幻の夢を追いかける華 作:日振
URAがレースファンへと感謝を伝え、歴史を振り返る日として創設した「URAアニバーサリーステークス」は、中山レース場のダートコースが使用される。
重賞レースではないものの、その日の注目レースとして開催され第11Rという終盤ながら多くの観客が残っていた。
「でェ? 何でアタシまで」
「ふふっ、こういうのもワクワクする。ね、スーちゃん!」
「スーちゃんッテ言うな」
胸元にゼッケンを装着した体操着姿のアセビボタンとアセビスズナが地下バ道、出口の直ぐ側の場所で立ち並ぶ。同じチームに所属するチームメイトであり、それ以外でも何やかんや深い交流のある2人だが、これまでは互いに同じレースを走った事はない。
「というか、先輩はダート走れンの」
「何を言いますか。私は案外、器用なんだよ?」
「ハァ……これだから天才様ハ困る」
スズナは小さく溜め息を吐くが、それに対してボタンはまた上品に笑う。
出走前の本来なら緊張感が走るタイミングにも関わらず、スズナとボタンにその様子はない。
「お〜、相変わらず仲良しなんだね?」
「きょ、今日、は! 宜しく……宜しくお願いしますぅ!」
コツコツと靴音を鳴らしながら現れたのはボタン、スズナと同じチームに属するアセビロードとアセビコウロ。番号の違う揃いのゼッケン姿は、これからレースに出走するウマ娘そのものであり、実際にURAアニバーサリーステークスに出走する予定となってる。
そして、最後にやって来るのはアセビツバキとアセビルピナス。
「今日は、勢揃い。ルーちゃんは張り切っちゃいます。ねー?」
「ボタン様。皆様。本日は宜しくお願い致します」
ほわほわと笑うルピナスと、いつも通りの真面目なツバキ。
勢揃いと言った通り、同じチームから全員が同じレースに出走する事は異例も異例で、その点も相まって今回のレースの人気に繋がっていた。
「スーちゃんと、コウちゃんはダートの選手。そう考えると、私達って凄く不利?」
「ちっちっち。うらは長い距離が得意なんだね? だから、走り慣れない地面がずっと続いていても耐えられる持久力がある。それに、障害レースの最後は案外ダートコースだったりするんだね?」
「重賞だとダートの直線はナイだろ」
「細かい事は気にしないんだね?」
「イヤ、細かくねェだろ」
緊張感も何もないやり取りを行なっていれば、地下バ道の出口の先がザワザワと騒がしくなってくる。レースが目前にまで迫ってきたのだろう。
ボタンがパチンと手を叩けば、先程までの和やかさから一転、表情を変えゆっくりと歩き始める。
これから先は、レースを走るウマ娘として、ライバルという関係性へと変わった。
小さな粒が敷き詰められた地面の上、タイヤの跡を残しながら設置されたゲートの中に16人、フルゲートでウマ娘が集まっていた。
「ダート1800メートル、URAアニバーサリーステークス……今、スタートしました!」
ゲートが開き、一斉にウマ娘達が走り出す。先頭は芝のレースでも逃げを選ぶルピナス、間を置いてボタンとツバキが続き、さらにその後でスズナとコウロが足を溜める。ロードは、ダートコースでも変わらずにただ1人前から遅れた最後方の位置にいる。
4コーナー付近からスタートし、ルピナスが単独で坂を駆け上がって行く。走りはまだ余裕がありそうだが、普段と比べても楽しそうな表情はなく、矢張り走り慣れない地面への困惑が感じられる。
ボタンを始めとするチームシェアトのメンバーは6人の内、4人が芝をメインと走っているからこそ思う様にいかない走りとなっていた。
「アセビルピナスが単独で1コーナーを通過する! しかし、その差は既に埋まり始めている様に見えます!」
珍しく、ルピナスはわざとスピードを緩める。本来なら全速力で走りたいのだが、今回ばかりはそれが出来なかった。
ルピナスの背を見つめながらツバキは一度、目線を下に下げる。日本、海外で走った時とは全く違う、トレーニングで走った砂ともまた違う感覚に未だ慣れる事はないのだが、それでも己が構築したシュミレーション通りに走れていて消耗は思った以上に抑えられていた。
「2コーナーを回り、残り1000メートル! ここで後ろに控えていたウマ娘達が徐々にポジションを変えていきます!」
後方にいるコウロが進路を確認する為に目だけを軽く動かせば、スズナと目が合い驚きそうになるが、必死に抑え込んで前を見る。
コウロとスズナは殆ど並んだ場所にいるが外にいるのはコウロ、内にいるのがスズナであり、比較的動き易いのはコウロの方だった。しかし、スズナはそれが気にならない程、僅かな隙間に入って行ける胆力とそもそも内外が関係ないパワーを持ち合わせていた。
「1800メートル。短い……だから、早めに!」
最後方のロードがスピードを上げる。力強く砂を巻き上げる姿は、ロードの体格も相まって迫力があり前を走るウマ娘達へとプレッシャーを与える。
正に、そのプレッシャーに反応したコウロが驚きと共にバランスが崩れる。釣られる様にしてスピードが上がり、これ幸いとスズナもタイミングを合わせてスピードを上げる。
「ひ、ひぃ! 来ないで下さい〜!!!」
「勝負だからそれは無理、なんだね!」
ロード、コウロ、スズナは一つの塊となって一気にポジションを上げ、ボタンとツバキに並ぶ。反面、ルピナスは徐々にポジションを下げていってしまう。
ひぃひぃと呼吸が荒くなり、1800メートルの距離を踏まえてもガス欠を起こした様だった。
「さぁ! 中山の短い直線の中、急坂を制するのはどのウマ娘か!」
観客の盛り上がる声が雑音となって鼓膜を突き刺す。2度目の坂は、体力の消耗と比例する様にスタート時よりもずっと牙を剥いてウマ娘達へ襲い掛かる。
スズナが先頭に立つ。そのまま後続を引き離しに掛かるが、コウロがその背中へ必死に喰らい付く。
「やるじゃねェか! 後輩!」
「負けま、せん……!!」
強く踏み込んだ足跡が瞬く間に刻まれていく。それをロードが追うが、隣には既にボタンとツバキがいる。
ボタンがロードとツバキから一歩、前に出る。スズナとコウロの影を踏む。負けじとロードも前に出る。
「アセビスズナが1着で今、ゴールインッ! 日本ダービーを制したその実力はダートの舞台でも健在です! そして、2着はアセビコウロ!」
ボタンをリーダーとするチームシェアトのメンバーは先頭からスズナ、コウロ、ロード、ボタン、ツバキ、ルピナスの順でゴールする。
ルピナスは案の定と言うべきか、フラフラになりながら最下位でゴールするが、レース中とは変わってその表情は晴れ晴れとしていた。
「な、んか……とく、特別で、楽しかった……です、ねー」
「いやぁ、まさかうらがボタン先輩の前にいたとはね!」
「ハナ差くらいかな。やっぱり経験の差だね、私がダートを走ったのは凄く昔で、感覚が最後まで戻らなかった」
「ロードに負けた……」
「なぁに、ツバキ! うらはいつでも勝負するんだね?」
「絶対長距離を走らされるから嫌だ」
「え〜? そんな事ないんですね?」
ルピナスの背を支えながらロードとツバキが軽口をし合う。コウロはあわあわとするが、ロードとツバキにとっては半ばお約束のやり取りであった。
「おめでとう、スーちゃん」
「ア? 別に」
「何言ってるの。照れない、照れない」
「照れてねェ!」
ギャっと苛烈さを見せるスズナを他所に、ボタンはいつも通り穏やかに笑い頭を撫でる。
ボタンにとってはやり慣れた行為にスズナは再び辞めろと大きな声を出し、コウロがそれ以上の大きな声を出した。
「……と、いうのを考えたのですが、どうでしょう?」
「いやぁ。凄い事に、俺達のチームは全員オープンクラスだからな……難しいと言うか、逆に迷惑と言うか……」
「やっぱりそうですよね」
「流石にな……」