幻の夢を追いかける華 作:日振
私は今でこそ引っ越して生活の拠点を東京に移してしまいましたが、幼少期は別の県、別の土地に住んでいたんです。
そこは田舎と言うには長閑な場所ではなく、都会と呼ぶには栄えていない。正に、地方都市と形容するのが一番といった風な土地で、家の近くにはコンビニもあり、スーパー、ドラッグストアといった店が一通り揃っていて、バスだって深夜以外はどんな時間であろうと困らない程度に本数が出ている便利な場所でした。
だけど先程言った通り、都市ではありませんので家の周りには畑があって竹林があって、森がありました。
森は恐れを知らない幼少期の私にとって、格好の遊び場です。
私はたった1人でも近くの山で走り回り、遠くで聞こえる鳥の鳴き声に耳を傾け、バッグに詰め込んだ小さな図鑑でキノコなどを探した。
ある夏の日の事です。季節柄、外に出るにも制限がキツくなり始めた頃、私は相変わらず森に遊びに行こうとしていた所を親から帽子を被せられ、肩からは大きな水筒を下げ、2時間経ったら帰りなさいと手首に時計まで巻かれた。
私にとっては必要のないと感じる制限でしたが、今では感謝しています。慣れ親しんだ遊び場とは言え、広大な土地の中で倒れたら危険そのものですから。
親から口酸っぱく言われる約束に頷いて、公演よりもずっと影の多い森の中に飛び込んだ。
そして、その場所で、私は、神様に出会いました。
こんな荒唐無稽な話、誰だって信じられないのは当たり前で、私ですら今でもあれは夢だったのではないかって思う時もあります。
でも、あの日あの時あの瞬間の風景が今でもずっと目に焼き付いて離れないんです。
私の住む場所の近く、森の入り口になる場所の近くには1つの神社があります。
お守りも売っていなければ神主もいない様な、最低限、管理している人はいるのだろうなと分かる程度の小さな神社で、私は生まれてからあの日まで気にした事もない場所です。
私が遊びに行ったあの日、取り敢えず持たされた水筒の中に注がれた麦茶を飲もうと思って折角だからと、ある種の冒険という気持ちで神社の鳥居をくぐりました。
所々が錆びて古くなったベンチに座って、お母さんから持たされた水筒に口を付けて今日は何をしようかなって考えている時に、真っ白い神様がいたんです。
神様は美しい声で私に対して「何をしているの」って聞いてきました。
私が必死に声を絞り出して、時間を掛け漸く「遊んでいるの」って辿々しく、一言だけを返したら神様は静かに「気を付けなさい」って頭を撫でてくれたんです。
境内で一緒にいたのも、会話したのもほんの一瞬だけ、本当に刹那の時間だけだったのに、本当に綺麗で、優しい神様だったんです。
あの日の思い出を大切に、大切に仕舞い込んで、またいつか会えないだろうかと夢想する日々の中で、私、久し振りに神様に会えたんです。
今回は一対一ではなくて、私が一方的に見つけただけ。
あの時、神社で出会った神様は、帽子で見えなかったけれど、ウマ娘の神様でした。
暇だからと付けたテレビの中で中継されていたウマ娘のレース映像には、私が出会った神様が映っていたんです。
昔と何一つ変わらない美しい髪に、自然と吸い込まれてしまう二つの瞳。着ているものは違いましたが、間違いなく私が出会った神様です。
神様は周りがソワソワと動くゲートに入っても静かで、ただ前だけを見つめていました。
ゲートが開いて、神様が走り出します。
神様は我々の心配なんて気にも止めずスッと前に出て、そのまま涼しい顔で後ろに何十メートルと差を付けて圧倒的な力でもってゴールをしてしまいました。
神様は美しくて、強いウマ娘の神様でした。
また出会えた。それだけではなく、レースという媒体を通じてそのお姿を見る事が出来る。なんて幸せで、なんて満たされた日々が始まるのだろうと、心が躍りました。
録画する事が出来なかったのは悲しかったし、私以外にも神様を見てしまう人がいる事も悔しかったけど、でも、神様の姿をこれから何度でも見れると思えば溜飲も下がりました。
だけど、神社で出会った私の愛する神様は、死んでしまいました。
何の気なしに電源を入れたテレビで神様と再会した日から半年以上経って、神様がレースに出ると情報を得た私は忘れずに録画をして、珍しく約束を破ってテレビの近くに座って食い入る様に画面を見ていました。
小さな画面に映る神様は、昔の様な静かで神秘的で美しい雰囲気はなくなっていて、レース場に集まる観客に手を振っています。
「神様は……ただのウマ娘になってしまった」
私はそう、理解しました。
そうなのだと理解してしまいました。
「……もう……会えないんだ……」
私の神様は、いなくなってしまいました。
静かで美しく、刃の様な冷たさを纏ったウマ娘の神様は、私達と同じヒトの世に降りて来てしまったのです。
「あれ、見てたんじゃないの?」
「もう良い。興味なくなった」
「そうなの? じゃあ、お母さんがテレビ使っちゃうね」
「うん」
自分の中にあった何か、大きなものがなくなっていく。
好きの反対は無関心。私は、神様。いや、アセビボタンに興味がなくなりました。