幻の夢を追いかける華   作:日振

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 僕達の可愛い子

 

 朝起きて、身支度を済まし、家を出る。はぐれない様に珠子と手を繋いで学校までの道を歩く。見慣れた景色だから本当は退屈な時間だけど、珠子と一緒に話していれば気にならない。

 

「お兄さん、お兄さん、私、きょうあの子に会いたいわ」

「えぇ。それは駄目だよ。お父が死んだから、早く帰って手伝いをしないと」

「イヤよ。私、たまには会いたいわ」

「でもなぁ……何かあって怒られるの、僕の方なんだぞ」

「私もいっしょにおこられるわ!」

 

 珠子が興奮した様に、ブンブン手を振るから帽子がずれ落ちそうになって、慌てて空いている方の手で抑える。

 怒られるのは嫌だ。でも、珠子が「会いたい」と言った様に、ぼくもまた、あの子に会いたい気持ちが沸々と溜まり始めていた。

 お父のアセビボタンを最後に見たのは、もうずっと前の出来事になっていた。

 

 

 友達と話して、勉強をして、掃除をして、いつもと変わらない楽しい学校を終わらせて、朝と同じ様に珠子と手を繋いで同じ道を歩く。

 

「今日はね、駆けっこで一番になったのよ」

「そうか。良かったじゃないか、コチやマチと練習した甲斐があったな」

「うん! お兄さんはどうでしたの?」

「僕は、皆よりも早く先生が出した問題を解けたよ」

「まぁ! 凄い、凄い! 私もそんな風になりたいわ!」

「なら、もっと勉強しないと。最近の珠子は、ウメ達に構い過ぎなんだ」

「もう。お兄さんったら、ひどい事をおっしゃるのね」

 

 ぷくりとその頬を膨らませる珠子を見て、小さな頭を撫でてやったら、直ぐに機嫌を良くして笑顔になる。相変わらず、感情がコロコロと変わる面白い妹だ。

 

「……ねぇ、やっぱりダメかしら」

 

 少し歩いて、珠子が突然変な事を言い出した。何が駄目なのかと問い掛けてみれば、珠子はモジモジした後に、小さな声で「あのね」と前置きをする。

 

「会いたいわ。あの子、ボタンちゃん。ダメかしら」

「それは、朝も言っただろ」

「……分かっているけど、それでも、諦められないの」

 

 痛いくらいにギュッと手を握られる。それだけ、珠子の気持ちが大きいのかと思わされる。

 珠子は、お父とお母の次にボタンが好きだった。僕としては、不満があるけど。でも、お父と一緒にボタンの背に乗るのだと体調の悪いお父を珠子はずっと励ましていた。女の子だけど、お気に入りの洋服が汚れるのも気にせずにボタンが生活する部屋の掃除だってやっていた。

 そんな、純粋にボタンを思う子のお願いを駄目だと押さえ付けるのも、兄として可哀想だと思ってしまう。

 

「怒られる時は、一緒だからな。僕は、珠子を守らないぞ」

 

 パッと、珠子に花が咲く。

 

「えぇ、えぇ! 分かっているわ!」

 

 早く行きましょう。と、いつもは引っ張っている筈の手を強い力で引っ張られた。

 

 

 家に帰る時に曲がる道をわざと曲がらずに、真っ直ぐ歩けば、沢山の柵が見えてくる。

 まだお家に戻されていないのか、柵の中には動物達がいて、珠子は嬉しそうにきゃらきゃらと笑っている。

 記憶を辿って、牧場の中に入り、ボタンの姿を2人で探す。昔、怒られた事があるから声は出さない様にそっと歩く。

 

「おい、そこの子供」

 

 突然、怖い声が聞こえて、ビクリと肩を上げる。せめてものと思って、珠子を隠しながら後ろを向く。

 目を細めながら声が聞こえた方へ首を動かす。

 

「不法侵入は……って、蓮之介か。なんだ、声を掛けてくれれば良いのに」

 

 僕達に声を掛けてきた男の人、そこに立っていたのは、お父の友達で僕達やお母の事を守ってくれる高垣さんだった。

 高垣さんは、怖い顔から変わって笑顔になると、僕達の前に歩いてきて、目線を合わせる様にしゃがんでくれる。

 

「どうしたの? ミツ子さんは?」

「あ、えっと……僕達だけで、来ました」

「あのね、高垣のおじさま、私たち、ボタンちゃんに会いに来ましたの」

「ボタンに? それなら、丁度厩舎に戻った所だから、お部屋にいるよ」

「会っても宜しいかしら?」

「勿論。ボタンも喜ぶよ」

 

 おずおずと聞いた珠子の問い掛けに、高垣さんは考える間もなく頷いてくれる。そして、こっちだよとボタンの部屋まで案内してくれる。

 段々と馬の鳴き声が聞こえてくると、なんだか凄くドキドキした。

 

「ほら、ここだよ」

「有難う御座います!」

「有難う! おじさま!」

 

 2人で並んでボタンの部屋を覗き込むと、部屋の中にいたボタンも僕達に気付いたのかゆっくりと部屋の中から顔を出す。前に見た時と比べて、更に真っ白になった様な気がする。

 

「ご機嫌よう、ボタンちゃん」

 

 珠子がそっと手を伸ばせば、僕達よりずっと高い場所にある顔をボタンはスッと下にしてくれる。暖かいそれに触れれば、目を細めて強請る様に近付いてくる。

 

「おじさま、ボタンちゃんは元気?」

「あぁ。今年は子供を産んだけど、変わらず元気いっぱいだ」

「まぁ! もうお母さんなのね! 凄いわ!」

 

 高垣さんの言葉を聞いてボタンの部屋の中を見渡せば、少し暗くなってたから見えなかっただけで、一頭の小さい馬がいた。その馬は、恥ずかしがり屋なのか部屋の奥でジッとしていた。

 珠子はボタンがお母さんになったと聞いて、瞳をキラキラと輝かせて凄い凄いとその身体に抱き付けば、ボタンもまた大きな身体を上手く動かして抱き締め返す様な動きをする。

 本当に、ボタンは僕達を愛してくれる。だからこそ、僕達もまたボタンに愛を返したいと思う。

 だけど、こんな穏やかな子が少し前までは競馬をしていて、近所のおじさんが話していた「てんのうしょう」という凄い競争に勝っているなんて、信じられない。

 

「ボタン、これからも、元気でね」

「ボタンちゃん! これからも元気でいらしてね」

 

 あんまり遅くなると怒られるだけでは済まないからと、何分か、何十分かの短い時間を充分に触れ合って、それでも残る名残惜しい気持ちを持ちながらボタンへさよならを告げる。

 帰る途中に、出口まで高垣さんがボタンとまだ離れられないのだという子供の馬を連れて来てくれて、最後にもう一度2人で撫でる。子供の馬の方は相変わらず僕達から離れた位置でジッとしていた。

 

「私、次はボタンちゃんに乗るわ!」

「僕も!」

「あぁ。沢山ご飯を食べて、沢山寝て、もう少し大きくなったら、きっと」

 

 お見送りしてくれている皆の方へ何度も振り返って、手を振りながら元いた道に戻る。繋いだ手は勿論、空いている手にも温もりが残っている。

 

「帰ったら、トヨさんに一緒に怒られるからな」

「もう、分かっているわ!」

 

 ぷりぷりと相変わらず頬を膨らませる珠子の頭を撫でる。

 橙に染まった空を見ながら、次はもう少し高い場所から同じ景色を珠子と一緒に眺めてみたいなんて思った。

 

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