幻の夢を追いかける華   作:日振

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今日だけは、桜色を捧げて

 

 黒と薄紫を中心とした勝負服。緊張感が走る控え室の中でウマ娘であるアセビボタンと、トレーナーである若旅伊吹は向き直る。

 

「蹄鉄は大丈夫か?」

「はい。しっかり打ち直してきました」

「体調は?」

「緊張はしていますが、それ以外は絶好調です」

「……よし。それじゃあ、ライバルと、あの子と走ってこい」

「はい、行ってきます!」

 

 ボタンは口元をキュッと結びながら、特徴的な芦毛を揺らしながらパドックへと歩いて行った。

 

 

 阪神レース場、第11レース。GI「桜花賞」は始まってから最終直線まで2人の逃げウマ娘がレースを引っ張り、そこから約3馬身程離れて先行の集団が走るといった状態となっていた。

 若旅の担当であるアセビボタンは集団の中では先頭。彼女にとっては誰からも囲まれていない1番良いポジション。そのまま流れに沿って走り、末脚さえ前に届けばアセビボタンは勝てる。という、漠然とした確信を若旅は持っていた。

 レースに絶対はないけれど、あの皇帝と同じ様に「絶対がある」と言えるポテンシャルがボタンにはあると、信じられると、そう思ってしまう。

 

「ブランブンガワンとヒマランウラップの2人が数多のウマ娘を引き連れて最終直線へと入ります! ここからは下り坂を経て残り200メートル地点からは最後の上り坂! 一つ目のティアラを目指すウマ娘達にとって最も苛烈な勝負所!!」

 

 2人のウマ娘は今も変わらずに逃げ続けている。しかし、後方にいたウマ娘はじわじわと脚を進め、先行集団もラストスパートをかける為に一瞬のタイミングを見計らう。

 ボタンは未だ脚を溜めているが、それを見ながら若旅は先程の自意識過剰から一転、内心でバ群に囲まれたらどうしよう、前に届かなかったらどうしようと少しだけ焦る気持ちに襲われる。

 落ち着け、走ってるのは俺じゃない。この場所から応援するだけだ。

 若旅は拳を握りながら深呼吸をして、ただ真っ直ぐに目の前のターフへと目を向けた。

 

「……走れ、頑張れ、ボタン!」

 

 会場の熱量も相まって、若旅から放たれた応援の声にも一層の力が篭っていた。

 

「坂を下り、今からは上り坂! そして、先頭変わってブランブンガワン! ここで最後尾から一気に先頭へとやって来たのはルスデフォード、凄い脚! 1番人気のジャズドミズヤマはバ群に阻まれて少し苦しいか!!」

 

 興奮する実況の声を聞きながら、若旅は俯瞰して見ていたレースの隊列の中見慣れた色のウマ娘が動くのを見つける。

 

「行け、ボタン……アセビボタンッ!」

 

 身を乗り出して全力で叫ぶ。大丈夫、まだ届く。

 

「このままブランブンガワンの逃げ切り勝ちか! 1人のウマ娘が突っ込んで来た! あれは、アセビボタンです!! アセビボタンが阪神ジュベナイルフィリーズと同じ末脚を見せるか! まだ少し前とは距離がある!」

 

 1人だけ違うエンジンを積んでいるかの様な末脚、ここまで音が聞こえてくるかの様な強烈な踏み込み。

 黒と薄紫の気品すら感じさせる色合いの勝負服と、グラデーションの芦毛を揺らした脚は遠い遠い先頭の影に簡単に届く。

 

「ゴールッッ!!! 1600メートルのマイル戦、1つ目のティアラを手にしたウマ娘はアセビボタン! このまま3つのティアラを手にするのか、それともアセビボタンを阻むウマ娘が出てくるのか、今から見逃せないシーズンとなりました!!」

 

 もう数えるしか咲いていない様な葉桜から、祝福する様に桜の花が舞った。

 

 

「……お疲れ様、ボタン」

「お疲れ様でした。トレーナーさん」

 

 優勝レイを肩に掛けたボタンが、写真撮影やインタビューを終えて控え室に入る。

 今後は身支度を整えてから、もう一つの目玉であるウイニングライブが行われる事となっている。

 

「次はオークスか。良い状態で走れる様に調整していこう」

 

 若旅はありふれた言葉を口にすれば、ボタンはどこか眉を下げながら、申し訳なさそうに口を開く。

 

「あの、トレーナーさん。その事なのですが……」

 

 おずおずと呟かれた言葉に、若旅は首を傾げる。

 言い辛そうに視線を彷徨わせるボタンに対し、若旅は何も言わず、カチリカチリと時計の針が進む。

 

「私、オークス……もですが、ダービーにも、出たいんです」

「ダービー?」

「はい。ずっと昔から、ダービーにだけは出なければいけない様な気がしていて、ダービーに出ないとあの子と同じ土俵にすら立てない様な、そんな、感覚があるんです」

「……そうか」

 

 ボタンが度々口にする「あの子」の存在。あの子は、ボタンが走る度に目の前に現れるボタンにしか見えない存在。言うなればスピリチュアル的なもの。

 だが、若旅が気の所為だと切り捨てるにはボタンの口振りは真面目そのもので、執着すら感じさせる。だからこそ、身近に霊媒師的な存在があった土地に生まれた若旅は、ボタンを否定せずにその思いを受け入れる。

 オークスとダービー、両方のレースに出る提案は無謀そのもの。ボタンは直ぐに先程の言葉を誤魔化す様に首や手を振った。

 

「ご、御免なさい変な事言って! オークスとダービーなんて無茶ですから、どっちかに絞らないと駄目ですよね。忘れて下さい!」

「いや、そんな事はない。ウマ娘が出たいレースに出て、勝てる様にサポートするのが俺の、トレーナーの仕事だ。だから、日本ダービーにも出よう」

「……本当……ですか!?」

「あぁ、勿論だ。でも、1つだけ約束してくれ。ダービーとオークスは分かっている通り休憩出来る程の間隔すらない。もし、オークスの後に疲れが抜けなかったり、少しでも体調に問題があればダービーは許可出来ない、それでも良いか?」

「はい、はい! 勿論です! 有難う御座います!」

「それじゃあ、まずはウイニングライブを終わらせよう。アセビボタンの晴れ舞台だからな!」

 

 笑顔になったボタンと口約束ではあるが次の目標を決めて、若旅は控え室から出る。扉に背を預け、目を閉じる。

 日本ダービー。数多くのウマ娘が挑戦して、夢叶い、敗れてきた日本で最高峰のレース。そして、オークスから間隔の短過ぎるローテーション。

 未だ新人という肩書きしかない若旅が、その頂点へとボタンを導けるトレーナーになれるのか。

 怪我をさせる事なく、少しの不調もなく、ボタンが存分にパフォーマンスができる状態を維持出来るか。

 

「……やってみなきゃ分からない。だな」

 

 小さく漏れた言葉が、静かな廊下に反響した。

 

 

 

 

 

1:名無しが適当語り ID:0XnKJLA2h

この時期の阪神第11R芝1600メートルのGIレースを見る度に俺の推しはどんな感じだったのか思いを馳せてしまう

 

2:名無しが適当語り ID:q032ZUE0J

時代的に映像も何も残ってないのに定期的にスレ立てられるの稀有な存在やね

 

3:名無しが適当語り ID:zvgt9fESw

>>2

ケウちゃん!?!?

 

4:名無しが適当語り ID:4od+oviM0

今日に合わせてボタンの桜花賞イベ見直して泣いた奴おる?

 

5:名無しが適当語り ID:PN0hw2z7y

レース後にボタンがターフの上で立ち止まったら葉桜から花弁が落ちてきたって表現良いよね……

 

6:名無しが適当語り ID:jgPjL+HES

嬉しそうに先生が祝福してくれたって笑うボタンの表情がね、あまりにも綺麗で何度見ても見惚れてしまう

 

7:名無しが適当語り ID:/3KAEahi/

その後のダービーも出たいで情緒グルングルンするけどな

 

8:名無しが適当語り ID:lkQucLrSD

史実準拠だし、アセビボタンという馬にとっても大切な要素だから流れとしては自然なんだけど、あまりにもストロングスタイル

 

9:名無しが適当語り ID:rslNT7Y5k

1951年だとオークス、ダービーから半年くらいの感覚があるから不思議じゃないけど、現代の感覚だとあまりにも強き者

 

10:名無しが適当語り ID:FmqJrsdXP

桜花賞だと文学的で泣けるストーリー展開なのに、この後が暫く曇り一辺倒なのどうにかなりません?

 

11:名無しが適当語り ID:ftR/Oe5fH

>>10

それが史実なので

 

12:名無しが適当語り ID:5wg8yIDTB

サラブレッドとしてのアセビボタンがどう思ってたから分からないけど、ウマ娘としてのアセビボタンのこれからはあまりにもお辛い

 

13:名無しが適当語り ID:B8Eo736NR

走っているのに走れない。あの子に追い付きたいのに離れる事しか出来ない。

ここの台詞やば過ぎ

 

14:名無しが適当語り ID:YdFEDqmVA

ボタンがレースの中で一番のウエイトを占めている「あの子」の影すら踏めないという特大の曇らせ

 

15:名無しが適当語り ID:GeqcytELT

しっかり回復出来ないタイプのバットステータス付けられるのほんまよ

 

16:名無しが適当語り ID:aJxO34cks

製作陣にボタン曇らせオタクおる?

 

17:名無しが適当語り ID:EyFgf9Qbf

>>16 ボタンを曇らせて1番キャッキャしてるのは競馬神だから

 

18:名無しが適当語り ID:0r8fTke4b

それはそう

 

19:名無しが適当語り ID:/Bze+1AgP

でも、ボタンはちゃんと晴れる時が美しいからセーフ……セーフかこれ?

 

20:名無しが適当語り ID:Hl9x0k/M0

曇ったまま終わってないからオールオッケーです

 

21:名無しが適当語り ID:rufrbpJ+v

アセビボタンは頂点から転げ落ちて再び頂点に上り詰める物語なので曇らせはある程度必要なのだ

 

22:名無しが適当語り ID:8Dvxw740Q

それはそうと、公式の桜花賞イラスト見たオタクおる?

 

23:名無しが適当語り ID:pNMv8cOWK

>>22

デアリングタクトと並んでるの良いよね

 

24:名無しが適当語り ID:qzDQSOumy

2人とも大きな困難が降り掛かるという点では似た者同士だよな

 

25:名無しが適当語り ID:0aH6CNI8z

どうして史実ちゃんそんな事するの

 

26:名無しが適当語り ID:SqDxocSZV

競馬神は曇らせ好きな所あるから

 

27:名無しが適当語り ID:LOgIapwcp

イラストの中でレース名と一緒に入れられた「あなたに捧げる桜色」の一文が大好きなんだ

 

28:名無しが適当語り ID:jvL2K3X7M

偶然なんだろうけど、ウマ娘に実装されてる中では最新と最古の桜花賞勝ちウマなの良いですよね

 

29:名無しが適当語り ID:ufkUumhPh

ボタンは髪が白、勝負服が黒基調でタクトが髪が黒、勝負服が白基調なの綺麗に反対で画面のバランスが良過ぎる

 

30:名無しが適当語り ID:DRg87bZfx

和装と洋装だしな

 

31:名無しが適当語り ID:tWh0c73Pt

……もしかして、ボタンとデアタクって「アリ」なのか?

 

32:名無しが適当語り ID:ck+B0+6Y8

判断が遅い

 

33:名無しが適当語り ID:k+jvIeSj1

ゲーム内で全く絡みがないという一点を除けばアリ側の2人

 

34:名無しが適当語り ID:GPO16/BbI

>>33

「絡みがない」

致命的やんけ!!!

 

35:名無しが適当語り ID:G9y2RY6n2

それを言ったらボタンとウオッカもそうだから

 

36:名無しが適当語り ID:cFvzb6cTG

牝馬でダービーに挑んだもの同士とか言う希少価値しかない属性持ちだから何かあると信じてたけど、今の所何もない。学園内ですれ違うこともない

 

37:名無しが適当語り ID:zji3Qad/v

「こんにちは」

「こんちは!」

これくらいで良いからさ……運営、頼むわ……

 

38:名無しが適当語り ID:8RysLCHto

ウオッカが勝った日本ダービーの映像を見る(or現地に行って見ていた)アセビボタンがレースの感想をたづなさんに話すシーンとか欲しい

 

39:名無しが適当語り ID:+RMkifMtA

なぜそこでたづなさんが……?

 

40:名無しが適当語り ID:aRfowOqcx

仲良しだからじゃない?

 

41:名無しが適当語り ID:8PNZht2La

>>39

何故って、そりゃたづなさんがトキ

 

42:名無しが適当語り ID:1jNqSW9qs

始末されたか

 

43:名無しが適当語り ID:2be/jRBuL

ダービーに出走してウマ娘化された牝馬って、今の所ボタンとウオッカしかいないのに、記録的には1着と2着なの改めてヤバない???

 

44:名無しが適当語り ID:HaBTGsVLD

改めなくてもヤバいぞ

 

45:名無しが適当語り ID:vefkjGokE

ボタンの方も離されての2着とかではなく、普通に僅差での2着だからね

 

46:名無しが適当語り ID:QxhmGqYyJ

ボタンの方は今と比べて地面も宜しくなかっただろうしね

 

47:名無しが適当語り ID:c8Dk56MpD

競馬史には定期的にUMAが生まれてしまうのなんでなん?

 

48:名無しが適当語り ID:ebYXHsZpS

関係者が強い馬を作ろうと頑張った結果なので

 

49:名無しが適当語り ID:cROqfR96T

強い馬が本当に強いのは無法が過ぎるだろ

 

50:名無しが適当語り ID:13abOwPVA

強い馬を作ろうとした結果、ちゃんと強い馬が出来たんだから無法でもなんでもないぞ

 

 





 思い出せば、今日はあの子が初めて大きなレースに出た日から丁度1年だ。時が流れるのは早いものだが、あの日見た景色も熱狂も昨日の様に思い出せる。
 最近は私の体調が可笑しくなり始めていて、あの子の元へ顔を出す事すら難しくて歯痒い日々を過ごしている。死への恐怖はないが、あの子と歩む道を途中で降りなければいけない事、珠子や蓮之介の成長を見守れない事、ミツ子さんを1人にさせる事、芳司君と酒を飲めない事、私の家に住む沢山の家族を置いて逝く事、それのどれもが惜しい。どれも取捨選択などできない大切なものだ。

 せめて皆が、幸せにゆっくりゆっくり私の何倍も生きて死ねる様に降り掛かる全ての不幸を私が背負ってから逝きたい。





「もう、葉桜になっちゃったけど……私は綺麗な桜色を見せられたかな。ねぇ、先生」
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