委員長のかちかち山動画を見て思いついたので。
タヌ吉は巣穴の中で身を縮めて震えていた。ずしり、ずしりと地を踏み締める翁の足音が響く。
先週は三本杉の婆様だった。おとといは天狗松の兄貴がやられた。天狗松の兄貴は返り討ちにしてやると鼻息を荒らげたが、あっけなく翁に叩き殺された。だらんと伸びた兄貴がその場で潰されたのを、腹を掻っ捌かれてハラワタを抜かれた兄貴の姿を、タヌ吉は穴の中から震えながら見ていたのだ。翁は兄貴を肩に担いで上機嫌に鼻唄なんかを歌っていやがった。ハラワタはその場に捨てられて、カラスどもがついばんでいった。
タヌ吉は穴の奥に頭を突っ込んで、祈るような気持ちでいた。翁の足音が穴の前で止まり、突然むんずと尻尾を掴まれて穴の外に引き摺り出された。
「やあやあ、こいつぁまるまる太ってうまそうなタヌキだなあ」
タヌ吉は狂ったように手足をバタつかせたが、
「なんとまあ、活きのいいタヌキじゃねえか。こいつぁ縁起がいい」
翁はにんまりと笑って、タヌ吉を地面に力任せに叩きつけた。
タヌ吉が目覚めると、縄でぐるぐる巻きに縛られて翁に担がれていた。
「けえったぞ、ばあさま。今夜はタヌキ汁じゃあ」
翁は満足げに言い放ち、タヌ吉を土間に放り投げた。
「なんとまぁ、まるまる太ってうまそうなタヌキじゃのう」
婆様は喜色あらわに、タヌ吉を梁にかけてぶら下げた。それを見届けた翁は、
「じゃあワシは畑にいってくるけえ、うまいタヌキ汁つくっといてくれやあ」
そう言い残して畑に出かけて行った。
このままじゃ食われてしまう――慌てたタヌ吉は必死の思いで婆様に言った。
「婆様、聞いてくれ。ワシには帰りを待つ嫁がおるんじゃ。なんとか助けてはくれんか」
けれど婆様は、
「知らんがな。おめえは今夜のメシになるんじゃ。こちとらご馳走は久しぶりだかんな。ああ腹へった」
そう言って、しゃりしゃりと出刃を研ぎ出す始末。
「婆様、なあ婆様。ワシは巣穴にクマの肉をたっぷりと隠しとるんじゃ。イノシシの肉だってある。それに大判小判もたんまりじゃ。それを婆様にやるから、なんとか助けてはくれんか」
それを聞いた婆様は、いいことを考えた。巣穴まで案内させて、お宝をせしめてからタヌキを叩き殺しても遅くはないと。
「よし、わかった。巣穴まで連れて行け」
婆様はタヌ吉を梁から下ろして縄をほどいてやった。それから背負い籠の準備だ。
「やいタヌキ。この背負い籠で全部入るか」
婆様は手近な背負い籠を指さしてタヌ吉に聞いた。
「いんや、ぜんぜん足りない。もっと、もっと大きな背負い籠でなくちゃ」
「そうか、そんなにか」
婆様はにんまり笑った。皺くちゃな顔で歯を剥き出して、意地汚い猿みたいに笑った。それから流しの下に頭を突っ込んで、一番大きな背負い籠を引っ張り出そうとした。
(今しかねえ!)
タヌ吉は覚悟を決めて、転がっていた杵を掴んで振り上げて、婆様の頭めがけて思い切り振り下ろした。
ぎゃっと蛙が潰れるみたいな音を立てて、婆様はすっかりのびた。
これで逃げられる――タヌ吉はそう考えて、はたと立ち止まった。
(これじゃあ報復されるかもしれねえ……)
そうなのだ。婆様を殴っただけじゃ、翁はきっとまた襲ってくる。今度は皆殺しにされるかもしれない。
それならば、そんな気が起きないくらいに徹底的に懲らしめてやらなくちゃいけないのだ。
タヌ吉はもう一度腹を括った。ちょうどそこに婆様の研ぎたての出刃があった。生き物の潰し方は翁のやり口を見て知っていた。
そうしてタヌ吉は婆様を流しの下から引き摺り出して、その首に出刃を当てた。
「婆様、けえったぞ! 婆様!」
日が落ちかけた頃、畑仕事を終わらせた翁が戻って来た。
「いやはや、いい匂いだな」
翁は鍋から立ち上る匂いにすっかり上機嫌だ。
「ええ、ええ。今夜はご馳走のタヌキ汁じゃ。たーんと食ってくれや」
そう言って婆様は丼に汁をよそって翁にくれた。腹ペコだった翁は汁を慌ててかっこんだ。
「うめえか、爺様」
「うめえ、うめえぞ。今まで食ったタヌキ汁の中で一番うめえ!」
「そうじゃろうそうじゃろう。そうだ、爺様。米が炊けたか釜を開けて見てくれろ」
「なんと、米まで炊けているとな!」
翁は目ん玉をかっぴらいて驚いた。ちょうど米が食いたい気分だった。
そうして鼻唄まじりに釜の蓋を開けた翁は、中を見るなり今食べた汁をげえげえと全部吐き出した。
「あっはっは! こりゃあ愉快だ! おいジジイ、ババア汁はうまかったかよ!」
婆様に化けたタヌ吉が、正体を表して高笑いした。釜の中には婆様の生首がどっかりと置かれていたのだ。
「ばあさま、ばあさま……!」
翁は釜の中に手を入れて、けれども婆様の顔をどうしていいかわからず、おんおんと泣いた。
「これに懲りたら、もうタヌキ狩りなんてやめることだな。あばよ!」
そう言い残してタヌ吉はずらかった。逃げながら、何度も翁の小屋を振り返った。翁が飛び出してくる気配はなかったけれども、タヌ吉は巣穴に戻るまで、翁が追いかけて来やしないか何度も振り返った。
それから翁は三日三晩ふさぎ込んだ。もうタヌキ狩りはこりごりだった。
そんな翁を見かねて、兎のやぱんが小屋の中から翁に言った。
「爺様。ここはひとつ俺に任せてくれねえか。この小屋から出してくれたら、婆様を殺したタヌ公を懲らしめてやるからよ」
やぱんの目は怒りの炎を湛えていた。やぱんは翁にも婆様にもよくしてもらっていた。婆様のくれる芝が好きだった。なのに兎は婆様が殺されるのを、小屋の中から指を咥えて見ていることしかできなかった。だからこそ、翁の無念は誰よりも理解できるのだ。
今こそ恩返しのとき。復讐の炎を正義の刃に代えるときがきたのだ。
やぱんは小屋から出されると、さっそく計画を実行に移した。
背負い籠をふたつ担いで、えっちらおっちらとタヌ吉の巣穴までやって来た。そこでやぱんはひいひい言いながら芝を刈って、どんどん背負い籠に放り込んでいく。それを巣穴から覗いていたタヌ吉は、居ても立っても居られなくなってつい声をかけた。
「やい、ウサ公。そんなところで何してやがる」
「これはこれはタヌキさん。見ての通り冬支度でさあね」
「このへんじゃ見ねえ顔だな。おめえどこのもんだ?」
「へえ。あっしは山をふたつ越えた先の村のもんですわ」
「そんな遠くから、なんでこんなところまで来たんだ」
「なにせ向こうじゃ芝が枯れちまいまして。あっしの帰りを待つおっかさんのためにも、こうして芝を刈ってるんでさあ」
「そうだったのか。よし、俺も手伝ってやるよ。ここいらにはおっかねえ獣食らいのジジイがいるんだ。さっさと刈って帰っちまえよ」
タヌ吉が巣穴から出てくるのを見て、やぱんはにんまりと笑いましたが、それを見たタヌ吉はやぱんを気のいい奴だと思いました。
ふたりががりで芝を刈ったので、ふたつの背負い籠はあっという間にいっぱいになった。やぱんがそれを背中と胸に担いで立ち上がろうとすると、足があれよあれよとふらついて、ついに尻餅をついてしまう。
見かねたタヌ吉が、
「背負い籠を貸せ。俺が村まで運んでやるよ」
それを聞いてやぱんはまたにんまりと笑い、
「ありがとう、ありがとう。こんなものしかないが、よかったら食べてくれ」
と、懐から栗を取り出した。
「なんだこりゃ」
「かち栗っていうんだ。かちかち鳴るからかち栗。なんだおめえ、そんなことも知らねえのか」
「知らねえなあ。どれひとつ。うん、うまい」
栗のおいしさに気をよくしたタヌ吉は、背負い籠を担いで意気揚々と歩き出した。
山道を歩き、そろそろ頃合いだと、やぱんはタヌ吉の担いでいる芝に向けて火打ち石をかちかち鳴らした。
「やや。なんだこのかちかちいう音は」
「へえ。それはこの山はかちかち山といいまして、通るとかちかち鳴るからそう呼ばれてるんでさあ」
「そうなのか。栗と一緒だな」
のんきに歩いているタヌ吉だったが、背中の芝はあっという間に燃え上がり、タヌ吉はばたばたと転げ回った。
「ウサ公。俺を置いてお前は帰れ。おっかさんが待ってるんだろ」
ほとんど悲鳴みたいな声でタヌ吉は言った。そうこうしている間にも背中はぼんぼん燃えていて大火傷間違いなしだった。
「へえ。すんません旦那。じゃああっしはこれで」
やぱんはにんまりと笑ってその場を立ち去った。後ろからタヌ吉のすすり泣く声が聞こえてきて、やぱんは笑い声をこらえるのに苦労した。
帰りしな、やぱんは興奮のあまり駆け出した。駆けずにはいられなかった。
「やった! やったぞ! やってやった! あははははは!」
地べたに這いつくばったタヌ吉のあわれな姿といったら!
これを早く爺様に教えてやらなくちゃ。そんな使命感から、地を駆けるやぱんの足にも力がこもる。
「やったぞ爺様。タヌ吉に一泡ふかせてやった!」
翁の家に戻ったやぱんは、事の顛末を身振り手振りで翁に聞かせてやった。もんどりうって地面に転がる姿を迫真の演技で翁に見せた。転がりながら、また思い出してひいひい笑い出す。それを聞いた翁も満足そうに笑った。
「すまなかったな。これで婆様も成仏できるってもの」
「なに言ってんだ爺様。これはまだまだ序の口だ」
そう言ってやぱんは味噌に唐辛子を練り込んだ。
それからやぱんは練った特製唐辛子味噌を手に、タヌ吉の巣穴に見舞いに行った。
「具合はどうだ、タヌ吉どん」
タヌ吉は巣穴の奥で具合悪そうにうんうん唸ってた。
「今日はいい薬を持ってきた。なあに、こいつを塗ればどんな火傷もたちどころに治っちまう」
「そうなのか。じゃあひとつ頼んだ」
やぱんは唐辛子味噌を握りしめ、タヌ吉の背中に向かってにんまりと笑った。味噌を塗った瞬間、タヌ吉の悲鳴が巣穴の中に響き渡った。
「やい、ウサ公。とんでもなく痛いがそれは本当に薬なのか!」
「もちろんだ。なんの心配もいらねえよ」
「そうなのか。ひいい! ひいい! 痛い! 痛い!」
ひと塗りするたびタヌ吉が悲痛なあえぎ声を漏らした。味噌は婆様の思い出の味だった。やぱんの耳にタヌ吉の悲鳴が心地よく染み渡る。
やがてタヌ吉は痛みのあまり気絶した。それを見てやぱんは満足気にうなずいた。
タヌ吉の背中の火傷は唐辛子味噌のせいでひどく爛れてしまった。その夜、巣穴からはタヌ吉のすすり泣く声が止まなかった。それを聞き届けてから、やぱんはようやく帰路についた。
背中の火傷を大火傷にかえてやったと、やぱんは得意気に翁に伝えた。
「爺様にも見せてやりたかったぜ。バカダヌキが惨めにすすり泣くザマをよ」
「そいつはごくろうさん。でも、なんだかかわいそうだなあ」
「なに甘いこと言ってんだ。こんなもんじゃ許せねえよ。そうだろう?」
「許せない……。そうだなあ、許せはしないなあ……」
それからやぱんはタヌ吉の怪我が回復するまで何日か待った。
「爺様。いよいよだ。今夜はタヌキ汁だぜ」
そう意気込むやぱんだったが、
「もういいんでねえか。あいつも十分懲りたろう。これ以上はやりすぎじゃあ」
「何を弱気になってやがる。ああいう奴はきちんと懲らしめねえと」
何も知らずに拷問されるタヌ吉のことを思うと、翁はなんだか寝覚めが悪い。けれどやぱんの胸に宿る正義の炎はそんなことで萎えたりはしない。
やぱんは海辺に木で作った小さな船と、泥で作った大舟をこしらえて、タヌ吉の巣穴に向かった。
「おう、タヌ吉どん。怪我の具合はどうだ」
「なんだウサ公か。あのときは薬をありがとうな。おかげですっかり良くなった」
タヌ吉はそう言ってやぱんに背中を見せた。毛がなくなって禿げ上がった背中は哀れで痛々しく、やぱんはにんまりと笑った。
「そろそろ精を付けたいだろう。海に出て、魚でも釣りにいこうじゃねえか」
そう言ってやぱんはタヌ吉を巣穴から連れ出した。それから海辺にある泥舟を指さして、
「タヌ吉どんはそっちの大きい舟に乗ってくれ」
「これはずいぶん大きな舟だなあ」
「魚がたんまり取れるんだ。舟いっぱいに釣り上げて、たっぷり精を付けてくれ」
そうしてタヌ吉とやぱんは海に出た。陸を離れ、どんどん沖に向かっていく。
「なあウサ公。どこで魚が取れるんだ」
「まだまだ先だよ。なあに、心配いらねえよ」
やぱんはどんどん沖に向かっていく。仕方ないからタヌ吉もその後をついていく。泥舟がちょっとずつ沈んでいくのにタヌ吉は気づきもしなかった。舟が半分沈んだところで、タヌ吉はようやく異変に気がついた。
「大変だ、ウサ公! 舟が、舟が沈んでる!」
助けを求めるタヌ吉に、やぱんは邪悪な笑みを向けた。
「なんだタヌ公。助けて欲しいのか」
「ああ、助けて、助けてくれ!」
「婆様は助けてくれって言わなかったか?」
やぱんの顔が怒りで醜く歪んだ。
「なんだ、なんのことだ」
泥舟がついに完全に沈んでしまい、タヌ吉は溺れまいとして、ばちゃばちゃと水をかいた。
「忘れたなら思い出させてやるよ」
やぱんは自分の舟に隠しておいた杵を大上段に構えた。杵は婆様の血で赤く染まっていた。
「げええっ! まさかそれは」
「ご明察。お前が婆様を叩っ殺した杵だよ!」
まずはごつんと一発、タヌ吉の頭に振り下ろす。
「やめてくれ! なんでこんなひどいことをするんじゃ!」
「婆様のかたきがへらず口を叩くな」
やぱんは怒りにまかせてもう一度タヌ吉の頭を殴った。血飛沫があがる。
「やい、ウサ公。てめえも俺たちと同じ側じゃねえか。なんでジジイなんかに肩入れしてやがる」
「クソダヌキが。そうやって婆様もたぶらかしたのか」
「違うんだ。聞いてくれ」
「うるせえよ、外道が! てめえの死に様は爺様に逐一報告するからよ。せいぜい惨めに死にさらせ!」
そう叫んでタヌ吉の頭に杵を打ちつける。殴られたタヌ吉は少し沈んで、息継ぎのためにまた顔を出す。そしたらやぱんがそれをまた打つ。ひとつ打つたび、やぱんの胸はすっきりと軽くなっていった。繰り返すうち、タヌ吉の顔はズタズタになって見る影もなくなった。そしてついにタヌ吉が動かなくなると、やぱんはタヌ吉を掴んで陸に戻っていった。
陸に上がってやぱんは考えた。
「このままじゃタヌ吉の体は重くてしかたない。帰り道で腐っちまうかもしれねえ。どうせタヌキ汁にするんだし、それなら邪魔なものは捨てちまおう」
持って帰るのは食いでのある肉と、確かに死んだ証拠である惨めな形相を浮かべた首だけでいい。
やぱんは出刃を取り出して、タヌ吉の腹をかっさばいた。ハラワタを海に投げると、あっという間に魚がぴちぴちと集まってきた。ウミネコもにゃーにゃー鳴いて、海の上は大宴会になった。
その狂騒が、やぱんには祝う鐘の音に聞こえて嬉しくなった。
それからやぱんはタヌ吉をせっせと担いで翁の家に戻った。
「爺様、戻ったぞ。さあ、今夜はタヌキ汁じゃあ」
そう言ってタヌ吉を土間に放り投げた。
「おうおう、今夜はご馳走じゃ」
と言って翁も喜んだ。翁の喜ぶ顔を見て、やぱんは満足げに笑い、自分の小屋へと戻っていった。翁はその扉に鍵をかけた。
その夜、米が炊ける匂いと、タヌキ汁のいい匂いが兎小屋に眠るやぱんのところまで漂ってきた。
(了)