幻の夢を追いかける華 作:日振
トレセン学園が所有する学生寮の内、美浦寮の元へ一つのダンボールが届けられる。トレセン学園には地方から上京し通っているウマ娘も数多くいる為、この様なダンボールが届けられる事は言わば恒例行事となっていた。
今日もまた、とある土地から一つのダンボールが届く。読み易い手書きの伝票には「アセビボタン 様」と記されている。
そして、当の本人であるアセビボタンがダンボールを受け取り、品物を確認すれば「栗」と端的に書かれている。
「……これは、これは」
封を開けたボタンはダンボールの中にぎっしりと詰まった栗を見つめ、ほんの少したたらを踏む。流石のボタンでも、イガに包まれたままの栗だとは思っていなかった。
だが、送られてきてしまった以上、やるしかない。これだけあれば、下処理の手間は掛かるが、その後の楽しみも一入に思えた。
「って、栗は一旦置いておいて」
ボタンは栗から意識を離すと、ポケットに入れていた携帯を取り出しゆったりとした手付きで操作し、耳に当てる。
何度かのコール音が響いた後、もしもしという声。
「もしもし? 送って貰った栗届いたよ」
「本当? 良かった、沢山採れたから皆で食べてね。チカラちゃんがもう張り切っちゃって」
「やっぱりチカラちゃんだったか」
「丁度今、お家にいるけど代わろうか?」
「あー、うん。そうだね」
ボタンの言葉に、待っていてねと母親は笑うと暫くして、これまた聞き慣れた声が鼓膜を揺らす。
「ポンちゃーん! どう? トキちゃんが採った栗は!」
「さっき受け取ったばかりだよ、流石にまだ食べられない」
「あ、そっか。じゃあ、食べたら感想欲しいなーってカンジ。時期はちょっとだけ早いけどね〜」
スピーカーの向こうからチカラの楽しそうな声が聞こえる。いつでも変わらない朗らかさ。
それでいて、普段は何をしているのかはよく分からないミステリアスなウマ娘。
「皆に好評だったらまた送ってね」
「良いよ〜。栗なんてそこら辺に売るほどあるから」
「ふふっ、有難う」
チカラちゃん、トキノチカラと何度か言葉を交わし、再びとも何度か言葉を交わした後、ボタンは通話を終える。
久し振りに2人の声が聞けた事や、話せた事による盛り上がりが、目に入った栗によってゆっくりと落ち着いていく。
「よしっ」
軽く頬を叩き、気合を入れる。そして、小さな衝撃によって思い付いたとある案にナイスアイデアだと尻尾が揺れる。
個人では途方もない量であるが、思い付いた案を実行するのならば、そこまでの苦労にはならない。
ボタンはもう一度よしっと頷けば、タイミング良く声を掛けられる。
「どうしたんだい? って、こりゃあ豪快だねぇ」
「ヒシアマゾンさん」
「仕送りかい?」
「えぇ。今から下処理祭りです」
「そりゃあ大変だ。このヒシアマ姐さんも手伝おうか?」
「いえ。お台所を貸していただければ一人で……剥くのもお手伝いして貰える伝手はありますから」
「そうかい? なら、猫の手が必要になったら遠慮なく言うんだよ」
「有難う御座います、その時は頼りにさせて頂きますね」
寮長であるヒシアマゾンの背を見送ってから、ボタンはテープを使いダンボールに封をする。下処理をすると言った手前ではあるが、ボタンの頭の中には一つの「やりたいこと」が浮かんでいた。
その為にはまず、下処理をするのではなく、手付かずのままでなければいけなかった。
「驚いてくれるかしら」
ボタンは口元に手を添えながら悪戯っ子の様に笑う。
携帯にインストールされたメッセージアプリを開き、とつとつと画面を叩く。確か、予定は空いていた筈だと思っていた通り、了承の返信が届く。
ボタンは胸を撫で下ろした後、ダンボールを持ち上げ、ゆっくりと歩いて行く。
ダンボールから伝わるしっかりとした重みが、これからの期待値を上げ始めていた。
ボタンは大きなダンボールを持ってトレセン学園内を歩く。時間の問題か、普段と比べてボタンとすれ違うウマ娘は少なく、大きな荷物を持った今だけは良い意味で歩き易かった。
目的地まで一直線に進み、期待で尻尾が揺れる。
「御免なさい、開けて頂けますか?」
ダンボールを保管していた寮から暫く歩いて辿り着いた扉の前。一枚を隔てた向こうからはポツリポツリと話し声が聞こえてくる。
引き戸がトレーナーである若旅伊吹から開けられると、ボタンは若旅に向かって感謝の言葉を述べた後に部屋の中に入る。
注目は、案の定ボタンが持っているダンボールへと向かっており、ボタンは内心でふふんと笑う。
「じゃーん」
ボタンが一気にテープを剥がせば、今までは締め付けられていた栗がわっと主張する。
何だこれ何だこれと困惑の中、後輩のウマ娘、アセビコウロから問い掛けられボタンは口を開く。
「実は、実家から送られてきまして。近所で採れたからと」
ボタンは、電話の後にチカラちゃんから送られてきた写真を見せる。
ヒシアマゾンに言った、伝手の要請をすれば三者三様の反応を返される。乗り気ではない意見にも、秋の味覚による幸せを口にすれば、徐々に崩れていき悔しそうな表情をされる。
「では、宜しくお願いします!」
元気溌剌なボタンの声に部屋の中にいたチームシェアトのメンバーは、これまた三者三様の様子で頷いた。