■日本
東京 首相官邸
「首相、保安隊のままでは、制度上の無理が出ます」
机上には、五国連盟共同作戦の戦訓報告が積まれていた。
武田首相は眼鏡を外した。
「名前の問題ではない、と」
「はい」
陸上部総監、立見栄一が答えた。
「現在の保安隊は、国内治安と国土防衛を主眼に設けられています。しかし今回、実際に国外へ部隊を送り、外国軍と共同して上陸作戦まで行いました」
「輸送はイルメリアにかなり頼ったがな」
「否定はできません」
海上部総監、大澤治三郎が応じた。
外洋輸送と長距離補給、そして指揮通信。
今回の演習では、とりわけイルメリアの能力に依存した部分が大きかった。
「イルメリアと同じ物を揃える必要はありません」
「そもそも揃えられんだろう」
「ええ、まあそうですが……」
大澤はそう答えた。
室内に小さな笑いが起きた。
「ですが、今後も国外で日本国民の生命を守らなければならない事態は起こり得ます」
武田は腕を組んだ。
「で、保安隊を軍にすると」
「国防軍への改組を含め、検討すべき時期に来ています」
立見が言った。
誰もすぐには答えられなかった。
異世界へ移って以来、日本を取り巻く状況は変わり続けている。
「検討を始めよう」
武田が言った。
「急いで結論を出す必要はない。しかし、見て見ぬふりも出来ん」
■神聖ミリシアル帝国
帝都 ルーンポリス
「世界最強の国」
この世界の大半の国家が神聖ミリシアル帝国に抱く印象である。
広大な国土と高い工業力。
そして、帝国各地に残された古代魔法帝国の遺跡から得た魔導技術。
帝国が存在する地域が「中央世界」と呼ばれること自体、その優位をよく表していた。
帝国外務省の一室。
外務省統括官リアージュと、情報局長アルネウスが、机を挟んで向かい合っていた。
リアージュは帝国外交を広く取りまとめる立場にあった。
各部署との調整に長けた穏健派ではあったが、中央世界の人間らしく、文明圏外の国々を多少低く見るところは残っていた。
一方のアルネウスは世界各地からの報告をまとめ、その断片から各国の実力を測る情報部門の責任者だった。
「パーパルディア皇国が消えた、か」
リアージュは報告書を閉じた。
「正確には規模を縮小し、パーパルディア王国として存続しています」
「五国連盟に降伏したわけではないのだろう?」
「はい。五国連盟側は一貫して、戦争ではないとの立場です」
「あれだけ兵を動かしておいてか」
「演習という名目のようですが」
リアージュは眉を寄せた。
「妙な連中だな」
資料には、日本国、イルメリア専制公国、そして五国連盟各国についての情報がまとめられていた。
「日本については、以前から報告が上がっていたな」
「はい。フェン王国での戦闘報告を含め、既に何度か再評価しています。少なくとも、文明圏外という理由だけで軽視できる国ではありません」
アルネウスはそう答え、続けて一枚の写真を差し出した。
「ただし今回、我々が最も警戒しているのはこちらです」
アルネウスが一枚の写真を差し出した。
灰白色の艦艇群である。
「イルメリアか?」
「小国です。人口も国土も、列強と呼べる規模ではありません」
「それで、この規模の艦隊をか」
「艦艇だけではありません。航空機、装甲車両、兵站。確認できたものの多くが、既知の文明体系から外れています」
リアージュの表情から、わずかに余裕が消えた。
「五国連盟の盟主なのか?」
「そのような関係でもないようです」
「では日本が盟主を?」
「それも違います」
「……分からんな」
国力も文明水準も異なる国家が、明確な上下関係を持たずに行動している。
さらに、五国連盟には加盟していない列強ムーまで、観戦武官を送り込んでいた。
「アルネウス君」
「はい」
「君はどうしたい」
「五国連盟との正式接触を提案します」
「日本一国ではなく?」
「はい。日本だけを見ても、この地域の構造は把握できません」
「文明圏外の国家群に、こちらから使節を出すことになるな」
リアージュはわずかに眉を寄せた。
「議会には嫌う者もいるだろう」
「承知しています。ですが、先に実態を把握する方がよろしいかと」
「……そうだな」
リアージュはしばらく考え、言った。
「先進十一か国会議への招請を理由にするか」
「それが良いかと」
「パーパルディアの席も空いたことだ」
リアージュは再び報告書を開いた。
「議会への根回しはこちらでやろう。使節団の案をまとめてくれ」
「承知しました」
ほどなく、神聖ミリシアル帝国は五国連盟との正式接触に向けて動き始めた。
■グラ・バルカス帝国
第二文明圏のさらに西。
突如としてこの世界へ現れ、周辺国家を次々と制圧した大帝国があった。
グラ・バルカス帝王グラルークスは、自室の窓から帝都を眺めていた。
前世界ノルースでは、ケイン神王国と世界を二分して争った。
だが転移によって敵国は消え、帝国本土だけがこの世界へ移された。
そして新世界で最初に出会った国々は、あまりにも弱かった。
文明圏国家も、列強国も、帝国の前では大差がなかった。
「この世界は、我々に何を求める」
グラルークスは独り言のように呟いた。
帝国はすでに第二文明圏へ進出し、次の段階へ進もうとしていた。
その東方で、新しい動きがあるという。
「異世界から来た国は、我々だけではないのか」
グラルークスは薄く笑った。
「面白い」
グラ・バルカス帝国情報局。
「五国連盟に関する中間報告です」
情報将校が書類を机上に置いた。
「パーパルディア方面で行われた一連の作戦については、直接観測できた情報が限られております」
「結論は」
「日本単独の軍事行動ではありません」
上官が資料をめくった。
「五国連盟か」
「はい。日本はその中でも有力国ですが、盟主ではない模様です」
「イルメリアは?」
「国土、人口とも小規模です。しかし、確認されている兵器の性能と行動範囲が国家規模に見合いません」
「誇張ではないのか」
「その可能性も含めて精査中です」
別の資料が差し出された。
「また、列強ムーが五国連盟に観戦武官を派遣しています」
「連盟の加盟国ではなかったはずだが?」
「はい。友好国としての派遣です」
「妙な勢力圏だな」
上官は地図を眺めた。
「監視を続けろ」
「はっ」
グラ・バルカス帝国もまた、東方に現れた勢力に視線を向け始めていた。
ミスで連投となりました。