こう……見えても頑張ってます~デブスJK異世界奮戦史っと~ 作:扇町グロシア
その瞬間に思ったのは、「やっと終われる」という安堵だった。
世の中は弱肉強食じゃない、真面目にやっていれば必ず報われる。見ている人はいるから、ちゃんと評価される時は来る。なんておためごかし、どれくらい聞いただろう。
冗談じゃない、そんなのは成功した人の台詞だ。そうやって拗ねてるから失敗する? なら私みたいになってみろ、バカでデブスでぼっちなんだぞ。基礎工事で失敗してるのに、どうやってここから建てろと言うんだ。
自分から話し掛ければ友達なんかいくらでも出来る? 私は近付いただけで舌打ちして逃げられてきたし、そもそも私に近づくのが罰ゲームになるくらいにはクラス全員に嫌われてきたぞ?
ちゃんと毎日頑張れば人並みになれる? 中学時代の私は毎日必死で勉強してたけど「少しは真面目にやれ」と怒られてたし、私の全力は他人の一割にも満たないと悟って高校入学と同時に諦めたぞ?
人間の容姿なんてそんなに変わらない? 私は「正常な人間がそんな顔になるわけない、どこの施設から逃げ出してきたんだ」と知らん人に腕つかまれて説教されたぞ?
齢16にて人生詰んでる私には、将来も未来も意味がない。だからそう、こうやって
ダンプに跳ね飛ばされ激痛を感じる瞬間に見えたのは、ビルの鏡面に写る私の姿。元々醜い身体は凄まじい衝撃で一気にズタズタになり、目も当てられない程酷い有り様。飛び散った血と肉片の上へと叩きつけられた時にはもう、痛みも消えていた。すぐに視界も黒く染まり、残り時間はもう数分か数秒か。
これで死ぬ、疎まれて嫌われて叩かれ続けた私の人生はこれでお仕舞い。どうせ家族とも仲悪いんだ、私が死んだら親も妹も餅撒いて喜ぶさ。ああ、最期に家族孝行できたなーっと。
来世があるなら、せめて「普通」になりたい。
そう考えた、数瞬の後。私はある事に気が付く。
――おかしいな、明るくなってきた。
閉じた瞼の向こうに感じた光は、だんだんと強まり出した。
「あ……?」
千切れ落ちた筈の腕を、確かに感じる。痛みは相変わらず無いけど、身体が――修復されていくのが分かる。
これは、まさか。
意を決して開けた瞳が映したのは、何処かで予想していたような――
間違いない、これは。これは、恐らく。
「異世界転生、ってやつ……!?」
漏れた叫びにその
世界は無数にあり、その中で魂というものはフラフラとあっちの世界こっちの世界へと渡っているものらしい。本来それは自然の流れによるものだけれど、私がいた世界は急速な魂過多に陥っていて、それを是正しようと今は適当な世界へと続々魂を移している最中なのだとか。最近やたら異世界転生が多いのは、それが原因なのだという。
そしてこの神様的存在――リアーナルとやらは、魂の数さえ均せればそれで良いらしい。別に破壊神がいるとか破滅の呪いがかかったとか、そんな世紀末な世界へ行って救ってこいというわけではなく、こっちが「こういう世界が良い」と希望すれば魂の量を考慮して行かせてくれるそうな。更に生まれ変わり……つまり異世界転生だけでなく、その世界への転移や記憶継承の有無など細かい部分まで選ばせてくれるというステキ仕様。
さて、どうするか。しばし悩んで私は一つ、結論を出す。
「剣と魔法の世界……出来ればナーロッパ系に、今の私のまま転移したいです」
陰キャネガティブかつ若干キモオタ気味の私、ナーロッパものは大好物。私の記憶なんて大したもんじゃないけど、こちとら科学技術が発展した21世紀生まれだ。一応義務教育を終えているんだし、この知識があればどうにかナーロッパ文化圏では生きていけるだろう。
そしてこの醜い身体だけど、確かにさっきまでは捨てる気でいた。とはいえずっと付き合ってきたんだ、持っていけるなら使っておこう。それに突然顔が変わってたら頭が混乱してしまう、自我同一性だとかそんなのにも悪かろう。
「承りました。では特典の選択に移ります。記憶を保っての転移/転生は社会性に対するハンディキャップとなりえる為、補填として特殊能力を付与する事が可能です。こちらのスキルリストからお選びください」
……なんだろう、このお役所仕事感というかソシャゲのチュートリアル感は。実は私やっぱり死にかけてて、都合の良い夢を見てるんだろうか。
まあ言ってる事は分かる、全く別の世界の記憶が利益になら無い可能性もあるっちゃあるだろう。継承記憶でサクセス出来たら良いな、なんて思っている私としては別にどうでも良いことだけど、まあ特殊能力をくれるってんなら貰っとこう。
ハードカバーの本に記されたスキルらしきものはどれも強力そう、……なんだけど。なんだけど、うん。
使いこなせないようなのを貰っても、もて余して終わりだな。時間操作とか完全催眠とか、私の頭では無理か。
流し見すること、幾ばくか。
視界の端に入った文章、それを私は口のなかで唱える。
「大魔の理。……全ての魔法が習得済になる……?」
これはなかなか、結構なチートじゃないか。使用可能になるってだけなら、取り立てて困ることは無いだろう。そこから使いやすそうな奴を選べば良いんだし、最悪魔法の知識だけでも価値がありそうだ。
「えと、この魔法習得スキルで」
「承りました。そちらは高位スキルですので、バランス調整でマイナススキルがランダム付与されます。これは転移完了時に確定しますので、今現在確認することは出来ません。それで宜しければ、確認のサインをお願いします」
…………それこそソシャゲでありがちな仕様みたいだな、これは。アカウント作成を終えてゲーム本編に入らないと詳細が解らないから、手間がかかってリセマラ防止になるやつ。一々現実感無いなあ、まあ異世界に行く時点で大概だけど。
「なおマイナススキルは絶対的な欠点とはならない仕様です、運用方法次第ではプレイの幅が広がります」
欠点も愛そう、なんてどこぞの洋ゲーじゃあるまいし。でもそれが可能なら、確かに爽快かもしれないな。短所を逆用するクレバーな生き方、格好良いじゃないか。てかそれは良いけど、もう普通に仕様とかプレイとか言い出したなこの人。相当な天然だな、いっそ好感が持てるわ。
そして、それから。私の視界は再び光に包まれ――意識が溶けるように消えていく。
「転移は正常に開始しました。貴女が次の世界で死亡した後、また合う事になるかもしれません」
縁起でもない言葉と共に、私の異世界ライフが始まる事になる。
次に目を開けた時、飛び込んできたのは一面の緑。都会育ちの私にとってはそれ自体が非日常の、手付かずな自然の中にいるのが分かった。何処のどんな場所かは知らないけど、とりあえず私は意識も身体もハッキリしている。
服は事故の際に着てたものだけど、傷一つ無くなっている。アフターケアなんだろうか。そして傍らには私物が入ったバッグが放り出されていたが、当然スマホは圏外。まあ元々親と学校以外連絡先入ってないし、どこでもハブられるからSNSもしないんだけどね。……前にSNS連動の村ゲーやってた時も、大手同盟に攻めこまれてるのに同じ同盟の人誰も助けに来なかった事があった。拠点全部潰された後メールボックス見たら、メンバーがうっかり一括送信しちゃったらしいメールが届いてたけど、「助ける価値ないでしょあんなの」「あれが倒されてる間に防衛準備しといてー」とか言ってたな。……そうだ、それを指摘したらブロックされたんだ。私悪い事したんかなぁ……。
「あぁもう、異世界でまで小さいことで悩むな私!」
記憶維持した弊害を真っ先に受けてんじゃない、切り替えろ。私は剣と魔法の世界にいるんだ、もうあいつらの事は忘れてしまえ。
それより、だ。まずはしなければいけない事がある。
私は目を閉じて頭の奥に意識を集中し、小さく呟く。
「ステータス画面、開け」
転移や転生にはこれが付き物、ラノベやゲームの定番だ。まあ無きゃ無いで構わないけど、転移後にスキルが付くというなら確認手段くらいはある筈。
そう思っていると、不意に黒一色の視界へ電子的な文字列が浮かび上がった。そうそう、これだ。
名前欄はカタカナに変換されているが私の名前そのもの、ご丁寧に『言語体系は現地のものに合わせ最適化されています』という但し書き付き。
いきなり行って完全にそっちの言語が使えるとか、これもまたスゴいチートなんだけど標準機能なんかい。加えてステータス画面展開中は索敵機能が自動発動し、周囲にある程度以上の大きさがある物体が接近してきた場合、警告が出るようにしてあると注意書が。
あのリアーナルって人ズレてると言うかアホじゃないか、ゆとり仕様過ぎる。付いてきた私物だってこの世界ではオーパーツだろうに、良いのか実際。
まあこれまでの人生ハードモードだったし、その辺もまたバランスかな。
レベルは1、当然か。体力魔力その他の数字は高いのか低いのか、まあしばらくウロウロしていれば多分分かるだろう。
んでもって、スキルだ。
「えー……『大魔の理』は貰った奴、あっちがマイナススキルってのか」
そこに書かれているのは『迷走気脈』の四文字、漢字四つのインパクトスゴいな。
果たしてどんなマイナスなんだろうか、と見ていくと『体内の魔力経路が生まれつき異質になっています』との事。体質自体がハンディキャップ、とは確かにチートスキルに対する効果としては有り得るか。永続的なマイナス効果でバランスを取る、と。まあ使い方次第だ。
なんて軽く考えた私は、その続きを見て凍り付く。
「えっと、……あなたの魔力経路は全て肛門に繋がっています、魔力放出口は肛門のみです……!?」
余りの衝撃に、たっぷり十分は気を失っていただろうか。
よろよろと起き上がって再びステータス画面を見るも、書かれた文章は変化していない。
つまり、つまりだ。私はどんな魔法も使えるけど、それはすべてお尻から出ますよ、と。
いや、いやいや。いやいやいやいや、待て待て待て。チート打ち消してるだろ、なんだこれ。前からじゃない分まだマシかもしれない、いや同じくらい嫌だわ。
魔物や敵が出たとして、私は魔法を使って戦うとして。杖を振るとか手印を組むんじゃなく、お尻を出すわけか。
有り得るか、そんなアホみたいなの。いくら重量級デブスでも、ついさっきまで花のJKだったんだぞ。
百歩譲ってそれを受け入れたとして、使える魔法はかなり限られる。現在使用可能な魔法リストは膨大だけど、その大半がダメだ。
地の魔法、裂けそうだから無理。
水の魔法、絵面が最悪すぎる。
火の魔法、火傷しそうで怖い。
攻撃じゃない魔法も解説見ると『魔力放出口に対象を押し付ける』とか書かれてる、んなもん使える訳がない。徹底的に封じる気か。魔法を捨てて腕力で、ってなると文字通りの徒手空拳だし。
戦闘より知識でのしあがる、というのもレベル1のままでは説得力にかける。結局は力こそパワーなんだから。
……まさか転移直後でこれとは、私の魂って何か悪い星背負ってないか。
しかしまあ、使ってみればどうにかなるかもしれない。そんな思いもちゃんと湧くから不思議なものだな。
とにかく試してみよう、悩むのはその後だ。索敵機能で安全を確かめてから、私はすぐそばにある大木を見やる。このくらい大きければ早々倒れはすまい、的にするには良い感じだ。
覚悟を決めてショーツを脱ぎ、スカートを捲り上げる。晒しちゃいけない箇所に風を感じるのは落ち着かないけど、これも必要な事だ。入手手段を確保するまでは、今の衣類を大事にしないと。
腰に力を入れて構えると、私は魔法リストの風欄最初に載っていた初級魔法を唱えていく。弱い風系なら最悪でもオナラの延長としてどうにかなる、何がどうにかなるのかは知らんけど。
「……吹け風位の礫、ウインドシュート!」
詠唱を終えた途端、グルリとお腹の奥で音が鳴った――気がした。お通じが不規則だった小さい頃、いつも怯えてた音だ。下腹部が膨らみ、腸が内側から拡がっていく。そして違和感は下へと移動していく、それがわかってしまう。
ゾワリと背筋が震え、
「――っ!!」
刹那の間を置いて、私の中から暴風が吹き出し、その勢いで身体は一回転。更に二回転三回転して、漸く止まってくれた。
回る視界をこらえながら立ち上がって振り向くと、そこには大きく抉れた地面が。……どうやら角度の問題で、斜め下へと魔法の風が放たれたようだ。その勢いで私は吹き飛ばされた、と。
しかしそうなると、真後ろに放つには四つん這いにでもなるしかなさそうだ。どうしようスゴい嫌だ、でも試さないと。
また吹き飛ばされないように地面の雑草を握り締め、大木へとお尻を向けて。私は再度、魔法を唱える。なにやってんだろう、と思いながら。
……度重なる
あの時は一週間くらいホームレスした後警察に補導され、家に帰らされたんだよな。『どうせならちゃんと死んでこい』って殴られたけど。愛の鞭とかじゃなく、俺に恥をかかせたなと。……あれ本当に実の親なんだろうか。まあそれは忘れろ忘れろ、過ぎた話だ。
照明魔法も試しはした、でもお尻が光るだけで大した意味はなかった。うん、分かってたよどうせ妖怪尻目になるだけだって。飛行魔法とか高速移動魔法もないしなぁ、なんかズレてるよ設定が。あーでもそれって文明発展の都合だったりするのかな、魔法が便利すぎると社会が停滞するから若干不便にしてる、って最近のJRPGでよくあるやつ。そりゃ魔法で何でも出来ると技術が発展しないだろうな、車輪を発明するより魔法で飛べば良いんだから。
まあそれはそれとして。
魔法を使いまくったお陰で、使い道は段々分かってきている。単発射出と継続射出の違いとか、ね。最初唱えた風魔法は単発の方で、詠唱が終わるとそのまま放出口から飛び出して終わり。継続射出の場合は使い手が魔法を終了するか魔力が尽きない限り、出力を調整したりしつつずっと出続ける。あと魔力はガッツリ休まなくても、ちょっと息を整える程度で全回復する仕様らしい。インターバルさえあればレベル1の私でもガンガン使える、とは言え上限はあるから、今のままだと上級魔法を使った後は全力疾走した後くらい苦しい。死ぬかと思った。
あとの問題は水と食糧だな。かなり魔力を使うが生成魔法を使えばそれらも出せはする、でも絶対に使いたくない。んなもん口にするくらいなら飢えと渇きで死んでやる。そこは尊厳の問題だ、オオゲツヒメだってツクヨミに斬られたし。いやあれスサノオだっけ……? どっちだったか忘れたけど、尻やら何やらから出した食糧を食わせられたと知って逆上したとかそんな話なような。まあ、うんそれは仕方ないよオオゲツちゃん、客にそんなの食わせちゃダメ。
とにかくどうにかして人里を探そう、徒歩圏内にあるはずだ。まさかチュートリアルも片付いてないような序盤から、人跡未踏の地に放り出したりはしないだろう。……いや……転移させたのがあのホエホエな神様だから、その辺ちょっと分からんか……。
――と。
考え事をしながらの道行きながら、私は気付く。足元の変化に。これまでの土と草ばかりの質感、そこに「平面」が混ざりだしたのだ。
光を当ててよくよく見れば、敷石のようなものが点々と配置されているのが分かる。明らかな人工物だ、これは何処かへと続いている「道」なのだ。
そこにいるのが誰なのか何なのか、それは分からない。
だからって、足を止める気はないけれど。
どうせ一回落とした命だ、大胆に行こう。前の私は道歩いてるだけで不審者通報されたり子供に石投げられたりしてたけど、今の私はもう失うモノの無い『尻から魔法が出るデブス』だぞ。行っちゃえ行っちゃえ、こっちの世界はきっと現実よりはマシなんだから。
さぁ――冒険を始めよう。