幻の夢を追いかける華 作:日振
両耳とショートの髪の毛に沢山の花を模した飾りを付けたウマ娘が、校内でも気にせずにサングラスで両目を隠しながらカツカツと軽やかな靴音を立てながら歩く。不登校、病欠、どちらでもないがある意味で珍しいものとなっているその姿は、すれ違う様々なウマ娘達の目を奪っていた。
自身へと向けられる数多の視線へ不快感を表す事なく進んだ先、突然立ち止まるとパッと変わった晴れやかな表情で大きく口を開く。
「見つけた! マイヒーロー!」
学園内に響き渡るのではと錯覚する程の声によって更にウマ娘は視線を集め、マイヒーローなどと仰々しく呼んだ相手は肩が外れるのではと心配になる程激しく肩を揺らす。
「俺の事覚えてる? アセビデージーって言うんだけどさ!」
大股で距離を縮め、相手の手を握る。
勢いに反して握られた手には優しい力が込められ、隠された両目から辛うじて読み取れる範囲には敬意とも形容出来る純粋な感情が浮かべられていた。
「ひぇ……お、覚えて、ますがぁ……勢いが、つ、強いで、すぅ……!」
「そ、そうなのか? ごめんな、先日まで海外にいたもんだから」
「うぅぅ……そ、それで、デージーちゃんは、ど、うしたんですか?」
「どうしたって理由なんてないさ。ただ、君に会いたかっただけだけど、嫌だった?」
「嫌では、ない、けど」
「良かった! Ráda tě vidím.」
「ら、ら……?」
「ラーダチェヴィジーム。会えて良かったという意味だ、もしくは、So glad we crossed paths……か?」
「ど、どちらにせよ難しいです!」
「はははっ! 相変わらずコウロさんは可愛らしいな!」
「デージー、ちゃんも、あい、変わらずフレンドリー過ぎ、るぅ……」
サングラスのウマ娘、アセビデージーは目の前のオドオドとしたウマ娘、アセビコウロと初めて出会った日から、ウマ娘の中では誰よりも強い親愛を向けていた。
最初の所属も、デビューだって全く違うにも関わらず何があったのだと言わんばかりの態度にコウロは疑問しか感じていないが、デージーが自信満々に「運命だ!」と笑うから、それに押し切られてしまっている。
それに、コウロは己の性質が酷い怖がりである事からデージーのフレンドリーさにびっくりしてしまうだけで、デージーが持ってきてくれる旅の話は大好きで、デージーに対しても嫌いと思う事はなかった。
「あ、これお土産。モノプリのポーチに仏語新聞に茶葉〜」
「有難う御座います……あ、の、多く、ないですか?」
「そんな事ないさ。な、俺のモンシュ」
「えぇ……?」
デージーから渡されたアイテムを両手に抱えたコウロは困惑に染まった表情を浮かべる。フランスで使用される通貨であるユーロは何かで見た記憶で高いイメージがあり、新聞だけならまだしも、ポーチに紅茶と複数のお土産を渡されるのは過剰だと思ってしまう。
しれっと渡された紅茶の缶は高級感があり、尚更だった。
「わ、わたしは、何も渡した事、ない……ですのにぃ……!」
「そりゃ俺が日本にいないからな! まぁでも、本当に気にしないで。店の人と話が弾んで元値から結構おまけして貰ってんだ」
「ほ、本当ですか? 信じますからね!」
「おう、信じてくれ」
コウロの肩に腕を回し、デージーは綺麗にサムズアップをしてみせる。
おまけに付けられたウインクを見つめ、コウロはお土産を大切そうに抱え直す。
わちゃわちゃと一方的なアタックにより盛り上がっていた様子のデージーとコウロのやり取りの声が響き、また新たにウマ娘が立ち止まる。
「お嬢さん達、何しているのかな?」
毛先につれて黒くなるグラデーションの白い髪。クラシック期には日本ダービーにまで出走し、実力を遺憾なく発揮したウマ娘、アセビボタンが首を傾げながら歩いて来る。
コウロはいつも通りに肩を揺らしながら、悪い事はしていないと言いたげに首をブンブンと振り、デージーもまたいつも通りフレンドリーに片手を上げる。
「エルドシェル! 俺は、貴方にもお土産を渡そうと思っていたんだ!」
デージーは、コウロと出会った時と同じ調子でボタンへと近付き、どこからか一つの紙袋を取り出す。
流れのままに受け取り、ボタンが中を覗けばコウロに渡したものと同じ銘柄の紅茶といかにも高級そうな小箱が2つ入れられていた。
「こんなに……貰って良いの?」
「あぁ! これは俺からの感謝の証。貴方がいてくれたからこそ、ここまでこれた事へのささやかなお返し」
「そう言われても、私は何もしてないよ?」
「貴方が生まれてくれた。走ってくれた。何にも代えられない、大切なものだ」
「そう? では、素直に頂戴します。有難う存じます」
「きっと、気にいると思うよ!」
コウロならば驚いて飛び上がってしまう程の値段であろうお土産を受け取り、ボタンは笑顔を浮かべる。
醸し出されるブルジョワな雰囲気が辺りを支配している中、どこまでも一般的な感覚を持ったコウロは空気に耐えられず、静かに一歩、また一歩とゆっくり離れようとして、デージーに見つめられる。
「ぴっ!?」
「なーに、どうしたの?」
「い、いやですね!? わたしはお邪魔そうなので!」
「そんな事ないぞ」
「コウちゃんを邪魔だなんて思った事ないよ?」
「ひょぇ……」
逃げようと思っていた場所に縫いとめられ、コウロは形容出来ない声を漏らす。これもまた、いつも通りの変わらない事ではあるが、デージーはカラカラと笑いながら再び肩へ腕を回す。
空いていた右隣にもボタンがニコニコと穏やかな表情でポジションを取り、コウロは逃げらなくなってしまう。
嫌な事がある訳でもない。両隣に立つウマ娘達が嫌いな訳でもない。だが、2人が持つ先程見せたブルジョワな雰囲気には尻込みしてしまう。これもまた、コウロが勝手におっかなびっくりになっているだけなのだが。
「で、では! もう少し、高級感を減らして下さい〜!」
「高級感を減らす……?」
「えっと……ん?」
疑問符を頭の上に表示しながら首を傾げる2人を他所に、コウロはどこまでもお願いしますと手を合わせ続けた。