冒険者代用品   作:小名掘 天牙

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第壱話 雪兎のお願い

―使い込まれた道具には魂が宿る―

 

 こんな迷信染みた言葉を、人はどう捉えるだろうか。

 聊か情緒的過ぎる気もするし、それ以上に感傷的に過ぎる気もする。

 少なくとも、同業である冒険者の中で、この言葉を真に受ける人間はごく少数派なのは間違いないはずだ。

 じゃあ、こんな感傷染みた言い回しを思考の上に上せたのかと問われれば、それはこの言い回しがぼくにとって純粋な事実(・・・・・)であるからに他ならなかった。

 

「来るぞ! 青砥(・・)!」

 

蝋燭に灯されたちろちろと内壁を舐め上げる蝋燭の火だけが頼りの中、ぼくでない人物(・・・・・・・)を呼びあげる叫びに、ぼくは即座に右手に握った刀を構えて一歩前に出る。

 馴染みの無い鮫皮の柄に彫り込まれた深い手指の痕跡との間に浮かぶ手の内の歪を歪を辿りながら、ぼくは本来の持主(・・・・・)の姿を辿る様に切っ先を暗闇の奥へと向けたまま、静かに片腕を限界まで引き絞った。

 

(こう……いや、こうかな?)

 

次第に暗闇の奥からやってくる異音は、初めの軽いタタッというものから、徐々にドドッ……ドドドッと重く濁った濁流へと変転を見せている。そして、

 

「来たぞっ!!!」

 

背後から響いたさっきとは別の突っ張る様な男性の金切り声が響くと同時に、それは姿を現したのだった。

 暗い闇の中、呑み込んだ蝋燭の光を反射する無数の双眼。滴り落ちる唾液をまき散らす、突き出た無数の乱杭歯。そして、苔や藻を想起させる悪臭漂う緑色の肌。

 この魔獣鉱脈において、最も貧弱で、それ以上に質の悪い妖魔、小鬼の群れの姿がそこにあった。

 

「ふっ」

 

そんな妖魔を前に、ぼくは軽く息を吐き出しながら一歩前に踏み込む。

 軽く突き出した刃先が先頭の一匹の眼球を突き破って脳漿を掻き混ぜたのを確かめると、即座に一刀を強く握りこんで、射貫いたままの刀を振り回す。

 横薙ぎに飛んだ刃が、複数の小鬼の細首を切り飛ばすと、掌に収まるほどの頭球が飛び、細長い通路内にはたちまち鮮血の臭いが充満する。

 

「蛇尾! 橘!」

 

直後、再び響く先のものと同じ号令。それに呼応する様に二人分の「応っ!」という気合とともに、件の小鬼の群れに無数の矢と火球が雨霰のごとく降り注ぐ。

 

「ぎっ!?」

 

「ぎぎゃあっ!?」

 

一瞬、鮮やかな業火に照らされて鮮明に彩られた小鬼の群れが明らかに怯んだのが見て取れた。

 

(そろそろか……)

 

横薙ぎの一撃の反動に合わせて、通路の内壁へと背中を預けていたぼくは、殺したばかりの小鬼の頭を外すと、軽く刀に血ぶりをくれて、再び目の前の群れに突貫できるように準備をする。

 見れば、先の号令を行っていた大槍を構えた男性が、丁度頃合いを測っていたのか、こっちに目を向けて軽く頷いている。

 その視線に頷き返すと、今度は「止めっ!」という合図が響く。そして止まった暴力的な雨霰を追って、再び小鬼の群れに突貫を加える。

 新たな群れの先頭に最初に飛び込んだのはぼくだった。けれど、先に一撃を見舞ったのは、ぼくに目配せをした冒険者の頭だった男性が繰る、大きな十字槍の穂先だった。

 鎌の様に研ぎ澄まされた刃が、喉を貫かれた一匹の小鬼ごと、近場の妖魔の首を斬り飛ばす。

 

「きっ!? ききっ!?」

 

自分達では決して届かない距離。それも、妖魔の頭でも理解できる直接的な暴力に、常からすれば食欲と性欲くらいしか浮かんでいないはずの小鬼の表情に明らかな恐怖の色が宿る。が、いくら豪槍が強力な武器とはいえ、その有効射程距離には限度がある。

 紙でも貫くかのように群れの中心を引き裂いて突き進んだ十字槍の刺突だったが、ある瞬間、不意に勢いを失って停止する。それは目いっぱいに伸ばされた繰り手の掌で、豪槍の柔性が張り詰め切った麻糸の様に失われたことを物語っていた。

 

「きっ!?」

 

一瞬、戸惑いらしき感情を浮かべる小鬼。けれど、

 

「ぎぎゃぎゃっ!!!」

 

その奥から鳴り響いたより低く、荒く、そして耳障りな号令に、即座に張り詰めた豪槍へと纏わり付き始める。

 

(ま、そうするよね)

 

下等妖魔である小鬼の知性が低いとはいえ、それでも猿には勝る程度のものがある。

 射程限界を迎えた槍の柄に纏わりついて武器を無効化する程度の判断は出来るだろう。まあ、

 

「それをするには半日(・・)遅かったんだけどね」

 

十字の槍の柄に纏わり付く小鬼の首を一網打尽にしながら、ぼくはこの刀の本来の持主のことを類推して、二度三度と刃を返したのだった。そして、

 

「いいぞ! 高尾!!」

 

後方から聞こえた合図に、再びぼく達は後ろへと飛び退る。同時に再び降り注ぐ鏃と火球の津波に、再び小鬼の大群が削り取られていく。

 

「! いたぞ!!」

 

やがて、襲い掛かって来た小鬼の群れが半数を割った頃、先の槍を繰っていた人物がある一点を指さして声を上げた。

 その視線の先を追えば、洞窟の奥へと逃げ出そうとする、他の小鬼よりも一回り大きな後ろ姿。頭の上には別の妖魔の頭骨か何かをそのまま使ったような、簡素な冠が乗せられている。

 壁面伝いに飛んで、即座に群れ端を切り開く。大半の群れの小鬼は砲撃の洪水に晒されて指示系統が破綻している。背中を向ける群れの長に対する有効な守りは既に大分数が限られていると見るべきだろう。

二合、三合……。行く手を遮る小鬼を薙ぎ払いながら、盤面の陣を抉じ開ける様に突き進む。ただ、それでも元が圧倒的な数の小鬼の群達。十を過ぎて刀を振るったころ、とうとうそれ以上の突貫が厳しくなる。

 同時に、それまで尻尾を巻こうとしていた頭らしき小鬼が、何かに気付いたのかこっちを振り返った。

 

「き、ききっ!」

 

緑色の一際歪んだ表情に浮かぶ確かな焦燥。けれどそれは自身の子分達に絡め取られたぼくの姿を目にした瞬間、一点勝ち誇る様な色を見せた。

 既に壊滅した群れ。けれど、生き残ったのは自分。勝ったのは自分。そんな生物らしい本能ゆえの愉悦だったのだろうか。剥き出しの乱杭歯を開いて、にちゃりと粘着いた唾液を滴らせながら満面の笑みを浮かべる。

 

「しっ!!」

 

そして、それが件の小鬼が見た最後の光景だった。

 ぽーんと明るくなった中空を舞い、やけにゆっくりと放物線を描いていく小鬼の首。乱雑な回転の合間に勝利を確信した笑みを見せたそれは、他の小鬼達に見送られながら、ぐしゃりと焼けた鮮血と糞尿に塗られた坑道の地べたへと、べしゃりと墜落したのだった。

 

「「「「「……」」」」」

 

一瞬、無音になる小鬼達の群。下等妖魔であっても、群れの主に対しては多少の忠誠心みたいなものが働くのかもしれない。

 

「ぎっ!?」

 

「ぎぎっ!?」

 

群れの端に居た、比較的冷静な小鬼達から始まった混乱は、次第に群れの中心へと伝播していき、火球や鏃によって与えられた本能的なそれとは違う、理性的な崩壊へと群れを突き動かしていく。

 

「仕上げだ」

 

そんな最中、群れ長の小鬼の喉首を斬り飛ばした刃、ぼくの脇の下を紙一重で(はし)った十字の根本から、冷徹な号令が下される。

 

「殲滅するぞ!!」

 

「「応っ!」」

 

その怒号に、一応ぼくも頷いて、即座に周りの小鬼の断首を開始する。といっても、既に矢で貫かれたり火球が引火して焼け爛れた皮膚を曝していたり、無事な小鬼は殆どいなくて、後は戦意を失った妖魔を残らずひき潰すだけの簡単なお仕事だった。

 そんな殲滅戦が都合四半刻。

 

「これで最後か?」

 

そんな確かめる様な団長の言葉と共に、小鬼の襲撃戦は幕を閉じたのだった。

 

 

 

 

     ◆

 

 

 

 

 海鶴城下という町は極めて混沌とした都市だ。

 元々この土地を治めていた海鶴藩の城下町だったところに、明治地震の折に巨大な妖魔の巣である”海鶴魔獣鉱脈”が開口した。

 以降、鉱脈に生息する妖魔と、その妖魔を狩ることで手に入る莫大な資産を狙って、腕に覚えのある士族から青い野心を抱いた地方の若者、そして、田舎の村落で厄介払いされた次男三男といった人間が多数流入することになる。

 当然、副次的に発生する取引を求めた商人や、潤った冒険者の懐を狙う数多くの歓楽施設、更には別の都市の縄張り争いに敗れた結果、はじき出される形で流入したやくざ者なんかが根を張って、藩が統制を取る間もなく一大都市を形成してしまったという過去がある。

 まあ、そんな濁った泥の様な街並みのおかげでぼくみたいな脛に傷を持つ冒険者崩れなんかが、割と人の目を気にせずに通りを歩くことができるわけだけど。

 で、本日の冒険の成果。荷馬車一杯の小鬼の群を登録している口入れ屋に届け終えたぼくと今日の(・・・)冒険団の三人はそのまま解散となるはずが、何故か城下北部にある歓楽街の大通りを四人並んで歩いていた。

 元はこの土地に建っていた四畳間の女郎屋通りだったところが、流入したやくざに土地ごと店を売り渡し、代わりに縄張りを手に入れたやくざが豊富な知識と伝手を使って、かつてとは比べ物にならない巨大な一大歓楽街へと変貌させたのがこの土地だ。

 そんな、目に痛いほど鮮やかに彩られて光を焚いた歓楽街に、何故ぼくがやってきたのかといえば、

 

「おう、どうした紅夜(こうや)! しょぼくれた顔しやがって!」

 

「そうですよ、今日の主役はあなたなんですから」

 

「そーそー。楽しもうぜ! 今日の成果をよ!」

 

 ぼくが今日の冒険で代理として入った冒険団の三人から、やけに気に入られてしまったのが原因だった。

 ぼくはいわゆる冒険団と呼ばれる仲間を作らない、単騎の冒険者だ。それも、一人で深層まで潜れるような冒険者でもなければ、ほどほどに稼げればいい副業の腰掛冒険者でもない、純粋な単独冒険者だ。

 その稼ぎの方法は少し冒険者の中では特殊で、負傷や発病によって一時的な欠員が出た冒険団に、欠席者の代理として潜り込む形態をとっている。いわば、冒険者の代用品。応急手当的な役割を務めることで、口に糊をしていた。

 そして、今日の冒険団と組むのは今日が初めて。どうやら前衛を務めていたらしい剣士の人が負傷してしまっていたらしく、ぼくが登録している口入れ屋の主人に相談したのが発端だった。

 

「しっかし、本当によくやってくれたぜ!」

 

「ええ。失礼ですが口入れ屋の主人に紹介されたときには半信半疑でしたがまさか……」

 

「まさか、本当に青砥の奴と寸分違わない動きをしやがるなんてな!」

 

そう言って、両隣の二人が、またばしばしとぼくの両肩を叩いた。

 

「それはどうも……」

 

そう応えて、ぼくも軽く肩を竦める。

 代理となる冒険者の動きを可能な限り模倣して、加入した冒険談が普段とまず変わらない立ち回りを行えるようにする……これはぼくが代用品として立ち振る舞う際の大きな売り(・・)だ。

 もともと、なんとなくだけど、使い込まれた誰かの道具から、その人がどうその道具と向き合っていたのかを探るというのは、ぼくの特技だった。その道具が使い込まれていれば使い込まれているほど、より深くその人の動きを類推することができる。そして、その人の常日頃からの立ち振る舞いが分かれば、その冒険団で道具の持主がどう立ち回っていたのかを察するのもひどく容易なことだった。

 

―使い込まれた道具には魂が宿る―

 

怪談染みた感覚。そのからくりがこれだった。

 で、今日初めて、この冒険団に参加した結果、折悪く大量の小鬼の群れにぶつかってしまったところを上手く切り抜けられたのが、今の状況に繋がっている。

 

「別に、ぼくじゃなくても切り抜けられましたよ?」

 

「そのお前以外は青砥だろ?」

 

あまり、特定の冒険団との過剰な接点は避けたいところもあって、そう言って抵抗してみるものの、ニヤッと笑った十字槍使いの団長さんにあっさり流されてしまう。

 

「それよりほら、着いたぜ」

 

そう言って、団長さん達が足を止めた先にあったのは、立ち並ぶ他の遊郭や女郎屋、娼館にも負けず劣らずの巨大で豪奢な細工と装飾に彩られた楼閣。そして、開け放たれた大手門には”天楽坊”の文字がぶら下がっていた。

 

(天から()する坊……ね)

 

「「「「「いらっしゃいませ~」」」」」

 

天にも昇る快楽と、天から堕落する愉悦を隠喩する様な名付けに妙な感心を覚えていると、不意に聞こえてきた歓迎を現す斉唱が、ぼく達四人の耳朶を打った。同時に、ぼくはその声の音から、あることに気付く。

 

(ああ、そっか”坊”ってことはそう(・・)なるよね……)

 

視線を向ければ案の定と言うべきか、白に青、黄色に緑といった色とりどりの着物に身を包むまだあどけなさの残る子供達。けれど、うっすらと白粉の引かれた頬や紅い紅といった濃いめの夜化粧をさして愛想笑いを浮かべる姿は既に一人前の春売り。ただし、

 

 

 

(“少年の”という注釈がつくけれど……ね)

 

 

 

キンッと甲高く、けれどあどけなさの割には少女のそれとも違う声音は、よくよく耳をすませば、まだ生まれ故郷を出る前のかつての自分が発していたそれと同じものだった。

 まあ、”坊”ってついている時点で御稚児さんか陰間(かげま)か、その辺に決まってたわけだけど。

 

「どうだ? 凄いだろ?」

 

 そんな男の子達の歓迎に囲まれて、団長さんはどこか自慢する様に胸を張った。

 

「まあ……そうですね」

 

正直、ぼくには男色(そっち)の趣味は無いんだけど、この店の歓待が凄いのは間違いない事実だった。

 単純に建物が豪奢なだけでなく、客引きをする少年達はその全てが美童揃いだ。しかも、いわゆる少女的な風貌の子供から精悍な大人に育つであろう勇ましい印象の少年と、ぱたぱたと忙しく歩き回る男の子達の品揃えは、これまで通り過ぎた遊郭や女郎屋の中でも一二を争うと言ってよかった。

 そんな男の子達が道行く人々を男女の別なく、何なら男女そろっていようがお構いなしに袖を引く姿は、一種の活力とも生命力ともつかない力強さを感じないでもない。

 

「でしょっ!」

 

ぼくが首肯すると、それが嬉しかったのか、いつの間にか隣に来ていた呪術使いのばしん!と背中を叩いて来た。……痛い。

 

「この天楽坊はこのあたりでも凄い良い店でな。相手はより取り見取りな上に、周りよりも二朱は安く遊べる!」

 

そう言って、慣れた足取りでその楼閣に立ち入る団長さんに、すぐに近場の男娼の子達が「おかえりなさいませ!」と笑顔を向ける。

 

「さ、行きましょう」

 

「そーそー! 何事も経験経験!」

 

「うおぉぅ……」

 

その背中をどうしたものかと追っていると、後ろに立っていた弓使いさんと呪術使いさんの二人に押されて、無理やり店内へと放り込まれてしまったのだった。

 

「おせーぞお前ら!」

 

そう言ってぼく達を待っていたらしい団長さんは、既に目当ての相手を見つけたのか、片腕で引き寄せた橙の着物に袖を通す垂れ目がちの少年の頬を擽りながら、機嫌よさげにニッと白い歯を見せる。見れば、その口元が少し赤く染まっていて、その色は右腕で抱いた少年の唇にさされたそれと全く同じものをしている。

 

「ええ、すみません。今日の主賓の踏ん切りが中々つかなかったみたいで」

 

そう言って笑う弓使いさんに、団長さんは「お前達の方もお待ちだぜ」と店内の方をしゃくってみせる。そこには金糸で刺繍された黒い洋服と、満月が彩られた紫色の着物を纏った二人の美童がどこか期待するような視線で並んでいたのだった。

 

「ああ、これはもうしわけない!!」

 

「ごめん、ごめん、待たせちゃったね!!」

 

その二人もまた、ぼくを熱心に口説いていた二人と馴染みの関係らしく、弓使いさんと呪術使いさんと視線が重なると、ぱっと破顔して腰元に抱き着いてくる。いや、本当に上手いね。

 直前まで一応の理性を見せていた二人を一瞬で骨抜きにする手管に、この楼閣の教育と共に、こんなあどけない子供達でも一流の”春売り”であることを理解させられる。と、

 

「ん?」

 

そんな華やかながらも艶美な空間に似つかわしくない、パタパタと忙しない足取りが近付いてくる音が聞こえた気がした。

 音の方に視線を向けてみれば、奥の間に繋がる曲がり角らしく、まだ人の影は無い。けれど、次第にその足音は大きくなり、そして、彼が姿を現した。

 

「すまぬ! 待たせてしまったのう、主様よ!!」

 

甲高い美童の囁き声の中で、少し特徴的な嗄声気味の美声。雪兎を思い起こさせる、白く癖の無い長めの御髪と血のように紅くキラキラと豊かな感情を湛える両の目に対して、そのどこか悪戯っぽい表情とツリ目がちの両眼はどちらかと言えば俊敏で野趣溢れる人に順うことをしない、城下で逞しく生きる野良猫の様な印象を抱かせてくる。

 

(稚児……いや、陰間かな?)

 

その男の子の風貌からそんなことを考えていると、遅れて出てきた嗄声の子を前に、団長さん達が何故かしまったとでも言うように顔を見合わせている。

 

「む? 青砥様はどうされたのじゃ?」

 

その妙な雰囲気の理由は次いで発せられた彼の言葉によって氷解した。冒険団がこういった女郎屋や茶屋を利用する場合、団全体で利用するか一人一人ばらばらで利用するかの二つの選択肢がある。で、この口振りからするに、団の人達は天楽坊の常連で、更に一人一人に相手が決まっていると……つまりは、

 

(この子の相手が、ぼくの今日の代行先か)

 

ということで間違いないだろう。

 

「あー、忙しいところ悪いなお(りゅう)ちゃん……」

 

どうやら推測通りだったらしく、雪兎の様で猫の様な彼を見た団長さんが、バツが悪そうに頭を掻く。

 

「おお、高名殿か。壮健そうで何よりじゃな!」

 

そう言って、団長さんにひらりと手を振った多分陰間の子は”青砥さん”という、普段の相手を探す様にキョロキョロと玄関口を見回す。

 

「すまん、お柳ちゃん。ちょっと言いにくいんだが……」

 

「青砥君は本日は来ていないんですよ」

 

口籠る団長さんの言葉を引き継いで、玄関に上がろうとしていた弓使いさんが”お柳ちゃん”と呼ばれた陰間の子にそう伝える。

 

「む、そうなのか?」

 

「うん、ちょっと昨日の冒険でポカしちゃってさ」

 

心配そうに小首を傾げるお柳くんに、呪術使いさんが事情を付け加える。

 

「だから、あいつは俺達の塒でうんうん唸ってるはずだよ」

 

「ちんこ、おっ()てたままな」

 

「違いありません」

 

そう言って、ドッと沸く三人の言葉に「なんと!」とお柳くんはツリ気味の両目を見開く。

 

「して、御加減の方は……」

 

「医者に一週間は安静にって言われたけど、それ以上は特に何もないって」

 

「後遺症も無いようなので、また来週になったら天楽坊にもやってきますよ」

 

「それを聞いて安心したわい」

 

そう言って、お柳くんはホッと薄い胸元の合わせ目を撫で下ろしたのだった。

 

「まさか、新しいこれ(・・)が見つかって、見限られたのかもしれんと思って心配したぞ」

 

「あー、無い無い」

 

ちょこんと細い小指を立てて見せる雪兎の陰間くんに、呪術使いさんがあっさりと手を横に振る。

 

「天地がひっくり返ってもそれは無いって。あいつ、お柳ちゃんに首ったけだもん」

 

その軽い口振りながらも一切の逡巡を感じさせない口振りは、却ってここに居ない”青砥さん”がどれだけ本気なのかを暗喩しているように思えた。

 どうやら、それは上の陰間の彼も同じだったらしく、「それは良いことを聞いたのう」と嬉しそうにはにかんだ。

 

「してなのじゃが……」

 

「うん?」

 

「そこな御仁は一体どういう御人なのじゃ?」

 

愛人(太客)の事情を掴めて安心したのか、陰間の彼は今度は玄関口に突っ立っているぼく(異物)に気付いて、不思議そうに小首を傾げた。

 

「ああ、彼は……」

 

「こいつは一色(いっしき)紅夜(こうや)っていう単騎の冒険者でな。負傷者だったり欠員が出た冒険団に、よく臨時で入ってくれてんだよ。聞いたことねぇか? 代用膏薬(その場しのぎ)って」

 

「その場……しのぎ……」

 

「いや、流石に悪いですけどご存じないでしょう。彼は一般に喧伝されるっていうよりは冒険者の間でこそ名が売れてるっていう存在ですし」

 

不思議そうに紅の入った唇で口ずさむお柳ちゃんを見ながら、弓使いさんが苦笑交じりに肩を竦める。まあ、団長さんはちょっと言葉を選ぼうとしてくれたけど、実際の知名度なんかは弓使いさんの言葉の方が近いもんね。

 

「どうも、一色紅夜です。普段はその場しのぎ……代理膏薬と書いて、そう呼ばれてます」

 

一応と思って軽く自己紹介をすると、「おお、これはご丁寧に」と上がり框に爪先を置いたお柳くんがちょこんと頭を下げてくる。

 

「わしはこの天楽坊で陰間をしておるお(りゅう)という。もし興味があれば一夜の縁などどうかな?」

 

そう言って、悪戯っぽくにんまりと笑う姿は、年格好や体格からは想像できないくらい妖艶で大人びて見えた。

 

(なるほどね……これは首ったけっていうのも、あながち大げさな表現じゃないのかも)

 

老若男女の別なく人を惹き付けるような艶美な微笑は、確かに骨抜きになる人間が居てもおかしくないと、興味が無いぼくでも理解できる程度には不思議な妖気の様なものを感じさせるものだった。とはいえ、

 

「流石にやめときますよ」

 

その誘いにはぼくは苦笑を込めながら首を横に振る。

 いくらそういう店とはいえ、今日代理で冒険した冒険団の欠席者のお相手とっていうのは、流石に方々に不要な禍根を植え付けそうだし、それ以前にそういう相手って考えると、ちょっと気持ちの上でも……ねえ?

 

「ふむ、それは残念じゃ」

 

流石にその辺の意図は分かっているのか、それとも一応声を掛けてみただけなのか、店内の彼はあっさりと引き下がるとそれ以上ぼくに何かを言うことはなく、「すまぬが後ほど手紙をお渡しさせていただきたい。わしの主様に届けてほしいのじゃ。わしが心配しておったと申し添えての」と団長さんに伝えて、「どうぞとろけるほど良い夢を」と一礼をすると、するすると整った足取りで、お柳くんはこの坊の奥へと戻って行ったのだった。

 

「あー、そういう訳なんだが、どうする? 誰かほかの子を……」

 

「いえ、ぼくはこれでお暇させていただきます」

 

少し困り気味に隣の少年に目配せをする団長さんに、ぼくは首を横に振る。正直、この状況でそういうことをっていう雰囲気じゃないしね。

 

「やっぱり、気になったかい?」

 

「いえ、そういうんじゃありません。ただ、立場上難しいことに気付いたというか」

 

今までこういう御店に来たことは無かったけど、冒険団が身内とそれ以外で分かれている普通の冒険者なら兎も角、他の冒険団に寄生する手法を取っているぼくからすると、こういう重複は極めて現実的に起こりうる話だ。それに気付けただけでも、今日は収穫だったと言えるかもしれない。

 

「今日はお誘いいただいてありがとうございました。ぼくを必要とする機会は無いに越したことはありませんが、もし機会があればぜひ」

 

それだけ伝えて頭を下げると、先の冒険団の人達が何かを言うより前に店を出る。そして、一度だけ振り返って再度頭を下げる頃には、団長さん達も苦笑交じりに手を振るのもそこそこに、気が急いた様子でどたどたと坊へと慌しく上がり込んでいたのだった。

 

 

 

 

     ◆

 

 

 

 

 喧騒と混沌に塗れた無秩序に肥大する奇形街、海鶴城下。

 そんな、狂乱と享楽にあふれた街だけど、朝の空気だけは美味しい。

 まだ陽が昇ったかどうかの時分、ぼくは馴染みの口入れ屋に続く道を歩いていた。所々に投げ捨てられた酒瓶や屋台で売られたつまみの包装紙なんかを近所のおじいさんやおばあさんが掃き清める中、少し裏道に入ったところが目的地だ。

 口入れ屋。いわゆる藩公認の冒険者周旋屋はこの海鶴城下には大小無数に存在している。

 ぼくが利用している口入れ屋は飯匙倩(ハブ)屋という名前のところで、蛇を模した看板が目印になっている一軒家だ。

 基本的に一人で魔獣鉱脈の表層をうろちょろしている以外はどこか欠員の出た冒険談に潜り込んで仕事をするのもあって、ぼくは仕事をする日は殆ど一番乗りでこの飯匙倩屋の看板をくぐっている。

 

(ん?)

 

けれど、何時もなら無音か、もしくは中にいる店主の平助さんが書類を片付けている音しか

しないはずの店内から、今日はやけに楽し気な話し声が漏れ出てきていた。

 

(珍しいね。新しい人かな?)

 

来客という線も無いではないけれど、こんな場末の口入れ屋に態々こんな時間からというのはちょっと想像がつかない。まあ、ぼくが気にする話でもないけれど。

 いつもの様に磨り硝子で作られた建付けの悪い引き戸を開くと、少し埃っぽい店内に広めの玄関口。そして、奥の方には愛用の番台風机に座る平助さんが鼻の下を伸ばしながらしきりに隣に立つ誰かに向けて話を傾けているのが映った。

 

(……あれ?)

 

 その光景自体は実を言えば珍しいものではない。女好きの平助さんが時折やってくる美人の女冒険者の人にああして話しかけているのは、この飯匙倩屋に屯している冒険者の中じゃごく当たり前の光景という共通認識が持たれている。ただ、気になったのはその隣に立つ誰かの出で立ちだった。

 一見動きやすそうな細身の洋袴に編み上げの長靴といった装備に、身体に貼り付く様な外套は海鶴の冒険者の中でもそう珍しい衣装ではない。やや真新しく見える表地と細身で小柄な体格を考えれば新人の冒険者ということで了解も出来る立ち姿だった。けれど、そんな目の前の誰かの後ろ姿には一点、ひどく既視感のある部分があった。

 それは、小柄な誰かの首から上の部分。その風貌は伺えないものの、形の良い頭骨を覆う、さらりと雪原を零れ落ちる雫の束の様な透明感のある純白の長髪だった。

 目に痛いほどの白という珍しい色合いの髪の毛を、その誰かは旋毛のあたりで丁寧に括って、しなやかに揺れる馬の尾の様にしていた。

 

「む? おお、来おったか!」

 

 予想外の光景に首を傾げていると、不意に芝居がかった口振りの嗄声と共に、その誰かが振り返った。

 雪兎を思わせる血色で、野良猫を思わせるツリ気味な両目を嬉しそうに細めての破顔。けれど、その笑顔では昨晩見た妖艶さは鳴りを潜めていて、どちらかといえばまだまだやんちゃざかりなごく普通の少年らしい屈託のないものに見えた。夜化粧も落としているのか、肌こそ白いものの、両眼と同じく血の様に紅かった唇は綺麗な桜色をしている。

 ただ、それでも一目で分かる造形の良さは間違いなくあの”天楽坊”で出会った陰間の少年、お柳くん本人のそれだった。

 

「入れ違いになってはならんと思うて早めに出てきて正解だったわい。まさか、これで既に発たれていたらかなわんからのう!」

 

そう言って、一頻りけらけらと笑ったお柳くんは「してっ!」と何故か挑む様な微笑と共に、ぼくの方へと一歩踏み出してくる。

 

「店主殿には一応確かめたのじゃが、おぬし、今日は先約など無いということで良いのかのう?」

 

「特に決まってないのはその通りだけど……」

 

っていうか、なに勝手に人の予定を漏らしてるんですか。

 お柳くんの言葉に視線を上げれば、番台の上の平助さんはサッと目を逸らしてわざとらしく口笛を吹いている。うん、こっちを見ろよ口入れ屋。

 

「であれば、わしの依頼を受けてもらいたいのじゃが!」

 

「随分と急だね。まあ、内容次第では請け負うのも吝かじゃないけど」

 

一応、特定の依頼ごとに個別に冒険者を指名する例は無いわけじゃないからね。それを受けるかどうかは冒険者次第だけど。

 ぼくが普段している他の冒険団の欠員の代理なんかも、大雑把に言えばそういう指名の依頼ではあるし。ただなー……、

 

「む? どうかしたのか?」

 

一瞬の逡巡に気付いたのか、お柳くんがこてんと首を横に倒してくる。

 

「いや、どうかしたって程じゃないんだけど……」

 

ぼくが自分から言うのも変かな? でもなー……

 

「なんでぼくなのかなって」

 

少し迷ったけれど、一応確認しておかないと話も進まないと思い、とりあえず浮かんだ疑問を口にしてみる。

 

「む、いかんかったか?」

 

「いや、悪い訳じゃないんだけどさ」

 

何なら、金銭が入ること自体は普通に有難いし。ただ、

 

「多分、ぼくみたいに単独で動いている冒険者なんか指名しなくても、お柳くんならもっとちゃんとした冒険団に依頼できるでしょ?」

 

信用とか身元も確かなさ。

 

「ああ、それは確かにそうじゃな」

 

昨晩の楼閣の店構えを思い起こしながらの推測はやっぱり当たっていたのか、お柳くんもあっさりと首を縦に振る。

 

「これでも天楽坊の稼ぎ頭じゃからな。冒険団の一つや二つ依頼するくらいは訳ないぞ」

 

そう言って、にんまりと嗤う姿は化粧をしていないにも関わらずぷんと甘い香りを立ち昇らせそうな色香に満ちている。

 

「じゃあ「じゃが、わしは無駄遣いを好まぬ」うん?」

 

それならと開いたぼくの口を遮る様に、お柳くんがピンッと立てた細い人差し指を当ててくる。

 

「冒険者という連中は自らの腕っぷしで道を切り拓き、そして稼いだという自負心と戦場から生き延びた高揚感からかとかく自身をデカく見せようとするものじゃろ?」

 

「まあ、その傾向はあるかな。……人によりけりではあると思うけど」

 

ただ、酒場で騒ぐ冒険者の何割がって話になれば、多分過半数はお柳くんの言う通り、多分に見栄っ張りの方向に振れる気がするかな。

 

「それを悪いなどと野暮は言わんし、客として迎えるならば多少気が大きくなっている方が転がし易くて良いのじゃが、わし自身が依頼をするとなれば話は別じゃ」

 

そう言って、お柳くんは細い腰に両手を当てる。

 

「その金が冒険者の者達がその腕っぷし一つで稼いだものならば、わしの金もまた、わしそやつらからこの身体一つで巻き上げたものじゃ。使うのであればびた一文無駄にしたいとは思わん。酒場で管を巻き、閨の中で語る勇ましい冒険譚であればいくら誇大でも構わんが、依頼とあらば実像以上の金を出す気は一切ない」

 

そう言って口角を持ち上げる姿は可憐な風貌と小柄な体躯からは想像もつかないくらい辛辣で、それ以上に覇気を感じさせるものだった。

 

「ま、そうは言いつつ、わしには冒険者の善し悪しの目利きは出来んのじゃがな?」

 

「っておい」

 

こんな立派な啖呵を切っておいてそれかい。

 

「くかか、すまんすまん」

 

わしゃわしゃとしなやかな白髪を掻き混ぜながら、お柳くんはけらけらと笑う。

 

「それじゃあ、結局普通に信用のある冒険団に頼むのが筋ってことじゃん」

 

「わしの冒険者の目利きだけならそうじゃな」

 

首を傾げるぼくに、お柳くんは悪戯っぽく片目を瞑る。

 

「確かに、わしは冒険者の目利きは出来ん。善し悪しも知らぬからな。じゃが、閨で目合(まぐわ)ったものの言葉の真偽については誰よりも知り抜いているつもりじゃ。嘘偽りも真実も、綯交ぜになったその両方も……の」

 

そう言って、お柳くんは微笑を浮かべると、ちょんっとぼくの胸を人差し指の先で軽くつついて来た。

 

「わしはこれまで幾人もの冒険者と閨を共にしてきたが……その中で最も繰り返し名前が挙がったのが他でもない。飯匙倩屋に草鞋を脱ぐ独り身の冒険者、代理膏薬(その場しのぎ)の二つ名を持つ凄腕……一色(いっしき)紅夜(こうや)じゃった」

 

お柳くんがぼくの名前と共に口にした慣れない二つ名。それは、間違いなく数年前に海鶴に戻ってきたぼくが城下の冒険者と働くようになってから付けられたそれで間違いなかった。

 

「勇ましくも波乱に満ちた寝物語の冒険談。その中心は華やかなりし己自身じゃが、傍らで主人公たる語り部を支える役割を負うておったのは概ねが同じ冒険団の仲間。しかし、それ以外の立場で最も多くの冒険者を救い、その冒険談に華を添えておったのは間違いなくおぬしじゃった……」

 

そう言って、再び腰に両手を沿えたお柳くんが薄っすらとした微笑と共に両目を細める。

 

「わしは冒険者の善し悪しは一切分からぬが、閨で英雄譚を語る冒険者の言葉の真偽は誰よりも知り抜いておる。幾重にも糊塗された勇猛果敢な英雄譚。その偶像の中で最も多くの英雄(・・)を救った助演役者(・・・・)に信を置くのは解り得ぬことではあるまい?」

 

そう言って、堂に入った所作で頷く自信に満ちた姿は、小柄でともすれば女性的な風貌のお柳くんが潜り抜けてきた閨の数を雄弁に物語っている気がした。……まあ、うん。

 

「そこまで納得しているならぼくがこれ以上言うことは無いかな」

 

「おおっ! ではっ!」

 

「そこから先は正式に(・・・)ね?」

 

お柳くんから視線を外して番台の方に目を向けると、そのうえでニヤニヤと楽し気にこっちを見下ろしていた平助さんが「終わったか」と言って、一枚の証文を差し出してくる。

 そこにはともすれば歓楽街で客引きをするやくざ者とも見紛う濃い顔立ちをした平助さんからは想像できない几帳面な文字で今回の依頼の詳細が書かれている。ふーん……

 

「え?」

 

そこに書き込まれた文字に、ぼくは我知らずのうちにそんな声を漏らしていた。

 

「どうした、何か不手際があったか?」

 

思わず顔を上げると、そこにはにやにやと人を揶揄うように細められた、お柳くんの紅い両目。いや、不手際とか書き損じは無いんだけどさ……、でも、それにしたって……、

 

「これ、本気?」

 

「無論じゃ」

 

迷った末の確認に返って来たのは、何を愚問をとでもいうような迷いの無い肯定だった。どうやら、本気らしい。けど……えぇ……。

 受け取った証文。その内に書かれた依頼内容の部分には―淫魔との交合ため、道中、行為時から帰還までの護衛―とはっきり書き込まれていた。

 

「なんじゃ、そんな狐に摘ままれた様な顔をして。わしが淫魔と交わりたいと思うのがそんなに不思議か?」

 

「いや、そういう訳じゃないんだけどさ」

 

 淫魔。それは魔獣鉱脈にのみ生息する妖魔の一種で、雌雄ともに一切の例外なく極めて異常な美貌を誇る化け物の総称だ。時にその美貌で冒険者を巧みに惹き付けて、その骨どころか精気までもを根こそぎ抜き取ってしまうそれは、事実としての危険さとは裏腹に多くの冒険者のみならず外部の人間の憧れと言ってもいい。だからまあ、

 

「陰間とて男じゃぞ?」

 

そう言って、にやにやと笑うお柳くんが淫魔とそういうこと(・・・・・・)をしたいと思うのも別に珍しいことじゃない。……なんなら、ふりふりと揺らす洋袴の股間に、パンパンに張った天幕を作っていても、特別珍しいことではないのかもしれない……。

 まあ、陰間云々は置いておいても、そうなると一つの疑問が湧いてくる。

 

「淫魔と性交がしたいんなら、淫魔を売ってるお店に行けば良いんじゃないの?」

 

淫魔の性風俗用の需要は多くの都市で尽きることが無く、魔獣鉱脈の妖魔の中では数少ない”生存のみ”という捕獲条件が設定されている。そして、その行先は海鶴城下外部の方が多くはあるが、だからといって海鶴城下に需要が無い訳でもない。端的に言えば、天楽坊がある海鶴の歓楽街にも淫魔を専門とする娼館や妓楼は一定数存在するはずだった。

 

「あれは駄目じゃ」

 

ぼくの疑問に、お柳くんの反応はにべもなかった。

 

「確かに見目だけを求めるならばあれで十分じゃろうが、まともな会話はおろか、意志の疎通も会話も楽しめん。あれでは木偶人形に突っ込んでおるのとそう変わらん。何なら、暗がりと厚化粧で(かんばせ)を誤魔化す夜鷹を抱いている方が大分建設的じゃ」

 

どうやら、歓楽街で働いているだけあって、お柳くんは性風俗に関しては一家言ある方らしい。

 

「そも、見目だけで十分という底の浅い持て成しで喜ぶのなぞ、女と接吻一つしたことのない童貞男か、方々を摘まみ食いしただけで交合の全てを知った気になっている好事家気取りの味音痴(・・・)くらいが精々よ」

 

そう言って、悪意を隠そうともせず皮肉気に口元を歪める姿は、風貌の美しさも相まって、普通の人がするそれよりも遥かに辛辣で凄絶に見えた。っていうか、そういうことか。

 

「お柳くんが態々魔獣鉱脈に入って淫魔と性行為をしたいっていうのは……」

 

「うむ、ご想像の通りじゃ」

 

ぼくの確認に、お柳くんは満足げに頷いた。

 魔獣鉱脈から引きずり出された淫魔は、通常すぐに淫魔茶屋の様な店に上げられることはない。生まれながらに老若男女を惹き付ける美貌を持っていても、本能のままに精を吸い尽すだけでは一部の自殺志願者を除いて誰も客になんてつかないからだ。

 そのため、客を搾り殺さないように調教をし、さらにいくらかの生活の基準を教育して、初めて客の待つ座敷に届けられる。

 そうなった淫魔はお柳くんの言う通り、客の前で余計なことをしないように躾され尽くしているが、逆に言うと淫魔らしい本能や剥き出しの本性を見せるということがない。淫魔茶屋に侍る淫魔は良く言えば大人しく、悪く言えば無気力だ。

 つまり、お柳くんの望みというのは、そういった淫魔茶屋の淫魔が抜き取られている生の思考や性癖を直で相手取り、楽しみたい……そういうことなのだろう。とはいえ、

 

「まさか、いくら見た目が良いとはいえ、性行為のためだけにこんな危ない橋を渡ろうとする人がいるなんて思いもしなかったよ」

 

ぼくの正直な感想に、お柳くんは「なに」と小さな肩を竦めた。

 

「わしは陰間じゃからな。淫魔と娶うても何ら不思議はあるまいて」

 

「そう?」

 

「互いに()()からなる存在じゃからな」

 

「ただの駄洒落じゃん」

 

しかも上手くないし。

 ぼくの突っ込みに、けらけらと満足げに笑うお柳くん。まさか、直前まで淫魔との交合について熱心に語っていた人間と同一人物とは思えない屈託のない無邪気な笑顔だった。

 

「淫魔が搾り殺そうとしてきた時は?」

 

「それは捨て置いて構わん。まさか、魔獣から差される水だけでなく、わしの交合にまで気を配れとは言えんからな。それに」

 

「それに?」

 

「わしとて天楽坊一の陰間よ。淫魔の一匹や二匹、自らの一物にて悶えさせてくれるわ」

 

そう言って、洋袴の股間でピチピチに張った男根ごと細腰に比べてプリッとしたお尻をくねらせながら、お柳くんは自身に満ちた表情で、紅い両目を爛々と情欲に輝かせたのだった。……ふぅ、

 

「そこまで覚悟が決まってるなら、これ以上ぼくが言うことは無いんだけど……どうしよっかな?」

 

「む? まだ何か思うところがあるのか?」

 

「ん? ああ、いや、お柳くんがどうこうって話じゃなくて、ぼく個人の問題なんだけどさ」

 

「うむ?」

 

「ぼく、武器っていうものを一切持ってないんだよね」

 

「は?」

 

ぼくがそう言って両手を広げて見せると、昨日と今日とで初めて見るようなキョトンとした顔をお柳くんはしたのだった。

 

「いやいや、え? どういうことじゃ?」

 

流石にこのことは想定してなかったのか、お柳くんが慌てた様子で問いただしてくる。ま、そういう反応になるよね。

 

「言葉の通りだよ。ぼく、普段から特定の武器を愛用してなくてさ」

 

「他の冒険団に潜り込んだ時はどうしているのじゃ?」

 

「基本的に全部借り物。ぼくが入る時って、大抵病気とか怪我で欠員が出た時だからさ」

 

その団における代用品である以上、使う武器も欠員者の役割に沿ったものが望ましいし。

 

「一人の時は」

 

「そういう時は殆ど表層で切り上げてるからね。ほぼ素手」

 

稀に荷車で殴りつけることもあるけど、それは荷物が空の時くらいだしね。

 

「むぅ……」

 

ぼくの説明に納得は行ったらしいものの、どこか困った様に唇を尖らせるお柳くん。ま、そういう反応になるよね。

 ぼくとしては正直今後装備を必要とすることはまず無い。元々、今の生活は無手で成立しているし。かといって、装備代を依頼費用から天引きせずに上乗せをしたら、お柳くんの持ち出しが多くなりすぎてしまう。

 

「そういうことなら、こいつを使うか?」

 

「うん?」

 

「む?」

 

内心で算盤を弾くように考え込むお柳くんに助け舟を出したのは、意外なことに番台で座っていた平助さんだった。

 いつもと変わらない口振りの平助さんが持ち上げたのは、一目で安い作りと分かるものの、黒塗りの鞘に納められた紛うことなき刀だった。

 

「それは?」

 

「ああ、うちで装備が揃わねぇ駆け出しの冒険者に貸し出してる刀だ。一日三十文でな」

 

「随分と安いですね。それ、本当に大丈夫な刀なんですか?」

 

「もちろん。もの自体は普通の刀だからな。買えばそこそこする奴だぜ」

 

「それなら良いんですけど、初めて聞きましたよ、こんな提供までしているの」

 

「そりゃ、お前に言ったのは初めてだからな。武器持ち込まねーし」

 

「これ、持ち逃げとかされないんですか?」

 

「されねえために、身元がはっきりしている奴にしか貸さねえんだよ」

 

「なるほど……って、それじゃあ駆け出しの冒険者の子達じゃまず借りれないってことじゃないですか」

 

「まあな。だから殆ど棚の肥やしだ」

 

ぼくの指摘を気にした風も無くがははと笑う平助さん。いや、本人がそれで良いなら別にいいんだけどさ。

 

「……どうじゃ?」

 

渡された貸し出し用の刀の質を確かめるため、軽く鞘から抜いてみると、お柳くんが興味ありげに刀身を覗き込んでくる。んー、そうだね……、

 

「これなら問題なく使えるかな」

 

「それはよかった」

 

ぼくの回答に、お柳くんは満足げに頷く。

 

「では、この依頼費に加えて、この刀の貸し出し費用に関してもわしが持とう。しめて、五両と三十文。どうじゃ?」

 

「ん、それで請け負うよ」

 

「うむ!」

 

ぼくが頷き返したのを確かめて、お柳くんは嬉しそうに笑ったのだった。

 

 

 

 

     ◆

 

 

 

 

「よし、それじゃあ中身を確かめて、依存が無けりゃ名前を書いて爪印を捺しな」

 

 そう言って、平助さんが差し出した追記を終えた証文の中身を確かめて、ぼくとお柳くんは同時に頷く。そして、番台から差し出された小筆を拭け取って、先にぼくが名前を書いて爪印を捺すと、ぼくが書いた名前の隣にお柳くんが慣れた手つきで筆を滑らしていく。そして、同じく爪印を捺した証文を小筆と一緒に平助さんに返すと、軽く証文の上を吹いた平助さんが中身を確かめて頷き、最後にぼく達に公開する様に、両手で証文を見せてくる。……あれ?

 

「この名前は?」

 

見慣れたぼくの名前の隣にあったのは、繊細な筆遣いで書き記された岩女山(いわめやま)國臣(くにおみ)の五文字。見慣れないそれに首を傾げると、隣にいたお柳くんがあっさりと、「わしの本名じゃ」と言った。

 

「随分と厳めしい……というか普通に男らしい本名なんだね」

 

「ま、これでも立派な大和男児じゃからな」

 

そう言って、わざとらしく両頬に人差し指をあてながらぺろっと舌を見せてくる。いや、まあ、ああいう店(天楽坊)の名乗りなんて、源氏名や通り名に決まってるんだけどさ。

 

「お柳ってのはどこから来たのさ」

 

「知らん。天楽坊に入った際に、店主から適当に付けられただけじゃからな」

 

一応曲りなりにも自分を指す言葉に、お柳くんは事も無げにそう言った……。本人が良いなら良いけどさ。

 

「今後はお柳くん? それとも國臣くん?」

 

「どちらでも構わんぞ。呼びやすい方で呼ぶといい」

 

「じゃあ、國臣くんで」

 

ぼくは國臣くんの客じゃないしね。

 

「ふむ、ではわしもおぬしのことは紅夜と呼ばせてもらうかの」

 

「ん、りょーかい」

 

ぼくが肩を竦めると、にししっと笑ったお柳くん改め國臣くんが逸る気持ちを抑えきれないといった様子で飯匙倩屋の引き戸に手を掛ける。

 

「では、早速魔獣鉱脈に向かおうぞ! もう入って良いのじゃろ?」

 

「あ、ちょっと待って。通行証を受け取るから……うん、良いよ」

 

番台の平助さんから証文と交換で渡された通行証を受け取ると、今か今かと両目を輝かせていた國臣くんに二人分の通行証を振って見せる。

 

「では、出発じゃ!!」

 

そう言って、淡い光の差し込む磨り硝子を開け放つ姿は、これからの冒険に思いを馳せる新人冒険者そのものだった。

 

 

 

 

     ◆

 

 

 

 

「っていうか、今更だけどさ」

 

「んむ? どうかしたのか?」

 

 飯匙倩屋を出て海鶴魔獣鉱脈に向かう途中、ぼくはふとあることに気が付いた。

 

「ぼくの名前がそんなに頻繁に出てくるくらい、飯匙倩屋の冒険者の人達って頻繁に天楽坊に通ってるの?」

 

「なんじゃ、知らんかったのか? 飯匙倩屋の冒険者の何割かはわしにとっても太客と言って良い大得意じゃぞ?」

 

「へー……」

 

どうやら、飯匙倩屋の冒険者の何割かは穴兄弟だったらしい。

 

「全員、ぶち込まれればたちまち善がり狂わす、わしのこれ(・・)に夢中じゃからな。何なら、菊座の皺の数まで言えるぞ」

 

訂正。まさかの”穴”兄弟じゃなくて、”竿”兄弟の方だったらしい。……知りたくなかった。

 

「紅夜も気になるならいつでも天楽坊で指名してくれても構わんぞ?」

 

「絶対しないから安心して」

 

ニヤニヤと嗤いながら腰元をわざとらしく撫で付ける國臣くんに肩を竦める。正直、少しだけこの依頼を受けたことを後悔していた。

 

「っていうか、随分と元気が有り余ってるみたいだけど、もしかしなくても昨日の夜暇だったの?」

 

「いや? いつも通り四人は抱いたが?」

 

昨晩、天楽坊を訪れた冒険団の一員で、國臣くんの馴染み客だったらしい青砥さんという冒険者のことを思い出して尋ねてみると、國臣くんはあっさりと首を横に振って「なぜそんなことを?」とでも言うように、きょとんとした表情で首を傾げてくる。っていうか四人て……、

 

「よくそんなにできるね」

 

てっきり、昨晩が暇だったせいで精力が有り余ってたのかと思った。

 

「その程度で、わしのは萎えたりせん」

 

そう言ってくねらせた國臣くんの股座は、確かにパンパンの天幕を張って一度も萎む様子を見せなかったのだった。

 

 

 

 

 

 




ふと思いついたもので書き上げてみました。
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