Gott ist tot   作:hinoki08

14 / 16
◆Epilogue.水晶の祈り

 

 ●

 年月は去っていく。

 何の問題とてなく、オラクル・セレスは廻り続けた。最早、反乱分子もいなくなった世界で。

 すべてがたった一つの「目的」のもと水晶の華を育て、命を産んだ後は、水晶の華となる世界と、この世は化した。

 最高神のみ使いクリス、そして五大ゼニスを通して水晶の神に与えられる指示のもと、誰もが穏やかに水晶の華を育て、水晶の華となっていく。

 森も、山も、海も、地底も、天空も美しい水晶の輝きが広がり続ける、クリス=タブラ=ラーサのために築かれし極楽浄土。

 

 

 その中心、最高神の座すタブラサ・チャンタラムに、麒麟の神が舞い降りる。

「……オ、カア……サ……マ……」

「おお、シューゲイザー」

 タブラ=ラーサは笑って、「息子」を迎えた。誰も見ていない所でしか息子と呼べない、そのアンノウン・セレスを。

 彼は、手に何かを抱えていた。

「オト……ウ……サマ……ニ……コレ……」

「おお、マナを持ってきたかえ」

 彼の手からぽろぽろ零れ落ちそうな、光のマナと水晶のマナを見て、にっこりとタブラ=ラーサは笑った。

「アゲルノ……」

「うむ、よいことじゃ。よい子じゃの、シューゲイザー。さあ、母とともに参ろうぞ」

 二人の蝿の神は、信徒たちの目には見えない最奥部に向かう通路を歩む。

「良いことじゃ。ほんに、良いことじゃ。親を慕えるは、幸せな事じゃぞ。シューゲイザー」

 その道中で、ゼ=ブブとベルゼが立っていた。

 自分達を支配するタブラ=ラーサに命令されないから、ただ微動だにせず、ずっと、ずっと、二人そろって立ち尽くしていた。この宇宙で一番最初に、タブラ=ラーサに支配された命たちは。

 

 

 きら、きら。マナを注がれて、水晶のラフレシアは輝く。この世の全てを扇動した男の華は。

「オトウサマ……オイシイ……?」

「今日も世界は平和じゃ。ツラトゥストラ。お主が築いた世界は」

 華は、何も言わない。ただ、水晶色に輝く。

 

「……のう」

 ぼそり、とタブラ=ラーサが口を開いた。

「最初のうちはわらわとて、寂しかったぞ。ツラトゥストラ。お主がこうして、口をきけぬ存在となって。けれどものう。最近。それもなくなってきたのじゃ。かといってお主への想いが冷めたとも思わぬ。わらわはお主がずっと愛おしい……これはどういった事かの。……少し、思うたことがあるのじゃ」

 クリス=タブラ=ラーサ。

 世界中から捧げられる水晶の華のエネルギーを蓄え続け、輝きを増す神。しかし彼女の輝きを満たしているのは、それだけではなかった。

 彼女を一番満たすのは、この華だ。

 しかし彼女は、この華からは水晶のマナを一切吸い出さない。

 

「わらわは何故だかもう、寂しからぬ。シューゲイザーも結局なぜやら、『何とも知れぬ』命じゃった。完全な生命ではない。この世は皆わらわのしもべと化し、わらわは再び、全てと檻で隔てられた世界に戻ってしもうた。わらわは寂しゅう思うて、お主なり、アビスベル様なり、あるいはほかの誰なりを求めて、寂しさに苦しんでもよかろうに……不思議に、お主の華を見ると、満たされるのじゃ。最近、その理屈がようよう分かった気がする。お主は、確かにこの世に居た。この世に居て、この世でわらわと共に歩んだ。その思い出一つが、その思い出の上に築かれしわらわの想いが、わらわの糧となるのじゃ。わらわの希望となるのじゃ。お主は、命の姿でも、華の姿でも、生きていても、死んでいても、関係が無い。関係が無いほどに、お主がこの世にいたという事実一つが、わらわを無限に満たすのじゃ。すべての命と籠の檻で隔てられようとも孤独ではないと、孤独ではなかった思い出だけが満たしてくれる。それほどまでに、お主はわらわの希望じゃ。わらわはもう、寂しゅうない。ずっと、一人でも生きていける。お主の華が枯れようが、きっと生きていけるのじゃ。お主が居たという事実がある限り」

 

 何も吸い出さず、何も求めず、ただそっと水晶の華を撫でる腕。それを見つめる水晶の眼。

 それに灯る愛、この水晶の世界に輝く最高神には到底ふさわしからぬ、愛と呼ばれる低俗な感情は果たして、妻から夫へ注ぐ愛ですらあるのだろうか。

 

「のう、ツラトゥストラ。……何も与えぬ、何も言わぬ。生きていても、死んでいても、実在していようといまいと、関係が無い。ただこの世に『その者』が居た、自分はその者と同じ世界のうちに生きている、何も与えられることなくともその実感一つで、どこまでも、どこまでも、希望のうちに生きられる。そのような想いを齎す存在を……お主に教わった……小さき命は例えば、こう称すのではないのかえ」

 

 それはきっと最も低俗な者が、低俗なればこそ持ち得る愛。

 

 

 

「『神』と」

 

 

 

 

 ●

 ある世界の妖精は言った。

『力に溺れたものは、いつか人でも神でもない何者かへと堕ちることだろう』

 

 ……神が崇拝するならば、それは果たして神なのか。

 そんな存在を差す言葉は、確かに、何というのだろうか。

 それはおそらく、誰も知らない。

 

 

 

《Fin》

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。