ゴールデン・エイジが生まれたと言うことは反乱という目的の概念がこの世に生まれたことも指す。だから当然、ツラトゥストラにはこれで一区切りではあれども終わりという気もしてはいなかった。終斗の位階を、特別措置ではなくシステムとして確立したのもその前提があってこそだ。恐らくこれからも終斗の器は生まれる可能性はある、という打算を含めての。
だが、思ったよりも早かった。世界で再び、治安の乱れが見え始めた報告を方々から受けだしたことは。
だが……彼らは反乱と自由の意志、それこそゴールデン・エイジに似ていた、消えてしまった彼らの意志を受け継ぐ者たちであったことは想像に難くなかれど、いかにも正義の味方然とした希望の双子の名のもとに世界中で決起した反乱軍と、まるきり同じ存在のようにも見えなかった。
彼等は……「バラバラ」のように見えた。ゴールデン・エイジの残党というよりも、同時多発的に発生したかのようであった。
彼等は組織を築かないという点でもバラバラなら、やることもバラバラであった。オラクル・セレスへの積極的な反抗の手段もバラバラ。このような考えは間違っている、と声高々に理想を説くものも居なくもなければ、正義の味方面などする気もない、水晶の力を侮蔑出来ればそれでいいとばかりに水晶の華畑で好き勝手に武器を振りかざし暴れ周るものも多く居た。かと思えばそうしてオラクルそのものには働きかけすらせず、ただ在家の民が暮らす街の端に小汚い一角を創り、酒にドラッグ、不健康な食事、歌にギャンブルなどの娯楽を繰り返し続ける退廃に溺れ、間接的に他者をその怠惰に誘惑するものも居る。
ツラトゥストラには……そんな彼らの姿に、覚えがあった。彼がまだ遊撃師団の先導者、ゾロスターであった頃から。
そうだ。そもそもなぜ、シャングリラ・ファンタジアのゼロが為され旧オラクルが設立され、オラクルの理想とする管理社会が生まれてから長い月日がたっていたというのに、自分の世代でなお、遊撃師団なる者が必要だったのだろうか?
なぜ自分は、はぐれ者たちの討伐に出向く必要が出たのか?なぜそんな必要が生まれるほど、はぐれ者とは定期的に生まれ得る者なのか?不思議だとは、思っていた。
特に彼にとって不思議であったのは、先述した三つのうち最後のパターンだった。実害性は一番マシに近しいが、それ以上に存在自体が不可解だったのだ。
彼等は、旧オラクルが退廃として信徒だけではなく在家の民にも厳しく取り締まる嗜好品や娯楽を、一体どこから覚えてくるのだろう?
シャングリラは、命を創ったわけではない。だから命の在り様として、オラクルに従わない発想を持つ者が生まれても当然だ。……ツラトゥストラ自身は、そうであったのだから。そこまでは理解できる。
けれども、彼らはどこで酒の製法を覚えてくる?どうやってドラッグを調達する?どのようにして、賭け事のゲームのルールを編み出すのだ?何回も、何回も、オラクルが根元から絶つはずのそれらなのに。
直接的に知ろうとなれば旧世界の遺物の記録としてアルケミスト・ヒルズにしか納められない、それも知ったとしてもこの誘惑には陥らないことが確約されているような上級信徒でしか触れることが許されていないその「知識」、「文化」までもが、本質的には生物として組み込まれている本能だとでもいうのか?
……それに、答えは出ないわけであるが。
「アウトレイジ……」
答えが出ないなりに、他の誰にもたどり着けない仮説には、ツラトゥストラは出会った。
「わらわも、覚えがある。アレらはまあまあ良き華になるからの」
その名……ゴールデン・エイジの次に出てきた反乱者たちがなぜだか、バラバラの癖にその名だけは示し合わせたように名乗った名を、その在り方を、この世の外から来たはずのタブラ=ラーサがそう称したことで、だ。
「どういったことです!?」
「言葉の通りでな。どこの世界にでもというわけでもないが……かなり多くの世界で、そう名乗るものを見たことがあるのじゃ。過ごす次元も星も違う、示し合わせたわけでも無かろうに、『自由』『無法』を標榜する者が、多くの世界に居る。奴らは皆、常識から外れた行動をとる。善も悪も決まりきったものである以上美徳とは思わぬ、好き勝手のみが好きな連中じゃ。常識、既存の規律から外れていさえすればなんでもいいと言わぬばかりの自由の無法者じゃ。そう言ったものは、あらゆる世界になぜだかいる……ならば『そういうもの』ではないかえ。世界が、そう言う者たちを勝手に産み、世界が勝手に無法を教えるのかもしれぬ」
……アルケミスト・ヒルズには全ての知識がある。だがあくまで「この世界」の知識だ。そんな、彼女が飛び回った外界の真実、ましてやそのレベルの俯瞰の真実が、確かめられるだけでもないが。突拍子もないことをあえて思えば。
……世界が、「保存」したがっている、とでもいうのだろうか。
全てが脱色された世界になることを望まないのが自分たちの暮らすこの世だけではない、世界という存在の在り方であり、それらは規律によって禁じられたもの……この世界では嗜好品や娯楽……それらが存続、保存されることを望むのだろうか。法に準ぜぬ「無法者」を勝手に産み出すことで。
この世は、遊撃師団を必要とする世界だった。それなのにタブラ=ラーサはツラトゥストラにのみ水晶の種を見出した。
なぜだろう。あの辺りはしばらくはぐれ者の討伐命令は出ていなかったから、彼らは折良くか悪くか産まれていなかったのだろうか。規律に背く無法者は。
それとも。
この世界においては彼等は「目的もなく、規律に背く」者であったのだろうか。「世界にそれを望まれる」から、目的もなく導かれるように酒を生み出し、麻薬の種を育て、楽器を作って、そして自由の素晴らしさを謡ったのだろうか。
……さすがに、本当にこればかりはタブラ=ラーサの権能をもってしてでも証拠が引きずり出せないし、第一さほど真実の追及に意味のあることではないが。
「……まあ、仮にだとしませば」
薄く、苦笑が出てしまった。本当にそうだったらと思えば思わず……タブラ=ラーサに出会う前から自分の敵であった彼らに、見下し半分ながらも同情した。
「何にも縛られぬ無法者こそが、絶対的に世界に存続を縛られる世界の奴隷であるとなる。最高に皮肉な話です」
「じゃが、そんなものを性懲りもなく生み出してまで抗う『世界』なるものは素晴らしゅう思うぞ、わらわは」
ほほほ、とタブラ=ラーサは宇宙に遍くアウトレイジの尊厳自体は著しく否定したまま、明るく笑った。
「抗う者は、素晴らしい。お主も、抗うた者であろう」
……それは、その言葉は。抗いという行為には目的が付随するが故、それを目的意識を糧とするタブラ=ラーサが好ましく思うのは当然、というように響いたが。
それに続いた言葉は、多少意外なものだった。
「わらわも、抗うた」
「……そう、なのですか」
「うむ」
それ以上、彼女は話そうとはしなかった。
これほどまでの存在が抗わねばならぬ者が、どこかの世界には居たというのか……。
「タブラ=ラーサ様」
「なんじゃ?」
ツラトゥストラはなぜ。
「オラクル・セレスは、貴方が抗い生きた先で出会ったものとして、満足のゆくものですか」
そんな問いかけをしただろうか。
「無論じゃ」
ただ、迷いなく答えたタブラ=ラーサのその笑み……そう、「抗い」が必要な程度の存在として微笑んだその笑みが、ドクリ、とツラトゥストラの心臓を動かした。
そして、思わせた。
……よかった、と。
それは、なぜなのだろうか。彼は、自分の命乞いのためだけに、世界を水晶の華畑にすると言っただけだ。
タブラ=ラーサの話す気もなさそうな戦いなど、無関係のはずであったのに。
「……光栄に思います」
なぜ、打算と見下しと欲に生きてきたはずの彼も、その時思わず心から笑ったのだろう。ただの無邪気な、真に、書いて字のごとく邪な心などとは無縁の清らかな少年のように。他ならぬ少年の折に、世界の全てを見下した彼が。
「まあ……その光栄の下、それでは、『この世界のアウトレイジ』共に関しては私は、世界にも抗う覚悟で尽力いたしましょう」
「して、今度はお主何を考えるのじゃ?」
「奴らは所詮バラバラの小物。無法者風情にゼニスをむやみに動かしてやるのはもったいない。かえって神の品格が下がろうというもの」
にこにこと楽しげに問うタブラ=ラーサに、ツラトゥストラは即答した。アウトレイジが現れて以来、視野に入れていたことを。
「遊撃師団を復活させます」
彼は、オラクルがオラクル・セレスとなって以来「シダン」という位階にしたその旧オラクルの役職名を出した。
「先導者は以前に引き続き、私が勤めます。構成員にはシダンから選りすぐりのものを何名か……しかし、遊撃師団には別の役割も設けさせます」
「と申せば?」
「アウトレイジのうち、この私が『終斗』として受け入られないと判断した者共は、そこに入れます。遊撃師団は正式なオラクル・セレスの一員とは認めません。『いずれオラクルに帰依する、まだオラクルではなき者の教育機関』としての顔が、私が考える新たな遊撃師団の役割です」
「ほう……」
「先ほどタブラ=ラーサ様はアウトレイジはよい水晶の華となる、と仰られましたが、私も彼らは長い目で見て水晶の華の素材に良いと思っております。下品な無法なれど『目的意識』を抱き育てた者ですから。これをご覧ください」
彼は、アウトレイジから火文明支部の自警部隊が没収したというものを見せつけた。「……?」と、タブラ=ラーサはそれを不思議そうに眺めた。
トランプに似たカードの束だ。絵柄は多少違い、裁断は粗雑であるものの。
「彼らが賭け事に使うカードとのことですが……私がこれを見て正直、驚きましたよ。私が遊撃師団であった頃に取り締まったはぐれ者たちは、せいぜいサイコロの目を当てるような運否天賦の快楽を、賭けの本質としていました。しかしこれらは複雑なルールを持つゲームを、数種類展開させるとのこと……つまり賭け事一つに注目したとして、彼らは運のみではなく戦術や駆け引きも絡む快楽を欲するようになった。明らかに、進化していると言うことです。『目的』の概念をもって。彼らは私が知る以上に、小賢しくなっていることでしょう。鬼丸と修羅丸という希望を失ったゴールデン・エイジならいざ知らず……そもそも画一的な組織ですらない無法者共の中には、負けを喫してすらあの洗脳教育が通用しない精神力の者もいる事でしょう。……その様な者に、私が施します。そのレベルの者も水晶の華を目指すに至る、真の洗脳というものを」
終斗を任せたカルマたちには、教育の方針というものを施さなかった。「信念」だけの相手なら、それで十分だからだ。
だが、「無法」を相手にする遊撃師団に関しては、自分の術を徹底的にマニュアル化する。そして他ならぬツラトゥストラ自身がトップとして責任を行使し行う。
「個性の否定。旧オラクルの美徳であり私自身が否定した概念を、今一度呼び覚ましましょう。何が美徳かは構わない、規律から外れた個性である事こそを拠り所とする彼らにこそ、それが相応しい。笑い飛ばす口は徹底的に塞ぎます、こちらは必要に応じて暴力も厭いません。どうせ、そこまでの対応が必要な者相手なら、信徒の目にもタブラ=ラーサ様の御慈悲の心を踏まえようとも、という主張は成り立つでしょう。彼らの個性という個性を否定し、ゼロと呼ぶに相応しくなるほど精神を崩壊させてから終斗の一員としてオラクルに迎え入れるのです。戦力となる者なら、そのまま遊撃師団の一員を兼任させてもよろしい」
「ふむ。それで……それでも手におえそうになき者は」
タブラ=ラーサは、にやりと笑った。けれどもその笑みは先ほどとは違う。
「消すのであろう?」
「まあ……さすがに。そこまでの手間をかける価値はございませんので」
「その思惑の程」
彼女は今度は実に「神」らしく笑って、言った。
「『慈悲深き神』として、許可しようぞ。このわらわの慈悲を持ってしても水晶の華となり、ゼロのマナを産む器にならぬ命が生まれてしまったことを、せいぜい神として憐れみ、死体ばかりは清めてやろう」
「感謝いたします。そのような厄介者が少ないことを一番に望みますが……そのような際には精々私も、悲痛に処刑致しましょう。神を悲しませてしまう者として。この私の涙で、許せぬのは無法者の方だ、と信徒たちに思わせられるほどには」
●
──我々の命はすべてゼニスのため。ゼニスのために生きることを目的とせよ。
──ゼニスへの信心によって水晶の華を咲かせよ。水晶の華となる素質を持つものはオラクルに入団せよ。
──オラクルに入団することができなかったものの選択肢はふたつ。滅ぼされるか、遊撃師団となるか。
──遊撃師団となったものに個性はいらない。個性をなくし、心をゼロに近づけ、いつかオラクルとなれ。
遊撃師団が、世界中を飛び回り、アウトレイジ達を次々に餌食にしていった。
ツラトゥストラも、久々に実働だ。だが、タブラ=ラーサ自ら水晶の力を与えられる彼の力が、弱い道理などはない。
ゼニスへ、信心せよ。ゼロの力へ還れ。
清らかな言葉をうたい上げながら多数の兵を先導し、白い翼から水晶の力の煌めきをきら、きらと振りまき、水晶の神直々に与えられた浮遊する水晶玉に庇護されるように囲まれ輝く扇動者が、無法者たち、水晶の華畑を踏みにじり教団信徒に暴力を振るう存在より素晴らしいものに映らないわけなどない。
その姿はまさに、神のみ使いだ。
遊撃師団の兵士たちは、何も疑問に思わない。
彼が言うから、疑問に思わない。「タブラ=ラーサの慈悲」に背く行為も。これもまた、教団のためである。罪を背負う、汚れ仕事を背負う、清らよりも重き献身だと説かれれば。
アウトレイジ達は次々に捕らえられ、ツラトゥストラはタブラ=ラーサの力のこもった水晶玉を通じて、世界中で捕まる彼らに、一人一人目を通し、全て終斗となるか遊撃師団となるか、それとも……「ただのゼロ」にするか、自分で見極めた。
わかるからだ。全てを見下してきた自分にだけは。
彼等は、世界のはぐれ者だった。だが、少し思うところが、ツラトゥストラにはある。
自分も、「そう」であったのではないか?
無味乾燥の世界で、なぜか退廃に至る者が生まれ得る。それが世界というものか。
なら、目的のない世界で、タブラ=ラーサに見初められるほどにただ一人我欲を宿し生まれてきた自分も、「そんな」存在ではないのだろうか。
世界は、自分を通じてシャングリラに抗い、彼らを通じて自分に抗おうとしていたのではないか、とすら思える。
いずれにせよ、ある種の「同族」とすら思える彼らのことなど、容易に分かる。
「自分」ならきっと、どんな洗脳も通用しない。だからきっと、「自分」は「ただのゼロ」になる他はないだろう。
遊撃師団の教育場は、終斗の寮とは裏腹に人目につかない世界の孤島のような場所に作った。
彼等には、一切を認めない。蝿のマスクすら、彼らには早い。個性の否定。もとはと言えばそれを常識として生きてきた旧オラクルの信徒たちなら、少しの教育さえ施されればその術に長けないはずはないのだ。産まれた時に常識として刷り込まれ続け、このたび一部のアウトレイジ相手にはそれがまた正義として返り咲いた概念。旧オラクルの信徒たちにとっては、もはやどんな抵抗も弁舌も、それを疑わせるに足るはずがない。どこまでも、どこまでも、アウトレイジ相手に抵抗の末死のうが、それは遊撃師団の者たちの常識だ。
そこに築かれるのは、オラクル・セレスの支配する水晶の華の煌めく世界とすら違う、全てから隔絶された別の世界。そこで無法者であった者たちは只管に教え込まれる。産まれもった姿のほかに、お前の個性には一切価値というものは存在しない。お前が生命としての当然を全うできる術と言うのは、この先指一本足りとて動かさずに何の行動もとらず飢えて渇いて死ぬことだ。お前は命としての個性も価値もない物質である事がこの世の事実だ。
アウトレイジの恐ろしさの本質は、規律から外れる自由、その形を弾きだす発想力だろう。彼らは頭脳こそが脅威なのだ。逆に言えばいくら自由の形が実在しても、それに手を伸ばすだけの力、頭が無ければ意味がない。だから、奪い去るのだ、徹底的に。自力では発想をする余地など残らない頭になるほどに心身を疲弊させ、否定する。それこそが、アウトレイジの洗脳法とツラトゥストラは考えた。
遊撃師団の部下たちはツラトゥストラに言われるままに、全てを否定し、全てを奪った。そして、唯一、与えるものがある。
閉鎖された異世界、世界の孤島でも、オラクル・セレスとしての信心は欠かさない教育係たちが、アウトレイジのためではない、自分達のために穏やかに、そして幸せそうに唱える祈りの言葉だ。
それが唯一、拷問教育の行われていない時間に響く。そうして、彼らは知るのだ。
「自由」「無法」、それを通じて「持つ者」であると自分を思い込んでいた彼らは、もはや「持たざる者」である。そして彼らが盲従の民と見下すオラクル・セレスは、この狭い世界で「持って」いるのだ。
自分達を虐げられる権力を、ではない。
信仰の幸福というものを「持っている」。
会話も許されない独居房にそれぞれ閉じ込められ、睡眠と起床すらも薬品でコントロールされ自分の好きな時に眠ることすらできない。そんな彼らが、全てを否定される拷問の空き時間に、ぼうっとする頭で、ある日、この完全に全てが無い世界に唯一存在するものに……朦朧とする頭で、歌うように自分も追従し、呟く。「世界にないもの」を求める生き物である彼らは。そしてもう、自分の頭ではそれを考えつけない彼らは。手を伸ばすのだ。
その時、ふいに独居房の扉は開く。その時、目の前に遊撃師団の者が……時には、師団の先導者ツラトゥストラ本人が翼を水晶の輝きに煌めかせ、そして……自分たちの全てを剥奪し拷問にかけた者とは同じと思えない、神の民に相応しい、清らかな笑みでこう問うのだ。
「ともに祈るか?」と。
そして知る。
信心という悦楽を。
彼等は、祈り、聖典を読み、やがて異世界から解き放たれる。蝿のマスクを顔に嵌め。
「アウトレイジの改宗など、私にはさほど成らぬものとも思いません」
あの者共が信者と成るのか、人知れぬところで華に変えた方が早いのでは。ある日そう問うてきたタブラ=ラーサに、ツラトゥストラが返した返答が以上の通りだった。
ツラトゥストラは知っている。元からはぐれ者を知り、そして旧オラクルを知ってきた。どちらのことも俯瞰的に見下していた彼だけは知っている。
真逆のようで、表裏一体なのだ。
酒に煙草、ドラッグ、賭け事、色事、装飾、暴食に音楽に、情に喧嘩。はぐれ者は、アウトレイジ達は、そんなものが好きだ。つまるところ、快楽主義者なのだ。禁欲の世界に産まれた無法者だから。もし快楽主義こそが絶対正義の世界があれば、そこに産まれたアウトレイジはさぞや禁欲の存在となるであろう。
しかし一方で、宗教に従うこととは、禁欲でありかつ、それは快楽にも等しい。マゾヒズム、の概念が正確にこの世に明確にあったわけではないが、何とはなしにツラトゥストラにはそのようなものと察しがついていた。はぐれ者たちのスラムで行われていた倒錯的な色事と、自分達の信心には一種の共通点がある気がしていた。
いや、別に倒錯的な色事でなくてもいい。粗雑な酒の悪酔い、負ければ悔しいだけの賭け、血の飛び交う負けるどころか後遺症を負うかもしれない喧嘩、彼らはなぜ快楽主義者であるのに、安全な快楽のみならず、そのようなものにも依存したがる。
つまりまず、彼らは苦痛と共に在る快楽の味も、立派に愛する質なのだ。そして、宗教的な禁欲と献身の先に至る法悦、そのエクスタシーはまさに、それに類似するものではなかろうか。神の前に自分を貶め、社会の前に自分を貶め、あらゆる即物的な誘惑から遠ざかり、その先で至る悦楽。その味に一度快楽主義者を嵌めてしまえば、易々と戻ってこれるとも思えない。
「そもそも、快楽は生命として心地がいいから快楽なのです。命として生まれたならば快楽を求めて当たり前です。そしてオラクルの通念はこの世の命のほとんどを支配していた。ならば我らの法悦は、無法の快楽主義者たちを魅了し得て当たり前です。この世で随一に認められた快楽こそが我らの宗教だったのですから」
オラクルと、アウトレイジ。
我らは敵であるようで、理解し合える表裏一体なのでしょう。……と、ツラトゥストラは言ったが。だが、少しばかり、普段と違うところがタブラ=ラーサにはあった。
「……理解がおけぬ」
「タブラ=ラーサ様?」
普段は彼の言うことを興味深そうに聞く彼女が、呻いた。
「なぜ、自らを傷つけ、愉しい。なぜ自らの身を可愛がらぬのじゃ。この世で唯一、いつまでも信じて良いものを、なぜ大切にせぬのじゃ、わらわには、理解がおけぬ」
「……」
ツラトゥストラは思わず、言葉を失った。理由は二つ。
彼も、俯瞰し解説はすれど、理解ができなかった。はぐれ者たちのマゾヒズム的快楽主義にも、旧オラクルの全てを棄てた法悦の世界も。その理屈を、彼女に端的に言葉にされたような気がした。
全くだ。この世で信じられるのは自分だけなのに、その自分を粗末に扱って何が楽しい。現にツラトゥストラは、そうしなかった。ひたすらに自分を愛し続け、それで十分幸せだった。
「斯様な者に溺るるは、贅沢じゃ」
そして、もう一つの理由。
「自分を愛さなくとも構わぬ者の、贅沢じゃ」
彼女の純粋無垢の身体が、震えていて、泣きそうに見えた。
「そうです。愚かな贅沢者です。アウトレイジも、オラクルも。だから貴女様は神らしく凛然と、彼らを見下ろして下さればおよろしい。穢れた俗物の穢れた欲望まで、神が理解なさることはありません。……いえ」
……それだけは。自覚すら、彼はしていなかったが。
それは、いやだった。
「貴女のような方がわざわざ理解なさる必要は、ありません」
全てが美しいタブラ=ラーサの水晶の輝きのうちで、唯一聴きたくないのが、あの水晶玉の涙が流れる音だった。
世界中の信徒を管理し、センドウとして全信徒に説法をし、本部の職務を片付け、その上遊撃師団の先導者として実働にも赴く。片時も休む時間などない彼がそれでもこうして度々タブラサ・チャンタラムに赴くのは、タブラ=ラーサに会いたいから、彼女の姿を、その目に入れたいからだった。彼女の、水晶の輝きを。
美しい。シャングリラ・ファンタジアすら感じさせなかった、真のゼロ。
そして、彼女には欲が無い。支配の怪物でありながら支配欲からかけ離れた、無垢な乙女。それこそが、彼女の姿だった。
そこに、大した矛盾はないことをツラトゥストラは最近悟った。彼女に支配欲が無いことなど、彼女が特別だからでも、何でもない。
全ての上に立つことを望んだ、他人から羨まれれば絶対的に嬉しかった自分が、理解できなかった優越感が、子供のころにあったのだ。ヒューマノイドの子供の信徒が、自分を見ていった一言。
「空を飛べていいなあ」という言葉。
それは羨望であったのに、ツラトゥストラには嬉しさより戸惑いが来た。それはなぜか。
ジャスティス・ウイングの自分は、翼があって、飛べて当たり前だからだ。ヒューマノイドはなくて当たり前だから、ある自分を羨んだ。けれどあるのが当たり前の自分にとって、翼など、飛行など、羨望の対象にもならない。羨望もしないなら、欲も持ちはしない。
「飛びたい欲求」など、自分にはなかった。だから、タブラ=ラーサにもなくて当たり前だ。支配欲など。他ならぬ、支配の存在である彼女なのだから。
だから、彼女は、安心していい。
「ツラトゥストラ?」
この世で一番の支配者であるがゆえに、この世で最も支配欲からかけ離れた清らかな存在であることが保証されている。だから、安心していい。
彼女の輝きを、彼女の無垢を、信じていい。
「何を思うておる?」
「……貴女様は、美しい」彼は答えた。
「下品な無法者どもを見た心の汚れなど、忘れられます」
「……」
彼女は、どんな表情をしたのか。
「そう言うてくれるか」
そっと、神秘的な白い手、あの最初に会った日以来、ツラトゥストラにだけは向けられることのない手で、彼女は口……というよりも逆さになった人型種族の顔面を、覆い隠してしまった。
神に従う法悦とは、何か。ツラトゥストラは思う。
苦痛と表裏一体のマゾヒズム的快楽の側面があるのならば、もう一方もある。
全ての苦痛、全ての責任から解放される安全の快楽の保障だ。
そうだ。自分一人で考えて、自分を信じて生きてきたツラトゥストラにはわかる。唯々諾々と教義に従って得る苦痛など、全て自分で考え負う努力によって得る苦痛に比べれば、何でもない。それは苦しみに入らないのだ。何も考えず経典に従えと言うのは、小さな苦しみに縛り付けられることでありながら、真の苦しみから解き放たれることでもあるのだ。
宗教は、命にこう囁いてくれる。お前は苦しみに耐え抜いて頑張らなくていい。この教義に従い、この祈りを唱えよ。さすればそれだけでお前は正義なのだ。さすればそれだけで、最も美しい存在が、お前を愛してくれるのだ。生という不確かな歩みを、死という無限の恐怖が最後に待つ歩みを、安全なものに固定してくれるのだ。
……それは、きっと。絶対的な安らぎ。
何の責任も持たない赤ん坊のまま、全てに甘えて生きていていいと言われる様な。育て女の腕……在家の民ならば、「母の腕」と呼ぶのだろうか……それに一生抱かれていてもいいと言われる様な。
タブラ=ラーサ。
この世の全ては、貴女の腕に抱擁されたがっているのです。貴女のその無垢の腕に。彼は、心の底で呟いた。