Gott ist tot   作:hinoki08

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デュエパデッキ、「ツラトゥストラは水晶と語らう」をこの小説に落とし込んだらこうなるなあ、という後日談です。
そういえばLostのアニメなどでもわかりましたがタブラ=ラーサはどうも男性っぽいですね。今回のFTでも「彼」と称されほぼ確定となりましたが。
「ツラトゥストラは水晶と語らう」自体が全くこの小説と噛み合わないので、タブラの性別も含めすべてそれはそれ、のなんでもあり二次創作としてお楽しみください


番外編
◆Ex.Wedding bouquetをあなたに


 

 

 何も、変わらない。

 全て、変わらない。

 きら、きらと水晶の花畑が輝き、粛々と年月のめぐる中、また天合節の季節がやってくる。

 

「……」

 クリス=タブラ=ラーサ。

 最早、その存在に逆らうものなどこの世のどこにも居はしない。絶対の神が、そこには君臨している。自分が神ではないと知る神が。神になりたいと思わぬ神が。

 この世全てに虚言を振りまいて尚輝く絶対者が、この世界には君臨している。

「……ウ……」

 その彼女が「この時期」には苦しみを抱えることなど、彼女は誰にも悟らせない。誰にも見せない。清らなる神であり続けろ、それが託された願いなのだから。自分自身が信ずる「神」から。

 

 お前は、何でも知っていた。

 これも聞いておけば良かったろうか、神に、恐れるものなどあっていいのか?

 自分は光が怖く、闇が怖い。

 光は「あの男」のよう。闇は「あの男」がいつか来る、いつかこの安寧を破ると警鐘を鳴らす。

 永遠に続く闇はない、闇はいつか光を呼んでくる。そして光の中に、「彼」がいた。「彼」こそが、あの世を、あの蟲の世界を照らしていた光であった。

 全てが彼を崇めた。全てが彼を美しいと呼んだ。そんな彼が自分にとっては、ただ、恐怖だった。あの世の全てを担っていたから。世界の全てが、自分を狙う。自分を害する。自分の恐怖など、どうとも思っていない。自分という存在を前にすると、全てが正気を失い、欲の存在と化したのだ。

 ずっと、言われた。籠越しに。

 はやく。はやく。

 

 ……お前と、結婚式を。

 ……お前と。

 

 初夜の褥を。

 

「……おのれ……」

 全てを支配する力でも、捻じ曲げられぬものがある。

 時の流れと、自分の記憶。よしんば時の流れをも支配しあの昔の日に自分が帰り水晶の王をねじ伏せたとて……自分の記憶は、変わることはないのだろう。そう、タブラ=ラーサは、誰より支配の存在なればこそ確信している。

 他者の記憶如きは変えられる、けれど自分の記憶は変わらない。第一何を経ても、過去は消えない。事実は消えない。それが例え、誰にも語られることなどなかろうと、事実は事実としてあそこに、とうに滅んだ蟲の世界に残っている。

 命にできるのは、上書きをすることだけだ。そして、その記憶を……その忌まわしき婚姻の思い出を上書きしてくれる男は、もういない。

 自分が、水晶の華にした。

 

 仕方がなかったじゃないか?

 彼に本当に裏切られれば、自分はもう、どうなるかわからない。彼が居なければ、生きていけないのだ。弱いわたしは。籠に閉じこもって、闇が永遠の闇であることを願って震えていた小さな蛆虫だったわたしは。

 わたしはあの羽化の日、一体何になったのだろう。

 世界の全てがわたしをゼニスと定義しても、わたしは一体なんなのだろう。大体、結局ゼニスとはいったい何者だ。

 

『……ゼニス、とはですね』

 彼の言葉を思い出す。ゼニスとは、いったい何者だ。

『強い思念が具現化した存在。そう我らには伝えられております……あとは、何も「わからない」。貴女様の眷属と同じですよ。「アンノウン」です。全ては「アンノウン」。衆愚にはそれで十分でしょう』

『では愚ではないお主は何を見出すのじゃ?』

『……「偽神」でしょうか?』

 あんまりにバッサリ言われた、その言葉。

『……神と偽神の違いはなんじゃ』

『不特定多数に神と定義されている者のうち、崇めるに値しないものが見つかればそれが偽神なのです』

『はあ?』

『根本的に、客観的に定義可能な神も偽神も存在しないと私は思います。神は崇められねば神であることを証明できませんし価値もありません。しかしそれならば偽神も崇められれば神となる、しかしそれで偽神の本性が消えるかと言われれば、それは違うのではないでしょうか。所詮信仰のガワが剝がれてしまえば偽神に逆戻りですので。結局のところ、全ては、信ずるものの勝手なる主観で終わる話と思います』

 この世の全てに神とはこうだ、と教え続け、姿を消した今でもなおその教えを衆愚たちに信じさせ続けた稀代の詐欺師は、神とは何か、ゼニスとは何か、それをそんな言葉で片付けていた。

『私は、シャングリラは神だったと思いません。あれはただぶら下がっていただけの虚無です。世の民はその虚無に価値を見出していたからあれを神と呼んだのです。そして私は価値などないと信じました。ゆえにアレは偽神だったのです』

 神も、偽神も、全ては虚構にして真実。全てはただただ信心より。

 誰かの心の拠り所、それであれば神。拠り所でなくなればたちまち偽神。神とは、そのようなものか。

 

 それでも、シャングリラを持っていたこの世の民は幸せだ。

 つらいことがあっても、シャングリラは生きていたのだから。停滞する前のシャングリラなど誰も知らないまま、シャングリラを拠り所にできたのであるから。

 自分は、違うのだ。

 愛する夫、水晶のラフレシア。悪い記憶が消えないように、良い記憶も消えてはくれない。

 お前が生きて動いていた日を、わたしのために動いてくれた日々を、わたしは忘れずにいてしまっているのだから。

 それでも、普段は生きていける。それでも普段は、お前の華さえあればよい。

 けれども。

 この時期には、寂しくなるのだ。お前が隣にいないこと。この時期ばかりは、婚姻の幸福たるものが世界に広まるこの春にだけは、神などよりも、ただ一人、夫と呼べる存在にいてほしい。

 それでもお前が、わたしが信ずる神が神とは処女たれと願うなら、わたしはお前という夫がいた事実すら、胸の奥底に秘めるほかはできないのだ。

 

『……ただ、私はゼニスたちは確かに偶像にはおあつらえ向きだったろうとは思います。本当にアレらが思念の結晶した生命体であるというなら』

 ……ああ、そういえば、彼はあんなことも言っていた。

『ずっと平和でいたいと、そのような思いの結実そのものならば、きっと神と崇めていいと思うほど有難くはあったのではないでしょうかね。少なくともシャングリラを必要としていたほど、そんな思念が生まれ得るほど、平和と停滞が無かった時代においては』

 自分たちの想いが、目の前に現れた。

 それは確かに、幸であったろう。

 

 シャングリラ・ファンタジア。この世に生まれてやったお前は、確かに優しい存在だったかもしれない。

 わたしも、あの籠の中で水晶の王に怯えていた折、わたしの想いが結実してくれればどれほどまでによかったろう。

 その後それが何の意味もない虚構に堕ちようと、少なくとも、その救いが存在した事実自体はおそらく、終わらない。事実は、終わらない。

 わたしは今一度、こうとも思う。お前が神と崇められていたのは、お前が誰かを救った事実自体が変わらないからではないのだろうか。

 お前はわたしに殺され得る偽神であり、一度停滞を求めた者たちを救った真の神であったのだ。

 

 

 ●

 雪が解ける。もうじき、天合節がやってくる折。水晶のラフレシアにマナを注いでいたタブラ=ラーサの下に一人、麒麟の神が舞い降りた。

「オカアサマ?」

「……シューゲイザー。どうした?」

 麒麟のコード、シューゲイザー。……ツラトゥストラの、忘れ形見。

「……アノネ……サスペンスガ……ヘンナモノ……キヅイタ……」

「変な者?」

「……ソラノウエ、キラキラノトコロ……ゼニス、イル……ワレタチノシラナイゼニス……」

 

 ……ニルヴァーナ・ゼニシアに、ゼニスが?

 ゼニスはあの日……ツラトゥストラに言われるままに全て殲滅したはずだ。生き残りがいたとでも?

 ……それはない。自分は相当大規模にやった。あの何も考えていない連中が勝手に動くとも考えづらい。では……「新しく生まれた」?

「よう教えた。偉いぞ。では参るぞ、シューゲイザー」

 

 

 ……もしも、新しく生まれたら。

 そんなゼニスが、いたとしたら。

 それはいったい、何の思念を背負った産まれた化身?思念……それだけならば、世界の目的意識の完成に合わせて目覚めたドリームメイトもあるいは同じような者。だがゼニスは、思念だけではない。ツラトゥストラは自分に……こうも、教えた。

 

『ゼニスが生まれ得るにはもう一つ重要なものがあるとのことです……「矛盾」と伝えられています。たとえばシャングリラなら、彼は全てを愛し、全てを憎んだ。誰かを愛することと、愛する誰かを害する者を憎むことは切って切り離せないので、全てを愛するという事は全てを憎むことであり、一方全てを憎んでいる状態は全てを愛していることになりません。その矛盾に苦しんでまでも消えない強い思念が、巨大生命体の形に結実したのではないかと。オラクルの神学はそこで途切れています』

『途切れた?』

『研究など止まってしまったのでしょうね。「目的」を失って』

 

 矛盾。シューゲイザーと共に空を飛びながら、タブラ=ラーサは考える。

 矛盾と呼べるほどの複雑な情が、果たして今この世にあるものだろうか。みんな、みんな、ツラトゥストラに洗脳されて、唯々諾々と輝く水晶の花畑を育てているだけの世界に。……水晶の乱れを感知できる自分が何も違和感を覚えないこの世界に。

 その疑問に対する答えは出ないまま、彼女はニルヴァーナ・ゼニシアにたどり着いた。

 

 何も、変わってはいない。

 五大ゼニスに選ばれなかった躯を残すだけの、貧民窟のような神の都。

 そこに、ソレはいた。

 

 シャングリラ・ファンタジア。

 レディオ・ローゼス。グレイテスト・グレート。サスペンス。ライオネル。ベートーベン。

 それらと似たような存在が……真っ白で、空虚で、清らかな存在が、そこにいた。

 彼らと変わらない。逞しげで、大きな風貌であるのに。その佇まいはどこか繊細で……可憐で。

 まるで、天合節の花嫁のよう。

 

「……お主……」

 そして。タブラ=ラーサはそんな存在に向かって感ずるものがあった。

「何者じゃ?」

 

「……」

 ソレは、答えない。語る口を、持たないようであった。ただこれだけは言える。こんなゼニスは、「いなかった」。

 それなのに、自分はコレを「知っている」。いったい、何者か……何も言わずただ立ちすくむその姿から、お前はいったい、何を伝えているのか。

「……キレイ」

 その時。シューゲイザーが口を開いた。

「……オトウサマ、ミタイ……」

 

「……ツラトゥストラ?」

 

 ぼそりと衝動的に言葉が飛び出た。いや、そんな……まさか?

 しかし……思った。コレから感じる気配の既視感は……ツラトゥストラのそれだ。

 

 ソレは、動かない。じっと、タブラ=ラーサを見ていた。

 顔のないその視線から、何が感じ取れようか。それは、まるで……。

 愛情であり、殺意であるような。充足であり、後悔であるような。

 ソレは、矛盾と呼ぶ概念ではないのか。ゼニスを産むほどの感情には不可欠の複雑怪奇。

 

 そんな思念を持つ存在がこの世に存在しえたか?元から何も考えておらず、今やすべてが洗脳された惑星に?

 その答えが、あったのではないか?

 ……おそらく誰よりも、複雑怪奇に頭を動かしていた存在が、少なくとも一人いた。自分は、それを知っている。

 

「……」

 そっと、タブラ=ラーサはソレに手を触れた。ソレは抵抗しなかった。

 一つ、口づけを落とした。たちまちのうちにソレの花嫁のドレスが蛆の結晶体になり、武骨な蛆人形へ変貌し、ソレはタブラ=ラーサの眷属となった。

「見せよ」

 彼女は命令した。支配者として。

「お主の持ち得るすべてを。お主はなに故に生まれた、何者じゃ」

 ……蛆人形は、只君主に言われるままに、掌に水晶のエネルギーを凝固させた。赤と、黒と、金色の、花の形の水晶。黒と金色の重々しさを、力強い赤が消し去ってしまいそうな、そんな花束を、恭しく彼女に差し出した。

 

 そこから。

「……」

 伝わってくる。

「オカアサマ?ドウシタノ」

「……ツラトゥ、ストラ……」

 

 お前は。……ああ。この花嫁のゼニスは。

 

「ここに、こんなものを、残したのか」

 

『お前の被造物』か。

『お前がわたしを殺す想い』で作った思念の結晶が、花嫁のゼニスか。

 

 数億の守護者が命と引き換えに残した思念で、やっとシャングリラが一体結実した。ゼニスとは、それほどの意識を、それほどの念を要するとお前たちは伝えていた。もし、それが正しいのならば。

 お前は一人で、それを成し遂げる思いを得ていたのか。あの、わたしが子を孕んだ日に。

 

 

 知らなかった。お前は、そこまでのことを想っていたのか。

 わたしはお前を神だと思った。だけれども、お前もわたしを神だと思っていたのか。

 そして私を一つの命として愛していたのか。

 伝わってくる。ああ、伝わってくるとも。お前の想い。ゼニスを産みだすほど矛盾した思い。

 

 

 美しい、タブラ=ラーサ様。愛しています。あなたほど純粋な存在はいない。シャングリラもそんなものは見せてくれなかった。そのままでいて。汚れないで。私に神を信じさせて。神などにならずとも結構です、私はこの世で唯一貴女が殺戮者でしかないことを知っているのです、衆愚共が勝手に信じているだけなのです。貴女はのびのびと楽園で生きる価値と権利のある存在なのですそれだけの偉大なのです、尊敬できる神などこの世にいなかった、わたしにゼロを信じさせて、それほど偉大な貴女。美しい、輝かしい。どうしてあの日以来一度も私をその手で抱いて下さらない?私は貴女の手の中で安らぎたい。貴女の肌の滑らかさを私も知りたいのだあの水晶の華となった衆愚共は味わえるものが私ではなぜ駄目なのだ駄目に決まっているだろうが肌を触らせる女どもの下らなさを私は身をもって知ったではないか真に清らなるものにあんなものは要らない要るようであってはならない、なんで貴女までもがそれを望むのです?私に神を殺させないでそんなことを言う貴女はゼロではない貴女は神ではない、ああそうでした知っていたのです、ええ、知っていました神がこんな男のローブにくるまって泣きじゃくったりなどするものですか。ああ、弱くて可哀そうで可愛らしい方、こんな虚言以外は何もない詐欺師の軽い命でよいのなら私が命に代えてでも守ります貴女のためなら私の命などくれてやる。なぜそんなことが為されねばならない神が民に守られてそんなものが神なものか神にとって俗の命の一つが何だそれは偽神というのだ私のような存在を言うのだ、タブラ=ラーサ様は真のゼロなのだシャングリラが見せなかったものを見せなかったゼロでありこの世で一番で汚れなく支配欲がなく無垢で美しい私はその美しさを独占したいのだだってあの方の本性もあの方の弱さもあの方の脆さも私は私だけは知っているそれに手を差し伸べたくて何が悪い?美しいものを守りたくて何が悪い?守られる必要があればそれは神じゃない私が望んだ神じゃないタブラ=ラーサ様はきっと神だそうだ神のいう事に俗は従わねばならぬのだ神とはすべてを絶対に支配する存在でなくてはならない神に自らを汚せと言われたら俗は従いそして汚れた無垢などもう無垢ではない私は無垢の神しかほしくないずっとずっと衆愚共が見ていたゼロという素晴らしさの神髄に私だけは辿り着ける私を辿り着かせてくれるあの方を私は汚したいあの方は私の寿命の何倍生きるのかもわからないのだそのはるか先の未来の誰かにこの純粋無垢を取られてたまるものか嫌だ嫌だとられる前に私が欲しい私が私が私は、ああ。

 クリス=タブラ=ラーサ。

 貴女を、愛している。

 

 

 ……ツラトゥストラ。

 あの日、お前は神を殺したのか。

 あの日、お前は偽神を殺したのか。

 

 わたしにいつまでも清らかなゼロの処女神のままでいてくれと恐ろしいほど強く願い。

 わたしをどの男のものにもなるな、自分だけの花嫁でいてくれと恐ろしいほど強く願い。

 その果てに壊れてしまったのが、お前。

 あの時、お前は神のわたしを殺した。処女を失ったわたしは、俗の存在に堕ちた、神ではないと。

 それでもわたしを手に入れたい、愛していると。そう思ったのがお前。絶対に殺したくない神を殺してまでも愛したいと願ったのがお前。

 その矛盾を抱えても、生きて、動き続けて、その心の奥底でわたしを屠ったのがお前。

 

「……」

 ……誰も、わたしに敵わなかった。アビスベル様すら、わたしを取り逃した。

 そんなわたしを、お前は殺したのか。その思考以外は何の武器もないツラトゥストラ。

 この、全ての支配者たるわたしを、お前は「婚姻」をもって、わたし自ら差し出されたその刃物をもって殺しにかかったのか。シャングリラも、教主も、全て殺して世界の頂天に立った男よ。

 何の武器も持たないお前はわたしから受け取ったそれで、わたしを殺したか。そして、水晶の頂点の玉座に立ったのか。

「……ほほ」

 なんと、上等な生き様か。

 何故だ。なぜ、こんなにも心が軽い?「婚姻」の概念を恐れていたはずのこの身が、その「婚姻」の刃にいざ貫かれたことを実感し、ああ、なんと心が楽なことか。

 ああ、当然よ、当然よ。水晶の王もアビスベル様も、この生き様の前に何の価値があろうてか。

 あの者は考え抜いた。あの者は全てを貫いた。それだけの強さがあの者にはあった。

 ご覧あれ、わたしを欲した男よ。わたしが欲した男よ。もう、お前様たちは要らない。

 これほどの男に、私は愛されたのだ。思念の化身を産むほどに、愛されたのだ。神として殺されるほど愛されたのだ。神を殺してもいいというほど、愛されたのだ。

 それがわたしの神なのだ。それが私の夫なのだ。

 この世に水晶よりも輝いた、偽神殺しのツラトゥストラ。それが、このクリス=タブラ=ラーサの夫の名前。

 

 

『美しい』

 水晶の王よ。わたしの、かつての婚約者よ。

『なんて、美しいのだ。余のタブラ=ラーサ』

 幾日も闇をこじ開け光を放ち、只にやにやと笑いながらも、貴方は、それしか仰らなかった。

 貴方は、これほどの愛を注いではくれませんでした。貴方が見ていたのはわたしの美しさだけ。わたしが何者か?わたしがなぜ愛に値する存在なのか?自身が壊れるほどの考え、思考など、貴方はついぞ持たぬまま、自我なき「何とも知れぬ」存在と化したのです。

 今一度、申しましょうぞ。貴方の何が、水晶の王か。そのような称号は、この男にこそふさわしい。

 ……ああ。

 漸く、貴方が怖くはなくなった。

 

 

「……結構。……そうであるの……お主に名を与えねばなるまい」

 

 ……何たる祝いか。何たる祝福か。

 この世に遍く花嫁たちよ。今一度問おう。これ程までの運命に出会える祝福を、はたして幾人が得たものか?

 

 

「《「祝福」の頂天 ウェディング》……今日よりお主はゼニス・セレスが一員。そう名乗れ」

 

 

 こくん、と頷いたそれからは、三つのマナが迸っていた。

 光のような金色と、闇のような黒色と。

 それらを打ち消してしまわんばかりの、暖かい火のような赤色。

 

「では早速であるが、お主に命ずる仕事がある。……お主は『あれ』が故に生まれた身じゃ。親孝行は、できるならばするに越したことはあるまいて。……のう」

 

 もう、大丈夫。

 いくら光が現れても。いくら闇がいつか光が来るぞと脅しても。

 それを繰り返す円環の中に、暗くても明るくても一日中心を温めてくれる火があった。それを、お前は灯してくれた。それを、知ることが出来た。

「シューゲイザー」

 彼女は息子に語った。

「お主の父はやはり、偉大なものであるぞ」

 

 

 ●

 天合節に沸き返る惑星。そこに祝福のゼニスの影がある。

 愛を象徴する神、「祝福」の頂天ウェディング。ソレがどこから来た何者かであるなど、民にはどうでもいいのだ。衆愚にはどうでもいいのだ。

 ただそれを神と信じられるうちは、神と信じれば、誰もが幸せなのだ。

 

 

「……わからぬことがただ一つ」

 幸せな衆愚が騒ぐ中、水晶のラフレシア……黒い孔が開き金色の粒子がちりばめられているが、その花弁は凶暴なほど赤い。この赤さで彼は、この世全てを焼き尽くした。たった一人の弱い蛆虫の心に、温かさを灯した。

「ウェディング……なぜ、あれほど『美しい蝿』たちを生み出したお主の究極の被造物は、別に美しい者でなかったのじゃ?」

 ……もしかすると。

 自分は、誤解していたのかもしれない。ツラトゥストラはひょっとして……あのちゃんと蝿らしく優しく濁り、やわらかな毛を手に伸ばし、沢山の複眼を煌めかせる姿を美しいと、結局この自分を愛してもそう思っていた、結局どうせなら美しい神の方がいいと思っていたわけでもなく。

 寧ろ……。

 

 そこまで考えて、タブラ=ラーサは思考を止めた。

 只の誤解であってもそれならばそれで、その残忍は認めたうえで彼を解放できないもう一つの理由が出来てしまった。

 ウェディングのブーケを通じて、自分は知ってしまったのだ。矛盾させてしまった。壊してしまった。彼は自分のために、愛する者を殺すゼニスを産みだすほどに考えてしまった。

 きっと、楽ではないだろう、それを抱えて生きる道は。

 シャングリラの親たちは楽なものだ。弱い身の上を嘆いて死ねた。矛盾するほどの思念を抱え続けずに済んだ。そんなものと共に生き延びる方がよほど辛いはずだ。わたしには分かる。その辛さが。わたしも延々と終わりのない感情を抱えても、あの籠の中、蛹の中、死ぬこともできず、堂々巡りの思念を抱え、最終的に何とも知れぬ化け物になったのだ。

 わたしには分かる。その辛さが。

 わたしも、お前と同じ気持ちだ。ツラトゥストラ。

 お前の期待には、全て答えたい。お前が神であれと言うなら神であろうし、妻であれと願うなら妻であろう。

 けれどもその両立は、お前を苦しめてしまう。わたしは、お前を苦しめたくない。

 最期にお前が出したのは神であり続けろ、そちらの方。だから、それを守って生きていく。砕け散るまで生きていく。わたしはもう、どこにも行かない。この惑星に生き続けよう。

 偽神の化けの皮が剥げるまで。

 ……きっと、本物の神ならば。それでもその矛盾をも乗り越える救いの手を差し伸べられるのかもしれないが。

「ごめんなさい。ツラトゥストラ。わたしも、わたしを神だと思っていない」

 自分にとって、自分は偽神だから。

 偽神は、こんなことしかできないのだ。

 

 ただ、この世が終わるまで、お前を守り続けよう。わたしを殺したツラトゥストラ。

 わたしは誓う。

 たとえ死ぬ時が来ようとも、お前の華からは力を吸い出さない。それをするくらいならば、潔く一瞬で灰となって消えて見せよう。

 それが愛の誓いであり、それが信心たるものではないか。愛と信心、お前を狂わせた矛盾の共通点ではないのか。

 お前の輝かしさという事実をただ守り、ただ祝福したいと願うことが。

 

 ●

 

 何も、変わらない。

 衆愚たちは、何も考えない。

 ただ生きて、ただ増えて、ただ水晶の華になって。最早水晶の王ゴスペルの裏教義も一切綴られなくなった。語る価値のない停滞。シャングリラの時代ですら訪れたかどうかも分からない、水晶色に煌めく、美しい停滞。

 

 いつまで、これは続くのか。

 唯一自我を持つ、唯一自由でいられるタブラ=ラーサすら、最早苦しみから解脱した。解脱の先には、停滞があるのみ。

 タブラ=ラーサが特別な水晶の華を息子と共に愛でることも、今日も、誰にも知られない。誰にも、語られない。

 

 いつまで、これは続くのか。

 いつ、これは終わるのか。シャングリラの停滞世界が壊れたように。

 

 

(了)

 

 




後語り
この小説のタブラは本人に自覚がないだけで、「誰にも支配されたくない」感情のゼニスなのではないかなあと思っています
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