スクール下克上・超能力に目覚めたボッチが政府に呼び出されたらリア充になりました   作:鏡銀鉢

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彼女とお引越し

 放課後、総務省から生徒たちを仕事場に送り届けた俺は、桐葉と一緒に官舎へと一時帰宅していた。

 

 いつも最後に送る詩冴が、学校の用事で到着が一時間遅れるため、今のうちに引っ越し作業を進めるよう、早百合部長が言ってくれたのだ。

 

 

「荷物は衣装ダンスひとつと旅行鞄だけでいいのか?」

「うん、ボクは典型的な今時ッ子だからね」

 

 彼女の部屋からテレポートで運んだのは、本当にそれだけだった。

 とは言っても、俺も荷物量は大差ない。

 

 西暦2040年現在、デバイスのおかげで、日本人の荷物は20年前の半分と言われている。

 

 本、ノート、書類、写真、映像は全てデバイス内にデータで持つのが当たり前。

 

 パソコンや電話、テレビやゲーム機も無くなったし、部屋に飾る小物も、MR映像でその場所にオブジェクトが映って見えるよう視界補正をかけるのが常識だ。

 

 荷物は、家具、衣類、食器、家電ぐらいだ。

 

 家具と家電は備え付きのがあるから、俺らの荷物はさらに少なくなる。

 

「じゃあ俺も自分の部屋の用意をしてくるよ」

 

 彼女が旅行鞄を空けて、歯ブラシやシャンプーなどの私物を取り出すと、俺は部屋を出て行こうとする。

 

「うん、ところでベッドなんだけど、部屋広いし、ハニーの部屋のベッド、ボクのベッドの横に並べない?」

「ベッドを奪われたら俺はどこに寝るんだよっ?」

「え、ここでわからないフリするの? 一緒に寝ようって誘っているのに」

 

 にやにやと楽しそうに口元を緩める桐葉に、俺はちょっと強気に出てみた。

 

「そ、そういうこと言っていると、本当に襲うぞ」

「またまた、そんな度胸無いくせに、ハニーは可愛いなぁ」

「俺だってやるときはやるんだぞ!」

「へー、じゃあどうぞ」

「え?」

 

 桐葉はベッドの上に背中を預けるように倒れこむと、手足を折りたたんで、待ちの姿勢を作った。

 

「ほらほらぁ、来てよハニー」

「ッッッ!?」

 

 一秒の間に、頭の中では理性と本能が千の攻防を繰り広げ、理性が薄氷の勝利を納めながら、本能はなおも敗北宣言をしなかった。

 

 彼女を【諫めるために】ベッドへ歩み寄ると、俺は腰を下ろした。

 

 けれど、仰向けに寝転がる彼女と向き合うために、彼女に覆いかぶさるしかない。

 

 これは、相手の目を紳士的に見つめる、仕方のない行為である。

 

 でも、そこでとある問題に直面した。

 

 桐葉の長くやわらかい亜麻色髪が扇状に広がっているせいで、彼女の脇下も顔の左右も、手を着けることができない。

 

 こんなに綺麗な髪に触れるのは恐れ多くて、とてもではないが手を着けられなかった。

 

 どうしようかと、解決の糸口をつかもうと彼女を観察して、その美しさに見とれてしまう。

 

 見れば見るほど、桐葉は綺麗だった。

 

 艶やかな亜麻色の髪。

 長いまつげに縁どられ、宝石のように光る金色の瞳。

 生命力に溢れたみずみずしい白い肌。

 包容力を感じさせる豊かな胸に、守ってあげたくなるように華奢な肩とウエスト。

 

 もしも、彼女を欲望のままに扱えたら、俺は歯止めが効かず、底無しに堕落するだろう。

 

 彼女は、男にとって、麻薬にも近い誘引力に溢れていた。

 

「…………」

 

 だからこそ、彼女に触れてはいけないと感じた。

 

 まだ知り合って二日の、彼女への好意が愛欲なのか肉欲なのかわからないような時に、触れるのは道理に反する。

 

 それに、俺には先にやるべきことがあると、欲望を抑えた。

 

 葛藤する俺を、怖気づいたと判断したのか、桐葉は満足げな顔でベッドに両手を着いて、上半身を起こした。

 

「ほうら、やっぱり何もできない。でも安心していいよ。ボクはえっちだけどチキンなハニーが好きだから。それに、結婚したら、ボクが強制的にハニーの初めてを貰ってあげるからねぇ。イシシ」

「なぁ桐葉、俺と一緒に、友達作らないか?」

 

 きょとんとまばたきをしてから、桐葉は退屈そうにくちびるを尖らせた。

 

「またその話? いいよ、僕はハニーさえいてくれたらそれで」

「そう言ってくれるのは嬉しいけど、好きな人と友達は別だ」

「だってボク、ソロ充だし。ゲームもソロプレイ派で昔から一人遊びが好きだし」

「そうだ、人は一人でも楽しめる。でも、一人で生きていくことはできないんだ」

 

 中学三年生の秋、数の暴力で無実の罪を着せられた俺は、それを痛感した。

 

 あの時、俺を弁護してくれる人がいてくれたら、俺に仲間がいてくれたら。

 

 そう思わずにはいられなかった。

 

「一人じゃないでしょ。ハニーがいるでしょ?」

「俺以外にも味方が必要だって話だよ」

「ヤだよ。他人なんていつ裏切るかわからないじゃないか。その点、ハニーならボクのカラダに夢中だし、ボクを裏切らないだろう?」

 

 ――え。

 

「それ、どういう意味だよ」

 

 冷たい失望感で問いかけると、桐葉もまた、冷たい笑みを浮かべた。

 

「だってハニーはボクのカラダ大好きなんでしょう? キミは毒針を持つボクを怖がらなかった。ボクに欲情してくれた。じゃあ、ボクがキミにえっちなことをさせてあげる限り、キミはボクを裏切らないじゃないか」

 

 舌を加速させながら、らんらんと目を輝かせる桐葉の声には、狂気すら感じた。

 

「だからキミは信用できる。ボクは一人じゃないんだ!」

「俺はカラダ目当てじゃない!」

 

 俺が怒鳴ると、桐葉は瞳孔を収縮させて、生気が抜けたようにへたり込んだ。

 

「嘘……ハニー、ボクのこと好きじゃないの?」

「……それは、わからない」

 

 桐葉は、いい子だと思う。好きか嫌いかなら、大好きだ。

 

 けどそれが、男女の恋愛感情なのか、本当にわからない。

 

「でも、お前のことが心配なのは本当だ……」

 

 そう言ってから、短くも濃密な思い出を、噛みしめるように口にした。

 

「初めて見たとき、綺麗な亜麻色の髪とハチミツ色の瞳だと思った。お前の容姿に惹かれたのは確かだ。でもその後、坂東から守ってくれて、ボッチで取柄の無い俺を人格者って言ってくれて嬉しかったんだ。この世には、こんな風に言ってくれる子もいるんだって」

 

 桐葉は少し目を丸くしながら、照れた顔になる。

 

「その後、エプロン姿で台所に立つ桐葉の姿に、こういうのいいなって思った。桐葉の料理の味に癒された。知り合ったばかりだけど、桐葉と一緒ならきっと楽しいだろうなって思った。それで、桐葉がずっと独りなんじゃないかって思ったとき、凄く心配になった、助けたいと思った。他の誰でもない桐葉だからだ。俺も……ずっと独りだったから」

 

「え?」

 

「俺さ、小中の時、ボッチだったんだよ。みんなに馴染めなかった。自分ではソロ充だと思っていたけど……違った」

 

 あの時のことは、いま思い出しても、本当に辛くて、惨めな想いで胸がいっぱいになる。

 

「中三の秋に、坂東たちが先に手を出したのに、連中は仲間同士で口裏を合わせて、俺は謝罪をさせられた。けど、こんなの序の口だ。これから先の人生、大人になってからも、頼る人がいない、味方がいないってのは、やっぱり辛いと思う。それにさ、もしも俺たちが結婚しても、俺が先に死ぬようなことがあったら、どうするんだ?」

 

「ヤダ! 死なないでよ!」

 

 桐葉は、母親に捨てられそうな幼女のように目に涙を溜めて、俺の肩につかみかかってきた。

 

 そんなことをされると、彼女の愛情が本物であること、そして、そこまで俺に依存してしまうくらい、追い詰められた人生なのだと思い知らされて、ますます辛かった。

 

「人生なんてわからないだろ。約束はできないよ。でもさ、内峰とか、詩冴とか、恋舞とか、有馬とか、山見とかと一緒にいると楽しいんだ。これが友達なのかなって。今までソロ充気取っていたけど、いいなって思った」

 

 俺の肩をつかむ彼女の手を握って、あやすように、優しい言葉をかけた。

 

「だから、桐葉に辛い想いをして欲しくなかった。桐葉には、幸せになって欲しいから。ずっとずっと笑顔でいて欲しいから。俺は、桐葉の笑顔が大好きだから!」

 

 最後は、つい力と感情がこもってしまった。

 すると、桐葉の顔は紅潮して、徐々に赤くなりながら、目から涙をこぼした。

 

「ハニィー……大好き!」

 

 俺の胸板に頭突きをするような勢いで、桐葉は抱き着いてきた。

 

 迷子の幼女が母親と再会したような激しい甘え方に驚きながら、俺は、胸の奥で何かが溶けていくのを感じていた。

 

 それはきっと、俺の根幹にある、ソロ充時代に培った警戒心とか予防線とか、そういう奴だろう。

 

 桐葉は可愛い。外見ではなく、存在が。

 

 今まで出会ってきた奴らとは違って、長いものに巻かれず、他人を攻撃せず、俺を愛してくれる桐葉に、俺は心を動かされているのを自覚する。

 

 出会って二日でこんな感情を抱くのは、軽薄かもしれない。

 

 それでも俺は、針霧桐葉という女の子のことが、好きになってしまったのだ。

 

 俺は桐葉の背を抱いて、その体温に癒されるも、彼女の涙は止まらなかった。

 

「でも、ごめんねハニー。ハニーはボクのこと、いっぱい心配してくれるけど、やっぱり怖いよ……」

 

 俺の胸に顔を埋め、泣き顔は見えないも、涙声にこめられた熱量で、彼女の恐怖が痛いほどに伝わってくる。

 

「小学校に入学したときね、空を飛ぶボクを見て、みんな最初は妖精みたいって言ってくれたんだよ。でも、その日からだんだん髪と目の色が変わって、ボクの能力が蜂だってわかったら、みんないじめるようになったんだよ。怖いって。他にも、害虫は殺さないとダメだとか、針霧を怒らせたら刺されるからかかわるなとか。毒女、虫女、害虫女って、言ってくるんだよ。やだよ、もうやだよ。もうあんなのやだよ」

 

 腕の中で弱々しく震える彼女に、坂東を圧倒した時の強さは無かった。

 

 その姿は、謝罪を強制された中三の時の俺よりもずっと悲惨で、ボロボロだった。

 

 助けてあげたい。彼女の不安を取り除いてあげたい。

 

 ――でも、どうしたらいい?

 

 みんなが、桐葉のことを絶対に裏切らない保証。そんなもの、どうすればいいというのだ。

 

 桐葉の、蜂の能力を再現するホーネットが怖がられない、なんて保証はしようが……待てよ。

 

 そこで、俺は閃いた。いや、思い出した。

 

「わかったよ桐葉。じゃあ俺が証明してやるよ。お前が怖がられないってな」

「え?」

 

 宝石のような涙に濡れた顔を上げて、俺を見つめる桐葉に、任せろと笑顔を向けてやる。

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