「さて、それじゃあ知っていることを洗いざらい吐いてもらおうか。まず、お前の本名と学籍は?」
「……知らない。」
ここはワルキューレ警察学校の一画、取り調べ室だ。あの電車での戦いから一夜明け、私はこいつの尋問兼護衛でここを訪れていた。
ビート・イットを名乗る敵スタンド使いは、いかにも不機嫌といった態度でぶっきらぼうに答えた。手錠で拘束された上、私が目の前にいる状況で出来る抵抗は、それが精一杯ということなのだろう。
「ふん、そうか。それならそれでいい。なら質問を変えようか。お前がそのスタンドを身に着けた経緯は?」
「拾ったんだよ。道に落ちてたやつを。」
「……。」
どうやら自分の立場というものがわかっていないらしい。少し脅かしてやる必要があるか。
「お口にチャックして、ずっと我慢していれば解放されるとでも思ったか? ワルキューレならそうかもしれないが、私はそんなに甘くない。」
スティッキィ・フィンガーズの指がビートイットの頬に触れる。口の端から頭を一周するようにジッパーが走り、両端にあるつまみが少しづつ開いていく。
「あ……あがが!」
「口裂け女でいるうちが華だぜ。私がその気になれば、このままお前の頭を真っ二つに切断することだって出来る。」
「まあ安心しろよ。例えお前の下顎から上が無くなっても、私がお前に飯を食わせてやる。顎が無くて噛めないだろうから、おかゆみたいなのを喉に直接な。」
「は……ははふ! ははひまふ!」
落ちた。所詮は金で繋がった関係だから、身の危険が迫れば簡単に裏切る。情報をゲロったことがバレればこいつも制裁をされるのかもしれないが、それは私にされるか黒幕にされるかの違いでしかない。矯正局の中でワルキューレから守ってもらえる分、まだ安全な方だろう。
脅しがよほど効いたのか、雨に降られた仔犬のようにガタガタ震えながら、ビートイットが話した内容は次のようなものだ。
まず、ビートイットはミレニアムの生徒だった。彼女は爆発に魅入られ、より強力な爆弾を開発することに心血を注いでいたのだという。だがその研究の価値はセミナーに認められず、研究のための予算もごくわずかなものしか下りなかった。
そんな折、彼女が夜に一人で道を歩いていたところ、何者かに背後から刺されたような感覚を味わった。あまりの激痛に声も出せないでいると、さらに背中に銃口を突き付けられた感覚があり、後ろを振り向かずそのまま聞け、と命令された。
「黒沢リンゴ、という生徒を襲撃しろ。ヘイローを壊しても構わない。」
なぜ私がそんなことを―――と言いかけた時。彼女に、莫大な金額が振り込まれたことを示す、自らの口座を示すスマホを突きつけられた。
「上手くやったなら、これの10倍は出そう……。いいな?」
10倍。自分の喉が、ゴクリと鳴ったのを覚えている。それだけあれば、夢であった最強の爆弾も作れるかもしれない。ついでに自分のことを認めない、ミレニアムの連中も吹き飛ばしてやる。一度加速した悪意は、超特急のように速度を増して駆け出して行った――――。
「……いいだろう。尋問は終わりだ。後はワルキューレに任せるぜ。」
私は踵を返し、尋問室を出た。無論、矯正局の中で大人しくしていろと釘を刺してからだ。ビートイットは震えているのか頷いているのかわからなかったが、とにかくガクガクと頭を縦に振っていた。
(やはりビートイットは矢に刺されていた……まずは、奴が受け取った金の振込をした口座を洗ってみるか。)
そういうデジタルの方面なら、ヒマリに協力を依頼するのが一番手っ取り早いだろう。適当なメールを打ち、特異現象捜査部の部室へと向かった。
「ヒマリ、いるか?」
最低限のメールはしたが、アポを取ったわけではない。そんな不躾な訪問を、ヒマリはそれでも笑って許した。
「あら、リンゴさん。どうやら、お手柄だったようですね?」
「……あの電車の事件なら、解決したのは私じゃあなくてC&Cだ。報道でもそうなってるはずだろ?」
「ええ。表向きには、大量の爆弾を持ち込んだテロリストの犯行という、キヴォトスでは雨が降ることと同じくらい当たり前の事件として報道されていますよ。」
……今更だが大丈夫なんだろうか、この都市。なんだかスタンドを用いた犯罪がひどくちゃちなものに思えてきた。
「ですが、この千里眼を超えた洞察力を持つ私にはお見通しです。あなたも素晴らしい活躍をしたのですね。」
「……監視カメラか。まあ覗き見はこの際構わない、それよりも調べてほしいものがある。」
私はビートイットから聞き出したことを一通り説明し、口座について調べてほしいと依頼した。ヒマリはミレニアム生の口座を覗くことなど、階段を上るより遥かに簡単なことだと自信満々に返事を返した。笑えばよかったのだろうか。
流麗に楽器を奏でるように、ヒマリの細い指がキーボードの上を滑る。だがそれが、ある一点でピタリと止まった。
「どうした?」
「……おかしいですね。ここから先、まるで動けなくなりました。口座を覗くところまでは簡単でしたが、そこから振込元を探ることが出来ません。」
「どういうことだ?」
「そうですね……ハッキングを扉についた鍵をこじ開ける作業だとするならば、今回のそれはそもそも扉に鍵穴がないという感覚です。」
「部長がハッキングに失敗することなんてないでしょ? となると……」
「『スタンド』だな。」
電子戦に強いスタンド……というより、相手からの干渉を遮るような能力か? この方面から敵を探ることは出来そうにないな。
「むむ……これがスタンドですか。この私の能力を軽々と超えてしまわれた感覚……はっきり言って屈辱的です。」
「だが敵のスタンド使いの能力を見ることが出来たのは悪くない。少なくとも、一歩は前に進めた。」
はあ、とため息をついたヒマリの目の前でモニターの電源が落とされる。どうやら諦めたらしい。
「まあいいでしょう。とりあえず気分を切り替えるとしましょうか。エイミ、例のものを。」
「はいはい。これだよね。」
エイミは小さな箱を持ってきて、私の前に置いた。
「これは?」
「開けてみてください。私たちからの、ささやかなプレゼントですよ。」
言われた通り箱のふたを開く。中には黒光りする、つやつやとした拳銃が収められている。
「これは―――」
「あなたが今所持しているのは、確かワルキューレ制式拳銃でしたよね? ですが、いつまでも借り物では困る場面もあるでしょうから。」
「エンジニア部にお願いしたら、一日で仕上げてくれた。流石に塗装までは間に合わなかったんだけど、自分でカスタマイズ出来た方が嬉しいかなって。」
おもむろに手に取り、マガジンを抜く。驚くほどスムーズだ。スライドも申し分ない。照準器だけは気に入らないが、手に吸い付くようなグリップは私を一瞬で魅了した。
「素晴らしい出来だ……。今までお目にかかったことのないほどにな。」
「ふふっ、気に入っていただけたようで何よりです。これからはスタンドだけでなく、その銃があなたを守ってくれることでしょう。」
「これでリンゴも、私たち特異現象捜査部の仲間だね。ずっと二人きりだったから嬉しい。」
「エイミ? その言い方だと、私と二人が嫌だったみたいに聞こえますよ?」
わちゃわちゃと話し出した二人を目を細めながら見ていると、不意に私のスマホが鳴った。私の連絡先を知っているのはシロコと先生、それからアスナとここの特異現象捜査部しかいないはずだ。
「先生? どうしたんだ?」
『リンゴ、今大丈夫かな?』
「問題ない。用件は?」
先生は基本的にメッセージを送って来る。暇なときに確認してくれればいいから、という気遣いだ。逆にこうして電話してくるときは、よほど緊急の案件ということになる。
『ごめんね、今からトリニティに来られないかな?』
「トリニティ……とにかくそっちに行く。座標を送ってくれ。」
「ヒマリ、エイミ、すまない! 急ぎの用事が出来た!」
「うん、早く行ってあげて。私たちは気にしないから。」
「何かわかったら、すぐに連絡しますからね。」
二人の別れを背に受けながら、私は部室を飛び出した。とにかく早く、先生に会いに行かなくては。
「また電車に乗るのか……やれやれって感じだ。」
今度は敵に襲われませんようにと祈りつつ、私はトリニティ行きの電車に乗る。近づいて来る乗客をいちいち警戒しまくっていたから変な目で見られたが、ともあれトリニティにたどり着いた。
「ここがトリニティ総合学園……フン、やたらと綺麗な学校だ。」
あまりに完璧すぎるものは人から反感を買うというが、ここがまさにそれだ。憎たらしいほどに美しい。黒い感情が頭をもたげてきたが、頭を振って追い出した。今はとにかく、やるべきことをやるだけでいい。
「先生から送られてきた座標はこの近くのはずだが……あそこか。」
カフェのテラス席でカップを傾ける、見知った顔の大人を見つけて歩み寄る。どうやら先生も、私の方に気づいたらしい。はにかみながらこちらに手を振っているのが見える。
「先生。少なくとも今は、ヤバい状況じゃないと考えていいか?」
「あっ、そうか、そうだよね。ごめんねリンゴ、少なくとも今襲われてるとかそういうことではないよ。」
「そうか、それならいい。」
ひとまず不自然ではないように、私も席についてメニューを開く。特に食事に好みもないし、適当に紅茶とケーキでも……。
「なっ、こんなに高いのか?」
「やっぱり驚くよね……トリニティはほら、お嬢様校だから……。」
……やっぱりこの学校はいけ好かない。私のことを物の値打ちもわからない田舎者と馬鹿にしているのか? ただの紅茶とケーキでこんな値段になるわけがない。
「……チッ。紅茶だけにしておくか。」
こっそり財布の中身を確かめる。刑務作業でコツコツ貯めてきた金はまだ少し残りがあるが、ここを払ったら素寒貧だ。三食と住む所はシャーレに保証してもらっているからいいとして、さっき貰ったばかりの銃のカスタマイズは諦めよう。
「大丈夫だよ、ここは私が払っておくからね。」
「ありがたい申し出だが、そういうわけにはいかないだろう。あんたにこれ以上、借りをつくりたくはない。」
ただでさえ、私を娑婆に出してくれたのだ。これ以上世話になるわけにはいかない。だが先生は、いかにも余裕たっぷりという態度で笑顔を浮かべた。
「まあまあ、私が出したいから出すんだよ。ほら、どれでも好きなものを頼んでいいよ。」
「……すまない、ご馳走になる。」
「こういう時は感謝してくれた方が、奢る方としては嬉しいものだよ。」
「……そうか。ありがとう、先生。」
注文の品はあっという間に運ばれてきて、アールグレイとチョコケーキに舌鼓を打つ。正直なところ悔しいが、確かにこれは値段だけの味はあるかもしれない。
「それで、先生。用件は何だ?」
頷いた先生は、彼の前に置かれたコーヒーで唇を湿らせてから、おもむろに話し始めた。
「特異現象捜査部……ヒマリとエイミのところに行った時のこと、覚えてるかな?」
「……トリニティに『スタンド絡みが疑われる犯罪』が多いという奴か。」
大きく頷き、先生は続ける。
「実は昨日、私がトリニティに招かれていたのもその件についてなんだ。ナギサっていう、トリニティの生徒会長にね。」
「スタンドに関する依頼、ということか?」
「いや、表向きには別のことを依頼されたよ。トリニティの成績不振の子たちを集めた、『補習授業部』の顧問になってほしいとね。」
「実際には違う、と……。」
伏し目がちに頷き、先生は少しだけ声を落とした。
「今から言う事は、決して他言しないでほしいんだけど……。」
「大丈夫だ。差し支えなければ話してほしい。」
「……補習授業部に入れられた子たちはね、指定された試験で合格できなければ、退学処分になってしまうらしいんだ。」
「―――!」
思わず息を呑んだ。『退学』。キヴォトスにおいてその二文字は、ほとんど人生の終わりを意味すると言ってもいい。戸籍を証明するものが無くなるため、まともな職にはありつけない。口座も凍結されるため、自分の資産すら引き出せなくなる。学生生活を送る上での、様々な機能が制限されてしまうのだ。
故に退学処分になれば、まともな人生を送れなくなることは必至。ほとんどは犯罪に手を染め、そして矯正局へと送られる。私があの中で見てきた奴らも、もといた学校を退学、もしくは停学になった奴が多かった。
だからこそ、よほどのことがなければ退学処分になることはない。他の生徒に著しい悪影響を与えたり、学園のトップに弓を引いたりしない限りは……。
「そこまでする必要があるほど、危険な奴らということか?」
「ううん。私も会って来たけど、個性的なだけで皆いい子だったよ。」
この人にかかると、あの狐坂ワカモですらいい子判定になるからイマイチ信用ならないな。奴の前でスタンドを使った時、あの手この手で私を懐柔しようとしてきた。脱獄に便利だとでも思ったのだろうとわかっていながら、それでもなお堕ちかけたのだから恐ろしい。今ではその性格は鳴りをひそめていると噂されているが、わざわざ会いに行こうとは思わない。
「でもね、どうやらナギサは今、ひどく疑心暗鬼になっているみたいなんだ。立て続けにティーパーティー……トリニティの生徒会だね。それを狙ったかのような事件が起こって、次に狙われるのは自分だと怖がっているんだ。」
「それがスタンド使い絡みかもしれない、ということか……。」
「その通り。話を聞く限り、ナギサみたいな学校のトップはスタンドの存在を認識しているみたいなんだ。だから自分たちの学校にもスタンド使いがいるんじゃないかと調査を行っている。」
「ヒマリたちのようにだな。」
「うん。でもナギサは、そのスタンド使い疑惑のある子たちを恐れ、場合によっては退学させることも考えている。怖がる気持ちはわかるけど、流石にそれは許容できない。それにナギサ自身も、周りに怯えて学校生活を楽しめないなんてあんまりだ。」
スタンド使いでない者にとって、スタンドの存在は恐怖でしかない。それは私にもよく理解できる。だからナギサの気持ちはわからなくもないが、だからといって退学はやりすぎだろう。
「だから、リンゴ。私と一緒に、トリニティに協力してくれないかな?」
「具体的には?」
それまですらすらと話し続けていた先生が、もう一度コーヒーのカップに口をつける。中身はとうに冷え切ってしまったのか、ほんのわずかな湯気もたてなかった。
「―――トリニティに……『補習授業部』に、入部してほしいんだ。」