「ねえシド、ここいくら何でもやばくない? 何やってんの?」
「それは僕が言いたいよ。僕抜きでこんなことやっちゃってさあ。」
「ハブられたんだね。」
「僕だけ男だから仕方ない。」
「だといいね。」
「みんな友達だからそんなことないさ。男抜きで色々進めたいこともあるんだよ。まあ、ツクラには分からないと思うけど。」
「それは暗に私が女っぽくないって言ってるのかな?」
「まさかそんなわけないじゃないか。」
「そうだよね。」
「「アッハッハッハ。」」
シドとそんなくだらない会話をしながらイプシロンに案内された部屋で待機する。この応接室に来る道中、この建物の内装とかを見てみたけど壁に使われている材料も一級品。高級感漂うデザインの装飾が所狭し並んでいた。このエリアがVIP用だとしても、私からしたら自分があまりに場違いすぎて慄くことしかできなかった。
「それにしてもイプシロン遅いね。すぐに呼んでくるって言ってたけどどうしたんだろうね。」
「アルファたちも忙しいから色々と用事を片付けてからくるんじゃない? イータは暇そうだけど客の相手をしに来るかと言われたら微妙だし。」
シャドウの次に偉い人を呼んでくるって言ってイプシロンは何処かへ行ってしまった。主と客人が二人きりになるのを見過ごすのはどうなんだろうと思ったりするけど、信頼されたってことにしておこう。
その後も誰かが来るのをシドと喋りながら待っているとゆっくりとドアが開かれた。
「……マスター……マスターに……傷を負わせた人が来てるって……本当……?」
「イータ久しぶり。そしてその話は本当だよ。」
凄く不健康そうな少女が現れた。気怠げな様子でノロノロと部屋に入ってくる。シドの口ぶりからこの少女はイータという名前らしい。
シドが肯定したことによりイータの視線がこちらに向けられる。どこか観察されるような視線だ。
「……強そうには、見えない……けど、マスターが……言うなら、きっと本当……。名前は……?」
「私の名前はツクラ。一応シドの友人だね。」
「……研究に、興味あったり……する?」
「私が学んでいるのはアーティファクトと歴史関連だからその辺りならって感じだね。」
「………! なら……私の研究……手伝って、みない?」
この子はシャドウガーデンの中では研究部門の担当なのかな? ならまあ、その不健康そうな体なのも不思議じゃない。研究者って部屋にこもって研究が終わるまで出てこないなんてことザラにあるし。
それにしても、研究、研究か。正直な話かなり興味がある。この建物を見て分かったけどこの組織が所持している技術は周囲と一線を画している。それに携われるというのなら願ったり叶ったりだ。だけど大きな問題がある。
「私は是非お願いしたいところだけど、周りが許してくれないだろうね。」
「……何で? ガーデンの利益にも……繋がるのに……。」
何でって、それはねぇ?
「いくら協力者といっても内部情報を渡すような真似許すはずがないじゃない!」
「……げ……イプシロン……!」
「あ、てことはアルファももう来るの?」
「いえ、アルファ様が来るにはもう暫くかかるそうです。」
ということはもう暫くここで待機ってことだ。まあ、話し相手はいるし退屈することはなさそうだから別にいいんだけどね。
「それよりイータ! 部屋で大人しくしてなさいって言ったじゃない!」
「……マスターに、傷をつけたと聞いて……居ても、立っても居られず、つい……。」
「はあ、これはあなたにツクラのことを伝えた私のミスね。あなたの性格的にじっとしていられるわけがないもの。」
「……イプシロンは、私のこと……よく分かってる。まさしく……その通り……。でも……お陰で……良い助手を見つけられた……! ……結果、オーライ……!」
「ダメって言ってるでしょうが!?」
そこからイプシロンによりイータへの説教が始まった。シドに聞いてみるとあの二人は大体あんな感じだそうだ。イプシロンがお姉さんのように末っ子気質のイータの世話を焼く。説教をすることはあるけどイプシロンは甘いから大体イータが得してるんだとか。
そして一通り説教が済んだのかイプシロンが佇まいを正す。解放されたイータの方はというとグデーンとソファーの上で寝っ転がっている。イプシロンはその様子を一瞥してから口を開いた。
「アルファ様は今どうしても手が離せないようなのでご自身は後で挨拶に向かうとのことです。ですから、他の空いている七陰が揃い次第先に始めていてほしい、と。」
「じゃあみんなが来るまで待機ってことだ。ところで、イプシロンとイータの他には誰が来るの?」
「ベータとガンマ、それとデルタが来る予定です。」
「……それ大丈夫なの? デルタは連れてこない方が良いんじゃない?」
「あはは、私もそうするべきだと言ったのですが、デルタが主様に会うと言って聞かなくて。」
「……あぁ。」
何やらシドとイプシロンが疲れたような顔で話しているが、私はその二人をスルーしてイータの方へと近寄った。
「……む、その表情……助手になる良い案が、浮かんだ?」
「助手じゃなくて共同研究のつもりだったんだけど、肩書はどうでも良いから置いておくね。そしてお察しの通りだね。」
「…………つまり……!」
「そういうこと。ちょっとお耳を拝借。」
向こうで話しているシドとイプシロンの二人には聞こえないように音を遮りながらボソボソと私の作戦を伝えていく。成功する確率は半々ってところだけどそれでも十分だ。
「……確かに……それなら、いけそう……!」
「だよね。これは特に作戦を修正する必要はないからそれまでは研究談義といかない?」
「それもいいけど……マスターとどう戦ったのか……興味がある。」
そう来るか。ならシドの方にも声をかけてより詳しく話そう。あと外から客観的に見ていたイプシロンの話も聞ければ完璧だろう。
さあ臨場感たっぷりに語ってやろう、とシドと目を合わせた。
「ボスー!!!」
さあいざ始めるぞって時に荒々しい足音とともに扉が乱雑に開かれて、黒い影が私の前を通り過ぎてシドに飛びついた。なんか今日誰かに邪魔されること多くないかと思う。今日は厄日かな?
「ボスボス!! 今日はどうしてここに来たのです!? もしかしてデルタに会いに来たのです!? デルタも会いたかった!!!」
「ちょ、デルタ……。」
でっけえ犬。私が抱いた印象はそれだ。飼い主であるシドに久しぶりに会えたから嬉しくて思わず抱きついてしまったのだろう。そしてシドに会えた喜びからか尻尾をブンブンと振っている。
「デルタね! この間いーっぱい悪い奴らを殺したの! 褒めて褒めて!」
「はいはい、偉い偉い。」
「えへへ。………ボス、なんか変な匂いがするのです。この匂い何なのです?」
「いや、僕に聞かれても分からないよ。」
「それなら……多分……ツクラの、匂い。」
「それ誰なのです?」
「あ、私。」
「むー? 確かにボスからする匂いと同じなのです! でも、何でお前の匂いがボスからするです?」
そりゃあ同じ学園に通っていて友人関係なのだから当然だろうというツッコミがある。ただ、獣人とは総じて頭の働きが悪い。とりあえず敵はぶん殴っておけば勝てると思っている脳筋種族だ。多分このデルタと呼ばれている少女も頭が悪い。言動を見てればわかる。
つまりそんな発想に至るわけがないのだ。私は獣人にも分かるように説明しなくちゃいけないのは面倒だなあと思いながら口を開く。
「シドとは同じ学園に通っている友人だからね。だから匂いがついてるんだと思うよ。」
「学園……?」
そっからかい。
「簡単に言えばシドが普段過ごしている場所ってことかな。」
「何そこ! デルタも行きたいのです! ……ん? ということはお前普段ボスと一緒にいるということなのです?」
「そういうことだね。」
「ズルいのです! デルタもボスと学園? で過ごしたいのです!」
可哀想だけど多分無理だよ。潜入がうまい人なら許されるかもしれないけど君はどう考えたって向いてない。だって目立つしうるさいもん。
「アルファに聞かないと分かんないなー。」
「意地悪!」
「意地悪じゃないよー。」
「みんなデルタに意地悪してる! それにそこの女何なのです!? 人間でも獣人でもエルフでもないよく分かんない匂い! なんか嫌なのです!」
……驚いた。まさか匂いだけで分かるなんてね。確かに私の匂いは今挙げられた種族のどれとも違うけど、そこに殆ど差異はない。それに獣人対策に匂いを残さないように普段から体臭は違和感を抱かれない限界まで抑えている。たとえ鼻の効く獣人でも誤魔化せる自信はあったんだけど、どうやらダメだったらしい。
イプシロンがこちらを見てくる。どういうことなのか問いかけるような視線だ。まあ、こうなったら言うしかあるまい。
「………それは……私も…気になってた……。一見、人間みたいだけど……よく観察すれば……僅かな差異が、ある……。とても……気になる……!」
「まあ、お察しの通り私は人間ではないね。」
「どう見たって人間に見えるのだけど。」
「見破れる方がおかしいんだよ。」
私の擬態を見破るなんて常人には不可能だ。バレたら碌なことにならないから全力で偽装してるのだけど、まさか初対面の二人に見破られるとは思わなかった。それなりに長い間ともに過ごしているシドにならバレてるだろうなとは思っていたけどね。
「骨格も筋肉のつき方も人間のそれだけど、動かし方が若干違和感があるんだよね。多分人間には存在しない器官が体内に存在するんじゃない?」
「流石シド。頑張って違和感を無くそうとしているんだけど完全にはできないんだよね。それでも、普通の人間なら気づかないけどね。」
「じゃあツクラあなた何の種族なのよ。」
「明確な名前はないかな。強いて名前をつけるならホムンクルスってところだね。」
「……つまり、人工的に作られた……生き物ということ?」
「そういうことだね。」
私みたいな存在を作れるぐらいだし教団の技術力が馬鹿げているのは疑うまでもない。成功例は私一人ではあったけど、不完全なモノは幾つもできていた。
「ふふ……。実験、したい……!」
「解剖とかされるのは嫌だけどある程度ならいいかな。私としても自分の身体構造やら何やらを知ることは重要だしね。一人だと限界があると思っていたから丁度いいよ。」
「それ、私たちに明かして良かったの? 知られたら不味そうだけど。」
イプシロンが心配するような声でそう問いかけてくる。心配してくれるのはありがたい。だけど問題ない。
「心配してくれてありがとう。だけど大丈夫だよ。ともに歩む仲間に対してそんな大きな隠し事をしたままなんて私の居心地が悪いからね。それに、今までは単独で行動していたけど、今回の件を受けて誰かと協力できるならした方が良いって学んだからね。」
「なら良いけど。」
「……そんなことは、どうでも……いい。重要なのは……ツクラでどう実験するか、だけ……! 早速……実験、しよう……! 実験室は、こっち……!」
徐に立ち上がったイータに袖をぐいぐいと引っ張られる。今すぐにでも私の解析をしたいらしい。だけどそれはできない注文だ。まだ私とシャドウガーデンの間で詳細を話してもいないのにそれをほっぽり出して実験に参加なんてできない。
「ダメに決まってるでしょ!?」
「あらガンマ、来たのね。」
「ええ。……それよりイータ! まだ会議は始まってすらいないのに抜け出そうとするなんてどういうことよ!」
「探究心は……止められない……!」
中々場がカオスになってきた。その一因の私が言うのもなんだが、いつもこんな感じなのはどうかと思う。
「ちょっと何よこれ! 全く話が進んでないじゃない!」
また増えた。大丈夫なのこれ、という疑問が頭に浮かぶ。混沌としすぎて収拾がつかなそうなんだけど。
「どうせアルファが来るんだからそれまではいいんじゃない?」
「そんなに慌てても仕方ないわよベータ。主様もこうおっしゃっていることだし、アルファ様が来るまで話でもしてましょう。」
なんというか、騒がしい人たちだね。普段からこんな様子なのかは分からないけど、楽しそうなことは確かだ。この分なら私が助けた悪魔憑きの子たちも上手くやっているだろう。ただ、救ったのがシャドウガーデンではなく私だからそこで妙な軋轢を生んでいないといいんだけど。その辺りも聞いてみようか。
「私が助けた子たちって今どんな様子か分かる?」
「ああ、彼女たちなら今教官に扱かれてるところだと思うわよ。モチベーションは高そうだから成長も着実にしてるって聞いてるわ。」
「あんまり無茶してないといいんだけど。」
「それは無理じゃないかしら。」
「イプシロンから上手く言えたりしない?」
「それも無理ね。」
何があの子たちをそこまで駆り立てるのだろうか。命の恩人のためにできることをするのは分かるけど、あの子たちのそれは尋常じゃなかった。
「なら、組織内の立場は大丈夫? あの子たちには私よりも組織のことを優先するようにって言ってたから大丈夫だと思うんだけどね。」
「それについては心配ないですよ。執筆に詰まった時の気分転換に新兵の様子を見に行ったりするんですが、上手く馴染めてるようでしたから問題ないかと。」
「それなら良かった。」
うん、本当によかった。一応この人たちなら大丈夫だって思ってあの子たちを任せたけど、実際に私の判断は間違っていなかったみたいだ。
「先に会議を進めるように言っていたはずだけど、これはどういうことかしら。」
私が質問されたり、逆に私が質問したりして過ごしていたのだけど、どこか咎めるような声がドアが開く音とともに聞こえてきた。シャドウガーデンの面々が騒ぐのを止め、ピシリと背筋を伸ばして行儀良く座り直した。
一声でここまで変わるなんてすごいな、と思いながらドアの方を振り向く。
———時が止まったような気がした。
他の人たちが何事かを話しているようだったけど、私の目には今部屋に入ってきた彼女しか映っていなかった。
気づいた時には体がひとりでに動き出していた。私の中から何かが溢れていた。周りが驚いている様子なんて目に入らないかのように私は彼女に抱きついた。戸惑った感情が肌から伝わってくる。
この様子だとあなたは私のことなんて覚えてないのかもしれない。でも、その金色の髪に青色の瞳。たとえ何年経っていても見間違うことはない。
私の胸中はただ安堵の気持ちだけがある。以前会いに行った時にはもう悪魔憑きになっていてエルフの里から追い出されていた。それからずっと探していても、心のどこかでもう生きてないんじゃないかって諦める気持ちがあった。だから、心の底から再開できたことが嬉しい。
「……無事でよかった。それと、久しぶりだね。」
私は、今にも泣きそうなのを我慢しながら、歪まないように精一杯の笑みを浮かべてそう言った。
「久しぶり、お姉ちゃん。」