「……クリア。敵はもちろん、カメラや盗聴器の類もなさそうだな。」
銀行強盗を制圧した後、先生の案内で私はシャーレの居住区にやってきた。マンションの空いている一室を私に貸してくれるとのことだったので、ありがたくそうさせてもらう。念のために室内のチェックを済ませ、ようやく落ち着いてベッドに座る。
「……。」
柔らかい。矯正局のベッドに初めて寝た時も感動したが、ここのベッドはそれ以上だ。姿勢を変え、ベッドの上に横になる。瞳を閉じ、先生に奢ってもらったラーメンの味とその幸せを思い出そうとする。
だが悲しいかな、浮かぶのは例の忌々しい『矢』のことばかりだ。
「……あの日から、私の『夢』は変わっていない。その邪魔をする『矢』は、必ず叩き潰す。」
まずは最初の手がかり、『矢』に刺されてなお、意識を保っているという生徒……砂狼シロコ。銀行強盗が趣味とかいうクレイジーな奴だ。明日、そいつが通っているという学校と、そいつ本人に会いに行くことになっている。
「もう寝るか。明日は多分、修羅場になる。」
電灯のスイッチを切り、眠りにつく。空っぽのガンラックが、やけに寂しげに見えた。
―――――――――――――――――――――
「ここか……。砂漠とばかり思っていたが、本当に学校があるとはな。」
「お疲れさま、リンゴ。ごめんね、わざわざ運転させちゃって……。」
アビドス高等学校―――例の砂狼シロコが通っている学校の校門前で、私は額の汗を拭った。シャーレの装甲車は先生が運転できないとかで、私が運転を担当した。連邦生徒会も、運転手や護衛くらいつけておくべきだと思うんだが。
「それじゃあ行こうか。もう生徒の皆には、話を通してあるから。」
「ああ。私はどういう風に説明されているんだ?」
「今回の事件の専門家、ってところかな。」
「……やれやれ。」
随分と御大層な称号をもらってしまったものだ。だが今はとにかく、『矢』の情報を得ることが先決だ。ついでに砂狼シロコの問題も解決出来れば、さらに先生からの信頼を得ることが出来るかもしれない。
「ここだよ、リンゴ。」
廃校対策委員会、と書かれた部屋の前で立ち止まる。車中で先生に話を聞いたところ、ここには全部で5人しか生徒がいないらしい。砂狼シロコと負傷して入院した生徒を含めて5人だから、全員いて3人のはずだ。
覚悟を決めて扉を開くと、部屋の中から安堵の声が上がる。
「ッ、先生! それと……」
「君が、例の『矢』の専門家?」
「……ああ。」
驚いた。咄嗟にあるはずもない銃を探して、腰のあたりに手が行きかけた。今私に声をかけてきた、あのピンク髪の少女。銃すら握っていないのに、なんて威圧感だ。
「ホシノ先輩……気持ちはわかりますけど、焦ってばかりじゃダメです。専門家さんもごめんなさい。すぐにお茶を用意しますね!」
「いや、大丈夫だ。それよりも、『矢』について教えてほしい。知っていることは、どんな小さなことでも構わない。」
ひとまず座って話をしようか―――という先生の言葉に従い、私は席についた。
「まずは、自己紹介をさせてください。私はアビドス高校2年の、十六夜ノノミと言います。こっちは後輩で、1年生の黒見セリカちゃん。」
「よ、よろしく……。」
ベージュで髪が長いのがノノミ、猫の耳がついているのがセリカだな。お茶を淹れるために動いたり、こうして自然と話を始めたり、ノノミは協調性というか、チームの和を保とうとする気持ちが強いのだろう。
「そしてこちらが……」
「……アビドス3年、小鳥遊ホシノだよ。君の名前は?」
「ホシノ先輩……。」
「気に止まなくていい。私も気にしないからな。私は黒沢リンゴだ。先生の依頼で、『矢』を追っている。詳しい話を聞きたい。 ……ああ、それから、シロコという生徒についてもな。」
「ッ、シロコちゃん……。」
「……シロコちゃんのことを聞いて、どうするつもり?」
「
「……!」
ホシノの雰囲気が、ほんの少しだけ和らいだ。やはり『矢』と『砂狼シロコ』……この二つはホシノにとって、重要な存在のようだ。
「そのためにも、『矢』と『後輩が怪我をした日』……何があったか、話してほしい。」
「……わかった。あの日のこと、包み隠さず話そうか。」
3人を代表するかのように、ホシノは遠い目をして語り始めた。
「あの日は……そう、いつも通り襲撃を退けている日だったかな。」
――――――――――――――――――
「シロコちゃーん、そっちカバーおねがーい。」
「ん、了解。」
私たちの学校はさ、生徒が少ない割に校舎は大きいでしょ? だから、近くの不良にしょっちゅう狙われてるんだよね。その不良のバックには企業がいて……まあ、これは先生のおかげで解決したから、今はおいとこっか。
とにかく、その日も襲撃があったんだ。規模はそんなに大きなものじゃなかったから、いつも通りかかればはっきり言って楽勝のはずだったんだよね。
……でも、今思えばさ。その油断が良くなかったのかな。
「『シロコ先輩!?』」
「ッ、何が―――」
オペレーターをしてくれてたアヤネちゃん―――ここにはいないけど、私の後輩ね。その悲鳴が聞こえて、シロコちゃんの方を見た。
……シロコちゃんの、左の肩のあたりにね。例の『矢』が突き刺さってたんだ。
「シロコちゃん!? 大丈夫!?」
「う、うぅ……あ、熱い……!」
「アヤネちゃん!! すぐに回収を!」
「『わ、わかりました! すぐ向かいます!』」
シロコちゃんが急に倒れて、それで不良たちが勢いづいちゃってさ。その日はノノミちゃんとセリカちゃんはいなかったから、私だけで不良を押さえなきゃいけなかった。
「シロコちゃん、少し休んでて。私が何とかするから。」
「だ、ダメ……ホシノ先輩、私も……。」
「シロコ先輩、下がりましょう!」
アヤネちゃんがシロコちゃんを連れて下がった後、私は不良たちと戦った。気づいてるかもしれないけど、これでも結構強いからさ。ほとんどは倒したけど、撃ち漏らした奴が後ろに回って、アヤネちゃんとシロコちゃんを狙った。
「ッ、アヤネちゃん! 危ないッ!!」
……信じられないかもしれないけど、断言できる。あの時、あそこには3人は敵がいたはずだった。それにシロコちゃんも、アヤネちゃんも……爆発物は、何も持ってないはずだった。
私の目の前で……文字通り、一帯が吹き飛んだ。その音と衝撃に、残りの不良たちは怯えて逃げて行ったから、私はすぐに二人のもとに駆け付けたんだ。そこで見たのは完全に伸びてる敵と大きくえぐれた地面、ボロボロになって倒れてるアヤネちゃん。
……それから、信じられないって顔をしながら、震える手で銃を握り締めてたシロコちゃん。それだけだった。
――――――――――――――――――――
「それで、アヤネちゃんを病院に連れて行った。幸い怪我自体は大したことなかったから、もう2、3日入院すれば普通に出てこられるって聞いてる。受け答えもしっかりしてるしね。」
「……でも、シロコちゃんは違うんです。本当に優しい子なので……アヤネちゃんを自分が傷つけてしまったことを、本当に後悔してて。しかも
「顔すら見せてくれないんだ。自分に起こったことに、本当に混乱してるんだと思う。」
ホシノが話を終え、私の方を見据える。その視線に応える前に、いくつか質問をさせてもらおう。
「いくつか聞きたいことがある。まずは『矢』だ。今はどこにある?」
「……これも、信じられないかもしれないけど。私がアヤネちゃんの容態を確認していた、ほんの数秒の間に、跡形もなく消えた。シロコちゃんの矢が刺さったはずの部分も、いつの間にか傷一つなくなってたよ。」
「確かだな?」
「私も矢を撃った犯人捜しで、手掛かりになるはずと何度も探した。でも、矢はどこにも見当たらなかった。それこそ、アビドスの人間しか知らないような場所さえもね。」
……単純に敵を攻撃したいだけなら銃でいい。まして、話を聞く限りでは矢は遠くから射たもののようだ。一見高級な美術品にしか見えない矢を、キヴォトスで一般的ではない弓のようなものを調達してまで使おうとは思わないだろう。間違いなく、敵は『矢』の真価を知っている。
(そして、突然消えたという証言……間違いなく何者かの『能力』だ。射た本人のものか、それとも協力者がいるのか……。)
どの道、『矢』を追うのは簡単なことではないようだ。
「次の質問だ。シロコが敵を攻撃したと言ったが、どんな手段を使った? 敵はどんな傷を負ったんだ?」
「爆発が至近距離で起こったことによる、脳震盪のような症状だと聞いています。ですが、シロコちゃんは爆発物なんて持ってなかったと言っていまして……。」
悲し気に目を伏せながら、今度はノノミが答える。
「わかった。最後の質問だ。あの『矢』が、この学校に保管されていたというのは本当か?」
「……まあね。自慢じゃないけど、昔はこの学校もお金持ちだったんだ。」
ホシノは再び遠い目になる。過去の思い出に浸っているのだろう。
「実用性があるのかないのかわからないくせに、値段だけはやけに高いものとかいっぱいあったらしいんだよね。まあ、私が入学したころには、とっくに今の貧乏な学校だったんだけどさ。」
「でも資金繰りが厳しくなって、それらを売却するようになった。その時、思い出だけは残そうとしたのか、こんな風に写真を撮ってアルバムにしてあるんだ。」
言いながら、ホシノは一冊の冊子を机の上に置いた。許可を得てめくっていくと、1枚のページに目が留まる。
「これは……!」
「それがシロコちゃんを刺して、どこかに消えた『矢』だよ。先生に見せてもらったって写真も、同じものだったんじゃない?」
「ああ……。」
アルバムに挟まれていたのは、間違いなく私が追っている『矢』だった。このアビドスに『矢』があったのは間違いないようだ。
「これがいつ頃までアビドスに保管されていたのかはわかるか?」
「……今のところ、わかんないかなあ。写真以外に何か見つかったら、その時は改めて教えてあげる。」
「わかった。情報提供に感謝する。」
必要な情報は大体引き出せた。後は砂狼シロコに直接聞いてみるのがいいだろう。
「先生。次はシロコに会いたい。案内を―――」
「おっと、その前にこっちの質問にも答えてほしいかな。」
立ち上がろうとする私の機先を、ホシノが制した。剣吞な雰囲気からして、答えるまで私をこの部屋を出す気はなさそうだ。
「答えてほしい質問は君と同じ3つだよ。①あの『矢』の正体。②シロコちゃんに何が起こったのか。③君は何者なのか。」
「ホシノ、いきなりそんな聞き方は……」
先生が宥めるが、私を見据えるホシノの視線にブレはない。……答えられる範囲で答えるしかないな。
「構わない。私が知っている限りのことを話そう。先生も聞いていてくれ。」
先生は少し驚いたような表情をみせたが、すぐに椅子に座りなおした。全員の緊張した面持ちを見回し、私はゆっくりと話し始めた。
「最初に一つ、見せたいものがある。ホシノの質問、3つ全てに関係していることだ。」
言いながら、周りの視線が私に集中していることを確かめた。今なら少し能力を使っただけでも、答えの代わりになるだろう。
「私には特殊な『才能』がある。これは、その一端だ。」
その場にいた全員が、驚きの声を上げずにはいられなかった。机の上に広げられていたアルバムがひとりでに動き出したからだ。アルバムはまるで誰かに持ち上げられたかのように宙に浮き、ページを適当にパラパラと捲ってから、私が少し上げた右手の中に納まった。
「な、何、今の……!?」
「アルバムが勝手に……! ま、まるで、超能力みたいに……。」
「超能力という認識で大丈夫だ。もっとも、これは能力のほんの一端でしかない。私たちはこいつを『
目を大きく見開き、未だ状況が飲み込めていない様子の3人を尻目に、私は話を続けた。
「さっきの3つの質問に答えよう。まずは『矢』だ。あの矢に貫かれた者には、2つの道がある。」
「一つはさっき見せた、スタンド能力を身につける道。そしてもう一つは―――」
頭にちらつく、幾人もの顔を無理矢理追い出す。私はもう、あの場所とは無関係だ。
「―――生気を失い、植物状態になる道だ。」
「そんな……。」
「……そんなものに、シロコちゃんを……。」
静かに怒りに震えるホシノ。とにかく今は、話を先に進めよう。
「砂狼シロコに何が起きたのか……話が出来る状態ならば、スタンド能力が発現したとしか考えられない。だがおそらく、本人がそれを自覚していない。」
「スタンドとは『精神のエネルギー』だ。本来なら、本体であるスタンド使いの自由に動かせるはずだが……あの時は、後輩を守るために敵を倒さなくてはと、そう強く想ったのだろう。結果としてスタンドは暴走し、守るべきはずの後輩までも傷つけた。」
「シロコ先輩……。」
悲痛な面持ちのセリカを一瞥し、私は最後の質問に答える。
「そして、私が何者なのか……これに関して、あまり多くの事は明かせない。だがたった一つだけ、約束出来ることがある。」
「私は……はっきり言って、あの『矢』を憎んでいるッ!見つけ出して、粉々に破壊しなければならないと思っているッ!」
「だから、私は砂狼シロコを助ける。 そいつが犯人の姿を見ているかもしれないし、役に立つスタンド能力を持っているかもしれないからな。」
3人の顔を、改めて見る。私の説明した内容をすぐには受け止めきれていないのか、顔に浮かぶ色は困惑が強い。まあ、私には関係のないことだ。椅子から立ち上がり、3人に背を向けた。
「行こう、先生。砂狼シロコの家まで案内してくれ。」
「……わかった、行こうか。」
「待って、先生。私も行く。」
声に振り返る。いつの間にかガンラックからショットガンを取り上げたホシノが、盾を手に取りながら告げていた。
「やめておけ。スタンドはスタンド使いにしか見えないし、スタンドでしか攻撃できない。お前が来たところで役には―――」
「役に立つとか立たないとかじゃないんだよ、リンゴちゃん。私は先輩だから、後輩を守ってあげなくちゃいけないんだ。」
「……。」
先輩だから、後輩を守る。さも当たり前のようにホシノは告げたが、私にはひどく眩しく見えた。
「待ってください、ホシノ先輩!」
「それなら、私たちだって!」
ノノミとセリカもガンラックに駆け寄ろうとしたが、それを私は手で制した。
「ホシノだけならいい。こいつなら最低限、自分の身は守れるからな。だがお前たち二人まで、守って戦う余裕はない。」
「戦うって……あ、アンタ、一体何するつもり!?」
「私は交渉ならともかく、説得の方法なんて知らないからな。奴の暴走するスタンドを抑え込むためには、一度力で叩きのめし、屈服させるしかない。」
「そ、そんなこと、アタシたちが許すわけ―――!」
「セリカちゃん。言い方は悪いけど、私も同意見だよ。」
「ホシノ先輩!?」
セリカは信じられないという顔でホシノを見た。
「あの日……アヤネちゃんを怪我させたシロコちゃんの力は尋常じゃなかった。シロコちゃんが、やろうと思って後輩を傷つけるわけないし、力が暴走してるっていうのも筋が通ってると思う。」
「でもそうだとしたら、あの力に勝たなきゃいけないんだ。そんな危ない場所に、かわいい後輩を連れて行けないよ。」
「ホシノ先輩……また、繰り返すつもりですか? また一人で、何でも背負うつもりなんですか?」
「うへ、ノノミちゃんは相変わらず痛い所つくなあ……。」
「あ、あはは……。」
苦笑いするホシノと先生。何か、私の知らない出来事があったのだろう。
「でも大丈夫、今度は一人じゃないから。リンゴちゃんがいるし、何より先生も一緒だから。」
「うん、二人のことはちゃんと見ておくよ。」
しばらく考え込んだノノミは、ぎこちないながらも笑顔になった。
「……わかりました。でも、約束してください。シロコちゃんも一緒に、4人全員無事で帰ってきてください。」
「うん、約束する。」
「任せて、ノノミ。」
ようやく話がまとまったらしい。私はさっさと踵を返し、車に向かって歩みを進めた。
(初めてのスタンド戦……初めての、敵のスタンド使い……。)
震える唇と指先を、誰にも見られないように。