Gott ist tot   作:hinoki08

3 / 16
◆2.Also sprach Zarathustra

 

 ●

 またしてもゼニスが水晶の蝿に襲われ、蛆に食われた。

 それで一般市民がおびえ、おびえたところで……祈るべき神が倒されているのだから一体誰に祈れというのだろうという中、世界を平定するオラクル教団の信徒たちはさらなる大騒ぎだ。

 上層部がごっそり、姿を消したのだから。

 

「諸君。大騒ぎもいいところだな」

 

 だがそこに、現れた影がある。漸くの上級信徒の登場、少なくとも一人は生きていたか……と彼らが安心したのもつかの間、悲鳴が沸き上がった。

 その声とともに現れた遊撃師団の先導者が抱き上げるのは、産まれた時から見知った、オラクルの教主の……死体に他ならないではないか。

 ゼニスも死に、そして、オラクルも……。

「諸君。今すぐに、都市内の信徒全員に、広場に号令をかけるように。私が、演説を行う」

「は、はっ……」

 その言葉だけならば、当然のことのように響いた。教主の死を信徒全員で悼まぬわけにはいかない。だが彼は……彼らが予測もしていないことを告げた。

 

「全信徒に通達するのだ。案ずるな。これは、オラクルの終わりではない。オラクルは、生まれ変わる。『天の存在(セレス)』へと」

「……えっ?」

 きら、きら。

 水晶のような輝きが、よく見知ったはずの遊撃師団の先導者、ゾロスターからあふれていた。

 

 

 

 個性を否定するオラクルの、白い衣装。

 一様にそれに身をくるんだ集団の、黒山ならぬ白山の人だかり。それを……見下ろした。ゾロスターは。

 物見塔などではない。本来、教主しか立てぬ、この説法の座で。

 愉悦に浸る暇はない、といいたいところだが、寧ろ浸った方が良かろう。思い切り浸れ、自分も陶酔させる気で行け、成功がかかった大勝負ともあれば。そんな心持で彼は咳払いの一つもせず「諸君!」と言い放った。

「我らが教主がお隠れになった!」

 わあっと動揺が広がる。これは勿論予想通り。しばらくの間騒がせておけば、普段は大人しさを美徳とする彼らの口からも漏れ出ずる。

「下手人はやはり」「あの蝿に!?」……出てきた、出てきた。罠の中のエサに小動物が食らいつくのを眺める気分だ。

 そうすれば罠を一気にパタン、だ。

「諸君。そうとも言え、また、口が裂けてもそうは言えない。我らを産み育てた教主のご逝去以上に、諸君らに告げるべきことが今日はある。諸君らのためのことであり、世界のための事であり、また、この世を平定せしシャングリラ・ファンタジア様のため、そしてシャングリラ様が理想とお示しになられた『ゼロ』の概念のための事といえよう、そのようなことのため、教主様は御自らを犠牲になさり、お隠れになったとすらも言える」

 どういう事ですか!?と声が上がる。それと同時にスッ、とゾロスターは教主の、自分に名を与えた存在の身体を思い切り掲げ、そして力を放った。

 

「見よ!この美しき水晶の華を!!」

 

 そのとき、オラクルの信徒たちは言葉を失った。

 産まれた時から世界の定義そのものだった最高神が、それに準ずるゼニスたちが死に、そしてとうとう教主まで死んだそんな絶望、不安、嘆き。

 それらをも「ゼロ」にしてしまわんばかりに、神秘的な光景であった。

 

 教主であったものの肉体がきら、きらと輝きながら結晶化していき。

 そしてそれはどんどんに、元の姿すら無くす。無くして、陽光のきらめきを受けてなおのこと輝き、するりするりとしなやかに茎をのばし。その頃には見知った教主の面影などとうに見失っており。しかしそれに別れを惜しむのも忘れるほどに、いや、むしろ……敬愛し続けた教主の辿った最期がこうであるのならば嘆きというのはむしろ侮辱足り得はしまいか。コレがなぜ嘆くに足るものといえるのだ、そう思わせんばかりに……まさにゼロの、無の理想に相応しく透明に純粋に光り輝く花びらを爛漫に開かせて、この世のものとも思えぬ、八重咲の薔薇の形をした見事な水晶の華へと、それは生まれ変わった。

 間違いなく、それは。

 この世で、一番美しい、透明な屍。

 

 信徒たちがどよめく。どよめく傍ら、その目にはすでに、宿っている。

 ぼんやりと、「なんとなく」で生きていた者の目には宿らないものが。

 だがゾロスターは驚かない。見慣れているからだ。

 鏡に映る自分の視線如き。

 

「諸君。これは、水晶の華。そして、この力を与え得る者こそ」バッ、と、大ぶりに振り上げた杖でより一層水晶の薔薇を強調し、ゾロスターは叫ぶ。

 

「ゼニスの中の頂点、ゼニス・セレス!!クリス=タブラ=ラーサ様!!そしてそのお方は……まさに、諸君らが水晶の蝿と呼び、昨日まで愚かにも我々が敵とみなしていたお方様である!!」

 

 さて、どよめきの様相は当たり前だがまた変わる。それに向かい。

 ゾロスターは演説した。

 

「諸君ら、落ち着き給え。クリス=タブラ=ラーサ様は寛容なお方。諸君らの無礼もかの方は諸君らが無知たる今この時は受け入れられる。……さて、諸君らの動揺は当たり前だ。タブラ=ラーサ様は至高神シャングリラ様を、そしてゼニス様を次々に打倒しているのだから、世界を侵略する怪物ではなかったか?と。違う……おっと、そしてもう一つ、騒ぐには早い。諸君らのうち何人かはこう思っているようだな。では、あのお方が真のゼニスであり……シャングリラ様達は、我々オラクルは、間違い続けていたのか、と。それも違う!あのお方様はシャングリラ様も、オラクルも、何一つ否定はなさらない。ただ一つ齟齬があったとすれば、我々が無と化してしまったシャングリラ様の御心をいささかばかり謝って解釈していた、とでもいえばよかろうか……つまり。我々は今日この日まで、この世を完成されたものと見ていた。しかし、実はこの世は完成足り得ておらず、シャングリラ様の御光臨からいまこの瞬間、タブラ=ラーサ様の御光臨までは、飽くまで一つのステージであり、現状の段階は来るべくしてきた変化という事だ。そしてそれは、全くもって絶望の変化ではない、ゼニスに奉仕し、模範的なオラクルの信徒足り得ていた者ほど、この変化の受益の当事者とも言えよう!

 諸君、今一度、よくよく考えてみたまえ。個性は罪である、目的は醜い。ゼロと化すことが美徳である……ではなぜ、我々は『師団』であり『カルマ』であり『サトリ』であるのか!?役割を分け、その役割の通りに働くことがなぜ、個性でないといえるのか!?そして百歩譲り、それでもその中で個性なく動くものは個性が無いとしよう。では遊撃師団の『先導者』であるこの私はなんだ!?他の幹部信徒たちは!?いや、もはやそれも良いとしよう、この世にただ「お一人」しか付けぬ教主の座を担われた方は、「個性」を持っていたわけではないと、なぜ言えるのか!?今この日、タブラ=ラーサ様がこのゾロスターの口を通しお示しになる答えを言おう。それは個性であった!つまり罪であった!

 しかし案ずるな、罪とはつまり、世界のための汚れ仕事、いわば究極の滅私奉公。この世で最も、善より清らなる罪を犯し続けたのが教主様であり、我々オラクル教団であったのだ。

 さて諸君ら、今一度、何一つとして目的を持たぬとはどういうことか思ってみるが良い。言われたままに仕事をし、出された食事を食べ、決められた時間に眠り起きる事か?おかしいではないか。それらは規律正しく仕事をし、体を健康に保ち、社会に、教団に奉仕するという目的があっての行為であったはずだ。真に目的を持たないとは何だ。それは究極の怠惰だ。生まれてこの方、指一本足りとて動かさずに寝そべって飢え渇いて死ねれば死に、死なないなら死なない、そんな生を送ることだ。そんな生こそが、今までで一番清らであったのだ。そんな生が、諸君ら信徒の下に位置する在家の民たちのうちで送られ、そのような究極の怠惰こそが一番の理想であるゼロ足り得たのだ。いや、こうして思えば理不尽な事とも思わないかね。しかし間違いなく、それは一つのゼロの形だ。何も産まぬ怠惰なら罪も産みようがない。ある種ではシャングリラ様の理想にもっとも沿っていると言えなくもない。今まではそれが正解であった。

 そしてそのような怠惰は、我々オラクルが世界を整え、社会のために奉仕していたからこそ成り立ったことだ。我らが、ゼロの美しさをどこまでも知る身でありながらあえて『目的を持つ』という、ゼロから離れる罪を犯したがために究極の怠惰は為され、怠惰の民は究極のゼロとして祝福される命と化していった!

 しかし先ほども言ったが一方で、諸君らも思うだろう、それは理不尽だ、と。そうだ。理不尽だ。ゼロの力が良きものであり、正義であるならば、真面目に社会に奉仕するものこそがゼロの力の祝福を受ける者でしかるべきではないか?

 その、『しかるべき』が為される時がついに来た。オラクルが世界のための滅私奉公として罪を重ねる苦しみに耐え忍び続けた、その報いとしてついに御姿を現したのが今の段階、クリス=タブラ=ラーサ様こそが、その段階をもたらされる新たなるゼニスという事だ!!

 諸君ら、考えてもみたまえ、シャングリラ・ファンタジア様は死んだか!?殺されたとでもいうのか!?否!かの方は漸く『完成』為されたのだ。究極の無となられた方が、とうとう『究極の無である自分自身をも捨て去る』という、究極を超えた究極の無となられた!他のゼニス様とてそれに同じ!無が自分自身を捨て去る、これこそが究極にゼロと為るという事ではないか!諸君らも見たろう、あの日のタブラ=ラーサ様は野蛮な支配者の如く、雄叫びを上げ、下品に武器を振りかざし、罵声を浴びせたとでもいうのかね。かの方は静かに、口づけを為されたのだ。幼子を安心して眠らせるように、静かに、甘美に、口づけを堕とされた。それが、全てではないか。シャングリラ・ファンタジア様は永の月日の末に、漸く完成を超えた完成、かの方が目指された無そのものに達されたのだ。我々はあの日を祝うべきなのだ。タブラ=ラーサ様の偉大さゆえのみに非ず。生まれた時からシャングリラ・ファンタジア様の偉大さを知り崇めた者としても、だ。崇める神の理想が叶い、何を嘆くことがある。それこそが侮蔑に外ならん。

 さて、そのように、ゼニスをもようやく最後に残った有から解き放たれる時が来た今この時、我らオラクルにもたらされるゼロの祝福とは何であろうか!?

 見よ、これだ!この水晶の華!これが、我らに与えられる祝福だ!我々は死ねば何になる!?有機種族は腐食し、無機種族は朽ち果て、体が無と化し、精神はゼロに。それが、今までだ。だが、これからは違う。

 ……見よ。この煌めきを。これは、水晶の華にのみ産まれ得るマナ。これは何も満たさない。究極のゼロだ。そして、究極のゼロの力を持つ者、タブラ=ラーサ様の眷属のみにとって、何よりも満たし得る、最高のマナとなる……さあ、教主様。教主様であった水晶の華よ、マナを産むのです、そう、空へと昇って。そこに慕ったお方が居ますとも。開くのです、空の雲を……そう、そう。さあ諸君ら!見よ、見よ!空を!このマナの力を吸って、現れられるみ姿を!!

 そう!そうとも!グレイテスト・グレート様も、今やタブラ=ラーサ様の祝福を受けられ、究極のゼロを導くゼニス・セレスとして御光臨なされた!!この花、この水晶の華の、真にタブラ=ラーサ様に祝福されし者以外にはただゼロでしかない、無にして究極のマナによって!!

 そう!我らの祝福とはこれだ!!我々は今までの『正解』であったゼロの民のように、体を朽ちさせることはない!我々が達し得る『ゼロ』はタブラ=ラーサ様のお力で、永遠に枯れることなく透明に輝く水晶の華となりて、真に素晴らしき力にのみ与えられ邪なもの、怠惰なもの、穢れたものは根本的に触れる事すらも叶わぬマナを産む存在として、この世で輝き続ける事だ!この世の何より美しいものと化し、この世の何より素晴らしいゼニス・セレス様に必要とされる存在となることだ!

 教主様はいの一番にそうなられた!そうなることを許されるお方がこの方を除いていようか、いや、いない!オラクルの教主、この世で唯一の座という『個性』の罪を背負ってまで世界に滅私奉公をなされたお方だ。その苦にクリス=タブラ=ラーサ様が報いて下すった!この水晶の華の美しさを、もはやだれが疑えようか!?これこそが、生の終わりという罪の存在にとっては何よりも重々しい瞬間に、究極の美、究極の透明になることを保証される、それが新たなるゼロ、奉仕という名の罪に耐え忍んできた我らに与えられた報いだ!!他の幹部信徒たちも皆、水晶の華と化すため最後に身を清めた!

 ……しかし、悲しきかな。まだ、『全て』ではない。『全て』がこうなり得るには、シャングリラ様が完全に救われるまでの時間を経てなお、我々すらも至れなかった。ゼニス様に与えられるマナを産むほどの水晶の華となるには、誠の信心、誠の献身が必要だ。上級の信徒は別としても、『目的は罪』という言葉のみを字面通りに解釈しすぎた我々は、いささかばかり真の信心という者から遠ざかってしまったようだ。

 しかし、クリス=タブラ=ラーサ様はまことに慈悲の存在であられる。かのお方は、待たれるという。我らの献身を、我らの進化を。タブラ=ラーサ様に、シャングリラ様をはじめとするゼニス様達に力をお与えするに足る存在に我らがなるまで、我らが慕った教主様と同じ姿になるに足るまで、あの方は待たれる。故に、我らは進もうではないか。世界に究極の無という新たなステージをもたらしたお方の望む世界を創るために。

 そのためには先導者も必要。幹部信徒の中でも不肖、このゾロスター、自らの精進の足らざるを知り、教主様を罪の苦しみより解き放ちつつ教団を護るためにも、また私自身の真に清らな水晶の華となるための精進のためにも、今一度遊撃師団のみならずオラクル教団全体の先導者の役目を引き受けた。そしてクリス=タブラ=ラーサ様もこの私をお認め下さり、あまつさえこのように、水晶の華を作り出す権能をお与えくださった!至らぬところも多々あろうが、私の望みはクリス=タブラ=ラーサ様のため、ゼニス様のため、諸君らのため、世界のため、この世界を清らな水晶の華と、それになり得る清らな精神の持ち主だけの水晶の華園にする事。そのための努力を惜しむ理由などどこにもない!水晶の力に選ばれし者、それが私だ!その気概の元粉骨砕身する所存!どうか、諸君らも共に付いて来て貰いたい。ゼニス様達のために!

 そして、しかと心に刻み付けたまえ、諸君。怠惰の時代は終わりを告げた。ゼロの祝福が素晴らしき神の力なればこそ、それは素晴らしいものに贈られるものだ。努力をする者に贈られるものだ。

 努力をし、献身をし、ゼニスへの信心によって水晶の華を咲かせよ!このお方様も導いてくださる!

 我々は『目的が罪』の時代から脱した!これからは『目的』を意識せよ!『使命』の頂点グレイテスト・グレート様もお導き下さる!

 案ずることはない、我らは献身に生きていたのだ、奉仕に生きていたのだ。それをより、『目的』を持って、『目標』を見失わずに行う。それこそが、我らの為すべき道だ!

 全世界の信徒たちに告げ知らせよ!新たなる祝福の到来を!水晶の華の輝きを!

 クリス=タブラ=ラーサ様の御力を!!これから我らが為すべきことを!!

 一刻も早くゆけ!その通達もまた、ゼニスへの献身である!!

 ゼニス様がついに真の無となられ、新たなるゼロの神、ゼニス・セレス様が牽引する新たなる時代、それらを護る新たなるオラクル、オラクル・セレスの民よ!!」

 

 

 その大演説は。文字通り、世界に響き渡った。

 オラクルの説法の台から、ゾロスターは世界を見下ろすものとなった。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。