■日本 首相官邸
会議室の円卓の上に、淡い光が立ち上っていた。
タブレット型端末から、各国代表の立体映像が投影されている。
クワ・トイネ公国首相カナタ。
クイラ王国外務卿メッサル。
トーパ王国国王ラドス十六世。
そして、イルメリア専制女公ユリア・テオドラ。
五国連盟緊急会議である。
首相に返り咲いた武田茂は、円卓を見回す。
声は落ち着いていたが、表情には疲労が滲んでいる。
「急な会議にも関わらず、ご出席いただき感謝します」
武田の背後には、沖縄周辺海域の地図が表示されていた。
「現状を説明します」
資料が切り替わる。
那覇市街と避難民の移動予測、確認済みの被害が表示される。
「パーパルディア皇国船団による暴動は、那覇市街を中心に拡大しています。現地警察および保安隊は、現在も交戦中です」
武田は一拍置く。
「第一海上隊はすでに沖縄へ向け出動しました。しかし、敵側増援艦隊が沖縄方面へ向かっている可能性があります」
最初に口を開いたのは、クワ・トイネ公国首相カナタだった。
エルフ特有の細長い耳を持つ青年で、外見だけなら二十代ほどにも見える。
『…なるほど』
カナタは静かに頷く。
『海賊まがいの真似をしている、という理解で良さそうですね』
「はい」
武田は頷く。
「日本政府は、五国連盟各国への支援を要請いたします」
『クワ・トイネは、哨戒艦五隻を派遣します。到着まで多少時間は掛かりますが、沿岸警備程度なら対応可能でしょう』
「感謝します」
武田は深く頭を下げた。
続いて、若い女性の落ち着いた声が響く。
『イルメリアは艦隊を派遣します』
ユリアである。
『必要であれば、現地警備にも協力可能です』
短いが、その言葉は重要である。
イルメリア軍団が動くということだ。
続いて、初老の大柄な男が長い顎鬚を撫でる。
トーパ王国国王、ラドス十六世。
髪には白いものが混じっていたが、その体格はなお熊のように大きい。
『兵を出そう』
『トーパはイルメリアと共同で動く。陸での戦いなら、我らも慣れておる』
「感謝します」
武田は頷いた。
最後に、小柄だが頑健な男が咳払いをする。
クイラ王国外務卿メッサル。
灰色の髭を編み込んだドワーフ貴族である。
『…沖縄は我が国から遠い』
メッサルは苦渋の表情を浮かべていた。
『水軍が乏しい故、船は出したくても出せん』
彼は太い指で卓を叩く。
『だが、原油、鉄鉱石、これらを精練・精製した復興用資材なら用意できる。必要量を送ろう』
武田は円卓を見回し、深々と頭を下げた。
「ありがとうございます」
その声には、わずかに安堵が混じっていた。
緊急会議終了後、日本政府は直ちに五国連盟各国との連絡調整を開始した。
イルメリアでは沖縄方面への艦隊派遣準備が始まり、トーパ王国も派遣部隊の選別を開始。
一方、第一海上隊は、すでに南西諸島方面に進出していた。
■同刻、沖縄近海。
第一海上隊は、灰色の海を南下していた。
水平線の先に、二本マストの帆船が現れる。
パーパルディア皇国海軍のフリゲート二隻。
見張員が声を上げた。
「敵艦、右前方!」
《常磐》艦橋で、福嶋英吉将補は双眼鏡を下ろす。
「…あれか」
白い帆。細い船体。側面に並ぶ砲門。
典型的な木造帆走フリゲートである。
《常磐》前部甲板では、十五.二センチ連装砲がゆっくりと旋回している。
かつて搭載していた二〇.三センチ砲は、老朽化のため近代化改装時にボフォース社の砲に換装していた。
威力では劣るが、射撃速度、命中精度、対空能力は比較にならなかった。
「主砲…」
福嶋は落ち着いた声で命じる。
「撃て」
《常磐》前部砲塔が火を噴く。
数秒後、再度の発砲。
一隻が中央から吹き飛ぶ。
続く砲弾が二隻目の艦尾を引き裂き、炎が走る。
パーパルディア側も反撃を試みたが、旧式の前装砲では距離が遠すぎた。
木造の帆走フリゲートは、射撃訓練の的でしかなかった。
第一海上隊本隊は、そのまま沖縄本島へ向かった。
一方、《初櫻》と《椎》は、沈没艦の生存者救助にあたっていた。
海防艦から短艇が降ろされ、海上に漂う生存者を拾い上げていく。
「貴様ら! 我らを誰だと思っている!」
「無礼だぞ!」
「早く引き上げろ!」
濡れ鼠のパーパルディア海軍将兵は、なおも怒鳴り続けていた。
《初櫻》艦橋で、三田一弥大佐は額を押さえる。
「…助けても礼一つ無いのか」
副長が苦笑する。
「パーパルディアでは、海軍士官は貴族同然らしいですから」
「面倒な連中だ」
三田は溜息をついた。
やがて艦隊は沖縄本島近海へ到達した。
《鳳翔》飛行甲板では、六機の二二式回転翼機《千鳥》がローターの轟音を響かせて並んでいた。
各機には二十名程度の保安隊員が乗り込んでいる。
「発進!」
誘導員の腕が振られる。
《千鳥》は次々と浮上し、沖縄本島北部―金武分営所へ向け飛び去っていく。
編隊は海岸線に沿ってを北上した。
増援部隊の到着後、分営所では直ちに南下準備が開始された。
一方、那覇方面では、海上からの上陸作戦が始まっていた。
《鳳翔》を分離した《常磐》《長鯨》《鹿島》は、那覇港外へ進出していた。
港内には、パーパルディアの商船が五隻。
船上には武装海兵の姿が見える。
福嶋は簡潔に命じた。
「撃沈しろ」
主砲が斉射され、港内は瞬く間に炎に包まれた。
那覇港正面は、市街戦と火災によって混乱していた。
そのため日本側は、比較的抵抗の少ない若狭海岸からの上陸を選択した。
一等輸送艦群から、
二三式戦車《セイ車》二両。
二二式装甲兵車《ヘイ車》二両。
二三式対空戦車《タイ車》一両。
波を切りながら、灰色の上陸艇群が海岸に向かう。
さらに《初櫻》《椎》からは
海上からの砲撃と装甲車両の上陸。
そして、金武分営所から南下してきた増援部隊。
三方向から圧迫されたことで、パーパルディア側の勢いは急速に潰えた。
組織的抵抗もなく、もはや戦闘と呼べるものではなくなっていた。
パーパルディア船員と海兵は逃走を始めていた。
那覇市内の主な通りでは、焼け落ちた建物が目立った。
商店は略奪され、泣き崩れる市民の姿も見えた。
保安隊員の一人が、焦げた人形を拾い上げた。
「…酷ぇな」
市街各地では、パーパルディア人による発砲や略奪が続いていた。
避難民に紛れて逃走を試みる者も多く、現場部隊の警戒は一層強まっていった。
日本側は、捕虜を取らなかった。
この世界では、海賊はその場で処断されると聞いていたからである。
市街の惨状を見た現場の隊員たちに、異論の余地は無かった。
掃討は、日が暮れるまで続いた。