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春がもうすぐ来る。オラクルの、世界的祭典が始まる。
「諸君。天合節を邪魔されては、信徒たちもおちおち安心して子を作ることができない。それに下種のアウトレイジ共だ、天の花嫁たちに乱暴をせぬ保証はない」ツラトゥストラは各地の遊撃師団に、指令を送った。
「アウトレイジの捜索、並びに討伐を一時的に強化せよ。雪が解けるまでに彼らを狩り尽くす気で行け。この世に『目的』が生まれて初めての天合節だ、例年にも増して、無事に多くの命が生まれねばならぬ。我らに、失敗は許されない。ゼニスへの献身の下、励むのだ」
「天合節?」
「そうか、タブラ=ラーサ様にはお伝えしておりませんでしたか」その旨を話し、ふと、その祭りについて彼女に話したことはなかったことを思い出した。水晶の華の輝きと共に迎える初めての春を。
「旧オラクルの祭典です。世界中のオラクル教徒のうち、バイタルチェックに基づき子作りに適した身体状況にある信徒同士をゼニスの祝福という名目の下婚姻させ、子供を作らせる祭典でした」
シャングリラ・ファンタジアの理想とはゼロであり、何の目的も為さぬ「世界」であった。「積極的な破滅に向かう」、それもまた世界に仇なす「目的」足り得ると旧オラクルは解釈していた。生物としてあるべき形を逸脱するという点においても命の数を不自然に減らすという点においてもそれはシャングリラの理想とは違う故に、「命の数の維持」こそが「目的なき者」が行うべきこととされていた。
天合節は、その一環であった。一定数以上の結婚、そして子孫存続が為されることをこの世に保証するための祭典。定期的に行われる身体検査で、天合節にめいめいの種族の違いこそあれともかく子作りに適した時期となると診断された者たちを主役とし、世界中で結婚式が行われる。
これは別に、廃する必要はなかろうというのがツラトゥストラの考えであった。むしろ、もっと積極的に、大々的にやっていいほどだ。生まれてくる命の数が多ければ多いほど、この世には水晶の華となる命がたくさん生まれる。事実天合節の時期に限らず、積極的な結婚と多産、幼児信徒の育成を彼はオラクル・セレスにおいて奨励した。産めよ増やせよ地に満ちよ、この世を清らなる水晶の華畑にするために。清らかなる命が多く生まれる世界と成れ、と。
……だが。その祭典の概要を聴き、「……」と、タブラ=ラーサはしばらく黙り、それで言った。
「お主もそこで妻を迎えるはずだったのか?」
「私ですか?私はそもそも、上級信徒なので妻帯が認められておりませんでした」
旧オラクルの天合節において、上級信徒も重要な仕事を担っていた。上級の認定を受けるほどの信仰心を見せた彼らの血を引く命を、多くこの世に存続させることだ。
だから、上級信徒以上に結婚の自由はない。代わりに天合節に、複数の信徒相手に子を作る。理想的な信徒の遺伝子が特定の相手にしか子を産ませないなど、理想の世界を創るに不都合であるがゆえに。ツラトゥストラ自身は人型種族の男性故に無縁であったが、女性の上級信徒なら数か月前からそれに合わせてその日に丁度産卵や妊娠に最適になるように、また男性であっても発情期が存在する種族の場合は同じく天合節にそれがやってくるように、魔術か薬で体をコントロールすることも義務であった。
思えばこれもまた「なんとなく」が故の矛盾だった。生物として子を成す自然を失わせないことがゼロの理想というのなら、本来子作りに適さない時期をゆがめてまで天合節に子を作ることこそが生命としての自然な在り方をゆがめており、ゼロの理想から遠ざかる行為だったはずだ。
それはさておき。その旨を聴いたタブラ=ラーサは……あからさまに、嫌そうな顔をした。
「それは無くせ」
教団をどう運営すべきか、その術においてはツラトゥストラに全幅の信頼を寄せ、基本的に積極的な口出しはしない彼女が、珍しく吐き捨てるようにそう言ってきた。
「それとは」
「お主が複数の女と子を作る様など見とうない」
「……上級信徒以上の話にかかっていたのですね。承知いたしました。その制度は今年から撤廃致しましょう。私も昔から常々馬鹿らしいことと思っておりましたもので、貴女様に厭われてまでわざわざ生き残らせる必要もないでしょう。私は『オラクル教主』でなく『センドウ』であることですし」
事実、自分も今忙しい。天合節の子作りなど昔から義務感しか感じなかったことだ。無くなった方が自分は暇が開いていい。
それに優秀な信徒の血を残す、といったって、何も考えていない衆愚の血なら誰の子であろうと同じだ、同じならたかだか数人が産まれようが産まれまいが同じだ。
それと……。
「タブラ=ラーサ様がお望みであれば、センドウは子を成すこともない位階にしても構いません。理屈など、いくつでも付きますから」
……それと、なんであるのだろう?
何か、がある気はしたのだが。
「天合節自身は執り行ってもおよろしいですか」
「……なぜ、子を作るのじゃ」
タブラ=ラーサはツラトゥストラの疑問にすぐ回答せず、どころか自問自答するようにぼそりと呟いた。
「何故、命は産まれねばならぬ?」
「……タブラ=ラーサ様?」
「何故まぐわうのか。なぜ孕むのか。なぜ卵を産むのか。なぜ種を撒くのか」
彼女は、何を考えていたのだろう。
「わらわには、分からぬ。命が命を産むとは、なぜであろう。あのゼニスたちも所詮は、産み出された命なのであろう」
……ゼニス。それは、超獣たちの思念が命となった生命体。
「お主が教えたことじゃ。あのシャングリラとやらも所詮は、命を守ろうと思うた多くの守護者共が産んだ子であろう。思うたことも、まぐわいも、さしたる変わりはありはせん。命を生み出すことじゃ。……何故、せねばならぬのか。そのようなことを」
……シャングリラも。
所詮、男と女が交わって産まれた子供と変わりはない。ただ親の数が多かっただけだ、ただ産まれる手段が違っただけだ。そう、タブラ=ラーサは言った。なるほど、とツラトゥストラは思った。なるほど、なるほど。所詮、ゼニスも、命に生み出された命でしかなかった。なるほど、絶対者などではあり得ぬわけだ。所詮、この世の被造物(クリーチャー)だ。
「……何故かと、問われれば」
莫迦らしい。確かに、莫迦らしい。必死で子を成し何も考えていない教団を存続させねばらない理由など、どこにあった。「なんとなく」でしか行わないことで自分の身すらもゆがめてまで。
在家の民たちは家族という概念を作り家族だから愛し合うという観念を持つ。けれどその程度が何だったのだ。希望の双子の両親は、ベートーベンの器の蛆人形と、独房にたたずむ「何かわからない命」など産んだわけではない。家族の分かち難さなど、その程度であったじゃないか。
何のために旧世界の命たちは、想い、ゼニスを産んだのだ。シャングリラすらも所詮、この水晶の怪物と、そして多くの命をその怪物の餌に駆り立てるこの自分からは誰も護れていないのに。その程度の事なのに。
この世に、命を作る尊き「理由」などきっとなかったのだ。
「貴女様のための、水晶の華となる命は今地上にいる分だけでは足りないから、増やすに越したことはないが故です。貴女様のために命は増える必要があるからです。タブラ=ラーサ様」
今までは、無かったのだ。彼女がこの世に飛来してようやく、「理由」は産まれた。
この世は漸く、命を産むに値する世界として動き出したのだ。
「……結婚式、とはどのようなものであろう」
「オラクル流のですか?それでしたらゼロに相応しい白い衣装を着て、天の花婿と天の花嫁と呼んで、ゼニスの礼拝所で皆で聖歌を歌って祝福し、花嫁と花婿がそれぞれ、誓いのペンダントを掛け合うのです。何でしたら、今年の天合節からはもっと華やいだものにしてよいと思っております。セレスの祝福を見せるため……」
「……笑っておるか?」
「えっ?」
「その者共は、楽しそうにするのか」
「ええ。崇拝するゼニスのためとなりますから、猫も杓子も笑って楽しそうに致しますよ」
そうか、と、タブラ=ラーサは少し、一転穏やかに笑ったようだった。
「華やかにする、と言うたな」
「ええ」
「世界中の花嫁と花婿が、水晶の華飾りをみんなその身に着けてはどうかえ。マナを産む華ではなくほんにただの飾りじゃが、きっと煌びやかになろうぞ」
「それは実に良いですね」ポン、とツラトゥストラは手を打った。なるほど、水晶の華を崇拝する自分達には実に象徴的だ。「水晶を採掘して、加工するよう命じましょう、今すぐに……」
だが。タブラ=ラーサはそっと、一対の手を、まるで信徒が彼女に捧げる祈りのように合わせて、そっとその隙間に口づけを堕とす。
そしてその手が開かれると、そこには大量の、色とりどりの小さな水晶の華飾りがあった。
その、手工芸などでは到底出せ無かろう煌めきに思わず嘆息するツラトゥストラ相手に、彼女は笑う。
「これでは足りぬであろう?どうじゃ、いっそわらわがあの野原の上で、天の上からこれを作ってはばら撒こうぞ。それで信徒たちに拾わせて、全世界にこれを届けさせるのじゃ。いくらでも作るぞ。花嫁と花婿のみならず、世界中の結婚式場をみんなこれで飾るほど作ってもよい。煌びやかな結婚式じゃ、素敵であろう?」
彼女は本当にただ、楽しそうに笑っていた。その目が夢見ているのが水晶の華飾りを振りまく神への崇拝の視線ではなく、ただ煌びやかな会場で幸せに笑う新郎新婦たちの笑顔であるのは、赤子でも分かりそうなほどに、その時のタブラ=ラーサは無垢であった。
無垢な乙女。
美しい女神。
華より、蝶より、蝿の貴女が麗しい。
当たり前だ。蝿が醜いなど、「なんとなく」の主観なのだから。
その麗しい蝿の神が春に向けて水晶の華飾りを生み出し振りまき、白衣の信徒たちが白雪の中で本物の花に先駆けて咲くそれらを拾い集める、極楽浄土の如き光景が繰り広げられている。その傍ら、それとまさに対極にあるかの如き、真冬でさえなければそれこそ本物の蝿が飛び交うであろう不潔なスラムに、遊撃師団は殴り込む。アウトレイジを狩るために。
「ツラトゥストラ様!こちらへ!」
アウトレイジを処刑させるのではなく取り込もうと思った理由の一つは、完全洗脳を施した彼らは立派な密告者にもなり得るからだ。バラバラとはいえバラバラなりの横の繋がりの情報から、芋蔓式に無法者たちは掘り出せる。
この火文明の古いスラムに築かれたたまり場はかなり大規模なものと聞いていたが……にしては、あのやかましい無法者たちには似合わぬほど静かだ。「警戒態勢を」とツラトゥストラは静かに言う。勘づかれていると思って間違いはあるまい。
こちらも、正面突破だ。遊撃師団の一員となった元アウトレイジの信徒の言う「一番のたまり場」たる地下クラブの扉に、遠慮なしに水晶のエネルギーを光線として放出しぶち破れば……そこには、驚く様子もないアウトレイジ達が居る。
酒の匂い、ドラッグの匂い、酸化した油の匂い、血の匂い。不潔と退廃が伝わるその空間にたむろして待ち構えていた彼らはツラトゥストラを見て笑う。「よお、水晶のセンドウ様!」……何人かは戦う姿勢すら見せない。酒を飲んで、肴にでもするようにツラトゥストラの方を見ている。
「慈悲深き神、クリス=タブラ=ラーサ様の言葉を届けしものとして、言おう」ツラトゥストラ、彼も彼で臆することなくその空間に歩みを入れる。
「アウトレイジ共。オラクル・セレスに帰依し、水晶の華を育て水晶の華と成るがよい。お前たちの幸せは、そこにある」
そして、沸き起こる。大爆笑の嵐だ。なぜ、莫迦は笑うとき手を大きく打ち鳴らすのだろう?とツラトゥストラは思う。これもまた、酒の製法のように、世界がアウトレイジに教える事である可能性もあるのだろうか。
「本物見たらより一層女みてぇな面したガキかと思えば、本当にガキの言い分ほざくじゃねぇの!え、可愛いねぇ可愛いね!お綺麗に育ったお坊ちゃまには酒場は早いわなぁ、なぁ?こんなところにアンタはお呼びじゃねぇのよ。一回しか言ってやらねぇ、とっとと帰んな。オレたちゃあね」
その場の全てが、ツラトゥストラを嗤い、見下す。恐らくこのスラムのボスとその№2……実際に発言したのは彼等だけであるが、実質その言葉はその場の無法者全員が言ったのだ。
「そんなのになるくらいなら、死んだほうがマシなんだぜ」
「そうか」
そして、次の瞬間。
ツラトゥストラの周囲に浮遊する水晶玉から彼に力が降り注ぎ、そっと彼がそのボスに向かって手を差し伸べる。
瞬時のうちに、攻撃の余地もなくたまり場のボスは体が硬直し、結晶化し……油にまみれたミラーボールの明かりの下にあってすら、ため息をつくほどに神秘的に輝く、地下にあってそこにだけ太陽が現れたかのような巨大な向日葵の水晶の華に変化した。
「……えっ」
そして。驚きに動きが鈍った、彼の隣にいた側近。彼にも瞬時に水晶のエネルギーが降り注ぐ……だが、だ。
それは、華の形を成さない。
それは彼の体内で、四方八方に鋭利な結晶の棘を伸ばし、彼は一瞬のうちに体の内部から何十ヵ所と貫かれ、薄汚いクラブに輝く水晶の太陽とは似ても似つかぬ汚い血をクラブの床にまき散らし。
無法者の誇りどころか命乞いにすらならない言葉ですらない悲鳴をわめき散らしながら、あまりの激痛に、汚れた床に倒れてしばらくのたうち回ってなおのことその汚い血をべちゃべちゃとまき散らし。苦しみの余りに失禁し、不潔にねばつく床を這いずり回るせいで汚物が傷口に浸み込む痛みにも悶え苦しむこととなり。
「……おや。これは」
結局何の抵抗も叶わず、苦悶に満ちた表情で痙攣しながら死んでいった。
「これは可哀想に。この者の力が大きすぎて、水晶の力が十分に残らなかったようだ」
ツラトゥストラは悠然と天井に届かんばかりの水晶の向日葵を見上げてそう言いながら、別の水晶玉から力をチャージする。
「……さて」
そして、アウトレイジ達に向かい合う。……先ほどの意気込みはどこへやら、硬直してしまっている彼らと。
当然だ。彼らは、見てしまったのだから。
死は怖くない、それはただの強がりでもなく、一応本音ではあったのだろう。オラクルとの戦力差は認識しており、本当に無法のためなら死ぬ覚悟ですらあったかもしれない。だが彼らは、知らなかったことを知ってしまったのだ。死の在り方も一つではない、と。自分達が本当によく知っていた「同じ命」が別々の姿になったことで。
水晶の華とは、こんな不潔極まるスラムのクラブに咲いてなお、この世のどんな物体よりも透明で美しく。
そして、自分達がなって後悔はないと息まいた「ただの死体」はただ、汚い。汚いものをまき散らし、みっともなくのたうち回って、生前の意気込みもかなぐり捨てて、恥を晒して腐って消える。
水晶の華は……水晶の華の方は、あんなにも美しいのに。
それこそ、油かすまみれのミラーボールの光の下ですら輝ける。表に出られぬ無法者ならば「背負わねばならぬ」不潔からすらも「自由」で在れるほど美しいのに。
彼等は、それを直視して、息をのんでいた。
ツラトゥストラはそれを見て判断した。……このスラムの民は、師団送りを経ることも無かろう。全員終斗に直行で十分な程度の器しかいない。
「タブラ=ラーサ様の御慈悲を代弁する私は、お前達とは違い何度でも言おう……オラクル・セレスに帰依し、水晶の華を育て、いつか水晶の華となる気はないか?タブラ=ラーサ様は、虐殺などは望まれない。ただ全ての命が清められ、真の水晶の華となる世界を望まれる」
光り輝く水晶の華と、穢れにまみれた死体を前に、彼は悠然と叩きつけた。
今一度実物を見て良く考えたまえ、水晶の華となるのと、死ぬのと、本当に「後者がマシ」なのか?と。この程度の小物共には答えなど、一つしかない問いかけを。
「他の建物も探せ」
いずれにしても、このスラムの者は今日中に片付ける。先ほどのクラブのホールで戦意を失った者たちを数名の部下に任せ、残りと、自分自身で他の施設にいるアウトレイジ達を引きずり出しにツラトゥストラは向かう。
とはいえ。もうじき遊撃師団が来るかもしれないという中で呑気に迎えうつにも、それを見る気にもならない輩ども。器の程はより一層知れていた。
とりあえず念を入れてスラム全てを洗って、最後にあの水晶の向日葵だけは「ゼロに還して」今日は撤退だ。それまでの図式が見えていて、彼は次々に小物の中の小物相手に消化試合だ。遊撃師団が来ようが知ったことじゃないと賭けに興じていた者たちのカジノ、鎮痛薬……瓶を見るにオラクル教団の医療施設から強奪したものと見える……それの過剰投与でぐったり幻覚に溺れる麻薬クラブ、騒ぎを聞いて諦めたのだろうか、あるバルでは食料をありったけ炊きだして客も店員も一体となり、ただ油と塩まみれなだけで火も十分に通っていないそれらをヤケクソのような勢いで食べていた。勿論遊撃師団が食べ終わるのを待ってやるはずなどなかったが。
そして、その中。とある建物で。
足を踏み入れてきた遊撃師団にぎょっとする、男女の姿があった。
そこは、娼館だった。
……ふと、隣に立つ師団の兵たちの「動揺」を見て、ツラトゥストラは彼等に肘鉄砲を堕とした。
「精進が足りん」
そう部下たちを非常に淡々と叱って、ツラトゥストラ本人は事実一切何一つ気にもかけず、ただ汗で腐ったような色のシーツで身を隠し、睨み付けつつも所詮怯えなど隠せない小物相手に語りかける。退廃に溺れるアウトレイジよ、水晶の教えに帰依せよ。お前たちの幸福は、ここにはない、と。
その姿は確かに、神の教えの先導者に相応しく見えたろう。
けれども、彼は思っていた。本物のソレを、今一度、俯瞰し見ることで。
ああ、なんだろう。確かに、タブラ=ラーサの問いかけ通り、何の意味があるのだろうか。
こんな、無防備な姿になって汚いもの同士を滑稽な体勢ですり合わせる行為に、何の価値があるのか。なぜ、命はこんな形で生まれねばならず、自分たちすらもこんなものを義務にしてきたのか。
こんなものを、こんな滑稽なことを。
この世には、あれほど、美しい存在が在るのに。
この世には、透明に輝くタブラ=ラーサが居るのに。
「……天合節での、上級信徒の子作りの義務は、今年から撤廃します」
タブラサ・チャンタラムに帰還したツラトゥストラの言葉を聴いて、タブラ=ラーサは「はて?」と本気で戸惑った様子で聞いた。
「それはもうお主、決めたことではなかったかえ」
「今日、今一度消すべきと実感致しましたので、改めまして」
この神のための祭典に、汚いことなど要らないのだ。結婚した者同士なら勝手にしろ、けれど「それ」だけのことなど、要るはずがない。
「代わりに一般信徒たちの結婚式を、うんと豪華に致しましょう」
彼女は、タブラ=ラーサだけは、性教育を施される前の少女のように、水晶の華飾りで煌めく結婚式だけを本質だと見做して楽しみにしていれば、それでいいのだ。そちらの方が、彼女に相応しく、無垢で美しいことなのだから。