょっと待って!ストップ!」
マンダレイが続いて前に出ようとする。ただし、刺激しないために歩きの同線の横に立ってだが。
「えっと……あなた、
「さあ?でもまあ、アンタ達を傷つけるつもりはねーから安心しろよ。そう警戒すんなって。」
「……悪いけれど、ごまかしなしで、嘘偽りなく教えて。いま、この場は
「杏子!なんでここに!!??」
「杏子ちゃん!?!?」
マンダレイの言葉の上から響いたのは、美樹さやかの声。大急ぎで彼女に駆け寄り、続いて鹿目まどかもついてきた。
二人は杏子の姿を見ても、しばらく彼女に似た何かだと思い込んだ。彼女がここにいる可能性など完全に想定していなかったのだ。面と向かって彼女と会うのは1年以上間が開いていたことも大きい。
「ある意味久しぶりだな、さやか、まどか。それがさー、なんかワープの個性を持つ、黒霧、死柄木だっけ?がアタシのとこに来てな。」
「く、黒霧!?!?
「うん。で、そいつアタシに連合に入らないかってしつこく勧誘に来たんだよ。アタシは断ってたんだけど、そいつの仲間の死柄木ってやつが、まどかとさやかのいる合宿場を襲ってるとか言い出してな。一緒に襲わないかって、都合よくワープゲートまで開いてくれたもんだから、こうやって飛んできた、ってわけさ。」
「え、えぇ……?マジ?そんな偶然ある?」
「杏子ちゃん、大丈夫だったの?」
「見た通りさ。ていうか、心配なのは二人の方だぜ。襲われてるって聞いたからな。まあその様子なら、大丈夫そうで一安心だ。」
「え、えっと……お友達なの?おふたりとも?」
マンダレイがおずおずと声をかけた。
「あ、その……はい。この子の名前は佐倉杏子。」
「見た感じ、同類の個性を持ってるつながり、なのかしら?」
「……そうです。魔法少女仲間です。と、というわけで!杏子はみんなのこと襲いません!だから、そんなに警戒しないでください!だよね、杏子!」
「ハイハイ、襲わねーから、そんなに警戒しなさんなって、ヒーローさんよ。」
さやかはマンダレイが
「えっと、杏子、ついでに言うんだけど、ソウルジェムのこともばれちゃって。」
「そっちもかよ……って、おいさやか!?ソウルジェム真っ黒じゃねえか!」
杏子は慌ててさやかのソウルジェムを手につかむ。
ギリギリ崩壊寸前まで真っ黒なそれを見て、杏子はポケットから常備していた数個のグリーフストーンをまとめて手につかみ、ソウルジェムに当てた。
黒い穢れは吸い取られ、杏子はほっと一息つく。
「……ったく、グリーフストーンくらいいつも持っとけよ。」
「私とまどかが持ってた分、全部使っちゃったんだ。」
「ええ?そんなに強い奴がいたのか?」
「そういうわけじゃないんだけど……」
さやかはここに至るまでの経緯を説明し始める。
◇
「美樹さん!もう一人見つけた!お願い!」
「オーケー!まだまだ全然余裕あるから!」
尾白と虎が捜索に出た後、ほどなくして緑谷が広間に戻った。彼女に一通り回復された彼は、行きつく間もなく行方不明者の捜索に出かけ、さっそく一人、B組の庄田二連撃を担いで帰ってきた。
緑谷の高い機動力は、このような捜索活動にうってつけだ。もちろん場所が分かれば、という条件は付くが、まどかと口田が召喚したモグラ(?)によりある程度位置情報が分かっていたのだ。
尾白と虎がなぜか返ってこないという不安があったが、美樹さやかは緑谷を頼もしく思いつつ、けが人の治癒に当たる。
彼は有毒ガスを吸ったらしく気絶していた。しかしさやかが能力を発動すると、苦しそうな顔が和らいだ。
さやかは人の役に立ったという達成感で少し破顔したが、その時。
「美樹ーーーーーー!!!個性くれーーーー!!!!!!」
何やら鬼気迫る声が聞こえてきた。
「ん?……切島君、みんな!よかった無事だったんだ!どうしたのそんな声出して?てか何かついでるの!?」
合宿場があった方向から、切島をはじめとする人々が走ってきた。ブラドキングもいるので、補修組であることがさやかはすぐに分かった。
彼らは全く余裕のない表情で向かっており、協力して大きな黒めの袋を担いでいた。ブラドキングが個性で血液をそこに差し込んでいる。
「え、な、なに!?無事なのみんな!?」
「俺たちはいいんだけど、相澤先生が!相澤先生があああああ!!!」
彼らは全力で、しかし慎重に彼女の前にその黒い袋を持ってきて、その中身に絶対に刺激を与えないように地面におろす。
そして袋を開いた。さやかはそれが何かを認識するのに少しだけ時間をかけてしまった。
「え?何この赤いの…………!!!!」
状況の理解ができた瞬間、さやかは件を地面に突き刺して、全力で個性を発動。その中身は瞬く間に蒼い光に覆われた。
「うおあああああああ!!!!!治れえええええ!!!!!!!!!!」
これほど全力で個性を発動するのはいつぶりだったか、改変前を含めてもこの時が最高潮ではなかったかと思われた。
運ばれてきたのは、イレイザーヘッドだ。当然大けがを負ってしまったのでさやかが全力で個性を発動しているわけだが、その度合いがシャレにならないものだった。
彼の半身は完全に破壊されたといってもいい。
さやかは始め、それが人間だと認識できなかった。血で真っ赤に染まり、皮膚がことごとく破れていたために人間の肌の部分が見当たらなかった。
右手右足は完全に消失し、内臓部分が露出。心臓がギリギリ破れておらず、ブラドキングの血液操作によってギリギリ生命機能を保っていた。
こうなった原因は、連合の黒霧の個性による高圧海水攻撃。大きな脅威とみなされていたイレイザーには特に近くに、そのワープゲートが開かれてしまった。
秒速約200mの超高圧ジェット水流は彼を直撃。彼の個性「抹消」は全く役立たず、イレイザーは一瞬で戦闘不能になってしまった。
ただし、連合にとって想定外なことが一つ。イレイザーが即死しなかったことだ。そもそも、この威力の水流は無個性ならば一瞬で人体が破壊されるレベル。
しかしイレイザーは鍛え上げられた五感や肉体が不幸中の幸いをもたらした。彼は攻撃の直前に一瞬で事態を判断し、『受け身』をとることに成功した。結果、全身が粉々に破壊されるところを、半身がバラバラに程度で済んだのだ。
さらに近くにはブラドキングがいたことも、彼の命がつながったことに寄与している。
ブラドキング含めた補修組が生き残った理由は、水流攻撃はイレイザーの方向に向いていたために、施設に直撃しなかったことだ。
もちろん施設も物理的損傷を受けたが、建物内にいた補修組は、流入した海水による軽いけがで済んだ。対
その後ブラドキングを含めた彼らが周囲を捜索したが、イレイザーを発見することはしばらくできなかった。水流で地形が変化し、あたり一面土砂崩れしたようにグチャグチャになってしまい、さらにイレイザーが下流に流されたことが大きい。
しかししばらくすると、妙にキイキイ喚くモグラが彼らの前に出現。目が桃色に妖しく光るいようさから、最初彼らは
そのモグラについていくと、ほぼ死にかけのイレイザーを発見。
心臓さえ止まっていたが、ブラドキングの個性で血流を無理やり操作して、あるかもわからない生命を維持しながら、全力で美樹さやかの所にイレイザーを運んできた、というのが事のいきさつだった。
「らあああああ!!!お世話になってる人を死なせるなんて魔法少女の名折れだああああああああああ!!!!」
「さやかちゃん危ない!!!!!」
まどかはさやかの手持ちの分も合わせたグリーフストーンを合わせて、さやかのソウルジェムにガチャガチャと音を立てつつ穢れを吸収させる。
彼らは固唾をのんでさやかを見守る。ブラドキング以外は祈ることしかできなかったが、それの状況に気が付いたマンダレイが慌てて指示を出した。
「ブラド!イレイザーの呼吸はどう!?」
「ダメだ!美樹、まだいけるか!?」
「き、きついけど、まだやれます!!!」
「砂藤君は人工呼吸、上鳴君は心臓マッサージと電気ショック!心肺蘇生法は授業で習ったよね!?」
「あ、そうか!はい!」
「ならお願い!あと、美樹さんが許容量を超えないように鹿目さんはソウルジェムの確認をお願い!」
「わかりました!」
「芦戸さんと切島君は
「わかりました!さやかちゃん、先生をお願い!不愛想で怖い相澤先生だけど、いつも私たちヒーロー科のことを大切にしてくれる、最高の先生なんだ!絶対、助けて!!!」
「俺からも頼む!俺たちの先生を頼んだ、美樹!!!」
「任されたよ、三奈、切島君!!!」
蒼い光で逆に視界が悪い中、懸命に心臓マッサージと人工呼吸が続けられる。
イレイザーから目を離せない緊張した時間がそこから数分続いた。
「……さやかちゃん!ストップ!これ以上は危ない!グリーフストーンはほとんど使い切っちゃった!」
「……っは!はあ、はあ、どう!?」
さやかは力の行使を止め、しりもちをつく。
ここまで全力でやったのだから、治っておいてくれと祈りながら、額の汗をぬぐいさやかはイレイザーを見た。
「…………そ、そんな……」
さやかは絶望に近いものを感じた。
イレイザーに変化がなかったわけではない。肌の色が見えるようになった。肉の塊と言われても納得してしまうような有様から、人と認識できる程度には肉体が回復していた。
だが、彼の右腕と右脚。そこから先が、無かった。断面に目をやると、そこには皮膚が見えた。
「こ、これって……もうこれ以上どう頑張っても治らないって、こと……?」
今までさやかがやってきたことは「治癒」だ。工学的な言い回しをすれば、人体の不具合を修正すること。だがこのイレイザーの場合、もはや「不具合」の域を超え、部位の「再生」が必要なのだ。
すなわち、さやかの治癒はこの欠損状態を「正常」な状態だと認識してしまったのだ。
「わ、私の、治癒じゃ……」
「いや!よくやったわ美樹さん!!!」
さやかがネガティブなことを言おうとしたところで、マンダレイが打ち消すように大声を出した。
「ブラド、呼吸はどう!?」
「動いている!!!美樹さやか、よくやってくれた!お前のおかげで、イレイザーが救われたんだ!」
「そ、それはよかった、ですけど……」
「せ、先生生きてるんすか!?せんせえええ!!!」
「生きてるが、待て、切島!これから彼の肺に入っている水を出す!お前の個性では皮膚に傷をつけてしまう可能性がある。ここは任せてくれ!」
「……っ、わ、わかりました。」
「な、なら私はもうひと踏ん張り」
「ダメだ!美樹、これ以上イレイザーに個性を使うな!」
「はぁ!?な、なんで!?」
ブラドキングとマンダレイは苦渋の決断をしている表情だった。
「イレイザーはもはや命の心配はない。だが、ここからまだ怪我人が来る可能性がある。彼らのためにとっておいてくれ。」
「そ、そっか……でも、先生の手足が」
「俺とて苦しいが……生徒の命に代えられるものなどない。だから、気にするな。」
「…………で、でもこれからのお仕事とか」
「イレイザーはプロヒーローだ。君たち子どもに心配される方が嫌がるだろうさ。仕事のことは俺たちが何とかする話。学生の君が気にすることじゃない。」
「うぅ……」
さやかは、ブラドキングの言うことに言い返すことはできなかったし、彼が優先順位付けは正しいことを理解していた。
だが、嫌だった。目の前に明らかなけが人がいるのに、何もしないことが。これは彼女のプライドの問題でもあるのだ。
今までさやかは、苦い出来事がありつつも治癒を施した相手は完全に健康体になっていた。今ここで、完全な欠損には個性が効かないことを初めて認識したのだ。
だからこそ思ってしまう、「もう少し頑張れば、手足も治せるのでは?」と。
「美樹さん、また二人見つけた!お願い!こっちに葉隠さんがいるから気を付けて!」
しかし彼女はそのような希望を頭から追い出さざるを得なくなる。
緑谷がまた怪我人を2人担いできたのだ。
「よくやった緑谷!まだ動けるな?」
「緑谷!無事だったか!」
「ブラドキング先生、みんな!無事だったんだね!はい!さっき美樹さんに治してもらったおかげです!」
「よし!なら引き続き頼んだ緑谷!一刻を争う、お前の力を頼りにしてるぞ!」
「わかりました!後、八百万さん、麗日さん、蛙吹さん、泡瀬君が来ます。みんな無事です。みんなのこと、お願いします!」
マンダレイからテレパスで緑谷が捜索活動していることをブラドキングは知っていたが、それ前提で話をしてしまったのに緑谷はスムーズに会話を続けてくれたことをブラドキングはのちに評価している。
担ぎ込まれたのはB組の小大唯とA組の葉隠透だ。
さやかはさっそく二人に個性を行使しようとするが、ここでも。
「待って、美樹さん!個性にもう余裕がないんでしょ?なら、葉隠さんにだけ個性を使って!」
「え、な、なんでですか!?」
「彼女は怪我の具合が分からないから!血が流れているかどうかすらわからないの。」
マンダレイは緑谷がどうやって彼女を見つけたのかを疑問に感じつつ、さやかにどう言葉をかければ納得してくれるかを思考し続けた。
「全員を救うのがヒーローの仕事でしょ!」と言われ、彼女が無作為にすべてを救おうと全力で個性を使うことを防ぐために。
「小大さんは、見たところ息がある。致命傷もない。それがすぐにわかるの。でも、葉隠さんは怪我があるのかとても分かりにくい。だから、彼女の方に個性を使って。」
「でも小大さん、こんなに苦しそうなのに……」
「うぅ……」
小大は見た目で骨折が分かった。
開放性骨折だ。白いものが腕から覗いており、そこからの出血も目立つ。緑谷が最低限の応急処置の止血として布を巻いていたようだが、痛みは全く軽減されていないために、小大は苦し気にうめくばかりだ。
対して、葉隠は何も言わない。気絶している様子なのでけがは追っていそうだったが、さやかには小大よりは軽く見えた。
ダイレクトにさやかの心を刺激するのは小大の痛々しい傷の方だった。
「彼女は、普通の重傷者への対応で済む。個性がかかわっていないから。でも、葉隠さんは違う。私たちには、彼女の様子を知ることは難しいの。でも、あなたは『けがの様子』なんて無視で治癒ができる。だから、分担するの。小大さんは私たちに任せて!」
「……わかりました。でも、絶対助けてくださいよ!?」
「もちろん。こういう現場は慣れっこなんだから、任せてちょうだい!」
「透ちゃん……今助けるから!」
さやかは個性を発動する。もう怪我人など見たくないと願いながら。
◇
「……でも、結局全員に個性を使うことはできなかったんだ。」
「だからアンタ達もそんな暗いツラをしてたってわけか……。」
「いや、そもそもこんなに怪我人がいるんだからテンション下がるのは当たり前でしょ。」
さやかにとっては残酷なことに、その後も緑谷によってとても無視できない怪我を負った生徒が次々運ばれてきた。災害時の傷害の対応など知らないさやかはマンダレイの指揮のもと個性を行使していく。
だが運ばれてきたのはほとんどが怪我人だ。マンダレイは、さやかやその生徒に対し申し訳なくしつつも容赦なく「この子は個性を使う必要なし!」を判断していった。
それは痛みや恐怖にうめく生徒をそのまま放置するということ。いくらプロヒーローが「死なない」と言っているとはいえ、感受性の高いさやかには「怪我人を見捨てている」という罪悪感を植え付けるものだった。
後やってきた八百万によって包帯などが用意され、それなりに負傷者への対応ができる環境にはなった。包帯などの備品や医薬品が用意できるようになったが、彼女も道中負傷した上に個性をある程度使ってしまっていたこともあり、万全な対災害環境が構築できているとは言えない状況である。
「はぁー……まあほら、これ食って元気出せって。さやかはこんなところでウジウジしてる玉じゃねーよ。」
杏子は懐からチョコ菓子を取り出す。施設から持ってきたものだ。杏子は常に食べ物を懐に入れておく癖があり、施設内で無断で食べてはよく職員に怒られていた。
「ありがと……でも、みんなが……。」
「あー……すまんね、アンタ達の分はないんだ。」
言い終えて、杏子は改めて周囲を見渡す。
暗い空気だ。怪我の度合いはまちまちだが、笑顔を浮かべている者はいない。
そこまでは当然だが、杏子はこの状況にまだ納得できない部分があった。
「……いくら何でも静かすぎねえか?だれか死んだわけでもないのに。」
この場にいる誰もが、何も言わずに佐倉杏子を見ていた。
その目に浮かべているものは『不安』そして『疑心』だ。
杏子としては、『不安』は分かる。だが、『疑心』はどうにも納得がいかなかった。今に至るまで、ヒーロー科の誰も、プロヒーローの誰にも手を出していない。爆豪たちとは少々揉めたが、彼らはまだこちらに来ていないので情報は届いていないはずだ。
表に自分の情報が出回っていないというのはうそだったのかと杏子は疑いだした。
「なんだよ、アタシは
「ま、まあそうだけど……でも、待って。あなた、いったいどうやってここに来たの?」
マンダレイの言葉に、杏子は首をかしげる。
「どう、ってなんだよ?」
「こんな山奥、普通は人が来ないはずなのよ。加えてこんな土砂災害が起きている中で、あなたの存在は不自然すぎるの。さらに、ここはさっきから
「ああ、それか。なるほどな。まあその通り。アタシは黒霧のゲートを通ってここに来た。」
「……黒霧は、生徒たちの話を総合するに、無作為に
「なるほどな。確かにアタシは怪しい。アンタの立場ならアタシだって怪しむ。」
「わかってくれてうれしいわ。でも、私たちヒーローも無意味に人を拘束したりしたくはない。だから、今はおとなしくしていてほしいの。」
「悪いけど、何の対価もなく言うこと聞くなんてごめんだね。」
マンダレイの表情が険しくなる。ただし、疲労もあった。これ以上の面倒が増えることへの憂鬱だ。
「…………それじゃあ、私はヒーローとしてあなたを」
「まあ待てって。」
杏子は笑みを浮かべ、マンダレイは一体彼女が何をしようとしているのか全く見当がつかずさらに顔を険しくした。
「要はアタシがアンタたちの敵じゃない証拠を見せればいいんだろ?いよ、っと!」
杏子は多節棍を伸ばす。それは、杏子が来た森の方面に長く長く伸びていった。
その向こうで、しばらくごそごそというくぐもった音が聞こえた。時折、「ヒィ!」だの「ギャア!」だのという人間の声や、木が倒れる音が聞こえてきて、マンダレイはますます警戒心を強めた。
「あの、佐倉さん?なにやってるのかしら?」
「よ、っこいせっと!」
多節棍の先で何かが終わると、杏子はそれを思いっきり引っ張った。
森の中から引っこ抜かれたものは、はじめ大きな玉のシルエットに見えた。
ドシュ!という何かがつぶれたような音ともに、その中身が少し離れた位置にバラまかれた。
「なっ……!?」
「安心しな。アンタ達を襲おうとした
それは赤黒い人の塊だった。
彼らの状態はまちまちだったが、総じて動ける状態ではない。気絶している者、佐倉杏子におびえてうずくまる者、外傷による痛みで動けない者。
佐倉杏子は、ここにまっすぐ来たわけではない。周辺を飛び回り、黒霧が送り出してきた
まどかとさやかに危険が迫ることを考えてのもの。魔法少女は人間の悪意に対して敏感であることも相まって、雨の降るくらい森の中でも
杏子からすれば、命の危険の中にある仲間のための、常識的行動だった。友達の命を奪おうとする奴がいるから、無力化しておく。誰がどう見ても正当防衛に近い行動だろうと。
そうしてノシていた
「あ、あなた、何をやってるの……!?」
「あぁ?」
だがヒーローからすれば、杏子の行いは尋常なものではない。
まず、数がおかしい。20を優に超える数が運ばれてきたのだ。この夜の悪天候、視界は最悪と言っていい。
見たところヒーロー科の生徒もおらず、敵味方の選別もできているらしい。
少なくとも只者ではない。さやかやまどかと同じ系統の個性ならば確実にそうと言える。
それに加え、『無力化』の中身が看過できない。
「ヒ、ヒィイ……!!!助けてくれヒーロー!あの悪魔から俺を守ってくれぇ!!!」
「俺の指が、指がああああ……!」
「俺は個性は最強なんだ。俺が出した盾は厚さ30センチのタングステン製。どんな攻撃も防御できる世界最強の素材。決して力業で貫けるものじゃない。俺の盾は厚さ30センチのタングステン製。俺の個性は……」
ある者は目の当たりにした彼女の力におびえ、ある者は後遺症の残る怪我を負わされ、ある者は個性への自信を喪失。
そして全員病院での集中治療が必要なほどに外傷を負っていた。打撲、骨折、裂傷、バラエティに富んだ傷。
特に指切断はマンダレイの心証を悪くしていた。ヒーローがこれをしたら、現代社会では非難轟々である。
実際のところ、彼は「指槍」という個性で杏子を刺殺しようとしていたので杏子に斬られたのであり、少なくとも法律的に正当防衛が成り立つ反撃だった。だが、マンダレイにそんな事情は分からない。そして、他にも似た経緯で目を潰されたり腹に穴が開いている
プロヒーローマンダレイの常識では、
彼らは確かに死んでいないが、一歩間違えば死ぬレベル。放っておいても死ぬだろう。
杏子が這う這うの体でこれをしていたのならばまだ「生き残るために必死だった」と納得できるのだが、今の佐倉杏子は完全に健康体だ。自身の命の危険を全く感じていない。過剰防衛という単語がマンダレイの頭から離れない。
つまり、
「…………」
マンダレイが今できることは、佐倉杏子をなるべく刺激しないことだと考えた。
ひとまず選んだ対応は、沈黙。
とても納得はできないが、佐倉杏子が味方であることをアピールするために
マンダレイが迷っているのは、彼女がヒーロー側の人間か
彼女の常識ではこれをやるのはいつも
守るかどうかはともかく、それがこのヒーロー社会も、
しかし佐倉杏子の行いは、そんな常識を完全に無視し、どころか存在しないものとして扱い、アウトローの論理でカタギの住人に味方アピールしていたのだった。
マンダレイは彼女がどのような常識を持っているのか、どんな社会に生きていたのか判断ができず、何と言葉をかければ彼女を穏便にここに留めておけるかと、必死に思案していた。
(「代わりに倒してくれてありがとう」なんて言ったらヴィジランテ行為を肯定することになるし、かといって「なんてひどいをしているの!?」って誹ったら怒って暴れだすかもしれない。怪我人が多い今、それだけは絶対に避けないと。
……適当に「倒してくれてありがとう」って言って、テレパスでほかのみんなには「落ち着かせるための方便だから、真に受けないで」って伝えようかしら?でも、魔法少女系統の個性だと察知される可能性が無視できないわ。
…………いえ、そういえば、鹿目さんと美樹さんってそもそも)
「……なんだよ、こんなにサービスしてやったってのに不満だってのか?」
だが、顔に出てしまったようだ。
マンダレイの煮え切らない様子を佐倉杏子は不快に感じる。わざわざお前たちの安全のために
「てか、アンタ達まで不満なのかよ?」
「そ、そういうわけじゃないけど……」
彼女が視線を向けたのは生徒たちだ。
彼らは一応首を振って否定を示すが、離れた場所にいる生徒はコソコソと話し合う。
(なあ、アイツってここに置いておいても大丈夫なのか?)
(わかんねえ。けど、明らかに襲ってきた
(でも、やってることの残酷さは連合に引けを取らないわよ。見て、あの人は手を切断されてるし、あの人なんか目が……)
(あの実力なら気絶させるだけで済ませられるだろうに……やっぱり倫理感を疑うべきじゃ?彼女の言う『味方』って言ったって、
彼らが彼女に向けている視線は怯えと疑いだ。
怯えはまだ彼女にも理解できる。だが、わざわざ
彼らもマンダレイと似た思考で佐倉杏子に疑いを持っていた。もう少し気力があれば彼らの中から口を開く者も出るであろうが、今の彼らは襲撃で疲労の極みだ。とても口論などする気になれない。
佐倉杏子の中で、ヒーローへの好感度が下がっていく。
杏子の険しくなっていく表情をみて、さやかとまどかは慌ててフォローを始めた。
「杏子、みんな疲れてるんだよ!それに、あんなの見せたらみんな怖がるって!」
「えー……?
「ヒーローはああいうグロいの絶対ダメなんだって!杏子の気持ちは分かるけど、ここじゃそれが常識なの!」
「み、みんな!黙っててごめん、信じられないかもしれないけれど、杏子ちゃんは私たちの友達で、あんなことしちゃったけど本当はとっても優しいの!びっくりするのは分かるけど、嫌わないでほしいの!」
さやかが杏子に状況を説明し、まどかがヒーロー科の生徒たちに必死に説明する。2人が間に取り持ったおかげで直接手を出す雰囲気にはならないが、冷たい空気が広がっていた。
「はぁー……ヒーローってやっぱ嫌いだ。さやか、まどか。コイツらほっといてさっさと行こうぜ。」
「そ、そんな!?ダメだよ!みんな怪我してるのに!」
「こんな礼の言えない連中と仲良くなるの、考え直した方がいいんじゃねえのか?」
「マンダレイ!洸汰君が見つかりました!……って、その人誰ですか?そ、それに
そこに現れたのは緑谷だ。
背に洸汰を背負い、少しだけ成し遂げた表情をしていたが、積み上げられた死屍累々の
「えっと、緑谷君、ちょっと立て込んでて」
「ヒィ!な、なんでお前がここに!?」
マンダレイがこたえきる前に、洸汰が悲鳴を上げた。
洸汰は緑谷の後ろに思わず回り込んでいた。
「
「こ、この人、マスキュラーを殺した人だ……!」
一気にマンダレイの警戒度が上がる。
マスキュラーを倒したという謎の少女の話は、洸汰やウォーターホース夫妻から聞いていた。
人づてでも彼女の異常さは痛感しており、しばらくの間はマンダレイもその謎の少女の捜索をしていた。何も情報が出てこなかったので途中で打ち切ってしまったが。
だがこの情報のせいで、マンダレイの頭を埋める思考は「どうやって生徒たちを彼女から守るか」一色になってしまった。まどかとさやかが友達と言っているとしても、この様子だとやっていたことを隠していたのでは?という疑念さえ生まれる。
彼女に気取られないように、自分の後ろへ移動するよう生徒たちに指示を出す。
しかし、彼女が視線を向けている洸汰と緑谷にはさすがにその指示を出せなかった。
杏子が彼らに近づくのを、マンダレイは苦虫をかみつぶした顔で見守る。プロヒーローの応援はもうすぐ来ると連絡があった、せめてそれまで待ってくれと願いながら。
「ん?アンタアタシのこと知ってるのか?」
「ヒィィ!」
「え?洸汰君、だ、大丈夫?」
「…………あー、思い出した!アンタ、……なんだっけ?なんか筋肉の塊の
「は、はあ!?漏らしてねーよ!適当言うな!」
「えっと…………」
緑谷は周囲の状況を見、彼女があまり信用されている様子ではないことをクラスメイトからの表情から悟った。マンダレイからも状況説明のテレパスが来た。
緑谷は改めて佐倉杏子を見る。
(この人が
……っていうか、この人、マンダレイからのテレパスによると黒霧のワープゲートから出てきたんだよね?
「えっと、佐倉さん、でしたっけ?」
「ん?そうだけど。」
「黒霧のワープゲートから
「そうだ。……ん?何で知ってんだアンタ?」
「えっと、大丈夫、ですか?」
「は?」
佐倉杏子は、一瞬自分が緑谷に心配されていることを認識できなかった。
「襲う気もないのに
「まあ……アイツらから見ればそうなのか。まったくとばっちりもいいとこだよ。」
「佐倉さんは……
「いや知らねーよ。アタシは、アタシの思うように生きているだけだ。まあでも、
「そうなんですか……。でもとりあえず、ありがとうございます。」
緑谷は軽く頭を下げた。ほかのクラスメイトは驚愕の表情を浮かべる。
「……おおう?」
佐倉杏子の顔が少し緩んだ。
「一応聞くけど、それは何に対するお礼だ?」
「え?だって、僕らや僕の友達のために
「おぉ……!……つ、ついでに言っとくけど、アタシはアンタ達ヒーロー科というよりさやかやまどかのためにやったんだからな?」
「それでも、です。僕の大事な友達だから、お礼を言うのは当然です。」
佐倉杏子は緑谷の肩に手を置き、満面の笑みを浮かべた。久しぶりにまともなヤツに会えたと。
「アンタ……!話が分かるじゃねえか!」
杏子の機嫌は明らかによくなり、緑谷も少し警戒を解いた。
まどかとさやかも、「さすがお人よしの緑谷君!」と安心する。
しかしそこに、マンダレイから水を差すようなテレパスが入ってくる。
(緑谷君……あんまり警戒を解かない方がいいと思うわよ?空気を明るくしてくれたのは感謝するわ。でもせめて、ヒーローが来るまでは心を許さないで。)
「マ……っと。」
緑谷は慌てて口を手で覆った。
口が滑ったこともあるが、杏子がマンダレイの方を睨みつけているのだ。なにか話を逸らさなければと、横にいる洸汰を見た。
「……あ!そうだ、洸汰君、君さえよかったらなんだけど。」
「この佐倉さんと初めて会った時のことを教えてくれない?」
「なっ……!?」
マンダレイは焦る。それを聞いてはいけないと。
あれほど恐ろしい体験を物心つかないうちにしてしまったのだ。トラウマになってしまっているに決まっている。この場でそれをほじくり返すなど迂闊すぎると。
だが、マンダレイは見逃していたのだ。それを、近くにいた緑谷は見ていた。
洸汰が彼女を見る目は、怯えはありつつも決して拒否ではないことを。
「え?えっと、あの時は……
「ち、血祭!?」
マンダレイは、平然と話しだす洸汰に強い違和感を覚えた。
「はあ、アンタ人聞きの悪いこと言うなって。まるでアタシが殺人鬼みたいだろ。」
「実際殺してたじゃねーか!それで、えっと…………
『食うかい?』って言って、俺にポッキーくれたよ。」
その一言はこの場の空気を決定的に変えた。
杏子はほとんど記憶に残っていなかったようで思い出そうとしているが、その間に生徒たちの顔が緩みだす。
マンダレイは、自分が洸汰のことを見ているようで全く見れていなかったことを察した。
彼女が羞恥で少し顔を伏せる中、緑谷は平静に話を進める。
「そうだったんだ……過激だけど悪い人じゃないみたいだね。」
「過激って、肝っ玉の小さいヤツだなぁ。男の子なんだからちょん切りくらい慣れろよなー。」
「へ?指?…………わーーーーー!?あの人大けがしてる!?だ、大丈夫ですかーーーーー!?」
「今更気が付いたのかよ……周りを見てねえな、全く。」
やれやれと首を振る杏子、慌てて転がされている
意外と悪いヤツじゃないんじゃないか?
菓子をあげたからと言って、危険ではないという話ではない。
だが、理性を失った獣でもないのではないか。そのような空気。ヒーロー科生徒たちと彼女のある壁に、穴が開いた。
そして緑谷に続いて、動ける生徒が彼女に恐る恐る近づいた。
「えーと、杏子、ちゃん、だっけ?」
「ん?なんだよ。」
「えーっと、私は芦戸三奈。その……よろしく?」
「ああ。佐倉杏子だ。よろしく。」
マンダレイと違い、同じ視線の高さに立っている芦戸はしばらく彼女の顔を見つめ、光のようなものを感じ取り、確信した。
「……うん、見た感じより悪い子じゃないかも。」
「思ったよりって……」
「ねえ、欲しいものとかない?私たち、
「ふーん……?報酬次第だけど、やってあげないこともない。さやか、まどか。コイツは約束ちゃんと守るか?」
「……!うん!三奈ってチャラチャラしてそうでめっちゃ約束守るよ!」
「『チャラチャラ』に対する偏見ひどくない!?」
「おし、決まりだな。じゃあパフェ100万円分な。」
「た、高ッ……!でもみんなのためなら、なんとかしよう……!」
「待ってくれ三奈!俺も払う!いや、みんなで分担して負担しよう!個性すごそうだし、きっとみんなを助けてくれる!命を金で買えるなら安いもんだ!そうだろ、みんな!?」
切島の言葉に続いて、声をあげられる生徒が次々とそうだそうだと声を上げた。
「全くその通り、問題ありません。お金は私が後日ポケットマネーでお支払いしますのでご心配なく。その心配より、今はどのように行方不明のクラスメイトを捜索するべきかを考えるべきですわ。」
「……お、お、おう!頼もしいぜ!さすがヤオモモだな!」
「…………わ、悪かったって。冗談だよ、冗談。」
陽の空気に杏子は圧倒される。
一匹狼の彼女だが、それゆえに慣れない雰囲気のようだった。
その様子は、まさに一人の人間、ただの高校生そのもの。敵意など全く感じられない。
マンダレイは、自分の頭の固さを恥じた。
(……何よ、案外普通の子供っぽいところ、あるじゃない。緊急事態だからって、知らず知らずのうちに視野が狭くなったのかしら。
でも、そうね。私も大人になって、
……って、あら?)
彼女の持つ通信機から連絡が入る。
それを受けた後、マンダレイがおずおずと前に出た。
「えっと……ごめんなさい佐倉さん。ちょっと、あなたのこと疑いすぎたみたい。」
「まあ、わかってくれんならいいよ。パフェをくれるっていうんだから、意外といい奴らみたいだしな。」
「でも残念、パフェをおごってもらうことはなさそうよ。」
「えぇ?なんでだよ。」
「ほら、やっと来た。」
マンダレイが指さす先。小さな光が空に見えた。
災害救助用のヘリコプターだ。
「おーい、大丈夫か!?」
遠くから響く声。生徒や
応援のプロヒーローがようやく到着。
◇
オールマイトがいなければ、この数の
しかし不幸中の奇跡、死者はゼロだった。この功績は美樹さやかの治癒能力に依るところが大きいだろう。彼女がいなければ、死者は20人は増えていたといわれている。
さらに、彼女の存在以外にも大きなファクターがある。実は、生徒は何人もコンプレスによって拉致されていた。
それを持って、死柄木弔は佐倉杏子の施設にワープゲート経由で入り込み、
その時、コンプレスから預かっていた、人が入った玉をすべて床に落としてしまったらしい。監視カメラの電力切れにより記録は残っていないが、どうも玉が散らかったの部屋の物の陰に入ってしまったせいで見つけられなかったらしい。
電力が復旧した際には這いつくばりながら箪笥の裏をひっくり返す死柄木の姿が映っており、同時になった警報サイレンが耳に届くと、腹いせなのか部屋の物を片端から崩壊させながらゲートで帰還する様子が映っていた。
彼女に関しては何もかもが想定外だったようだ。
その後、その部屋から誘拐された生徒やラグドールが出現。彼らは職員が駆け付けるまで状況を全く理解できないままお互いに顔を見合わせるのだった。
「……というのが、今回の襲撃の簡単な要約さ。死者、行方不明者が出なかったことは奇跡だと僕は思っているよ。」
合宿襲撃の翌日。雄英高校は休校になり、緊急の職員会議が開かれた。
オールマイトは諸事情で出られないが、根津をはじめとするプロヒーローたちが一堂に会している。普段ならば生徒たちのために希望を持った話し合いをする場だが、今回の空気は暗い。
「奇跡は起きましたが、何も喜べるものじゃない。生徒の死者を出さないのは、最低限の義務です。俺たちの仕事は、
「そうだね。恥を承知で宣おう。僕らは彼らを甘く見すぎだ。今回の件、偶然美樹さやかを連れていなければ、偶然佐倉杏子が連合に反旗を翻さなければ、生徒の半分は死んでいた事件だ。僕らはこれを、生徒の死亡インシデントとして扱わなければならない。」
彼らの顔が著しく険しくなり、一部の教員は皮膚に爪が刺さって血がにじんだ。
それだけでも彼らにとっては我が子を殺されかけたような重みだが、彼らの頭には同等の重さを持つもう一つの事実がある。
「その、校長。すこし話が逸れますが、事前に共有いただいた佐倉杏子の話は真実なのですか?親をヒーローに殺されたなど……」
「事実さ。まぎれもなく。ヒーロー公安委員会が認めているし、物的証拠もある。それに正確には、彼女の妹も殺されているのさ。」
「そんな……なんて、ことだ……」
教員にとって衝撃的なことはもう一つ。佐倉杏子の身の上が共有された。
彼らの中には怒りに身を任せ、会議の前にヒーロー公安委員会対する理性を失ったクレーマーのようになってしまった者さえいる。プレゼントマイクは公安の職員の鼓膜を電話越しに破りかけ、少し面倒ごとになっているらしい。
ただし、彼らの心にある者は悲しみだけではなく、疑問もあった。
「い、いやしかし……その経歴ならば、私が受けた襲撃後の状況の説明と矛盾しますよ?」
「ふむ、予想はつくけれど、一応聞こうか。」
「アア。ヒーロー科ノ生徒、例エバ緑谷ヤ爆豪ト雑談シナガラ帰ッテ来タト聞ク。ソノ話ガ真実ナラバ、妙ダ。」
「爆豪とは口喧嘩しながら帰ってきたという感じでしたよ。」
「あの爆豪相手に口喧嘩で済むのがおかしいだろう。ヒーローに関わる人間相手には、まともに口を利きたくなくなるはずだ。校長、この話、本当なのですか?私も少し彼女を見ましたけれど、ヒーローと仲良く、とは言わずとも普通に会話していました。」
佐倉杏子は襲撃後、何食わぬ顔でまどかやさやか、A組の生徒たちとともに帰還した。
当時対応に当たっていたヒーロー、教員は最初「偶然黒霧のワープゲートに巻き込まれただけの迷子」という説明を受け、特にその説明に疑問も持たなかった。それほど普通に話していた。
ちなみにその後、事情を聴かれたのちに古い友人と主張する巴マミという生徒の家にいったん預けられている。
「繰り返すけど、過去の事件の証拠はあるのさ。公安委員会から直々に認められた話だからね。僕としても疑問さ。何かまだ隠された事実があるのだろう。
……でも、本人は「嗅ぎまわったらぶちのめすぞ!」と言っている。本人がこの件を良しとしている以上、深入りするべきじゃないだろう。
少なくとも、今はね。無理やり話を戻すけれど、もっと話すべきことがある。」
一部のヒーローの教師は一生涯にわたって刻まれそうなほど深く眉間に皺を作り彼女の資料を見ていたが、しぶしぶしまい込み今回の事件の資料を机の上に出した。
「……ヒーローの大敗だ、この事件は。社会的にも、物理的にもな。」
「物理的?」
「さっき、後遺症を負った生徒はいないと校長は言った。確かにそうだ。だが、後遺症を負った教員はそこにいる。」
「やめてください、これは俺のせいです。お気になさらず。」
「イレイザー……大丈夫なのか?昨日襲われたばかりなんだろ?」
彼の右手と右足は、簡易的な義足と義手が付けられていた。
それが目に入るたびに、彼らは罪悪感に駆られ、特にブラドキングは拳を握りしめる。
「すまん……イレイザー。俺が黒霧の個性をもっと警戒していれば。」
「何を言う。俺だって油断していたのさ。ワープゲートへの認識が甘すぎたんだ、俺たちは。」
それはこの場にいる全員が感じていることだった。すでに警察の中で、黒霧はAFOと同等の脅威と扱うことが決定されている。
「あのワープゲートの配置、明らかにお前を狙っていた。どうして、お前なんだ……俺だって
「よしてくれ、それじゃあまるで「ブラドがこうなればよかった」みたいになる。
ま、それだけ俺の対
「……すまん。」
ブラドキングは目を手で覆いつつも、自分にかまわず話を進めるようにイレイザーに合図する。
「まあ、事前に説明をした通りですが、美樹の個性のおかげでね。腕と足以外はこの通りピンピンしています。ついでなのか、USJ襲撃で受けた目の傷も治り、ドライアイも解消している気がします。戦闘能力で言えば前とトントン、といったところですよ。」
彼なりにこの空気をごまかそうとしたが、イレイザーの望まずにかかわらず、同情、心配の視線が彼に集まった。
◇
その後も議論は続く。そもそもなぜ合宿の場所がバレたのか。内通者がいるのではないか。今後のマスコミ対策はどうするのか。これから雄英を全寮制にすべきでは、など様々だ。
それが何時間も続き、日も傾いたころ。
「……ですから、彼女達はヒーロー科のプログラムに正式に組み込むべきでは?今回の襲撃中の言動ではっきりした。彼女たちは、ヒーローの心を持っている。話を聞く限り、そう思います。別にトップを狙わせようなどというつもりはありません。ただ、何もさせないというのは、社会にとって機会損失が大きすぎる。」
「しかし彼女たちの意思は……」
「みんな、話の途中だけど注目してほしい。重大な連絡がある。」
わずかな疲労を感じさせる根津の声が響く。
何事かと注目したところで部屋の光源の出力が下がり、彼の背後にスクリーンが下りてきた。
何か大掛かりな演説でも始まりそうな空気がこの場に満ちる。
「校長、何を?」
「映像をつないでいる。もう少ししたら……」
「おっそくなりましたアアアァァァ!!!!!」
疲れなど無縁そうな大声で謝罪の言葉が響く。
画面に現れたのは、勢いよく頭を下げるトゥルーフォームのオールマイトだ。
あっけにとられる教師陣だが、彼の様子を見て困惑が広まる。
「オールマイト、その傷は?病院にいるのですか!?」
オールマイトの右手には包帯がまかれ、画面の端には点滴が映る。服も薄青い患者衣。
平和の象徴がUSJの襲撃後のような傷を負っているようだった。当然教師は問いただすが、オールマイトは素直に答えなかった。
「皆様!林間合宿の件はお力になれず大変申し訳ありませんでしたァーーーー!当時私は」
「オールマイト、そういうのはもういいですから、報告を。」
「バッサリ!?……う、うむ。そうだね。私は今、セントラル病院にいる。見ての通り、怪我の応急治療をしていただいた後だ。」
「オールマイトがそこまでの傷を……いったい何が!?」
林間合宿の襲撃の後だ。彼らの頭は、さらに不幸なことが起きたのかという不安で埋め尽くされた。
「彼からとても、とても重要な報告があるのさ。心して聞いてほしい。」
根津は目を閉じ、伏せる。彼の頭上に映し出されているオールマイトにこの場の主導権を渡した
「校長……?知っているのですか?なら、わざわざ入院中の彼に出てもらわずとも」
「いや、これは彼の口から話すべきことさ。彼自身の思い入れもあるだろうしね。」
「校長、ご配慮ありがとうございます。……ゴホン。では、私から。」
オールマイトは襟を正した。
目には複雑な感情が込められた光が宿った。鋭い目が表に出、プロヒーローの教師たちですら一瞬すくんでしまう。
「AFOが、死亡しました……!」
原作と比べての合宿襲撃のリザルト
・ラグドールの個性が無事
・爆豪誘拐されず
・マグネ逮捕
・相澤の右手右足が欠損
・相澤の目が万全になる
・(マスキュラーは襲撃開始前にすでに死亡)
次回からほむほむとAFO戦です。
ようやっとほむほむが書けるぞ……!