服装は派手だがあの後ろ姿は何年も見てきた、見間違えるはずはない。
「夜にこんな所を出歩いて、何をしているんだい?お嬢ちゃん」
「見てわからないかい?こんな時間に女が一人立ってるんだ、やってる事なんて薬か身体どっちかを売るくらいしかないだろ?」
「へ~最近いい女をこの辺りで見かけるってのは聞いてたがこんなに上玉だったとは、お兄さん驚きだな。今まで何人の客をとった?」
「そんな事が気になるのかい?いい歳して小さい男だね、でも安心しな。どいつもこいつも腑抜けばかりでね、この2~3日声はかけて来るが実際買おうとなると二の足を踏んじまうようでね。なかなか上手くいかないのさ、おかげであんたが今私を買うならもれなく初めてを買い上げる事ができるよ、もちろん高くつくけどね」
後ろから見ていたあいつの姿が少し震えていた、馬鹿なヤツだ。そんなに怖いのなら誰かに助けを求めればいいのに、そんな事も出来ないくらいに追い詰められていたんだ。本当に大馬鹿野郎だ、そんな事にも気がつけなかった俺は。
「残念ながら俺はまだ20代だ、いい歳した男なんて言われると傷ついちまう。そういうのは三十路越えたおじさん共にいってやれ。そしてそれ以上に残念なのは…お前さんみたいな美人を買いたいのは俺じゃない。お前さんの後ろにいるヤツさ」
だから、今俺はここにいる。自分の馬鹿さ加減に腹を立てながら、あいつの馬鹿さ加減を叩き治す為に。
ロン毛で髭面の男が顎で後ろをさした、こんなヤツをパシリにするような奴ならどんな下卑た男だろうと思い後ろを振り返った。少なくともこんな事に人を使うような奴だ、金は持ってるんだろう。うまくいけばこの客だけで結構な額が稼げるかもしれない。ガキを相手に小銭を稼いだってしょうがない、狙いは金を持ってる豚だ。
親に捨てられたとき、最初に思った事は「あぁ、やっぱりな」といったアッサリしたものだった。私はガサツで自分でも思うほど高慢に育っちまったし竜は暴れても暴れても暴れたりないといったガキで辰子にしても普段はああだが一度暴れだすと竜以上に手がつけられない、最後の希望と「天使」と名づけた天でさえ最近の暴れっぷりは竜や辰を髣髴とさせるモノがあった。
そうして見切りをつけたのだろう、つい先日置手紙すら残さずあいつらは家を出て行った。
正直そんなクズ共のことよりも妹たちのことで頭がいっぱいだった。たとえ義務教育だろうと学校に行くには金がかかる、いや生きていくには金がかかる。でもあいつらに金を稼がせるなんて事ができる訳がない。
なら自分が稼ぐしかない、長女であの子達の姉である私が。
幸運だったのは私が同年代より大人びてスタイルが良かった事だろう、コレならそこそこの値が付けられるはずだ。一度関係をもって弱みでも握ってやればいくらでもゆすってやればいい、そう考えていた。
そうやって考えていれば自分の身体を売るという現実からも自分を誤魔化せる、そんな風に考えていた。
あの馬鹿が今まで見せたこともないような真剣な顔で立っている姿を見るまでは。
「ありがとうございます、
「なーに、代行業の初仕事がいい女に声かけるってのも悪くないスタートだ」
「いい仕事だと思いますよ、頑張ってくださいね」
「お前もな……人払いはしておいた、ドジは踏むなよ」
「…とっくにドジ踏んでるからこんな所に突っ立ってるんですよ」
「……違いねぇ」
そうして髭面の男は去って行った、でもそんなことは気にもならなかった。
「…こんな所で何してんだい」
「そりゃこっちの台詞だ、辰子達が心配してっぞ」
「大丈夫さ、遅くなるとは伝えてあるよ」
「俺は聞いてないけどな」
「あんたに言う必要があったのかい?そりゃ知らなかったよ、すまないねぇ」
「…なんで一言相談しなかった」
「あんたに相談すりゃ解決できたってかい?すまないねぇ、そいつも知らなかったよ」
「お前一人で抱え込める問題でもなかっただろう」
「…知った口を聞くんじゃないよ!」
そこからはもう自分の感情が止まらなかった、一度飛び出しちまった感情を止める術を私は知らなかった。
「あんたなんかに何がわかるって言うんだい!あたし達は捨てられちまったんだよ…ゴミのようにね!親のことなんて気にも止めちゃいないが辰達は別だ、あたし達が生きていくには金が必要なんだよ!皿洗い?新聞配達?その程度で稼げる額なんてしれたもんさ、そんなもんで家族四人が生きていける訳ないだろう!だったら売るしかないじゃないか、皆やってる事さ!奇麗事だけじゃ世の中生きていけないんだよ!」
みっとも無い姿を晒している事は解っていた、涙でグショグショでメイクも落ちちまっていた。でも見られたくなかったんだコイツには、知られたくなかったんだコイツだけには。あたしが汚れちまうなんて事は。
コイツとの付き合いは長かった、あたしが小学校の頃からの付き合いで何の因果か小学校から中学までずっと同じクラスメイトだった。腐れ縁っていうのかねぇ、長いこと顔付き合わせてるもんだから喧嘩もしたし一緒に遊ぶ事もあった。ガラの悪いうちの兄弟たちともいつの間にか仲良くなっちまってて辰があいつの背中にのっちまうと3秒で寝るようになったのには驚きだった。
気が付いたらあいつがいた、親よりも一緒にいた時間は長かったんじゃないだろうか?
だから当然だ、あたしの中にあいつがいたのは。おせっかいで面倒見がよくて兄弟が下に3人もいるあたしなんかよりずっと大人びてるあいつが、あたしの大事なもんの中にあいつがいたのは極々当たり前のことだった。
でも…
こんな顔をしたあいつを見たことは今まで一度もなかった。
なんであんたはそんな苦しそうな顔をしてるんだい?
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「自分の馬鹿さ加減に腹が立つ」
「?」
「お前がそこまで追い詰められてるのにも気付かずに挙句の果てにはそんな顔させちまった」
「……」
「確かに俺はまだガキさ、でもな…男なんだよ」
「は?」
「好きな女を泣かしといてただ見てるだけなんてできやしねぇ」
「…っ!?」
「お前、自分を売るためにここにいたんだよな。」
「……そうだよ」
「だったら俺が買ってやる!」
「はぁ!?」
「だから俺がお前達兄弟を頂くって言ってんだ!」
「何を言い出すんだいあんたは、大体なんであの子達まで出てくるんだい!?」
「だって俺、あいつらも好きだからな!」
「……なんだって?」
「だから言ったろ?お前も好きだしお前の家族も好きなんだ!そんな好きなやつらが路頭に迷うなんて考えたくもねぇ、だから俺がお前たちを買ってやる。大人しく俺んとこに来い、亜巳!」
「……あんたねぇ」
「ん?まだなんかあんのか?そっちは売るつもりこっちは買うつもり、文句ねーだろ?」
してやったりといった風に笑うコイツの笑顔にはさっきまでの苦しさなんて微塵も無かった。
いつもあたしたちと居る時のあの笑顔、そんな笑顔ができるコイツが憎たらしくて悔しくてそしてたまらなく好きだった。
なんでこんな奴に惚れちまったんだろうねぇ、まぁいいや今はとりあえず。
「そこまで言ったからにはちゃんと責任とってもらうよ、ただその前に」
「ん?」
「女の気持ちを弄んだ罰はしっかり受けな!」
「あべし!!」
あたしの事を好きだと言ってくれたのは嬉しかった、でも家族も好きだと言ってくれたのはもっと嬉しかった。だってあたしも自分の家族が大好きだから、それこそ自分の身体を売ってでも養おうと思うほどに。
でもあたしだけじゃなかった、あの子達を好きなのは自分一人じゃなかったんだ。
自分一人で悩んでいたのが馬鹿みたいに思えて、それにあいつが好きだって言ってくれて舞い上がってた自分が馬鹿みたいで…恥ずかしくなってぶん殴っちまったけどあたしは悪くないよねぇ?
「殺し文句にしちゃ最悪の部類だったからなぁ。それにしても、しまらねぇなあいつは…」
ダメ中年候補のつぶやきは、珍しく静まり返った親不孝通りに消えていった。
宇佐美巨人さん登場、時雨との出会いはいずれ書ければ書きたいと思っています。