本編後の二週目というか巻き戻ったというかそんな感じの世界線の話です。
私はエスカバのことがよく分からなかった。勇者と魔王という複雑な関係性、堅物と評される自分の性格、それらが歪に絡み合って、上手く話が出来なかったように思う。
エスカバの左手に浮かんだ魔王としての紋章。それがきっかけとなり反共生派の活動は活発化し、ついにエスカバの拉致を試みるに至った。幸いその場にいた私と兵士たちで鎮圧、事なきを得たが、そのことが原因でエスカバは外出の許可が降りにくくなった。拉致未遂から数年経った今、姫様は変わらず人と魔人との共生を目指し尽力されているが、その道がまだ半ばで険しいものであることは私にも分かっていた。
エスカバとはまだうまく話が出来ない。お互いにお互いを避け続けてきた結果だった。姫様は話すべき時が来ればその時に話せば良いと仰っていたが、それにも限度があるのではないだろうか。そもそも話すべき時というのは、いつなのだろうか。
何も解らない。解らないから、話せない。堂々巡りだった。日々を過ごしていく中で、その思考が頭の中で膨らんでいた。最近、一人になった時に考えることはこのことだった。
ある日、いつものように姫様に付き日々の仕事をこなす中、何かが顔を横切った。何者かと思い、すぐさま振り返ろうとしたその時、頭の中で映像が流れる。
知らない青年が立っていた。何かを叫んでいた。ボロボロで、目に涙を貯めながら、私に殴りかかってきていた。誰だか知らないはずなのに、ひどく懐かしい気がした。
「ラルフレッド」
姫様の声が聞こえる。はっとする。振り返った先には、何もいなかった。
「どうかしましたか?」
心配そうな姫様の顔が私を覗き込んでいる。
「……いえ、何も」
幻覚を見た、とは言わなかった。言ったところでどうなるとも思わなかったし、あれが幻であるとはどうしても思えなかった。ただ、何か大切なことを思い出したような、そんな気がした。
「姫様」
ほとんど無意識のうちに声を発する。
「エスカバと話がしたいのですが、よいですか」
姫様が目を丸くしている。
「びっくりした。いきなりどうしたの」
「話すべき時が来たのだと、ふとそう思いました」
根拠も何も無いただの直感。うまく話せるのかも、何を話すべきなのかも分からない。ただ、今はこの直感に従うべきだと、そう思った。
「私にわざわざ許可を取らなくてもいいのよ。話したいのなら、話してきなさい」
「はい」
短くそう返して、エスカバの自室へと向かう。気が逸っているのか、いつもより少し足早になっている気がした。
「エスカバ、少しいいか」
エスカバの自室に入り開口一番、そう告げた。
「うわッ、なんだよいきなり」
エスカバはかなり驚いた様子だ。退屈していたのだろう。ベッドに仰向けになってただ天井を眺めているようだったが、私が部屋に入った瞬間飛び起きていた。
「なんか用かよ。急ぎか?」
眉をひそめながらエスカバが返す。これまで、私とエスカバは大抵業務連絡のような硬い話題でしか会話をしてこなかった。
「いや、特に急ぎの何かがある訳ではなく、ただ話がしたいのだ」
「話?ンな間柄でもないだろ俺たちは」
その通りだ。話をしてこなかったから、そういう間柄にはなれなかった。時間は掃いて捨てるほどにあったにもかかわらず、話をしてこなかった。知ろうとしなかった。
「エスカバ」
正面から向き合う。
「情けない話だが、私はお前のことが何一つ解らない。解らないから、話せなかった」
これまではそう思っていた。ただ、そうではなかったのだ。
「話をしよう。エスカバ」
「今まであまりにも話してこなかった。避けてきた。お互いに」
「この数年の溝がすぐに埋まるとは思わない。勇者と魔王という立場で話すことが難しいというのも、理解しているつもりだ」
「それでも、私はお前と話がしたい。お前のことを解りたい」
鬱陶しそうにエスカバは返す。
「話したところで何も変わんねェよ。お前に俺の何が解るってんだ」
「解らないから、話がしたいのだ」
口から出た言葉。間違いなく私が発した私自身の言葉であるはずなのに、誰かから借りてきたような気もする。ただ、今この場でこの言葉を使ったのは。話をしようと思ったのは。この感情は。
「そうすべきだと、思ったのだ」
誰かから借りてきたものではなく、私自身が決めた、私のものなのだ。
エスカバはなにも言わないまま俯き、しばらく黙っていた。私はそれを何も言わずにただ見つめていた。そうして数分が経った後、顔を上げた。
「けっ。堅物が」
「仕方ねェから付き合ってやるよ」
エスカバが頭を掻きながらそう言った。自分の口角が少し上がるのを感じながら感謝の言葉を告げる。
「ありがとう」
「うわッ、笑うなよいきなり気持ち悪ィな」
話をしよう。これまでの時間を埋め合わせるために。これからの時間を共に過ごすために。今更であったとしても、解り合うための努力をしよう。
窓から光が差す。外で蝶が羽ばたいた気がした。