SUPER NOVA〜蛍は翠の光を灯す〜   作:akivas

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ホタルと出久とサム、掛け合わせたらどうなるのかな………という発想から。


夢でもし会えたら

 

空は夜明け前。群青と橙が混ざったような空の下で、太陽が地平線から顔を出そうとしている。

 

大小様々なビルが建立する摩天楼の中、一際背の高いビルの屋上で、ベンチに座る“少女”はたった一人で景色を眺めている。

 

そう、たった一人。

 

それは比喩としてではなく、事実として。ビルの屋上にも、他の建物にも、階下の街中にも人の気配も影も無い。

 

こんな非現実的な現象も、この空間が“夢”であるという言葉で説明がついてしまう。

 

そう、ここは夢の世界。“とある少年”の夢の世界。

 

 

 

「あれ?え?あれ?」

 

 

静寂が広がる世界に、声が響いた。少女はベンチに座ったまま振り返る。声の主は冴えない地味目の少年。もじゃもじゃ頭にそばかすが初々しい、学ラン姿の少年だった。

 

この少年こそ、この夢の世界の主。

 

 

「あ…。」

 

 

少年の声が消え入り、視線が少女と交差する。穏やかな印象の美少女を見た少年の顔は、面白い程に真っ赤になり、視線は高速で泳ぎ始めた。

 

少女がこの光景を見るのは、これで998回目。

 

少年は夢から覚める度に、少女との記憶を失う。人が目覚めると夢の内容をゆっくり忘れるように。少年は少女の存在を忘れる。

 

 

「こんにちは。私は“ホタル”。」

 

「こ、ここここ、こんにちは!ぼ、僕は!み、“緑谷出久”です!」

 

 

『女子と喋っちゃった!』と頭から蒸気を吹き出す勢いで狼狽える出久の様子も、ホタルにとっては見慣れたもの。

 

 

「はじめまして。イズク君。よかったら。こっちに来て、少しお話しない?」

 

 

998回目の『はじめまして』。

 

それが少し寂しくて、ホタルは感情を隠すように微笑を浮かべた。

 

 

 

出久はそもそもお話が得意ではない。万人受けする話題のタネがあるわけではなく、持ち合わせているのは大好きな“ヒーロー”のオタク的な豆知識と、決して面白くない学校生活の話ばかり。

 

 

「へぇ。イズク君は、その…有名な学校のヒーローコース?を志望しているんだ。凄いね。」

 

「ゆ、雄英高校ね。し、志望しているだけで、その…倍率は凄いし……。それに、僕、“無個性”だし。」

 

 

ベンチに座って肩を並べて会話する二人。褒めるホタルの言葉に、照れくささよりも申し訳なさが勝ったような声色で、出久は拳を膝の上で握っている。

 

 

ホタルは、過去に出久と交わした話を覚えている。

 

 

出久には特別な力“個性”が無い事。

 

 

夢の外の“彼の現実”の世界で、それは決定的な社会的マイノリティの証拠という事。

 

 

それが原因で、学校では見下されて肩身の狭い思いをしている事。

 

 

そして、この少年が本当に純粋で、何よりも“ヒーロー”に憧れている事を。

 

「………受かりたくないの?」

 

 

ホタルの問いに、出久は暫く沈黙し後、俯いたまま何度も大きく頭を左右に振った。

 

 

「そんな訳ない!…受かりたいよ。…受かって、なりたいんだ。」

 

「“最高のヒーロー”に。でしょ?」

 

 

涙を堪えて言葉を漏らす出久。その震える拳に、ホタルの掌が重なる。彼女の手の甲に、熱い涙が落ちた。

 

 

「うん。ねぇ…ホタルさん。なれるかな。その…無個性でも…ヒーローに。」

 

「なれるよ。イズク君なら。」

 

「はは。即答…。ホタルさんだけだよ。そう言ってくれるの。ありが……、あれ?」

 

出久の視界が霞み始めた。涙でぼやける、等というものでは無くて、文字通り焦点が定まらないのだ。自分の拳に触れるホタルの掌の感触も薄れていく。

 

陽が高く登り始めた。それは夢が終わりを告げる合図。出久は目を覚まし、現実の世界へと戻る。

 

 

「ホタルさん!」

 

 

出久が搾りだした声は、ホタルに聞こえていただろうか。ぼやける視界の向こうでホタルが微笑んだように見えた。

 

「さよなら、出久君。」

 

 

そして出久の姿は、彼の夢の世界から跡形も無く消えさった。

 

一人残されたホタルは、昇り切った太陽を眩しそうに見つめて立ち上がる。

 

 

 

 

『ロストエントロピー症候群。』

 

 

ホタルが生まれながらに持つ稀有な病。

 

雪が地面に溶けるように、“存在”がゆっくりと、誰にも気づかれずに消失していく。

 

世界から、宇宙から、その存在を徐々に溶かしたホタルが再び目を覚ましたのは、緑谷出久という少年の夢の中だった。

 

知らない世界の、知らない少年の、それも夢の中でしか存在できない寄生虫のような存在。それが今のホタル。

 

出久が目を覚ませば、この世界自体が消失し、ホタルの存在も消失する。

 

そして、また目覚める。

 

それを繰り返す事998回。回を経るごとに、夢の世界での存在時間も短くなってきている。

 

あと数回もすれば、ホタルは出久の夢の世界からも、その存在を完全に消失させるのだろう。

 

 

高く登り切った太陽の光が強くなり、夢の世界を真っ白に染めていく。

 

 

「いつか……現実の世界で会えることを祈ってる。」

 

 

ホタルは瞳を閉じ、998回目の消失を経験した。

 

 

 

 

 

『厄日』

 

そう片づけるにはタフ過ぎた一日だったと、出久は思い返す。

 

学校のHRでは、改めて担任に雄英志望をバラされてクラス全員に嘲笑された。

 

それに機嫌を悪くした“幼馴染”に、“未来のためのヒーローノート”を爆破された。

 

幼い頃から憧れていた“完全無敵のヒーロー”に偶然出会い、サインも貰えた。(これに関しては嬉しかった。)

 

その存在から、間接的にとは言え、自分はヒーローになれないと諭された。

 

そして今、自分は瓦礫を背にするようにして倒れている。ひどい火傷なのか、生肉が焼け焦げた不快な匂いが鼻にこびりついている。

 

打ち所が悪かったのか、頭から熱い血が流れている感覚もあった。

 

 

少し遡る。

 

 

肩を落として帰路についていたところ、街中でヴィランが暴れている現場に鉢合わせてしまった。ヘドロのような流体のヴィランは、“誰か”を依り代にして、プロヒーローも寄せ付けない程に熾烈に暴れていたのだが……。

 

野次馬の隙間から視線を覗かせた出久が見たのは、ヘドロに纏わりつかれて苦悶の表情を浮かべる依り代、“爆豪 勝己”の姿だったのだ。

 

考えるより先に身体が動く。そのヒーローめいた行動が、出久の仇となった。

 

爆豪の個性は“爆破”。身体を乗っ取られた爆豪は、その個性を出久に向けて大出力で放出したのだった。出久の小さな身体は吹き飛ばされ、爆煙と砂埃で霞む瓦礫の向こうへ。

 

 

「あ……、が…。」

 

 

喋ろうにも上手く喋れない。喉が焼けてしまったのか、うめき声を発するだけで、痛みで悶えそうになる。

 

意識も朦朧としてくる。霞んでいく視界の中で、色んな思い出が走馬灯となって消えていく。

 

その中で、一人の少女の笑顔が浮かんだ。

 

見覚えのある笑顔。何百回と交わした会話。

 

はじめまして、と、さようなら。

 

 

どうして自分は忘れていたのだろうか。

 

 

「ホ………タ…ル。」

 

発した声を紡ぎ終わると同時に、出久は意識を手放した。

 

 

 

 

 

「ここ…は。」

 

ホタルの999回目の目覚めは異様なものだった。

 

いつもの穏やかな空と、静寂広がる摩天楼とは一変した世界。

 

視界いっぱいに広がる空は灰色と黒。大地は焼け焦げた灰と瓦礫、そして“死体”と“死骸”に満ちている。

 

 

「あぁ…ああぁ!」

 

 

ホタルの脳裏に記憶が蘇ってくる。

 

母性を覆う破壊の化身。次々と倒れる仲間と、焼け焦げていく大地と空。

 

 

『戦いこそグラモス鉄騎の誉也。』

 

 

戦うために生まれた存在。それが彼女。

 

一糸纏わぬ姿で立つホタルは、膝から崩れ落ちて絶望に灰色の涙を流す。

 

出久の夢の世界から落とされた先は、“自分の現実”。何もない“現実”だった。

 

 

「うぅ……うっ。」

 

 

慟哭の涙は止まらない。膝の上で握りに締めた拳に暖かい涙が落ちた。

 

 

 

「ホタルさん。」

 

 

彼女の拳に、そっと小さな掌が触れる。聞こえる筈の無い声に、ホタルは顔を上げる。

 

顔の半分以上が焼けただれ、重症と言って差し支えない出久が、穏やかな笑みを浮かべて膝をついていた。

 

 

「イズク君、どうして…。ひどい怪我っ。」

 

「君だけだった。」

 

 

え?と問い返すホタルの拳を、出久は優しく解く。

 

「君だけが“言って”くれたんだ。ヒーローになれるって。…………ごめんね。大事な事、忘れちゃってた。」

 

「イズク君……。」

 

「もう大丈夫…。“僕が来たよ”。」

 

死に満ちた大地に、命の息吹を宿した翠の光が灯った。闇に満ちた天へ向かって伸びる生命の木と歯は、少年と少女を優しく包む。

 

「「焦土を夢に見た。」」

 

二人の声が重なる。

 

 

「「新たに生まれた蕾は、朝日と共に綻び囁く。」」

 

手をつないだ二人の姿が、翠の光と、猛々しい炎に包まれる。

 

光と炎がその輝きを終えた時、純白の“熔火の騎士”が大地に降り立った。

 

 

「…私は…“自分のために”戦う。」

 

 

そして、その背から光の翼を顕現させ、淀んだ空を切り裂くように飛翔する。

 

少女の現実を飛び出した騎士は、少年の現実へ。

 

 

 

 

『現実の世界で会えることを祈ってる。』

 

『ヒーローになりたい。』

 

夢で出会った少年少女は、夢を飛び出して現実を二人で生きていく。

 

全ては、自分達のために。

 




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