修行2日目
昨日は酷い目にあった、あの後外で朧と組み手をしたわけだがここで初めて朧の名前の由来がわかった。
タネは解らないが動きが特殊過ぎて実態がつかめない、動きも恐らく早い訳ではないんだろうが目が錯覚を起こして実体を掴めない。うちの親父の「柳葉揺らし」と発想は似てるがアプローチはまったく別物だ。あっちは相手の死角に入って姿を消すのが目的だがこっちはあえて敵の視覚に入る事で間合いを外して虚を付こうとしてくる、どっちにしろ厭らしい事には変わりなかった。
そう判断して何とか最初の攻防を凌いでしまったからだろう、朧がハードルを上げてしまい今日は二日目にして気を用いた戦闘に入ると言い出した。
結果は散々。向こうに打ち込まれるとこっちの体内の気が狂いこちらが打ち込むと向こうは気で防御しこちらの気が通らない…理不尽の一言につきる、ダメだ早く何とかしないと。
向こうの方からアパチャイさんと小雪の遊んでいる声が聞こえてくる…
「ティーカオは元気よく飛ぶよ~!」「うわ~い、蛙さ~ん♪」平和だなぁ
修行5日目
朧の気を狂わせるのがあまりにも理不尽なので師匠に相談、どうやらあんな事が出来るのは世界で朧くらいなもんらしく対処法と言う対処法は無いそうだ。
え、最初から詰んでたの?とあっけに取られているとソレを防ぐ手段として今のところ龍掌くらいしかないらしい。
ここで初めて龍掌について説明を受けた訳だが確かにコレは危険な力だった。
龍掌とは相手の体細胞に気で干渉する事が出来る異能、相手のキズを癒す場合は細部分裂を促し自然治癒力を高めて治す。
しかしソレが行き過ぎると今度は害にしかならない、ようは空気で満ちてる風船に更に空気を入れて破裂させるようなもんだ。
さらに相手の気を操作する事により身体機能に異常をきたす事が出来る、朧が俺に対してやってくるのがコレだ。狂わされるとその部位に鈍い痛みが走ったり感覚が無くなったり下手に胸などに打ち込まれると息が出来なくなったりする。
大体は攻撃を食らった後にその部位の気を正常に戻すように意識をして体の中から気を操作して治す、もちろん戦いながらになるのでその分隙ができてしまう。
最初のほうは一箇所に1分程掛かっていたので一発打ち込まれたら後は倒れるまで打たれ続け凄惨なものだったが最近はコツを掴んだので一箇所5秒ほどで治せるようになってた。その事を話すと師匠も朧も呆れたような顔をしていたが…
しかし今日龍掌を教えてもらったので次回からは違う!明日からは攻撃を食らってから治すのではなくそもそも攻撃を龍掌で流すようにすればいいんだ!
そんな荒んだ修行を送っている俺に遠くから聞こえる小雪達の遊ぶ声が平和な気持ちを与えてくれた…
「プラムは基本中の基本よ~、ここからカウ・ロイなんかに繋げるよ~」「おぉ~すごいすご~い」
…ダンスでもやってんのかな?
修行9日目
龍掌で防げばいい、そう思っていた時期が俺にもありました。
なんなのあの人!?こっちは龍掌の字のごとく両手でしか相手の気を操作することができないのにあっちは肘打ちから果ては蹴りですら気の操作を行ってくるんですが!?追いつかねーよ!
最近何故かアパチャイさんや小雪のほうに付きっ切りの師匠に話してみると「朧だからしょうがない」とか言われた、師匠が諦めてるとかどんなチート?
さすがに朧も手以外の四肢による操作は難しいというので技の裁き方を教わった、中国拳法がベースのようであの動きは八卦掌独特の動きだそうだ。
親父に柔術を教わり始めた時に「良い物はどんどん取り入れて行きなさい、この岬越寺流柔術はそうして進化してきた」とも行ってたし中国拳法を教わることはマイナスにはならないだろう。
特にあの足運びは柳葉揺らしに通じる所がある、いい所はガンガン盗んでいくぜ!
その夜小雪が「ね~ね~みてみてしーちゃん、タン・ガ~ド・ムエイ~」と言って笑顔で肩をすくめるような動きをしていた、可愛いじゃねーかタイのダンス。
修行14日目
今日は武術の修行はお休みでようやくコントロールできるようになってきた龍掌で師匠の診療所のお手伝いをした。
朧もしくは師匠の見ている所限定での龍掌での他人への治療行為の許可が下りたのだ、親父仕込の整体も出来るのでそちらもサービスでやっておく。
龍掌で相手の気の流れをコントロールしてすり傷程度の傷を治したり手術を待っている人の痛みを和らげたりと結構忙しい。朧の方も忙しく腰痛や体の節々の痛みを訴える老人達の気の流れを正している。
そして奥ではドクターが今日も神霊医術で患者の手術を行っている、ドクターは龍掌が出来ればアレも出来るみたいな事を言っていたが気を習い始めてアレがそんな容易な事ではないと今ならわかる。
相手の気と同調させて自分の手を相手の体内に侵入させる、同調が甘ければそのまま体を突き破ってしまうだろうし逆に行き過ぎれば細胞レベルで同化してしまうかもしれない。
戦っている相手の気を乱すなんて大雑把なものとは文字通りレベルが違う、俺がアレを出来るようになるには後何年かかるだろう・・・
「そうやって相手の傷を治し痛みを和らげる、それだけでも大したものですよ時雨」
「朧…」
「あなたはまだ若い、若すぎると言っても過言ではありません。学んで行くのはこれからですよ」
「…ありがとう」
そうして朧と会話しながら気による治療を行っていると奥からさっきの患者が出てきた。
「先生、妻を助けて頂いて本当にありがとうございます!」
「今度からはもう少し早く来るようにの、後ちょっと遅れていたらさすがにワシでも無理じゃったろうて。金の心配なんてせんでええ、元手もかかっておらんしの」
「ありがとうございます先生、このお礼は必ず!」
「そんなもんは後回しでええ、まずは嫁さんと生まれてくる子供を大事にしてやらんか」
「はい!」
旦那さんは患者だった奥さんをおぶって帰っていった、…いいなぁこういうの。
「師匠…」
「ん、どうした時雨?」
「実はさ、俺…医者になりたいって思ってるんだ」
「ほう…」
「親父から柔術を習う時に「人を壊すも治すも自由自在だ」って言っててそれで俺は治す方に関心があったんだと思う」
「確かに整体の腕は中々のレベルですね」
「小雪を助けた時に発動したこの龍掌や気も、もちろん戦いの中で役に立つけどそれ以上に今みたいに人を癒すことに役に立ってる。俺はこうして授かってきた力を誰かを護るために使い、癒すために使いたいんだ。」
(ワシはその考えに行き着くまで大分回り道をしてしもうたが、この子は…)
「だからこれからも俺をガンガン鍛えていってくれ、もっと多くの人を護れるために、もっと多くの人を癒せるために!」
「その道は恐らく険しい物になりますが…」
「承知の上だ!」
「フフフ、楽しみですよ時雨。今後あなたがどう育ちどう強くなるのか」
「そうじゃの、やっと後継者が見つかったのじゃ。老い先短いワシに出来ることなら惜しむものは何もないぞ」
あぁ、ここに来て本当に良かった。俺はこの日改めて自分の夢の指針を定めた。
修行20日目
あれ以来、朧は武術だけでなく人体や自然の中の気の流れとか気が人体に及ぼす影響などを教えてくれるようになり、師匠からは医療の心得を教わった。
これらは将来に役立つ知識なので俺も出来る限り頭に詰め込んでゆく。もちろん体術のほうもアレからさらに磨きをかけていっている、まぁ連敗記録は更新中だが。
しかし凄いと思ったのは地球そのものも気を宿しているということだった。龍脈という気の辿る道がありそこには莫大なエネルギーを秘めているとか、スケールがでか過ぎて中々想像がつかなかった。
他にも気の操作のコツや龍掌のコントロール等もみっちり教わる、以前と比べると身体の気の流れが円滑になっているような気がした。
そういえば最近アパチャイさんと外で遊んでいるのか生傷が絶えない我が妹は見ていてなんだか微笑ましい、もちろん俺が龍掌で治してやるがこれくらいお転婆なのが調度いいんじゃないかな?
元気に遊んでいるせいか重心が以前と比べて半端無い程安定しているように見える、我が妹も成長しとるのですよ!
修行29日目
短かったようで長かったココでの修行も今日で一先ずの終わりを迎え明日、日本に帰る事となった。
相変わらず朧には勝てなかったが一応の及第点はもらい師匠に一人での龍掌の使用も許可された。アパチャイさんとはあまり一緒にいられなかったけど小雪の面倒を見てくれていた事には感謝の念が耐えない、いつかお返しをしなきゃな。
そんな事を食後のまったりした時間に考えていると
「それでは最後に小雪の仕上がり具合を見てみましょうか」
と朧がのたまった、は?
「朧、小雪の仕上がり具合って何の?ダンスの?」
「何を言ってるんですか時雨、もちろんムエタイのですよ」
………ナンデスト?
「どういう事ですか師匠?アパチャイさん?」
「いや、それがじゃな…どうやらアパチャイがムエタイの修行をしていた所を見て興味を持ったらしくてのぉ。ワシらがお主の修行を付けてる間小雪もアパチャイにムエタイを教わっていたらしいんじゃ」
「…俺の気が確かなら初日にリミッターがどうこうで危ないって話じゃありませんでした?」
「うむ、それがどうやら相手は小さな女の子ということで奇跡的にリミッターが作用したようじゃ、相手がお主なら間違いなく手加減なんて出来やせんかったじゃろうて」
「アパチャイいっぱいいっぱい手加減したよ!山よりも深く、海よりも高く!」
こわっ!というか小雪も結構危ない橋渡ってたって事かよ!
「じゃぁ一時期小雪の生傷が絶えなかったのって…」
「あぁ、ありゃアパチャイの仕業じゃぁない。試合で出来た傷じゃ」
「ちょっ!?もう試合までした事あるんですか!?」
「うむ、昨日はついにお前さんと同年代の男のチャンピオンを倒してしもうての。ホッホッホ、スカウトを断るのに苦労したわい」
「師匠!それにアパチャイさん!なんて事させてんですか、そんな危険な場所に小雪を…」
言葉を続けようとした俺の袖がグイっと引かれた、そこには今まで黙って話を聞いていた小雪が両目に涙をたっぷり溜め今にも泣き出しそうな顔でこっちを見てた。
「ひっぐ…しー、ちゃん。ぼく…ムエタイやっちゃ…ひっぐ…いけなっ…かった?」
「そんなことないさ、小雪!お兄ちゃん小雪が強くなってくれてとっても嬉しいな!!!」
泣き顔で一発KOされてしまいました。
俺だって小雪の歳くらいにはもう親父からバリバリ柔術を教わっていたから別に女の子が格闘技をするのに抵抗があるわけじゃない。
でもムエタイ始めて1ヶ月も経っていない幼い小雪が本場のムエタイの試合に出るなんて流石に斜め上を行き過ぎてる、心配する俺の気持ちも解って欲しい。
「というかチャンピオン倒しちゃったのか」
「うん!アパチャイに比べたら遅いんだもん!」
「アパパパパパ、最近の試合の質落ちてるよ~。アパチャイ、アレくらいの時はあれよりもっともっと速かったよ~」
さっき泣いたカラスがどこへやら、目の端に涙を浮べながらも満面の笑みで言い切ってくれました。
ごめんね、チャンピオンさん。比べる相手が間違ってるよね、でも多分セコンドのアパチャイさんにも勝利の要因があったと思う、主に威圧感的な何かで。
「しかし小雪はいいものを持ってはいますがまだまだ身体ができていません、ココから先はゆっくり鍛えていった方がいいでしょうね」
「だな、親父にも相談してみるか」
「アパチャイ、もっともっとコユキにムエタイ教えてあげたいけどじじいがダメだって言うよ~」
「当たり前じゃ、第一お主パスポートも持っとりゃせんじゃろ。小雪の身体が本格的な修行に耐えられるようになるまではお預けじゃ」
「コユキ~、アパチャイいっぱいお祈りするからいっぱいいっぱい育つよ~。そしたらアパチャイムエタイ教えにいくよ!」
「うん、わかった!アパチャイから教えてもらったこと、忘れないようにずっとムエタイがんばる!」
小雪とアパチャイさんが抱き合ってる、ムエタイを教わったってイレギュラーはあったけど小雪には大切な友達が出来たみたいだ。それだけでもココに来て本当によかったと思える。
「もちろんあなたも頑張ってくださいね、時雨」
「そうじゃぞ、次あった時にまったく成長しとらんかったら拳骨じゃすまんからな」
「わかってますよ、師匠、朧。小雪、家に帰ったら一緒に修行頑張ろうな!」
「うん!!」
こうして俺たちのタイでの修行は終わった。
次の日、空港に皆で見送りに来てくれた訳だが当たり前になってしまっていたメーオの存在がやっぱり都市部では受け入れてもらえず大騒ぎになったのは…また別のお話。
先の約束通り、小雪がいっぱいいっぱい育って俺の理性をガリガリ削ってくるようになるのはまだ先の話。
今回でタイ編は終了!小雪の魔改造に関してはある程度方向性は決めてあります、キャラを変えすぎないようにいじっていこうと思います。また作品内の龍掌については独自解釈になりますのであしからず。
今回出てきたムエタイの技について↓
ティーカオ…ムエタイの跳び膝蹴り
プラム…ムエタイの首相撲、カウロイはこの状態からの膝蹴り
タン・ガード・ムエイ…ムエタイの型の一つで肩をすくめて首をガードする構え